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2007.07.30

ポップ・グループ・驚愕の編集盤

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個人的に「紙ジャケ」と言ってしまうと多少違和感が有るのだが、
いずれにしろ、凄いブツが発売された。
The PopGroupの「Idealist In Distress From Bristol」がそれだ。

その名前と裏腹にポップ・グループほど異形なバンドも珍しい。
リアルタイムでは無いがPILやThrobbing Gristleよりも先に聞いていたので、
始めて聴いた時の衝撃度と思い入れはかなり大きい。
パプア・ニューギニアのアロサ族が戦闘の時に行う仮面と白塗りの、
所謂「マッドメン」の姿を使用した呪術的なジャケにまずビビらされるが、
そこから出て来る音は更に衝撃的だった。
パルス音と供に発せられる墓場の底から響く様な呻き声、
そして一転して始まるダンサブルなビートにアジテートする様なVo。
ダンサブルな癖にちっとも踊れそうじゃない隙間の多い音は、
ヒステリックなカッティングと相まって今まで聴いた事の無い音だった。
他にも低音だけを特別に強調した、後に「ダブ」と知る浮遊感の有る楽曲や、
転がったり叩きつけたり、鍵盤が踊り狂うフリーキーな曲など、
まだフリー・ジャズなどを通過していない耳には途轍もなく新鮮に響いた。
それはアジテートする歌声に寄り添う様な、極度に政治的な歌詞もそうである。
ロクに音楽を聴いていないガキには正にゾクゾクする様な体験だった。

さて、そのポップ・グループは二枚のアルバムと一枚の編集盤を出して消滅したが、
今回発売された作品はその編集盤の「We Are Time」に近い内容の物だ。
で、これ何と日本の海賊盤メーカーが出したブートを、
メンバーの許可を得てオフィシャルで出し直した物なんだそうだ。
ブートの方は二枚のCDにDVDが付いていると云う豪勢な仕様で、
これに未収録なBBCのピール・セッションが入っていたりと結構美味しいのだが、
ブートをブローアップし直したと云うこのCDの音からしてかなりモコモコで、
これより劣っていると云えば、かなりブートの音源は酷いと想像できる。
しかしブートをオフィシャルで出し直すなんざザッパ師匠がブート対策で出した、
「ビート・ザ・ブート」シリーズみたいな事してるわな、ここのメイカー。

さて内容だが、1枚目の冒頭が79年のラジオ出演時の音源。
次の6曲が79年のロンドン、その後の2曲が80年のイタリアはミラノのライブ。
続く十曲が80年のフェスティバル出演時のライブ音源で、
何とラストの「シェイク・ザ・ファウンデーション」には同じフェスに出演していた、
「スリッツ」のメンバーが三人ともコーラスに参加していると云う貴重な物で、
その「シェイク~」と16曲目が未発表曲に成っている。
2枚目に移って、頭から11曲目までが80年の西ドイツはケルンでのライブ。
そして残りの4曲が80年にフィンランドはヘルシンキで行われた、
Voのマーク・スチュアートがまだ「&マフィア」を名乗る前に、
ポップ・グループ名義で行ったライブの音源で2曲が未発表曲と成っている。

個人的にポップ・グループのライブをまとめて聴いた事が無かったので、
ライブ時の楽曲の処理の仕方など、中々に新たな発見が有って面白かった。
後に「ピッグ・バッグ」を結成するサイモン・アンダーウッド在籍時のライブは、
ピッグ・バッグを愛聴していた身には非常に嬉しいマテリアルだ。
まあスタジオとライブが劇的に違うと云う様なバンドでは無い訳だが、
ライブだとフリーキーさやカオス度がアップされVoのアジテートも強烈である。
ただファンにはたまらない音源だが、音質も余り良いとは言えないので、
当然初心者が聴いて面白い物では無いし、マニア向けの商品だ。
マニア向けついでに言うと、今回のジャケは1st「Y」で使われる筈だったのだが、
その過激さにレーベルが使用を断念し、例のマッドメンに差し替えられた物で、
当時の音楽雑誌等にせめて広告だけはと、掲載された物をジャケにしている。

で、冒頭の「紙ジャケと云うと違和感が有る」と云う部分なのだが、
形は、と云うかサイズは確かに紙ジャケのサイズに準じているのだが、
ジャケットと云うより「薄い紙製のケース」とでも呼んだ方が良いブツなのである。
これが二枚組みなだけにゲートフォール仕様にでも成っていれば格好良いのだが、
単にCD二枚と解説書や付属品を入れるだけの薄いケースなのがちょっとイタい。
その代りと言ってはナニだが、付属のブックレットが中々充実している。
当時の新聞や音楽誌に乗ったインタビューやコンサート評、
そして非常に味のあるフライヤーや広告、珍しい宣材などが大量に載っている。
バンドの写真やライブ風景にしても余り見た事が無かったので興味深いし、
NMEやSOUNDSに載ったインタビューや記事が翻訳されて載っているのも嬉しい。
と云う訳で多少お高い商品だが、ファンなら絶対に買って損は無い筈。

聴いた事は無いけれど、何気に興味が湧いて来たと云う人には、
最近「Y」がリマスターされ更にボートラが加えられ海外で発売されたので、
近い内に日本でもその内容で紙ジャケで発売されそうなので、是非!
10年ほど前に「Y」がCD化された際には、待望だっただけに随分話題に成ったが、
今回の紙ジャケ再発で再び盛り上がって欲しいもんですなぁ・・・
その際には最近店でも見掛けなくなった、ラフ・トレードから出た2ndの、
「For How Much Longer~」も、付属のブックレット完全再現で是非!!

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(正に伝説な「マッドメン」ジャケの1st「Y」)

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2007.07.19

永遠なる李小龍(後編)

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(前編よりの続き)

四方田の本が或る意味専門家サイドを代表する様な本であるならば、
ファンサイドを代表する様な本が知野二郎の「龍熱大全」である。
「ファン」と言っても知野は既に何作かの著作も物にしているプロだし、
多分「ショウ・ブラザース」時代のクンフー映画なら日本一詳しい人だろう。
しかし李小龍を語る時の知野は常に昔からのファンの熱さを忘れずに居る人だ。
李小龍を通して己を語る事により李小龍の偉大さを語っている。
そんな知野が李小龍及び香港のクンフー映画を熱く語ったのが今作である。

第1次ブームの時に所属していた李小龍のファンクラブ「BFC」の会報、
「The DRAGON」に執筆していた今見ても異常に濃い話から、
伝説の個人誌「龍熱」の記事、そして各誌に執筆した記事等、
人生を李小龍と数多のドラゴン達に捧げた男の生き様が垣間見れる内容だ。
武術雑誌「武術」に連載され、歴史考証もしっかりと成された、
「香港功夫電影武打星列伝」など資料としても読ませる良い記事だが、
やはり初期の李小龍信者達の熱さが伝わってくる「The DRAGON」の話が面白い。
情報の入手が遥かに困難だった時代に手探りで集めたネタの数々や、
ネットの無い時代に培われた交友の数々に時代の熱さを感じる事が出来る。
あの時代はホームビデオでさえ一般的では無かった訳である。
今の世の中情報量は遥かに増えたが、それに比べて熱量は低下している気がする。
だからあの時代に李小龍の洗礼を受けた人間が未だに彼を熱く語るのは、
単純にノスタルジーだけではないだろう。
「熱」なのだ、そう正に「龍熱」なのである。

特に筆者が一番好きな李小龍映画として挙げる「死亡遊戯」に関して、
その裏に残された膨大なバリエーションや没フィルムから考察される全貌、
その誰も見た事の無い完全な姿に思いを馳せる熱意は凄まじい。
「死亡遊戯」は発掘されたその没フィルムを使用して、
日本では「ブルース・リー In G・O・D/死亡的遊戯」、
米国で「ウォリアーズ・ジャーニー」と云う2本の、しかも異なる作品が産まれた。
やはり真の李小龍マニアが抱く思いと云うのは万国共通なのだろう。
だがそれでも筆者は「死亡遊戯」の世界が完全に解明されたとは思っていない様だ。
それは正しく終わる事無く続く「デス・ゲーム」の世界・・・・

さて個人的にこの本の中で一番好きな話は、
「2040年11月、ブルース・リー生誕百年記念に向けて」と題された一編だ。
「2040年、香港の丘の上に有る李小龍の銅像に花を手向けに来た青年に、
何処からか現れた白髪の老人が李小龍とその遺志を継いだ三人の男の話をする。
同じ京劇の学校出身者で、三人とも李小龍の映画にスタッフとして係り、
そして李小龍の早世で火の消え掛けた香港に新しい功夫の火を灯した男たち。
やがて老人は、李小龍の像に花を手向ける様、青年に頼んだ彼の父の事を尋ねる。
彼の父は昔コメディ映画で人気の有った香港人俳優で、
「代表作は少林寺拳法とサッカーを融合させた映画だ」と老人に語る。
達観した老人の話し振りに青年が名を尋ねると老人は些か可笑しげに、
「自分はかつて天皇巨星と呼ばれていたりした」と呟きを洩らす。
不思議な笑みを浮かべた老人がその場を去った後ふと気が付くと、
少年の様に憧憬を含んだ眼で銅像を見上げる三人の老人がそこに立っていた。
鼻の大きな老人に手招きされ、彼らと青年が合流した時に、
「かつて」と「これから」を繋ぐ龍たちの系譜がまた一つ継承されたのだった。
その姿を見下ろす銅像の口元が少し微笑んだ様に見えた・・・・」

泣ける・・・・もうこれは純粋に泣ける・・・

そして今、李小龍の影響がダイレクトに伝わっている一つの例として、
絶対に欠かす事の出来ない作品が、東映が誇る戦隊シリーズの最新作、
「獣拳戦隊ゲキレンジャー」である。
これまでも功夫テイストを取り入れた作品は有ったりしたのだが、
今回は完全に香港功夫映画、と云うか武侠小説的とも言える作品に成っている。
所謂、形意拳の1種であろう「獣拳」使いが戦隊を生している訳だが、
それが正派の「激獣拳」と邪派の「臨獣殿」に別れている背景が有る。
勿論「ゲキレンジャー」は正派の師弟達で「ビースト・アーツ」等と呼ばれ、
敵が強さを求め邪道に堕ちた邪派、と云う武侠小説な設定がまず泣ける。
主役の3人組はまだ掛け出しの弟子であり、修行の身だ。
強力な敵と出会い挫折し、師匠に鍛えられた修業の後、技を会得し強く成ると云う、
功夫映画の典型的な、修行と師弟関係と云うパターンを、
戦隊物のフォーマットに非常に巧く落とし込んでいる。

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トラック・スーツ風の衣装で、トンファー様の武器を持って闘う三人組。


その修行の為に現れるのが、獣拳を極めた正派の「拳聖」と邪派の「拳魔」だ。
かつては供に修行し、現在は正邪に分かれてしまった獣拳の達人達だが、
その「拳聖」達のラインナップが、もう香港映画ファンには涙モノだ。
拳聖たちは現在「不闘」の誓いを立て、獣の姿に身をやつしているのだが、
ゾウの姿をした拳聖が、エレハン・キンポー!声は何と水島裕だ!!
コウモリの姿をした拳聖が、京劇を優雅に舞うバット・リー、
サメの姿をした拳聖は、シャッキー・チェン!!声は勿論、石丸博也!!!
そして新に現れた三人の拳聖は、ガゼルの姿の拳聖、ピョン・ピョウ、
ペンギンの姿をした、色っぽい女拳聖、ミシェール・ペング、
そしてゴリラの姿をした知的な拳聖、ゴリー・イェン、
それに老師的な立場の猫の姿の拳聖、マスター・シャーフーの7人だ。
エレハン・キンポー登場の話を聞いた時、これはもしかすると?と思わせたが、
シャッキー・チェンで石丸博也の声を聞いた時には流石に感慨深い物が有った。
そりゃもう完全に子供相手の仕掛けじゃないでしょ?これは。
当然残りの拳聖に関して、香港映画ファンとして色々と想像したりしたが、
まあ七小福の元彪は当然だろうとは思ったが、楊紫瓊出して来たのには驚いた。
しかも最近ハリウッド方面で通用している「ミシェール・ヨー」ではなく、
昔馴染みの「ミシェール・キング」を使ってくれる辺りが憎い!
そしてまさか!の甄子丹!ドニーを持って来るとは解ってらっしゃる。
正直、日本での知名度的には左程だが、甄子丹こそ拳聖に相応しい存在だ。
と云う事はやはりバット・リーは李小龍では無く李連杰と云う事なんだろう。
すると・・・李小龍はシャーフーか?それとも更なる偉大な拳聖が?・・・

他にもいきなり初っ端の四話から登場する、「臨獣殿」の刺客「五毒拳」。
五毒と言えばあなた、栄光のショウ・ブラザース映画の傑作「五毒」ですがな。
巨匠・張徹監督の78年作品で、コク・チョイやサン・チェンが出てたアレですよ。
これには唸りましたな、どんだけマニアックなんだってな話ですよ。

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どちらかと云うと主役をくってる感じな邪派「臨獣拳」の二人。


まあ本場の功夫映画を見慣れた眼からすると、技の切れが悪いとか、
結局は拳ではなく秘密兵器とロボットで闘いのケリを付けるのか?とか、
色々と突っ込みどころは多い訳なのだが、
マスクを被っての技斗だったり、スポンサーの玩具メーカー絡みの事を考えれば、
そう云う所は大目に見るべきである、なんせ本筋は子供番組な訳だから。
逆に特撮番組を見慣れた方の意見だと、敵側を起たせ過ぎた設定や、
敵側を起たせ過ぎたせいで、主役の3人が著しく起っていない現状など、
色々と問題点は指摘されている。
しかもその次にやっている「仮面ライダー電王」が余りにも面白過ぎる関係で、
余計ゲキレンに対する風当たりが強く成っている部分もある。
しかし、この余りにも面白過ぎる設定を無視するのは非常に勿体無い。
是非香港映画ファン・功夫映画ファン・武侠小説ファンにこそ観て欲しい作品だ。
今後また新たな展開を向かえ、あっと驚くマニアな設定が出て来るやも知れない。
そう云う訳で是非とも温かく見守って行きたい作品だ。

「1973年7月20日」
今から34年前の今日香港にて、一代巨星・李小龍が死去した。

僅か32年の生涯だったが、彼が後世に残した物は計り知れないほど大きい。
その影響は今も、そしてこれからも続く・・・・

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2007.07.16

永遠なる李小龍(前編)

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李小龍は死なない。
21世紀に成っても尚、彼の怪鳥音は世界中で響き渡る。
いや、むしろ遙に、高く、気高く響き渡る。

彼は忘れ去られない、一度も忘却された事は無い。
実質4本の主演作品を残しただけで没したと云うのに、
それから現在までありとあらゆる場所で彼の名前は口にされ続ける。
例えば母国の香港で・・・・・

現在は解散してしまったが香港産のストリート・ヒップ・ホップ・ユニット、
大懶堂(Lazy Mutha Fucka)の曲に「1127」と云う曲が有る。
李小龍の音声を大胆にサンプリングしたクールなナンバーであるが、
少し詳しい人間ならお解かりだろうが「1127」とは、
李小龍がサンフランシスコで生を受けたその日なのである。
リリックで連呼される「我地唔係東亞病夫 中国人唔要睇死自己」は、
映画「怒りの鉄拳」からの引用で、己がアイデンティティを強烈に主張している。
ヒップ・ホップ的に言えば功夫映画の引用はウータン・クランとか、
ビースティ・ボーイズからの影響だと言えるが、
ようやく本当に使われるべき所で使われていると思える一つの成果だ。
李小龍は民族のアイデンティティの拠り所として今も有効なのである。

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さて上に載せた画像は香港で出版された現地の漫画家、
イラストレーターたちによる李小龍のトリビュート作品集である。
香港には独自の漫画の形態が有り、スタイルとしてはアメコミに近い物がある。
ここで細かくその形態を述べるのは主旨から外れるからひとまず置いておくとして、
屋外のスタンドで売られている様なメジャーな漫画以外に、
主にアート系の書店で売られている様な作家たちが居て、
この本は主にそう云うインディな作家たちが集まって作られた作品集だ。
日本の漫画家やイラストレーターの影響が直に指摘出来る作家も多いが、
多種多様な作風の作家が香港でも育っているのだと実感できる。
この中のどれだけがプロとして生活出来ているかは解らないし、
頭数で集められただけで、李小龍に関心が有るのか解らない様な奴も居るが、
李小龍を表現する幅はそんなに小さい物ではない、と云う所だろうか?
収録されている漫画作品も中々に力作が多く、黄國榮が描く「分裂」は、
映画「トゥルー・ロマンス」に出て来るエルヴィスの幻影の様に、
小心なサラリーマンの前に現れ彼を鼓舞する幻影の李小龍が泣かせるし、
仙界にて斉天大聖と拳を交えるLeeLeeの「天門」も燃える物がある。
しかし個人的にグッと来たのは門小雷の「李小龍星際聯盟」だ。

年少ながら李小龍の論文を書き大学へ講義にも出掛けている女性研究者が居る。
ある晩、彼女は家の秘蔵李小龍コレクション・ルームで騒がしい音を聞きつけた。
そこに居たのは縫ぐるみの様な宇宙人たちで秘蔵のヌンチャクに手を掛けている。
博士は得意の截拳道で宇宙人を蹴倒すとヌンチャクを構えた。
しかし倒された宇宙人の口から洩れたのは意外な言葉だった。
「は!貴女は地球の李小龍研究の権威、林清韻博士では?」
・・・・宇宙人は彼女に語る。
「かつて李小龍は邪悪な他の宇宙人によってアブダクトされた事があった。
しかし李小龍はその邪悪な宇宙人を物の3分で完全に粉砕し、
それを知った虐げられていた宇宙人たちは彼を英雄と崇めたのだ。」
そしてその宇宙人たちがするりと着ていた宇宙服を脱ぎ捨てると、
その下には鮮黄なトラックスーツが!
「そして李小龍の意志に賛同した宇宙の仲間が組織を造りこう名乗った、
(ブルース・リー宇宙聯盟)と!」
「李小龍星際聯盟」・・・・宙を見上げる彼女の頬に涙が伝う。
おもむろに彼女は秘蔵のヌンチャクを捧げ持ち宇宙の仲間たちに献提する。
「博士・・・・」涙する宇宙人たち。
宙の彼方に帰って行く宇宙人のUFOは黄色いヌンチャクの形をしていた・・・

泣ける、これはかなり泣ける、笑える話だが相当泣ける。
夢有るなぁ・・・・

流石に宇宙規模と云う訳にはいかないが、似た様な記述で始まる本がある。
平岡正明が73年に太平洋諸民族の独立運動家に招かれたミクロネシアにて、
「ドラゴンへの道」を観て狂乱するほど興奮する現地人を見た事、
山口淑子がパレスチナ問題を取材する為に訪れたベイルートにて、
李小龍の主演作品が「ゴッドファーザー」等及びも付かないほど、
大ヒット・ロングランを続けていると云う話を現地で聞くと云う事、
それらを含めて如何に李小龍の映画が世界中(文字通り世界中)で、
信じられない程の成功を収めていたかを冒頭に持って来て始まるのが、
四方田犬彦の力の入った評伝本「ブルース・リー/李小龍の栄光と孤独」だ。

四方田犬彦と言えば亜細亜映画を観る者はきっとお世話に成る評論家の一人だ。
台湾に出掛けた時には、林青霞が台湾時代に大量に出演した映画を観る為に、
ビデオボックス(昔有ったんですよ)に籠もったと云うナイスな御仁で、
まとまった本が無かった頃に出た「電影風雲」は非常に勉強に成ったもんである。
そんな四方田の李小龍本が面白くない訳が無い、と云う事で手に取った訳だ。

現在・李小龍を語る切り口はかなり多方面に渡っているが、
近頃一番多い内容が「截拳道」の提唱者としての武道家・李小龍と云う所だ。
総合格闘技が全盛の昨今、その先駆的存在としての評価が高まっている訳だが、
今作は結構有りそうで無かったその生涯のキャリアを俯瞰した評論集に成っている。
「その生涯のキャリア」と云うのは彼の子役時代も含めて、と云う事だ。
今でこそ日本でもDVD-Box「Bruce Lee Ulutimate Collection」が発売され、
「細路祥」「千萬人家」「苦海明燈」「孤星血涙」の4作品が観れる様に成ったが、
それまでは李小龍の子役時代の映像など、断片的に観れる物でしか無かった。
李小龍は両親が粤劇の俳優だった事もあって、何と生後3ヶ月から、
香港を離れる19歳まで22本のフィルムに出演し、主演と呼べる物が5本、
脇役やチョイ役として顔を出した物が17本とかなりの数のフィルムを残している。
筆者は香港電影資料館に出掛け現存する総ての作品を観て来たそうだ。
それによりたった4本の主演映画やTV作品でしか語られて来なかった、
「役者」としての李小龍の資質が更に深く掘り下げられている。
実際にその作品を見ている訳ではないので個人的に何とも言えないのだが、
その後の李小龍に通じる要素が幾つも発見できる様だ。
それと供に当時の粤語映画を取り巻く状況なども記述してあって興味深い。

アメリカに渡った以降の李小龍の姿は他の本で何度も読んで来たし、
残された4本の主演映画と再編集された1本の作品に関しては、
それこそ1本の作品だけで1冊丸ごと取り上げる位の本も有るが、
ここで面白いのはナショナリズムとジェンダーに関しての考察であろう。
特に日本を含む東亜細亜の映画に顕著な異常に濃い男の友情とでも言うべき、
ホモ・ソーシャリティ的な要素が李小龍の映画には驚くほど薄いと云う指摘だ。
確かに彼の映画には「血で誓った友情」も「友の為に死す」様な描写も無い。
寄って起つ所は鍛え上げられた己が身体であり、行き着く所は虚無である。
それがどう云う意味を持ち得るのかは本書を読んでいただくとして、
中々この様な論考は他の書ではお目に掛れない興味深い内容だと思う。
(ホモ・ソーシャリティと東亜細亜映画に関しては、
著者と斉藤綾子との共著で「男たちの絆、アジア映画」と云う本が出ている)

以下後編へと続きます。

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2007.07.10

怪談専門誌「幽」第七号発売

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日本唯一の怪談雑誌「幽」も、何だかんだと今回で7号目だそうだ。

本誌の発売前に、前号で発表された「幽」怪談文学賞受賞作も刊行され、
関連書籍も含めて予想以上の好展開をみせている「幽」である。

・・・がしかしそれに反比例する様にこちらの熱意が薄れている。
前号辺りから感じてはいたのだが、少々この形式に飽きてきた。
色々な読み物を揃えているとは云え、基本と成るのは所謂「実話風」怪談である。
自身の経験だったり一般から話を蒐集して来ている作家も居るので、
一概に「実話風」と言い切る訳にはいかないが、基本は「それ」だと思う。
なのでどうしても話のスタイルや内容が似てくる場合が多い。
そもそも恐い話の種類がそう沢山有る訳では無いだろうから、
「あ、またこのパターンか」と云う話が多く成って来るのは致し方ないだろう。
そう成らない為に新しい血の導入を図っているのだろうが、
まだそれがカンフル剤として機能しているには到っていない感じである。

そもそもこの手の怪談話は所謂「季節物」と云うのが定番で、
夏が来れば稲川淳二の顔を思い出すと云うのが良い風情だったりする訳で、
番組改変期毎に稲川淳二に出て来られても「またかよ」ってなもんである。
勿論、好きだから読む訳だし、観たいから稲川淳二な訳なので、
これが贅沢な言い分だと云うのは重々承知の上だ。
「怪談」の定義を逸脱するのも面白くないが、オカルトに走られるのも白ける。
(全く個人的な感想なので恐縮だが)難しい所だよなぁ・・・・

とは云え相変わらず連載作品のレベルは高く面白い。
平山夢明、福澤徹三の「実話怪談」両巨頭の作品の粒揃い振りは見事。
今回も現代の話だったが、山白朝子の作品は残酷な童話風で楽しめた。
ますます幽明漂う乾いた話で内田百閒化に磨きが掛った様な、
京極先生の「幽談-ともだち」は何とも言えぬ雰囲気が癖になる。
いつも楽しみにしている「テツの怪談」は、ラストがSFだったりしたのが残念だが、
綾辻行人の(深泥丘風土記)とでも云うが如き、怪しげな深泥町の出来事は、
町も登場人物も妙にキャラクター化して来ていて中々楽しい。

最近「コミック幽」として概発作品がまとめられたりした連載漫画作だが、
今回は「隠れ里」話とでも云う様な押切蓮介の「静寂の谷」が面白かった。
偶然だろうが福澤徹三の連載作の「蝉」がほぼ同じ形式の話なのが興味深い。
伊藤三巳華の「憑々草」は今回、中山市郎の「やじきた怪談旅日記」とコラボ作だ。
彼女の漫画に登場する「チンピラ霊能力者」と鎌倉を巡る話に成っているが、
そのお陰か「やじきた」はいつもの「のほほん」とした雰囲気では無かったりする。
旧跡に怪異を幻視したり、憑いて来る霊を祓う場面等は結構・・・と云う感じだが、
まあ中にはこう云ういかがわしい雰囲気の作品が有るのも乙だろう。
前号の様に巻頭特集までそう云う雰囲気が横溢すると少々辟易する所では有るが。

さて今回の巻頭特集は映画「怪談」と連動した三遊亭圓朝である。
圓朝と言えば読んだのはかなり前に成るが、ここでは紹介しなかった森まゆみの、
「月刊百科」連載の「円朝紀行」をまとめた「円朝ざんまい」を思い出した。
谷中は全生庵の「圓朝祭り」にも係っている著者が、
自身のホームグラウンドである谷中、上野、そして東京周辺は元より、
圓朝の作品の舞台に成った日本各地を巡るくだけた感じが好ましい圓朝本である。

奇しくも今号の巻頭特集でも訪れている「真景累ヶ淵」にも当然出掛けている。
今回は余りはしゃぐ事無く、淡々と旧跡を廻る感じが良い「日本怪談紀行」だが、
落語の如くテンポ良い語りで綴られる森まゆみの方がやはり面白い。
圓朝の噺のダイジェストとして絶妙の語り口と供に代表作が紹介されているので、
「怪談」のみでなく、圓朝に興味を持たれた向きには是非一読を薦めたい。
圓朝の特集に付随して、稲川と並ぶ怪談語りの「顔」である一龍斎貞水師匠や、
林屋正雀師匠の怪談語りに関する談話など、中々に興味深い読み物が続くが、
新作落語を作家が手掛ける「ハナシをノベル」と云う試みに挑戦している、
牧野修の「百物語」が中々に面白かった。
小説として読んだ場合、夢野久作の「キチガイ地獄」に似た話の展開が難だが、
小説としての出来とこれが噺家から語られた時の出来とは全く異なる訳で、
なるほど、これは高座で聴いてみたいなぁ、と思わせる噺の出来であった。

さて時期的にそろそろ谷中の三崎坂に「圓朝祭り」の幟がはためく頃だろう。
全生庵の蒸し暑い堂内で催される、命日の寄席も人が多く成り過ぎたし、
幽霊画の展示も金を取る様に成ってからトンと出掛けていないが、
圓朝の特集記事を読んだりする内に、ふとまた出掛けてみたくなった。
日本の夏と怪談・・・・やはり良い組み合わせだなぁ・・・・

Entyo01

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2007.07.07

「聚楽」の魅惑的な世界

或る年代の人間には、デパートの大食堂に一方ならぬ思い入れが有るかと思う。

ファミレスやらファスト・フードが無かった時代。
家族揃ってデパートに出掛ける「ハレ」の日に、
和・洋・中・デザートに酒類まで網羅したメニューに体育館の如き巨大な店内、
そんな非日常な風景に心躍った事を何となく思い出す。
確か入り口で買う食券は、遠距離路線の鉄道の切符の様に硬券で、
鉄道の切符売場同様に幾つも並んだ切符ホルダーに収められていて、
注文を聞いた係りが、素早い手付きで食券を抜き出す動作が印象に残っているし、
色の付いたプラスティックのタグが食券代わりの所も有った様な気がする。

今やデパートの大食堂は殆ど絶滅状態だし、有っても旧来のスタイルでは無い。
昔は気にも留めなかった物が消える度に懐旧の情が湧いて来るように、
あの家族連れで賑う、ちょっと安っぽい食事の大食堂を酷く懐かしく思い出す。
しかしまだ都内に、そんな小親父の渇きを癒してくれる場所が残っている。
それが上野公園に有る「レストラン聚楽台」だ。

子供の頃「聚楽台」で食事したと云う記憶は余り無い。
上野は家から近かったから、わざわざ外で喰わなくても家に帰って飯に出来たので、
確か上野の科学技術館に行った帰りに休憩に入ったとか、
最近閉館した上野山下の映画館で映画を観た後に飯を喰ったとか、
数えるほどしか記憶に無い、しかも殆ど忘れかけている様な記憶だ。
今でも上野はチャリで出掛ける様な所だし、食事は余りしない場所である。
そんな中、先日出掛けのついでに上野によった折、ふと思い出して入店した。
実は「聚楽台」の素晴らしさは、所謂「街歩き雑誌」で何度か読んでいる。
「散歩の達人」以降、数多く出版されている雑誌の上野特集とかでだ。
気には成っていたが、こう云う近場の所はいつでも行けるだけに、
中々機会が無く見過ごしてしまっている場所だったりするのだ。

店内に一歩入ると、そんな優柔不断な態度を激しく後悔する光景が拡がっていた。
凄い!よくもこんな「昭和」な店内が現役で営業しているもんだ!!
上野の山に沿って横に長い店内は、窓に面した椅子席、真ん中にボックス席、
そして奥の方に座敷席(・・・てか桟敷席と呼びたい)と云う構成に成っている。
この座敷席の感じがたまらなく素晴らしいのである。
両側に有る入り口のカウンターの奥に、銭湯と同様の下駄箱が配置されていて、
そこで靴を脱いで国技館の升席の様に区切られた座敷席に入るわけだが、
座敷席の部分が一段高く成っていて、その上に庇が乗り瓦屋根の有る素晴らしさだ。
地方から出て来たオッサン達が、土産の大きな袋を小脇に置いて、
靴を脱いでくつろいでビールを啜る姿がその場に透けて見える様である。
ボックス席の感じも何処と無くスナックに有る様なしどけない雰囲気で、
昼からビールをあおっても何ら違和感無い感じで最高だ。

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流石にメニューは「大食堂」と云うほど充実している訳ではないが、
小洒落たファミレス風情には無いストレートな食事が豊富に有る。
勿論、ビールからサワーまでオヤジを癒すドリンク類も揃っていた。
年齢制限が無ければ「お子様ランチ」を真っ先にオーダーする所だが、
何となく雰囲気に合っていた「懐かしメニュー」を頼む事にする。
これは聚楽の前身である大正13年創業の須田町食堂で出されていた、
懐かしい洋食メニューを再現したと云うメニューだそうな。
どんぶりに、豚の角煮・さつま揚げ・辛子明太子・鶏そぼろ・温泉玉子等が、
所狭しと乗ったその名もズバリ「西郷丼」に心惹かれつつ、
無難な所で「懐かしカレー」と、連れが「懐かしのプレート」を注文した。

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余りの素晴らしさに泣ける「懐かしのプレート」

カレーの方はもう少し黄色い蕎麦屋のカレーの様な物を想像したのだが、
まあ可も無く不可も無い、付属のらっきょうが昨今珍しい食い物だった。
所が意表を付かれたのが「懐かしのプレート」の方だった。
こちらは画像に有る通り、日本の洋食の王道メニューを集めたプレートで、
ハンバーグ、エビフライ、オムライス、ナポリタンで構成されている。
ハンバーグやエビフライは結構普通の味なのだが、凄いのがナポリタンだ!
ソフト麺を髣髴とさせる麺で、特に具が混じっている訳ではないのだが、
酸っぱいのである、所謂ケチャップの味が酸っぱいのだ。
口に含むと、じわじわと昔の味覚の記憶が染み出してくる。
そう、昔のケチャップ物って何故か変に酸っぱかった記憶が有るのだ。
こ・・・・これは!!と急いでオムライスの方に手を付ける。
こちらも具が何も無い、チキンライスでは無くケチャップライスである。
す・・・酸っぱい!!これも微妙に酸っぱいぞ!
凄い、何という再現振り!と云うか「そんな所まで再現する必要有るのか?」
そんな根本的な疑問も頭を過る所だが、テンションは異常に上がった。

恐るべし聚楽台!食事に到るまでやられっぱなしである。
系列グループの「ホテル聚楽」の「聚楽よぉ~ん!」と云う懐かしいCMの如く、
訳も解らず悩殺されたまま上野の街の街を後にした・・・・

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2007.07.02

「ヘンリー・ダーガー 少女たちの戦いの物語」展

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原美術館へ「ヘンリー・ダーガー展」を観に出掛けた。
ダニエル・ジョンストンと同様にマイナーな存在だと思っていたダーガーだが、
結構な人出、しかも若い女性が多くて盛況な展覧会だった。

とは云え一般にダーガーの存在を知る人はまだ少数だろうと思う。
ヘンリー・ダーガーは所謂「アウトサイダー・アート」界の輝ける一枚看板だ。
ダーガーを語る前に更にやっかいなのが「アウトサイダー・アート」の定義である。
最近はその名に反発を覚える人達が「アール・ブリュット」、
(生の藝術と云う意味のフランス語)と呼んだりもするが、
多分に定義が多様で、人によって含める作品の選択も変わって来たりするのだが、
大まかな所「精神に病的要素を持つ人達、霊的なビジョンを持つ人達などが、
原初的な表現衝動に突き動かされて描き出した作品」と云う所だろうか。
多くは絵画に関してアカデミズムな教育などを受けておらず、
また一般の絵画の規範を大幅に逸脱した作品が多い
アール・ブリュット・コレクションの現館長リシュエンヌ・ペリーが挙げる、
アール・ブリュットとしての5つの条件は、
①社会的にマージナルな存在
②文化的処女性
③作品に関する無関心
④芸術的に自立している事
⑤創意に富んでる事
・・・・なのだが、これとても総ての作家に当て嵌まる条件では更々無い。
例えばダーガーに関してさえ②と⑤の条件がそもそも怪しくなる。
突き詰めて考えて行けば何が正常で異常かと云う根源的な話に繋がる訳で、
物凄く簡素に「狂人絵画」とでも放言すれば解り易い所では有るが・・・・

さて話は飛んだがヘンリー・ダーガーに附いてだ。
81年の生涯を殆ど人と接する事無く孤独の内に暮らした彼は、
病院の掃除夫や皿洗い等の単純で孤独な労働に従事する傍ら、
誰にも知られる事の無い、架空の王国の年代記を記す事に取り憑かれた男だ。
彼は幼い頃に天涯孤独な身の上に成り、精神薄弱児収容施設に入れられるのだが、
精神遅滞に関しては現在では疑問符が付けられる事が多い。
しかし描き出す画に現在で言う所のアスペルガー的要素が見られるのは確かな所だ。
全15巻、1万5千ページに及ぶ「非現実の王国で」と題された長大な作品は、
他人に見せたり発表したりする意思が全く無いまま、
20歳の頃から身体が不自由に成る70歳代まで延々と綴られ続けた。

本来ならそれらは「変り物の孤独な老人」が残した膨大なゴミとして、
ダーガーが養老院に移った時点で廃棄される筈のシロモノだったのだが、
これこそ正に「天の采配」と云うか「神の悪戯」と云うべきか、
ダーガーに部屋を貸していた大家のネイサン・ラーナーは工業デザイナーであり、
ダーガーの作品の独自性を見抜くだけの眼力の有る人間だったのだ。
アウトサイダー・アートが世に出る時、必ず篤実な理解者の存在がそこに有る。
例えば日本が誇るアウトサイダー・アーティストである「裸の大将」山下清や、
深川に建てられた赤木城吉の手による異次元の建物「二笑亭」の存在などは、
精神医学者の式場隆三郎の理解と記録が有ったればこそ世に知られた訳である。
ラーナーはダーガーが亡くなった後、作品は元よりその部屋も保存し続けた。
残念ながらその部屋は2000年に撤去されてしまったそうだが、
制作及び生活環境が殆ど素のまま残されていたと云うのは、
ダーガーと云う尽きせぬ迷宮を探る時に、欠かせぬ地図と成った事だろう。

さてダーガーの作品が何故そこまで人を惹き付けるのかと言えば、
画を見れば一目瞭然なのだが「物凄く解り易く異常」だと言う事が挙げられる。
一見すればポップな色彩と溢れ返る様な少女達の乱舞に幻惑されるが、
良く観ると画としての整合性が著しく欠けていて何処と無く不気味さが漂う。
ダーガーの画の特徴は、
在りモノのイラストや画集からのトレースによるコラージュなので、
話に当て嵌める為にそれ風のイラストを探してトレースしている為、
画面構成に全くそぐわない動きや表情をしている人物が画面に横溢しているのだ。
そしてポップな画面に相反する様なペドフィリア雰囲気とゴア趣味。
ダーガーの名誉の為に言って置くが彼にそう云う嗜好が有った証拠は何処にも無い。
しかし登場人物の殆どが少女・・・いや幼女で、やたらに半裸な描写が多く、
しかも少女たちの下半身に付けられたペニスの存在は誰が見ても異常である。
それはやはり「ロリータ」と云うよりはペドフィリアに近い感想を抱く。
曰く「人付き合いの殆ど無かったダーガーは男女の性差を知らなかった」云々、
ダーガーのペニスを持った少女たちに関する論考は多々ある訳だが、
描かれた物から導き出される簡素な感想は「物凄く解り易く異常」と云う奴だ。

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「物凄く解り易く異常」はその少女たちが遭遇する受難の数々にも垣間見える。
「非現実の王国にて」のサーガの骨子は、子供たちを奴隷として虐待する、
「大人の男の国」グランデリニアンと闘う、七人のプリンセスにして少女戦士、
ヴィヴィアン・ガールズの勇気有る冒険を描いた話だ。
昨今のヲタクが描き出す物語世界との不気味な共通性も興味有る所だが、
画物語の中で子供たちが遭遇する受難の数々が余りにも壮絶なのである。
虐待と云うより虐殺、飛び散る臓腑に損壊された人体の数々、
縊り上げられ悶絶の表情を浮かべる子供、内蔵をばら撒いて磔にされた子供など、
カラフルでファニーな少女戦士が活躍する画面に連なって展開される、
やり過ぎな地獄絵の数々はやっぱり「物凄く解り易く異常」と云う奴だ。

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と云う訳で今回の展覧会で最高の不満は以下の様な展示方針に有るだろうか?
「拷問や殺戮といった残酷な情景も数多く描いたダーガーですが、
本展は少女たちが遊ぶ無邪気なイメージを中心に構成します。」
なるほど、そう云う方針で展示すれば若い女性が多い客層も理解出来る。
ダーガーがトレースしたのは、今ならレトロポップな広告写真やイラストが多い。
ならばポップでファニーでカラフル、しかも「ガーリー」な雰囲気も有るだろう。
しかし「物凄く解り易く異常」のみで語られるのも不本意だろうが、
ポップでガーリーとして語られるのも如何な物か?とは思う。
併設されて館内に奈良美智のインスタレーションも展示されていたが、
同様の展示方針が感じられて、何気にいや~な感じがした。

しかしやはりダーガーの生の画の迫力には息を呑まされる。
大体サイズ的にもう少し小さい画面だと思っていたのだが、
50㎝近い幅広の画面に踊る色彩と少女たちの世界は正にめくるめく世界だ。
初期のコラージュのみで構成された画も異常な迫力で迫ってくる。
しかしこれ、明るい館内の綺麗にディスプレイされた展示で見るから良いが、
薄暗いゴミ屋敷の様なダーガーの六畳ほどの部屋で見掛けたら慄然としそうだ。
しかもこれがまた大量に積まれて残されている訳である。
返す返すもネイサン・ラーナーの献身的な態度と慧眼に感服するしかない。

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