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2006.04.27

立喰師列伝

Tatigui01


その作品を殆ど追いかけている様なファンなら、
今回も「あぁ・・・押井だなぁ・・・」とニヤリとするだろう。
押井の作品を始めて観る客なら、「何だ!これは」と怒りだしたりするだろう。
そんなお馴染みの光景が劇場で繰り広げられる「立喰師列伝」である。

本質的にはアニメ作品も実写作品も言っている事は同じな訳だが、
オリジナル作の実写(今回は少々趣が違うが)の方がアクの強さは大きい。
いつもと同じに身内で固められたキャスティングには見事に華が無く、
出来れば池袋のロサ会館辺りで観たい映画である。

かなり原作に忠実に映画化されていて、ヤマもオチもない話が104分続く。
何かと話題・・・と云うか、他にやる人間も殆ど居ないであろう、
全編「ペープサート」と云う名のパタパタ・アニメによる作品な訳だが、
違和感は感じなかったがこれで長編一本観るのは少々キツイ所では有る。
そして頭からケツまで山寺宏一の衒学的な語りが実に膨大に挿入される。
原作を読んでいるとその衒学的な記述の部分が非常に面白い訳だが、
ビジュアルを伴った作品にあそこまで原作通り語らせる必要が有ったのか疑問だ。
キメ所やシズル感に乏しい「ペープサート」に緩急を付ける意味も有るのだろうが、
しばし完全に静止した画面に過剰な語りが詰め込まれると云う時点で、
映像として有るべき意味合いを放棄している様な気がするのだが・・・・

多分これって1本の映画として繋げてしまわずに「ミニパト」の様に、
15分から30分程度の短編として公開した方が良かったのではないだろうか?
勿論その分メディアはテレビとかOVAとかには成るだろうが、
「列伝」と云う内容や技法的に言ってもそちらの方が良い様な気がする。

・・・とまあ苦言を呈してばかりになったが、
長年のファンとしては素直にこの手の作品が創り続けられているのは嬉しい。
押井守の持ってる昭和のアングラな体質は今の世の中実に貴重だと思う。
スケール感の大きいメジャーな作品も邦画には必要だが、
こう云う客を選ぶ好事家好みのアングラな作品も同時に存在していて欲しい。
なにせこの人の作る作品と云うのは余り海外でも御目に係れる世界ではないし。
昔「イノセンス」が外国で公開された時に感想を聞かれた批評家が、
「画は素晴らしいのだが字幕が膨大で画に集中出来なかった」と言っていたが、
正にこの作品など「イノセンス」以上のナレーションに日本独自の過去文化等と、
多分海外で公開する事は不可能な作品なだけに特異な存在だと言える。

いや~それにしても千葉繁の「メガネ」が炸裂する「さよならの季節」や、
文字通りの「必殺!立ち喰いウォーズ」等の「うる星やつら」作品でお馴染みな、
「ケツネコロッケのお銀」姐さんとか、
故天本英世が演じた「紅い眼鏡」の「月見の銀二」等など、
学生の頃夢中で見ていた懐かしのキャラが新たにスクリーンで観れると云うのは、
そらもう実に嬉しいもんである。

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2006.04.22

「図書館の海」恩田陸

「本書は恩田陸の予告編コレクションの様な性格を持った本だ」
とこの本の解説に書かれているが、正に云いえて妙な例えである。
多分それは本書収録の、大長編SF「グリーンスリーブス」の予告編だと云う、
「イサオ・オサリヴァンを捜して」から得た発想だと思うのだが、
幾つかの短編の先に拡がる色彩豊かな世界に思いを馳せたくなる様な、
不思議な高揚感の或る作品集に成っているのは確かだ。

恩田陸と云う人は所謂名アレンジャー的な才能を持った人だと思う。
彼女の作品はオリジナルなアイデアで勝負すると云うよりは、
過去の名作や有名なモチーフを上手くアレンジして独自の世界を築きあげる。
勿論過去のモチーフ使いは何も彼女だけに限った事ではないし、
今の世の中どれだけオリジナルな発想な作品が有るのかと言われればその通りだが、
彼女の場合あえて元ネタを提示した上で勝負して来る面白さがある。
それは「月の裏側」に於ける ジャック・フィニイの「盗まれた街」だったり、
「光の帝國」や「ネバーランド」に於ける萩尾望都使いだったり、
「6番目の小夜子」に於ける「学校の怪談」的フォークロアの変奏だったり、
正にヒップホップ的な大ネタ使いの巧みさに通じる見事なスキルだ。


そう云う点で今作で非常に印象に残った「イサオ・オサリヴァンを捜して」は、
一之瀬泰三とか沢田教一の様な日本人(カメラマンでは無いが)を主役に添えて、
「地獄の黙示録」や「ジェイコブス・ラダー」の様な世界を舞台に、
原初的な恐怖との戦いを描いた作品だとでも言えるだろうか?
長編SFの予告編的な狙いで書かれた作品だと云うのを、
読了後の「あとがき」で始めて知ったのだが、
とにかく面白くて「あ~この続きスゲエ読みてえぇ!!」と唸らされた。
行動を供にしていた元兵士達による伝聞で描き出される主人公の姿と、
祖父とマタギとして過ごしたと云う経歴、残された3枚の写真等など、
直接的に描かれない「イサオ・オサリヴァン」の造形が素晴らしい。
これだけは是非ともその長編作品を書き上げていただきたいもんだ。


「茶色の小壜」「国境の南」は著者自らドキュメンタリー・ホラーと言っているが、
ホラーと云うよりは昔めかしく「奇妙な味の話」とでも呼びたい作品だ。
特に「国境の南」はとりわけ後味が鮮烈な作品で面白い。
不特定多数に毒を盛って行くと云うのはブランヴィリエ侯爵夫人等でお馴染みだが、
それが街の小さな喫茶店にて行われていると云う不気味さが光る作品だ。
ホラー的な、と云うより人間性の不可解さとその底の闇が恐ろしい。
一見関係無さそうな観光ポスターと「あたし南の国に行くの」と云う言葉、
その二つが醸し出す感触が作品に更なる深みを与えていると思わせる見事さだ。

ドキュメンタリー・ホラーと云う観点なら「茶色の小壜」の方がそれに近い。
些細な所から疑問が広がり、そこにぽっかりと不可解な闇が口を開ける。
あえてヴァンピールとも異人種とも明確にしていない所が効果的だ。


この短編集の多分一番の売りは「ピクニックの準備」と「図書館の海」だろう。
それぞれ代表作として名高い「夜のピクニック」と「6番目の小夜子」の前日譚だ。

恩田陸を始めて読んだのは「第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作品」、
と云う帯が巻かれた新潮文庫の「6番目の小夜子」が最初だ。
小説を読み返す事は多くないが、これは珍しく何度か再読している小説である。
この小説に限らず「ネバーランド」や「球形の季節」など、
学校・学生を舞台にした恩田陸の小説を読んでいて何時も思うのは、
学校と云う場や学生としての立場に於けるシズル感が抜群に優れていると云う事だ。

物語を編んで行く上で特異な環境や特殊な関係を描いた方が楽な訳だが、
その分大多数がそうであろう日常の学生生活から遊離する危険がある。
しかし恩田陸が描く何も無い学生の日常の描写は実に身近だ。

描き出される生活のディテールに思い当たる節は多いだろうし、
だからこそその日常に何かが進入して来た時の衝撃が伝わり易いのだ。
勿論すべての学生が同じ様な感覚を抱いて学生生活を送る訳ではない、
しかし放課後の図書室の倦んだ様な静かな空気を知っている人間は、
たぶん恩田陸の小説の熱心な読者に成るだろうと思う。

「図書館の海」を読んだ後、久し振りにそんな空気感が懐かしく胸に浮かんだ。

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2006.04.17

谷ナオミ「悶えの部屋」

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業界震撼の池玲子に続く「お色気」レコード紙ジャケ化の第2弾が発売された。
予想通り・・・と云うか予想が当っても特に嬉しくは無いが、
今回は御大「谷ナオミ」と元プレイガールの「桑原幸子」が登板。
正直余り桑原幸子に興味が無かったりするので今回は谷さんのみの購入。

「谷ナオミ」。
池玲子に比べれば正に問答無用の大看板だ。
あの時代を知らない若い衆は別にしても、ポルノと言えば谷ナオミ!
日活と言えば谷ナオミ!SMと言えば谷ナオミ!ってな位のもんである。
勿論全盛期の日活ロマンポルノには他にもキラ星の様なスターが揃っていたが、
宮下順子や白川和子がレッド・ツェッペリンやディープ・パープルだとすれば
谷ナオミは間違いなくブラック・サバスである。
醸し出すアンダーグランドな味わい、中毒性の有るそのスタイル、
決して主流には成らないが何時の世も途切れぬ賛辞者たち等、共通する物が有る。

さてそんな谷ナオミの引退記念として発売された唯一のアルバムが、
この「悶えの部屋」で有る。
歌のアルバムでは無く、演歌調のBGMに乗せた語りのアルバムに成っている。
池玲子の作品はとにかく全編ドローン効果の様に「喘ぎ」「悶え」の嵐だが、
流石は酸いも甘いも噛み分けたおとなの女な谷さんだけに、
直接的・直情的なエロ表現にばかり逃げたりはせず、
雰囲気満点の一人語りでおとなの夜を演出している。
「昭和枯れすすき」「夢追い酒」「そんな夕子にほれました」「みちづれ」等々、
艶歌・ムード歌謡の有名曲をバックに甘く優しく谷さんが語りかける。
またこのバッキング、主メロの殆どを三味線、尺八、等がリードする為に、
時代感、場末感が異常に濃厚である。
谷さんの語りの部分はさほど多いと云う訳では無いので、
語りの後のインスト部分の何とも云えぬ寂寥感にはたまらないものが有る。

しかし何だろう?この濃厚な「割り切れない男と女」の臭いが充満する世界は。
かつては日本中の盛り場や花町に隠花植物の様に生息していた唄たち。
時々不意に流行り病のように健全な家庭に侵入して来ては、
子供たちに漫画やアニメの世界以外の妖しく不健全な世界を垣間見せる唄たち。
ヒットチャートに流れる曲の殆どが青臭い少年少女の甲高い歌な昨今、
絶滅寸前の「割り切れない男と女」の唄が孕むヘヴィさは正に隔絶している。
もっとおとなの、どうしようもない現実を歌い込んだ唄を聴きたくないか?御同輩。
夢や希望や僕や君やその仲間のまったりとした毎日などではなく、
愛や欲、裏切りやしがらみの「割り切れない男と女」の現実を聴きたいものだ。

このシリーズが今後もお色気歌謡の発掘をして行くのかどうかは知れないが、
他に「幻の名盤開放同盟」がかなりの所を掘り尽くしてしまっているので、
正直余りレアな感じの作品が出て来る事は無い様な気もする。
谷ナオミと同傾向ならロマンポルノの女優が語り物のカセットを幾つか出していて、
「風祭ゆき・赤い暴走」や「麻吹淳子・愛の奴隷」なんてのも有るし、
歌手出身だから唄も入っているだろう畑中葉子の「白日夢」なんてのも有る。
まあしかしこの辺出たとして池玲子の時ほどのインパクトは無いかなぁ・・・

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2006.04.13

今は無い風景 その4

良く出掛ける文京区の鷗外記念図書館が汐見地域センターに移動した。
乱歩の「D坂の殺人事件」でお馴染みな団子坂に今でもその石垣塀を残す、
旧岡本邸(現宮城県宿舎)の隣の辺りに出来た最新の建物がそれだ。
いや~すっかり外装同様近代的な図書館に生まれ変わった。
地上と地下の吹き抜けスペースに広々とした空間が取られていて、
一つ一つ区切られた閲覧用のシートに、ちょっと座れるシートも沢山有り、
何よりまだ完全に埋まっていない棚を見ているとちょっと嬉しくなる。
検索用のインターネット端末まで置いてあったりして正に最新型だ。

以前の図書館は森鷗外の旧宅「観潮楼」跡に作られた建物で、
鷗外の資料館も兼ねている中々古めかしくて良い建物だった。
歴史的な遺跡なだけに全く新しい建物に変わる事は無いだろうから、
更に充実した鷗外の資料館にでも生まれ変わるのではなかろうか?
しかしこれであの辺の景観も少々変わった物に成ってくるだろう。

根津神社の裏から日本医大の横を抜けて団子坂に通じる藪下道は、
細い道ながら周囲に歴史の有る良い建物を残した道だった。
特に千駄木台地に向かって坂が急に成ってくる辺りが特に良かった。
坂の途中から草の生い茂る石垣塀が続き向かいは煉瓦塀が残っていて、
下町と云う設定のドラマでは良くこの部分がドラマに使われたりした物だ。
坂の途中から石塀の囲まれた人道が坂上に抜けているのだが、
ここの感じも非常に古めかしくて良い。


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この石塀は坂下から坂の上の方まで続く大きな屋敷の物だった。
この屋敷の入り口が藪下通りに向かって開いているのだが、
その入り口がまた昔ゆかしい非常に古めかしく上品な良い景観に成っている。
門の横にはいつも生け花の鉢があり、季節の花が艶やかに飾られていた。
夜に通ると入り口が裸電球の茜色にぼんやりと浮かんで幻想的な感じが好きだった。
しかし残念ながらこの入り口も屋敷も今は無い。
この御時世こう云う大きな屋敷を維持して行くのは大変だったんだろう。
保存運動も有ったらしいが、今では味気ない建売住宅数件に化けた。
唯一の名残として藪下通りに今でも石塀が残されているのが救いだ。


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鷗外記念館を建替えるにしろなんにしろ、出来れば近代的なビルではなく、
周囲に調和した低層の味の有る建物にして欲しい物だ。

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2006.04.06

究極の響鬼フィギュアSIC

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多分「ブレイド」が発売されてからなんだろうと勝手に想像していたので、
ネットで発売の話を聞いた時には物凄く驚かされたSICの新作。
しかし現時点では多分究極の響鬼フィギュアと成るのは間違いないだろう。

知っている人間には今更だがSICとはバンダイが発売している、
多分にアメリカのマクファーレン・トイズの製品を意識した、
大人向けにハイグレード化されたアクション・フィギュアの製品名だ。
SIC(Super Imaginative Chogokin)と云う事で独自の製品路線ではなく、
過去のヒーロー特撮番組のキャラを現代的にブローアップさせたラインナップで、
過去に「キカイダー」「ロボット刑事K」「仮面ライダー」等を出している。
だが特に人気が爆発したのは所謂平成ライダーシリーズが加わってからで、
現在「仮面ライダー555」周辺の製品まで発売されている。

マクファーレンの「スポーン」シリーズには非常にハマったし、
邪悪にディテールアップされたハカイダーのデザイン等には食指が動きまくったが、
只でさえ物が溢れた手狭な住環境の事を考えて手を出さずにいた。
それにもう一つは製品の入手困難さ加減も気に成った所だ。
SIC製品の秒殺具合はかねてから有名だった。
製品にも因るのだが店頭に並べばあっという間に売り切れ、
しかもその後再発も無くプレミアが付いたままの状態。
ネット注文に成ると発売前にソールドアウトと云う様な状況なのだ。
今回の響鬼もネットで見る限り大手の通販サイトは軒並み在庫無し、
発売後1週間も経っていないのプレミア価格で売っている所も有る。
発売日の2日後に出掛けた家電量販店や大きな玩具屋には影も形も無かった。
毎度購入している方なら「何を今更」と云う感じなのだろうが、
店頭で「やはりそうか・・・」とその噂を思い知らされた感じだった。
とは云え普通でない思い入れの有る重要な作品なだけに、
何とかがんばって入手にこぎ着けたと云う様な次第だ。

SICの製品といえば生物的なディテールが強調された異形な造形が特徴な訳だが、
本編のスーツからして異形感の強く出たデザインだっただけに、
特別SICだから変わったと云う様な部分は余り無かった。
もう少し邪悪な感じでも良かったと思うが何せ眼も鼻も口も無いマスクだからして、
これ以上余計に弄り様が無いと云う所だろう。
初期の鬼火を吹く時の口を開いた頭部が一緒に付属しているのだが、
開いた口の中に歯までモールドされていて、これが中々カッコいい。
その様にありとあらゆるポーズを再現する為に異常に大量の付属品が付いてくる。
ディスクだけでもダイキャスト製にプラ製、装甲形態用と各3種類付属している。
これを腰に付ける装備帯が細かく非常に良く出来てて感心する。
変身音叉は装備帯のフックに掛けたり、角を伸ばしたり折り畳んだり出来るが、
その分鬼の顔のディテールが潰れていたりして少々残念だ。
差し替えによって装甲形態にも出来る為そのためのパーツも入っている。
武器はギミックの付いた装甲声刃に短剣や音叉剣も付属しているし、
阿吽の形も細かくモールドされた音撃棒も凝った出来である。
細かいなぁ・・・と感心するのは表情豊かな差し替え用の手のパーツ。
鬼爪が伸びた手にも感心するが、やはり「シュッ〆」の手まで付属している点。
やはりあのポーズが無ければ響鬼とは言えない訳でそこは実に感心した。

反面ネットでも指摘されてた事だが関節やパーツの接合が甘い。
豊富な付属品をそれぞれ装着させる為に致し方ない部分は有るのは解るが、
少し腕を動かすと肩のアーマーがポロポロ取れてしまうのには閉口する。
まあ飽くまでもこれでハードに遊ぶと云うよりも、
ポージングを付けてディスプレイする事を目的としているのだろうから、
それはそれで良いのだろうが・・・・
そう考えてみると「装着変身」の方の玩具は良く出来ていたと感心する。
SICに比べれば遙に子供の玩具だが、細かい部分も良く再現されていたし、
何よりポージングの自由度が高くてかなり幅広く遊べる所が大したものだと思う。
まあ装着変身であのクオリティなんだしSICならこのレベルも頷けると云う物だ。
今後メディコム辺りから物凄く凝った1/6の響鬼が出るかもしれないが、
それが出るまではこれが響鬼の究極の一体と云う地位は揺ぎ無いだろう。

このまま響鬼のシリーズはしばらく続く様で、次回は「響鬼紅と轟鬼」、
その次が「威吹鬼に斬鬼」と云う組み合わせで発売されるそうだ。
オークションサイトでは既に響鬼の素体を改造した「弾鬼」や「京介変身体」等、
太鼓の使い手の鬼達のカスタム作品が売りに出されていた。
これで次回以降、弦の使い手の鬼、人気の「裁鬼」さん辺りも創られるだろう。
買うかどうするか現物を見て考えたい所だが、
次回も悠長な事は言ってられずに発売したら即買いと云う感じに成るんだろうな。

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2006.04.02

小金井公園海水浴場

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人で賑う海水浴場を表現する時に「芋を洗う様な人出」等と云う事がある。
ならばこんな場面にも使用しても良いんじゃないか?と云う風景だ。

砂浜に隙間無く並べられたビーチマットにビーチパラソル、
それを上空から写した写真は夏の人出の定番写真だ。

桜並木の下に拡げられた無数のビニールシートと群がる人の頭を見て、
不意にその光景と重なり合う物を感じてしまった。

上野公園は20万人の人出だったと新聞に掲載されていたが、
小金井公園も中々どうして圧倒的な人の群れだった。

完全武装の宴席セットで挑んだ大人数の集団もあれば、
新聞紙を広げてこじんまりと纏まったカップルの席もある。
土地柄なのか中国人らしき若者達が烏龍茶のペットボトルを囲んでいたり、
周りの酔客を興味深げにしげしげと眺める白人の姿も見える。

幽玄さなどは欠片も無いが、やはり群れ咲き誇る桜の白は、
人を惑乱させる不思議な長閑さがあると云う物だ。

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