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2007.02.27

モダーン・ポップな紙ジャケ

既に日本のCD販売の一つのジャンルと化した紙ジャケだが、
大物アーティスト、マニアの多い界隈など成るべく所は殆ど紙ジャケ化された昨今、
見逃されていたジャンルの紙ジャケ化が何となく始まっていたりする。
最近はCD屋のラックに古いブルースなどの紙ジャケが揃っていたりするが、
そんな有名どころでは無く、もう少しマニアックな所も掘って欲しいと思う。
それはズバリ「モダーン・ポップ」。

「モダーン・ポップ」と言われて何を挙げるのかは諸説有るだろうが、
所謂70年代英国に産まれたやや捻くれた美意識のポップな音を出すバンド。
有名どころではロキシー・ミュージックやスパークス(米国産だけどね)、
この辺は既に紙ジャケ化が個別に進んでいるからまあ良いのだが、
モダーン・ポップの真髄の様な、ビ・パップ・デラックスやコックニー・レベル、
パイロットやスモーキー、セイラー辺りが紙ジャケ化していないのは解せない。
特にその名も「モダン・ミュージック」と云う名盤を出している、
ビル・ネルソン率いる伝説のビ・パップ・デラックスや、
欧州デカダンの美意識が香る「さかしま」でお馴染みなコックニー・レベルは、
早急に紙ジャケ化、と云うか日本盤を再発して欲しい二巨頭だ。

さてそんなモダーン・ポップに加えられる「デフ・スクール」を紙ジャケ化した、
ストレンジ・デイズ・レコードから素晴らしい作品が再発された。
まずはそのバンド「トリック・スター」が残した二枚の作品から御紹介。
トリックスターはELO所属のジェット・レーベルに作品を残した英国のバンド。
逸話としてはジェフ・リンが脱けた後のELOパートⅡに、
ジェフ・リンの後釜としてそえられたフィル・ベイツが居たバンドでもお馴染みだ。
事ほど左様にELOとの関係性が深いトリックスターなのだが、
サウンドの方は正しく、ELO、クイーン、10cc直系の純正英国ポップであり、
心ときめくメロディに、捻った展開、技あるギミックなど実に素晴らしい。
勿論、例に挙げた大家のバンドに比べれば小粒な所は否めないが、
忘れ去られるには惜しい秀作で、是非その辺のファンは聴いて欲しいバンドである。
実際噂には色々聞いていたのだが、マイナーなだけに聴く機会が殆ど無く、
今回「世界初CD化」と云う事で漸く聴く事が出来た待望の1枚だ。

Trickster01


彼らの残した2作品「ファインド・ザ・レディ」(77年)と、
「バック・トゥ・ゼロ」(79年)の2作品では断然1stの出来が素晴らしい。
ギターの爪弾きから始まり一気にポップの裾野を拡げて行く1曲目から、
既にグイグイ引き付けられて行くコーラスワークと展開の妙だが、
ポップ極まりないリフに先導される2曲目、シングル曲の5曲目と秀曲が続き、
個人的に正しくモダーン・ポップの極みの様に感じる6曲目へと続く。
転がるピアノの音に乗って軽快に展開して行くAメロなど文句無しだが、
唐突に転調するBメロにクイーン張りのコーラスが決まるサビなど
マニアなら絶対、キタ━(゚∀゚)━ !!!!!と叫ぶ素晴らしさだ。
冒頭からストリングスがドラマティックに唸りを上げるミッド・テンポの9曲目は、
情感豊かに歌い上げる歌唱とストリングスの絡みが美しいアルバムのラスト曲。
ボートラに納められたシングル曲も水準以上の出来で、
時代のせいとは云えこの様な素晴らしいバンドが売れなかったのは残念な話だ。
2ndも1stに負けず・・・とは云えないが劣らぬ出来の良い作品だ。
所謂前作に有ったクドさの様な物が整理され都会的に成ったと云う感じだろうか?
冒頭曲が完全にELOを髣髴とさせる曲で「おお!これは」と思わせるが、
悪くは無いのだが平均的過ぎる良く有る楽曲と、
正しく前作のモダーン・ポップさを受け継いだ様な曲が交互に織り成されている。
そして本編の最後にはポップなKeyのリフに導かれた、
これぞ得意技と云う複雑なコーラスで色を添えるナンバーで「らしく」終る。
曲のタイトルが「ルーザー」と云うのが何かその後を暗示させて変な感じだが、
この初CD化が彼らの敗者復活の契機に成ってくれれば幸いだ。

さて次も同じくストレンジ・デイズ・レコードから発売された、
その名も同じ「ストレンジデイズ」の「9パーツ・トゥ・ザ・ウィンド」だ。
彼らの場合ジャンルとしてはプログレの中に入れられる事が多い訳だが、
むしろ難解そうなイメージの有るプログレよりも、
一味違った「ポップ」と云う風に括った方が取っ付き易いのではないかと思う。
勿論聴く人間が聞けば「ニヤリ」とする展開が多々有る訳だが、
別にそう云う部分を意識しないで、歌物としても楽しめる側面が有る。
イングランドやケストレル、スタックリッジ辺りと比較されるバンドだが、
同時期に発売されたドルイド辺りに非常に近い感じがした。
湿った質感が如何にも英国な感じで、夢見心地な鍵盤の調べが心地いい。
しかし2曲目中盤の、構成に気を使ったインスト・パートの部分や、
5曲目の実にジェネシスなシアトリカル風のVoや朗々としたオルガンパートに、
マニアならニヤリとしてしまう所だろう。
しかしこの様な日本人好みのバンドがリリースされてなかったのが信じられないが、
何せ時代はパンク/ニューウェーブにそろそろ移行して行く時期である。
当時の目線で云えば「時代遅れ」と誹られてもいたしかないところだろうか?
まあイングランドに関してもこの前の紙ジャケ化が初の正式リリースだった訳で、
(オリジナル・マスターを使わないCD化はされ国内発売されてはいたが)
まだまだこの辺掘り尽くしても足りない所が有りますなぁ・・・・
ちなみに上記3枚は面白味の無いシングルアルバムだがインナースリーブ付き。
まあこう云うレア商品に関してはジャケの面白味などは二の次ですな。

Strangedays01


さて最後はモダーン・ポップと関係無い様な有る様な・・・・
しかし「英国」「ポップ」「捻くれ」と来れば正しくこの作品も完全にそれな訳だ。
まあそんな或る意味非常に有名な作品が紙ジャケ化されたので一緒に御紹介。
それは英国が誇るコメディ集団「モンティ・パイソン」から派生したユニット、
「ラトルズ」の「All You Need Is Cash~4人もアイドル」だ!
所謂ビートルズのパロディ番組のパロディ・バンドによるサントラ、
と云う様な趣のアルバムでは有るが、その凝り様が完全に桁違いだ。
ジャケにも出ている本家のオリジナル・アルバムのパロディ・ジャケに始まり、
付属のブックレットに渡って展開されるお馴染みなあの風景この風景。
ニセ映画の一場面やニセライブの風景、「LIFE」誌を飾ったニセ写真などなど、
芸の細かい所をこれでもかと見せ付けてくれる。
最高に笑うのが内ジャケに記載された、ストーンズのミック・ジャガー本人による、
「俺とラトルズの思い出」的な談話。
こう云うアホ企画に嬉々として参加するミックの英国人気質が微笑ましい。
とは云えラトルズと言えば浜の真砂の数ほど有ると言われるパロディの中でも、
トッド・ラングレンのユートピアが出した「ミート・ザ・ユートピア」と、
正に双璧を為すと云われる最高傑作のひとつだ。
何せ才人エリック・アイドルに奇人ニール・イネスを擁するだけでも凄いが、
アルバムにはパトゥでお馴染みのオリー・ハルソールまで参加していたりする。
歌声やサウンドのみならず、歌詞やタイトルまで拘った似せ具合が最高だが、
それこそ単に似せただけではない、エッセンスの抽出具合が最高に見事なのだ。
18曲目が本家の作品と間違われた、と云うのは有名な話だが、
「ラトルズ」のトリビュート・アルバムが存在したりする、と云う時点で、
何やら時空が捻じれた様な感覚に襲われるのもむべなきかな、である。
少々値段はお高いが、千枚限定と云う事なのでお早目の購入をお薦めする次第だ。

Rutles01


さてそんなこんなでポップ繋がりと云う事で、
次回は素晴らしい再現度で紙ジャケ化されたELOの諸作で御機嫌を伺います。

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2007.02.19

燃え上がる「厄除け」ツアー

Daisi

恭喜發財!丁亥金豬年 家肥屋潤 歡樂年年 。
昨日は旧正月でしたな、目出度いことですわ。
さてそんなお目出度い日に目出度い事をしに出掛けたと云うお話でして・・・

直接的な原因としては昨年友人が見舞われた、笑える(他人には)災難の数々に、
相乗りした様な感じな訳だが、年齢的にも色々有るしで「厄除け」に出掛けた。
氏子の神社でもお払いはやってくれるのだが、やはりこの際本格的に行こうと、
厄除けでは由緒正しい、本場「西新井大師」に出掛けた。

全く関係ない理由で西新井には月一くらいの割合で出掛けるのだが、
夕方に成ってからが多く、いつも火の消えた門前町しか知らないので、
昼過ぎに降り立った休日の西新井は非常に活気に満ちていて面白かった。
西新井は地所の割に門前町が余り大きくないのだが、
草団子やら葛餅やらの売り子の声も賑々しくてちょいといつもと違う感じだ。
・・・いや俺の行く「いつも」の方が一日の外れでしかないんだろうが・・・

小さいが古色蒼然とした山門の前で友人たちと待ち合わせて受付に出向いた。
「厄除けの最盛期は節分まで」と言うのが詳しい友人の言葉なのだが、
中々どうして、今日も大勢の善男善女で受付は非常に賑っていた。
皆して単純に厄除け祈願で行く筈だったのだが、早生まれの友人は受付で、
「この年齢の場合は方位災難除ですね」と祈願内容をチェンジさせられていた。
年齢によって祈願内容の方も色々と変わる物なんだろうなぁ・・・・
年齢の算出方法も「数え歳」に成っていて己の老け加減を味わえる。

護摩の時間が始まるまで境内をうろついてヒマつぶした。
出世稲荷とか石地蔵群とか境内には色々と霊験あらたかそうな施設が有り、
大きい寺社には良く有るが、神仏のアミューズメント・パーク状態で楽しめる。
特に入り口脇の「疣取り地蔵」は塩で埋め尽くされた姿が実にストレンジで、
「え~なんで雪が有るのぉ!」と子供も釘付けのイカした地蔵だ。
モーターヘッドのレミーが来日した折には是非とも案内して頂きたい場所だ。

護摩の時間に本堂に向かうと、結構埋め尽くさんばかりの皆さんが集まっていた。
やがて太鼓の音と供に7~8人の僧侶が静々と現れ護摩壇を囲み、
正味20分ほどの護摩行が始まる訳だが、これがもう非常に面白かった。
意図的なのか単にタイミングのズレなのかは定かでないが、
左右の僧侶の読経を始めるタイミングが半拍ほどズレて始まる。
そのお陰でアンサンブルに微妙なグルーヴが掛って妙なうねりが生まれるのだ。
一糸乱れぬ読経と云うのも迫力が有るが、このうねりは中々グルーヴィである。
そうこうしてる内に、正面奥の御簾がするすると御開帳し、
多分「弘法大師像」が正面の善男善女の前に御尊顔を顕にしていた様だ。
自分の居る所からは位置的に見えなくて、友人に指摘されて気が付いたのだが、
それはまた行の終りには自動でするすると御簾が下りて行ったらしい。

やがてメインイベントである、護摩壇に護摩木をくべる段に成った。
左右に陣取った僧侶が寺男から渡される護摩木を護摩壇に組んでいって、
護摩壇で燃え盛る火が一段と高くなり、僧侶の背丈以上に火の舌を震わせる。
それと供に読経も一段と高くなりテンションはいやが上にも高まって来るのだ。
しかし当然と言えば当然だが、実に見事な炎のコントロール加減だ。
素人では中々あそこまで高く炎を上げるのは難しい。
油も注いでいた様だが、何処からか空気でも送り込んでいたのだろうか?
そして行のタイム・スケジュール通りに火勢を抑える技術も見事だ。
勿論周囲や天井などにも燃え広がらぬ様、細心の注意も払われている訳で、
いやいや実にお見事、そして非常に炎にテンションを上げられた感じだった。
なるほど!あそこまで大々的にされると本当に「厄」を払って貰った気になる。
イベントの少なかった昔なら実に心躍る完成された祭祀として人気を集めたろう。
そして行が終ると本堂内で名前を呼ばれ金額別の護摩木(御札)を渡される。
これがまた中々重厚な感じで、非常に頼りがいの有りそうなブツで嬉しい。

と云う訳で意外と云うか、かなりイベントとして楽しめた「厄払い」だったなあと、
車祈願の為に境内に並べられた自家用車を眺めながら思った。
習慣に成っている人間は当然の事として毎年行っているのかもしれないが、
縁の無い人間には、全く縁の無い世界だったりするのでひどく新鮮だ。
「来年は何処かまた違う所で厄払いするか?」等と話しつつ友人達と帰途に着いた。

関係無いが、昔祭りで大好きだった「ゴリラ風船」の親父の唱える祭文って、
真言密教の祭文だったんだ、と云う事に護摩の最中気が付いた・・・・

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2007.02.15

やっぱり微妙だった「どろろ」

「どろろ、どうすかね?」「ん~何とも言えんねぇ・・・・」
「どろろ面白そう?」「あ~微妙な所かなぁ・・・・」
と云う会話が何人かと、幾度か交わされたりしたのだが、
王子でお安く観れる機会が有ったので「それなら」と出掛けたりした訳である。

消極的な出だしでなんだが、やはり期待よりは不安の方が大きい映画ではあった。
まず当然あの原作を忠実に再現と云うのは不可能だろうから、
どの辺で折り合いを付けたか?どの程度のアレンジを加えたか?が気に成る所だが、
一番懸念していた原作の奇形的な部分がかなり忠実に描かれていて安心した。
「創り物」と云う設定ながら、ちゃんと目の玉が落ちたり内臓を吐いたりするし、
ほぼ芋虫な百鬼丸の赤ちゃん時代をキチンと描いていたのには感心した。
「そういうのって当たり前の事では?」と言われるかも知れないが、
意味の解らん配慮の末、全く話が無茶苦茶に成っている原作映画は多々有る。
原作の「どろろ」はそう云うフリーキーな設定が話のキモだったから、
そこいら辺が描かれていたのは結構好感が持てた。
原作では木と陶器で創られていた百鬼丸だったが、
映画の方では「フランケンシュタイン」を意識したかの様な、
エレキテルによる人造人間テイストな創られ方をしていたのが面白い。
少年に成って培養水槽から出された百鬼丸が、口の動かし方が巧く出来ずに、
いかにも作り物と云う感じで喋るシーンは中々不気味で良く出来ていた。

さてその主役の百鬼丸を演じた妻夫木聡だが、これが予想外に巧く成り切っていた。
感情を表に出さない演技は、虚無的と云うには余りにも薄くは有るが、
その分どろろと出会って人間的に成って行く時の明るさが引き立っている。
両腕の刀を剥き出しにしてして佇む姿は流石に決まっていて、
コンタクトの赤目のせいも有るだろうが、髪間から覗く眼つきが剣呑で最高だ。
そんな百鬼丸と正に二人で一つと云う感じ上手く噛み合っていたのが、
原作から考えると余りにも飛躍し過ぎた感も有った柴崎コウのどろろだ。
勿論どこをひっくり返しても女にしか見えない訳だが、
当初感じる違和感がすぐに無くなって来る所は流石の存在感だと言える。
柴咲コウが上手いのは台詞回しがかなりしっかりしている所で、
雰囲気の生々しい女優がやるとトゥー・マッチ過ぎてかなりクドく感じる物だが、
べらんめえな悪たれ言葉が殆ど嫌悪感無く発せられていて非常に良い。

さてこの映画を観に行く動機の一つに香港の巨匠・程小東による、
日本映画で手掛けるアクション指導を観てみたいと云うのが有ったのだが、
上手く融合したと云うよりはそこだけ香港映画だったと云う感じだ。
程小東がどの程度までアクションを手掛けていたのか比率が解らないのだが、
(冒頭の土蜘蛛や後半は手掛けていない様な気がするのだが・・・・)
むしろ手掛けていないと思われるシ-ンの方に可能性を感じたりもした。
程小東で剣を使った作品と言えば李連杰主演の「東方不敗」とかを思い出すが、
あれよりは徐克監督作品の「刃-ブレード」を思い出すアクションだった。
主役の両人はその程小東が感心したほど良くやっていた様で、
かなりの部分まで顔が映っていたから結構本人が手掛けている様なのだが、
香港のワイヤーは結構キツいらしいからそれだけでも感心する所だ。
これで某・反○君のお粗末なアクションに対する香港映画界での、
日本人俳優の評価ダウンを覆せたのではなかろうか?

しかし日本映画でアレをやり過ぎるのはやはり諸刃の刃と云う感じがしてならない。
とにかく前半の畳み掛ける様なワイヤーワークの釣べ打ちに対して、
後半のまるでシェークスピアの様な史劇的な部分との乖離が激しすぎる。
比較的脚本は原作を良くまとめていたと思うのだがやや詰め込み過ぎの感は有る。
出来ればどちらかのトーンでまとめて欲しかったとは思うのだが、
1本の映画として納める場合致し方ないと云うのも理解はできる。
ロケはわざわざニュージーランドまで行って行って来たらしいが、
さすが「中つ国」が有った所、画の決まり方が違うと云う感じで見事なものだ。
特に荒涼とした大地に佇む国境の防壁跡とか朽ち果てた巨大な立木とか、
そこに琵琶法師姿の中村嘉葎雄を置くだけで一幅の絵画の如き味わいである。

さてこの映画で1番腰砕けに成ったのは何と言っても妖怪のデザインだ。
この腰砕け感どっかで一度・・・・と思い返してみたら、そう「妖怪大戦争」だ!
しかも良く見たら同じ人間が妖怪のデザインしてた・・・・
そもそもデザイン的に殆ど完成の域にある妖怪を何故弄り倒すのか?
そして何故ハリウッド的なバランスの取れた人体造型を施すのか?
原作通りで問題無いだろう?むしろあの漫画絵の妖怪をそのまま創る方が、
遥かに奇形的で独特で気味の悪い物が出来上がると思うのだが・・・・
特に中盤で畳み掛ける様に処理される大山椒魚とか鴉天狗とか樹の精辺りが酷い。
それから中井貴一ががんばって演じていたが魔物に変容する景光、
何故ヤギ角?悪魔なの?鬼人じゃなくて?
土屋アンナが演じていた鯖目の奥方は比較的原作に近かった様な感じだが、
原作の能の般若風に比べると「蛾かよ・・・」と云う感じは否めない。
そして妖怪のデザインと供になんだかなぁ・・・と思うのがペラペラのCG描写。
鯖目の奥方の眷属はせっかく可愛らしい女の子を集めて顔もはめ込んだと云うのに、
襖を這いずって来る時の量感の無さ加減には泣けてくる。
いかにも「合成しましたよ」と云う感じの動きならミニチュアでも良いのでは?
「どうせニュージーランドまで出掛けたんならCGはWETAで頼めば?」とは言わんが、
少々お寒いレベルのCGが多くて残念だった。

背景や殺陣など是非とも映画館で観て欲しい部分も有るが、
テレビでも観ても余り遜色の無い部分も多いと云う感じだろうか。
まあ今回も当初の予想を裏切らない「微妙」な感じの映画で御座いました。

下の画像は映画の中でキモ可愛いくて一番良かった「巨大胎児」のマスコット。
他にも百鬼丸の手を模ったペーパーナイフとか売ってて結構そそられた。
これも後1年位したら発狂してるなぁ・・・とか思い返すんだろう(^^;

Dororo

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2007.02.08

「黑社會/エレクション」の凄み

Election02


昨年の香港金像賞に於いて、作品・監督・脚本・主演男優の各賞を総嘗めにした、
杜琪峰・畢生の傑作「黑社會」が、ほぼ1年以上のブランクを経て、
ようやく日本でも公開された・・・・「エレクション」と云うタイトルで・・・・
しかも単館上映で・・・・韓国映画と比べるとこの温度差はナニ?・・・

しかし同じ漢字を使う民族だと言うのに何故英語タイトルを優先するのか解らん。
勿論営業的にアレだとか、日本では使わない言葉をタイトルに使ってたりとか、
諸々の理由が有る事は承知している。
例えば李連杰主演作の「霍元甲」が「スピリット」に変更された事に関しては、
中華圏の人間ならほぼ名前を知っている「霍元甲」と云う武術家が、
日本では殆ど無名と云う事実から英語題を持って来ると云うのは解る。
承服する気は無いが、営業上理解は出来る。
しかし「黑社會」と「エレクション」のどちらの単語が、
今現在の日本で膾炙されているかと言えば、圧倒的に前者の方だろう?
「黑社會」と云うタイトルを見て、内容を知らないやくざ映画ファンとかが、
「お、香港のやくざ物だな?」と興味をそそられる場面も有るやも知れん。
しかし「エレクション」って覚えずらいタイトルだよなぁ・・・
自分も最初タイトルがうろ覚えで、「ディパーデット」とかで検索していて、
いきなりデカプの顔が出て「あ~こっちは無間道のリメイクか?」とか、
割と関連が無くもないうっかりをしでかしたりしたし・・・・

さて「エレクション」とは如何なる話なのかと言えば、ズバリ「選挙」の話だ。
身も蓋も無い解説で申し訳ないが、所謂黒社会の会長選挙を巡る話である。
香港最大規模の黒社会組織「和連勝会」の二年に一度の総長戦に於いて、
力関係が拮抗する二人の幹部、ディーとロクの争いが白熱する。
金儲けに長けてはいるが切れ易い性格の粗暴なディーと、
沈着冷静で和を重んじるロク、どちらが香港最大組織の長に着くのか?
と、まあ「選挙」と云いつつ殆ど裏のやり取りに終始する話なのだが、
今回、映画の宣伝でも大々的にプッシュしているのは「実録性」、
と云うか伝統的な黒社会の歴史としきたり的な部分を取り上げている部分だ。
上の現地版ポスターを観ても解る様に、独特なハンドサインが使われていて、
日本のパブ記事でもその部分が大きく紹介されていたりする。

Election05

(ちなみに上の記事は「週間大衆」の記事から、
実話系オヤジ雑誌にパブ記事出すとは中々憎い事をするではないですか!)
元々黒社会の元に成る「幇」は時の朝廷に対する反対組織として始まり、
それが長じて組織化して「青幇」「紅幇」等の有名な組織に成った。
反体制組織ゆえ、仲間同士の結束は必然で有り、
各地に散らばった仲間を識別する為にハンドサイン等の暗号が作られた訳だ。
それは話の終盤で描かれる総長の就任式に於ける、
道教の秘祭の様なシャーマニックな儀式にも現れているし、
話の中軸に成る総長の証である「龍頭棍」なんかにも現れている。
それにしても何処まで本当なのかは知らないが、あの儀式の部分は面白い。
形だけだが、武侠小説の世界が今でも息衝いている様な気分に成る。
日本のヤクザの襲名披露とかも古式ゆかしい神式で行われる訳で、
極道社会に消え掛けた歴史が刻み込まれている様で不思議な感じだ。

この作品で久し振りに「影帝」に輝いた梁家輝は流石の切れっぷりだった。
最近はシブイ脇役として光る作品が多く、往時を知る者は残念に思っていたが、
定評の有る演技力は些かも衰えず、やはり良い!と云う思いを強くした。
しかし役柄的な意味も有るだろうが、終始切れっぱなしで緩急が無いのが残念だ。
同じ様に野心にぎらつく黒社会の人間を演じた映画「黑金」に於ける、
多面的で迫力の有る演技を見ているともう少し色気が欲しかった所だ。
だから逆にロクを演じた任達華の静謐な演技の方を個人的には押したい。
終始冷静に事を納め、子供の面倒もみて、年長者にも気を配る「大人」振りが、
ラストに於いていきなり爆発する、あのコントラストの激しさにやられる。
金像賞とは別の金紫荊賞で主演男優賞を取った事でもそれは実証済みだろう。
見る度に東幹久に似て来ている古天樂は悩めるインテリヤクザの役だが、
次回作の「黑社會2」ではかなり暴れてくれるらしい、楽しみだ。
杜琪峰監督の「大事件」でもダイハードな警官役で不屈の所を見せた張家輝だが、
今回もレンゲは喰わされるわ、青龍刀で切られるわ、満身創痍だわで、
かなり酷い目に遭わされているが、印象的な役で②でも活躍しそうな感じ。
で、張家輝より酷い目に合わされているのが杜琪峰組常連役者の林雪。
しかし毎回酷い目に合わされるのにそれでも健気に監督に就いて行くオッサンに、
なぜかホモ的なSM関係を連想してしまうのだが・・・・
他には長老役で杜琪峰監督の「ミッション」でも渋い所を見せていた、
王晶の親父である王天林が今回も枯淡の味わいな演技を披露していて印象に残る。

さて香港映画に於ける黒社会映画と云うのはメインストリームを為す分野である。
しかし大陸への返還を経て、黒社会映画はどの様に変貌を遂げて行くのだろう。
黒社会映画としてこの映画は明らかに「退行」であろう。
「退化」ではなく娯楽作品としての「退行」である。
ここには呉宇森が描き出した二挺拳銃と白い鳩の飛び交う「浪漫」も無ければ、
血塗れの周潤發が固く手を握り合う「魂の兄弟」も居ない。
ここには劉偉強が描き出した「ストリート」的な街もなければ、
鄭伊健や陳小春の様な「スタイリッシュ」な若者たちも居ない。
そして己の運命に翻弄される劉德華や梁朝偉の様な警官もヤクザも居ない。
有るのは、銭と権勢欲と暴力と黒社会的な秩序だけである。
己の「義」や「信」の為に生きる連中など何処にも居ない。
殺し合っている連中もお互いが憎いからではない、組織の都合が優先しただけだ。
だからさっきまで殺し合っていた連中が、上の都合ですぐに仲間に変わる。
事が丸く納まりこれから手に手を取って組織の拡大に挑むのか?と思わせて、
杜琪峰が用意した結末は何処までも陰惨で救いが無い。
見終わった後も爽快感など微塵も無く、嫌な澱が心に貯まる様な気分に成る。
だがしかし、これが「現実」と云う物なのだろう。
現実の黒社会に「義侠」も「浪漫」も有る訳では無く、
有るのは「欲」と「銭」とシステマティックな「組織の論理」が有るだけなのだ。

しかしここまで確固とした現実を着き付けられてしまうと、
この後黒社会映画はどの様な変貌を遂げるのだろう?
深作の実録ヤクザ映画が健さんの仁侠映画を粉砕してしまった後、
Vシネで過去の遺産をトレースするかの様な作品が創られ続けたが、
中から三池明崇史の様な爆裂系が産まれたりしてまた面白くなって来た様に、
今後この作品の後にどういう作品が生まれてくるのか楽しみだ。
と云うより、「黑社會2」はどうなるんだ?一体・・・・早く観たい。

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2007.02.03

既に発狂したフィギュアとか

先日部屋を整理していたら色々と変な物が出て来た。

1997年頃、日本の一部でアメリカン・トイ・ブームが興っていて、
その中心に成っていたのはトッド・マクファーレンの「スポーン」だった。
映画にも成ったので知っている人も多いと思うが、
元々はアメコミ作品であり、その作品を玩具展開した商品なのだが、
従来の大味なアメトイに比べて大胆な造型と繊細な表現で人気が出た。
バブルだった頃は色違いとかバージョン違いに法外な値段を付けて売られていたが、
イマイチだった映画の内容と供にブームも収束して短い春は終った。
今でもシリーズはクオリティを上げて発売されているのだが、
日本での代理店が無くなり輸入オンリーに成った関係上、手に入れ難く成った。

Crutch01


さてこのシリーズ、一応コミックのキャラの立体化な訳だが、
タマ不足ゆえ、コミックに出て来ないキャラもオリジナルで商品化されている。
↑の写真は「Cratch(クラッチ)」と云うオリジナルのキャラなのだが、
これがもう狂っている・・・・と云うか本当に「狂人」なのである。
所謂敵キャラな訳だが、別に悪魔とか宇宙人とか、そう云うモノでは一切無く、
日常道具で武装した「精神異常者」のホームレスと云う設定なんである。
武器・・・と云うか装備は芝刈り機と削岩機に、片手のカギ爪、
足に装着したナイフ(ボタン押すと発射するぞ!)と云うホームセンターな内容。
元々はアロハを着ただけの地味なペイントだったのだが、
このリデコ版はやけくその様な毒々しいペイントに変わっている。
びっこの癖に市松模様の靴はお洒落だが、スマイルマークのペイントは如何な物か?
しかし返す返すも身体障害者でキチガイの乞食って良くGoサインが出たよなぁ。
実はこれの前に「Freak(フリーク)」と云うその物ズバリなキャラが居るのだが、
そちらは一応原作に登場するキャラであり、それなりの設定がされているのだが、
何も立て続けに異常者を出す必然性ってのは何処に有るんだか・・・・
実質日本では殆ど大人が購入していた商品ではあるが、
一応本国では子供を対象にした商品展開をしていた(筈である)。
子供買うか?これ・・・大人でもよう買わんわな絶対。

Taki01


次、一見しただけでは何だか解らないし、多分良く見ても何だか解らないと思う。
実はこれ超有名なエッシャーの絵画「滝」の1部分なのである。
例の建物の上から落ちた水が廻り回ってまた建物の上に流れ着くアレだ。
あの絵の建物の下の方にちょろっと生えているコケ類の素描が元に成っている。
んましかし地味と云うか意味が無いと云うか微妙な所を商品化したもんだ。
これは去年から渋谷でやっていた「スーパーエッシャー展」に置いてあった、
エッシャーのガチャポンに入っていた商品の一つなんである。
他のラインナップはキャラクターとしてそれ成りに良く出来た物なのだが、
この商品に関してはどうにも微妙なモノが有る・・・・気色悪いし・・・

Erick01


次、映画「インファナル・アフェアⅢ(無間道・終極無間)」の、
前売り券を劇場で買うと付いて来るマスコットである。
最近劇場売りの前売り券では色々と趣向を凝らしたオマケが付いて来るが、
これはそのラインナップになんか微妙なモノを感じるオマケであった。
モノは全部で4つ、劉德華、梁朝偉、黄秋生、そして曾志偉なのだが、
日本人で曾志偉欲しがる奴ってどの位居るんだ?
黄秋生も微妙な所だが、まあ「頭文字D」とかでも渋く決めてたしな。
しかし曾志偉・・・殆どの日本人は「香港映画を観てる良く出て来る親父」
程度の認識しかないのではないかと思ってしまうが、
実は監督であり製作者であり俳優協会の会長であり役者としても超一流の人だ。
勿論香港人は誰もが彼を敬愛しているが、しかしマスコットは欲しくないだろう。
3作目だったら黎明も出てるんだし陳慧琳なんかも良いと思うのだがねぇ・・・・
ペアで買ったので友人には梁朝偉のマスコットを選んであげたのだが、
これがまた梁朝偉というより阿部寛に似ていて余り再現度が高くない。
まあそうは言っても昔現地で売ってた四天王の指人形に比べれば段違いだが。

Itako01


最後、「恐山のイタコ」・・・・・
これは友人に貰った物で、ビールの景品に付いていた物らしく、
「青森名物」だか「東北名産」だかのシリーズの中の1個だそうだ。
「林檎」とか「ねぷた」とか「なまはげ」とかなごむ商品の中にコレである。
どうも海洋堂が原型を手掛けているそうなのだが・・・怖い、リアル過ぎる!
後の塔婆に書かれた文字もイヤだが、何と言っても顔の造型が凄過ぎる。
ビール呑みながらこんなの組み立てたりしたらかなり淋しいと思う。
しかも捨てたら絶対バチが当たりそうな感じだし・・・・

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