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2004.11.04

同潤会アパートの思い出

「同潤会アパート」と云う名を知ったのは18位の頃だったが、
街の一部のシブイ建物として子供の頃から記憶に残っている。
記憶に有るのは行動範囲に有った「大塚女子アパート」と
「鶯谷アパート」」の2つだが、あの古びた個性的な建物の同類が
他にも都内に点在していると知って俄に興味を覚えた。
その内「江戸川アパート」を発見して、友人から「清砂アパート」を教えてもらい
表参道に有るのが「青山アパート」だと知り、「代官山アパート」を訪ねた。
学校の卒業制作で東京に残る古い町を写真に撮り始める内に、
地図を頼りにまだ見ていない同潤会アパートを何個か観て廻った。
昭和だった当時は、まだ個々のアパートも普通に人が生活している場で、
外観は押さえられるにしろ、余り踏み込んだ所まで写真に撮れず
消化不良のまま建物に見惚れて帰ってきた。

その後時代は平成に移って行くと同潤会アパート取り壊しの話が
方々から聞こえる様になった。
もう1度見ておきたいと云う思いが募って、
既に住人の立ち退きが始まっていた「住吉共同住宅」に出掛けた。
ここは子供が遊べる中庭を囲んでコの字型に建物が囲み、
そのコの字型の部分にある螺旋階段は
かつて講談社の江戸川乱歩文庫が発刊した時の広告にも使われた、
下から見上げると何とも怪しげな階段なのだ。
(ちなみに当時まだ現存していた仁丹塔も広告に使われた)
人気が少ない建物に入ってその階段を見上げた。
ぼんやりと灯る電灯が、消え行く建築を象徴する様に、
2,3度瞬いてまたぼんやりと弱い灯り階段に落としていた。
廊下の隅に固まった暗闇が何処か淋しげに見える。
道路に面した商店街は賑やかな夕暮れ時を迎えているのに
建物一つ隔てたこちら側は既に廃墟のようだった。

その帰りに「清砂アパート」にも寄ってみた。
清砂通りに面した1号館のエントランスも美しく、
裏に廻ってみても住民の温かな生活の息吹が感じられる。
仕舞い忘れた洗濯物を眺めながら、
こう云う猥雑さが感じられてこそ建物が生きていると実感できる。
その「清砂アパート」も今はもう無い。

昔ながらの食堂と銭湯も有った「代官山アパート」は
平成8年に取り壊された。
昔、中を探検した思い出が有る「鶯谷アパート」は
平成11年に取り壊された。
表通りのパン屋で何度かアイスを買ったことも有る
「大塚女子アパート」は平成15年に取り壊された。

建築資料研究社から出ている「Design Of Doujunkai」や
河出書房新社から出た「消え行く同潤会アパートメント」など
同潤会アパートを偲ぶ本は今も出続けているが、
あの生活臭は住民の居なくなった部屋の写真からは感じられない。
建物はそこに在り、人が住んでこそのものだから・・・

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