「黑社會/エレクション」の凄み
昨年の香港金像賞に於いて、作品・監督・脚本・主演男優の各賞を総嘗めにした、
杜琪峰・畢生の傑作「黑社會」が、ほぼ1年以上のブランクを経て、
ようやく日本でも公開された・・・・「エレクション」と云うタイトルで・・・・
しかも単館上映で・・・・韓国映画と比べるとこの温度差はナニ?・・・
しかし同じ漢字を使う民族だと言うのに何故英語タイトルを優先するのか解らん。
勿論営業的にアレだとか、日本では使わない言葉をタイトルに使ってたりとか、
諸々の理由が有る事は承知している。
例えば李連杰主演作の「霍元甲」が「スピリット」に変更された事に関しては、
中華圏の人間ならほぼ名前を知っている「霍元甲」と云う武術家が、
日本では殆ど無名と云う事実から英語題を持って来ると云うのは解る。
承服する気は無いが、営業上理解は出来る。
しかし「黑社會」と「エレクション」のどちらの単語が、
今現在の日本で膾炙されているかと言えば、圧倒的に前者の方だろう?
「黑社會」と云うタイトルを見て、内容を知らないやくざ映画ファンとかが、
「お、香港のやくざ物だな?」と興味をそそられる場面も有るやも知れん。
しかし「エレクション」って覚えずらいタイトルだよなぁ・・・
自分も最初タイトルがうろ覚えで、「ディパーデット」とかで検索していて、
いきなりデカプの顔が出て「あ~こっちは無間道のリメイクか?」とか、
割と関連が無くもないうっかりをしでかしたりしたし・・・・
さて「エレクション」とは如何なる話なのかと言えば、ズバリ「選挙」の話だ。
身も蓋も無い解説で申し訳ないが、所謂黒社会の会長選挙を巡る話である。
香港最大規模の黒社会組織「和連勝会」の二年に一度の総長戦に於いて、
力関係が拮抗する二人の幹部、ディーとロクの争いが白熱する。
金儲けに長けてはいるが切れ易い性格の粗暴なディーと、
沈着冷静で和を重んじるロク、どちらが香港最大組織の長に着くのか?
と、まあ「選挙」と云いつつ殆ど裏のやり取りに終始する話なのだが、
今回、映画の宣伝でも大々的にプッシュしているのは「実録性」、
と云うか伝統的な黒社会の歴史としきたり的な部分を取り上げている部分だ。
上の現地版ポスターを観ても解る様に、独特なハンドサインが使われていて、
日本のパブ記事でもその部分が大きく紹介されていたりする。
(ちなみに上の記事は「週間大衆」の記事から、
実話系オヤジ雑誌にパブ記事出すとは中々憎い事をするではないですか!)
元々黒社会の元に成る「幇」は時の朝廷に対する反対組織として始まり、
それが長じて組織化して「青幇」「紅幇」等の有名な組織に成った。
反体制組織ゆえ、仲間同士の結束は必然で有り、
各地に散らばった仲間を識別する為にハンドサイン等の暗号が作られた訳だ。
それは話の終盤で描かれる総長の就任式に於ける、
道教の秘祭の様なシャーマニックな儀式にも現れているし、
話の中軸に成る総長の証である「龍頭棍」なんかにも現れている。
それにしても何処まで本当なのかは知らないが、あの儀式の部分は面白い。
形だけだが、武侠小説の世界が今でも息衝いている様な気分に成る。
日本のヤクザの襲名披露とかも古式ゆかしい神式で行われる訳で、
極道社会に消え掛けた歴史が刻み込まれている様で不思議な感じだ。
この作品で久し振りに「影帝」に輝いた梁家輝は流石の切れっぷりだった。
最近はシブイ脇役として光る作品が多く、往時を知る者は残念に思っていたが、
定評の有る演技力は些かも衰えず、やはり良い!と云う思いを強くした。
しかし役柄的な意味も有るだろうが、終始切れっぱなしで緩急が無いのが残念だ。
同じ様に野心にぎらつく黒社会の人間を演じた映画「黑金」に於ける、
多面的で迫力の有る演技を見ているともう少し色気が欲しかった所だ。
だから逆にロクを演じた任達華の静謐な演技の方を個人的には押したい。
終始冷静に事を納め、子供の面倒もみて、年長者にも気を配る「大人」振りが、
ラストに於いていきなり爆発する、あのコントラストの激しさにやられる。
金像賞とは別の金紫荊賞で主演男優賞を取った事でもそれは実証済みだろう。
見る度に東幹久に似て来ている古天樂は悩めるインテリヤクザの役だが、
次回作の「黑社會2」ではかなり暴れてくれるらしい、楽しみだ。
杜琪峰監督の「大事件」でもダイハードな警官役で不屈の所を見せた張家輝だが、
今回もレンゲは喰わされるわ、青龍刀で切られるわ、満身創痍だわで、
かなり酷い目に遭わされているが、印象的な役で②でも活躍しそうな感じ。
で、張家輝より酷い目に合わされているのが杜琪峰組常連役者の林雪。
しかし毎回酷い目に合わされるのにそれでも健気に監督に就いて行くオッサンに、
なぜかホモ的なSM関係を連想してしまうのだが・・・・
他には長老役で杜琪峰監督の「ミッション」でも渋い所を見せていた、
王晶の親父である王天林が今回も枯淡の味わいな演技を披露していて印象に残る。
さて香港映画に於ける黒社会映画と云うのはメインストリームを為す分野である。
しかし大陸への返還を経て、黒社会映画はどの様に変貌を遂げて行くのだろう。
黒社会映画としてこの映画は明らかに「退行」であろう。
「退化」ではなく娯楽作品としての「退行」である。
ここには呉宇森が描き出した二挺拳銃と白い鳩の飛び交う「浪漫」も無ければ、
血塗れの周潤發が固く手を握り合う「魂の兄弟」も居ない。
ここには劉偉強が描き出した「ストリート」的な街もなければ、
鄭伊健や陳小春の様な「スタイリッシュ」な若者たちも居ない。
そして己の運命に翻弄される劉德華や梁朝偉の様な警官もヤクザも居ない。
有るのは、銭と権勢欲と暴力と黒社会的な秩序だけである。
己の「義」や「信」の為に生きる連中など何処にも居ない。
殺し合っている連中もお互いが憎いからではない、組織の都合が優先しただけだ。
だからさっきまで殺し合っていた連中が、上の都合ですぐに仲間に変わる。
事が丸く納まりこれから手に手を取って組織の拡大に挑むのか?と思わせて、
杜琪峰が用意した結末は何処までも陰惨で救いが無い。
見終わった後も爽快感など微塵も無く、嫌な澱が心に貯まる様な気分に成る。
だがしかし、これが「現実」と云う物なのだろう。
現実の黒社会に「義侠」も「浪漫」も有る訳では無く、
有るのは「欲」と「銭」とシステマティックな「組織の論理」が有るだけなのだ。
しかしここまで確固とした現実を着き付けられてしまうと、
この後黒社会映画はどの様な変貌を遂げるのだろう?
深作の実録ヤクザ映画が健さんの仁侠映画を粉砕してしまった後、
Vシネで過去の遺産をトレースするかの様な作品が創られ続けたが、
中から三池明崇史の様な爆裂系が産まれたりしてまた面白くなって来た様に、
今後この作品の後にどういう作品が生まれてくるのか楽しみだ。
と云うより、「黑社會2」はどうなるんだ?一体・・・・早く観たい。
| 固定リンク




コメント