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2004.09.30

デヴィル・ミュージックとしてのロバート・ジョンソン

マーティン・スコセッシによるブルース映画のプロジェクトと、
それにまつわるBOXセットの発売、そしてチェスレコードのCDの再発と、
ブルース関連が盛り上がっている。
それに引っ掛けてと云う訳でもないが、今回のお題はロバート・ジョンソンだ。
ブルースに関してはディープなマニアが多いし、自分は初級者同然なので
ロバート・ジョンソンが如何に偉大かと云う様な事はここで述べない。
自分がここで言いたいのはその業績と供に、彼が身にまとう
噂と云うギミックに付いてだ。

最初にサン・ハウスの前に現れた時は凡庸な腕前でしかなかったギターが、
しばしの放浪の後サン・ハウスを唖然とさせる程の腕前になって帰ってきた。
そういう事実から生み出された、
「クロス・ロードで悪魔に魂を売り渡してギターの手腕を手に入れた」と伝えられる
「クロスロード伝説」。
かつては御真影も無く、謎に満ちていた経歴。
常に誰かの目を気にしている様な幾つかの振る舞い。
そして毒殺という不可解な末路。
そう云ったギミックの数々がジョンソンのブルースを
更に妖しく飾り立てているのは間違い無い。

元アメフト選手のブルース探偵ニック・トラヴァーズが活躍する
エース・アトキンスの「クロスロード・ブルース」(角川文庫)は、
録音されたが数奇な理由で発表されず埋もれていた
ロバート・ジョンソンの最後の録音を巡る駆け引きと、
彼の毒殺の真相に迫ろうとするフィクションで
ジョンソンを聞いたことの有る人間ならかなり楽しめる小説だ。
しかしあまた居るブルース・マンの中で
こう云った題材に使われるのはジョンソンくらいなものだろう。
事ほど左様に彼は魅力的な題材だ。

「Me And The Devil Blues」「Hellhound On My Trail」
そして曰く付きの「Crossroad Blues」。
それらの禍々しいタイトルと供に陽性な狂気の様な物を感じさせる、
甲高く何かに憑かれたかの如き歌いまわし、
そしてギター1本のバッキングがその世界にそくそくとしたうそ寒さを醸し出す。
悪魔云々がある種の暗喩を持って使われているのは解っている。
それでもこうした彼の音楽にデモーニッシュな雰囲気を感じるのは、
そのギミックに惑わされているからなのだろうか?
それならばその様に自己演出したジョンソンの手腕こそ悪魔的だと思わされる。
元々デルタ・ブルース発祥の地、ミシシッピー・デルタは
ブードゥー教が根付いた土地でもある。
観念的にはキリスト教と同様に「悪魔」と呼ばれる物が
異教の「悪魔」である可能性だって無い訳ではない。
果たしてジョンソンがクロスロードで出会ったのは如何なる悪魔なのか?

2枚だけ残された御真影のジョンソンは痩せこけた顔に大きな目で、
薄笑いを浮かべている様にも見える、
そして節くれだった指先からあの枯れた調べを弾き出すのだ。

今朝早く、お前がドアを叩いた時に
今朝早く、お前がドアを叩いた時に
俺は言った「やあ悪魔、出かける時間だね」

俺と悪魔は並んで歩いた
俺と悪魔は並んで歩いた
俺の女を気のすむまでなぐりたい

「俺と悪魔と」By Robert Jhonson

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2004.09.26

「魔女①」五十嵐大介

漫画雑誌を買わなくなってからずいぶんと久しいが、
それでも一時期「アフタヌーン」だけは毎月買っていた事が有る。
それなりにメジャーな作風の作品も載ってはいるのだが、
半分近く「これは同人誌だろ?」と云うべき作風の漫画が載っていて
「本屋で買える同人誌」的な感覚で購入していた。
その中でも特に魅かれたのが五十嵐大介の「はなしっぱなし」だ。
五十嵐大介はこれがデビュー作にして初連載という事だったが
絵の上手さにしろ、語り口の巧みさにしろ唸らされた。
ページ数が多くない連作掌編という事で単行本化は遅かったが、
確か3巻まで出た単行本は装丁も素敵な読み応えの有る作品集だった。

漫画に対する情報がたまに寄る書店の漫画売り場でのジャケ買いか、
友人による口コミかのいずれだったので、
何となく作風の似ている漆原友紀の「蟲師」を読みつつ、
「そういえば『はなしっぱなし』の作者は何してるんだろう?」等と考えたりしていた。
そんな事もそろそろ忘れかけてた頃に書店で手に取ったのが「魔女」だ。
作者の名前を失念していたので「こ、これはもしや!」と買い込んでみたら、当たった。
しかもその内容は想像以上の当たりだった。
短編作ではないが同テーマの連作という手法は同様。
しかしそのスケールが凄い、
前後編に別れた「SPINDLE」はコンスタンチノープル・・・いやイスタンブール、
「KUARUPU」は(多分)黄金の三角地帯の森林、
そして「騎鳥魔女」は中国の黄土地帯、というロケーションに痺れる。
「騎鳥魔女」は掌編作なだけに「はなしっぱなし」と通じる所が有るが、
「SPINDLE」に関しては正に静かなるスペクタクルと云う感じで、
安っぽい言い方をすれば善と悪の魔術合戦とでも云う趣が有り、
西洋的な神智学と東洋的なシャーマニズムの対立と云う様な見方も出来る。
それが東西文化の混交する所、ポスポラス海峡に挟まれ
今も気どって「君府」と呼びたいイスタンブールの
バザールを舞台にして繰り広げられる所が文句無く素晴らしい。
『魔女』の召喚により夜更けた街に夜の狩人達の眷属が立ち現れる場面、
クライマックスの戦いの後、堕ちて行く「本当の秘密」の圧倒的な描写、
漫画という媒体でしか成しえないその想像力に溢れた画面には
驚くと供に酔いしらされる。
文章には文章の、映像には映像の、
そして漫画には漫画にしか描き出せない世界が有るとすれば、
それはここに現れている。
そして五十嵐大介は先人の諸星大二郎同様、異形の物の描写に長けている。
「KUARUPU」の掛けられた魔術で見る幻覚の奇怪さ、
ラストのグロテスクさは手垢の付いた異形とは一線を隔している。

「魔女」に折り込まれていた広告を見ると長らく絶版になっていた
「はなしっぱなし」が書下ろしを加えて、とうとう前後2冊で再版されたらしい。
その書き下ろしと云う奴が非~常に気に成る。
そしてこの前本屋に行ったら更に新刊の「リトル・フォレスト」が発売されてるし。
なんか一気に刊行ラッシュに拍車が掛かっている様だ。
作者がやる気に成っているんだろうか?
「魔女」の2巻が楽しみだ。

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2004.09.21

石原豪人「エロス」と「怪奇」の画家

何も会期終了間際になって・・・と云う感じだが、
弥生美術館にて「石原豪人展覧会」を観に行ってきた。
近場なので油断をしていたのだよ、正直な所。
根津神社の祭りも有ると云う事でそれも兼ねて出掛けた。

弥生美術館は挿絵画家中心の美術館だが
毎回学芸員の企画の面白さには唸らされる。
竹中英太郎や松野一夫ら(その世界の)大御所の作品は勿論として、
橘小夢の展覧会が開催された時は嬉しかったと供にひどく驚かされたものだ。
そう云う点では今回の石原豪人も「本当に?」と云う感じであった。
豪人の名前を知ったのはお決まりだが竹熊健太郎の「箆棒な人々」を読んでからだが、
その絵に関しては昔から知り過ぎる程知っていた。
自分くらいの年代の子供は少年雑誌の口絵で、
嫌に成るくらい豪人の緻密な絵を刷り込まれている。
特に怪談や恐怖物が好きだったから、豪人の作品集を見れば
「ああ、これもそうなのか!」と認識を新たにする事ばかりだった。

それにしても豪人の絵は巧い、生原稿など圧倒されるほどの画力だ。
デッサンの確かさは当然として、絵に漲る生々しいまでの生命力は何なのだろう?
意外に原稿は小さく口絵なので解説を入れる余白が多く採られているが、
驚くほどの細かさで書き込まれている。
描線はボールペンで書き込まれていると本に書かれていたが、
とてもボールペンの様な生堅さが無いのだ。
有名なモンスターから幽霊の類、実生活の怪人プロレスラー、
崩壊した世界や未来の地球、そして奈落の果ての世界まで
生真面目に細部まで描かれた画面は恐ろしくて、でも楽しい。
ただ挿絵画と云う性質上(ここの展覧会では大体そうなのだが)、
生原稿より掲載誌の展示の方が多かったりするのが残念では有る。
ただ確かに文字と組み合わさった誌面を見る事が、
その絵のインパクトを一番伝えられる事だとは思うが。
あと年代が新しいだけに「林月光」名義時代の生原稿は
多く残っていると思うのだが、月光時代の作品をもうちょっと見たかった。
今度は是非、月光名義の大人向け作品集を発表して欲しいものだ。

実際は書いていない様なのだが、豪人の作品を見ていると
大好きな「見世物小屋の看板絵」を思い出す。
豪人もキャリアの最初期を映画の看板描きで過ごしたそうだから、
同じく泥絵の具で描かれた見世物の看板を手掛けられなかった訳ではないだろう。
面白い事に後年のユーモアーを含ませた作品の多くに、
見世物小屋の匂いを感じてしまう。

それにしても挿絵画家達が描く、悪どくも儚い極彩色なモノクロの世界は
何故こうも美しいのだろう?
やはり自分は芸術家より芸人、職人の類にどうしても魅かれてしまう。

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2004.09.19

アース&ファイアーの紙ジャケ1st

またしても紙ジャケの話だ。
ユニバーサルのロック・レジェンド・シリーズ今月の発売は
「ヨーロピアン・ロック」と題された、オランダ、イタリア、デンマーク、
そして何故かオーストラリアの、バンドが選ばれている。

今回購入したのはオランダの「アース&ファイアー」の1stだ。
たぶん企画段階で最初に話が出たのがアース&ファイアーで、
そこからバンドが選択されていったのではないかと推測する。
昔からこの英国盤のレア度を散々聞いていたので、
是非とも紙ジャケで再現して欲しいと思っていたし、
そう云う要望が多かったのではないかと思ったからだ。
アース&ファイアーの1stは本国盤も変わったデザインらしいのだが(未見)、
イギリスのネペンザ・レーベルから発売された英国盤は、
あのロジャー・ディーンが手掛けた変形ジャケなのだ。
切り抜かれた穴から赤地の裏側が見えると云う凝った物で、
その上ゲートフォール(見開き)ジャケだったりする。

アース&ファイアーと言えば同時発売した「アムステルダムの少年兵」が
日本でもシングルヒットして有名だそうだが、
「ヒットした」と云う話を聞いているだけで同郷のショッキング・ブルーの
「ビーナス」なんかと比べると印象は薄い。
最初にその名を知ったのはプログレの文脈だったし、
実際「アムステルダムの少年兵」もアナログのB面全部を使った
20分近い大作のエディット版なので、
やはりそのサウンドにプログレ的な物を期待してしまう部分が有る。
ところがこの1stはキャッチャーでコンパクトな楽曲を集めた
ポップなハードロックと言った趣で、
ロジャー・ディーンのジャケから来る様なイメージは薄い。
デビュー曲で、これまた日本でも注目されたらしい「シーズン」は
覚えやすいメロディでショッキング・ブルーと通じる物が有るし、
サビがキャッチャーな「ルビーは俺のもの」も良い、
しかし何と言ってもイントロのリフから「おお!」と来る、1曲目の
「ワイルド・アンド・エキサイティング」がイカしたハードロックなので嬉しくなる。
この後2ndで長尺曲に挑みプログレ度を増し、
一大コンセプトアルバム「アトランティス」でそれは頂点に達するのだが、
個人的にはこの3rdアルバムがサウンド的に一番好きだ。

なのでこれも供に買おうと思っていたのだが、
「サイケ絵巻」と噂に名高いこのジャケがちょっと腰砕けな絵だったので、
店頭で怯んでしまったのだ。
ことCDは音楽を買うものだけど、紙ジャケに関しては
ジャケ買いするための物だと思っているので、
ジャケが面白くない奴は食指が動きまへん(^^)
何せユニバーサル以外でもアルカンジェロやら
ヴァージン/カリスマの再発やら(是非ともコーマスの2ndお願い!)、
おまけにユニバーサルの監修やってたストレンジ・デイズが
紙ジャケの再発始めるそうで、
イタリア物で「パエーゼ・デイ・バロッキ」やら
「ウーノ」「チッタ・フロンターレ」のオザンナ人脈を再発するそうでたまりません、
あー実にたまりませんとも!

そうそう話は変わるが最近英国の再発レーベル「レパトワー」が、
ヴァーティゴの諸作を紙ジャケ化して再発しているので
この前「メイ・ブリッツ」の2ndのを買ってきたのだが、
開けてみてびっくりした、だって紙ジャケじゃないんだもん!
あれはデジパックの変形とでも呼ぶもんではないのでしょうか?
確かにアルカマの分厚い紙ジャケ等に比べるとやけに薄いし、
同時に出てた「パトゥ」の奴なんかは紙質にもこだわってて、
それはそれでよく出来ているのは認めるが・・・あれはなぁ・・・
どうなんでしょ紙ジャケ愛好家の皆さんは?

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2004.09.16

写真集「香港路面電車の旅」

「香港路面電車の旅」と云う写真集を買ってきた。
香港の路面電車と言えば云わずと知れたトラムの事である。
香港に行った事の無い人でも、
全面広告が賑々しいあの2階建ての電車が、
天を付く様な高層ビルの下をすれ違う様を
何処かで見掛けた事が有るだろう。
文字通りのセーラー服を着込んだオジサン達が
ちょこまか働くスターフェリーと並んで、
旅情をかき立てられる外せないアイテムだ。
そんなトラムの行き交う街と人々の姿を写真に納めた、
見ているだけであの街の喧騒が聞こえてきそうな1冊である。

中でも銅鑼湾の「そごう」の先、
商務印書館横の複雑な歩道橋の夜景にはグッと来た。
まあそれと云うのも自分もあの歩道橋を入れた写真を
何枚も撮っているからだ。
トラムの2階から横断歩道にあふれ返る人の群れを
眺めながらふと目を上げると、
トラムより更に上の横断歩道から人が覗いていて
目が合う事も時には有った。
昔はトラムに乗るにも小銭が必要で、
やむ無く多めに払ったりする事も度々有ったが、
オクトパス・カードのお陰で便利になり更に乗る機会も増えた。
ただあの料金箱もそれはそれで
好い味わいの物ではあったが・・・

さて毎度毎度貧乏旅行なので大概香港に付くのはいつも夜な訳だが、
香港の街中に出て何を見て一番「あ~香港来たな~」と感じるかと言うと
中央分離帯の所に設置されてる上が白で下が黄色な
ビールジョッキの様にも見える灯りである。
車中からあの灯りが街の中に灯ってるの見ると
非常にその思い強くする。
と云う訳で、大好きなその灯りをトラムと供に1枚。

tram001.jpg

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2004.09.12

張芸謀はキン・フーの夢を見るのか?

ようやく張芸謀の「ラヴァーズ」を観てきた。
渋い舞台美術、華美な衣装設計、類まれなき風景美、
舞踏的な武術技、そしてその中で戯る美男と美女。
正にこれ「眼福」な一品で御座いました。
ストーリーがどうの、アニタ・ムイが抜けた穴がどうの
色々有るけど、しばしの絵画の如き一刻に
野暮な話じゃぁござんせんか?
そのある種枯淡な味わいで思い出したのが、
武侠映画の伝説的先達キン・フー監督の事。
チャン・ツィイーの遊郭での閉鎖空間に於ける袂捌きに、
(客桟戯)を確立させた傑作「龍門客桟」を、
竹林での戦いに、カンヌの高等技術委員会賞を受賞させた
名作「侠女」の影を見る事は容易い。
特に竹林での戦いは武術指導のチン・シュウトンが
明らかに先達の偉業に敬意を表しつつ新たな挑戦をしている。
そういった戦闘シーン以外にも、冒頭の「書」、遊郭の外装、
そして全編を通してのトーン等に
「教科書」としてのキン・フーの武侠映画の心を感じた。

そして今回は張芸謀、久々の「女の業」映画の復活でもあった。
アンディ・ラウと金城武の間で揺れ動くチャン・ツィイーの心の葛藤、
抑えきれぬ情欲に燃え上がり、
身を任せ、身を焦がし、惑乱するその様は
「紅いコーリャン」「菊豆」「紅夢」で見せたコン・リーの姿そのものだ。
前作「HERO」では(国)や(大儀)と云うものがテーマだっただけに
男性的で、ある種禁欲的なストイックさが目に付く作品だったが、
今回は燃え上がる情欲の前では(集団)や(国)などは意味を成さない、
そんな女の強さや業が描かれていると思う。

それにしてもマニアの間では
「アンディがアンディ・ラウを演じていない映画は傑作」
と云う不文律が有るが、
「インファナル・アフェア」同様
いつものアンディ・ラウらしさを抑えた今作の演技は見事だ。
冷徹にして、嫉妬に狂って狂乱するその様は
更なる凄みが増した気がする。
しかしこの映画まで「インファナル・アフェア」の
役のまんまなんだもんなぁ・・・
あれをみて監督はこの役をオファーしたんだろうか?

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2004.09.11

「おたくの精神史~1980年代論」

大塚英志入魂の「おたくの精神史~1980年代論」を読んだ。
新書を逸脱するボリュームと多岐に渡る論考で
中々一口に括れない本である。
提示される事件や事柄の度に繰り出される論調が
それだけで語れないほど複雑で、
通して読んだ時にまとまった感想が言い難い所が有る。
ただ「1980年代論」というだけに自分史を含めての
クロニクルな内容で、あの時代を振り返って再考するには最適だ。
例えば70年代の世相誌的な本を読んでいても、
その事柄や事件は理解出来るが同時代感とでも云おうか、
そこで動いて居ないだけに自分の生活の中に置き換えられない
もどかしさは必ずある。
しかし作品や人、代表的な事件を出すまでも無く
この本に書いて有る事は殆ど当時の思い出と供に蘇る。
『週間本』も『YOU』も『アップル・パイ』も『リュウ』も、
そして岡田有希子とかがみあきらの死も。

面白かったのが『新人類』と『おたく』との分断の項。
確かに今書店に並んでいるような八十年代本の数々は
『新人類』的なガジェットを基調として編まれているような本だ。
確かにあの時代、
新人類と呼ばれていた様な人達が権勢を誇った時代だったし、
自分も間違い無く新人類的なサブカル路線に
片足掛けて生きていた事を覚えている。
例えばあの頃、出版社は忘れたが根本敬、マディ上原等の
所謂『ヘタウマ』系の人達の本が
本人の横顔を表紙に使った洒落た表紙で発売されて、
余り漫画の話をした事が無かった様な連中が買い込み
いきなりその話をされて驚いた記憶が有る。
それと藤原カムイ等は新人類的な連中からも
それなりに好まれていたような気がした。

最後に中森明夫が新人類の旗手的な扱いをされていて驚いた。
と云うのも中森明夫と言えば「おたく」サイドの人間で、
「おたく」と云う語源の発祥も「周り見渡して」的に
自虐的な物言いで発言されていたものだとばかり思っていた。
当時「投稿写真」誌で連載していた、
アイドルの卵との対談コーナーに出てくる氏の姿は、
どう見てもコミケが似合いそうな風体だったし・・・
まあ確かにその後今は無きJICC出版(名前変えただけだけどね)から、
宝島で連載していた「東京トンガリ・キッズ」なんちゅう、
噴飯物の若者風俗小説みたいなものを出したりはしてたんだよなぁ。
今何してるんだろう?

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2004.09.07

「BURRN」誌二十周年

我が国唯一のヘヴィ・メタル雑誌「BURRN」が今月で20周年を迎えたらしい。
何度かの中座は有るものの、創刊号から読んでいる身としては感無量だ。

「別冊ミュージックライフ」と銘打たれた、今で言えばムックに近い様な
薄い体裁の本が出た頃、個人的にメタル・ムーブメントは一段落着いていた。
まだまだ前時代のハード・ロックと新世代のメタルが混在していた頃で、
極端にメディアでの露出も少なく、他の音楽にも目移りしていた頃だ。
創刊号に登場するアーティストも本誌の方に登場するメジャーなバンドが多く、
モノクロで載っている若手の写真に唯一専門誌としての違いを感じたりした。
時は正にモトリー・クルー辺りからL・Aメタルが盛り上がってくる頃で、
グラビアにもフラッシーなヘアバンドの写真が多く取り上げられていた。
勿論、期待の若手としてその辺のバンドも聞いて行ったし、
中にはドッケンの様に今でも好きなバンドが有るが、
総じてL・Aのバンドにはどうにも煮え切らないものを感じていた。
へヴィならへヴィで突き抜けてないし、それじゃあポップなのかと言えば
中途半端なポップさで大した閃きも感じられないと云う具合で、
楽器の巧さを挙げられた所でだから何?としか言えず、
全然ヘヴィ・メタルじゃねえやん!と云うのが大方の感想だった。
血の気の多い年頃なだけに、過激な音楽求めてハード・コア・パンクや
ノイズ・インダストリアルとかを聞いていた身にはどっちがメタルなんだか?
と云う感じで、それでも毎号読んでいたりした訳だが、
そんなチャージド・GBHのTシャツを着用していた自分にも、
そして似た様な感想を抱いていた当時のキッズ達にも、
ようやくアングラ臭を放つ危なそうな連中が紙面に登場しだした。
スラッシュ・メタルの登場だ。
ニキビ面の痩せこけた小僧達、リストバンドで武装したサタニスト達、
どう見てもホワイト・トラッシュな貧しそうな連中、
そんな奴らが既に阿呆として名を成したヴェノムのクロノスや
レイヴンのワッコなんかと同じ紙面に載り出して、
初めてメタルの専門誌として自分の中で納得出来た気がした。

ニキビ面の小僧達がその後オリコン・チャートで
邦楽のアーティストを押しのけて1位を取るなど、
想像だにしなかった遥か昔の話だ。

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2004.09.05

「スケバン刑事」完全版シリーズ

洋楽の世界では過去の名作がアウトテイクやボーナストラックを入れ
「デラックス・エディション」と銘打たれて発売されているが、漫画でも当時の
単行本未収録ページ等を加えた「デラックス・エディション」的な再刊が盛んだ。
メディア・ファクトリーから名作「スケバン刑事」が連載時のカラーページ、4色ページ、
扉絵、書き下ろしのメイキング等を含めた完全版での再刊が始まった。
勿論「はなゆめコミック」で全巻揃えてはいるが、部屋の隅の魔窟に埋もれた本棚に
納めて有る為、再読するのは10年振り位だろうか?
「スケバン刑事」といえば当時の「花とゆめ」を
美内すずえの「ガラスの仮面」と供に牽引する両軸であった訳だが、
「ガラスの仮面」同様、今読んでもストーリーテリングの妙は些かも色褪せない。
と云うか梶芽衣子の「さそり」シリーズや「修羅雪姫」、
そして「野良猫ロック」シリーズが新たな評価を与えられている昨今、
「スケバン刑事」の世界観が新たな評価を受けてもいい頃なのではないか?
冒頭の「地獄城」の脱獄失敗シーンから、鮮やかな麻宮サキのキャラ紹介、
黒メガネの介入から策略を尽くした脱獄の準備、
密告屋ハナコの涙ながらの哀願を冷笑で切り捨てるサキのクールさ、
地獄城の屋上から密林に逃避するサキの鮮やかさ、
そしてチイの家族の面会で脱走の成功を語る結末、見事過ぎる!完璧だ!
しかし再読して思い出したキャラの懐かしさ、「アグラ」(あーいたいた!)
「三平」(そーそーそう云う登場シーンだったよな!)、
巻が進めば「スガちゃん」とか出てくる訳だよなー。
「スケバン刑事」と言えばテレビシリーズしか知らない人もこの機会に、
クールな世界観の原作を読んで欲しいもだ。

しかし昨今漫画原作の映画化が流行りだが、そろそろ「スケバン刑事」の
映画化の声も掛かるんじゃなかろうか?
話としては「海槌三姉妹」の話が面白いが、
ここは一つ「さそり」等の女囚シリーズを髣髴とさせる地獄城脱獄を前半に、
間に神恭一郎からヨーヨーを渡されるシーンを挿入し、
1億円強奪事件を後半にと云う様なストーリーで如何でしょう?
まあ黒メガネこと、「暗闇警視」は別に長門裕行でも良いけど、
こと麻宮サキに関しては事務所のバーターでアイドル顔の女の子は使わないで欲しい、
後「何の因果かマッポの手先」とか決め言葉も別に要らんと思う。
まあ「鉄仮面」とか「忍者三姉妹」とかあれはあれで良いんですけどね・・・
やはり今スケバン顔と云うか、メンチ切って決まる女と言えば
柴咲コウに辺りに成りますよね~。
でもいい加減そう云う路線を事務所もさせたがらないだろうから、
ゴーゴー夕張辺りから栗山千明なんかも良いんだけど
ちょっと顔がノーブル過ぎる気もするし。
神恭一郎は無理に長髪に設定しなければやれる人は結構居そうでしょう。
あと一つ主題歌は絶対暗いハードロックで。
カルメン・マキの「私は風」のカバーなんか如何でしょうね?

ってまあ映像化の話は尽きないけど、取りあえずスケバン刑事のシリーズの
続刊が楽しみです。
あとメディア・ファクトリーさん、和田慎二なら「森のクマさん」シリーズを
愛蔵版で出しちゃあくれないですかね?

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2004.09.02

SIR LORD BALTIMORE / KINGDOM COME

サー・ロード・バルティモア(以下SLB)の再発CDを買ってきたが、
噂にたぐわぬ良い出来で非常に気に入った。
SLBはアメリカ産のトリオ編成のハード・ロックバンドだが、
バンド名といいジャケの雰囲気といい、何処となく英国産の匂いがする。
ただサウンドに漲る力任せな蛮音は、同編成のブルー・チアーや
MC5に通じるものが有って大陸産の大味さも感じられるのだが、
埃っぽいというより霧に煙ったような薄暗さはどうにも隠せない。
全編これ爆裂するヘヴィ・ロックなのだが、1曲だけ入っているバラードが
ハープシコードらしきものをバックに湿っぽく淡々と紡がれて行くところは
非常に英国的だ。
それにしても野太い声でねちっこく歌うVoの暑苦しさは何だ?
おまけにドラムと兼任ッちゅうのがまた凄い。
声質は違うがリーフ・ハウンドのピーター・フレンチの様な押しの強さだ。
リーフ・ハウンドで思い出したがストレイ・ドッグも1stのころは3人編成だったな。
ストレイ・ドッグはレーベルがマンティコアだったお陰で最近も紙ジャケで
名作の1stが再発されたりしているが、SLBもこの禍々しい骸骨船を
ぜひとも見開き紙ジャケにして日本初リリースして欲しいもんだ。
ちなみにこのCD、2ndもカップリングされているのだが
2ndからメンバーがもう一人加わる所までストレイ・ドッグにそっくりだ。
2ndは、金属質でどんよりとサイケ寄りなヘヴィ・ロックだった1stに比べてると、
幾分音がクリアーな感じになって暑苦しさも減ったが、その分長尺な曲や
サバス的なリフの曲が聴けたりとこちらも中々だ。
プロデューサーは70年代の米国産ハード・ロックの名伯楽エディ・クレーマー、
そう云う意味でマーキュリーも売る気十分だったんだがなぁ・・・

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