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2005.06.28

「新耳袋」最終巻

或る意味、現代の怪談話の一つの潮流を作った「新耳袋」が、
この度発売した十巻目を持って終了した。
扶桑社版の一巻から読んでいる者として中々感無量な物がある。
作者によるあとがきにも有るが、よもやここまで続こうとは誰が想像しただろう?

祖父江慎によるポップでいて神経症的な装丁も今回はラストに相応しく真っ白だ。
前回まで似た系列の話を何話か集めて章を形作っていたが、
今回はストレート勝負の全九十九話で勝負である。
今回はシークレット・トラックとして目次に記載されていない話が在り、
それを含めれば百物語として成立する訳だ。
それならば一晩で全部読みきって怪異を出現させたるぜ!
と意気込んで仕事先に本を持っていったのに、
やって来たのは怪異ならずに猛烈な睡魔だったと云う奴で、
毎度の如く、今回も怪異の招聘に失敗した。

今作では七話の「2階」、十八話「河原の子」、二十六話「絆創膏」、
七十話「助けて」、八十二話「集合写真」、八十七話「お通夜」等が面白かった。
「集合写真」は、まあ「写真に写った怪異」物の王道の話だが、意表を付かれた。
「河原の子」と「お通夜」は正体が語られなかった事で怖い話だ。
「助けて」と「絆創膏」は完全にモダン・ホラーで有る。
最後の九話が作者による体験談と成っている訳だが、
最後の最後でシリーズ中の白眉である、「山の牧場」に繋がっていると云うのが、
続けて読んでいる読者には嬉しい?と云うか因縁めいていると云うか面白い。
余談だが「山の牧場」は非情に好きな話だが、後日談が続きすぎる所が難だ。
最終的にMIBみたいな話に成ってくると、もう既に悪い冗談の様な気に成る。
適当な所でスパッと切って貰った方が読後感は生々しかったと思う。

「新耳袋」の扶桑社版が出たのが1990年の9月と云う事だが、
当時は良くある怪談実話本の一つと云う感じでひっそりと出版された。
「新耳袋と云う怪談実話本が、かなり怖い」と云う文を読んだのは、
後に「怪談の会」を作者らと結成する東雅夫が出版する「幻想文学」の書評だった。
そこで、表紙に切れ込みが入り雰囲気物の写真も挿入されたその本を手に取った。

当時は確か「学校の怪談」ブームが続いていた頃で、
それ絡みで怪談本も結構な数出廻っていたが、殆んどは話の焼き直しや、
フォークロアのバリエーションに過ぎない他愛の無い物ばかりだった。
それに対し「新耳袋」が斬新かつ怖かったのは、何よりモダンホラーだったからだ。

怪談は基本的に「実はそこは昔、人が死んだ所で~」とか
「それは丁度祖母が死んだのと同時刻で~」等の怪異の出現に因果律が有った。
しかし「新耳袋」の話には、ただ怪異だけがその場で投げ出されただけの話、
何も解決しない話、結末が曖昧で終る話など明らかにこれまでと違う形の、
しかしそれだからこそ怖さが引き立つ話が多く含まれていた。
それこそがスティーブン・キングなどの作品に通じるモダン・ホラーの要素なのだ。
この1冊目に収められていた話で特に印象に残っているのは、
前夜からの雪が人も通れない様なビルとビルの隙間に薄っすらと積もっていて、
その上にぽつりと子供の素足の足跡が付いているのを見た、と云う短い話だ。
この薄気味の悪さは何とも形容出来ない、しかし確実に新しかった。
先程挙げた最終巻の作品では「助けて」もそれに通じる薄気味悪い話と言える。

好事家の間でそれなりに評判に成りはしたがその後の動きは無く、
カルト化し始めた矢先に出版社と体裁を変えて新たに一巻が出版され、
そして続巻と供に、今日に続くブームがやって来た訳だ。
「新耳袋」と云う形態ではこれで終りなのかも知れないが、
まだまだ作者達はネタを色々と用意している様で、次の展開に期待しよう。
そして季刊とは云え東雅夫が「幽」と云う怪談専門誌を出版し始めたのも大きい。
更に最近モダンホラー怪談的な小説を手掛ける作家が出て来ているのも楽しみだ。

(扶桑社版の新耳袋、ちなみに話が百話入ってます。)
mimibukuro01

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2005.06.19

猫で暇つぶし

nekomati

毎年馬鹿産みしている近所の猫も寄る年波に勝てず、
今年は産んだ子猫も育たずに死んだらしい・・・などと書いていたが、
さにあらず糞猫めが、巧妙に隠匿して育ててやがった・・・

いつごろからか再び子猫の鳴き声が耳に付き始め、すわ亡霊か!
等と益体も無い事を考えていたら、出て来た!・・・いや亡霊ではない。
物置の下からうにゃうにゃと色とりどりの小さい奴らが、あの親猫と一緒に。
また今年も裏庭で、写真屋のカレンダーの如き毛玉の様な3匹が、
可愛くて憤死寸前の俺を尻目にじゃれあってやがる。
あ~喰っちまいてぇ・・・

この季節、同様に友人の家にも子供連れの猫が現れる。
先日遊びに行った折、開け放った窓の向こうで子猫がこちらを伺っていた。
昨年も子猫連れで来ていたそうで、昨年の子猫は非常に人懐っこかったらしく、
ふと気が付くと勝手に上がりこんで座布団の上で寝ていたりと、
落語の熊か八かと云う様な塩梅だったそうな。
今年の子猫は警戒心が強くて弱虫だが、流石に子猫だけ有って馬鹿だ。
紐で繋がったカエルの玩具で刺激してやると面白いほど喰い付いて来る。
そのまま魚釣りの要領で子猫が釣れるんじゃないか、と云うくらい喰い付が良い。
夢中に成るとレッサーパンダの様に直立してカエルに飛び付いて来る、
そしてバランスを崩して靴脱ぎから転がり落ちたりするのだ。
あ~もう本当に馬鹿、喰っちまいたいくらい馬鹿。

基本的に猫は犬に比べると報恩の気持ちが無い等と言われているが、
「猫の恩返し」なんぞと云う話も有る有るくらい猫も捨てた物ではない。
近頃都市で爆発的に増殖しているヒメネズミが家の屋根裏にも現れた事がある。
まあうるさいと云うのと仏壇の林檎を齧られたりとか微々たる被害が有ったのだが、
そんな或る朝、庭へ出てみるとネズミの死骸が通路に置いてあった。
いやそれはもう「通路で死んでた」のではなく「置いてあった」と云う状況なのだ。
よく見ると噛殺された痕が有って、すりゃこれは猫の仕業に違いねえ!と気付く。
この野郎何だってこんな所に死骸を置きっ放しにしやがって!と憤ったが、
よく考えるとこれは猫が己の甲斐性を示す為にした事ではないかと考えた。
つまり西川のりお師匠言う所の「奥さん!エエ仕事しまっせ」とでも云うか、
「色々世話に成ってるさかいに得意分野でサクっとやっときまっさ」的な、
猫の恩返し的な話なのではないかと思ったりしたのだ。
流石に畜生、有り難いけどちょっと迷惑と云うか、色々そつが有ると云うか、
まあ善しとするか的な所で落ち着いたりした訳だが、
逆に「嫌がらせにネズミ置いたるか!」的な側面も無い訳では無いだろうしで、
まあお互い距離を置いた関係が良いのではないだろうかと、思ったりする。
こうしてネタにもさしてもらってる事だし・・・

ちなみに写真は家の猫と何の関係も無い街の野良猫。

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2005.06.13

ANTHEM 「Official Bootleg」

最初に聴いたのは多分、今は無き「新宿ロフト」の開演前だったと思う。

どよめいた。
オムニバスアルバムとは全く違ったバージョンだったのだ。
そしてそのどよめきは更に続いた。
「Wild Anthem」のスタジオ音源なのだ!
囁かれていたメジャーデビューの噂が真実味を増した。
あれから20年、ようやくその音源をきちんと聴く事が出来た。

日本が誇る熱血のメタルバンド「アンセム」が
メジャーデビュー20周年を記念して「オフィシャル・ブートレッグ」を発売した。
3代に亘るVoの各デモ音源と未発表ライブ集、
そしてヒストリカルDVDの3枚をまとめた限定BOXセットと成っている。
発売週の週末に出掛けたCD屋でかなり方々捜し回って入手したくらい、
いい勢いで捌けている様だ。
個人的には何をさて置いても入手する気になったのがデモ音源集の充実度、
別けても初代Vo、前田トニー敏仁の4曲のデモテイクには目をうたがった。

普通アンセムを語る場合、坂本・森川の優れた両Voの話に成るのだろうが、
自分にとって常にアンセムはトニーさんの存在を抜きには語れないバンドなのだ。
とにかくあの当時のアンセムは本当にかっこいいバンドだった。
今では考えられない華やかな毒と危険な雰囲気を孕んでいた。
メジャーデビュー後には無いその雰囲気を強力に放っていたのがトニーさんだった。
危うい様な美青年で、細身の身体から繰り出すステージアクションも妖艶で、
それをマッド大内と直人師匠の重厚なリズム隊が支え、
ヒロヤのフラッシーなギターが彩りを添える所が、独特のスタイルに成っていた。
当時活動していたバンドの多くは「自分達はハードロックでメタルではない」等と、
純粋なメタル・ヘッズをがっかりさせる様な発言をしていただけに、
アンセムのバッジに記された「(HEAVY METAL) ANTHEM」と云う文字に
どれだけ勇気付けられたか解らない。
今考えると当時「NO BLACK」と云う事でカラフルな服装で登場していたり、
ライブの最後に必ずやっていた「Steeler」の代わりに
「I'm Gonna Love You」なんて云うポップな曲でしめたりしていた訳だが、
それでも首を振るにはもって来いのゴキバキの楽曲に心踊らされた。
メジャーデビュー直前にトニーさんが脱退したのには腰砕ける程の衝撃だったが、
それより参ったのが1Stアルバムに収録されている既発曲の出来だった。
今でこそ坂本英三の歌は絶品と呼べるものだが当時は惨憺たる物で、
「WarningAction」のダサい歌詞の変更には悲しくなったし、
「WildAnthe」の歌メロの変化には怒っていいのか悲しんでいいのか、参りました。
当時同様にVoを変えたREACTIOのアルバムが良かっただけに余計残念だった。

そんな訳でようやく真っ当な形でトニーさんのバージョンで世に出た訳だが、
出来うるなら「WarningAction」もデモ音源のバージョンで収録して欲しかった。
オムニバスアルバムのバージョンより歌唱が良くなっていた気がするし、
アレンジもシャープに成っていた気がするのだ、まあ記憶の中でだけど・・・
5曲目の英三氏のバージョンのバッキングがそれだろうから、
あながち記憶で美化されている訳でも無いと思うのだが、どうだろう?
3曲目は微かに記憶に有るが、何と言っても4曲目は良く聴きましたわ当時。
できればDVDの最初に入っている名曲「GoAhead」も入れて欲しかったです。
DVDと言えば動いているトニーさんの姿にはただただ涙しました。
2番目の映像で「WarningAction」を歌っている奴は正に記憶の中のお姿そのもの。
確か当時エクスプロージョンの「HeavyMetalForce Vol・1」の
発売記念コンサート時に金髪にして来たトニーさんに驚かされた記憶が有るが、
あの服装といいあの髪型といい、多分あの頃の映像に間違いないと思う。

トニーさんの事ばかり書いたが、勿論坂本・森川両氏の時代も素晴らしい。
トニーさん時代のマテリアルが無くなったセカンドの頃からの英三氏は、
見違えるほど素晴らしく成っていたし「Bound To Break」は傑作だ!
その後任の森川氏は正に時代に名を記す歌唱を残したと思う。
そしてやはりあんたのリズムが支えてたと思う、マッド大内のドラムは最高だ。
あの前ノリの弾むビートと明るいキャラがアンセムの魅力の一つだった。
そしてリーダーの直人氏はいつの時代もカッコ良かったですよ,本当に。

それにしてもトニーさん・・・今はなにをしているんだろう・・・・
どんな思いでこの20年以上前の自分の歌唱を聞いたのだろう。

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2005.06.04

水族館劇場「谷間の百合」

「水族館劇場」の新作公演を浅草に観に行った。

水族館劇場との出会いは近所の寺に小屋掛けして公演していた事に始まるが、
予備知識も無しに飛び込むほど興味をそそられる訳でもなく、
「あ~まだアングラ劇団って有るんだなぁ」と横目で通り過ぎるまでだった。
ひょんな事から多少の関係が出来て観劇する事に成ったのだが、
アングラな心意気とは逆の意外なエンターナー振りにかなり驚かされた。
野外で小屋掛けと云う特性を最大限に活かした舞台装置、
分けてもその名の通り水を使った舞台装置の大掛かりさにはビックリする。
出演者の力量にバラつきが有り観ていて少々苦しい場面も有るが、
総じて脚本は解り易いし、とにかく飽きさせない内容が良い。
これはしまったとそれから毎年観る様にしていたのだが、
今年は会場と成る寺が工事していて何時もの様に小屋掛けの公演が不可に成った。
そこで今回は浅草の木馬亭にての公演と相成った訳だ。

木馬亭と云うのは大衆演劇の常打ち小屋である木馬座に隣設した小屋で、
どうも普段は講談や浪曲かなんかの公演が行われているらしい所だ。
早い時間に浅草に来るのは久し振りでチケットを引き換えてからそこらを歩いた。
時間のせいなのか外人の観光客が多くて、モツ煮込み屋でオッサンに混じって
慣れない箸を使って煮込みを喰っている外人客が居て面白かった。

さて今回の公演「谷間の百合」なのだが正直非常にがっかりした。
狭い舞台の関係上、時間長めの公演が出来なかったのか、
「カジノ・フォーリー水族館レビュー」との2部構成に成っていたのだが、
まずこのレビューが惨憺たる出来だった。
内輪受けで笑える様な客は良いだろうが、正直素人の余興か?云う感じだ。
・・・と云うか昨今素人でももう少し芸の有る人が居ると思うのだが、
歌にしろ踊りにしろ何ら感心する所が無かった、演奏は上手かったけど・・・
カジノ・フォーリーを名のる位なら、せめてエノケンや二村定一あたりの芸とか、
その辺に関した歌とかそう云う所も取り上げて欲しかったところだし、
なんか落とし所が有るのかと思ったシャンソンの人が本当に歌だけで、
しかもそんなに上手くないわ、2曲も歌うわで、非常にきつかった。

そんなどんよりとした流れを覆してくれるか?と云う感じの「谷間の百合」だが、
これも非常に消化不良と云うか楽しめない劇だった。
舞台装置に助けられない分、役者の技量のアラがモロに出てしまったと云う感じか?
かの小沢昭一が絶賛した一条さゆりとストリップに関する話な訳だが、
「これから」と「あれから」の一条さゆりが邂逅すると云うレトリック以外に、
余り話しの拡がりが感じられない内容だったのも残念だった。
やはりあの小さな舞台だと役者の生の技量が総てを決めてしまうのだろう。
どうにも釈然としないまま店が殆ど閉まった浅草の街を抜け帰途に着いた。

残念だったがこんな物ではない、と思う。
こんな物ではないから、またあの小屋であの水飛沫が舞い散る舞台で観たいと思う。
今度、九州にて小屋掛けで公演するらしいが、かなり大規模な舞台に成るそうだ。
流石にそれは持って来れないだろうがまた新しい舞台を用意してくれるだろう。
それまで期待と不安、半分に待つとしようか・・・

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