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2005.01.31

ブロッケン山の妖魔/久野豊彦傑作集

久野豊彦の作品を形容する時に一番解りやすいのは
古賀春江の油絵「海」を思い浮かべる事だ。
古賀春江の「海」は、学校の美術の教科書などで1度は見た事が有るはずだ。
水着姿で手を掲げるモダン・ガールと供に、深海の底で骨組みを見せた潜水艦、
ツェッペリン号、帆船、そして内部を晒した工場等が歪に組み合わさった、
何ともシュールでそれでいて何処か長閑な感じのする印象的な絵画だ。
久野豊彦は古賀春江と同時代の、供に前衛芸術に邁進した作家である。

久野豊彦の事を始めて認識したのは勿論この本の存在を知った時だ。
とは云え実は彼の作品を以前にも読んでいる事を後で知った。
平成元年に出版された知る人ぞ知る名著「モダン都市文学」シリーズの第1巻に
彼の盟友である龍膽寺雄や理解者の川端康成などと供に「省線リレー風景」と云う、
連作リレー小説が掲載されているのを後に知った。
省線(山手線)の当時の風景を軽妙に綴ったその連作は、今読み返してみると
成るほど確かに久野豊彦の何とも不思議な味わいが出た話に成っているが、
これだけで久野豊彦と云う作家を記憶に留めるには至らない余技の様な作品だ。

久野豊彦の作品ほど、当時文壇で「分からない」「理解不能」
などと言われ続けた作品は無いそうである。
難解なのか?と言われればそうなのだが、読み難いと云う事は全く無い。
むしろ話はスラスラ読めてしまうのだが、物凄く感覚的なのだ。
当時モダンな事象の数々を散りばめて、異国趣味も満載で、
童話と云うか寓話的でありながら、何処かシニカルで硬質な感じがする。
そう稲垣足穂の「1千1秒物語」を読んだ時に感じた感覚に近いかもしれない。
前述の「モダン東京案内」に収録されている龍膽寺雄の
「甃路(ペエヴメント)スナップ」にも同様の感覚を覚えたし、
萩原朔太郎の「殺人事件」なんかにも近い物を感じた。
小説と云うのは散文詩に近いし、モダンと云うにはかなり前衛的だったりする。
そこで古賀春江の「海」を思い浮かべるのだ。
奇妙なオブジェに囲まれた意味の掴めない作品ながら、
何処か長閑で妙な親しみを覚える作風、この感覚は時代が成せる業なのだろうか?

収録されている作品の中では「シャッポで男をふせた女の話」が面白かった。
かつて露西亜人が築いたエキゾチックな大連の夜の街を、
露西亜と中国のハーフである、妖しげな女性「魚花娘」の幌馬車に誘われて、
夢か現か果てまた駄洒落か、摩訶不思議な時間を供に過ごす男の話だ。
要約すると何やら幻想小説の様な風味を感じるが、これが又どうも
とぼけていると云うか、煙に巻かれると云うか、
何とも不思議で味の有る短編小説である。
「虎に化ける」と云う作品も面白かった。
虎化する話と言えば中島敦の「山月記」が有名だが、あそこまで具体的ではない。
豆自転車に乗ったり、土足で部屋に上がりこんで来るアンチピリン君の細君は、
百閒の「サラサーテの盤」に出てくる、蒟蒻玉を千切る中砂の細君の様で、
何処か取り留めの無い妖しさが有って面白い。
詩作やタイポグラフィはその作品を更に凝縮した様な前衛的な物だが、
そう云う部分から全く離れた晩年の「私の履歴書」が枯れた感じで面白かった。
尾張藩の武士であった祖父と広大な武家屋敷に暮らした幼少期の思い出、
事に城下のお化け話や、祖父が丹精した芍薬の話など何とも云えぬ良い話だ。
近所に住んでいた「軍神」橘少佐、そして最近再評価されている、
戦前に活躍した舞踏家、伊藤道郎など珍しい人達が顔を出す。
中河与一や龍膽寺雄そしてモダンボーイ・吉行エイスケ達「新感覚派」との交流も、
青年らしい闊達な、それでいて何処かほろ苦い日々の思い出として描いている。

当時は最も先端を行っていたと云う久野豊彦は、
早い時期に文壇から離れ、経済学の教授としての晩年を過ごして行く。
決して華々しいとは言えない生涯だが、憧れの地アメリカで客死した事も含めて、
それもモダン・ボーイとしての潔さの様に、感じるのは穿った見方であろうか?

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2005.01.29

消え行く「上海楼」を惜しんで

「上海楼」が無くなってしまった!

上海楼は根津に有る、いや有った老舗の旅館だ。
近所に有る建物だから宿泊した事は無いのだが、
その上海楼と云うモダンな名前も珍しく、
通りかかる度に入り口から覗く古風な佇まいに眼を引かれた。
旅館に良くある造りだが、入り口に広間が有り、
自販機やソファ、テーブルなどが並ぶ中、
薄明かりに浮かぶ様に古めいた柱時計が掛かっていた。

怪奇小説を手掛ける作家を集めて催された怪談会を纏めた
「文藝百物語」と云う本の会場がここらしく、
実に上手い所を使った物だと感心した覚えが有る。

谷中に有る旅館は古びた旅館と云うのを逆手にとって
外国人観光客の誘致に成功して勢いを盛り返している。
上海楼にもそう云う方法が有ったのではないかと思うが、
そればかりは与り知らない理由も色々と有るのだろう。

昨日あった風景が当たり前の様に今日存在しない。
そう云う街に生まれ育って毎日が過ぎてゆく。
街からまた一つ思い入れの有る場所が消えた。

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2005.01.25

近頃買った紙ジャケ 其の2

さて、毎度お馴染みの紙ジャケのコーナーがやってまいりました。
今回のお題は待望の発売となりましたイタリアの至宝「マクソフォーネ」だ。

マクソフォーネはイタリアの他の代表的なバンド群と比べるとデビューが遅い。
1975年と言えば世界的な石油危機による不況に端を発した業界の冷え込みで、
イタリアン・ロックの黄金期も収束に向かい始めた頃だ。
そのせいでこれだけの内容のアルバムを作りつつも、
1作でその歴史を閉じなければ成らなかった悲劇のバンドでも或る。
只それだけにマニアが注ぐ愛情も深いバンドだと言える訳で、
イタリアのバンドのベストを選出した時に必ず名を連ねる作品だ。

ブラスが多用された、展開の多いジャジーなアンサンブルが特徴だが、
描き出す世界は淡く美しいシンフォニックな物だ。
例えるなら裏ジャケの写真の様な・・・
沼沢地の小川に老人が棹差す小船の上に佇む6人のメンバー、
そこに冬の微かな光が差し込み陽炎の如く画像が淡く揺らいでいる。
全体として曖昧な幻想身を湛えているものの輪郭ははっきりと浮かんでいる、
ジャケを手に取って貰えば解る、そんな感じの音だ。

今回のCDは「ディスク・ユニオン」で購入したものだが、
それと云うのも先着の特典として英語盤のデフ・ジャケが付いてくるからだ。
紙ジャケの別バージョンと云えば、かつてマグナ・カルタの「四季」が出た時、
バーティゴの原盤とは違う日本盤の紙ジャケが特典で付いてきた時が有ったが、
流石はアルカンジェロの元会社だけあってやる事が凝っている。
しかし特典とはいえこの英語盤のデフ・ジャケが侮れない物で、
普通にゲートフォールドでしかもコーティングされているという代物だ。
でもってジャケの配色がイタリア盤より明るくて、更に内ジャケまでもちゃんと
英語の表記、写真の配置、そしてカラーリングまで変えて有るという優れものだ。
正直こんなもん特典に付けちゃって好いの?と云う感じの豪華さで嬉しい。
まあバンコの壷と扉が出た時に特典で付けられた、シングルレコードを再現した、
8cmCDシングルも特典として凄かったが。(手に入れられませんでした(T_T)
あ、あと特典では無いけれど普通にCDに封入してあるおまけとして、
布製のワッペンのミニチュアが入っている所が正に重箱の隅で唸らされる。

重箱の隅のおまけと言えば、去年の発売に成るが
フェアポート・コンヴェンションの「ババコーム・リー」も凄い事に成っていた。
この時期のフェアポートと言えばサンディー・デニーも、
あまつさえリチャード・トンプソンさえも居ない時期でその評価は低いものの、
流石は名門、腐ってもフェアポートと云う意地を見せてくれる作品だ。

19世紀末、英国南西部の片田舎ババコームで起こった、
ジョン・リーと言う男の冤罪事件を元に彼の生涯をアルバム1枚で綴った、
謂わばフォーク・オペラとでも云える様な作品である。
デイブ・スウォーブリックが古道具屋で見付けた新聞記事が元に成って
このコンセプト・アルバムが作られたらしいのだが、
ジャケの内側に付けられたポケットにその新聞のミニチュアが封入されている。
そしてその新聞に掲載されていたジョン・ババコーム・リーの手記が
味のある挿絵と供に小冊子に成って納められている。
でもって更に「ババコーム・リーを吊るすな!」とスローガンが書き込まれた、
多分ワッペンの様な物だったんだろうか?のミニチュアも付けられている。
むかし、髪の毛やヘアピン、燃え残ったメモ帳などの証拠品が添付され、
読者が探偵と成ってそれをヒントに謎を解くと云う凝った本が出ていたが、
何処かそれを髣髴とさせる様な造りに成っていて面白い。
更に歌詞の対訳のみならず、そう云った冊子やアルバムの記述までも
丁寧に対訳してあって、隅から隅まで楽しめる造りが嬉しい。
正にミニチュア化再発の鑑のような出来で是非是非お勧めしたい作品だ。

さて次回はユニバーサルから出たデッカ作品の紙ジャケ物でも紹介しようと思う。
スプリガンズやアードヴァーグなど渋い所が目白押しだ。
そして来月はイタリアの超大物「イ・プー」の再発が有る。
うーん、何枚買えるだろう・・・嬉しいがキツイ。

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2005.01.22

無縁仏の居る所

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寺町と呼ばれるような場所に生まれ育った関係上
他所の子供達に比べると遥かによく寺の地所で遊んだ。
中でも墓場は最高の遊び場所だった。

この辺りは江戸の頃からの寺社地で、
規模の大きい寺にしろ、小さな寺にしろ
大体が江戸の頃からの創建と云う施設が多かった。

お陰でやたらと規模の大きな墓や塔頭が有って
それが何か不思議なモニュメントの様で面白かった。
追い駆けっこ等をして墓の奥まった辺りにいくと
そこにうず高く密集した無縁仏の塊がある。
薄れ掛けた由来を見てみると、
時代劇で聞いた事の有る年号が刻まれていたりする。
そんな時子供心ながら時間の連続性という物を
おぼろげながら感じてしまったりした。
フィクションの世界ではない確実にこの場所で
そこから続く時間の連続性とでも云う様な・・・

小さい頃から無縁物に手を合わせると憑いて来る。
と云う様な事を言われていたのでそのまま通り過ぎたが
それさえも無縁仏には忘却の瞬時の出来事なのだろ。

ひしめき合って無縁仏は今も彼方を見据えている。

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2005.01.18

「謎とき・坊ちゃん」石原豪人

「謎とき・坊ちゃん」と云う本がある。
漱石の「坊ちゃん」に関する解釈・考察本の1種として
書店の文学コーナーに並んでいたりするのだが、問題は作者である。
この本を執筆したのは誰あろう、天才挿絵画家「怪人」石原豪人先生なのだ!
「豪人?誰?」と云う様な方はここの記事の前の方に遡っていただくとして、
展覧会に合わせて出版された本にも予告されていたこの本がようやく出版された。
画風同様、豪人先生の怪しいテンションが炸裂した、正に「奇人の最後っ屁」
ともいえる素晴らしく香ばしい1冊で爆笑し堪能させて貰った。

豪人先生の放談が載っている竹熊健太郎の「箆棒な人々」でも指摘されているが、
虚実入り混じった豪人先生の濃厚でズルむけな語り口は非常に魅力的で、
幼少の頃、映画館の最前列で美男俳優の出ている映画を観ている時に、
「ぴちゃぴちゃ」と云う音を何度も聞いて「イイ男を見て女は潮を吹く」等と云う、
「そりゃないでしょ!」と突っ込み入れたくなる様な濃厚な法螺噺を
真面目な話の合間に熱く語ったりするイイオヤジである。
ホモ雑誌「さぶ」に林月光名義でイラストを書いていた関係上、
男色にも造詣の深い豪人先生が、その人生と経験から生み出した結論、
それが「坊ちゃん」は実は「ホモ小説」である!と云う奴だ。

凄い!その発想も凄いが豪人先生の解釈は全然ケタが違う。
もうちょっと隠微な男色的感情を読み解いたのかと思ったら、
ハード・ゲイだ!もう情感も何も竿の赴くまま乱れまくりだ。
何せ登場人物の95%がゲイで、しかもほぼ全員と乱交しまくりだ。
それを総て漱石の原典の中から深読みして行くのだ、そりゃもう半端じゃない。
その発想の飛躍は初っ端から飛ばしまくりだ。
「坊ちゃん」と言えば主人公と老女中の清との叙情味溢れる関係が、
特に記憶に残る部分だったりする訳だが、豪人先生はそれをこう読み解く。
「清は老女中などではなく、オカマ」!
「なんでだぁ~!」と云う方は、是非買って豪人先生の解釈を読んで欲しい。
そんな話の根底を覆す力技の解釈もまだまだ序の口だったりするから・・・
しかもその世界をさらに濃厚に解読してゆく為に新たな人物も創出している。
それさえもあくまで原典の記述の深読みの上での創出だったりするから凄い。
やがて爆笑しながら読み進める内に次第にその解釈が頭を離れなくなり、
本業の挿絵の様に、その怪しい世界観にいつしか魅了されてしまう訳だ。
各章の終わりに口絵的に坊ちゃんの淫靡な挿絵が挿入されているのだが、
出来ればもっと大きい図、そしてカラーで見みたかった所だ。

こう云う有り物の作品をホモ的解釈でスピンアウトして行く手法は、
今をときめく「やおい」の皆様がかなり昔からやっている遊びな訳だが、
「ヤマなし、イミなし、オチなし」と言われる「やおい」の世界観に対し、
「ヤマだらけ、イミ付け過ぎ、オチまくり」な豪人先生の濃厚さは際立っている。

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2005.01.16

初夢の様なもの

初夢、と云うか何時に見たのか定かではないのだが、
そこら辺の街角の塀の向こうからいきなり荒海が始まっていて、
商店の向いの塀を乗り越えて高波が道路に降り注いでいる夢を見た。

明らかに自分の立っている位置より上の塀の辺りに浪が来ていて、
海嘯の様な唸りが波飛沫と供に聞えていたりする。
塀を乗り越える様に浪は何度も溢れかえり、海水を道路に叩き付け、
余りの怖さと光景の凄さに興奮して、脚ががくがくきそうだった。
水浸しの道路を普通に歩いて喫茶店まで行き、
そこのウエイトレスに得意顔でさっき見た光景を話すのだが、
そこから別の客の会話が始まり違う展開に成って行く訳だ。
津波、と云うか高波が日常に進入してくる光景には言い知れぬ
陶酔感と恐怖感が二つ供に有るようだ、恐ろしいが恐ろしく魅かれる。

津波といえば年末にスマトラでの大津波が有ったから、
多分あの事件がそんな夢を見させたのだ、と思うかもしれない。
しかし見慣れた街角のその向こうに海原が広がっていると云う夢は、
実はかなり子供の頃から見続けている夢のモチーフなのだ。

まだ東京に都電が走っていた頃、父に連れられて
近所の坂の下に有った都電の車庫を観に行った事が有った。
車庫といっても煉瓦塀に囲まれ、地面がむき出しになったままの
ひどく広大な空き地に車両がぽつりぽつりと不規則に並んでいた。
今はその車庫跡に大きな団地が建っていて風景も変わったが、
道路からそこだけ落ち込んだ様に成っているのは今でも解る。

夢の中では未だにそこは高い煉瓦塀が延々と立ち並び、
そしてその先は波頭砕け散る荒波の海原に成っている。
いつも車庫を見下ろした坂の上から眼下の海を眺めている。
蒼穹ははてしなく、飛沫がきらきらと輝く様な空模様だ。
そんな夢を昔から見続けている。

遥か昔の東京はこの辺りまで海が進入していたと云う。
そんな彼方の記憶がそう云う夢を見させるのだろうか?

早々とそんな夢を見た今年の1年は・・・さて一体?

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2005.01.11

「カンフー・ハッスル」に平伏す。

参った!全くもって自分の不明を恥じ入る次第だ。
素晴らしかった、もう圧巻の出来でした、星爺にひれ伏す限りだ。
「カンフー・ハッスル」!

「少林サッカー」後の満を持した新作の概要に、確かに不安を覚えた。
「功夫」と題された大雑把なタイトル、時代設定、伝わる話のあやふやさ、
秘密主義を貫いた新作だけに、中華圏のサイトでも話が錯綜していた。
で、結局何に不安を感じていたのかと言えば、今度の新作も
一般にも受け入れられる内容なのか?と云う点に尽きた。
星爺の作品を昔から見ていた人間なら、日本人には受け入れがたい部分が多々ある
と云う事を知っている。
「少林サッカー」にした所で、兄弟たちの日常の余りの負け犬っぷり、
そして最初の試合でメタメタにされた挙句、パンツまで被らされて侮辱される
その行為に対しての「そこまで描く必要が有るのか?」的な批判が有った。
それは何も星爺の映画に限らず、香港映画ならではの過剰さな訳だが、
それでも「少林サッカー」はこれまでの星爺の作品とは意識的に違う、
万人に非常に受け入れられ易い映画だったと思う。
つまり「少林サッカー」が異質で、新作はいつものテイストに戻るのではないか?
と云うのがその時点での不安だったわけだ。
オールド・ファンは構わない、しかし前作でファンに成った連中に
無邪気に受け入れられるのか?と云う部分に何ともモヤモヤした物を抱えていた。
まあ余計なお世話である。
しかしようやく掴んだ日本での名声をこのまま失って欲しくない、
これからも星爺の映画が日本で根付いて欲しいと思うのがファンの思いなのだ。

だが、だがファンのそんな有り難迷惑な心配など後方廻し蹴りで打ち砕くが如く、
星爺は「少林サッカー」ともまた違う、見事な作品を創り上げてくれたのだ!
漫画的である為のCG、大げさなギャグ、ある種の物を象徴とした淡い恋、
そしてそこに民族的遺産としての武術、カンフーテイストを加えた作品を。

最初に映画を観て感じたのが、もうちょっと前半に主役の星爺が
色々と活躍する所を見たかったと云う様な思い。
しかし考えてみれば、そのタイトルは主役の名前などではなく「功夫」なのだ。
そうこの映画の主題は「功夫」であり功夫使い達の群像の中に主人公が居るのだ。
真の武侠たちは戦いの無力さを悟り、市井の狭間に埋もれ生活に埋没している。
しかしいざそのささやかな暮らしを乱す者が有れば、勇猛を決して立ち上がり
その身に付けた超絶武功によって悪を砕き正義を導く。
これぞ正に中華の民たちに親しまれて来た武侠の物語の正当な嫡子ではないか!
かつて星爺が「008皇帝ミッション」の冒頭に於いて、武侠小説の名作
古龍の「陸小鳳」の紫禁城での決戦場面をパロった部分で、
美青年の花満楼と西門吹雪をハゲやらみすぼらしい親父にして笑いを取った様に、
美男美女の鴛鴦夫婦、「神鳥侠侶」の楊過と小龍女を豚小屋砦の大家と女将にして、
笑いを取るなど、武侠小説へのオマージュとパロディが交差して笑わせる。
金庸ネタでは、オールスター馬鹿ムービー「大英雄」の中で、トニー・レオンも
挑戦した、「射鵰英雄伝」は西毒の蝦蟇功を火雲邪神にさせてみたり、
ラストに再び現れた子供に指南書を売り付ける導師が「如来神掌」で断られた後、
出して来る指南書が南帝の「一陽指」だったり「笑傲江湖」の独狐求剣だったり、
細かな所で笑わせてくれる。

笑わせてくれるといえば漫画の疾走する脚を完全再現した女将と星爺の
チェイスシーンは感動すら覚える下らなさで最高だ。
ああ云うアホなシーンの為に物凄く労力を掛けたCGを使う所が醍醐味な訳だ。
星爺映画には付き物のロー・ガーインやタッツ・ラウ同様の扱いで、
出番が飛躍的に増えた終始ケツを出し続けたまま奇怪な存在感を印象づける、
ジャンバオ君の活躍も嬉しい。
何処で見つけるのか、豚小屋砦の綺麗どころの歯茎も最高だ。
爆竹が頭で燻ぶるラム・シュや、髪に火が燃え移ったのを消そうとして、
ウイスキーを注いで更に激しく発火させる等の、ドリフ並みなギャグも健在。
「0061北京より愛を込めて」からの発展形でもある、自分も相方も
投げたナイフがことごとく自分に帰ってくると云うベタなギャグ笑える。

とにかく観た当初は圧倒されてなかなか言葉に出来ないもどかしさが有るが、
じわりじわりとローブローの様に効いて来るそんな映画だ。

さてあと何回観に行こうか?

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2005.01.06

私のための芸能野史/小沢昭一

どうにも昔からハレの場の芸に惹かれてしょうがない。
お祭りや縁日、何処からとも無く現れる怪しげな露天商たち。
胡散臭い態度と鮮やかな弁舌で、人を引き寄せ場を掌握し、
鮮やかに物を売り付ける啖呵売の妙味や、
おどろおどろしい泥絵の具で描かれた幕絵の下、ねっとりとした口調で
因果物の由来を語る見世物の口上に、飽きもせず聞き惚れたりした。

小沢昭一の「私のための芸能野史」が、ちくま文庫から再発された。
新潮文庫版を持っていたのだが、口絵写真の鮮明さについ買い直した。
道の芸、街の芸好きにはたまらない1冊でつい読み返したくなる名著だ。
勿論2001年に待望のCD化と相成ったCD7枚組の名作「日本の放浪芸」も、
最後のストリップ物を抜かして即購入しているので久々に聞き返してみる。
佐倉の歴史民族博物館に「覗きからくり」のレプリカが展示されていて、
テープの音声と供に電動でからくりが入れ替わると云う凄い代物なのだが、
この題目の「地獄極楽」の音声がどうにも気に入ってしまい何度も見ていたりした。
その元になったソースが「日本の放浪芸」第一集の「説く芸と話す芸」に収録された
大阪での「覗きからくり」興行の収録だと後になって知った。
近所の図書館にはLP箱が収蔵されていたので早速借りてきて膝を打った。
まあ今更自分が言葉を尽くしてもしょうがないが、本当に素晴らしい仕事である。
刻まれた街のノイズ一つにしろ愛があり、猥雑で、何処か懐かしい。

「何処か懐かしい」等と書いているが、自分が産まれたのは
これが収録された時期の少し前くらいだ。
小沢昭一云う所のこう云う芸能の「断末魔に立ち会った」時期の生まれなのだ。
なので直接的にこの中の多くの芸能を見てはいないし聞いてもいない。
ただ自分が生まれ育った所が下町に近い様な所だったからか、
それとも盛り場に出掛けると子供心ながらそう云う方に眼が向いていたのか、
そう云う芸能の残滓とでも言う様な光景を意外なほど見ている。
前にも書いたが近所の浅間さまの祭礼に小屋掛けの興行が毎年来た。
最近その見世物興行人生の本も出版された多田興行も巡業に来ていた様だが、
見世物とお化け屋敷が隔年で小屋に掛けられいた。
もうとにかくその妖しさは最高で、子供の頃は怖くて中に入れなかった程だ。
裸電球の下、木材が剥き出しの原色の幕の下に恐怖心を煽るチープな幕絵、
それらしい新聞の切抜きが入った額、口上師のマイクに巻かれた白い布など、
その名調子を聞く為に何度も立ち止まっていたせいで鮮明に覚えている。
近所のもう一つの神社には「ゴリラ風船」が出ていた。
中に米の様な物が入った大きな風船が伸びるゴムの先に付けられている物なのだが、
これの人気の原因は売っているおじさんの啖呵売の上手さによる物だった。
お経を唱えながら風船に空気を入れ、細長い風船をベルトの様に2つに折って
バシバシ派手な音を立てながら通行人を引き止めるその口上は本当に見事で、
毎年の様にゴリラ風船をねだって、呪文の様なお経の節を真似した物だった。
「おばあちゃんの原宿」等と名付けられる前から、老人で賑わっていた
巣鴨の「とげぬき地蔵」の縁日には、当時まだ叩き売りや祭文語りが居た。
そう云えば台湾の下町の萬華地区に有る有名な古刹、龍山寺辺りの夜市には
竹の棒で米袋をバシバシ叩いて、途切れ無しの話術で物を売ってゆく
懐かしい啖呵売屋がいつも出ていて客との駆け引きにいつも見とれてしまう。
地方の方では日本と同様の因果物の見世物も有るらしく是非1度見てみたいと思う。

あとこの本の中で面白かったのがストリッパー達の芸に付いて熱く語っている所だ。
そう云えば子供の頃空き地でいつもかなりの数のストリップの棄て看を見たものだし
壁に貼られた原色のストリップのポスターも随分と見かけた思い出がある。
未だにストリップ鑑賞の経験は無いのだが、この頃のストリップは
この様に熱く語るべく内容が有った、と云う事なのだろうか?
確かに記述を読む限り「芸能者」としての矜持を持った語り口である。
現在のストリッパーにこの様な矜持は有るのだろうか?
多分プロとしてその矜持を受け継いでいる人間は居るのだろう。
AV嬢のバイト感覚とは別物の、見せる事に全精力を傾けたプロが。
きっと自分の知らない所で、新たなる芸能者が生まれ限られた観客を魅了し、
そして一般に評価されずに消えて行っているのだろう。

評価する等と云う事自体不謹慎だが、昨今の「オレオレ詐欺」いや
「振り込め詐欺」だったか?に非常に芸能的な要素を感じる。

「芸」は世相を反映して鵺の様に姿を変え生き延びていくのだろうか?

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2005.01.02

初富士

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かれこれ20年以上、元旦の初日の出見物を続けている。
始めた当初につるんでいた連中は一人抜け二人抜け、
今はまた別の連中と記録を更新している。

歳と供に年末年始に際しての特別感は見事に薄れて来て
それこそTVのプログラム辺りからその賑わいを感じたりと、
非常に季節感の無い体たらくだ。

そんな時に寒さの厳しい朝に初日を見に出掛けると云う行為は
薄れている季節感と特別感を無理やりにでも呼び起こす為に
自分にとって非常に無くてはならない年頭の行事である。

前日の大雪に今年は厳しいかと思われたが、
日付が変わる頃から雲が散り月が残雪を照らし
そして何とか残った雲間から太陽が姿を現した。

しかしそれにも増して驚いたのが雪に洗われた大気のお陰で
真っ白に雪化粧した霊峰の姿が驚くほど近くに見えたのだ。
その厳かな白峰が、朝日に焼かれて息を飲む様な美しさだった。

かつて東京が平原で、農歴で日々が動いていた頃、
庶民は始めての日の出と供に神が宿るあの山に
等しく手を合わせて今年の吉祥を祈ったのだろう。

「今年は良い年である様に」富士に向かって手を合わせる。

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