「村山槐多-ガランスの悦楽」展
「四月短章」
血染めのラッパ吹き鳴らせ 耽美の風は濃く薄く われらが胸にせまるなり
五月末日日は赤く 焦げてめぐれりなつかしく
ああされば 血染めのラッパ吹き鳴らせ われらは武装を終えたれば
「村山槐多」と云う圧倒的な熱量を持った男を評す言葉は様々に存在するが
昨今流行の言葉を使えば「童貞をこじらせた男」と云う風に言えるかもしれない。
「童貞をこじらせた男」とは確かみうらじゅん辺りから出て来た言葉だと思うが、
存在としての童貞を指すのでは無く、ひとりよがりな自意識過剰が、
偏愛する物事に対して余りにも不器用で純粋な態度と行動をとらせてしまう。
その支離滅裂ながら哀しくもパワフルな衝動の事だと認識している。
槐多のエピソードの多くは暑苦しい、しかも青臭い。
しかしその根底には抑え切れない表現衝動と純粋さが同居していて憎めない。
14歳の時、中学の授業で遠泳をした時の写真が残っているが、
そこに写る槐多のフンドシには「MERANCHOLY」の文字が、しかもスペルが違うし。
同じ頃ポオに影響された槐多は自作のグロテスクな仮面を被り、
深夜の京都の町をオカリナを吹きながら歩き回ったと云う。
何たる恥ずかしさ!しかしそんな少年を憎める筈が無い。
殆どのチャイルディッシュな連中同様に、青臭い槐多はペニスが大好きだ。
早熟な彼の詩歌には「魔羅」「陰茎」等の言葉が(伏字に成って)頻出する。
同級生のノートに裸の男女を描き「GOKAN」と文字をいれ嫌がられたりする傍ら、
実際には二、三回言葉を交わしただけの間柄の後輩の美少年に激しく恋して、
凄まじく熱烈で大袈裟なピンク色の恋文を送ったりする支離滅裂さが最高だ。
槐多は生涯を通じてデカダンを希求し、無頼な日々を生き様と決めていた。
東京に出て小杉未醒邸の離れに住んだ槐多だったが、そこでの暮らしも滅茶苦茶で、
障子紙は総て便所の尻拭き紙に破り取られ、壁には到る所に画が描かれ、
残飯は庭に投げ捨てられ、着の身着のままの汚らしさだったそうだ。
東京に於いてもモデルを勤めていた訳有りの中年女性「お珠さん」だとか、
癩病(ハンセン氏病)と噂される「さわちゃん」と云う娘等に一方的に恋して、
叶わぬまま失恋して熱烈な多くの詩と浴びる程の酒を消費している。
酒を呑めば周囲の人間の顔を誰彼構わずベロベロと舐め回し、
小杉未醒の画室で立小便したり道行く女に抱きついて警察に捕まったりと散々だ。
その荒れ果てた生活の末、肺結核に成った槐多は療養に努めたりするが、
生来のデカダンさは納まらず、飲酒癖も復活し更なる奇行を重ねる様に成り、
当時流行のインフルエンザに罹り激しく燃焼し切った22歳の生涯を終えるのだ。
槐多の名前を始めて知ったのは実は画ではなく彼の創作小説によってで、
例によって探偵小説のアンソロジーに収録されていた「悪魔の舌」が最初だった。
その後に「大正デカダンスの画家」の一環で彼の画業と生涯を知る事に成るが、
「悪魔の舌」の作者と知って、その言文一致ならぬ画文一致さに驚かされた。
その時に観た画は今回の展覧会にも出品されている「尿する裸僧」だったが、
熱情を画面に埋め込むかの様に執拗に厚塗りされた油絵の具の質感と狂的な色彩、
そして聖俗が交じり合ったかの如き異様な画題に圧倒されたのを覚えている。
言い方は悪いが、己をストイックなまでに醜悪的な方向に突き詰めて行った挙句、
アウトサイダー・アート的な領域にまで突き抜けた作品とで言う感じである。
とにかく展覧会のタイトルにも成っている「ガランス」の紅い色彩が強烈だ。
良く有る「植物」と「人物」を描いた肖像画である「カンナと少女」画は、
恰もガランスの色彩のせいで煉獄の火に焼かれる少女の如き不気味さである。
そして画業以上に魅かれたのは槐多の残した多くの詩作や文章だった。
まだ自分が十代だった事も有ってその漲る青臭さに日夏耿之助同様に夢中に成り、
ボール紙の箱に入った「村山槐多全集」を買ったのもその頃だった。
何故あの頃そんなに村山槐多に夢中に成ったのか?
槐多が夭折した年齢を遥かに越えた今、その答を求めて展覧会に出掛けた。
小さいながらも凝った展示で愉しませてくれる松濤美術館で画を巡りながら、
卑俗な言い方だが「青春の煌き」の様な耀かしくもほの哀しい想いに駈られた。
あの頃の青臭い衝動に、槐多の描き出す世界はなんと雄弁に響きあう事か。
槐多は己の顔を「悪相」「悪物」と称し、眉間の皺を「悪魔の線」と忌み嫌った。
しかしそれでも槐多は短い生涯に数多くの自画像を残している。
己の内面を探る様に、己の心の内を確認するかの様に、己と対峙するかの様に。
そしてその槐多の自画像は恰もあの頃の自分の姿を写した様にも観え、
あの頃の自分に問い掛けられた様な気に成る、「今のお前はどうなんだ?」と。
そんな訳で「村山槐多‐ガランスの悦楽」展が渋谷松濤美術館で公開中だ。
展覧会は前期・後期と来年も続けられ作品の入れ替えも有るそうで、
後期にはかの大乱歩が所蔵し、愛着していた名作「二少年図」も公開される。
ついでに本展のカタログが値段の割りに非常に充実した1冊で有る事を付記する。
タイトルに合わせて紅い文字を使った前文、かの「悪魔の舌」の全文掲載、
詳細な年表に充実した文献目録と読んでも観ても面白い良く出来た1冊だ。
展覧会に出かけた折には是非確認してみて欲しい物である。
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