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2004.08.31

ピンク・フラミンゴとカルト映画

「ピンク・フラミンゴ」のDVDが発売されたそうで、まずは目出度い。
ホドロフスキーもBOXで発売されたし、
「ウィツカー・マン」もWeb通販のみとは云え出た、
ラス・メイヤーに至っては余りにも大規模で貧乏なこちらでは購入出来ないという
高額なBOXも発売された。
亜細亜物ではショウ・ブラザース系の作品が解禁に成ったおかげで、
ジミー・ウォング大先生の作品も購入出来ないくらい発売された訳だし、
これで残るはトッド・ブラウニングの「怪物団/フリークス」と、「殺人トマトの逆襲」位か?
あ~後「ミラクルカンフー阿修羅」は外せないか・・・・
等とのっけからアングラ趣味丸出しの話だが、やはりこういう作品が発売されてこそ
DVDマーケットの充実を実感できるというもの。
最近、菊池エリ&中野D児の「シスターL」3部作のDVDを見掛けた時は、
有る意味非常に和まされた気分に成ったものだ。

さて「ピンク・フラミンゴ」だが、やはり今見ると古臭さは感じる。
と云うのも当時は衝撃的であったろう変態描写だが、普通に今あれを凌駕する様な
描写が当たり前に成って来た事と、行為としてそれが余りにも普遍化して
左程衝撃を覚えなくなって来た事なんかが挙げられる。
たとえばジョン・ウォーターズと言えばディバインな訳だが、
ドラァッグ・クイーンが普通にテレビで見れる昨今ではインパクトは薄くなってしまう。
食便一つ取ってもかつてのV&Rの作品に出ていた「わくわくおっちゃん」他、
ほんまもんの人達には敵わないし、昨今のスカトロ物では
かつての単体モデルクラスが・・・な訳だし。
まあ等と手厳しい事を言ったとて、本作の伝説が歪められる訳は無いのだ。
今のドラァッグ・クイーンの皆さんがディバインを手本の一つとしている事は明白だし、
1972年という時代背景を考えればそれが当時いかに危険で冒険的な描写だったかは
尊敬を持って称えられべきる物だし、何と言ってもこの能天気でしかも
ナチュラル・サイケデリックな画面は時代を超えたトリップ感を産み出しているのだから。
要するに時代が先を行き過ぎていた映画に追い付いたと云う事なんだろう。
こう云う「家族対抗変態合戦」みたいな映画を撮って、笑えるポップな映画に
仕立て上げられるというのはやはりジョン・ウォーターズの才能なんだろうな。
今現在この作品を作ったらどうなるだろう?なんか酷く陰残な作品に成りそうな気がするのだが。

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2004.08.26

モヒカン・ノット・デッド?

自分位の年代の人間に「パンク」をイメージして絵を描かせた場合、
その頭は間違いなくモヒカンだと思う。
知っている人間なら、鋲打ち、ペイントのライダースの革ジャンに安全靴とかを
合わせるだろうが、頭は間違いなくモヒカンだと思う。
若干「マッド・マックス2」とか「北斗の拳」のイメージは混入していると思うが、
当時はよく町で見掛けたし、「知人がそうだった」と言う人間も居ると思う。
もう少し上の世代に成るとピストルズが基調になったスパイクヘアとか、
タータンチェックのボンデージ・パンツを思い浮かべるかもしれない。
しかし当時と云えばUKハード・コアスタイルがパンクだった。

それが驚いた事に最近復活している。
久し振りにそのスタイルを見たのは「RANCID」のティムとラーズだったのだが、
まああの人達は長くやっている人達だから「昔のアティテュードは忘れてないよ」
と云う感じで、スタイルを80’に戻しているのかと思ったのだが、
「THE CASUALITIES」のCDを見た時は驚いた。
これは絶対80’sハード・コアの発掘音源じゃないの?と疑ったもんだ。
よもやこのスタイルが21世紀に復活してこようとは思いもしなかった。
そのうち繁華街のレコード屋でモヒカン・鋲付き革ジャンの男を見掛けてから、
あれが一つのスタイルとして日本でも復活している事に気付いた訳だ。
雑誌で読むと「ストリート・パンク」と云う名称で、
一つのジャンルが形成されているらしい。
ウニ頭のレディース・バンドまで居るんでたまげた。
それにしてもあのアメリカで、こう云ったスタイルで日常を送るのは
物凄く根性がいる事だと思う。
勿論日本では根性要らない等と言う事ではなく、
アメリカ的な価値観と完全に逆な方向を向いているからこその困難さを感じる訳だ。
まあ街歩いてるんだか、ステージ立ってるんだか分からない、
昨今のファン・パンクのスタイルより、
自ら退路を断った様なモヒカン・鋲打ち革ジャンスタイルの方が
心意気感じられて好感は持てる、プレッシャーやリスクは遥かに大きい筈だしね。
しかしこうしてスタイルが復活して行くのを見ると、
今度はビート・パンク・スタイルなんかが復活して来るのではないだろうか?
街中でロング・スリーブTシャツ着て、膝の破れたスリムジーンズに、
ラバーソウル履いた若い奴とか見かけたら越し抜かしそうだな。
(あ~ビー・パンは日本だけのムーブメントでしたね。)

所で連中は何でトロージャンを起てているんだろう?
UK伝統の砂糖水か?
それとも日本のダイエースプレーのウルトラ・ハードみたいな奴が有るんだろうか?
1回で1缶使って起たせてるのかなぁ・・・

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2004.08.24

旧乱歩邸土蔵探訪記

小雨の降る中、案内板にしたがって立教大学の構内を進むと「ただいま40分待ち」
等という、絶叫マシンの入口に有るような看板が。
「雨の中待たされるのはキツイなぁ」等と同行者と話していると、すぐに古めかしい
大学の講義室にぞろぞろと通され、
「(立教大学プレゼンツ)蔵の寄贈、修復」ビデオを見せられる。
10分くらいのそのビデオが4回り位して、いい加減「鼠漆喰壁」とか「ラス金網」とかの
建築用語にうんざりし始める頃、最初の20人位から移動を始めた。
薄暗くなった外の看板には今では「ただいま80分待ち」の文字が・・・

池袋の東武デパートで「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」が始まった。
昨今乱歩や探偵小説をネタにした展覧会も珍しく無くなったが、
今回は明らかに食指を動かされる要素が有って、
それが乱歩旧邸の土蔵を特別公開すると云うものだ。
乱歩のもう一つの頭脳とも言うべき、衒学と猟奇と収集欲が凝縮された、
写真で見るだけしか叶わなかった「幻影城」に足を踏み入れられるというのだ。
探偵小説のマニアとして、そして日本が誇るオタク文化の先達の
乱歩の蔵を拝見できるこの機会を逃す訳にはいかない。
蔵に眠る奇書、珍書を想像しつつ万難を排して出掛けた訳である。

スキゾで「The俺」マニアな乱歩の品々に感嘆したのち、
デパートの会場を後にしつつ、蔵を見る際に一つ疑問が有った。
中の蔵書がどうなっているのかと言う事だった。
古書マニアなら喉から手が出るほど欲しいアイテムの数々だ、
掠め取られない様にしなければいけない訳だが、どうやって展示して有るのか?
それとも既に資料として大学の方で運び出した後なのか?
現に乱歩が特注し、自分で記した怒涛の「自著箱」はデパートの方の
会場で公開されていた。
空の棚が並ぶ蔵を見てもそれはそれで味気ない話しだし・・・
我々の列は隣の敷地に移動させられ、そこで切符の半券を切ると
連なるテントの下に並ばされた、そこでも遅々とした歩みで敷地に入場出来たのは
15分後くらいだった。
建物を含む敷地は思ったほど大きくなく、土蔵が無ければ有り触れた旧家だ。
推理雑誌「宝石」の乱歩還暦記念を飾った油絵の掛かる書斎を覗きながら、
いよいよ蔵の中に入る時が来た。
「中に入れるのは賞味5分くらいかなぁ」等と悠長な事を言っている内に、
我々は衝撃の事実に遭遇する!
結論から言えばそのまま蔵書は有った。
だがそれは1畳ほど中に入った強化ガラスで阻まれたその先に、だ。
「空調による蔵書の破損等を防ぐ為」と、言われれば
確かにそう頷かざるを得ないが、あれだけ入場制限をされた上、
待たされた挙句がこれと云うのは壮絶だ。
「古墳の壁画かよ!」ってなもんで、いい加減笑った。
まあ確かにそうだ、本当に小さな子供連れも多かったし、
どう考えてもあの人数を期間中、全員内部まで進ます訳にはいかなかったろう。
よく考えればそんなもんだ、うんそんなもんだよなぁ・・・・

「まあ、んな感じかぁ・・・」と言いつつ、土蔵の外周を廻って庭先に出た。
「乱歩は夜な夜な土蔵に篭って、蝋燭の明りで怪奇な物語を綴っている」と云う
如何にもな話が実しやかに囁かれていた事も有ったそうだが、
修復されてライトに照らされた土蔵は如何にも文化財として当たり前にそこに有る。
かつて悪書として発禁の憂き目に会った乱歩の世界も、
こうして文化遺産として修復保護されてゆくとは乱歩先生も想像出来なかったろう。
「昭和は遠くに成りにけり、か」等と詰まらぬ繰言を呟いて
小雨の中、帰途に着いたのだった

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2004.08.21

怪談専門誌『幽』

日本発の怪談専門誌を謳った雑誌『幽』の売れ行きが良いそうだ、好かった。
この本を手に取った人はやはり「怪談」と云う切り口で買って行く人が多いのだろうか?
自分の場合、何はさて置き八十年代後期から愛読していた『幻想文学』の編集長、
東雅夫氏が新たに発刊する雑誌と云う様な意味合いが大きい。
かの『幻想文学』も「売れ行きが悪い」と云う理由で休刊してしまった訳で、
『幽』がこのまま順調に刊行されてゆく事を祈りたい。
少なくとも三号で休刊してしまった『B・G・M(ブック・ガイド・マガジン)』は
越えて欲しいもんだと思います。(小説幻妖ってのも有りましたね(^_^;)
創刊号で一番興味深かったのが板谷菊男氏の「竹生島」でした。
ああ云う趣のある怪談ってのは昨今なかなか読めるもんでは有りません、
こう云う知られざる再録作品を読めるのは専門誌の醍醐味であり、
編集者のセンスの見せ所である訳ですな。
京極夏彦氏の「旧耳袋」も、また淡々とした味わいの有る作品で面白かった。
どこか杉浦日向子の「百物語」を彷彿させる様な・・・ってネタ元は同じか。
佐藤弓生氏の「短歌百物語」も不気味な短歌と短文の組み合わせが新鮮。
「新耳袋」の作者二人の別々の怪談企画も面白かった、怪談を語る事に付いても
色々な切り口が有るもんだと感心させられる企画だった。
漫画では秋山亜由子氏の小泉八雲作品の漫画化「安芸之助の夢」に惹かれる。
ぜひともこの調子で怪談・奇談の数々を漫画化して行って欲しいものだ。
加門七海氏は相変わらず別の意味で凄い、圧倒的だ。
この人は絶対作品より御自分の方が面白い、と言ったら失礼だろうか?

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2004.08.18

幽霊絵の夏

昔は夏と言えば怪談・心霊物と相場が決まっていたが、
近頃はそう云う番組もめっきり減った。
それでも抜ける様に蒼い夏の空を見ていると、どうにも幽霊画を思い出してしまう。
何やら因縁話でも語り始めそうだが、別に怪談話でも何でも無い。
台東区は谷中の全生庵と言うお寺に大量の幽霊画が収蔵されていて、
毎年、夏に成ると全生庵に菩提の有る個人の名前を冠して幽霊画が開陳される。
その幽霊画と云うのが近代落語の始祖にして怪談話の名手、明治の大看板、三遊亭円朝が収集した幽霊画の数々なので有る。
日本の幽霊画と云うと必ず出てくる有名な作品から、正直「有り触れた」としか表現できない様な作品まで、
幽霊画というモチーフだけでこれだけの量は圧巻としか言えない。
最近は「円朝祭り」と題して街中に幟が立てられ、落語家を招いての本堂での落語会なども催され盛況で、
特に落語会には余りに人が多くて本堂に入り切れない様な事態に成っているらしい。
らしい・・・と言うのは、ここ何年も円朝祭りに出掛けていないからだ。
自分が行っていた頃はまだそれほど人も多くなく、混んで来ると「もうちょっと前の方へ膝送りお願いします」と
声を掛けられたりと、昔の畳敷きの寄席の様で楽しかったが、流石に茹だる様な真夏の夕暮れに、
すし詰めで噺を聴く気には成らなくなったと云う所だ。
幽霊画の方も最近は拝観料を取る様なのだが、確か昔は無料だった気がするし、
幽霊画の数も遥かに多かった様に記憶している。
階段を上がった本堂脇の1室から始まって、本堂下の階段へ続き、本堂の下の大広間にも
所狭しと幽霊画が掲げられていたのを覚えている。
堂内に入った途端、何処と無く空気が冷たくなった様な気がして妙に息を詰めた。
風を入れる為に開け放った窓から夕方の風が吹き込んで、その度に掛け軸が風に煽られて
画面の幽霊がゆらゆらと見え隠れするのが何とも妖しげだった。
昔の人が鑑賞した様に端座して見上げてみると、照り映える日差しが少し翳った様に見える。
寺町である谷中の只中であるからか、蝉の声さえ遠のく様な静寂が何度か訪れた。
線香の匂いに背中を押されて本堂から出ると目の前の夏空に薄っすらと茜がさしている。
気のせいかほんの一度くらい体温が下がった様な気がして帰宅した。
そんな夏の日幽霊画が今も忘れられない。

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2004.08.15

オザンナ/ミラノ・カリブロ9

買おう買おうと思っていたオザンナの紙ジャケ2ndをようやく買った。
1stと3rdは発売してすぐに買ったのだが、なんとなーく躊躇していた訳だ。
3rdは問答無用の名作だし、1stは3面見開きと云う紙ジャケ冥利に尽きる作りで、
なんら躊躇の無い買い物だったが、事2ndに関してはちょっと考えた。
何を言っているのか解らない人には申し訳ないが、
オザンナは70年代中頃に活躍したイタリアのプログレッシブ・ロックバンドだ。
PFMやバンコほど有名ではないかもしれないが、イタリアのロックを語る時には
決して避けては通れないバンドの一つなのである。
オザンナはナポリの出身で、メイクを施しシアトリカルなステージを展開したという
奇矯さと、土俗的で強烈な土臭さが魅力のバンドだ。
そう云う点に魅力を感じている人間には、映画音楽の巨匠エンリケ・バカロフとの
競演による、映画のサントラという形式がなんともなぁ・・・なのだった。
所がこの前同じくバカロフと競作したイタリアのロックバンド、
ロヴェッショ・デッラ・メダーリャの「汚染された世界」を聞いていたら、
「やはりこれはミラノ・カリブロも買わないかんわな!」と悔い改めてしまった訳だ。
やはりこのクサさ満点のストリングス・アレンジはたまりませぬ!
オザンナの陽性の狂気と相まってどうにも妖しくも悲しげな世界を作り出している。
いやーそれにしてもアルカンジェロの紙ジャケシリーズは値段が高い!
邦楽の新譜並の値段という所がいかんともしがたい。
ストレンジ・デイズ監修の紙ジャケシリーズだと大抵2100円位なんだが、
さすがにこの値段設定だと素人がうかつに手を出せない状態だと思う。
まあアルカンジェロは何と云うか食玩的と云うか、こだわりのミニチュア化に
方向を定めてきているので、そっちの方向に特化していくんだろうと思う。
この前出たヘロンとかアトランティック・ブリッジとかシングル曲をボートラにしないで、
わざわざ8cmのシングル・ジャケ作ってそれを付けてるくらいだし。
アルカンジェロは秋にバカロフが合作したもっとも有名な作品、
ニュー・トロルスの「コンチェルト・グロッソ」も紙ジャケで出すらしいし、
その際はマウロ・パガーニとアレアの「1978」も出るそうな。
そりゃー買うよね。

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2004.08.12

ヒューリック「観月の夜」

積んで置いた本を消化している内に、いつの間にか新刊が発売されていたので
慌ててディー判事シリーズの「観月の宴」を読む。
ディー判事シリーズはロバート・ファン・ヒューリックが中国を舞台に書いた世界的にも著明な推理小説だ。
面白い作品なのだが何故か翻訳点数が少なくて、しかも概刊が殆ど品切れに成っていると言う有様で、この早川のポケミスでの刊行は嬉しい限りだ。
このシリーズの楽しみは推理小説的側面もさりながら、中国は唐代の風俗や人の生き様が生き生きと活写されている所に有ると思う。
話の性質上、旅行に出掛け旅籠で旅装を解くシーンなどが多いのだが、そう云う時のこしらえ一つ、着替える場面の一つ一つが興味深い。
今回は毎度お馴染みの判事の部下達が一人も出てこないのが残念だが、その代わり判事の友人であり同僚のルオ知事が良い相棒と成って楽しませてくれた。
そしてこのシリーズのもう一つの楽しみといえば、ヒューリック自身の手による味の有るイラストの数々だ。
正直これが有ると無いとでは内容の理解度は全然違うと思うし、1枚の絵としてもしっかりとした画力と考証で玄人はだしの内容だと思う。
肝心の作品が完全刊行されていない訳だから無理な話だが、その内イラストや図版だけまとめて出版して欲しいくらいだ。
ぜひ書店で見かけた折には手に取って、素敵なイラストだけでも確認して欲しいもんです。

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2004.08.09

「マッハ!!!」

今日ようやく「マッハ」を観に行った。
この映画を観るのは実は2度目で、前回は今年の2月に香港で鑑賞した。
当地では「拳覇」と云うタイトルで公開されていて、俺が行った時もほぼ満員の入りだった。
日本人的には「これは男が燃える映画だろう」などと勝手に考えていたが、流石はドラゴンの末裔たち、
男女も関係無く超絶なアクションに感嘆の声を上げ、くすぐり所に爆笑し、素直なレスポンスに劇場が沸きあがる、
ガキの頃からカンフーを刷り込まれている連中は違う!と、思い込まされる瞬間であった。

さて今回再度鑑賞して思った事は、ストーリー展開の巧みさについてだ。
最初に観た時は、古式ムエタイ技の新鮮な驚きと超絶的なアクションのつるべ打ちに翻弄されて、
話の細部まで関心が行かない所が有ったのだが、実に無駄の無いストレートな作話法に感心する。
話のテイストは間違い無く香港アクション・マナーを研究し尽くした内容で、
そこそこ詳しい人間なら「あれドラゴンの」とか「そこジャッキーの」とか元ネタを披露出来るが、
ラストに「仏罰」と云う、仏教大国ならではの解りやすい解釈を持ち込んでいる所が独特だ。
三輪バイタクのチェイスシーンにもそう云うドメスティック・テイストが満載で嬉しい。
ただせっかく美少女キャラが出て来るのに彼女を活かすシーンが少ないのが残念な所ではある。
まあしかしなんにしろそんな諸々も主役のトニー・ジャーのアクションの前では瑣末な事、
とにかく「あんたのその跳躍力は何なの?」としか言えない飛翔感あふれる体捌きは何度観ても唸らされる。
簡単な跳躍で相手の肩先まで上がり、膝で頭をロックしてのエルボーの破壊力、
体を交わした後に捻りを加えて膝と踵を相手の顎やら頭頂にヒットさせる時のしなる身体、
書き出していったらキリが無いが、カンフーとはまた違う動きの素晴らしさに新鮮な驚きがある。
正に彼でなければ、そしてタイで無ければ創れなかった映画と言うのがまた素晴らしい。
香港映画の「風雲」や「少林サッカー」を観た時に、ハリウッドが使う「リアリティの為のCG」とは真逆の、
「コミック的な表現をする為のCG」と云う発想に目からウロコが落ちたが、
出来ればこれからリアル・ヒッティングにこだわった独特のアクションをタイ映画に期待したい次第だ。
関係無いがラストファイトの相手のドーピング・ボディーガードが子役上がりの伊崎充則(だっけ?)
にそっくりで気に成って仕方が無かった。
あー後、ジョージをやったいい顔のオッサンは南伸坊に激似だったなぁ・・・まーどうでもいいすか?

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