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2004.12.30

今年の1冊


昔は誰にも頼まれていないのに、年末に「今年のベストテン」とか良く付けていた。
しかし年々読書量も減り、買うのは旧譜の再発物ばかり、
ビデオ屋の会員証も期限が切れてからぱったりと行かずで、
とてもではないが「ベストテン」等、選べるような身分では無くなった。

それならば今年の1冊でも挙げるべく意気込んでみたものの、
積まれている本の山を目の前にして、もう一度大掃除をやる気力も無く、
思い付くままにつらつらと読んだ本の事を考えてその1冊を決定した。
今年の1冊は金庸の「鹿鼎記」に決まり!
・・・って事情知っている人なら「それって八巻も有るやん!」と言うだろう。
そう「鹿鼎記」の刊行は去年から始まっていて今年になって完結した全八巻だ。
つまり今年の1冊とか言いつつ全八巻の本を選んだ訳である。
まあ今年出た本には違いないし、何処かの巻が面白いと云う訳ではなく、
「鹿鼎記」と云う作品が最高だったのでこれに決めたと云う事だ。

金庸の作品は日本で云う所の「水戸黄門」とか「宮本武蔵」同様の
国民的大衆小説であり、華人なら大概は知っている超有名作家である。
日本の時代劇が主に老人層を中心に鑑賞されているのに対し、
金庸の作品は映画、テレビ、そしてオンライン・ゲームにまで成っている。
最近も「e世代版」と銘打ってCGイラストがいっぱい盛り込まれた、
若向けの作品集が台湾や香港では出版されていたりする。
「鹿鼎記」は金庸が手掛けた最後の作品で、しかも最長の長編小説だ。
金庸の小説は武侠小説と言われる、謂わば剣と武術の世界を舞台にした
達人、超人、美男美女、老人、老婆、役人、悪人、正派、邪派、
入り乱れての人間模様を躍動感と含蓄たっぷりに描いていて、主人公は修業の後、
途方も無い武術とそれを使うに相応しい人格を手に入れる訳だが、
しかしこの「鹿鼎記」は全く武術の出来ない、しかも人間性最低の少年が
その場その場の思い付きと口の巧さだけで出世して行くと云う話だ。
武侠小説の大家が武も侠も劣る男を主役に添えた「反」武侠小説なのである。
まあその主人公の偉小宝のキャラの立ち方から、小気味良いまでの最低人間ぶり、
そして窮地を切り抜ける口八丁の数々まで面白い事面白い事!
確かにここまでのもの書き上げたらもう普通の武侠小説には戻れないかも知れない。
正に有終を飾るに相応しい作品であり、堪能させてもらった。

それにしても待望だった金庸の作品が日本で翻訳され始めたのが1996年の事。
何と九年越しで全作品の翻訳が終了した訳だ。
正直、今後金庸の作品が読めなくなる事を考えると残念な気持ちの方が強い。
後は華人社会で金庸同様の人気を誇る作家の翻訳を待つだけだが、
小学館文庫や角川、あと新書サイズのノヴェルズで何点か出た古龍は
その後の作品が中々刊行されないし、
もう一人の巨匠、梁羽生に至っては未だに翻訳されてすら居ない。
結局、武侠小説は日本であまり商売に成らなかったのだろう。
確かに人に勧めても中国の小説と云うだけで尻込みする人が多かったのも確かだ。

因みに華人社会では「鹿鼎記」と云うとTVB時代の
トニー・レオンが演じた偉小宝の印象が強いらしいのだが、
口先一つで世の中を渡って行く口汚い人非人と言えば、
正しく最初の全盛期でチャウ・シンチーが演じていた主役達その物ではないか!
事実チャウ・シンチーは「鹿鼎記」を超訳で映画化して大ヒットも飛ばしている。
小説読んでいても偉小宝がチャウ・シンチーとダブってしょうがなかった。
(所で長らく絶版に成っている「ロイヤル・トランプ」の1と2のDVD
そろそろどこかで再発してくれんかね?)

さてこれで今年も最後のアップだ。
今年の初日の出は難しいらしいなぁ・・・

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2004.12.28

紙ジャケの真髄「ファミリー」

本末転倒と言えばその通りだが「ジャケ買い」と云う言葉が有る。
元来、中身の音楽を聞く為にレコードなり、CDなりを買う訳だが、
聞いた事が無いバンドだったり、
それ程好きでは無いアーティストだったり、
内容の判断が付け難かったする時の判断基準として、
もしくはジャケが余りに素晴らしいのでつい買ってしまう心持、
つまり購買意欲がジャケの方に偏った状態を指したりする。

勿論CDの紙ジャケにもそれは共通する心理で、
プラケースで再発されても多分買わなかった様なバンドも、
いざ凝った造りの紙ジャケで再発されると俄然購買意欲が湧く。
例えば「DrZ」とか「チューダー・ロッジ」だとか・・・
そしてその究極はプラジャケでは実現不可能な体裁の物だ。
ジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」の、
タブロイド版新聞紙を模したジャケの出来にはびっくりしたし、
実物を見るまで本当に再現出来ているのか疑った
バンコの壷型ジャケには度肝を抜かれた。
そして形状の意味は不明ながら、
変形ジャケ特集では必ず掲載される
ロジャー・ディーンがデザインとイラストを手掛けた、
「ドクター・ストレンジリィ・ストレンジ」の2Ndなどがそうだ。

その「ドクター・ストレンジリィ・ストレンジ」を発売した
エアメール・レコーディングスがまたしても凄い物を出した。
正に紙ジャケの真髄とも云える出来栄えが素晴らしい、
イギリスのファミリーの5作品だ。(3Rdから8Thまで)
ファミリーと言えば、大方の所ジョン・ウエットンや
リッチ・グレッチの出身バンドと云う認識で自分もそうだったが
知っている人にはシブイ喉を聴かせる燻し銀な歌い手、
ロジャー・チャップマンが率いていたバンドと云う感じだろうか。
兎に角このファミリーのアルバムは変形ジャケの宝庫で、
3作目はゲートフォールで8作目がシングルと普通だが、
8作目には紙製のピストルが同封されているらしい。
そして4作目はジャケにタイトルの印字された
ビニールのカバーが掛けられていて、
この前出たピンク・フェアリーズの1Stと
似た様な体裁に成っている。
6作目がブックレット形式なのだが、
1枚1枚違う切り込みがされていてデザインが綺麗に重なる
非常に凝った造りのジャケットに成っている。
カーヴド・エアの2Ndの虹ジャケに近い感じだ。
そして究極の7作目はテレビ型に切り抜かれたジャケだ。
それだけでも凄いがブラウン管の部分に
透明のフィルムが貼られアルバムタイトルが印字されている。
つまりブラウン管越しに見えているのは見開きされた内側の
バンド・ショットと云う所が何とも言えない良い出来栄えだ。
予算の都合上6,7作目しか購入していないのだが、
是非とも4作目だけでも何とか購入したいものだ。

アルバムの解説者が「変形ジャケの事ばかり騒がれて
中身のサウンドが語られなくなったら不本意だ」と
ライナーの中で書かれていたが、確かにその通り。
ではそのサウンドは如何なる物かといえば、
やはり通好みのB級ブリティッシュ・ロックと云う感じだ。
派手さは無いが聞き込んでいる内に味が出て来ると云う様な。
ピーター・フランプトンが居た頃のイミディエイトから出てた、
ハンブル・パイの1,2作目に近い感じがするのだが・・・・
これは確かにこの体裁で再発するのは難しい代物だ、
手に取って確かめて、是非早めに購入して欲しい逸品だ。

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2004.12.26

銀杏の憂鬱

ko-yo05

満々と黄色の葉を蓄えた銀杏は美しい
初冬のかそけき日差しに輝く様は何とも云えぬ眺めだ。
木々が重なり合って一塊の様に揺れ動く並木が一番だが、
ただ一本だけ思う様枝葉を伸ばした大木も違う趣がある。

所が落葉が始まると途端に憂鬱な時期の始まりとなる。
兎に角、銀杏の葉ほど掃きにくい落ち葉は無い。
葉に脂分が多く、踏まれると張り付いて剥がれない。
極端に平面で薄いので、掃いてる傍から吹き飛ばされるし、
竹箒の先に突き刺さって離れないわで難儀する。
最も面倒なのは何故か大量の粉が出る事だ。
たぶん乾燥した葉が崩れて粉に成っている物と思うが、
葉を掃き集めてもその後に黄色い粉が必ず残る。
粉まで掃き集めた後は必ず腰が痛くなってくるから困る。

さすがに年末を迎えていい加減銀杏の葉も散っているが、
場所によって差が有るのか未だに散っていない樹がまだ有る。
道すがら銀杏並木の美しさに足を止める事も多いけれど、
つい頭に掃き掃除の事が浮かんで、憂鬱に成る冬の朝だ。

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2004.12.23

怪談専門誌「幽」第弐号発売

日本初の怪談専門誌「幽」の2号が発売されたので早速読んだ。
勿論雑誌としての違いも有るだろうが、「幻想文学」等に比べると、
「俗」な部分との折り合いが絶妙で面白い。
例えば巻頭特集の「岡本綺堂」の部分などを見てみると、
半七の「お文の魂」の原型である、綺堂記者時代の怪談実話「お住の霊」再録など
文藝ファンを喜ばせるマニアックな発掘がされているかと思えば、
綺堂縁の坂を探訪する部分では、霊感体質の方が「ここいますね」とか言ったり、
心霊写真らしきものまで掲載されていたりするその振幅が面白い。
古典文学から街角の噂まで総てひっくるめて「怪談」と云うファクターで
纏めて行こうと云う編集方針に好感が持てる。

巻頭特集で取り上げられていた綺堂縁の坂のうち、
「切支丹坂」は実は地元で、良くあの辺りを通る御馴染みの場所である。
切支丹坂の向いの庚申坂は歩行者専用で、その先の傳明寺と徳雲寺の間の
狭く急峻な坂を谷間に下って行く事が多いのだが、
とにかく険しく、そして薄暗く淋しげな場所である。
本書にも書かれている様に営団地下鉄検車所の下のガードを潜って
向いの切支丹坂に出る訳だが、夜のあのガード下周辺は異常に怖い。
まず間違いなくあの近所の小学校では、あのガード下に関する
怪談話が2つや3つ伝わってる筈だ。
それが後に歴史的な由来である切支丹屋敷の伝説と結び付いて、
完成度の高い怪談が、昔とは別のベクトルで語られているかもしれない。

それにしてもこれだけ多様な作家による「怪談話」
もしくは「怪談実話」を纏めて読んでいると、
霊感無きこの身の上にも何やら怪異が降り懸りそうで、
ふと読む手を休めて隅の暗がりを凝視してしまう。
日常にふと忍び込む妖しの気配、これが怪談の醍醐味と云う所か?
今号の作品の中ではこれがデビュー作だという山白朝子さんの作品が、
デビュー作にしては手練た作品で感心させられた。
話の締め方が実に上手くて読後に余韻の残る結末だ。
シチュエーションとしてはお馴染みだが安曇順平氏の「山の霊異記」は、
やっぱり雪山の怪談は恐ろしいと思い知らされる作品だ。
特に「赤いヤッケの男」、このシチュエーションじゃ発狂しますがな!
漫画作品では五十嵐大介氏の登場が嬉しい所だが、
何気に「マンガ少年」期の極太なペンタッチに戻りつつある
高橋葉介氏の「赤い蝶」が非常に良かった。
戦前、しかも雅叙園らしき華美な座敷に於ける妖しくも凄惨な幻想譚が
復活した墨黒い画面に良く似合っている。

前号では余り気が付かなかったのだが、巻末のグッズの販売ページを見て、
表紙を見返して、「ああ祖父江さんの幽の文字のデザインは巧いなぁ」と
今更ながら感心してしまった。

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2004.12.19

周星馳 礼賛!

先日、録画しておいた「トリビアの泉」を観てびっくりした。
何とチャウ・シンチー本人が「少林サッカー」のパロディを
番組の中でで演じているではないか!
勿論、東京国際映画祭で「カンフー・ハッスル」のプレミア上映で来日した時に、
映画のプロモーションの一貫として撮影したのだろうが、
あの取材嫌いのチャウ・シンチーが、である。
そして番組の中でも「あの人誰?」とか、そう云う扱いではなく、
あの人がこんな所に出演してくれたんだ?と云う驚きで迎えられている。
日本でのチャウ・シンチーの人気を決して過小評価していた訳ではない。
しかし日本での浸透度と、ハリウッド・セレブ並の待遇、
そして新作の「カンフー・ハッスル」は何と中華圏よりも早い公開、
と云う様な事実を目の当たりにすると、何とも感慨深い気分に成る。

90年代の半ば、始めて行く友人と香港へパック旅行した時に、
初めてなら一応半日観光でも入れておこうかと、お決まりのコースを廻った。
そこでお茶屋と並んで定番のヒスイ加工工場見学&販売に下車した時の事だ。
今後観る映画の予定の為に買った東方日報を持ち歩いていたら
現地人のガイドが「新聞読めるんですか?」とか聞いてきて
「映画の時間とか調べるんですよ」等と、済し崩しに映画の話になり、
「どんな俳優が好きなんですか?」とガイドに聞かれたので、
速攻で「チャウ・シンチーですよ!」と答えた時の事だ。
連日眼の前を通り過ぎる日本人観光客にウンザリしている風情の
工場の入り口に座っている暇そうな警備係のオヤジが、
いきなり見事な反射神経で太っとい親指をこちらに突き出すと、
「周星馳、好!」と答えたのだ、勿論こちらも「好!」と親指を立て返した。
その時ほどチャウ・シンチーの現地での愛され方を思い知らされた事はない。
あんなズル剥けたオヤジでさえ、誇らしく親指を立てるのだから。
勿論その夜は、春節の時期なら必ず公開していたチャウ・シンチーの新作を
現地の観客に混じって映画館で馬鹿笑いしたもんだ。
「一龍双周」と称された90年代、ジャッキー・チェン(成龍)よりも、
チョウ・ユンファ(周潤發)よりも、遥かに人気の有ったあの頃、
中華圏を制覇していたチャウ・シンチー(周星馳)の名前を知っている日本人など、
それこそ僅かなものだった。

多分日本で始めて劇場公開された主演作は初監督を兼ねた
「0061~北京より愛を込めて」だったと思う。
(前年に東京ファンタのアニタ・ユンの特集上映で初公開された)
それとても競演のアニタ・ユンの方が当時確か日本ではメジャーで、
それ絡みで東京は池袋のシネマ・ロサでこじんまりと公開されたのを覚えている。
その後目出度く本人の来日と供にファンタでの特集上映が有り、
遠方から望むだけでは有ったが、チャウ・シンチー本人の御尊顔も拝し、
駆け付けた香港電影迷の皆様の熱さ共々非常に感銘を受けたものだった。

噂に聞えていた「少林サッカー」を始めて観たのは晩夏の台北でだった。
とにかく泣いた、いやマジで泣きました、冗談とかではありません。
結局その後、香港の戯院の早場で観て、VCD買って観て、
日本の劇場で3回観て、その後DVDを買って観たが、今でも泣ける。
台北で観た時は既に10月で、公開が7月くらいだったから、
中華圏の映画としては異常なまでのロングランを続けていた訳だが、
流石に平日の1回目の上映と云う事で、客は4人くらいだった。
泣くポイントの1つとしては初めての試合で痛め付けられた後、
彼方から響く経文と供に兄弟が覚醒して行くシーンが挙げられるのだが、
その時潤んだ目で横を見ると、既にリタイアして暇つぶしに来た様な親父が、
自分の前の椅子の背もたれをギュッと握り締めているのが見えて更に熱くなった。

正直、ワールドカップが開催されていたと云うのは余り関係無かったと思う。
かつて無い規模の宣伝が組まれ既に観た人間から口コミで話は伝わり、
何と日本公開直前にチャウ・シンチー本人も来日、舞台挨拶が有ると云うので
そそくさと新宿まで出掛けていった。
出掛ける前に「人が少なかったら星爺がっかりするかなぁ?」とか考えていた。
つまりまだそれくらい自分はチャウ・シンチーの人気を過小評価していた訳だ。
びっくりした。もう凄い長蛇の列で。入れないんじゃないかと思った。
そして客層がかなり普通な若い連中が多く、映画祭とは違う客層なのだ。
もうそれは純粋に話題の映画を観に来ていると云う感覚なのだ。
そして舞台挨拶の熱狂と、映画本編での盛り上がりは凄かった。
この笑い声や拍手の渦が舞台裏の星爺に届いていれば良いと心から思った。

と云う訳で「カンフー・ハッスル」である。
既に映画祭や試写とかで観ている人も多いだろう、もう喉から手が出るほど観たい。
しかしここは公開まで待とうかと思う。
何せ久し振りの元旦公開なのだから、何と目出度い舞台設定よ。
今回だけは香港の連中にも自慢できる、「功夫?勿論観たさ!」
「どうだったかって? モチロン周星馳、好!だぜ。」

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2004.12.16

オヤジの細道

オヤジの朝は早い。
夜勤仕事をしていると早朝に様々なオヤジが見れる。
本人達は至って普通にいつもの朝を過ごしているのかもしれないが、
オヤジ特有の「無意識過剰」振りが炸裂していて朝から楽しまして貰っている。

そろそろ始発も動き出したであろう早朝の5時少し前、
決まってかっちりした身形の初老のオヤジがきびきびとした動きでやってくる。
多分毎日の事ゆえその歩みになんら躊躇する所無く脇目も振らず
煌々と明かりを灯した自販機群へ歩を進めると、
無駄な動き一つ無しに自販機のおつり返却口に手を入れておつりを探る。
そしてその姿勢のまま凄いスピードで端から端まで確認し疾風の如く去ってゆく。
オヤジは同様にその先の自販機へきびきびと移動すると同様につりを漁り、
何事も無かったかの様に視界から離脱して行くのであった。

このオヤジのポイントは身形と速さだ。
如何にもな風体の乞食がつり銭を漁りに自販機に手を入れているのは良く有る。
それはまあ特に気に成る風景ではないのだが、
多分そのオヤジの風体を人に説明する場合、「老紳士」と形容するのが似合う、
どう考えてもこれから役員会にでも出席しそうな身形なのだ。
そしてその無駄の無い動きから繰り出されるつり銭漁りの速度だ。
驚くべきスピードで目標をクリアしてゆくその動作は正に都会の狩人と呼びたい。
そして長い事そのオヤジを見ているが、1度としてつり銭を獲得してないのだ。
勿論、観察の行き届かない所でオヤジが成果を挙げている可能性は有る。
しかし実はオヤジが自販機を漁る以前にも、
別のオヤジやら乞食が同様につり銭を漁っているのだ。

つり銭を忘れる可能性として、酒席が開けた頃に酔いを醒まそうと、
酔漢が飲み物を買うなどして自販機を使った時などに多く発生する。
したがって終電が有る内か、飲み屋が終る頃合にその可能性は高くなる。
なのでこの辺りを根城にしている乞食はその頃を計って漁りにやってくる。
それがまあ大体深夜0時から3時くらいだからその親父が活動するまで
2時間近くのブランクが有ると云うことで、それはかなり致命的だ。
それでもオヤジは来る、毎朝必ず来る!

正直あの身形からすれば乞食の様に金に困窮しているとは思われない。
普通に考えれば出勤ついで、もしくは朝の散歩のついでに
自販機のつり銭を漁ってみました、と云う所なんだろうが、
やはりそこで疑問に成るのは、あの無駄の無い動きに付いてだ。
あのオヤジの動きにはそんな「ついで」と云う余裕が入り込む隙は無い。
あたかも雨の日もジョギングを欠かさないで風邪をひき、
休めばいいの風邪のまま又ジョギングに行って更にこじらす、
「健康の為なら死んでもいい」がモットーの、
ヘルシー・ホリックの如き本末転倒的な執着心を感じる。
もしかしたら自販機の返却口を人知れず清掃し続ける
奇特な老人だったりするのだろうか?
それとも返却口を利用した悪の秘密組織の通信(紙切れ)を
毎朝人知れず傍受し続ける正義の組織の人なのだろうか?
それとも・・・

今度オヤジが現れる前に小銭を返却口に置いといてみよう。
果たしてオヤジはどんな反応を見せてくれるのか?
それとも10円とかじゃなくて20香港ドルとか置いてみようか?

まあそれはいいとしてきっとオヤジは今朝も自販機群を飛び回っている。

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2004.12.13

今は無い風景 その2

asukayama01

これは表題と写真の内容が若干ずれていて、
正しくは「かつて在った物が無い風景」と云うのが正しい。

かつてここにはリング状の展望室が回転する展望台が有った。
高さ的には30メートルくらいの小規模な物だったが、
何せ江戸の頃からの景観で御馴染みな飛鳥山の突端に建っていたので
昔はかなり遠くまで見晴らせた施設だった。
と云うより3分間くらいで1回転するその機能が面白くて
動かない円柱部分と移動してゆく展望室の間を跨いで
「何処まで耐えられるか?」など毎回の様に競っていた気がする。

今考えるとこの公園は敷地の高低を利用して
かなり大規模で凝った造りの噴水施設がかつてあり、
そのデザインのモダン・フューチャーな感じが展望台にも共通していた。

噴水にしろ、展望台にしろ、運転席に座れる機関車にしろ、
やたらと大規模な3層のお城型滑り台にしろ、
とにかく子供にとっては1日中居れる面白い公園だったのだ。

それが今は展望台も無くなり、噴水も縮小され、
かつての面影を留めているのは遊具施設の有る辺りだけになった。
そして子供の頃はなにやら見上げるほど大きかった展望台の
その跡地がびっくりするほど小規模な事に驚く。
そして周りを見回すと展望台より高い建物の多さに気が付いた。

「飛鳥山公園 展望台跡地」

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2004.12.10

バルカンの雄叫び~最近買った紙ジャケ其の2

紙ジャケの第2弾はまたしてもイタリアン・ロックな訳だが、
前回に比べると今回は大変にメジャーな作品だ。
(つうても知らない人間には、は?だろうが)

個人的には待望の、と云うべきアレアの「1978」と
マウロ・パガーニの「地中海の伝説」が今回のお題だ。
アレアはクランプス・レ-ベルを復刻しているイタリアのアルカマから出た紙ジャケの
4枚組みBOXを持っているので、これで一応ディメトリオ在籍時のスタジオ盤は
「 Maledetti 」(しかし何で4枚目が入ってなかったんだろ?)を除いて揃った事になる。
マウロ・パガーニの同作はこれの前にベル・アンティークから
紙ジャケ仕様で発売されており、その時も結構食指は動いたのだが、
紙ジャケの出来ではアルカンジェロだろう!と云う思いで発売を待っていた作品だ。

例えば紙ジャケは外国のメーカーの奴は大概そうなのだが、
厚紙の上にプリントした紙を貼り付ける仕様の奴が殆どで、
これだとゲイトフォールの場合、異常に背中の部分が厚くなるのが難点だ。
アルカマのアレアもそれで、4面見開きの「アレアッツィオーネ」の場合など
背中の部分が1㎝近くも有るのだ。
その点「ストレンジ・デイズ」監修のユニバーサル作品や
アルカンジェロの紙ジャケはプリントされた厚紙を貼り合せた造りに成っていて、
本来のアナログらしい厚みになっていて良いのだ。
アレアの奴はアルカマのに比べると薄くて非常に具合が良い、
マウロの方はシングルジャケだが、内袋に何と縮小されたポスター付だ。
ジャケも鑑賞に堪えうる美青年マウロのどアップなだけに、当時の婦女子たちは
ソフト・フォーカスで撮られたポスターを眺めてうっとりした事だろう。
しかし事サウンドに関しては技巧派集団PFMに在籍していただけに、
心技体の三拍子揃った歴史に残る、しかも意義の有る作品に仕上がっている。

何はともあれアップテンポな1曲目の「ヨーロッパの曙」でやられる訳だが、
アラブ音楽を呑み込んだたゆたうが如き女声が妖艶に誘う2曲目、
エフェクターを掛けて歪ませたヴァイオリン・ソロの3曲目、
かつての同僚PFMの面子を揃えたヨーロッパ然とした典雅な4曲目等々、
正しくバルカン半島の文化の混交を音で示したが如き充実度だ。
78年のこの当時に、その後ワールド・ミュージックとジャンル分けされて
普及する音楽を遥かに先取っていた訳で、そう云う意味でも記念碑的な名盤だ。

さてそのマウロのアルバムの5、8曲目で唯一無二の歌声を聞かせている
ディメトリオ・ストラトス率いるアレアが、同じく78年に放った最高傑作が「1978」だ。
1曲目の「荒野の追放者」を始めて聞いた時、余りのかっこ良さに絶句した覚えが有る。
鬼の様に複雑で激しい変拍子の上を、高速バルカンフレーズが釣べ打ちされ、
脅迫的なまでにテンションの高いディメトリオの声があっちで唸りこっちで転がりし、
フリー・フォームにジャムるのに、ロック的なダイナミズムは失わないと云う
余りにも壮絶な音に打ちのめされた。
アレアは基本的にジャズ・ロックな訳だが、複雑で難解な割に
メロディは驚くほど美しい。
聞き込めばその技能に唸らされるが、聞き流してもそのメロディのお陰で
妙な突っかかりが無いのだ。
それは緊迫感の有るインスト部分と爽快な歌唱が混ざり合う
「4月頃から」を聞いても良く解る。
しかも今回は驚くほど普通のポップソングと言える
「精神錯乱」なんかが入っているので更に取っ付き易い。
とは云えホーミーの如きヴォーカリゼイションとフリー・フォームな演奏が絡み合う
「ワ-クーターから帰る」や、ねちっこい語りが楽器とインプロヴァイズする
「アイオの記念」等、実験的でフリーな楽曲もバランス良く配置されている。
その後ディメトリオの死により失速してゆくアレアだが、
そんな感傷は微塵も感じさせない生命力に満ち溢れた楽曲は今も輝いている。

んな事言ってるうちにアルカンジェロの来月のラインナップが雑誌に載っていた。
1月には何と、ようやく!マクソフォーネが発売に成るらしい。
マクソフォーネ単独の発売なのか他にも出るのか解らないが、
取りあえず来月のイタリア物紙ジャケはこれで決まりだな!

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2004.12.07

ゲバラとサラリーマン

(20代、30代男たちの「プライド」と「欲望」を刺激する本格総合男性誌)
と謳った「CIRCUS」と云う月刊誌が有るそうで、
その最新号の特集が「ゲバラ式仕事哲学」と云う奴だ。
http://www.kk-bestsellers.com/magazine/circus/index.htm

意味も解らずプリントされたTシャツを着る若い衆が多いくらい、
ゲバラがポップ・イコンと化しているのは良く解っている。
映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」のヒットで、
書店にゲバラ関係の本が並んでいると云うのも有るだろう。
しかし事リーマンにゲバラを重ねると云う思考には言葉が無い。
戦国武将やら中国の軍師にリーマンを重ねるのは
もはや日本ビジネス書籍の王道パターンだったりするが、
社会主義革命のイコンがビジネスマンの手本に成るとはね・・・

かつて「ホッド・ドッグ・プレス」かなんかの特集で
「いま革命家がかっこいい」とか云う記事読んで
完膚なきまでに腰砕けた事があったが・・・かっこいいなぁ。

あ~なんか今日は普通のブログっぽいぞ!

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2004.12.06

近頃買った紙ジャケ 其の1

イタリアのバンドと云うのはとにかく長いバンド名が多い。
イタリアといえばやっぱしこれでしょう?と云う様な超メジャーなバンドからして、
プレミアータ・フォルネリーア・マルコーニと来る。
普通彼らは「PFM」と省略して読まれるが、同様に有名なバンドで、
バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ等と書いてる方もつい読み直してしまう様な、
彼らも普通省略して「バンコ」と呼ばれるバンドも有る。
他にもクエラ・ヴェッキア・ロカンダ、イル・バレット・ディ・ブロンゾ、
この前ここにも書いたロヴェッショ・デッラ・メダーリャ等実に豊富だ。

で今回、雑誌「ストレンジ・デイズ」がかつてキング・レコードから
発売されていた音源を使ってこだわりの紙ジャケで発売する
「イタリアン・ロック・マスターピース」シリーズの第1弾が発売されたので、
何とか2枚ほど買い込んで来た。
バンド名の長さでは屈指の「ラコマンダータ・リチェヴータ・リトルノ」の
「水晶の世界」と「イル・パエーゼ・ディ・パロッキ」の「子供たちの世界」の2枚。
ラコマンダータ・・・(以後「RRR」)は「到着返信書留郵便」と云う意味らしいが
果たしてイタリアにそんな郵便が有るのかも解らん複雑な由来だ。
ジャケ自体が郵便小包を模していて十字掛けの紐が掛けられ、
メンバーの顔写真が切手を模して6枚押されていると云うデザインだ。
郵便物を模した物なら古くはブルーノートのジャッキー・マクリーンの
アルバムからハンブル・パイの「As Safe As Yesterday Is」なんかが有るが、
ハンブル・パイが1069年だからハンブル・パイをパクったデザイン
なのかもしれない。

しかし内容は非常に素晴らしく本当にこれ1枚で解散したのが惜しまれる、
緩急と緊張感に溢れたスリリングな内容だ。
管楽器奏者が居る事でオザンナと比較される記事をよく読むが、
あそこまでプリミティブな呪術的世界観は呈しておらず、
輪郭のはっきりした解り易いサウンドだ。
歌い手の暑苦しさ加減もイタリア的で意外に
入門者的に良いアルバムかもしれない。
ゲート・フォールの中ジャケに非常にレトロSF的な「水晶の世界」
図が描かれているのだが、これはやはりあのJ・G・バラードの小説が
元になったコンセプトなんだろうか?
割と詞を読むとそれらしき共通のコンセプトが感じられはするのだが・・・

対して「イル・パエーゼ・ディ・バロッキ」はリリカルの極みの様な作品だ。
色とりどりの布がパッチワークされた中にメンバーらしき写真も織り交ぜられた
ジャケットとインナースリーブの叙情味溢れるイラストが音世界を良く現している。
ニュー・トロルスの「コンチェルト・グロッソ」やオザンナの「ミラノ・カリブロ9」
同様のオケ入りのロックアルバムな訳だが、コンダクターの違いなのかどうか、
上記の作品のようなド派手なきらびやかさは無い。
1曲目のたゆたう如きハモンド・オルガンの響きを切り裂く様に流れ込んでくる
ストリングスの音圧に1瞬「おお!」と云う感じになるが、
後は非常に儚げで夢見るような美しい調べが続く、
そう「子供たちの国」と云うタイトル通りに。
個人的に後半にもう二盛り上がりくらい欲しい所だが、こんな禁欲的な所も
このバンドの個性というものだろう。

さてストレンジ・デイズ配給の2回目のラインナップも発表されているが、地味だ。
マニアとは言えない自分の様な人間には少々手が出ないラインナップである。
ジャケならガリヴァルディの1st、音ならリコルディ・ディンファンツィア
(これまた長げー)かアルミノジェニ辺りは欲しい所だが・・・・
サンタさん、お願ひ!!!

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2004.12.02

越境者たちの香港

西本正の名前を始めて意識したのは、NHKが映画生誕100年を記念して
各国の映画史を俯瞰した番組を制作、
その中の一本「香港電影風雲人物録」を観た時からだ。
サモ・ハンが案内人として登場するその番組は、レアなインタヴュー、貴重なフィルム、
そして何より系統だった香港映画の歴史が解りやすく展開する
非常に素晴らしい内容で、是非とも他の国の奴同様にソフト化して欲しい逸品だが、
その前半の主軸となるのが西本正と日本映画界の
香港映画界との関わりを描いた部分だ。

中川信夫の「東海道四谷怪談」は怪談映画の傑作として
リスペクトされ続ける傑作だが、そのカメラマンが何とかのブルース・リーの
「ドラゴンへの道」のカメラマンでも有った、と云う事実には非常に興奮させられた。
そんな西本正の数奇なカメラマン人生を振り返った
「香港への道~中川信夫からブルース・リーへ」と云う本が
リュミエール叢書から出版された。
一読、正に本書にも出て来る「技術は越境する」と云う思いを強くする必読の1冊だ。

NHKの番組にも出てくるのでリー・ハンシャンとの「楊貴妃」で
カンヌの高等技術色彩賞の受賞や、キン・フー作品での仕事、
そしてブルース・リーの話等は知っていたのだが、
マイケル・ホイの「MrBoo」の1作目も手掛けていたり、
フィルモ・グラフィーの最後が最近「北京原人の逆襲」と同時にDVD化された
「中国超人インフラマン」だったり、驚かされる事が多い。
何しろそのキャリアの最初が満映で、その後香港に渡った最初の時に
李香蘭とも仕事をしていたりするから驚異的だ。

こうして見るとやはり香港映画と日本映画との繋がりの深さは相当な物だと実感する。
カラー撮影や色彩設計の技術を伝えた西本正、そしてショウ・ブラザースに招かれ、
現地で監督した井上梅次や中平康らの日本人監督、
(井上梅次が香港映画に持ち込んだ早撮りの技術が悪い形で現地に伝わった
と嘆く西本の話が興味深い)「北京原人~」や「インフラマン」で
特撮を指導した円谷の技術者、身体一つで香港・台湾を渡り歩いた「和製ドラゴン」
倉田保昭そして大島由加里、三級片(ポルノ)に数多く出演している
脱ぎの出来る女優たち、香港スタントマンとしてハリウッド映画の武術指導にも関る
谷垣健治など枚挙にいとまがない。
彼ら彼女らはその持てる技術で異国で活躍している、
全く卓越した技術には国境は無いと身を持って証明している訳だ。

余談だが今年の6月に出た倉田保昭の「香港アクションスター交遊録」も
西本正の本同様わくわくする本だ。
ティ・ロン、ユン・ピョウ、サミュエル・ホイら特に仲の良い
スター達の等身大な話も面白いが、
最近チャウ・シンチーの新作で復活したブルース・リャンの喧嘩話、
ヤン・スエをソープに連れて行った話、チェン・シンのしわい話等、
香ばしい話が満載だ。
しかしそれにも増して同じ現場で苦労を重ねた同僚たちや、
当時はまだ下っ端だったジャッキー・チェンやチョウ・ユンファの
倉田へのリスペクトに感心する。
高い技術と熱意を持った人間が評価されるのはいつの時代でも変わらぬ事だ。

例のNHKの番組で話している所を見る限り穏やかな老翁と云う感じの西本正だが、
この本の中ではかなり厳しく色々な指摘を繰り広げている。
それはもう見掛けに寄らず頑固親父と言うか、
「ああこの人は戦前の技術屋なんだなあ」と云う微笑ましい感じのする部分だ。
と同時によどみなく出てくる技術用語や撮影理念に技術者の誇りが感じられる。
創生期にこんな人に技術を仕込まれるのは、大変だろうが幸せな事だと思う。
あとがきにも出ている様に、リー・ハンシャン、キン・フー、そして西本正の順に
96年の暮れから香港返還を迎える97年にかけて次々亡くなっている。
この本を読んだ後に「香港電影風雲人物録」を見返してみたのだが、
その中ではまだ元気にしゃべる西本正や、
西本とかつての撮影風景を再現してみせるリー・ハンシャン、
そして訥々としゃべるキン・フーの姿が有って非常にしみじみした。

当時はハリウッドに次ぐ映画輸出国世界2位の地位に居た香港だが、
返還後、ここまで業界が冷え込むだろうとは想像出来なかったろう。
最近日本は「泣ける映画ブーム」で少々シェアを取り返しているが、
韓国映画界ほどの勢いはまだない。
これから亜細亜の映画人はどう境界線を越えてゆくのか?
そしてその先に拡がるものは?
まだまだ目は離せない。

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