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2005.02.24

出立の朝に

「旅行に行く楽しみは計画を立てている時間にある。」

等と云う格言が有るかどうかは知らないが、
事実旅行計画を立てるのがたまらなく好きな奴を数人知ってる。
所がとかく自分は旅行の事前段階が非常に苦痛だ。
計画を立てるのも何となく億劫なら、パッキングも面倒だ。
「そんなに苦痛なら旅行行かなきゃ良いじゃん」って話だが、
旅行に出掛けるのは大好きだ。
行けば行ったで後2~3日は帰りたくなくなるってなもんだ。
経済的な生活をしているので安飯も美味しくいただける。
旅先では貧乏性から寸暇を惜しんで動き回っているので、
多少の安宿に泊まろうともさっさと寝れる。

何にしろ問題は事前段階だ、旅行前日だ。
要するに何らかの不安症が影響しているのか?
ついでに言えば今回は事前に風邪をひいているのだ。
困ったもんだ・・・

明日の今頃は異国の空の下で
開放的な朝を送っているんだろうか?
全くこれだけは幾つになっても直らんもんだなぁ・・・
では行ってきます。

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2005.02.21

今は無い風景 その3

「洋館」と云うのは、まあ読んで字の如く洋式の館な訳だが、
殆どライフスタイルが洋化してしまった昨今、館と呼べる規模かどうかはさて置き、
大概のお宅は洋館、いや洋宅と呼べる状況なのではなかろうか?
とすると必然、洋館と称される建物は西洋的な様式の建築がまだ少ない頃に、
それを意識して建築された、云わば過去の遺物な訳だ。

近くに有った洋館がまた一つ無くなった。
と言っても洋館自体そうそう有る訳ではないが、結構立派な屋敷だった。
こう云う建物は結局維持して行くのにそれなりの苦労が伴われる物で、
住人が高齢に成るに連れどんどん維持出来なくなって取り壊されるのだそうだ。
確かにある程度の規模に成ると、掃除や空調も一苦労だろう。
住人の苦労を省みずに、失われる建物を惜しむのも失礼な話だが、
やっぱりこの前の道を通る時に、洋館の姿が見えないのは淋しい。

「少年探偵団」とか、昔の少年冒険物小説を読んでいた人間なら、
街角の洋館に言い知れぬ恐れや憧れを感じた思いが有るだろう。
また昔の少女小説に夢中になっていた人間なら、自分の日常とは違う、
洋館を舞台にした浮世離れた恋物語に憧れたりした事が有るだろう。
街角から消えて行く洋館を思う時、さてそう云う感覚は自分たちだけの物で、
今の子供たちとは共有できない感覚なんだろうと思う。
「原っぱ」「煙突」「洋館」かつての思い入れ達がまた一つ消えて行く。

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2005.02.17

「本棚探偵の回想」に回想される。

積んで置いた喜国雅彦の「本棚探偵の回想」を読んだ。
前回のマニア魂溢れる箱装、月報、検印などに比べると、
今回のモノクロの月報や蔵書票はインパクトに欠けるが楽しさに変わりは無い。
ただ若干本編の内容がパターン化してて、企画にもう一工夫欲しかった所だ。
探偵小説トレカは悪くは無いが、前回の自作箱、豆本等に比べると、
今ひとつマニア心を刺激するアイテムでは無かった様な気がする。
まあそうは言っても古本ネタだけで連載するのも種が尽きてくるのはしょうがない。
ましてや探偵小説と限定すれば尚の事だし、難しいものだ。
なので乱歩作品の漫画が掲載された「少年キング」を探書する話は
内容も含めて凄く面白かった。
陽炎揺らぐ江戸川橋を芋虫を背に歩きながら、その背後に木霊する
「アップク、チキリキ、アッパッパァ」の響きが最高に笑わせてもらった。
どうでしょう?せっかくコンプリートしたのならどこぞで叢書でも出されては?
この本を読んだなら石川球太の「芋虫」を読みたくなった人は多いはず。
漫画家の先輩やアニメの監督をやっている先輩なども、
こぞって「芋虫」を手掛けたがっていた、好きな人はかなり居ると思うのだが・・・

しかし本書を読んで感じるのは作者、喜国氏の人柄の面白さと柔らかさだ。
マニアと云うと偏屈で孤独な人も多かったりする訳で、
特に古書の世界ともなると魑魅魍魎渦巻く修羅の世界・・・
と云う様な印象を古書マニアの生態を描いた本なんかから感じてたりしたのだが、
喜国氏の本に出てくるマニア諸氏は、愛すべき変わり者とでも云う感じで、
そんな人達と絡む喜国氏も飄々としていてマニア特有のアクの強さを感じさせない。
重度のマニアが書いた本は面白いのだが自慢話が鼻に付く事が多い。
そう云う点でも初心者を誘う入門編としては持って来いの本である。

本書の中にマウンテン・バイクを駆って古書巡りをする話があるが、
今から十年以上前、自分もよく自転車を走らせて古書店巡りをしていた。
イエローページの古書扱いの箇所で住所を調べて、地図を頼りに方々廻った。
若かった、と云うのと、暇だった、と云うのが1番の理由だが、
上記に付随してくる事として、金が無かった、と云うのも理由に挙げられる。
だもんでよっぽど定価より安くレアな本が並んでいた、と云う事態以外は、
ひたすら絶版の文庫本を漁るのを旨としていた。
サンリオSF文庫や旺文社文庫辺りが狙い目だが、黒背の講談社文庫や、
本文2段組の春陽堂文庫辺りも探せば結構いい物が発掘できた。
国枝史郎伝奇文庫を200円位でゲットした時はそれまでの苦労も吹っ飛んだ。
しかし段々街角の小さな古本屋が消えて行き、
チェーン店の新古書店が台頭してくるにつれ、古本屋巡りの頻度も落ちてきた。
体力の衰えも勿論大きいけれど「黒い店」を覗いて行く面白みが薄れていったのも、
その大きな理由だったりする。

立ち読みする連中ばかりが目立つ明るい店内に、
古書マニアが抱く幻想はかき消されるばかりだ。

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2005.02.14

「旅の仲間」の置き土産

ここ3年ほど誕生日のお祝いに友人からいただいている、
映画「ロード・オブ・ザ・リング」のエクステンデッド・エデイション、
DVDBOXの最終巻「王の帰還」を頂戴した。
只でさえ鬼の様に長かった「王の帰還」が50分の未公開シーンを追加して、
4時間10分と相成った本編に加えて、特典ディスクの動画が8時間近く、
静止画なんかも観て行ったらとんでもなくロングに楽しめるBOXゆえ、
パッケージやら冊子を繰るのみで未だディスクにアプロ-チする以前の段階である。
方々で色々語られているこの映画やエクステンデッド・エディションに付いて、
どうこう言うのは全くもって付け足しな話しな訳だが、
それでもDVDと云うメディアをこれほど意識した作品製作は未曾有の物だろう。
DVDにメイキングやらインタビューやコメンタリーが特典として付くのは
今や当たり前な状態だが、これほど充実した特典は中々お目にかかれない。
独立した映像として見ても非常に興味をそそられるメイキング作品が多々ある。
それは勿論こう云う大規模な作品だからと云うのも有るだろうが、
映画制作のリアルな経過と現場の苦労が垣間見れる場面に興味を惹かれる。

1巻目に収録されている、コンセプチュアルアートを担当した、
アラン・リーやジョン・ハウの両巨匠が語りおろす部分や、
ニュージーランドのロケ現場でスケッチに講じる両巨匠の映像などは、
描かれた世界しか知れなかった巨匠の自然な姿に非常に興味をそそられた。
本当にこう云う生物が居るとしか思えない珠玉な出来のゴラムを、
如何にCGで自然に動かせるかの為に奔走するスタッフ達のを捉えた2巻目、
別けてもスーツアクターして活躍したアンディ・サーキスの熱演には驚かされる。
確かにあれだけのハマり具合を見れば、もっと任せてみたくなるのも頷ける。
そのアンディ・サーキスがモーフィング用のスーツを着込んで演ずる場と、
それをトレースしてCGで再現した場面の対比などにはついつい引き込まれてしまう。
それだけでも十分奇観と言えるニュージーランドの手付かずの自然を、
瞬く間に「中つ国」へと変えてしまうロケの設営なども面白い。
とにかく「王の帰還」に収録される特典映像には今から楽しみでしょうがない。
一気に観る事など勿体無い、じっくりと愉しませてもらうつもりだ。

と云う訳で本当にこれにて「ロード・オブ・ザ・リング」と云う映画の、
長かった旅程は本当に終ってしまった訳だ。
映画の公開やDVDの発売を、毎年楽しみにして来たが少々淋しい物だ。
先日「2つの塔」をテレビで観た友人が、劇場で観なかった事を後悔していたが、
いずれはブローアップ版の単独劇場公開(流石に3部作連チャンはきつい)
等も期待しつつDVDを繰り返し愉しむ事としよう。
世界中のオタクの希望の星と成ったピーター・ジャクソンは、
とうとう念願の「キングコング」の2度目のリメイクに奔走中との事。
ゴラム同様、コングのCG用のスーツアクターとして
今回もアンディ・サーキスが登用されたらしい。
またしても異常に人間臭いリアルなコングを楽しみにして話を終ろう。

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2005.02.09

恭喜發財!祝鷄年快樂!

恭喜發財!祝鷄年快樂、龍馬精神、行桃花運。
あけましておめでとうございます。
農歴を信奉する亜細亜の皆様、酉年の幕開けで御座います。
亜細亜、そして世界が今年も良い歳でありますようにとお願いしましょう。

日本で生活している限り、正直農暦には余り馴染みが無いのは確かだ。
暦の上で立春だの大寒だの言われても余り感じる物はない。
しかしこと中華社会に観心が向き始めてからは、
農歴を抜きにはその生活を考える事は出来ない事実を知った。
本来、亜細亜の気候を元に長い年月をかけて成立してきた農歴は、
グレゴリウス歴に比べて遥かに亜細亜の生活に適した暦なのだ。
何故1月1日が「新春」なのか?寒い最中の新暦では良く解らない。
しかし今日から段々と春に向かって行くと考えれば、それは確かに肯ける。
農歴を知る事で新しい季節感を感じる事が出来るのだ。

と、まあ新年早々堅い話は抜きにしてお正月の話を。
中華社会のお正月と言えば、思い浮かぶのはまず爆竹、
所が近年、死亡事故が相次いでどこでも爆竹は自粛の方向へ向かっているそうだ。
しかし死亡事故が起こる爆竹ってなんじゃい?って感じだが
確かに日本の爆竹とは規模や爆発力が遥かに違う。
むかし春節中の台湾へ出掛けた事が有ったが、街を歩いていて物凄い爆音に、
「すわ!爆弾テロか?大陸の侵攻か?」と恐れ戦いた事がある。
勿論爆竹はここ台湾でも自粛されている筈なのだが、春節に際しての、
高ぶる中華の血がその起爆力を求めているのか、結構シカトされている様だ。
面白いのは中華社会では新年に際して赤い下着を付けるのが縁起が良いそうで、
夜市等に出掛けると、これでもかと大量の赤い女性物下着が売られていたりする。

昔は春節と云うと電影業界の最も儲かる時期で、
各社目玉作品をこの時期にぶつけてくる事が多かった。
周星馳の「カンフー・ハッスル」など昔なら絶対春節で掛かっていた映画である。
何せ春節と言えばジャッキー・チェンと星爺の新作が一挙に見れたのだから、
その時期を狙って香港電影迷は香港へと出掛けていった、勿論自分も。
所が何処でも同様に娯楽の多様化で昔ほど旨味が無くなってしまったのか、
大作と言えばクリスマス時期に掛かる事の方が多くなった。
とは云えこの時期、スターを集めたかくし芸大会の様な、
日本では中々見る事の出来ない、結果オーライのぬるい春節映画が上映されていて、
それはそれで非常に楽しいので、今だに観に行っていたりするのだが・・・

香港では春節から元宵節まで半島側のフェリーポートの時計台の所で、
毎年干支にちなんだ提灯飾りが出る、画像は去年、一昨年の提灯飾りで、申と未だ。
羊年の時はこの後SARS騒ぎや張國榮の死と、香港は暗い時が続くのだが、
この後姿のカップルはどんな未年を迎えたのだろう?

さて今年は酉か?どんな提灯飾りが出るのやら・・・

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2005.02.07

最近買った紙ジャケ其の3

さて紙ジャケ物、今回のお題は予告通りユニバーサルから出た、
ロック・レジェンドシリーズの作品の中から行きます。

相対的に今回発売された作品群は渋め、と云うか地味な作品が多くて、
多分一番看板と成るのはデイブ・スチュアートの「エッグ」の2作品だろうが、
それとてもカンタヴェリー系の中で知る人ぞ知る様なアルバムなので地味だし、
殆どのアルバムがギミック無しのシングルジャケで面白みが欠ける。
それに何時に無くシングル曲とかのボー・トラも無くて淋しい限りだ。
まあそうは言ってもこう云う珍しい作品が割りと低価格で、
しかも再現度の高い紙ジャケで出ると云う事に意義がある訳で、
たまにはジャケ買いで無しに、作品の為に純粋に金を払いましょう。
(と、自分に言い聞かせてみたりする・・・・)

スプリガンズは70年代後半から80年代と云う時代背景を考えると、
かなり遅れて来たと言えるフォーク・ロック・バンドだ。
今回は1stの「奇妙な酒宴」と2ndの「時鏡奇譚」が発売された。
この後、マンディ・モートン&スプリガンズとして自主制作で3枚目を発売するが、
そのジャケがまた魔術的な妖しいデザインで惹かれるものが有る。
元々バンド名のスプリガンズ自体が古来の妖精の名前だそうで、
「奇妙な酒宴」のジャケの異形な土偶(?)がそれに当たるらしい。
とは云えサウンドにそう言ったオカルティズムは殆ど感じられず、
割と時代に即したモダンなフォーク・ロックを聞かせている。
Voのマンディー・モートンは、サンディー・デニーに強く影響を受けているらしく、
確かに声質や歌い回しの所々にサンディーの面影が見え隠れする。
「時鏡奇譚」のメンバーを俯瞰から映した、セピア色掛かった画面は
サンディーの「The North Star Grassman And The Ravens」に良く似ている。
エレクトリック・ヴァイオリンや、時代的に今聴くと少々チープなシンセなど、
半端な時代だけに半端な音のかぶせ方が多少腰砕けだったりはするのだが、
3曲で聴かれるロバート・カービーによる厳かなストリングス・アレンジは美しく、
アルバム通して聴くとそれが何とも言えぬアクセントに成っていて小気味良い。

対してアードヴァーグは70年代の頭、まだプログレも黎明期の頃に
これ1枚を出して消えていった幻のグループだが、
オルガン・ロックの特集などする時は必ず登板する名盤として名高い。
ギターレスの4人組なのだが、とにかく歪みまくったオルガンの音が凄い。
ハイパワー・アンプでディストーションを欠けてこれでもかと歪めていて、
フリーキーに弾きまくってトーンがどんどん上がって行く部分が有るのだが、
ヘッドフォンで聴いていると余りの音の歪み方に、
ついついボリュームを下げてしまうほどのヘヴィさだ。
とは言っても前編これゴリ押しと云う訳ではなく、ベーシストが手掛ける、
ヴァイブ、チェレステ、リコーダーなどが奇妙な叙情味を出していたりする。
括られるとするならばやはり「ヘヴィ・オルガン主体のハード・ロック」だろうが、
これが何とも感覚的なというかマニア的な表現で申し訳ないが、
ヴァーティゴ辺りのバンド群と共通する、何処かもやっと霧の掛かった如き、
煮え切らないと云うかはっきりしない音像が、
「B級ブリティシュ・ロック」としか言えない何とも言えぬ味わいなのだ。
もしもその感覚が解る様なら、正にたまらない1枚と言える。
因みにアードヴァーグとは「ツチブタ」と云う意味だそうで、
メルヘンチックなジャケの首輪に繋がれている生き物がそれらしい。
それにしてもツチブタって何なんですかね?

今回発売された他のタイトルでは唯一のゲートフォール物、
イアン・ギランがプロデュースの「エルサレム」はいずれ買いのアイテム。
他にはサン・フォレストとかワ-ルド・オブ・オズなんかには惹かれる。
しかしフェアフィールド・パーラー・・・早く買わんとなぁ・・・・

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2005.02.03

ナローバンドの味わい

土曜日の朝日新聞に「be」と云う別紙が付いて来る。
そこで連載されている島田雅彦氏の「快楽急行」の記事がかなり笑えた。
最近まで氏の家庭ではダイアルアップでネットに接続していたそうなのだが、
細君が一念発揮して光通信へと接続を変えたそうだ。
通信の快適さは云うまでも無い事だし、HPなど即座に表示と便利だが、
何故か氏の気分は殺伐としてくるのだと言う。
所謂ネットに於ける待ち時間と云うのは無駄な物ではなかったと気が付いたそうだ。
そこの所の表現が物凄く良く理解出来るので読んでいて思わず膝を打ったのだが、
ダイアルアップなどのナローバンド環境で繋いでいると、
例えばエロ画像を表示しようとしても、ゆっくりと頭の上の方から表示されて行く。
そして次第次第に上半身から下半身へとベールを剥ぐ様に表示される。
その表示の推移を、氏はストリップの技巧に例えて
「微妙な間」とか「溜め」や「焦らし」と表現する。
つまり余りにも簡単に、しかも一瞬のうちに見せられてしまうと、
待った挙句に総てが晒された時の、微妙な「侘び」や「寂」が感じられないのだ。
これは解る非常によく解る!完全に納得出来るボンクラならではの感覚だ。

それにしてもダイアルアップで接続していた頃は本当にのんびりした物だった。
電話と共有している為、繋いでいたのはいつも深夜か早朝で・・・
と云うか回線が混雑している夜の7時から12時位までは、
混雑の為にネットに繋げないなどと云う状態がかなり有ったりした物だ。
少しでも品質の良い画像を落とそうとするとファイルが重い為に
全貌が現れるまで5分くらい掛かったりしたし、散々待たせてといて、
あと少しの所で回線が切れて、こっちも切れそうになったりした。
だからネットに繋いでる時は必ず雑誌を持って読みながらファイルを落としてた。
昔より大量に画像は落とせる様になったが、画像を吟味する機会は減った気がする。
今更ナローバンドに戻れと云うのは無理な相談だが、
遅かった頃は遅かったなりに色々と味わい深いものが有ったと云う事だ。

回線が高速化した事に対して氏が感じる違和感が、
ほぼエロ方面に集約されているのが嬉しい、そりゃあ細君にも叱られる訳だ。
で、高速化して余った時間を氏はこの様に使っているそうだ。
「私はネット上に無数に開いている飾り窓から飾り窓へと
クリック一つで旅して回り、世界中の美女の裸体を拝み、
お気に入りの相手をパソコンのハーレムに迎え入れるのに忙殺されている」
うーむ、素晴らし過ぎる表現だ!感服しました。

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