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2005.04.30

最近買った紙ジャケ其の5

工芸品として日本が誇る紙ジャケに新たな極致的作品が!
以前ここでも書いたが「ロヴェッショ・デッラ・メダーリャ」のセカンド作、
あのメダルが中央に配された掟破りな1枚がとうとう発売された。
とは言っても発売は4月8日だったりするのでかなり紹介が遅れてしまった。
んがしかしバンコの壷の件も有る事なんで、発売日には買いに行ったんだが・・・
流石に速攻で店頭から消えると云う事態には成らなかった様で、
そろそろ1と月に成ろうとするが、大型店の店頭にはまだ有るみたいだ。
しかしそれとて何時無くなるか解らない訳で、店頭でその常識外れなジャケを見て、
手に取ってその重みを確かめたら即買いをお奨めする。

今回もフォルムラ・トレの初期の2枚や、後ろが観音開きするディグディグ、
便器が開放するギミック付きのフンカ・ムンカ等そそられる作品が多いが、
とりあえずロヴェッショ・デッラ・メダーリャのメダルジャケに、
厚みの有る聖杯が表ジャケに飛び出ているジェットのアルバムを購入した。
他は皆2100円なのだがこの2枚だけ2625円と少々お高めだ。
まあメダルジャケに関してはその値段でも原価割れしてるんじゃないか?だが、
ジェットに関してはどの辺が高額に成ったのかな?と云う感じでは有る。
まあ確かにシェイプの複雑さや厚紙の貼り付け等、難しいジャケでは有るが・・・

さてまずロヴェッショ・デッラ・メダーリャの「我思う故に」から。
これ当然原盤のアナログを見た事が無いので、
どうやってメダルがジャケに配されているのか解らなかったのだが、
紙ジャケの場合、メダルが貼り付けられた厚紙が挟み込まれていて、
表ジャケの切抜きからメダルが覗く、と云う方法が採られている。
これ原盤ではどうなっているんだろう?写真で見る限り厚紙状の物は無い様だし、
単に添付されていただけなのか、貼り付けられていたのか、ちょっと知りたい。
しかし流石に金属だけに「ずしり」とは言わないが、手触りは独特だ。
むしろCDサイズに成って「メダル」と云う感じに成ったのではないだろうか?
タイトルから見ても解るがこれはデカルトの有名な哲学用語、
「我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」をモチーフとした作品である。
曲のタイトルもそれに対応した名前が付けられたコンセプト作と呼べる物だ。
やってる音楽は、この次の作品「汚染された世界」でバカロフのオケと渡り合う、
クラシカルで華麗な作品を創り上げたとは思えないヘヴィなハードロック。
しかしこう言っちゃあ何だが、非常にイモい!B級臭プンプンの作品だ。
ハードロックのキモは何と言ってもリフだと思うがそれが非常にドン臭い。
悪いリフではないのだがもっとシャープなエッジが欲しい所だ。
それにイタリアン・ロックの特徴とも言える、ドタバタしたリズムは、
更にドタバタ度が高く、やたら鳴らされる銅鑼の音もなんだかなぁ・・・である。
しかし返す返すもよくも3rd であそこまで成長したもんだと感心する事しきりだ。

それに対して同じハードロックでは有るがジェットはかなり出来が良い。
こちらも所謂「聖杯伝説」をモチーフとしたコンセプトアルバムなのだが、
キーボードが居る事により曲の表情がずっと多彩に成っている。
飽くまでもハードロックらしくシンフォニック系の様に複雑に曲相が変わらず、
リズムやリフの展開によって曲にダイナミズムを出して行くパターンだ。
ただ楽曲が非常に陰影に富んでいてゲストによる物かヴァイオリンも挿入され、
特にハードロックに限定されないイタリアンロックとしての醍醐味に溢れている。
しかし残念なのが音が非常に悪い、と云うか無駄にハウリングしまくっている。
これ自分の買った物だけなんだろうか?とにかく驚くほど音が悪い。
ジェットのジャケはゲートフォールの中に立体的に厚めの紙で浮き出た、
モチーフの聖杯が貼られていて、それが切り抜かれた表ジャケに表れる仕組み。
紙も特殊紙を使っていて中々豪華だ。
しかしこれ盤面を入れる口が中に向いて付けられていて、
盤面を取り出す時に切り抜かれた表ジャケに良く引っ掛かって往生する。
「綺麗な原盤を中々見ない」と言われるのはその為なんじゃなかろうか?

さて解説によると今回でBMGのイタリアンロック・シリーズは終了するらしい。
ルーチョ・バッティスティ等のカンタトゥーレ物も期待したかったが残念だ。
まあアルカンジェロから今後カンタトゥーレ物を含む再発の予定が有る様で、
それに期待しよう!

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2005.04.26

夢幻紳士~幻想編/高橋葉介

最初に書店で手に取った時は、旧作の新装版かと思ってしまった、
「夢幻紳士」の最新作、幻想編。
いや~懐かしい!まさか新作が読めるとは思ってもみなかった。

最初に読んだのは当然「マンガ少年」版で、朝日ソノラマのコミックだったろうか?
夢幻紳士を最初に読んだのか「腹話術師」が最初だったか良く覚えていないが、
その唯一無二とも云えるベタが黒々とコマに踊る、太い描線に魅せられた。
陰惨な話なのにどこか突き抜けた可笑しさが有って、
臓物はみ出るグロテスクな画なのにどこか可愛い登場人物の落差にも夢中に成った。
元々、大正~昭和初期の探偵小説が好きだったからその世界観も大好きだし、
探偵の夢幻魔実也と警視庁猟奇課の江戸川警部と云う組合わせも笑わせてくれた。

その後、徳間に移って(書き下ろし単行本の「メディウム」だったか?)
「怪談編」「冒険活劇編」「外伝」と断続的に話は続いていった訳だが、
主役と時代背景と世界観は同様なれど微妙に夢幻くんの造詣が違っている。
「マンガ少年」版の夢幻くんは「冒険活劇編」に近い少年の造詣だが、
行動パターンや言動に微妙に毒が有って、まあ一番探偵らしいと言える。
しかしやっぱりこの時代が後の作品の総てのカラーを持っていて、
「亜里子の館」や「案山子亭」などは「冒険活劇編」に通じるし、
「顔泥棒」や「青蛇婦人」なんかは性格を変えれば「怪談編」に使えそうだ、
そして「夢幻少女」、これはもう完全にプレ「幻想編」と呼べる内容だ。
「怪奇編」はデカダンな美青年として描かれていて、
探偵と云うより猟奇趣味の高等遊民とでも呼んだ方がぴったり来る。
「幻想編」は「怪奇編」の発展型と呼べる様な内容だが、
夢幻魔実也の造詣はやはり他のどの作品とも違っている。
何故なら今回の夢幻魔実也は実態と云うより「影」の存在だからだ。

「幻想編」は連作短編ながら一つの纏まった長編でもある。
常に危険に晒されている主人公を影ながら守り抜くのが今回の彼の活動だ。
怠惰な高等遊民である夢幻魔実也が何故ナイトに徹した活躍をするのか?
それはネタばれに成るのでここでは言えないが、つまり「影」だからなのである。
古今の映画や小説のタイトルを冠した作品はどれも面白いものばかりだが、
「暗くなるまで待って」と「父、帰る」などは雰囲気が有って結構好きだ。
高橋葉介の絵は「冒険活劇編」の頃、随分線が細く成ってしまって、
あの筆で書いた様な極太の闇の濃い画風が薄れて淋しい思いをしたが、
ここに来て随分初期の頃の画風に近いタッチに戻ってきた。
「幻想編」にはその画風が濃厚にマッチしていて、特に「父、帰る」の中の、
顔の無い海軍服の男の顔から溢れ出る、魚や蛸の触手の濃厚さは正にあの画だ。

最終作「君の名は」は何とも言えぬ叙情味の溢れた傑作だ。
消えた筈なのにそこかしこで主人公を見守る夢幻の「影」、
そしてその「影」を想う年老いた主人公の遠くを観る視線、
夢の中で再び見えた「影」に問う、「君の名前は?」
妖しい笑みを浮かべて答える「影」、「・・・夢幻、夢幻魔実也というのですよ」
鮮やかで、そして何とも言えぬ余韻が漂う素晴らしいラストシーンである。

それにしても高橋葉介にしろ諸星大二郎にしろあの頃の個性的な作家が、
今も新しい作品を発表出来ているのは実に素晴らしいことだ。
常にその時代を彩る人気作家の傍らで、真に個性的な作家が居続ける事が、
漫画と云う表現を豊かな物にしていると言えるだろう。

そろそろ「怪談編」の新作が読みたい所だが、夢幻くんはしばらく御預けかな?

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2005.04.21

無間の道の終わりには・・・

これがもしあの映画の続編じゃなかったらかなり面白い映画なんではないだろうか?

と云うのが率直な感想だったりする「インファナル・アフェアⅢ終局無間」。
美味い料理を散々喰って満腹した後、更に濃厚な料理を供されたとでも言おうか?
「前作からの謎が今明らかに!」と云うのもこの作品の謳い文句の一つだが、
かなり重箱の隅的な内容だったりするので作品の出来に影響は無いし、
昨今の続編物では珍しいが、これはもう前作を見ていないとどうにもならない、
完全に続編としてしか成り立っていない映画と云うのも凄い。
中でも一番疑問に感じるのはそこまで話し膨らます意味有ったのか?と云う事だ。
やはりそれだけ1作目のクオリティは高かったし、
残酷な青春群像として描かれた2作目も実に見事な内容だった。
なので1作目同様のトーンで描かれると、どうしてもそこを意識してしまう。
もう少し違ったトーンで描けば作品の差異が感じられて良かったのではないか?
等と考えてしまう。
ただ今回随所に映像に象徴的な仕掛けを施してあってそこは中々楽しめた。
カウンセリングを受けるラウがソファに横たわり目を瞑ると、
鏡像の様にヤンの姿が映し出される所は同化して行くラウを象徴する良いシーンだ。
高台の上に有るヤンの墓に詣でたラウが過去を振り返るシーンで
その後ろにマリー(劉嘉玲の方)が立ちラウに銃を放つ描写は、
未だに愛憎するマリーの幻影に囚われてる様を表した印象深いシーンに成っている。

1作目で生き残りはしたものの無間地獄に首まで浸かってしまった劉德華。
更なる泥濘にハマり込むかの様に足掻き焦燥して行く様は実に見事だ。
1作目では背中の煤けた梁朝偉に存在を持っていかれていたが、
今作では合わせ鏡の様に同様に煤けてゆく様が見事に決まっていた。
元来、劉德華は陽の人だが最近は陰の表現も巧みで素晴らしい。
そしてプロデュースも手掛けた近作の「大城小事」でも見事に発揮されていた、
東洋一の優男キャラを誇る黎明が演じる、それとは間逆の冷徹なエリート捜査官も
随所に光る所を見せてくれる好演だった。
出番が増えた陳慧琳は相変わらずの美しさだがそれだけと云う気も・・・
逆に魁汁滴る黄秋生と曾志偉の出番が少なくて少し薄味に成ったかな?とも思う。
謎の男シェン役の陳道明はもうその顔と佇まいが素晴らしい。
何とも不気味なその存在感と正体が明かされた後の頼もしさは実に良い仕事だ。
個人的にはパンフを読んで知ったのだが李子雄がちょい役で出てたのが嬉しかった。
今年香港で観た春節映画に成奎安が出ていてかなりグッと来たのだが、
あの黄金の80年代を支えた俳優が健在で居てくれるのは実に嬉しい。

さて次は劉德華がクリスマス時期に周星馳の「功夫」の公開時にぶつけてきた、
「江湖」の公開が待たれる所だろう。
今作でも出演した曾志偉やチャップマン・トウ、2作目に出た陳冠希や余文樂等の
「無間道」にも縁の深い出演者を集めた豪華な作品だ。
この熱が冷めぬ内に是非日本公開を!

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2005.04.14

「デカレンジャー」に於ける「イチロー革命」的考察

ロバート・ホワイティングの「イチロー革命」を読んだ。
メジャー・リーグで驚異の活躍を続けるイチローを米人向けに解説した本だが、
それと同時に謎多き日本のプロ野球に付いても書かれた本だ。
同著者の「菊とバット」「和をもって日本となす」と同じ基調で書かれた本で、
球界再編やスト等が行われる前に書かれた本では有るが、
色々と取り沙汰される球界の根幹に巣くう問題、ひいては日本人の体質にも迫った
「プロ野球に見る日本人論」としても面白い本だった。

選手を縛り付ける旧弊な体質、内に閉ざされた村社会的な構造、
そして無意味な精神論等、改善していかなければいけない問題は多いが、
だからと言ってメジャー・リーグ的なやり方を総て奨励するのは変だし、
勿論著者とてそれを強要するつもりは無いだろう。
例え国際社会的に不合理に見えるシステムでもそれが肌に合う合わないは有る訳で、
合理的と云う言葉で民族的な尺度を測るのは間尺に合わない。
日本人の生理に合わせた公平なシステムを探ってゆくべきだろうと思う。


さて話は唐突に「特捜戦隊デカレンジャー」へと移る。
話が解らない人、置いてきますよ・・・って横山テントか!
主人公のデカ赤のバンは「正義は必ず勝つ」と云う信念で敵と戦う。
もう完全な精神論者だ。言っている事に根拠はなにも無い。
それに対して本部から来た特キョウ(特別指定凶悪犯罪対策捜査官の略)のエリート
デカ白のテツは一言「ナンセンス」と片付ける。
信念だけで敵に勝てれば特キョウは要らない訳で当然の意見だ。
スポーツ会系には殆ど縁が無く、生粋の文科系だった学生時代、
プレイの失敗を精神の弛みと言い切り、走り込みを吐くまでやらせる所や、
敵に負けない精神力を付けると云う観点からの千本ノック等を見るに付け、
ホワイティングではないが、何と無意味で残酷な事をするものよと思ったものだ。
それはひいては竹槍如きで近代装備の米軍に立ち向かえと説いた、
戦時中における玉砕精神への嫌悪感にも繋がってゆく訳だが、
ただ日本人としてそう云う精神論を妙に心地よく思う部分も有るのは確かだ。
バンの精神論を鼻で笑ったテツだが、不屈の精神で敵を凌駕してゆく、
精神論者の有り得ない姿を見て「なんかイイ!」と感服してしまうのである。
そして彼はそのまま地球署に残り、後輩としてバンの精神論を継いで行くのである。
なんと日本人的なメンタリティの表れたエピソードではないか。

日本人的エピソードと言えばこんな話しの回も有った。
最新の技術力で凶暴化が進むアリエナイザー(宇宙人犯罪者)に対し、
デカレンジャーの戦力強化を図るべく地球署の5人は訓練に狩り出される。
キューブリックの「フルメタル・ジャケット」よろしく鬼教官が登場して、
過酷な訓練でデカレンジャーたちをしごき上げる。
「宇宙一のスペシャル・ポリス」を目指す精神論者バンは、
助け合おうとする他の仲間を尻目に精神力で訓練を貫徹しようとがんばるも、
不合理な鬼教官は「お前の進む先に、お前の目標は無い」と言い捨てる。
やがて訓練途中で窮地に陥った時に思わず仲間の名前を呼び、そこで悟る。
「宇宙一のスペシャル・ポリスとは宇宙一のチームの一員に成る事」だと。
そう「和」だ。個人が一巌となってチームに貢献する事が大切だと言う事だ。

とは云えそれはチーム・プレイの普遍的な要素ではある。
個性を潰してまで均質な集団を目指すやり方は確かに統制の取り易い方法だが、
その分平均的に堕ち易く、面白みの無い平坦な方法論しか取れないきらいがある。
標準以上の技術が有る割に思い切ったプレイが出来ずに勝負弱く、
決め所の個人プレイに翻弄される日本サッカーの代表チームを観ても解る。
個人技を活かしつつも集団に貢献すると云う方向性が日本人には余り無い。
各人の技術を尊重しそれを統合して事に当たる事こそ最強なのだ。
一人で突っ走っていたバンはそこで改めて集団としての意義を悟る。

「デカレンジャー」と云う番組は非常に登場人物のキャラが立った番組だった。
クールで冷静、しかし努力家で常にバンと対立するデカ青のホージー。
遠くから大局を見据える思考を持った推理名人の変人、デカ緑のセンちゃん。
何故かレトロギャグを連発するクールな超能力者、デカ黄のジャスミン。
自称リーダー、ドジだがめげないムードメーカーのデカ桃のウメコ。
超エリートの特キョウにして子供っぽさの抜けない後輩キャラ、デカ白のテツ。
キャラが立っていると云う事はそれぞれの個性が遺憾なく発揮されていると云う事。
当然その場合集団の中、各人の軋轢が生じる訳である。
クールなジャスミンの活躍に引け目を感じるデカ桃のウメコ。
屈託の無いウメコの天真爛漫さに羨ましさを感じるデカ黄のジャスミン。
ホージーの努力の裏の取っ付き難さを違う方向へ邪推するデカ白のテツ。
勝手に「相棒」呼ばわりされ、新入りの癖に自己主張の激しいバンに、
何度と無く怒りを爆発させる実質リーダーのデカ青ホージー。
方や思考形態の違いから超然と構えている風に見えるデカ緑のセンちゃんに、
「センちゃんってスペシャル・ポリスとして有りなんですか?」と苛立つバン。
そこでボスが言う「有りだ」と、各人のやり方があってのチームなんだと。


話し戻ってホワイティングの本の中頃に「ガイジン監督」と云う章がある。
1995年にどん底のロッテ・マリーンズをリーグ2位まで引き上げたのに、
GMの広岡との確執で1年で馘首されてしまったボビー・バレンタインの話だ。
日本的な管理野球との折衷や軋轢に苦しみつつ新たな指導法を模索してゆく彼と、
その彼に抜擢され潜在能力を発揮する選手たちの話は実に面白い。
ガイジンではないがその放任主義的な監督法で気が付けば野茂、イチロー、長谷川と
3人ものMLオールスター出場選手を出していたりする仰木監督の話も面白い。
やはりどんな優れたプレイヤーが揃っていてもそれを纏める指導者の存在は大きい。
同時に例え秀でた個人が居なくても、持てる力を巧く組み合わせて、
その力を何倍にも拡げる妙味も有る。


どう考えてもその第一印象は「イヌ」である。
だからこそなのか、その魅力を知った時には心底思う「ボス最高だ!」と。
「デカレンジャー」に於ける組織の長はドギー・クルーガーと云う犬だ。
・・・いや、犬型宇宙人だ!直立歩行するドーベルマンみたいな感じだろうか。
某サイトで番組終了後に採られたアンケートではジャスミンを押さえて
見事に人気投票の1位を獲得していた。
そんなボスの人気の秘密はリーダーとしての懐の深さだろう。
前述の様にバラバラのチームが各々の個性を発揮できる場を用意し、
そして当人達の力を信じて最後まで揺るがず見守り続ける芯の強さ。
部下達と同じ目線に立って物を見、生活を共にする事で現れてくる信頼感。
そして飽くまでも捜査の主体を現場のデカ達に預ける厳しさと優しさ。
そりゃあんたドラマだからでしょ?って突っ込みは幾らでも入れられるが、
どんなドラマでも人が書けていないドラマは幾らでも有るし、
ましてや未就学児童対象の番組でそこまでリーダーを立たせる事は至難の業だ。

「しかしアンタ上からやいのやいの言うけど、んなら自分でやってみろよ!」
と、無茶苦茶な事を言う上司に文句の一つでも言いたくなる局面は多いが、
ドギー隊長の場合、やる。自分でやる。しかも半端じゃなくやる。
緊急時にはドギー隊長自らが変身してデカマスターへと変わるのだ。
腰に携えたディーソード・ベガを抜けば「銀河一刀流」免許皆伝の腕前。
いきなり雑魚を百人斬りの「百鬼夜行をぶった斬る、地獄の番犬」と相成る訳だ。
ここまでキャラが起っている隊長は宮内洋演じる番場壮吉のビックワン以来か?
何と云う現場主義者、隊長自らそこまでやられちゃあ文句の言い様も無い。
優れた指導者の下デカ達は纏まり、最強のチームへと邁進してゆく。

その姿が集約されたのは、誰もが感動したラスト三話のエピソードだ。
敵に基地を乗っ取られ、あまつさえ変身も解除されてしまったデカたち。
人質を盾にした敵に致命傷を与えられ生死も定かでないボス、
救援に来る筈の宇宙警察本隊に迫る罠、街を破壊し続ける敵に操られたロボ。
そんな中、基地に潜入したデカ5人の孤立無援の戦いが続く。
最終回の脚本が見事なのは最後に個人の力を合わせたチームプレイが見事に連動し、
集団の結束により最悪の状況を乗り切る、その徹底した描写による。

先輩5人を基地内に送り込み一人ロボットで敵を撹乱し続けるテツ、
エスパー能力でボスの残した言葉を読み取るジャスミン、
通信の遮断された環境で機知を利かせてそれを伝達するセンちゃん、
突飛な手段で相手を翻弄し仲間を先に進めるウメコ、
自ら相手を引き止め抜群の射撃の腕でバンをゴールに中継するホージー、
そして仲間の思いを胸に逆転の場所まで走り続けるバン。
番組中に繰り返し訴えられ続けた組織論の完全なる透徹と戦うデカ達の姿、
優れた演出に支えられ異常にテンションが高まる最終回だ。

無事事件を収め再会したボスに抱きしめられ労われたバンがこう呟く、
「俺達だけじゃない、ボスやスワンさんやマーフィーやみんなのお陰です」と。
そしてボスが言う「お前たちは宇宙一のスペシャル・ポリスだ」と。
全く子供番組等と侮れない素晴らしく普遍的な内容の番組だった。
素人同然の若い俳優達が役柄同様段々に成長して行く所も素晴らしく、
結束力の素晴らしさと供にそう云う部分の楽しみが有ると云う事も確認できた。


まあ長々と書いて来た訳だが、何が言いたかったのかといえば、
「デカレンジャー」と云う番組は本当に面白くて優れていたなぁと云う事だ。
御存じない方は多いだろうがネットにはデカレンジャーの存続を望む声も多い。
特に普段余り子供番組を観ない様な保護者世代の応援が多い。
その多くの声に応えて是非ともVシネなり続編なりで対応して欲しいものだ。
さすがに続編とも成ると番組の決定権を握るおもちゃ会社及びスポンサーが
商品絡みで余程のうまみが無い限り難しいのが大人の事情な訳だが、
そこら辺をクリアして続編が作られたりしたら本当にミラクルな話なんだが・・・
未見の方は是非DVDなどでこの素晴らしさを確認して頂きたいもんです。
あ、勿論R・ホワイティングの「イチロー革命」も素晴らしい本です(^_^;

では「これにて一件コンプリート、メガロポリスは日本晴れ!」

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2005.04.11

今年の花見

otonasi01

今日の雨によって事実上花見の季節も終了だろう。
盛り上がる様に白かった桜の樹も、緑の方が多くなってきた。

割と温暖な気候の週末だったので花見客は何処も凄かったと思う。
ただし日曜は台風の様な風が吹き荒れていて往生した。
しかしそのお陰と言っては何だが桜吹雪の演出が見れたのは嬉しかった。
桜並木の真ん中に居ると、それこそ前も後ろも空も地面も桜、
そして吹き飛ばされ舞い上がる桜の雨あられ。
中々此処まで桜の満漢全席にはお目に掛かれない。
総身に桜を浴び、恍惚とした気分で呑む酒は美味い。

ここの所花見と言えば王子の音無川に出掛けている。
・・・っと今は石神井川でしたか・・・
江戸以来の花見の名所ながら公園の整備によって
昔ほど桜が見物じゃ無くなった飛鳥山に比べると、
整備された遊歩道沿いに桜が植樹され見事な桜並木に成っている。
まあ大人数でドンチャンやりたい向きには不向きな所だが、
こじんまりと酒と桜を嗜みたい向きには打ってつけの場所だ。

ついでに此処の見所の一つとして桃色に染まる川面が好い。
かなりの長さで続く桜並木の飛ばされた花びらが流れに落ち、
上流から集まり流れに乗りいつしか川面を桃色で埋め尽くすのだ。
サムネだと解り辛いが、川面が白く見えるのは
濁っているのでは無く花びらで染まっているのだ。
隅田川の様に大きな川では味わえない趣の一つだと言えよう。

今回、同行者が花粉症で呑み始めて早々に症状を悪化させた。
まあ確かにあの風ではさもありなんと云う感じだが、
何か風流も命がけだな・・・とか思ってしまった次第で・・・

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2005.04.07

上野の山

ueno02

昨日の朝の上野の山での写真。
昨日は暑かったから多分今頃はもっと開花が進んでいるだろう。

不忍池の下から山に上がっていったのだが、
まあ毎年の事ながら自分も含めて写真を撮っている人の多い事。
多分ブログには各地方の夥しいほどの桜の風景がアップされているんだろう。
確かにこの時期一気に花が開花するので街が賑々しい。
上野の山では外人客も楽しそうに写真を撮っていたのが印象的だ。

それにしても花見の場所取りは例年の如く凄い。
一体ここで場所取ってるサラリーマン達は何時から居るのか?
そうまでしてここで花見をする重要性は何処に有るのか?
場所取りに時間をつぶす連中は金を貰っているのか?
仕事の一環なのか?どう云う名目で金が払われるのか?
色々と疑問は尽きねど、まあそれもこれも一夜の馬鹿騒ぎ、
効率一辺倒の世の中にこう云う不合理な習慣も面白い物だ。

しかしぬるい日差しの下の桜も悪くは無いが、
やはり桜は夜桜に限る。

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2005.04.02

最近買った紙ジャケ其の4

今回のユニバーサルから出たブリティッシュ物の紙ジャケには基本タイトルが多く、
その分、この期に揃えておこうと購買意欲をそそられるブツが多々ある。

「イリュージョン」の2枚とキース・レルフの「アルマゲドン」は当然として、
キーフ好きとしてはジャケ買いと云う意味でも最強なニルヴァーナの「局部麻酔」、
そして二昔前の少女漫画の如く極端に美化された顔にも笑うが、
良く見ると微妙に等身が変なサンディー・デニーの「フォザリンゲイ」も欲しい。
しかしその辺を押しのけて一等最初に購入したのは「パトゥ」の2枚だ。

パトゥと言えばブリティッシュ物の名作B級アルバムを選ぶと必ずランクインする、
「知られざる」では無く「良く知られている」B級バンドの代表格だ。
かつてローリー寺西の「すかんち」が「ペチカ」と云う曲でパクった、
Timeboxと云うビート・バンドが発展して出来たバンドがパトゥで、
誰にも知られている有名なメンバーが居たり、出て来たりしたバンドではない。
しかしこのバンドのギタリスト、オリー・ハーソルとフロントマンである、
マイク・パトゥの2人に関しては個性的な名手としてその名を轟かせている。
パトゥは大概ブリティッシュ・ハードロックの名盤としてその名を連ねているが、
最初に聞いた時に感じたのは「これってハード・ロックか?」と云う感想だ。
この前ここに書いたアードヴァークなんかと同時に発売したエルサレム等は
実に見事にハード・ロックと言い切れる作品なのだが
パトゥの場合何とか形容詞を付けるとするならやはりジャズ・ロックかと思う。
ただジャズ・ロックと言ってもジャズ・ロックの総本山とでも言うべき
カンタヴェリー系のバンドとも少々毛色が違っている。
あくまでも4ピースのアンサンブルで聞かせる力強いサウンドはヘヴィだ。
そう云う点ではハード・ロック的だが、ヴァイブまで飛び出る1stとか、
粘っこいファンクネスを加味した2ndなど一筋縄では行かないバンドである。
常に過小評価と評されるオリー・ハーソルの多彩なテクニックや、
ギラギラしたマイク・パトゥの歌唱は絶品だが、やはりここはリズム隊も凄い。
4月に紙ジャケで再発される「コロシアム」辺りが好きな人にもお勧めだ。
と言ってもコロシアム買う様な人間がパトゥ知らない訳は無いだろうからなぁ・・・

パトゥの2ndの「Hold Your Fire」はギミック・ジャケとしても有名だ。
3人の人物を横に3分割で切込みが入れてあり、開き具合によって
頭に手が生えたりズボンが脱げたりすると云う、まあ他愛の無いギミックなのだが、
かのロジャー・ディーンが手掛けている事から登板の機会が多い作品だ。
ちょっと前にアカルマから例のぶ厚い紙ジャケが、
そしてレパトワーからなんちゃって紙ジャケで再発されたが、
どちらにも切込みギミックが再現されておらずに日本発売に期待していた所、
非常に美麗にして見事な再現で流石!と唸らされる素晴らしさだった。
1stの方は実はレパトワー原盤を使い日本で紙ジャケ化したMSI版が出ていた。
レパトワーの方はコピー・コントロールだったりしたので当然買わなかったが、
再現度も高かったMSIの方にはかなり食指が動かされた。
結果待ってて良かったが、再販物は何処で手を出すか見極めが難しいですな。

余談だが今回のパトゥといい、この前のエアメールからシングルCD付きで出された
フェアフィールド・パーラーといい、4月のコロシアムといい、
なんかMSIから出た再発物、根こそぎ方々で紙ジャケ化されてますなぁ・・・

1stのジャケのヘタウマな絶叫イラストを手掛けているのはトニー・ベニヨンだが、
彼は前に紹介したメイブリッツの3枚の作品のイラストも手掛けている。
しかもこの絶叫男の周りに群がっているのはメイブリッツ1stのメスゴリラでは?
そう云えばロジャー・ディーンが手掛けているにも関らず2ndのイラストは
変な人達とメスゴリラが並んだメイブリッツの2ndを髣髴とさせる。
まあ同じヴァーティゴ・レーベルで同じ様な境遇のバンドな訳だが、
この妙な共通点は何なんだろう?んで何でメスゴリラなんだろう?
「誰か教えてください!!」ってセカチューかっつの。

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