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2006.09.28

オタク・イズ・オーヴァー・シーズ

Godzilla01


近頃街中で外人観光客を見掛ける事が多くなった。
渋谷の交差点で、熱心に巨大な壁面テレビをハンディカムで撮っていたり、
秋葉原のカメラ屋でおつりを受け取るのを忘れて店員に追い掛けらていたり、
神保町の漫画売り場にて自国で流通している漫画のタイトルを告げて、
店員が何の作品か解らず四苦八苦させていたりする。
(ちなみにそのタイトルは「レディ・オスカル」そう、ベルバラの事だ。)
所謂、昔の観光客が訪れた寺社仏閣や歴史的な建造物とは違い、
もっと日常的な、ある意味特殊な場所で見掛ける事が多くなった。
別に確たる証拠が有る訳ではないが、異国の皆様が日本を訪れる理由の一つが、
独自に発達したサブ・カルチャーに対する興味、と云う部分の現われだろか?

外国人の、日本のサブ・カルチャーに対する関心は今に始まった事ではない。
良く出掛ける香港や台湾ではその浸透ぶりにいつも驚かされて来た。
色んな意味でアバウトに拡がった文化では有るが、
国情が落ち着き、経済が発展して来てからはその裾野は飛躍的に拡がった。
アニメからゲーム、ファッション、音楽等、ユースカルチャーの到る所に、
日本のサブカルチャーが浸透し普通に溶け込み日常と成っている。
ジャポニズムの頃から日本の文化に寛容なフランスを中心とした欧州も、
早い時期からアニメが伝わり、その流れで漫画も抵抗無く受け入れられ、
昨今は日本のストリートファッションも注目を浴びているらしい。
しかしここに来て注目され始めたのが他国の文化に極端に不寛容な米国の話だ。
プレ・オタク的な動きは特に欧州から遅れている訳では無いのだが、
所謂新世代の自らを「オタク」と名乗る連中の台頭が激しく成って来ている。
未だにアメフト選手とチアリーダー的なカップルが持て囃される米国で、
伝統的な価値観に反する様なオタク達の台頭と云う事実が非常に面白い。

さてそんな米国の「オタク」事情を理解する為に格好の本が2冊出た。
カンザス大学で歴史学を教える現代日本史が専門の日系アメリカ人、
ウイリアム・M・ツツイ教授が書いた「ゴジラとアメリカの半世紀」。
そして一部で以前からアメリカ人のオタク・ライターとしてお馴染みな、
パトリック・マシアスが書いた「オタク・イン・USA」の2冊だ。
ツツイ教授のゴジラ本はパトリックの本でも紹介されているが、
そのタイトルと教授の仕事柄上、難解な本と受け取られがちだが、
「ゴジラ学会」を主催するツツイ教授のゴジラへの想いが熱くたぎった内容で、
原題の「Godzilla On My Mind」からしてレイ・チャールズの有名曲のパロディだ。
冒頭はツツイ教授とゴジラとの邂逅とその後が描かれた自伝的な物で、
その後ゴジラ映画の歩み、ゴジラ映画の意味を説く無意味さを記した章が続き、
その後如何にゴジラがアメリカのポップカルチャーに浸透したかを書き、
ツツイ教授と同様なゴジラファンの生活と意見を綴って行く内容だ。
ゴジラ映画の歩みや各作品の論評などはマニアには少々煩わしい内容かもしれない。
それこそ日本でもゴジラに関する本は山ほど出されているし、
殆どの作品を観た様なマニアなら言わずもがな映画評が続くからだ。
しかし体系的にゴジラ映画を観た事の無い米国人には解り易い内容だと思う。

日本人にとって面白いのはその後のアメリカ社会でアイコン化して行く部分だろう。
例えば米国心理学会が2002年に行った世論調査において、
ゴジラは、ドラキュラ、フレディ・クルーガーに次いで3番目の位置に付けた、
と云う事実には驚かされる。(エルム街のフレディのその人気も同時にだが・・・)
それから何か馬鹿げているほど巨大だったりストレンジな物に対する単語で、
語尾に(Zilla)を付けた単語が普通に使われると云う事実も驚きだ。
(例えばゴジラの様に大きなミルクシェーキを「Shakezilla」と呼ぶとか)
他にコマーシャルや音楽等にも実例を挙げて如何にゴジラが使われているかを記す。
確かにそうして列挙されるとその余りの事例の多さに唸るばかりだ、
良く知らぬは当の日本人ばかり・・・・と云う所だろうか?
しかし良く注意しなければいけないのは普通のアメリカ人が観ているゴジラは、
我々日本人が知っているゴジラ映画とは若干違う、と云う事なのだ。
パトリックの本にもその詳細が記されているが、
配給している人間がアメリカ向けに編集しアメリカ人俳優を使ったシーンも挿入、
字幕を読むのが嫌いなアメリカ人向けに吹き変えで公開されている。
そのゴジラ映画が公開後何十年に渡り全米のテレビ局で何度も何度も放映され、
それを幼少時に観た時の感慨がアメリカ人のファンの心を掻き立てるらしいのだ。
今観ればチープな特撮と着ぐるみ怪獣に宿る愛すべきキッチュさ、
そしてそれに対するノスタルジーとでも云うべき所だろうか?
それは日本で云えば「ウルトラマン」や「仮面ライダー」に心奪われ、
今も同様に奪われ続ける我が国のヲタ大人達と同様と言えば共感出来るだろうか?
勿論愛する理由はそれぞれに有り、それぞれのこだわりが有るのだろうけど、
ゴジラが米国でここまで受け入れられて来たと云う事実の重さにはズンと来る。
ある日本文化の受容史としても読み応えのある本である。

対してパトの本は元原稿が雑誌のコラムだった関係上軽い読み物に成っているが、
様々な局面を迎えながら今も進化して行く米国のオタク事情が解って面白い。
実はこの本の殆どの記事は当時に掲載誌で読んでいたりするので、
余り新味の無いネタだったりするのだがこうして通して読むと違う感慨も浮かぶ。

この本もツツイ教授同様、己のオタク史を冒頭に掲げて始まる。
典型的な米国の価値観からはみ出して行くパトの姿が中々興味深い。
そう米国のオタクは従来有る米国的な価値観とかなり相反する、
オタク文化と云う異国のプロトカルチャー(笑)、
との出逢いと受容と反発の歴史でも有る訳だ。
パトの本では知らなかった事実を色々と教えられた。
改変されたウルトラマンやガッチャマンの事。
超合金のグレンダイザーやライディーンやコンバトラーVが、
その人気から勝手に「ShogunWarriors」と名付けられらコミックに成った事。
マクロスが「Robotech」と云うタイトルでこれまた改変されてた事(笑)。
何かそんなに多くの番組が海を渡って愛されていのか!と感慨を深くする次第だ。
そう云えば欧州ではグレンダイザーが「ゴルドラック」と云う名で、
カルト的な人気が有ったと云うのも今や有名な話だ。

中には読み落としていた回で中々興味深い話が載っていたりして、
日本車専門の改造マニアの話には唸らされた。
確かにそりゃゲーム等の影響も有る話だが雑誌まで出ていると云うのが凄い。
なにせ香港で映画を作っちゃう位香港や台湾でも「頭文字D」は人気な訳で、
その影響で日本車改造マニアが多数居て、狭い土地の中でがんばっているらしい。
夜店のパチ物衣服屋には「柿本・改」のパチジャケが売られてたりしたもんだ。

そうそう「フィギュア王」最新号のでのパトの米国オタクのレポートには、
アニメのコンヴェンションに於いて、アニメや漫画のコスプレする連中に混じり、
全員アメリカ女子によるモーニング娘。のコスプレ集団がレポートされていた。
お手製の衣装に振り付けも完璧に再現しているそうな・・・物凄い話だな・・・
同様にアニメの主題歌の影響でJ-Popが一部で非常に盛り上がっているらしい。
今や在日外国人タレントの稼ぎ頭な、元メガデスのマーティー・フリードマンも、
やたらに「つんく」リスペクトだし、J-Popの独自性を説いてるし、
昨年欧州ツアーをやった陰陽座は現地で大受けしたらしいからなぁ・・・
どうなんだろ?日本の脳内黒人化した連中が米国のヒップホップを聴き漁る昨今、
純然たるアメリカ人がアニメのコスプレしてハロプロ聴くって現状は・・・

異国の連中と同じ話題で盛り上がれるのは凄く良い事だと思うし、
そう云う夢中に成れるサブカルを作り出せた国の人間としては素直に喜ばしい。
しかし文化が均質化して来るのは余り好ましい事ではないと思う。
もしもアニメやマンガ的な物がアメコミに取って変わられたら面白くない。
(勿論そんな事は無いだろうし、アメリカ人が容認するとも思わないが)
韓国などは独自のマンガ文化がまだ残っているのだが、
早くから日本のマンガが海賊版として貸本屋で流通していた台湾では、
台湾出身の漫画家が殆ど育たなかったと云う事実がある。
オタクの種を各自の土壌でしっかりと育てて花開かせて欲しいもんだ。

それより問題は行き詰って来た日本のアニメ業界の方か・・・・

「ゴジラとアメリカの半世紀」(中央公論新社刊)
「オタク・イン・USA」(太田出版刊)

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2006.09.19

幻のカルト映画「魔女」

Majyo001


キアロスタミやエリセ等のミニシアターの常連作品を始め、
待望だった「非情城市」や「バクダッド・カフェ」そして「まぼろしの市街戦」、
マニアに大絶賛された絵の出る箱に入った「サスペリア」のBOXなど、
「いい仕事」で知られる紀伊国屋書店製のDVDがこれまた素晴らしい作品を出した。
良くもまあこんな物を!と感嘆させられる素晴らしくカルトな一品、
それがベンヤミン・クリステンセンのサイレント映画「魔女」だ。

ベンヤミン・クリステンセンと言われても殆どの人間が知らないと思う。
何せデンマーク出身の映画監督で、サイレント時代に活躍した人だ。
後にハリウッドに渡り7本の映画を撮り、幾つかは当時日本でも公開されたらしい。
らしいと云うのは、なにしろ1926年の事だからして大正時代も末期の頃だ。
この作品「魔女」は遡る事、更に5年の1921年の作品なのである。
日本ではモボモガが銀座を闊歩していた時代の話だ、知る訳が無い、
そして当時、日本でも公開はされなかったと云う作品だ。
その理由は良く解る、何しろ当時としては非常に前衛的な作品なのだ。

DVDのパケ写に「ホラー映画の聖典」とのコピーが有るが、ホラー映画ではない。
中々内容を一言で説明するのは難しいのだが、主題は「魔女に関する考察」である。
ただその為の手法が物語映画でも無く記録映画でも無く、一種独特な内容なのだ。
中身は7つのチャプターに区切られていて、冒頭は何やら大学の講義の様に、
画面に指し示す棒が現れ、実際の図版や古代の人間が信じていた世界観を説明し、
中世世界に於ける悪魔信仰や魔女の生態などを歴史的に講義する。
そして中間部分は役者を使った物語パートに移り、
伝承に有る様な、鍋をかき回し秘薬を調合する魔女の達の生活、
そして異端審問に於ける悲惨を極めた魔女狩りの姿を描く。
終盤はガラリと趣が変わり、当時(1920年代)のヒステリー症の女性の姿を、
異端審問で証言された魔女の生態と比較し病理学的に検証するパートに成る。

今なら「再現ドキュメンタリー」とでも名付けられるだろうか?
しかし当時としてれば異常に革新的な表現の映画だったのは間違い無い。
魔女の歴史的な考察や、病理学的に説明の付く事柄が、
魔女と断罪されるに到る要素と成るところなど、
知的好奇心を満足させるのにも持ってこいな内容なのは確かだし、
後半に出てくる実際に異端審問で使われた残忍極まりない拷問器具の数々を、
わざわざ人間と絡ませて見せる見世物趣味もたまらないものが有る。
しかし今の目で観れば、やはり中間部分の演劇部分の幻想的な表現に眼を奪われる。
時代を考えれば特撮表現や造形にも見劣りする部分が有っても当然なのだが、
それだけに、それだからこそ、奇妙な味が横溢するその表現が素晴らしい。
下の画像にもある悪魔は何と監督自身が演じているそうなのだが、
眼をむいて舌を絶えずベロベロと出す野卑な演技が堪らなく良い。
魔女たちがサバトに出掛ける時にお馴染みなホウキに跨り空を翔るシーンは、
原始的なモンタージュ技法で夜景と重ねているだけの表現なのだが、
凄い速度で群れ飛ぶ魔女たちが何とも幻想的で怪しく楽しい。
そしてブロッケン山でのサバトの饗宴は、モノクロで闇に溶け込んだ悪魔たちが、
実に味のある造形で創られていてその邪悪な表現に驚かされるばかりだ。
基本的に役者はサイレント時代特有の演技がオーバーアクトで、
しかも異常に顔の造作とメイクが大味な美男美女が殆どなのだが、
魔女役の老婆がかなりリアルに造作の変な、汚い顔の老人を多数使っていて、
表情に乏しいその演技が、美男美女の役者と妙に合っていなくて面白い。

内容的には比べる物も少ない独特の物だが、
真っ先に思い出したのは同じ様に悪魔主義を描いたモノクロ実験作の、
「ルシファー・ライジング」「スコルピオ・ライジング」等でお馴染みな、
ケネス・アンガーの「マジック・ランタン・サイクル」の諸作。
映像的にはフューリスの幻想的な絵画「夢魔」をモチーフに使った表現が、
何処となく通じる所も有る「ゴシック」のケン・ラッセルとか、
ピーター・グリーナウェイのグロテスクで悪趣味な感じ、
人形劇だがブラザーズ・クウェイ辺りを想像して貰えると良いかも知れない。
オリジナルな悪魔・魔女的造形はロシア映画の「妖婆・死棺の呪い」に出て来る、
魔女や悪魔(まあアレは単に白塗りだったが)なんかの独特さが思い起こされる。

長い間、歴史の忘却の彼方に置き去りにされたこの映画は、
1941年に監督自らのプロローグを加えたニュー・バージョンが公開され、
アメリカでは何とバロウズ大先生のナレーション入りの短縮版が作られたそうだ。
確かにサイレントな映画だけに独自の音楽をその場で付け加えて、
キメながら観るのには持って来いのアシッドな雰囲気の有る映画ではある。
今回は日本独自に柳下美恵(特殊翻訳家・柳下毅一郎の奥さんか?)による、
ヒプノティックなピアノ・チェレステ演奏を加えた仕様に成っているが、
サイレントにして独自の音楽を流しながら観るのも面白いかもしれない。
個人的にはエレクトリック・アシッド・ラーガと称される、英国ロックの鬼っ子、
「サード・イヤー・バンド」の音なんかは最高にハマると思うが、
ポポル・ヴーやアシュラ・テンペル辺りのクラウト・ロック等も悪くないし、
ファズ・ギターがのたうつガレージ・サイケなんかも以外に合うかもしれん。
それから、やはりモノクロ映画にフィリップ・グラスの作曲で音を入れた、
クロノス・カルテットの冷徹なストリングスなら間違いなくハマるだろうなぁ・・・

今回リマスターされた画質も非常に鮮明で美しく、
多分今後も再発される事も無いかもしれないこのカルトな逸品、
あなたもこの機会に是非如何?

Majyo002

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2006.09.12

「猫路地」に迷い込んで

Nekoroji01


散歩者が猫族に少々複雑な愛着を持つのは、
連中が文字通り路地や街方の主だからに違いない。

散歩者がすり抜ける事の出来ない秘密の通路を知っているからか、
入り組んだ街の隙間を抜ける散歩者がその姿を猫族に投影するからか、
その姿は街と供にあり、それで居て街とは距離を置いている様で、
見知らぬ街角が妙に懐かしいものに見える事と同様に、
見知らぬ街で出会った猫に妙に愛着を覚える事と似ている。

さて街と猫族を幻想的に扱った作品と言えば萩原朔太郎の「猫町」が有名だが、
その異国版とでも云える日影譲吉の「猫の泉」も忘れられない作品だ。
憂鬱な田園をそぞろ歩く佐藤春夫の傍らに居たのは西班牙産の犬だったが、
我儘な百鬼園先生が手放しの愛情を注いだのは野良猫の「ノラ」だった。
迷子になったノラを心配し尽くし身も心もボロボロな百閒が虚ろに見る夢で、
野良猫は「ダナさん、ダナさん・・・」と怪しく呼びかける。
宮澤賢治も随分と猫に係わりの有りそうな作家だった様な気がするが、
それはますむらひろしがキャラクター原画を勤めた擬猫化の映画、
「銀河鉄道の夜」のイメージが強いからなのかもしれない・・・・
ますむらひろしと云えば大酒喰らいのデブ猫、ヒデヨシが闊歩する、
アタゴオル・シリーズを思い出したりする訳だが・・・まあ猫話の連想も尽きない。

さて本書はアンソロジストの東雅夫さんが手掛けた、
現代の、所謂幻想・怪奇系の話を多く手掛ける作家達の書き下ろしを集めた本だ。
井上雅彦編集の出版社を変えて続く長寿な「異形シリーズ」など、
怪奇系の書き下ろしアンソロジーは結構な数が出版されているが、
割と「怪奇」より「幻想」方向に寄った作品集と云うのは珍しいかもしれない。
東氏は以前、過去の名作を集めた「怪猫鬼談」と云う本も編んでいるが、
合わせて読めば、日本の猫奇譚への理解も一段と深まると云うものだろう。
そう云えばこの本に連動したのか、「幽」の最新号も猫特集だったなぁ・・・・

さてそれでは収録作品をざっと見て行こう。
「猫花火/加門七海」この作者にしては珍しいド真ん中の宮澤賢治風な、
賑やかな幻想譚。ラストに怪しげな博士が登場する所もそれっぽい。
「猫の湯/長島槇子」ファルスとでも呼びたい中々に昭和文学風な格調の高さで、
締めが何処と無く落語風な所も面白い。
「猫眼鏡/谷山浩子」作者らしいすっとんきょうな雰囲気を持った作品。
その歌や風貌同様に、流石に世界観が完成されているな~と感じさせる出来。
「猫書店/秋里光彦」萩原朔太郎の「猫町」に捧げられた作品で、
都市の民話とでも呼べる様な内容。古本屋好きにはたまらない話である。
「花喰い猫/寮美千子」中々泣ける話である。子供の頃、大きな薔薇園の有る家に
住む友人が居たのだが、その庭で遊んでいた頃を思い出す。
「猫坂/倉阪鬼一郎」話の捉えようによってホラーにも感じられるし、
幻想的な雰囲気も感じられる作品だ。少々都市伝説っぽい所も有ったりして・・・
「猫寺物語/佐藤弓生」中国の伝統的な神仙譚っぽい雰囲気を漂わせつつ、
こちらは澁澤龍彦に対するオマージュに成っている作品。
「妙猫/片桐京介」「抱かれ上手な猫」と云う表現に猫を飼った事のある人間は
深く頷きそうな、民話的と云うか仏教説話的と云うかクラシカルな作品。
「魔女猫/井辻朱美」魔女と黒猫と云う西洋的なモチーフを使った童話風な
作品ながら、自動人形制作の参考資料に「からくり儀衛門」とか「おおのべんきち」等、
我が国の有名なからくり師の記述が出て来る所が笑える。
「猫のサーカス/菊地秀行」正しくグロテスクなグランギニョールで、作者らしい。
「失猫症候群/片桐まみこ」この本の表紙等の味の有るイラストも手掛けた
作者による、愛猫を失った哀しみが可愛いイラストと供に迫って来る作品。
「猫波/霧島ケイ」擬猫化?した波の描写が面白いほのぼのとした作品。
ラストの貝殻に耳を当てると猫の鳴き声がする部分が非常にいい。
「猫闇/吉田知子」ファムファタール的な猫の化身の女との生活を描くが、
ある種のレトリックの様にも取れる話だ。
「猫女房/天沼春樹」猫の陰性が良く出た話だが「猫闇」と比べると
淡々とした感じが面白い。昔よく読んだ「奇妙な味の話」と云う言葉を思い出した。
「猫魂/化野燐」何気に諸星大二郎の作品を思い出してしまった。リインカネーション
な話しながら結末が肯定的でホラーっぽい感じが希薄な所が面白い。
「猫見/梶尾真治」霊を見る猫をコメディ的に捉えた作品。ラストのすっ惚けた感じが
なんとも可笑しくて不気味さは殆ど無い。
「四方猫/森真沙子」書かれた時代背景的な物も有るのかも知れないが、
何処か昭和文学風な、現実の酷薄さを猫の怪異で味付けした様な不気味さが巧い。
「とりかわりねこ/別役実」正しく作者御得意の不条理なファルス。
「蜜猫/皆川博子」狂人の父の論理が面白く、それを具現化する様な猫の存在も
不可思議だ。非常に幻想味の濃い密度の有る作品。
「猫鏡/花輪莞爾」人間に対する猫族と犬族の立場の違いなど、
物語と云うより猫族一般に関する興味深い考察集。生き物として猫が如何に
独立独歩かが窺い知れる。猫族を擁護する人間は必ず一読しなければいけない!

と云う訳で、一つ一つは短いが非常に充実した中身の濃いアンソロジーだ。
猫好きなら、泣けたり笑えたり、必ず好きな作品の一つも見付かろう。
個人的には「猫の湯」「妙猫」「猫波」辺りが好きな作品である。

さて、今度散歩の途中で猫の集会を見掛けた時は、
何気ない振りをして紛れんでみようかしらん。

↓人間に餌を与えさせてやっている猫族の姿

Nekoesa

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2006.09.07

秋の多磨霊園掃苔録

遊びに行った折には色々と物珍しい所に案内してくれる友人だが、
さすがに今回はネタが切れたと云う事で、ぶらりと多磨霊園に出掛けた。

都心でも物凄く墓場の多い所で生まれ育っただけに、
墓場は非常に馴染み深いし、日常的な場所なのだが、
細い路地が組み合わさり起伏の多い昔ながらな墓地を見慣れている身には、
こう云う郊外のフラットで造作の大きい霊園は面白い。
その日は良い秋晴れで、空にはいわし雲なんかが拡がっていたりして、
遮る物の少ない霊園の空が中々に気持ち良かった。

以前ここには山本五十六の墓なんぞを見に来た事が有ったが、
車で来てちゃっちゃと見て帰っただけだったので、
今回は少し霊園の中の有名人の墓を探訪してみようと云う事に決まった。
所が公営の霊園だから特定の墓を特別扱い出来ないからか知らないが、
霊園の中にそう云う案内板の様な物が皆無なのだ。
とりあえず霊園の管理所に行ってめぼしい所が示された地図を貰って来たのだが、
これが中々に解り難い地図で結構場所の特定に難儀した。

最初に与謝野鉄幹・晶子夫妻の墓所を探したのだが結局辿り着けず仕舞い。
その後、岡本太郎の墓を探してその辺をうろうろしていたら、
第三帝国の鉄兜をかぶった自転車に乗ったオヤジが親切に場所を教えてくれた。
安全の為にも頭にヘルメットは大事だが、何故それがナチスの鉄兜なのか?
岡本太郎ばりにシュールな展開に唸らされるが、
実際に目の当たりにする岡本太郎の墓は非常に素敵なオブジェで嬉しくなった。

Hakataro


プリミティブな荒々しさより、何かを見据えるが如き静謐さを感じさせる像で、
陽射しの関係で像に落ちた陰影が何とも云えぬ味わいを醸し出していた。
同じ墓所に両親の岡本一平・かの子夫妻の墓も有るのだが、
太郎のオブジェが両親の墓石に向き合っている所が何処か微笑ましい。
一平の墓は太郎の手による生命力が溢れた奇妙なオブジェなのだが、

Hakaippei

対してかの子の墓は割りと普通に菩薩像が刻み込まれた物だった。

Hakanoko


そう云う遺言なんだろうか?果てまたイノセントだったかの子への想いなのか?
まあ何はともあれ家族揃って温かみの感じられる墓所だった。

さてその後、場所を移動して三島由紀夫の墓を探索した。
本名の平岡で墓に入っているので気を付けないと見過ごしてしまう所だ。

Hakayukio


まあ個人としてではなく平岡家としての墓所なので別に本人の特性は無い訳だが、
何処と無く謹厳で几帳面な感じが墓から漂って来るのは、
単に本人に対するイメージの賜物なんだろうか?面白いところだ。

昼間の霊園は近所の皆さんが散策の場所として良く利用している。
ここでも近所の方が野良猫に餌をやっていたりしたのだが、
そのオバサンが我々に探していた北原白秋の墓所を教えてくれた。
ついでに教えてくれたのがホテル・ニュージャパンでお馴染みな横井英樹の墓と、
その裏にある「どぅゆ・あんだすたん・みすた・おおひら?」でお馴染みな?
「あ~う~」な大平正芳首相の墓である。
横井英樹の墓所は墓石と云うより小屋の様な体裁の不思議な墓であり、
後ろの方に廻ると何気にパイプの様なものがその小屋に繋がってる風にも見え、
あ~生前の教訓を生かして、火災報知器とスプリンクラー付きなのか?
と、黒い冗談の一つも飛ばしたくなる不思議な墓だった。
大平首相の墓は墓前でゴルフが出来そうな良い芝が拡がってたなぁ・・・・

Hakakusyu


さてトンカジョンこと北原白秋の墓は中々にモダンな感じの墓だった。
しかし白秋と言えば故郷の柳川に墓が有ると思っていたが、東京で骨を埋めた訳か。
お次は墓所の並びから、かなり古い一画と思える辺りに移動。
かなり密な区画が成されていて生い茂る植え込みも鬱蒼としている。
半ズボンを穿いている友人は墓に着いた時から蚊に大モテ状態だったが、
この一画に来て更に群がる蚊の大群に半キレ状態だった。
今やフェチな一作としてお馴染みな「蒲団」の作者、田山花袋の墓だが、
そんなやぶ蚊が群がる一画にポツンと控えめに有った。
自然主義文学の「田舎教師」や「蒲団」の作者らしいナチュラルな墓に、
さもありなんと云う感じで何処と無く納得させられた。

Hakatai


さていい加減、蚊にいい様にされまくりな友人が音を上げて来たので、
その近くに有る岸田劉生の墓で〆る事にした。
これがまた立木と藪に挟まれた更に鬱蒼とした中に有り、
自然石に掘り込んだ様な素朴な墓なので危うく見落とす所だった。

Hakaryusei


作風の変転が有った劉生だが、有名なのは教科書でお馴染みの「麗子微笑」だろう。
昨今、甲斐庄楠音や速水御舟等と並び「でろりの美」の代表作者として、
異端や悪趣味好きな人間に評価も高い劉生だが、
墓の感じから見ると初期の「切通しの写生」の頃の、ポスト印象派の感が強い。
中々、墓から窺い知れる故人の面影も面白い物だと感じる墓だった。

と云う訳で「掃苔録」と意気込んだ割には、あっさり蚊に負けたと云う感じである。
気候が良くなって来たら再度挑戦してみたいと意気込んだ初秋の夕暮れである。

(ちなみに多磨霊園の墓所に関しては
「歴史が眠る多磨霊園」http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/index.htmlと云うHPが非常に詳しくて参考にさせていただきました。)

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