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2006.12.28

怪談専門誌「幽」第六号発売

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さてさて今回も滞り無く日本初の怪談専門誌「幽」の六号が発売された。

今回は「幽」怪談文学賞なるものまで設立され正に磐石な勢いだ。
本の厚みも更に増え充実度も増して来ている、全くもって何の問題も無い。
何の問題も無いのだが・・・・正直今回は思ったほど楽しめなかった。
掲載作品に関しては色々と個人的な好みもあるとは思うのだが、
今回低調に感じたのは特集の一の「江戸の怪」が余り面白くなかったと云う事。

江戸怪談研究の碩学・高田衛と堤邦彦の対談は中々示唆に富む内容で、
それに付随した西鶴の「闇の手がた」の採録も面白かったのだが、
京極夏彦の「旧耳袋」で多くのページを採るのは若干お手盛り感が過ぎるし、
宮部みゆきとの対談も取り立てて面白い内容では無かった。
しかし一番何とも言えない気分に成ったのは毎度恒例の「日本怪談紀行」だ。
今回は「江戸の怪」と云う事で浅草寺、花川戸、吉原、三ノ輪、橋場、両国、本所、
と言った辺りをおなじみの面々が探訪すると云う企画である。
まあ確かに最初から若干オカルトじみたコーナーでは有るが、
今までは余り馴染みの無い地方だっただけにそれほど気に成らなかった訳だが、
今回廻った場所は実際に殆ど自分でも出掛けて行った事の有る場所ばかりで、
故にその余りのはしゃぎっぷりに何とも言えない気分に成った。
「霊感の無い人間には解らないだろう」と言われればハイ、それまでよな話だが、
果たしてそんなにも妖しい場所だっただろうか?
学生時代に「見える」女子に感化されて霊が見えた大騒ぎする集団の如く、
何処か騒がれれば騒がれただけ引いてしまうような部分が有る。
また出掛けてみるかなぁ・・・・まあ何度行っても駄目な奴は駄目なんだろうが。
それに付随した巻頭のカラー写真も正直印象に残らない物ばかりだった。
地方に比べれば圧倒的に画に成る場所が少ないのは良く解るが、
その場を知っているだけにもう少しマシな所は有った様な気がするし、
編集のチョイスなのか、写真家の意図なのかは知らないが
「その場で盛り上がっていた人間しか解らない」様な画が多く見られた気がする。

その点似た様な企画であるが「やじきた怪談旅日記」が楽しめたのは、
やはりそれが既知の場所ではないからなのだろうか?
構造のおかしい部屋や無意味なヒノキ風呂の写真など只者ではない感じがする。
木原浩勝氏が建築業者に聞く怪談も中々斬新なネタが多く楽しめた。

反面今回は連載小説群が個人的に低調な感じがした。
平山、福澤、小野の三氏の実話怪談は単純に好みの問題だとは思うが、
初めて現代物を書いた山白朝子の作品は時代物ほどの迫力は感じなかったし、
「テツの怪談」と云う、或る意味鉱脈を発見したなぁ・・・と感嘆した、
有栖川有栖の作品は、鉄道が絡みはする物の凡庸な怪奇小説風で残念だった。
「テツ(鉄道オタク)」絡みの話ならもっと色々有ると思うのだがなぁ・・・・
対して山男ネタな安曇潤平の「山の霊異記」は毎回安定した出来で見事だ。
今回の結核患者のサナトリウム跡の話はビジュアル的にも非常に怖い。
今回新しく始まった京極夏彦の「幽談」は、怪談と呼べる様な内容ではないが、
何処か川端康成辺りが手掛けそうな硬質な幻想小説で今後に期待出来る。

第二特集である「幽」怪談文学賞は、
選考会の対談の模様が前回にの平山・福澤対談に引き続き、
文章による怪談技法の要諦を標していて中々興味深い対談に成っていた。
今回掲載された受賞作「るんびにの子供」は、
好みの問題も有ると思うが、怪談と云うより心理小説っぽい感じがした。
余談だが「るんびに幼稚園」と云う名前の幼稚園は近所にも有って、
馴染みが有るだけに選考委員が言うほどタイトルにインパクトは感じなかったし、
しかも怪異が「るんびに幼稚園」以外で起こっている話なだけに、
その内容で「るんびにの子供」って云うのはナシだよなぁ・・・等と感じた。

と云う訳でいまいち不満が残った今回の第6号であるが、
今後は誌上で発掘した新しい力を含めてがんばって行って欲しい物である。

(^_^;・・・・・何気に良く有るまとめ方だなぁ・・・)

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2006.12.27

ジェームス・ブラウンは永遠に

天才、などと云う行き方とは無縁だ。

彼は血の滲む様な努力をして「Mr Dynamaite」に成ったのだ。

周囲の無理解、レーベルの搾取、人種差別、それら総てと闘い、

持てる精力の総てを注ぎ、ただただ客を熱狂させる為に踊り、歌い、叫んだ、

だから人は彼を「The Hardest Working Man In Show Business」と称えた。

「声を大にして叫べ、俺は黒い、そしてそれに誇りを持っている」

同胞たちは「Soul Brother No.1」の叫びに勇気付けられ、立ち上がった。

彼は政治屋か?それとも聖人にでも成る気でいたのか?とんでもない!

彼は常に「Super Bad」だしセクシャルな匂いを漂わせた「Sex Machine」だ。

だって奴は「JB」なんだぜ? 「Funky President」なんだから。

キリスト様の御誕生日にあの世に行くなんて、普通の奴に出来るかい?

「Are You Ready For Star Time?」あの世のオーディエンスはどうだい大統領!

あの世のオーティスやサム・クックもうかうかしてられないね。

ああ、今にも空から彼のあの声が聴こえて来る様だ、

「I Feeee~eeeee~eeee~le G~ooooooooood!!!!!」

R×I×P Mr.JAMES BROWN Forever And Ever!!!


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また何処かで逢おうぜ!Brother&Sister!

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2006.12.21

竹中英太郎と妖しの挿絵展

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近場なのを良い事に今回も会期終了間際に成って出掛けた弥生美術館、
今回は生誕百年を記念した「竹中英太郎と妖しの挿絵展」である。
確か以前にも英太郎の展覧会は有った様な気がしたのだが、
あれは松野一夫も含めた探偵小説の挿絵展だったろうか?

さて竹中英太郎と言えば探偵小説を語る時には外せない画家の一人な訳だが、
それもこれも江戸川乱歩、横溝正史、夢野久作などと云う、
きらめく大看板の挿絵を担当していたからに他ならない。
特に後に作中人物である「大江春泥」の名前に執拗に拘りをみせた、
乱歩の傑作「陰獣」の挿絵は名作の誉れも高く今展の見せ場の一つである。
デッサン画の如く、紙質もあらわに淡く浮き上がった様に描かれる挿絵は、
粘着質な作品世界を何処か夢幻能の様な夢現の世界に中和してくれる。
しかしそれは輪郭が曖昧なだけに心霊写真の様な不気味さも内包するのだ。
そう云えば松野一夫が手掛けた小栗蟲太郎の「黒死館殺人事件」も
「陰獣」同様モノクロで意図的に変ったタッチの作品だったのは面白い。

対して明瞭な線で描かれた横溝の「鬼火」は恰も野芝居の舞台画の様で、
悪どく見得を切る登場人物の異形さが、独特の禍々しさを持って迫って来る。
頭でっかちで4頭身のデッサンが狂った様なその姿は、
渓斎英泉が描く花魁の様にグロテスクな奇形美に溢れている。
ペンと薄墨によって描き出される人物は今にも呻きだしそうな存在感があり、
今にも「代ちゃん、あばね」と云う作中の呟きが聞えて来そうだ。
余談だが戦前の結核療養中の横溝が手掛けた幻想味溢れる作品は大好きで、
金田一耕介シリーズしか知らない読者にはかなり新鮮に映ると思う。
今回同時期の作品で名作「真珠郎」の挿絵も公開されていたが、
(挿絵画家の名前を失念、しかし真珠郎の挿絵を見たのは初めてだ!)
それらと比べても「鬼火」の邪悪さや淫靡さは際立っている。
しかし人が作品を呼ぶのか作品が人を選ぶのか知らないが、
乱歩が悪ノリして人体損壊場面を書き散らし、後で酷く反省したと云う、
一部に大好評な「盲獣」の挿絵も竹中が描いていると云う所に何か因縁を感じる。

基本的に挿絵画家は器用に色々な画風を作品毎に書分けたりするが、
竹中もその例に洩れず、少し意外な画風の作品も残していたりする。
「鬼火」辺りだけを見れば余り画が上手くない、と思い込む人も居るだろうが、
デッサンのしっかりとした当世風の作品も多く手掛けている。
そのタッチは同世代の挿絵画家同様にビアズリーの影響が大きいが、
それを抜け出し独自の奇形美的な方向へ指向出来た事が大きかったと思う。
挿絵以外の作品と成ると戦後息子の竹中労と組んだ仕事が殆どだが、
その作品は既に竹中英太郎としての芸風が完全に現れている。
そう、あの淡い輪郭に熱帯の生き物の様な極彩色が絡み合ったあの画風である。
色彩だけを見ればサイケデリックなのにサイケなだけに陥らないのは、
土俗的なモチーフと内に孕んだ反骨の熱情がそうさせるからなのか?
映画「戒厳令の夜」の(南米の画家パブロ・ロペスの作品)と云う体で描かれた、
竹中の油絵作品が意外なほどそれまでと違和感が無いのが面白い。

しかし挿絵の展覧会でいつも思うのは展示の仕方が難しいと云う所だ。
元の絵自体が大きくないし、本文組との関係で細切れの様なカットが多い。
所謂「一枚の絵」としては少々ポイントに欠ける展示しか出来ないのが難だ。
かといって掲載誌を見開きで展示しても「原画じゃないのか?」と云う事に成るし、
もう少し間近で、タッチが確認出来る位の展示だと嬉しかったりする。

さて出来れば丸ごと竹中英太郎でまとめて欲しかった所なのだが、
タイトルに有る様に同時代の挿絵画家達の作品も同時展示されていた。
以前ここで展覧会が有った時は2度も足を運んでしまった、
「橘小夢」の作品に久し振りにお目に掛れてたのが非常に嬉しい。
今度は是非「水島爾保布(みずしまにおう)」の展覧会が見たいもんだ・・・

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2006.12.12

平山夢明氏「このミス」首位奪取おめでとう!

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先日書店に行った折、毎年恒例の「このミステリーがすごい!」が出ていた。
昔は良くこれを参考にミステリーを買ったりしていたが最近はトンと御無沙汰だ。
一応今年はどんな物が面白いのがチェックはしているので今年も手に取ったのだが、
国内編の一位を見た時に、つい声が洩れそうになった。
信じられない事に今年のベスト1は、何とあのデルモンテ・・・・もとい、
平山夢明氏の短篇集「独白するユニバーサル横メルカトル」だったのだ!
が~これは凄い!凄いと云うかヤバイ。
昨今の地べたに座るガキの口癖の様で申し訳ないが、かなり↑ヤバイ。

「このミス」で一位を取った本と云えば、
大型書店ではそこらの文学賞受賞作なんかよりも大量に平積みされる訳である。
実際神保町の某大型書店には麗々しくこの本が山積みされていた。
禍々しい装丁の書籍が並ぶ一画を見て「凄い事に成ったなぁ・・・」と呟く。
なんせ内容が内容である・・・・激しく人を選ぶ中身なだけに、
所謂、良識派と自認する非常識な連中が難癖付けて来ないか気懸かりだ。

平山氏と言えば一般に「怖い本」「東京伝説」シリーズで、
実話怪談の人として有名らしいし、本書の帯にもそう紹介されているが、
デルモンテ平山の名前はライターとして、そして鬼畜作家としてこそ御馴染みだ。
デルモンテではなく平山夢明としてその凄みを知ったのは、
やはり井上雅彦編集の「異形シリーズ」に掲載された一連の狂った作品からだ。
かつての探偵小説の如くホラーや怪奇、SF、ファンタジー、アバンギャルドなど、
あらゆるジャンルを呑み込むあの企画が有ったからこそ世に出された作品は多く、
その中でも田中啓文や牧野修などと並んで一際異彩を放っていたのが平山氏だった。
そんな中で発売されたのが知られざる傑作長編「メルキオールの惨劇」だ。
依頼を受けた「俺」が調査に赴くと云うハードボイルドのスタイルを借りながら、
その「俺」も含めて、まともな人間が一人も出て来ない異常さ、
狂ったディテール、刺す様な言葉、異常な展開と残忍な事実、
こんな物何処でも読んだ事が無いぶっ飛んだ世界に頭がヒートしそうだった。
そしてその後、平山氏の著作を捜して文庫に成った「異常快楽殺人」を読んだ。
これは創作ではなく実際の「異常快楽殺人」犯を扱った本なのだが、
「テキサス・チェ-ンソー」や「サイコ」の元ネタ・エドワード・ゲインや、
「ハンニバル・レクター」の元ネタ、獄中の捜査官ヘンリー・ルー・ルーカス、
殺人ピエロのジョン・ウェイン・ゲイシー、ロシアの代表のチカチーロ、
冷徹な人肉食魔ジェフリー・ダーマー等など、
シリアルキラーのオリンピックとで云う様な酸鼻を極めた書籍である。
この辺のシリアルキラーへの関心やライター時代のスプラッタ映画への興味が、
今の平山夢明の文字通り血肉と成っているのが良く解る。
この辺の作品やノヴェルズで出ていた「Sinker」なんかも、
今回の一位奪取で再販される事に成るだろう。
「独白するユニバーサル~」が気に入った人は「メルキオール~」は必読だ!

そう言えば思い出すのが「独白するユニバーサル~」が出版さてしばらくして、
書店に買いに出掛けたのだが何処へ行っても見掛けない事が有った。
あの時期に本読みの間でバッと噂が広がり初版を売り切ったのだろう。
そう考えれば今回の一位の訳もおぼろげながら解って来る。
しかし返す返すもこの様な鬼畜な小説が大量に並んでいる様は凄い物がある。
鬼畜系の小説と言えば初期の頃の友成純一を忘れてはいけないが、
アレも一部で好事家がこっそりと愛好していた様な物だった。
人体損壊場面や鬼畜な陵辱場面では友成純一も平山に決して引けは取らないが、
何処か映画的な、と云うかやり過ぎな感じが、
今を時めくピーター・ジャクソンの「ブレインデッド」辺りを髣髴とさせ、
はちゃめちゃさが有ってそこがまた面白かったりするのだが、
平山夢明が書く様な突き放した様な酸鼻さが無かったりするのは確かだ。
平山夢明の書く物は毎度シチュエーションの奇矯さにも驚かされるが、
(と云うのも異形シリーズに書く場合、テーマの括りが有るからなのだが)
97パーセントの凄惨で醜悪で鬼畜な世界の中に、
3パーセントの僅かなメルヘンの様な物が混在している所がまた魅力的なのだ。
薦めない、薦めはしないが、今日と違う明日が見てみたい人には良いかも知れない。

書店の中央に鎮座する「最高に泣ける1冊」とか「号泣必至本」等など、
思考停止した様な本が97パーセントを占める昨今、
鮮血の染みの如き3パーセントの忌まわしき本が並ぶと云うのは、
それはそれで面白い事なのかもしれない・・・・

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2006.12.08

ようこそ「ブラック・パレード」へ!

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バンドが化ける瞬間と云うのはこう云う事か!と思わせる、
マイ・ケミカル・ロマンスの新作「The Black Parade」である。

今更何を!と昔からのファンには言われるかも知れないが、
正直前作に関しては余り記憶に残っていない。
安いイラストのジャケを見せられて「ああ、そうか」と思い出したくらいで、
結構なヒットを飛ばしているらしいと云うのは聞いていたが、
「あ~何か昨今良く有る感じの音な」程度の意識しかなかった。

「今回は何か違う」と思わせるのは、まず格段に美しく禍々しいジャケである。
タイトルに合わせたパレードの隊服を着た髑髏のイラストにそそられた。
そのイラストは中ジャケ、盤面、インナーへとトータライズされているのだが、
特に中ジャケのパレードの全容が窺える横長のイラストが素晴らしい。
そしてそれは同じくパレードの隊服を意識させるメンバーの衣装へと繋がり、
アルバムタイトルが示す「ブラック・パレード」へと意識を向けさせる。
素晴らしくコンセプチュアルでトータリティ溢れる意匠である。

そう、正しくこのアルバムはコンセプトに基づいた作品なのである。
死に行く人間をあの世へと誘う存在が「ブラック・パレード」であり、
アルバムの冒頭曲が「The End」で、組曲の様に続く2曲めが「Dead!」、
つまり死を迎え黒い隊列に先導され、その間現世での思い出を巡り、
そして昇天するまでの行程が今作のコンセプトと成っているのだ。
詞の対訳を読んでいないのではっきりした事は解らないのだが、
多分そう云う流れでアルバムは進んで行くものだろうと思う。

メンバーの談話で今作はクイーンの「オペラ座の夜」、
ピンク・フロイドの「ザ・ウォール」ビートルズの『サージェント・ペパーズ・
ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」からの影響が語られているが、
確かにプログレ的な音の塊でコンセプトを形造ると云うよりは、
関連したコンパクトな楽曲で一つの話を物語って行くと云う感じで、
近頃第3作目を出したばかりなミート・ローフの「Bat Out Of Hell」とか、
こちらも続編が出たクイーンズライチの「Operation:Mindcrime」、
辺りを引き合いに出しても良いかもしれない。

そして何より楽曲であるが、心臓のパルス音に乗ってゆったりと始まる①から、
一気にテンポアップして行く軽快な②への流れが実に素晴らしい。
疾走感とフックが絶妙に合わさった楽曲は前作の曖昧さを払拭する出来である。
そして何と言っても1stシングルにして作品を象徴するべく珠玉のナンバー、
⑤の「Welcome To The Black Parade」に止めを刺す。
アルバム全体の流れを更に1曲に凝縮した様な緩急自在なナンバーで、
確かに「ボヘミアン・ラプソディ」を引き合いに出してくるのは解る曲である。
人の死を扱った曲では有るが、こけおどしの様な暗黒さは微塵も無く、
むしろ淡々と描かれる生涯の回想がメランコリックに迫って来る。
そしてこれまたサム・ベイヤーが手掛けたこの曲のプロモビデオが素晴らしい。
この作品の総てと同様にコンセプチュアルに則った世界観を示しつつも、
メランコリックなイントロからビザールな死の隊列の描写も楽しく、
今作で髪を短く金髪にしたVoのジェラルドのカリスマ的な動きも見事で、
その狂騒的な雰囲気が何時しか死への虚無感に流れて行く辺りが見所だ。

ただ若干楽曲のバリエーションに乏しい部分が有って、
似た様な繰り返しが続く中盤は少々中弛みする感じで一捻り欲しい所だ。
そう云う意見を予想してかポルカ風のリズムで始まる⑧は中々良い。
童謡的なメロディにノイジーなギターが被さって行き、
うねる様なヘヴィさでブレイクするとまた元のポルカ風に戻り曲が一巡する。
一聴して直に口ずさめるが如きポップな⑪と合せて良いアクセントに成っている。
そして本編の締めに相応しい、スケール感の有るミッド・テンポな⑬は、
ブレイクのヘヴィな感じとストリングスの混ざり合った歌メロが美しい曲だ。
最後は恰もアンコールの様にピアノの伴奏に乗せただけの、
アンティークなボードヴィル調の曲がぽつんと投げ出されて終る。
禍々しくも狂騒的な黒い隊列が通り過ぎた後に残されたオルゴールの残音の様に。

日本盤はついこの前の12月6日に発売されたばかりだが、
輸入盤でかなり素晴らしいセールスを挙げているらしいこの作品。
正に日本人好みな作風だし、これで連中の評価は決定的な物に成りそうだ。


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2006.12.04

発狂する食玩の世界

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知らない世界の話には驚かされる事が多いが、
そこそこ知っていると思っていた世界に新たな局面を見付けると驚きも倍増だ。

玩具やフィギュアの世界は雑誌を読んだり店をのぞいたりしていたので、
昨今の状況にはそこそこ詳しい様なつもりでいたのだが、
やはり世の中そんなに甘くない事を思い知らされた。
それが「食玩」とその周辺のミニチュア・トイの世界だ。
所謂キャラクター物やメジャーな食玩にはある程度の知識は有ったのだが、
全くもって良く知らなかったのが食品サンプルとかその辺の製品だ。

今以ってこう云う製品を正式に何と呼んだら良いのか解らないのだが、
例えば「デパ地下名物」とか「ドラックストア商品」とか「和菓子」とか、
「回転寿司」「韓国土産」とか「文房具」とか「OL御用達」とか・・・
はては「なつかし小学校」とかレトロ物までかなりの数の商品が出ている。
これらには食玩で云う所の「食」であるガムとかアメが入っていない物も有る。
と成ると食玩と云う言葉は使えない訳だが、正式な総称が良く解らない。
コレクターズ・トイとかトレーディング・トイ等と云う言葉も聞くが、
未だにどれが本当なのか良く解らない製品の話である。

玩具屋やコンビニの棚に並べて有るのを横目で見た事は有るが、
実際にその実力を知ったのは友人の買い物付き合って中身を見た時だ。
しかし昨今の食玩・押並べて言える事では有るが、これらは物凄く出来が良い。
特に激しく感動したのは「なつかし小学生」等のレトロ物のこだわり加減だ。
例えば「音楽の時間」と云う奴なんかには小さいカスタネットやトライアングル、
そしてケース入りのピアニカは小さな管が付属し、鍵盤まで押せる出来の良さ。
音楽の教科書に関しては中に楽譜までプリントされているこだわり様だ。
話には聞いていても実際に手にした時の驚きはやはり格別である。
まあキャラクター物や戦車・車両の食玩を見れば想定出来る緻密さでは有るのだが、
食品サンプルに感嘆する外国人等には驚異のマス・プロダクトだろう、きっと。

さてそれらの商品のラインナップを一々驚きながら眺めていた時に、
「なんだこれは!」と絶句してしまったのが今回の話の主役である。
中華料理とか満漢全席とかそう云う物なら解るし実際出てたりするんだろうが、
有ろう事かその商品は「香港茶餐廰」の食玩なんである!!

茶餐廰・あるいは茶餐店に関しては以前香港に出掛けた折に、
ここのブログネタでも書いたが「今年の香港~茶餐店へのお誘い」
まあ何というか香港のリピーターでもある種の人しか行かない様な場所である。
そんなマイナー・アイテムの商品化にGOを出すって有りなんですかね?
どだいこう云う物を嬉々として発見する人間ってどの位居るんでしょ?
あ~訳解らん・・・発狂してるなぁ・・・
勿論単に面白そうだからと買って行く人間も多く居るんだろうが、
これまた知ってる人間にはたまらないこだわり様で唸らされる。

種類は全部で9種類、それぞれ早餐・午餐・下午茶餐に分けられていて、
朝飯・昼飯・午後の茶タイムの定番メニューが三つずつラインナップされている。
朝メニューの「ハム入りスープマカロニ」には泣かされる。
個人的に珈琲のカップは銀色の無造作な物の方が雰囲気出ていた様な気がする。
昼メニューは個人的に余り食べた事が無い品物ばかりだったが、
輪切りのレモンが親の敵の様にぶち込まれたレモンティーがかなりツボだった。
午後の茶・・・と云うか茶餐店の定番メニューである軽食類はどれもお馴染みだ。
旦撻(エッグタルト)は茶餐店と云うより街中で出来立てをいただくし、
菠蘿包(パイナップルパン)のバターを挟み「菠蘿油」は定番中の定番、
そしてこの中でも一番欲しかったのが西多士(フレンチトースト)だった。
あの蜂蜜の入ったポットも忠実に再現されていて異常にそそられる。
飲み物に「鴛鴦茶」が無かったのは残念だが、あれは見た目では良く解らんわな。
パッケージの横に付いている解説文もわざわざ現地の怪しい日本語を再現していて、
カタカナのンがソに成ってたり(ラーメン→ラーメソ)
ひらがなのるがゐに成っていたり(~香港人の胃袋を満たしていゐのが・・・)等
不必要な所に製作者のこだわりが溢れていて笑える。

しかし凄い、何と言うストライクゾーンの狭いネタ。
しかも恐ろしい事にパッケージに「香港食べ歩きシリーズ」と来て、
「第1弾」とか書かれている、「第2弾」も作るのかぁ!!
しかし生産を受け持つ中国の職工さんたちはコレを見て、
「ナニ考えてんだ日本人は!」とか思うだろうなぁ多分。

狂ってる・・・発狂してるなぁ・・・食玩の世界。

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