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2006.02.28

プロミス~無極

余り予備知識も無しに「武侠映画」だと思っていたら「ファンタジー」だった、
と云う感じの陳凱歌の最新作「プロミス(無極)」。
確かに真正面から武侠映画を撮っても新機軸を打ち出すのが難しいし、
神話の混在する世界観の方がむしろ想像力的には飛躍出来る物は有るだろう。
しかしそう云う部分で成功しているかと言われれば何とも言えぬ物がある。

最初にこの映画の評判を聞いた時に「結構馬鹿映画」と云うのが有ったが、
実際観てみると確かにかなり馬鹿としか言えない部分が有る、
それはもうひとえに、チャン・ドンゴン演じる「崑崙」に尽きるのだが・・・
例えば香港映画に於けるCGの漫画的表現の素晴らしさに附いては、
何度も語っているが、飽くまでそれは相応しい作品に於いてである。
周星馳の映画の中で描かれるCGの漫画的表現には常に眼を開かされる物が有るし、
「風雲」の様な漫画原作作品での行き過ぎたCGも実に世界観にマッチしている。
しかしこの作品はどうだろう?
陳凱歌の描く哲学的なテーマにそう云う表現はマッチしているのだろうか?

チャン・ドンゴン演じる「崑崙」は超人的な俊足を持つと云う設定である。
奴隷の親方を背負って四つ足で牛の群れを凌駕する走りを見せ、
光明を喜ばせる為に背中に背負って大地を疾走し、
縛めのままの傾城を縄で引っ張ったまま走り、凧の様に大空を滑空させ、
終いには時空を飛び越えるまでの疾走を見せる。
生真面目に、実に生真面目にCGで描写されるその超人的な走りは、
傍から見ると完全に「漫画走り」である。
端正な顔のチャン・ドンゴンが真剣な顔して爆走しているだけに余計笑える。
シリアスな場面にいきなりコントのキャラが乱入して来た様な感じである。
漫画走りが悪いとは言わない、「功夫」に於ける周星馳と女将の、
漫画走りによる追っかけっこなど最高に笑えたし斬新だった。
しかしそれでもこう云う映画では如何なものだろうか?
監督の談話等を読むとそう云う誇張した表現をむしろ狙っていたらしいのだが、
その意図が伝わっているとは云い難い出来だとしか言えない。
錯綜する人間模様の中でその部分だけが沁みの様に違和感として残ってしまう。

しかし人間の描き方は、流石に陳凱歌と思わせる深みの有る演出だ。
誇りや驕慢、あざとさや弱さを秘めた複雑な光明の造形は素晴らしい。
演劇で鍛えられた真田広之のギリシャ悲劇の様な演技が光っているし、
総てを見透かす様な無垢に澄んだ瞳が印象的なチャン・ドンゴンも見事だ。
対して美しさと云う点に於いては完璧に素晴らしいが、
城を傾けるほどの存在感は出ていなかった張柏芝はまだまだと云う感じか。
激しさでは章子怡、悲しみでは張曼玉には及んでいない部分が有る。
余談だが張柏芝だけ本人が声をアテていないのはやはりあのしゃがれ声が原因か?

しかし今回何といっても格段に素晴らしかったのが謝霆鋒の存在だ。
成龍と組んだ「香港国際警察」でもガッツの有る所を見せてくれていたが、
今回の複雑な性格の北の公爵「無観」の凄絶な色悪振りは実に素晴らしい。
敵役が輝いてこそ映画の出来も決まると云うものだが、
華美極まりない衣装に怜悧な美貌そして内に秘めた虚無感も感じさせる素晴らしさ!
策略を張り巡らし、冷酷に実行し、眉一つ変えないその徹底振り、
しかしそれさえ運命に操られた哀しみを裏に秘める孤独が只の悪役に終らせない。
いや~これから香港映画を背負って立つべく男の確実な成長が見れて嬉しい限りだ。
しかし張柏芝をいたぶる謝霆鋒の場面などを観ていると、
どうにもこいつらの過去の関係を思い出したりして何故か複雑な気持ちに成る。
多分現地の人間もそんな事を考えながら観ていたんじゃなかろうか・・・

それにしても金が掛っているだけに美術の美しさは実に素晴らしい。
張藝謀のワダエミ同様に、今作の衣装にも日本人の正子公也が参加している。
最初に名前を見た時はピンと来なかったが、絵を見てなるほどと得心した。
本人も書いていたが「鬼狼」のデザインは正に絵が抜け出てきた様な出来だ。
中華的でありながら何処か別の世界の様な「鵺」的なデザインに関して、
文化的にも「鵺」的な日本人的な感性が有効なのだろうか?面白い部分だ。

それにしてもこう云う古装片的アクション主体の映画と云うのは難しい。
「グリーン・ディスティニー」以来多くの監督が挑んで来たが成功作は実に少ない。
それでもあえて難関な物に手を出してしまうと云うのは魅力的な題材だからか?
それに比べて日本では中々時代物に手を出す監督が少ないのが残念だ。
この手法で時代物を撮れば日本でも面白いものが作れそうなものだが・・・
まあしかし詰まらなく成りようの無い風太郎の「甲賀忍法帖」を題材に、
あそこまで原作の面白さを相殺した「SINOBI」等と云う映画が出来る位だしな・・

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2006.02.25

今年の香港~パチ物暗黒時代

さて2006年の香港な訳だが・・・
個人的に一番ビックリしたのが、パチ物エロメディア屋の再暗黒化だろうか?
「パチ物エロメディア屋」と云うのは、
所謂洋物や和物のエロメディアを、不法に複製して売っている、
アングラ商売の事なんで有るが、それが再び暗黒化し始めているのだ。

VHSの時代に関しては香港は方式がPALな物で日本のデッキでは観れない関係上、
まあ映画の三級片のランク落ち位しか知らないのだが、
90年代後半に一気に主流に成ったVCDのお陰でパチ物エロメディア屋が花咲いた。
所がこれが使っているメディアの品質に加えて、
香港人のザックリとした適当な感覚の賜物なのか、
所謂パッケージと中身の完全な相違とか、品質が劣悪で再生出来ない、
等と云う異常に暗黒な状態のカオティックな買い物で有った訳だ。
それでも徐々に商売の範囲が広まって市場規模の拡大と供に品質も安定して、
更にDVDと云う大容量メディアの登場で爆発的に店が増え始め、
かつては例の「オタク・ビル」のフロアの殆どがその手の店と云う時期が有った。
とにかく「えっ?こんなもんまでピーコして売れるのか?」と云う様な、
異常にマニア向けの商品までもが加わり、それを観るのがまた面白い感じだった。

所が今回、そう云う店がかなり淘汰され、例のビルには1軒も無くなり、
どうにもそのパッケージに値段設定が怪しく成っていたのだ。
まだ何件も軒を連ねている或る商場を見てみるとどうにもヤバそうな臭いがする。
パッケージは最新の商品の写真を使っているのだがどうも安過ぎる。
おまけに妙に主流商品ばかりで昔の様にマニア向けの商品が無い。
更に言えば異常に値段に格差の或る店が有ったりする訳だ。
怪しい・・・非常に怪しい・・・しかし確かめ様が無い・・・
と云う訳で3箇所の商場で違う店から違う値段設定のパチ物を購入してみた。

これがやはりと云うか、7枚で百元と云う所は完全に中身が別物、
しかも物が異常に古い90年代初期の物と云う奴で、余りに古くて笑った。
5枚で百元と云う所は一番タチが悪いと云うか中身が全部同じ香港物三級片。
これが「無間道」のパクリの「淫間道」とか云う作品で爆笑したが、
5枚とも同じと云う所が凄い、店の兄ちゃん俺に名刺までくれたのに・・・
しかしこれ何処の店も観光客が出入りする様な所じゃなくて、
普通に現地のボンクラどもも一緒に成って買ってたりする様な所で、
つまり現地のボンクラを狡い手段で騙す為のやり方だったりするんで、
良くやるなぁ・・・と云うか、そんなもんだと思って買ってるのか、解らん・・・
まあお互いパチ物売り買いしてる訳で特に文句は無いが。

しかしこれがまた全部が全部そうならそんなもんだと思って納得するのだが、
これが4枚で百元と云う所の商品は、中身内容とも完璧に本物だった。
或る意味、ちゃんとした商品が出て来て逆にビックリしたと云うか・・・
その辺のさじ加減が解らんのよね~香港人。
まあ考えられる所は春節の前辺りに当局の摘発が有って、
もしくは元締めの黒社会の辺りに手入れが入って一時的に壊滅と云う奴だろうが、
そうすると真っ当な商品(パチ物だけど)も売られているのが解らん。
まあどう考えてもこの手の物は需要が途切れる事は無いだろうから、
いずれまた元に戻るだろうが、暗黒だ・・・久々に暗黒状態だ・・・

写真はそれとは何の関係も無い、珍しいチャリの駐輪図。
しかしほぼ商用と云うのが笑える。

chari01

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2006.02.16

病辱の幻覚

幻覚を見た事がある。
と言っても精神が弱っているとか悪い薬をやっているとか、そう云う類では無しに、
風邪などで高熱を発した時に幻覚を見たと云うパターンだ。

何年か前に原因が良く解らないまま高熱を発してダウンした事が有る。
この時は何故か被っている布団がミルフィーユの様に何層にも成っていて、
高熱を発して苦しんでいると云うのにミルフィーユ状の布団を捲り上げて、
ガキどもが次々と布団の中に潜り込んで来ると云う幻覚を感じた。
とにかくこっちは高熱で苦しいし、ガキどもは重いし、鬱陶しいし、
起きたついでに家人に「ちょっとあのガキども何とかしてくれよ!」と文句言った。
文句言っといて傍と気が付いた「あれ?あれって幻覚じゃないか?」と。
当然家人も「は?」と云う感じだが、何とか誤魔化して寝床に着いた。
リアルな夢と云うのは良く有るが、大抵は目覚めるとそれが夢とは知れる物だ。
しかし、幻覚と云うのは非現実的な事が現実とごっちゃに成る様な状態だ。
まあそりゃそうだろう何せ体温が40度近く有ったりした訳だし、
当然脳みそも沸騰してるし脳細胞もガンガン死んでるだろうし、
そりゃまあ悪い夢・・・もとい幻覚も見るよなぁ・・・と云う感じである。

尚その後医者に進められて某大病院に出掛けたは良い物の、
お馴染みな大病院システムで待てど暮らせど自分の番が呼ばれずに、
高熱に朦朧としたまま脱水症状に陥り、手持ちの小銭が自販機で使えない旧玉で、
喉の渇きが全く潤せず、便所の水を呑んだろうか?とギリギリの思考状態のまま、
待合のベンチで崩れ落ちる様に死に掛けるも眼の前を通る医者どもは全くの無反応。
受付時間ギリギリの所で呼ばれて診察室入れば当然死掛けだわ熱なんざMaxだわ、
医者も驚いて点滴打って即入院とか言ってるけど「冗談じゃねえ!」ってなもんで、
こんな所に居たら殺されるのがオチだと気付いてチャリで帰りましたわさ。
いや~しかし病院って安全じゃねえよなぁ・・・と思い知らされましたです。

さて先日久し振りに38度近い熱を出し寝込んだのだが、
まあ前回ほど酷い物ではないが、また幻覚を見た、と云うか感じた。
どうも自分の幻覚は掛け布団に関ってくる事が多い様なのだが、
今回も高熱で昏々と眠っていて、夢か現か境目がハッキリしない状態の話だが、
今回は掛け布団が色々と有るのだ。
足が出るほど短い布団だったり、角に縫い取りの有る布団だったり、
生地の硬い布団だったり、それらをうなされた意識の中で一つ一つ勘定している。
何度数えても、感触を確かめても、掛け布団の数が解らない。
今回も「大体布団が何枚も有る訳無い」と頭では解っている筈なのだが、
便所に起きた時など「解り易くする為にメモでも取って置くか?」等と、
完全に幻覚サイドに優先的な考えをしている所がおかしい・・・いや恐ろしい。

あ~それにしても幻覚の話はもうこれっきりにしたいもんだ。

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2006.02.11

「池玲子の恍惚の世界」

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或る意味音楽業界の起爆剤と成って久しい紙ジャケでは有るが、
一応基本アイテムとなる商品が市場に出回ってしまうと、
その後ニッチな物が発掘されると云うのは業界の常である。
邦楽もマニア・ライクなフォークの作品の紙ジャケ化が進行しているが、
そろそろ八十年代物にも手が付けられ始めた。
しかしまだまだマニア受けする商品は手付かずで残っている。
今回は久し振りに店頭で手に取って「げげ!」と成った紙ジャケを取り上げよう。

70年代東映の「女番長」シリーズ等のピンキーヴァイオレンス路線で、
杉本美樹と供にその名をカルトな域にまで高めた「池玲子」が、
1970年に出した超カルト盤「池玲子の恍惚の世界」が紙ジャケ化されたのだ。
しかしこれには驚いた、本当に店頭で目を疑った。
最近新刊が出た戸川昌士センセイの「猟盤日記」及び「助盤小僧」で知り、
常々現物の御姿を拝みたいと思っていたレアアイテムがいきなり紙ジャケである。
いや~再発もここまで来たか!と云う感じである。

で、まあ内容なのだが押して知るべし、と云うかジャケが物語ると云うか、
ジェーン・バーキンの喘ぎ声が全編に渡って響き渡る、
68年にゲンズブールが発表し大ヒットした「ジュ・テーム」の系列なのだが、
所謂、囁く様なフランス語が何処となくデカダンなアレに対して、
全編こってりとしたムード歌謡に喘ぎまくり、悶えまくりのやり過ぎ状態が続く、
素面な状態で聴くと非常に何とも言えない気分に成る1枚である。
真剣に最後まで聴くとかなりトリップ出来ると云うか、
池の喘ぎ声が恰もドローン効果の様になって、結構サイケな感触も有ったりする。

選曲もどっぷり漬かった大人の世界な「女はそれを我慢できない」や「経験」、
SM歌謡の金字塔「恋の奴隷」等、割り切った大人の関係が濃厚な作品ばかりだ。
しかし池玲子と言えば16でスカウトされて、17歳でデビューした訳で、
少なくともこの時17か18と云う計算に成る訳だ。
もう一度ジャケを見てみよう、こっこれで18か!!
どう観ても完全に酸いも甘いも噛み分けた「夜の女」の顔じゃないか!!
しかもその歳にしてこの喘ぎっぷりはどう云う事なんだ!
「当時と今の化粧の違い」だけでは理解出来ない噴出するフェロモンが凄過ぎる。

別に喘いでいるだけじゃなくて、歌ったり語ったりしているのだが、
正直また歌がかなり下手な所が笑う。
昨今のテンポの良いポップスと違い、怨念籠もったムード歌謡は歌うのが難しい。
一本調子な歌い回しにムードもへっくれもない所だが、
そこはそれ、多種多様な喘ぎ声で強引に独自の磁場を作っている所は流石だ。
しかし池玲子は72年にいきなり脱ポルノ女優を宣言し、
「第二の南沙織に成る」とか言って、清純派歌手転向宣言をしたりする。
こ・・・この歌唱力で歌手、しかも女番長が清純派かよ!
と、当時は誰もが思っただろう。
まあ当然歌手に成ってどうこう出来る筈も無く、元の鞘に戻る訳だが、
宣言する前に自分の歌唱力に気付けよ!と云う感じでは有るよね。

今回、池玲子の紙ジャケを出したメーカーは余り聞かない所なのだが、
せっかく再発するのなら、もうちょっと色々と余禄を付けて欲しかった所だ。
池玲子はシングルで映画「不良姐御伝・猪の鹿お蝶」の主題歌「お蝶のブルース」や
カセットで「池玲子は唄う」等のレアな音源がまだ有る。
特にカセットは同傾向なだけに、そこら辺をボートラで収録して欲しかった。
あとはやはり池玲子の美麗な御姿を収めた写真満載のブックレット辺りは、
「絶対」に同封しておいて欲しかったなぁ・・・

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2006.02.07

酔狂道・文字通りの雪辱戦

「酔狂道だの何だの言って家から写真撮ってんじゃ意味無いやん」
と云う様なお叱りもごもっともな訳で、
前回の雪の日に関しては非常に忸怩たる思いが有る訳ですが、
そんなこんなで早、雪辱の機会がやってまいりました。

珍しく予報通りに「雪!」しかも横殴りに吹雪く様な天候。
既に家の庭は植木共々真っ白な状態と云う訳でこれなら文句無かろうと、
凍て付くホワイトアウトした街にレッツ、酔狂!!!

流石にこの時間(深夜二時頃)新聞屋もまだの時間だし、
大通りから少し奥まったこの辺では人通りはおろか車の跡さえない。
まあ如何な歳に成っても人跡未踏の雪の上を、
しかも別に必要が有って出歩く訳でも無く酔狂で踏みしめるのは楽しい物だ。

さて普通に人跡未踏の道を歩いていると、
今度はもっと広い場所で人跡未踏の感動を味わいたくなる訳で、
自然と足は近所の、広大な敷地を持つ寺の方へと向かう。

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寺の敷地内に有る御馴染みな大仏様も横殴りの雪まみれである。

積もる様な雪なので風が吹くと舞い上がったりする訳で、
広い場所に出ると景色が霞んだ様に真っ白く何も見えなくなる。
流石に吹き荒ぶ風の音しか聴こえない見事なまでの静寂感に痺れる。
あ・・・寒さにも痺れるけどね。

そうなると更なる静寂を求めたく成っておもむろに墓地の中に突入する。
墓石の黒さがやけに目立ったり、風に卒塔婆が鳴ったりと、
思ったほど静寂感は少ないが、その代わり寂寥感だけはヒシヒシと感じる。
あ~しかし、何か東京のど真ん中じゃない様な孤独な感じが良いなぁ・・・

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さていい加減そろそろ酔狂も切り上げて、温めて置いた風呂に浸かるかぁ
と、家への帰り道をたどった。

先ほど雪野原に自分が着けた足跡が点々と続いている。
しかし人間幾つに成ってもこう云うのを見ると、
推理小説のアリバイ工作を思い出し、足跡を辿られぬ様に細工しようとしてしまう。
とりあえず自分の足跡の上を踏み消す様に歩いてみたり、
有る部分から逆さに歩いてみたり、雪の無い所を辿ってみたり、
そんなこんなで無駄な遠回りをしてしまい、結局疲れてどうでも良くなったり・・・
まあこの調子なら朝に成れば俺の痕跡も雪が消してくれるだろう。
等と納得して風呂から出たら既に雪が止んでしまっていた。

朝、新聞を取りに庭に出てみて、家の前から続く足跡を見つけ、
「し・・・しまったぁ」と残念がってみる。
「これで俺のアリバイは崩れるのかぁ・・・」と。

まあそう云う部分も含めて酔狂道・雪辱戦な訳だわね。

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2006.02.05

「ビニール・ジャンキー」~黒盤に取り憑かれた人達

2004年の年末発売と云う事だから、随分長い間積んで置いた訳だが、
ようやくフレット・ミラノの「ビニール・ジャンキー」を読んだ。
CD全盛どころか、音楽ネット配信なんて言う時代に成って来ている昨今、
擦り切れたアナログ・レコードを蒐集するマニア達を追った1冊である。

何にしろマニアの世界を扱った本はどれを取っても面白い物だが、
こと音楽と古書の世界に関しては身近なだけに更に面白かった。
古書関係は古書販売側から市井の古書蒐集家まで多くの本が出版され、
正しく憑り付かれた人間たちの魑魅魍魎とした実態が明かに成っているが、
それに負けず劣らずレコード・コレクターの地獄の様な世界がルポされている。

本書には「アメリカン・スプレンダー」で御馴染みのロバート・クラムや
日本のインディーズ事情にも詳しいソニック・ユースのサーストン・ムーア、
J・ガイルズ・バンドのピーター・ウルフなどの有名人と並んで、
著者の交友関係の濃ぃ~ビニール・ジャンキーが多々登場する。
マニアが百人居れば百通りのマニア感と云う物が有るだけに、
一般に想像し易い「いかにも」な感じの度を越したマニアから、
節度を持ったスマートなマニアまで多角的な方面の証言を取っている所がミソだ。
そして「女にマニアは居ない」と云う意見への反証として、
女性のマニアも取り上げている所は徹底していると思う。
まあ我が国にはレッド・ツェツペリン・ブートの女王として君臨する
沼田育美さんとか女性のマニアも居るから特に驚くほどの事では無いが・・・

しかしこの本の中にも2万枚を越えるコレクションを誇る男が、
果たして自分は死ぬまでにここに有る全部のレコードを聴く事が出来るのか?
と云う様な自問自答を繰り返す部分が有るが、確かにアナログ・マニアに関らず、
元来の目的と手段が入れ替わっているコレクターは多い。
古書マニアにも稀覯本を入手しても読まずに棚に収めると云う人は多い。
以前ここにも取り上げた古書マニアの漫画家・喜国雅彦もそうらしい。
解らないでもない、と云うか良く解る、しかしそれが変だと云うのも然りだ。
しかし蒐集の世界と云うのは何にしろ修羅の道なのだ。
結局の所何かを犠牲にしないとやってはいけない世界なのである。
それは蒐集以外の楽しみや住環境、恋人、家族、世間的批判、孤独、
勿論そう云う物とも上手く折り合いを付けて楽しんでいるマニアも多い。
しかしそれはマニアある自分を犠牲にして折り合いを付けていると云う事なのだ。
キビシい・・・しかしそれが真のマニアと云う物だ。

しかしこの本は面白い本だが、マニアを描いた本の常として、
マニアで無ければ解らない様なネタの数々が頻出する所が一般には難かもしれない。
もう少し脚注を付けるとかした方が良かったんではなかろうか?
著者の趣味も有るだろうが、ロッキー・エリクソンなど普通は知らんだろう?
誰でも知ってるビートルズネタにしろ出てくるアルバムがブッチャー・カバーだし、
マイナーなガレージバンドの事に成ると自分もさっぱり解らない。
巻末にジャケ写真と供にアルバム解説とか有っても良かったと思う。

個人的には9章に出てくる珍品レコードの数々に心惹かれるものが有る。
殺人的に素晴らしく音を外しているトラック運転手のケネス・ヒグニーとか、
CIAに追われていると云う歪なカントリーの歌い手ピーター・グルージェンなど、
シャッグスやダニエル・ジョンストン好きな人間としては非常に興味が有る。
しかし米国は昔からプライベートで録音できる環境が整っていたから、
演歌歌手志望だった八百屋がレコードを出す様な事が遥かに容易に出来た訳だ。
それだけに人知れず埋れている素晴らしいお宝がまだ掘り返せるのだろう。
勿論日本にもそう云う無意識過剰な連中が吹き込んだお宝が数多く存在し、
「幻の名盤同盟」が丹念にそれらを掘り返している訳だが。
全くもってこの辺の世界は奥が深い、底無しに深い・・・・

いや~しかし「リスのサミーが教える九九」聴いてみたい様な聴きたくない様な。

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2006.02.02

紙ジャケの再発物

特異な発展を見せる紙ジャケと云うジャンルも結構昔から始まっている物で、
しかもその殆んどが「初回限定生産」と云うシロモノだったりするのから、
過去に生産された物にプレミアが付いていたりする事も多い。
自分にした所でマイナーなプログレ関係が紙ジャケ化する以前は、
「興味は有れど買う程の物でなし」と云う感じで殆んど買ってはいなかったし、
市場から姿を消してから「あ~買っとけば!」と云う作品が多々有った。
なので買い逃がしていた過去の作品が再発されると云うのは非常に嬉しい。
年末年始に掛けて、そんな再発した作品を何枚か買ったので今回は再発物である。

まずは以前ここのブログでも「BMGのイタリア物再発しねえかな」と書いた、
「BMGファンハウス・イタリアン・ロック復刻シリーズ第一弾」の再発。
これは自分以外でも待ち望んだ人は多かったのではなかろうか?
要はバンコの「壷」と「扉」である。
自分は何とか当時両方入手していたが、市場で見掛けなかったと云う人も居る位、
あっという間に店頭から消えてプレミア物に突入した人気商品だ。
で、バンコの両作品を押えて他の物も何時かは・・・などと悠長に構えていたら、
何時の間にか店頭から消えてしまって臍噛んだ問答無用の名盤2枚、
「クエラ・ヴェッキア・ロカンダ」の「歓喜の時」と、
「ムゼオ・オーゼンバッハ」の「ツァラトゥストラ組曲」を速攻入手。
イタリア物ファンなら「何故そんな基本アイテムを?」と云う感じだろうが、
基本的な物だけに結構持っていないと云う、良く有るケースで有りました。
「有名作だけに何時でも手に入るだろう」等と云う甘えが悲劇を招く典型的な例だ。
「クエラ・ヴェッキア・ロカンダ」はキュビズム的な妖しいジャケに包まれた、
繊細な硝子工藝の如きロマンティシズム溢れる泣きの名作だ。
リリカルなピアノとすすり泣くヴァイオリンがこれでもかと云う位に、
エモーショナルな波を掻き立て感情を揺さぶる珠玉の一枚。
対して「ムゼオ・ローゼンバッハ」はダークなトーンと暗黒のメロディが、
ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を歌い上げるコンセプト作。
コラージュで作り上げられたムッソリーニのジャケが語る様に、
幻想的でありながら裏に政治的な意味も込められた深遠さもたまらない。
このシリーズまだ買っていない作品が幾つか残っているのだが、
この機会に出来るだけ揃えておこう・・・3度目は無いだろうし・・・

さて次は「スモール・フェイセス」の「オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク」。
こちらのパターンは録音システムをK2HGに変えての新装発売と云うパターン。
スモール・フェイセス以外にもトッド・ラングレンやキンクスも同様の再発で、
その前に御馴染みのイエス及びマンティコア・レーベルの作品もこれだった。
当時これを買わなかった理由と云うのは殆んど音源を持っていると云うのと、
確かもう少し値段が高かった様な気がするのだが何せ5年も前なので覚えていない。
しかし変形ジャケと云うと必ず登場する葉煙草の缶を模した円形ジャケットと云う、
かなり食指をそそられる物だっただけに当時もかなり悩んだ様な気がする。
正直盤を取り出したりする時の取り扱いが面倒なシロモノだったりするのだが、
やはり五面のジャケを展開した時の醍醐味は見事だ、これぞ紙ジャケの真髄!

さてもう一つのパターンとしてショップが独自にレコード会社に依頼して、
まとまった数を再発させると云うパターン・・・・とは言っても、
こんな事やっているのは「ディスク・ユニオン」以外には聞いた事無いが。
紙ジャケを買い始めた契機の様なユニヴァーサルの紙ジャケ再発シリーズ、
その第一弾に2000年に発売した「ジェントル・ジャイアント」の2枚、
御馴染みの巨人爺さんのどアップが光るヴァーティゴからの1stに、
ロジャー・ディーンの描く蛸が見開きで蠢く四枚目の「オクトパス」を買った。
こちらもかなりの基本アイテムだが例の「基本故に」と云うパターンと、
先月にヴァーティゴの残り2作品が紙ジャケ化したのがきっかけだ。
なので残りの2作品も購入済みなので、その内ここにも登場願おう。
後はこれまたユニヴァーサルから2001年発売のイタリア物の第1弾から、
「ロカンダ・デッレ・ファーテ」の「妖精」の再発を購入。
このシリーズは以前廉価版でCDが出回っていて幾つか購入していたので、
買っていたのが「イル・バレッド・ディ・ブロンゾ」ぐらいだった。
この機会に「レ・オルメ」の2枚も買っとこうかと思ったのだが、
何かネット上の予約で売り切ってしまったそうで今回も買えませんでした。
と云う訳でイタリアン・プログレの最後を飾る77年の作品な訳ですが、
ツイン・ギター、ツイン・キーボードと云う、かのイル・ヴォーロも斯くやと云う、
プログレ的には最強の布陣で奏でられるインストの1曲目が最強の出来だが、
世間的に余り評判の宜しくない独特なVoも個人的には良い味わいだと思う。
イタリアのバンド特有のドラマチックな楽曲も実に良い雰囲気だ。

今後個人的に再発して欲しい物といえばやはりジェネシスの一連の作品、
紙ジャケと云うか普通に国内盤も店頭に見当たらない状態なんで是非早急に。
後はボブ・マーリィー&ウェイラーズの「キャッチ・ア・ファイア」の、
ジッポ型ライターが開く奴も再発してほしいなぁ・・・・

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