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2006.11.30

御酉様の賑わい

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28日が今年の三の酉だったので、御酉様に出掛けた。

御酉様に関しては何時も一の酉が過ぎた辺りで近所の御酉様の広告で気が付き、
あ~行かなきゃなぁ・・・と思っている内に二の酉が過ぎて行ってたりする感じだ。
結構ここ何年も出掛けていないので久し振りに平日の夜に出掛けた訳である。

都内では割と方々で御酉様をやっていたりするが、
やはり御酉様と言えば本家本元の鷲神社と相場は決まっている。
普段はこじんまりとした神社だが、この時ばかりは正月の様な賑わいが楽しい。
昔は吉原堤の辺りから鷲神社までずっと露店が続いていたそうで、
それも一時は少なくなったが今年行ってみたら結構賑わいが戻っていた。
鷲神社の御酉様と言えば子供の頃、親に連れられて出掛けた事が有って、
吉原大門のけとばし屋(馬肉屋)「中江」で桜鍋を食した後に、
裏の方から鷲神社に向かって露店をひやかしながら歩いて行き、
鷲神社でお参りした後に名物の「八頭」を買って帰ったりした事を覚えている。
八頭は別名「頭の芋(とうのいも、かしらのいも)」と呼ばれて居て、
一つの芋から無数の芽が出る事から“子宝に恵まれる”縁起物とされていて、
他にも「人の頭に立つ様に出世出来る」とか云う目出度い食い物である。
里芋類が嫌いなので正直八頭も好きではないが、縁起物としては最高だ。
今でも神社の正面入り口の脇でちゃんと売っていて嬉しくなった。

昨今の御多分に漏れず外国人旅行者の姿も多く見られたが、
中々見られないエキゾチックな光景に笑みを浮かべている人も多い。
浅草寺の羽子板市とかに比べると御酉様は狭い境内に店が凝縮されていて、
亜熱帯の植物園の如く、目に痛い様な賑々しい極彩色感がたまらない。
裸電球に照らされた縁起物の飾りが恰もたわわに実る果実の様に見える。
それに輪を掛けてあちこちで木霊の様に商売成立の手打ちの音が鳴り響き、
ここは異郷のジャングルか?とでも云う気分にさせられる。
「福を掻き込む熊手」と云う発想も素晴らしいが装飾過剰な縁起物も、
異国の人には楽しいアイテムに見える事だろう。

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境内をぐるっと廻ったら、やはり露店をひやかさずにはおれない。
ひしめく人ごみを呑み込んで一般道の両側にずらりと軒を連ねた露店の姿は、
普段は巧妙に隠された亜細亜人種の血が一気に噴出した様で堪らない物がある。
亜細亜人種と言えばここ最近日本の祭りにも亜細亜的な味が加わって来ているが、
ここでもトネルケバブ屋が三軒も有ったし、タイラーメン屋も勿論健在だし、
韓国物に関しては、良く見掛けるチヂミに加えて、チャプチェ、トッポギ等、
「こんなもんまで有るのか!!」と云うラインナップで参戦していた。
中華に関してはシャ-ピンとか珍珠紅茶位しか見掛けなかったが、
手削麺屋とかマントウとか色々増えて行って欲しいもんである。

吉原に近い方に成ると店が巨大化して小さな居酒屋状に成っていた。
おでん等の鍋物のみならず、強力な火力で海鮮物を焼いていたりして、
はしごしたくなる様な雰囲気に溢れている。
「八つ目鰻」屋とか海鮮の乾き物の屋台が有ったりするのも珍しい。
でもって御酉様と言えば忘れちゃいけないのが「切山椒」屋と「七味唐辛子」屋。
昨今中々「切山椒」屋を見る事は少ないのだが御酉様に来ると必ず有るのが嬉しい。
「七味唐辛子」屋に関しては他の祭りで見掛ける事も多いのだが、
その時がたまたまなのか、他で見ると漫然と商売している所が多い。
しかしこことか浅草寺辺りで商っている「七味唐辛子」屋の売りは啖呵売だ。
店頭に並べられた色とりどりの香辛料を口上と供にすくって行って、
客の嗜好に合わせて軽快な動作で掻き混ぜてゆく。
袋に入れる時は必ずおまけの一すくいも忘れない所が名人芸である。
ついつい聞き惚れてしまう良い口跡で長居してしまうのが難点だ。

いや~やはり年の瀬は良いなぁ・・・

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2006.11.23

江戸と東京・浮世の巷に

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さて「秋に成ったんで展覧会にでも行くか」状態が持続しているので、
今回も展覧会ネタで行こう!
今回は江戸東京博物館で開催されている、ボストン美術館所蔵品で構成された、
「肉筆浮世絵展-江戸の誘惑」をクソ寒い雨の日曜に観に行った。

朝日新聞が協賛している関係上、広告が方々に掲載されていて御存知だろうが、
絵師、彫師、摺師の共同作業による複製画である所の浮世絵版画に対し、
肉筆画は西洋絵画同様に受注生産による一点物である。
故に貴重さに関しては言うまでも無いが、
絵師自身の引いた描線を見る事が出来ると云う点でも重要視される。
しかし同時に受注生産の美術品なだけに床の間に架ける様な上品な物が多い。
今回の展覧会でも所謂雅やかな題材の物が多く見られ、
絹本に描く関係上、殆ど日本画との差異が感じられず個人的に面白味は薄い。
勿論、春信や歌麿等の大家は「先生の描いた物」を所望されるだろうが、
多くは依頼主の意向を汲んだ作品が多いのでは無かろうか?
そう云う雅やかで上品な作品群に混じって現れる北斎の作品は、
明らかにルール違反と云うか印象強過ぎなシロモノで爆笑できる。

展覧会広告のメイン部分を飾る「鳳凰図屏風」等は小布施に有る、
東町祭屋台天井絵「鳳凰」図、辺りを連想してもう少し大きいと思っていたのだが、
八曲一隻と云う割には屏風では無く襖画の様でそのギャップが面白い。
しかしまあ圧倒されるのは端午の節句に軒先に掲げられた幟画である所の、
疱瘡除けの朱墨のみで描かれた「朱鍾馗図幟」だろう。
デカければ良いと云う物ではないが、何しろ迫力が違う。
朱墨のみで描かれたにしては陰影に富んだ鍾馗の立ち姿は見事だし、
これが5月の空の下はためく所を想像すると当時の子供達などは目が釘付けだろう。
そして更なる珍品と云うか逸品と云うか北斎の規格外さを感じさせるのは、
日用品である所の提灯に描かれた「提灯絵 龍虎・龍蛇」の二つである。
元々ボストンに所蔵されていた時は提灯から画が接がされた状態で有ったそうで、
その接がされた状態の写真も有ったのだが、確かに何ともお粗末なシロモノで、
迫力も何もこれぞ「画龍点睛を欠く」の如く尾羽打ち枯らした龍にしか見えない。
そこで元の姿に戻すべく復元作業が行われた訳であるが、
本物の提灯を使わずに提灯型のポリウレタンを元に使ったと云うのが面白い。
そして見事に復元された提灯が二つ供に展示されていたのだが、
あの尾羽打ち枯らした龍が、まさしく猛々しく甦っている。
曲面である事を意識して龍を描いた北斎の鬼才の賜物だろう、実に見事だ。

そして最後の方に展示して有って、それが有ると云う事は知らずに、
見た瞬間思わず苦笑してしまったのが鳥山石燕「百鬼夜行図巻」だ。
しかしこれ本来ならこの前観に行った「化けものの文化誌」展に有るべき物だろ?
いやこれが「石燕が描いた妖怪肉筆画では世界で唯一現存が確認されている」物、
だと言う事は解っているが何というかその余りに符号具合に笑うしかなかった。
まあ石燕の「百鬼夜行図」の版本の方は何処かの展覧会で御目に掛った事有るが、
肉筆画と云うのは当然初めて観た訳でちょっとテンションが上がった。

そう云う飛び道具(^^;的な作品以外だと、芝居小屋の表に掛けられていたらしい、
日に褪せた感じが何とも良い味出している鳥居清満の絵看板とか、
肉筆画でも相変わらずグロテスクなまでにデカダンな雰囲気の英泉の花魁とか、
北斎の娘、応為ことお栄による「三曲合奏図」が面白かった。
特にお栄の肉筆画は事の外出来が良くて、こんなに上手かったか?と云う感じだ。
それにしても北斎にお栄、そして居候の英泉こと善次郎と言えば、
思い出すのは今は無き杉浦日向子の名作「百日紅」か・・・

さてそんな杉浦日向子の在りし日の姿も拝めるのが、
同時開催中の荒木経惟の写真展「荒木経惟-東京人生」だ。
一通り廻ってみて、あれこの流れどこかで見た事有るなぁ・・・とか思ってたら、
何の事は無い数日前に本屋で同名の写真集を読んでいたのだった。
成るほど、あの本はこの展覧会を元に編集された物か?と納得した。

氏の過去の作品から東京をキーワードに再編集された展覧会な訳だが、
今更ながらエディター的なセンスの妙には感心させられる。
例えば氏の奥方が亡くなった時に、遺影と並んで雲の広がる空と、
雪の積もったベランダで遊ぶ愛猫の姿を並べる事で、
愛妻との死別による寂寥感が胸を抉るように迫ってくる。
当然写真集にもその様なセンスが発揮されていて感心する訳だが、
展覧会の立体的な写真構成がその感覚を更に際立たせていた。
特別に展示されていた、ベタ焼きの写真を張り込んだ荒木の手作りの写真集、
『スケッチブック写真帖』の数々もそう云うエディターセンスを感じさせる物だ。
魅力的なタイトルの写真帖が多くて、手に取って眺めてみたい気に成る。

しかし時代と供に華やぎを増す街に対してむしろ空白感を感じる風なのが、
氏の姿勢と供にこれが彼の「東京人生」なんだと云う思いも強くなる。
初期の代表作である「さっちん」に出て来る、生命力の塊の様なガキどもに対して、
ポートレートに写るモデル達の姿は恰も幽鬼の様に儚げだ。
両親、そして愛妻の遺影等個人的な記録が含まれたこの写真帖に、
氏・本人の遺影が加わった時に荒木経惟の「東京人生」は完結するのだろうか?

そんな事をつらつら考えながら閉館時間で慌ただしく、
雨にけぶる夕暮れの東京に放り出された・・・・寒い・・・

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2006.11.16

「魔都」上海

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「夜上海 夜上海 〔イ尓〕是個不夜城  華燈起 車聲響 歌舞昇平」

上海映画界の名花、周[王旋](チョウ・シュアン)が唄う名曲、
「夜上海」に乗せてお送りする今回ですが、
個人的な事から言わせて貰えば、「魔都」上海を最初に意識したのは、
ガキの頃に読んだ森川久美の漫画「蘇州夜曲」からだったと思う。

上海に流れ着いた日本人記者、本郷義明が遭遇する魔都の非情な現実、
各国の特務機関と秘密結社の血で血を洗う日常の中、
阿片の甘い煙に浮かんでは消える上海リリーと呼ばれる曰く有りげな美女、
そして本郷の相棒と成る凄腕の混血美少年・黄子満、
およそ少女漫画とは思えぬハードボイルな内容には圧倒されたもんだ。
おっそろしく画風が変わってしまってからの続編「南京路に花吹雪」も読んだが、
やはり「魔都」の魅力を凝縮した内容が素晴らしい一作目には及ばない。
今読むと時代のせいも有ってかなりステロタイプな内容だとは思うが、
何処か昔の探偵小説を髣髴とさせて偏愛度は今も変わらぬ作品である。

さて相も変わらずその様なイメージを抱きつつ本物の上海に出掛けたのは、
丁度「改革開放」のお陰で色々と開かれつつ有った15年程前の事に成る。
旅行の計画は同行の友人にお任せしていたのだが、
何と宿泊先が旧ブロードウェイ・マンション、現在の上海大厦であった。
当時も李香蘭絡みで知っていたそこに妙に興奮したもんだったが、
今考えてみるともう少しあの建物を味わっておくんだったと後悔する。
南京東路など確かに物凄い人ごみと賑やかな佇まいに驚かされたが、
当時はまだまだ香港などに比べると垢抜けなさの方が目立つ気がした。
しかし一番驚かされたのは、夜にガーデン・ブリッジを渡ってホテルに帰る為に、
工事中で薄暗がりの「外灘源」の脇を友人と歩いていた時の事、
流暢な日本語を操るポン引きに、女の斡旋を持ちかけられた時だ。
いや別に社会主義国家だからとて古典的なあの職業が絶滅する訳無いと思ってたが、
驚かされたのは「女?いらねえよ」と素気無く袖にしたポン引きが、
「それなら・・・男はどうですか?」と切り返して来たことだ。
本当に男娼も斡旋しているのか、単に売り言葉に買い言葉だったのかは知らねど、
「す、すげえ・・・魔都のポン引きは一味違う」と妙に感嘆してしまった。


さてそんな上海に関する本を何冊か読んだので紹介しよう。
まず最初は(時空旅行ガイド)とサブタイトルが付けられた「大上海」から。
1842年から1949年辺りまでの所謂オールド上海にハマった書き手達が、
それぞれ現代からオールド上海に思いを馳せた様な内容の本だ。
第一部が現代の街並みから過去の上海を思い浮かべながらの街歩きガイドで、
オールド上海ファンは必読の名著「上海歴史ガイドマップ」の著者、
木之内誠が執筆しているだけに相当に詳細な内容に成っていて面白い。
あの本が出て以降、上海の街は更なる加速度で変わり続けているだけに、
いずれは改訂版を出版したいと云う著者の、更なる1歩とでも言える内容だ。
合間に挿入されたコラムも興味深い内容が多かった。
これがしかし第二部「悦楽の大上海」と成ると途端に砕けた内容に成って、
どうにも微妙にこちらの想像したトーンと違った物に成って来る。
今回も「点石斎画報」で勝負か!の武田雅哉教授の執筆した物とか、
冒頭の著者のコレクションも含むモダン・ポスター・アート等は良いのだが、
「月光」辺りに載っているのならまだしもな「萌え」的な蒋介石ネタとか、
横山剣が出て来る未来のダンスホールネタなどはなんだかなぁ・・・である。
確かに帯タタキの「租界時代の上海にハマった書き手が送るディープでコアな・・」
と云う部分の一環だとは思うが、どうなんでしょうねぇ・・・
貪欲に色々な部分にネタを拡げて多方面から愛でようと云う意図は解るのだが、
ネタを拡大させ過ぎてある種焦点がボケてしまった様な感じがする。
結果ディープなファンには喰い足りない部分が多く、
初心者には訳が解らない所が多く成ってしまった様な気がする。

余談だが上海に出掛けた時は、とにかく旧城内の古い街並みを歩きまくった。
北京の街を象徴する「胡同(フートン」に対して、
上海の「里弄(リーロン)」が面白くて、色々な様式の横丁を散策した。
現在はどちらも再開発でかなり取り壊されていると云う話を聞くが、
あの街並みに思い入れが有るだけに余計、上海や北京への足が遠のく。
そこで見掛けたのが馬桶(マートン)、所謂家庭用おまるの存在だ。
里弄は古い建物なだけに内部に水洗便所が存在しない。
用はそこで足して朝に成ると回収屋がやって来て中身を回収し洗浄してくれる。
その馬桶が逆さに干してあったりする訳だ、噂には聴いていたが凄い光景だった。
ちなみに公衆便所も壷に用を足して、後に壷ごと回収する様だった。
浦東に佇むテレビ塔と里弄の馬桶、どちらも魔都では無い上海の日常である・・・

さてお次は何故この雑誌が上海特集を?と云う感じの「東京人」の11月号。
流石に写真は綺麗だし、李香蘭・山口淑子の対談など読ませ所は多い。
と、同時に巻末の都市再開発の3大デベロッパー特集に出て来る、
「森ビル」が上海で手掛ける「上海環球金融中心」の提灯記事が出てる所もミソだ。
まあ近代建築や再開発の事には余り興味が無いので、
面白かったのは、森まゆみによる上海のサロン文化に関するルポと、
張競教授による「大正作家達の上海表象」なんかの文系記事が面白かった。
三井洋行、内山書店、上海画廊と云う三つの場所を通して、
上海に集うに日本人の姿を追った前者は、やはり内山完造の話が興味深い。
後者は村松梢風の造語による件の「魔都」と云う上海をイメージ付けた言葉が、
如何にして生成されたかを芥川龍之介の「上海遊記」と比較して検証する力作だ。
他に作家の桐島洋子によるブロードウェイ・マンション滞在時に起こった、
日本軍部による黄浦江停泊中の米艦爆破そして外灘の接収を目撃した話が、
何とも言えぬ緊迫感で迫って来て素晴らしい。

さて最後に紹介するのは読んだのは随分と前だが、紹介する機会を逸していたので、
「上海」括りでここで紹介したい「外地探偵小説集/上海篇」である。
今回は冒頭にグレゴリ青山の手による味の有るイラストを配した、
「探偵小説的上海案内」と云うコーナーが設けられていて、これがすこぶる良い。
魔都上海に感心の有る人間には今更な話ばかりでは有るが、導入としては最高だ。
さて今回も初出発表順に作品が並べられていて、前回も同様に感じた事だが、
牧歌的なややのんびりした内容の作品が時代供に殺伐とした空気を帯びてくる。
まあ当然の様に時局とリンクしている訳だから殺伐として来るのも当り前なのだが、
そう成って来ると、やはり後半の作品に小説読みの醍醐味が有る作品が集中する。
面白かったのはやはり最後の2編、戸板康二の「ヘレン・テリスの家」と、
生島治郎の「鉄の棺」が断トツだろう。
正しく作者の真骨頂な弾丸が乱舞するハードボイルド描写がたまらない後者に、
現代から過去の謎を解いて行く前者は推理小説の旨味が詰まっている。
ただ「探偵小説」と云う様な観点からすると若干洗練され過ぎな所が難だ。
ベタな設定や派手な舞台が見所の、愛すべき「探偵小説」好きには、
悲劇のヒロインの儚さが何とも良い味わいな白須賀六郎の「九人目の殺人」、
闇の勢力が跋扈する上海を駆け抜ける、探偵か密偵か怪盗か?
謎の男「王黒龍」が最高にイカしている木村荘十の「国際小説・上海」が最高だ。
しかし編者も解説に書いているがこの上海篇の殆どの作品に共通するテーマは
「騙し」や「裏切り」と言った非情で殺伐としたテーマの作品が多い。
探偵小説は基本的に都市の文学だが、上海と言えば東京以上に国際的都市である。
それだけにそう云う殺伐としたテーマが話の主流に成って来るのかもしれない。

さて上海はまた違った意味で「魔都」と云う形容をその身に纏おうとしている。
2010年に開催される万博までその変貌は天井知らずに続くのだろう。
しかしその開発が爛熟を迎えた後に、再び上海は甘く腐った香りで、
放浪者や遊蕩者を誘き寄せるのだろうか?
「魔都」に夢破れた地霊が呼び寄せる悪徳の夢は、さて何時まで続く事やら・・・


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2006.11.11

「化けものの文化誌」展

「ハナアルキ」を御存知だろうか?

太平洋戦争時に、フランス領はハイアイアイ群島で発見された、
その島周辺のみで生息が確認される独自の進化を遂げた驚くべき種族で、
所謂、動物の鼻に当たる部分がのみが極端に進化・先鋭化し、
そこの器官で歩行したり、食糧を捕獲したり、はては飛行種まで居ると云う、
「哺乳類鼻行目」に分類される驚くべき生物だ

島に渡った学者の手による詳細な報告が残されたが、
なんと後にフランスによる核実験により群島諸共水没してしまい、
結局その学術報告と不鮮明な写真が幾点か残されたのみの幻の生物・・・・

そんな驚くべき生き物なのに聞いた事が無い、と?
そう、実はこれは偽書・・・と云うか学術書を装った創作なのである。
ハラルト・シュテンプケと云うドイツの作家が書いた「鼻行類」と云う本で、
正に中国の奇書中の奇書である「山海経」を髣髴とさせる幻獣事典なのである。

プリニウスを始祖に持つ「博物学」を現代に提唱するかの荒俣宏が、
何の因果か国営テレビの市民大学で「博物学」と云う番組を持った時、
その最終回で種明かしもせずに、この「鼻行類」を模型ごと紹介していた。
「オイオイ、良いのかよ?」と爆笑しつつも、それは荒俣が良く言っていた、
「博物学とは現存している物を分類する学問では無く、
想像上の生き物でさえも分類・研究する学問である」と云う主旨に合致している。

その点に於いて、今回観に行った国立科学博物館で開催されていた、
「化けものの文化誌」展は非常に「博物学」的な展覧会だったと言える。

まず最初に驚いたのが国立の博物館でそんないかがわしい内容の展示が有る事だ。
展示される「人魚のミイラ」「天狗のミイラ」「河童の手」なんぞは、
どう考えても因果物の見世物でお目に掛る品物である。
素晴らしい!見世物好きは出掛けん訳には行かない展覧会である。
と云う訳で開催期日も終わりに近付いた日曜日に出掛けた訳なのだが、
これがもう、物凄い人だかりなんである。
同時期に開催しているアカデミックな「ミイラと古代エジプト展」等と云う、
いかがわしくない展覧会のせいもあるのか、会場に入れない位の人出である。
目玉であるミイラ関係の他に「妖怪絵巻」や「本草綱目」等の、
書物関係も色々と取り揃えて有ったらしいのだが、殆ど見れやしない。
人波が滞ると困るので係員が「ここら辺は書物です、ミイラはあちらです」等と、
暗に「書物は飛ばして行け」と言わんばかりの誘導をしていて笑った。
ミイラは客の頭越しから覗いた位でじっくりと拝めなかったが、
エイか何かを素体に使ったと思しき双頭の人魚のミイラは結構良かった。
もう1体の人魚のミイラ?らしき物は非常に良く見る造形の物だった。
下に写真を載せたフランスに渡っている人魚のミイラと良く似ている。
やはりこれは製作者の方にマニュアルの様な物が有ったと云う事だろうか?
現在のフィギュア造形にも通じる日本人の良い手仕事具合が感じられる作品だ。
で、会場は2箇所に別けられていて第2会場の方は所謂研究者サイドと云うか、
寺田寅彦や中谷宇吉郎等の科学者、柳田國男や南方熊楠等の民俗学者、
そして妖怪博士でお馴染みな井上円了博士等の展示が有った。
展示の流れとしては解らなくは無いが、やはり面白味に欠ける内容なだけに、
ここまで来ると客は半分位でしかもサクサクと客の足も進んでいた。

少し前に出掛けて美術館の入り口で止めた「ダリ展」同様に、
何だってこんなに人が多いんだかと少々うんざりはしたが、
実はミイラに群がる客と客を誘導する係員の雰囲気にウキウキしたのも確かだ。
何でそんな情況に気持ち悪くウキウキしていたのかと言えば、
国立の博物館が紛れも無く「見世物」その物に変容していたからに他ならない。
どんなに科学的な御題目を唱え様と民衆が見たいのは奇異な物・猟奇な物だ。
あの建物の一画は間違いなく神社の境内のテント掛けの見世物小屋に変じていた。
ソースの焦げる臭いや裸電球の明々とした光り、ラジオの音は無かったけれど、
係員の誘導の声さえ、テキヤのコマしの声に聞こえたりしたもんだ。

そう云う点でいえばあの展示方法は見世物的には失格だったとしか言えない。
会場の奥に高台を作ってそこに幕を引き、横でマイクを片手に因果物を語り、
客が集まって来たら幕を引いて「さあ、とくと御覧アレ」とやる訳だ。
そしてまた幕を引き固まった客を横の展示に流し新しい客を幕前に集める。
こうすれば客も巧くさばけるし順路通りに客を流す事が出来る。
「御代は観てのお帰りに」等と啖呵で客をコマす必要が無い訳だから、
是非ともその位のサービスは見せて欲しいもんである・・・・まあ無理だろうが。


そのついでに同時開催されていた「南方熊楠」展も観て来た。
「化け物」に「熊楠」とは、なんとも博物学的な組み合わせではないか!
こちらは更にぐっと客も少なくてゆっくりと鑑賞出来た。
視聴覚資料が充実していてそこは一々見て廻るほどの余裕は無かったのだが、
熊楠本人の資料に関してはそこそこ充実していて楽しめた。
膨らんだノートが迫力の採集帖や大英図書館の貸出証など珍しかったが、
本物ではない物の、昭和天皇に御進講した時に標本を入れて持参したと云う、
有名な森永のミルクキャラメルの箱の同じ物が展示されていて嬉しかった。

今回の展覧会、喰い足りなさは有る物の非常に楽しめた。
今後とも是非ともこの様な怪しい展覧会を企画して欲しいもんである。
博物館をあの怪しくも魅惑な見世物小屋に立ち返らせる様な・・・・・

Ningyo01


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2006.11.02

「ヨコハマ買い出し紀行」最終巻

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ちょっと前の事だが「ヨコハマ買い出し紀行」が14巻で完結した。

読み始めの頃はまだ掲載誌「アフタヌーン」を買って読んでいたのだが、
何時の間にかコミックの新刊で読み継ぐ様に成ってしまった。
帯に「12年分の思い出が詰まった・・・」等と書かれているので、
結局12年もの長きに渡って連載されていた事に成る訳だ。
長いなぁ・・・12年か。

「ヨコハマ買い出し紀行」は世界観が話しの中に散見するだけで、
細かい設定は余り明記されて居ないが、所謂「終末SF」とでも呼べる作品だ。
何らかの理由で平地が殆ど水没している未来の神奈川県辺りの話で、
SFといっても生活形態は殆ど昭和30年代くらいの世界に成っていて、
SF的と言えるのは主役のアルファさんがロボットだと云う事位だ。

とは云えその主役のアルファさんにしても見掛けや行動そして思考までも、
殆ど普通の人間と変わりは無く、周囲も人間と同様に接している。
話の中頃で雷に打たれてレストアされるシーンが出て来るが、
それらを抜かすとほぼ人間と変わりなく設定されている。

読んでいる内に、その淡々とした話の進み方からそう云う設定を忘れて、
来客の少ない喫茶店を営む「癒し」系のアルファさんとその周囲の話、
みたいな感じでまったりと進んで行ってしまうのだが、
最終巻に成って急に根幹の「終末SF」的な雰囲気が濃厚に成って来た。

話の中心に居たアルファさんの周辺の登場人物が軒並み歳を重ねる。
アルファさんに懐いていた少年は青年に成り僅かに残った都会に出て行く。
少年に憧れていた少女は都会まで追い掛けて行き、そこで所帯を持つ。
里帰りした嘗ての少女とその娘は、母が見たと同じ様に沼に棲む不思議な生き物、
「ミサゴ」を見る事で一つの歴史が廻る。
アルファさんをレストアした老女性科学者は老いとその先の死を意識し、
達観した思いと思い出の品をアルファさんに託す。
良い味を出していた少年の祖父であるスタンドの爺さんも、
書かれては居ないが多分亡くなったのであろう。

読者が遊んでいた心地よく流れる淡々とした空気と登場人物たちは、
何時の間にか何処かへ流れ、消え、街の水没や荒廃はゆっくりと進み、
しかしアルファさんは最初から何も変わらず、更に客の少なくなった喫茶店で、
自分だけ何も変わらない日常を過ごす、ロボットだから・・・・
最終回1話手前の回で、アルファさんは荒廃の進んだ周囲を歩く。
視覚と直接繋がったカメラで周囲の風景を記録して歩く。
空に放ったカメラが低空で自分とその周囲の荒廃した風景を捉える。
その寂寥感、孤独感・・・・そして終末感。
あ~・・・まるでJ・G・バラードが描く終末世界の様なハードさである。

人の住む所の明かりや道を照らす街灯が消えた場所に、
道や街の輪郭をなぞるように現れる、幻の様な青い灯り。
昔、街が在った所や人が佇んでいた場所に現れる、
地面が覚えている人の記憶が型作った、白い人型キノコや街灯の木。
そんなさりげない幻想的なアイテムも実に魅力的である。
されでもアルファさんが喫茶店を続けるのは、
話に全く登場しない「オーナー」に店を託されたからなのだが、
結局そのオーナーは最後までその姿を見せず、
年月と供に目的が曖昧に成ったまま、アルファさんは店を続けるのだ。

年月と供に目的が曖昧に成ったまま旅を続ける者と言えば、
地球の上空を何の目的だか周回続ける鳥の様な飛行機に乗った、
アルファさんと殆ど変わらない、同型のロボットの女性が居る。
アルファさんが地に留まり人と交わり終末を見続ける者なら、
彼女は遥かな高みの上から地上の終末を見続ける者だと言えよう。
同じ雛形から創り出された同じ想いを持って生きる仲間は、
結局最後まで交わる事無くその存在は最後まで明らかにされぬまま終る。
きっとこの地上に生きる彼女達は誰かが与えた指示の元、
この世界の行く末を最後の時まで見続ける、記録者であるのかも知れない。

最終回はそれでも微かに温かな空気を孕んで終る。
同じ雛形から創られたもう一人の仲間、ココネがアルファさんと同居を始めた様だ。
半ば永劫の時を生きる2人は多分地上から人が完全に消えて行っても、
客など来る筈の無い喫茶店で何も変わらず日々を過ごすのだろう。
懐かしい者たちが次々と老いて土に還って行っても、変わらずに。
その機能が停止する時まで、二人っきりで・・・・

結局、柔らかな画や優しい話と云うフィルターを通しているからこそ、
その世界の向うに有る虚無的な未来を思わずには居れない。
こう云うのは漫画と云うメディアだからこそ産まれ得る世界だと思う次第だ。

とは云え確かまだ雑誌を読んでいた時点で誌面に載っていたニュースか何かで、
OVA化だか声のドラマ化だかされた様な記憶が有るのだが、
その辺の所は疎くて全然わからない。
それ程マニアの皆さんが萌える様な内容だとは思わないのだが、
需要は有ったんだろうか?

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