2015.02.27

Soft Rock Best Collection 1000

Softrock01

昨今のソフト売り上げ減少の折、Jazz、Brasil、Funk等のシリーズに続き、
ユニバーサルが御送りする財布に優しい旧譜廉価版シリーズに、
目出度く「Soft Rock」のシリーズが加わった。

「Soft Rockかぁ・・・渋谷系にハマっていた頃を思い出すわなぁ」
と云う今は無きHMVを偲ぶようなかつてのオサレな皆様から、
「Soft Rock?ナニそれ、美味しいの?」と云うお若い皆様まで、
お手頃な価格で基本からレアアイテムまで揃えられる今回の再発、
そろそろ店頭から消え始めている盤も有るらしいが是非チェックである。

そもそもエクストリームな音楽を中心に聴いて来た己の如き人間には、
こう云った中庸を旨とした爽やかな音楽は嗜好の対極に有った筈なのだが、
齢を重ねると供にこう云った音楽が不思議と心地良く感じる様に成り、
果てはBert KaempfertやらEnoch LightやらRay Conniffなんぞと云った、
所謂イージー・リスニング辺りにまで手を出す様に成るから解らない。
まあ昔は「洋楽のヒットチャート」と云うザックリとした括りで、
硬軟問わずに色々な音楽を聴き始めたのが最初な訳だし、
モンキーズのシングルを買っていたガキの頃に戻ったと云う所だろうか。

さて今回リリースされる50枚をざっと見回して見ると、
バート・バカラック、ママス&パパス、クローディーヌ・ロンジェ、
この辺はSoft Rockと括らなくとも基本的なアイテムだが、
案外聴いていない、もしくは持っていないアイテムだったりするし、
ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズとか、
レフト・バンク、パレード、エイス・デイ辺りはこの界隈の基本作だろう。
何度も再発している割に、気が付くといつしか市場から消えていたりするので、
名曲中の名曲「いとしのルネ」を収録したバロック・ポップを冠した典雅な1st、
ヒット曲は出なかった物のソングライティングに磨きが掛かった2ndと、
買い逃していたレフト・バンクの二作は早速購入した次第。

Softrock10

他にSoft Rockと云う括りで再発された当時に聴いた思いで深い作品は、
キースとスパンキー&アワ・ギャングのベスト盤二枚。
どちらもボビー・ヘブの「Sunny」をヒットさせたジェリー・ロス絡みの作品で、
キースの盤はベストと云うより彼の全曲集と云う趣の決定盤で、
ドリーミーでキラキラした高品質な産業ポップが満載だ。
一方スパンキーズはジャグ/ヴォードヴィル辺りをルーツとした実力派であり、
変幻自在のコーラスワークと粋なアレンジで聴かせる奥の深い音楽性を持ち、
アルバム単位のクオリティも素晴らしいが、まずはこの珠玉の傑作集を。

Softrock04

ちなみに個人的にこの界隈の音に接近し始めたきっかけは、
英国の60年代頃の作品を掘っている時にFoundationsの再発を手にした事による。
そこでトニー・マコウレイとジョン・マクレオドの仕事に注目する様に成り、
Flying MachineだのPickettyWitchやPaper Dolls辺りを聴く様に成り、
Edison Lighthouseでトニー・バロウズと云うシンガーを知るに至り、
彼絡みでFlower Pot Menやホワイト・プレインズを遡って行った。
と云う訳で今回の再発では英国産産業ポップス最高峰の一つである、
心浮き立つ様なホワイト・プレインズの全曲集も非常にお薦めだ。
他に英国物だとSoft Rockと云うよりはポップサイケの文脈で語られるが、
ニルヴァーナUK(勿論カート・コヴァーンとは別の)の諸作も素晴らしい。
英国ロックファンとしてはキーフの幽玄なジャケの「局部麻酔」が有名だろうが、
Soft Rock的にはセカンドの「オール・オブ・アス」が必聴だ。
この辺は紙ジャケで再発した折に揃えているが久し振りに再発なので是非。

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今回お手頃なので改めて入手した作品はクラッシック・フォーと、
ニュー・コロニー・シックスのベスト盤、
そしてアラン・コープランドのコンスピレイシーとシンガーズの二枚。
かのアトランタ・リズム・セクションの前身であるクラッシック・フォーは、
実にムーディーで黒っぽい仕上がりのサウンドが艶やかでたまらない物が有り、
ヒット曲「Spooky」や同系列の「SoulTrain」(MFSBのアレではない)も良いが、
後のAOR的とも言える「Traces」や「Midnight」等の激甘なサウンドに痺れる。
そして今回「このアルバムもこんなにお安く成ったのか!」と小躍りしたのが、
一部でカルト的な人気が有る、アラン・コープランドが手掛けた二枚。
この二作はどちらもアレンジャーである彼が編成したプロジェクトで、
当時のヒット作をアレンジの妙で聴かせる所謂イージーリスニング盤なのだが、
そのアレンジの巧みさと複雑なコーラスワークが実に心躍る作品なのである。
そして彼の存在が独特なのはトリッキーなその手法にも有って、
アルバムには未収録ながら68年のグラミーを受けた彼の受賞作は、
「スパイ大作戦」のテーマとビートルズの名曲を巧みに融合した、
「Mission Impossible/Norwegian Wood(Medley)」と云う珍・・・いや傑作なのだ。
そんな妙味が味わえるのがシンガーズ名義の作品の冒頭に収められている、
「Classical Gas/Scarborough Fair」だ。
サイモン&ガーファンクルのあの曲と全く別のヒット曲を融合させているのだが、
単に繋いでいるのでは無く、今で云うマッシュアップしている所が実に見事。
そんな飛び道具だけでは無く他の曲もムーディーで華麗なアレンジが唸らせる。
コンスピレイシーの方はビートルズ、アソシエイション、フランキー・ヴァリ等、
お馴染みの曲が聴けるが中でもラテンの古典「フレネシー」が正に珠玉の出来。
余り知られていないがソフト・ロックが好きなら冒険しても損の無い作品な筈。

Softrock09


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2015.01.01

酔狂道・未歳初勝負

Hinode08

「酔狂道」とは、己との闘いである。
新年早々異常に大上段な論理展開であるが、まあつまりそう云う事な訳である。

裏日本の方では大変な荒天に見舞われ、東京も風が吹き荒れる元旦早朝、
何故に随伴者も居ないまま寒風吹き荒ぶ薄暗い街に飛び出さねばいけないのか?
それもこれも総ては「己との闘いに勝つ為」に他ならない。
新年の朝に御来光を拝むと云う習慣をその身に刻んで三十三回目。
かつて小学校の恩師に「継続は力なり」と云う言葉を贈られたが、
一体これがどう云う力に成っているのか全く解らないまま今年もやって来た。

決して大袈裟な前振りを振らなければ本題に移れない訳では無い。
「絶対に押さないでくだいさいよ」と念押しした稲川淳二が、
その舌の根も乾かぬ内に井出らっきょに熱湯風呂に突き落とされた後に、
「喜んでいただけましたか?」と客に確認を求める様な物である。

と云う毎年お馴染みなコピペから始まる新年一発目の大博打。
昨年はブログの方はお休みしていたが勿論出掛けたし、賭けにも勝った。
しかし今年は天気予報に雨マークが付き全国的に荒れた大晦日と云う事で、
三十三回目の今年はもしや雨で中止か?等と懸念する物の、
結局、除夜の鐘を聞いても雨などは降らず、爪の如き三日月も煌々と冴え、
しかし夜半から吹き始めた風は暴風の様に唸りをあげていた。

白み始めた元旦の早朝、気温はそれ程でもないが強風が非常に応える。
ここ数年お馴染みの橋の上に何とかポジションを取ったが良いは、
橋の上は正しく凄まじい勢いで足元から吹き上げる風に体温は下がる一方だ。
本日は風に流されたか、何時も太陽が顔を見せる辺りには厚い雲が居座る。
中途に切れ間が有ったので、其処からご来光を期待していたのだが、
日の出の時間を過ぎても陽光は雲間に隠れたきりだった。

鈴生りの見物客も潮が引く様に橋の上から去って行き、
もはやこれまでと潔く諦め、もう一つのお馴染みの場所へと急ぐ。
するとビルの合間から天辺に雲を頂いた雪化粧の霊峰が何とか垣間見える。
つか余りにも白過ぎて少し現実感が希薄な様に感じる富士の御姿だった。
そして家に近付く頃には厚い雲を乗り越えてようやく新年の陽光が煌き出し、
やっとの事で太陽の尊顔を拝み例年通りの参拝を済ませたのであった。

どうかこの一年も健やかに過ごせます様に。

Hinode09

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2014.12.10

紅葉狩り2014

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秋と云えば紅葉。

韋駄天で過ぎ行く年を今更ながら惜しむ為に紅葉狩りに出掛ける。
これすなわち閑人、もとい風流人の嗜みである。

桜咲く季節には例年の如く体調が優れなくなり、
猛暑の折に汗水垂らして外出する気など起きる筈も無く、
雪見に洒落込むにはめっきり寒さに弱くなってしまった昨今、
今、今この時にこそ風流人を決め込まずに如何とする。

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・・・・まあしょうもない戯言はさて置き、
今年も一年で一番愉しみな紅葉を観に出掛けたと云う話である。
相変わらず続く体調不良の為に遠方に出掛ける事は出来なかったが、
今年は近場でも余り出掛けた事が無い場所へ足を運んでみた。

舎人ライナーが出来てから随分と経つし、
あの高架線の下は幾度と無く通り過ぎているのだが、
今回初めて舎人ライナーに乗って舎人公園に出掛けてみた。

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何と言うか微妙な近さと云うか微妙な遠さのお陰でスルーしていたが、
高架線上から見える何とも言えぬ規模の大きさにまず驚かされた。
とは云え一部が工事中で立入禁止に成っている為に、
大池を中心とした一画が見所で、まあ廻るだけなら大した時間も掛からない。
紅葉樹に関しては広大な敷地内にまばらに点在している感じで、
既に「散り掛け」と云う様な状態だったが、もみじは綺麗だった。
後は噴水の両脇や、大池の畔に有るメタセコイアが綺麗に色付いていて、
風に飛ばされて舞い散るメタセコイアの落ち葉?が圧巻だった。

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さてせっかくこんな所まで来たのだし他に見るべき所は無いかと、
サービスセンターに行って近辺の観光案内等を見ていたら、
ちょいと歩いた先にもみじの綺麗な寺が有ると云う情報が、
と云う訳で公園からしばらく歩いて薬師寺と云う寺に行ってみた。

住宅地の只中にある非常に小さい寺なのだが、
これが山門が見えた辺りから、もう圧倒的な紅葉が待っていた。
案内には約百種類のもみじが植えられていると書かれていたが、
いやもう、本当に境内丸ごと色とりどりなもみじの海である。
とくに入り口からのぞく、群がるもみじの色付きには圧倒させられる。
いやいやこれは京都とかの名の有る寺院に勝るとも劣らぬ風情だ。

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結構参拝に来ている人も多くて近所では知られた場所なのかも知れないが、
普通に行くには交通の便も悪い所だし、かなり知る人ぞ知る場所なのかも。

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いやそれにしても思わぬ所で思わぬ眼福に与った物だ。
ついでに帰りの舎人ライナーでダイアモンド富士もどきも観れた。

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2014.11.29

復活の周星馳!素晴らし過ぎる「西遊記~はじまりのはじまり」

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いやああああ凄い!
潔いまでに馬鹿で爽快な娯楽感!そして圧倒的な満足感!
劇場を出た後にニヤニヤが止らず自然と足取りが軽く成る様な感じ、
そう云えばコレ何か随分と久し振りに感じる感覚ぢゃないか。

袁詠儀が来日した時に観たファンタスティック映画祭での「國産凌凌漆」。
春節時期に香港の戯院の午夜場で現地の連中と爆笑した「大内密探零零發」。
夏休み明けで人が少ない午前中の台湾の戯院で号泣しそうになった「少林足球」。
洋画の超大作並みな待遇で封切られて正月の三が日中に観に行った「功夫」。
そう、この感覚は彼の作品に顕著な感覚なのだった。
一番香港映画にハマっていた時期を供に歩んだ周星馳、六年振りの帰還である。

昔ほどアクティブに情報を取りに行ったりする事は無くなったが、
華人映画界のVIPとしてその動向は色々な所で耳にした。
色々な企画が現れては消え、どうにも明るい話題が聴こえてこず、
そんな事を繰り返して行く内に大物に成った星爺への感心は少し薄れていた。
次作は「西遊記」で有ると云うのを聞き、ヒットしていると云う話も聞いたが、
正直「また西遊記なの?」と云う感じで醒めていたと言わざるをえない。
ご存知の通り周星馳は劉鎮偉の監督で95年に西遊記を二作品作っている。
平均的な周星馳作品愛好家なら色々と愉しめる作品なのだが内容は微妙だ。
しかしてこれが何故か大陸の学生達の間でカルト的な人気が有ったりして、
本作の大陸でのヒットもそんな要素絡みなのかと邪推したりもした訳だ。
と云う訳で正直それほどの期待感も無く余計な評価も入れずに劇場に出掛けた。

その結果が冒頭の如き始末である。
もう一度言おう、俺の一番好きだった周星馳の帰還である!

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映画のスケールが凄い!それは勿論だが個人的にたまらない物、
それは周星馳の象徴である「無厘頭」が無理なく作品とマッチしているからだ。
(無厘頭とは広東語で云うナンセンス・無意味なギャグとでも云う意味)
とにかく本当によく見つけて来ると感心する素晴らしくイイ顔の連中が目白押し、
そんな連中がまた実にしょうもない脱臼ギャグをかましてくるからたまらない。
そもそも孫悟空からして監督の塚本晋也を薄らハゲにした様なルックスで、
「功夫」に於けるラスボスで出て来た梁小龍並みのビジュアル・ショックだ。
猪八戒は常に肌がぬめぬめしたカマっぽさだし、沙梧浄はふかわりょう似だ。
段の手下達の個性的と云うより異常極まりないルックスと低脳っぷり、
輿を担ぐババア四人含めて異常にキャラの立った空虚王子、
周星馳の作品なら大概出て来る話に関係ない異常に肥満した女、
そして泣くかと思ったイイ顔の極め付け「醤爆」ことジャンバオ君の再々登場。
しかもあの顔でイケメンと云うコテコテのキャラ付けがたまりませぬ。

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星爺本人が出演していないからか、人非人と云うより鬼畜なキャラは居ないが、
それでも日本のTV番組で放映したならBPOに電話が行きそうなゲスさが最高だ。
人間にではないが執拗な顔面殴打の挙句CGで顔が陥没する漫画的グロ描写とか、
盛大に噴出する血糊の止め方が解らず血塗れで呑気な会話を交わしたりとか、
昭和の漫画テイスト満載のチャイルディッシュな描写が素晴らしい。
そもそも三蔵の弟子になる三妖怪達からして、ビシビシ人を殺す、妖怪だから。
その辺は容赦無い、マジ悪人、いや妖怪。
星爺の作品、と云うかかつての香港映画のそう云う容赦無さは、
昔から華人以外には嫌悪感が有ったりで好悪の判断が別れる所なのだが、
そう云う突き抜けた描写が有ってこそのリベンジだったり改心だったりする訳で、
大作を撮る様になってもその辺のぶれなさ加減は実に嬉しい所だ。
他にも孫悟空と段がダンスを踊るシーンが有るのだが、
明らかにワルのりして笑っているNGカットを採用していたりして、
その辺も大作なのに星爺映画の伝統な楽屋落ちコント感が有って愉しい。

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さて話の方だが、解説するまでも無く皆さんお馴染みな「西遊記」な訳ですよ。
ただ今回は冒険に出立するまでの前日譚と云うか役者が揃う前の話である。
悟りを開く以前の、己が行為の意味さえも見失いかけている、
モラトリアム全開な亡羊として使えない玄奘、後の三蔵法師が、
妖怪退治の途上で出会った凄腕の女妖怪ハンター・段に一目惚れされ、
その挙句に供と成る三妖怪を折伏して収経の旅の途上に付くまでの話だ。
主人公・玄奘役の文章は「海洋天堂」で李連杰の自閉症の息子を演じた演技派で、
すっとぼけてはいるが何処かイノセントな雰囲気はあの作品同様である。
しかし何と言ってもこの作品のキモは段役の舒淇の異常な存在感に尽きる。
超絶的な武術の持ち主にして非情で冷酷な美人の妖怪ハンターながら、
惚れた相手には一途で不器用でしかもツンデレと云う、
今なら確実に編集者からNGを出されるであろうベタな設定の持ち主なのに、
それを堂々と成立させてしまえるのは偏に舒淇の持つ雰囲気の賜物だろう。
個人的には久し振りだよな舒淇、えぇと・・・今幾つだ?え”38歳?マジか!
「色情男女」の頃から演技は上手かったし、身体のキレも当然なんだが、
なんで未だに所々こんなに可愛いかったりすんだ?
絶世の美女では無いがとにかく存在感が最高に耀いていて見事としか言えぬ。

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さて今回の映画もCGが満載では有るが、他の星爺監督作と同様に、
リアルに見せる為のCGでは無くマンガ表現の実現の為のCG描写が素晴らしい。
冒頭の水車が廻る多層的な漁村風景や、猪八戒の殺人食堂、
涅槃仏かよ!と云う無駄に壮大な五指山風景も素晴らしいイマジネーション。
妖怪の描写は無駄にリアルでもうちょっと漫画的でも良かった気もするが、
それでも孫悟空が薄らハゲから妖怪に戻ると、背中に幾本もの旗を差した、
華美な京劇スタイルに成る所などはケレンが効いていて喝采しそうに成る。
そして極め付けは「功夫」での超絶的な如来神掌の更なる超絶拡大版、
本当の仏による宇宙的な如来神掌の炸裂シーンだろう。
神々しいというよりスケールがデカ過ぎて笑うしかない過剰さである。
そして〆が噂に聞いていた「Gメン‘75」のテーマ曲である。
これはまあ香港・台湾・日本限定で大陸の連中はイミフだろうなぁ・・・
しかし星爺も幼き頃、倉田保昭とヤン・スエの限りなき闘いを、
興奮しながらTVで観ていたんだと思うと胸熱だなぁ・・・

とにかく、周星馳の事を知らずとも確実に楽しめる作品なのは間違い無し。
是非とも、是非とも劇場へ!

Go_west07
            星爺流石に老けたなぁ・・・・

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2014.10.25

台湾近代美術展巡り

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春から秋にかけて台湾の近代美術を紹介する展覧会が幾つか開かれた。
府中美術館で開催された「官展にみる近代美術」展。
松濤美術館で開催された「いま台湾‐台湾美術院の作家たち」展。
そして東京芸大美術館で開催された「台湾の近代美術」展の三つだ。

台湾の近代美術と云えば日本の統治下以降、それまでの伝統的な中華美術以外に、
西洋美術や日本画等がもたらされて始まったと言っていい訳で、
その萌芽期から受容期を経て近代に至る流れがその幾つかの展覧会で確認出来る。

台湾の近代美術に関して判りやすく紹介された本は余り無く、
雑誌や書籍に散発的に紹介された記事などで流れを追って行くのみだったし、
ましてやそれに特化した展覧会等と云うのも個人的に記憶に無かったので、
今回の様にまとめて作品が観れる機会が有ると云うのは嬉しかった。
台湾には何度も出掛けている物の美術館に足を伸ばす機会は殆ど無くて、
鶯歌に行くついでに三峽に有る「李梅樹紀念館」に行った事がある位。
(まあ流石に故宮博物院には何度か行ったが、それも随分昔の事・・・)
二二八事件に関して知った陳澄波は最初に意識した台湾出身の画家で、
現地に行った時に画集を買ってきたりしたのだが、
今回まとまって多くの作品を観る事が出来て感慨もひとしおであった。

Kindaitw06


最初に開催されたのは5月に開催された府中美術館の「官展にみる近代美術」展。
「官展」は明治四十年から始まる、国の主催で行われる公募展の事だが、
(以下プレスリリースより)『この公設の公募展は、東京の文展(1907年)に続き、ソウル(朝鮮美展(ちょうせんびてん):1922-44年)、台北(台展(たいてん)・府展(ふてん):1927-43年)また長春(満洲国展(まんしゅうこくてん):1938-44年)でも設置開催され、多くの現地の作家が応募し、各国・各地域独自の美術が生まれる素地となりました。本展は、東アジアにひろがった公設の公募展の有り様を紹介し、公募展の始原を辿る日本初の展覧会となります。』
と云う訳で戦前に日本が占領していた各地で開催される官展に出品された、
それぞれの国の美意識が色濃く出た近代美術の名品が集まった展覧会だ。
こういった形で各国の近代美術がまとめられると云うのは実に興味深く、
企画意図も相まって非常に意義の有る展覧会だと言えるのではなかろうか?
安井曾太郎や藤島武二、梅原龍三郎等、日本を代表する近代美術の大家達が、
当地に出掛けて描いた作品も展示されており、それらが醸し出すエキゾチズムは、
奇しくも同時期ブリジストン美術館の企画展示で行われていた、
「描かれたチャイナドレス」展にも通じる物が有って面白かった。

呉梅嶺の日本画的手法で描かれながら何処か紅楼夢の挿絵を思わせる様な幽玄さ、
山岳民族の母子を描いた陳進の色彩の鮮やかさと画面の静謐感、
鮮やかな西洋画の色彩で彩られた李梅樹や李石樵の画面、
そして南国の空気その物の如き陳澄波の湧き上がるような躍動感。
点数的にはそれほどでも無かったが素晴らしい展示だった。
それから特筆すべきは総て繁体字とハングルが併記されている本展の図録。
図録解説以外にエッセイ等読み物の充実度が非常に高く資料的価値も高い。
以前も書いた様にまとまった読み物が少ないこの界隈だけに、
この内容で二千円と云う値段は非常に嬉しい一冊だった。

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お次は松涛美術館に於ける「いま台湾‐台湾美術院の作家たち」展。
こちらは先程の台湾近代美術の始祖たちの次の世代に当る作家たちが興した、
「台湾美術院」の作家たちによる現代の台湾美術を扱った展覧会だ。
松涛美術館は以前「台湾の女性日本画家生誕100年記念」と銘打って、
陳進の回顧展を開催する等、中々台湾美術に積極的な美術館だったりもする。
廖修平のグラフィカルな文字処理や林俊良のCGによるモダンなデザイン、
そして中国絵画の伝統をアップデートさせた林章湖の重厚な筆使い。
この後更に現代的な「今」の台湾のアートシーンへと繋がって行く訳だが、
台湾近代絵画の変転が垣間見れるようで中々に興味深い展示だった。
そうそう日本でもお馴染みなジュディ・オングも本店に出品しているのだが、
余技と言うには憚られる素晴らしい木版画に圧倒された事を記しておきたい。

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さて最後は東京芸大美術館で開催された「台湾の近代美術」展。
『20世紀前半、東京藝術大学の前身である東京美術学校では、台湾、中国大陸、韓国などからの留学生たちも学んでおり、特に油彩画の技術習得に励み、これらの学生たちが帰国後、西洋絵画芸術が東アジアに広まりました。今回の美術展では、当時の台湾からの留学生の主な作品約50点を展示し、帰国した留学生たちのその後の軌跡と台湾の近代美術の展開を紹介します』(プレスリリースより)
と云う訳で「留学生たちの青春群像」と云うサブタイトルが表している様に、
異国に留学してきた若者達の青春期の姿も合わせて描くと云う展覧会だ。

芸大では今も卒制に自画像を描くと云う伝統が残っているが、
日本に留学してきた台湾の若者達も若き日の肖像を残していて、
展覧会の始まりは彼らの様々な表情が様々な技法で迎えてくれる。
途中で多分台湾の方で制作されたであろう留学生達を紹介した映像が観れるが、
若き日の写真、そして美術誌等に紹介された日本語による記事、
そして時代に翻弄された彼らが辿った生涯が簡素に紹介されグッと来る。

展示作品は府中美術館の展示品とダブる物も結構有ったが、
やはり「台湾の近代美術」と名乗るだけ有って非常に充実した内容だ。
個人的に一番嬉しかったのがようやく王清埕の作品に出会えた事。
悲劇の彫塑家である彼の事を知ったのは、閃靈楽隊(ソニック)のフレディが
王清埕の生涯を演じた「南方紀事之浮世光影」と云う映画を観た事による。
あの映画の中でも日本に留学中の王清埕の生活が描かれていて印象深かったが、
今回ようやくかれの残した自画像と「服を脱ぐ少女」と云う彫塑像を拝見出来た。
そしてチラシの表紙にも成っている李石樵「市場の入り口」は、
大画面の中に喧騒と静寂を切り取ったが如き鮮烈さに圧倒されるし、
劉錦堂の「台湾遺民図」はシンメトリカルで呪術的構図にモダンさが光る。
そして台湾を訪れた事が有る人間なら誰でも何がしかの郷愁に捕われる、
郭柏川「台南祀典武廟」の陽光降り注ぐ廟の反り返った屋根や龍の装飾、
そして陳澄波が短い生涯で幾度も描いた故郷・嘉義の美しい風景。

しばらくはこんなにまとめて作品を観れる機会は無いだろうなぁ・・・
しかしこれほどの作品が無料で観れると云うのには何とも言えない物がある。
それから個人的にこちらの展覧会も図録が欲しかった所だが、
何と無料のパンフレットが配られていると云うのも何とも言えない所だ。
・・・いや勿論嬉しいんだが。

Kindaitw09


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