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2007.09.22

増殖するクトゥルー神話の世界

最近「クトゥルー神話」がと云うかラヴクラフトが再び盛り上がっているらしい。
気が付くと書店の其処此処でラヴクラフト関連の本を見掛けたりする。
まあ一部の好事家にしか知られていなかった二十年以上前から現在まで、
邪神たちの暗黒神話は途切れる事無く、しかも確実に日本にも浸透して来た。
かのメタリカの2ndに「クトゥルーの呼び声」が収録された時には、
「クトゥルーって何だ?」と云う声が多く囁かれていた物だが、
今では普通に神話をモチーフにしたデス、ブラック・メタルのバンドも多い。
アニメや特撮業界は元からSFや怪奇小説の読者が多かっただけに、
到る所で邪神モチーフの作品や小ネタが頻出していて収拾がつかない位だ。
「ウルトラマン・ティガ」の最終回にゾイガーとガタノゾーアと云う、
殆どそのまんまな邪神が登場して来たのに仰け反った人間は多いし、
戦隊物の「マジレンジャー」の最終章に出て来る冥府神の中にはダゴンが居るし、
ラスボスの絶対神ン・マは造型が完全にクトゥルーだったと云うのも笑った。
まあそう云う物の中には少々首を傾げざるを得ない生半可な作品も多いし、
神話のアウトラインは知っていても読んだ事が無い人も多いと思う。
実際あの時代の怪奇小説は読み付けていないと取っ付き難い所も有るし、
派手な見せ場と云うより雰囲気で怖がらせる作品も多いので、
手が伸び辛いのは解るが是非とも原典のあの雰囲気を味わって欲しいもんである。

Lovecraft001


そんな、派手な見せ場より話の雰囲気を重視した様な解っている作品が、
「H.P.ラヴクラフトのダニッチ・ホラー その他の物語」と云うDVDで、
幻冬舎が出している「画ニメ」の一本としてリリースされた作品だ。
他の作品を観ている訳では無いので「画ニメ」の全般に附いては語れないが、
所謂「動く画」では無く「止め画」を演出で見せる如き作品の様だ。
この作品は人形を使っているので簡単な動きは有るのだが、
基本はナレーションや効果音、音楽を乗せた紙芝居と言った所だろうか?
収録作品は三本、やや長めのタイトル作「ダニッチ・ホラー」、
そして短編の「家の中の絵」「フェスティバル(魔宴と云う方がお馴染みか?)」。
怪談風だったり、活劇調だったり、夢幻譚の様だったり、
短いながらそれぞれに違う手触りが感じられて面白い。

「家の中の絵」は語り手をミッキー・カーティスが担当しているのだが、
流石は立川流、何気に江戸っ子風のべらんめいな語りが面白い。
ストレートな恐怖演出だが、メガネを取った人形の顔が中々に役者な出来である。
「ダニッチ・ホラー」はやはりウェイトリィ兄弟の造型が気に成る所だが、
これと言って可も無く不可も無い様な出来だった。
邪神のデザインに関しては視覚化が難しい物が多いから、
単なる「ねじりん棒」をどれだけ異形的に見せられるかが問われる所だが、
最後に現れるウェイトリィ兄弟の断末魔の顔は中々不気味で良かった。
犬に咬まれて死ぬウィルバーの死体も同様に人形の顔が陰質で悪くない。
山場である丘の上の戦闘のシーンは「画ニメ」の性質上余り緊迫感が無いが、
画面に切り返しや特殊効果でそこそこ盛り上げてくれる。
しかし呪文を唱えるアーミティッジ教授は悪人の如く怪しく見える。
そしてやはり遠藤憲一の語りは独特の深みが有って良い・・・・
残念だったのが「フェスティバル」。
こちらはその無表情な人形の顔のせいで仮面取り去る長老の効果が薄れている。
何せ地顔なのか仮面なのそもそも解らないし、その下の顔もやや弱い。
それと召喚された有翼の雑種生物の造型ももう一捻り欲しかった所だ。
ただ夕日を浴びたキングスポートのパースが歪んだ情景は素晴らしい。
簡略化された街並みの感じも、何処かドイツ表現主義辺りを髣髴とさせる。
語りは柄本祐・・・良く知らない若手俳優だ・・・
一話と三話がどちらもラストが馬鹿笑いで終ると云うのは何か意味が有るのか?
少なくとも「フェスティバル」に関しては原作通りのラストの方が良かったと思う。
派手に盛り上げる事無く、ミニマルな伴奏に徹したジム・オルークの音楽も良し。

人形アニメでは無いので撮影はそれほど大変では無いだろうと思っていたが、
そこはそれ、メイキングなどを見るとやはり色々と大変だった様だ。
本編を見ていて結構感心したのがライティングの上手さで、
ライティングの加減で表情の乏しい人形の顔を幾重にも複雑に見せていた。
まあとにかく映像化された物に当りの少ないラヴクラフト物であるが、
こう云う変わった方向の挑戦も中々に面白いもんである。

Lovecraft003


で、近頃学研から出たのがそのDVDの紹介も載っている「クトゥルー神話の本」だ。
最初に書店で手に取ってパラパラとめくった時には、内容的に90年に出てた、
「ムー」の別冊「クトゥルー神話大全」のブローアップ物かと思ったのだが、
かなりの部分はリニューアルされているので購入してみた。
「神話大全」の方も出た時は、表紙や巻頭に模型によるジオラマが掲載されていて、
「ビジュアル世代向き」とか「昔の少年漫画誌」みたいに言われていたが、
今回のは更にビジュアル化が推し進められている感じだ。
「神話大全」に有った「クトゥルー神話名作集」とか「用語集」、
そして「神話体系作品ガイド」等の原典ガイドがすっぱりと抜け落ちていて、
CGイラストによるグラビアの増量やネットのサイトガイド、
そして映像作品のガイドコーナーなどが充実していた。
まあ「神話大全」以降、作品のガイド本も多数出版されているし、
同じ出版社から出た「クトゥルー神話事典」等も着実に版を重ねているから、
よりビギナーに取っ付き易い内容にしたと云うのは解らないでも無い。
新たに加えられた菊池秀行氏の「アーカム探訪記」は断片的に読んでいたので、
抄載では有るがまとめてこう云う本の中で読めるのは嬉しいし、
東雅夫氏の「ラヴクラフトの居る日本怪奇文学誌」は非常に楽しめた。
昔から指摘されている「生き別れの兄弟」の様な、
夢野久作とラヴクラフトの相似点の数々には改めて笑わされる。
笑わされると言えば巻末のカストリ雑誌に載った、昔懐かしい体裁の、
「インスマウスの半漁人」はイラスト内容供に完璧だ!最高。

で、この本の一つの目玉がWebで募集された、規定枚数八百字と云う、
「史上最少のクトゥルー神話賞」の入賞作の掲載と云う訳なのだが、
個人的にはちょっと微妙な内容だった。
どうにも最優秀賞とその作者による「真黒き街」がピンと来ないのだ。
どちらかと云うと優秀賞の惚けた感じの「手乗りクトゥルー」とか、
「ダニッチの怪」を髣髴とさせる「双生児」の方が、らしかった。
何気に「真黒き街」はラヴクラフトと云うより梅図かずおっぽいしなぁ・・・・

Lovecraft002


さてラヴクラフトや邪心絡みのアンソロジーは結構着実に出版されている。
近年では朝松健が編集した、日本人作家による邪神神話アンソロジー、
分厚い二冊本の『秘神界』(歴史編・現代編)はかなり力の入った本だった。
それからラヴクラフト生誕百年を記念して編集され東京創元社から出版された、
「ラヴクラフトの遺産」もこれまた分厚いが充実した作品集だった。
それ以降しばらく途絶えていたが、去年の秋口に突然出版されたのが、
クトゥルーシリーズでお馴染みの青心社から出た「ラヴクラフトの世界」だ。
勿論この本も他のアンソロジーと同様に新しい邪神神話の創作集な訳だが、
創作の舞台をラヴクラフトの作品に登場する場所や街並みに限定する事、
つまりニューイングランド地方一帯のアーカム、ダニッチ、インスマスや、
プロヴィデンス、セイレム等、虚実入り混じった場所を背景に創作されている。
この本の原題が「Return To Lovecraft Country」と成っている様に、
それらの場所を「ラヴクラフト・カントリー」と呼ぶ事を提唱している。
玉石混交と云うほどではなく、それなりの作品が集まっているのは大した物だが、
多少ふざけ過ぎの感が有る作品も有って中々良い具合に緩急が付いている。

B級SF・ホラー映画のプロットの様な「闇のプロヴィデンス」、
150歳に成らんとするアーミティッジ博士をウェイトリィ家の末裔が尋ねる、
スケールだけは非常にデカイが結構バカな「ダニッチの破滅」、
オフビートでブラックな雰囲気が結構楽しい「腔腸動物フランク」、
冴えない禿げ親父の私立探偵が邪神相手にダイ・ハードな活躍をする、
ハードボイルドな妖怪ハンター活劇「コロンビア・テラスの恐怖」、
等などラヴクラフト原理主義者が少々眉をひそめる様な作品も有れば、
呪われた土地とLSDの幻想が「千匹の子を孕む山羊」を呼び覚ます「タトゥル」、
「悪魔のいけにえ」同様に邪神神話も、都会人が常識の通じない田舎で遭遇する、
予想も出来ない恐怖と戦慄を扱っていたのだと認識できる「ヒッチハイカー」、
同様の主題で隠れ里的な話を扱ったフォークロア的な「裏道」、
人類学者が調査に訪れた、忘れ去られた様な田舎の町のカーニヴァルで目撃する、
隠蔽された太古から続く闇の祝祭を描いた正統的な「ハーレクインの最後の祝祭」、
そして一読忘れ難い強烈な印象を受けるのが「ポーロス農場の変事」。
これはかのT.E.D.クラインの長大な「復活の儀式」のプロトタイプなのだが、
「復活の儀式」が上下巻合わせて九百ページにも及ぶ大長編だと言うのに、
殆ど作品のアウトラインが変らずに70ページほどの短編作品に成っている。
これがしかし淡々と迫り来る恐怖の描写がたまらなく恐ろしく、
網戸に群がる蛾、煩いほどの蟲の鳴き声、青藻の浮く澱んだ池など、
何の変哲も無い田舎の情景が歯車が一つ一つ狂う様に禍々しい物に変じて行く。
そして朴訥な農場の夫婦がその姿を変え主人公につぶやく様の恐ろしさ・・・・
それは「ラヴクラフトの遺産」収録のF・ポール・ウィルスンの「荒地」同様、
作品の中にお馴染みな邪神が出るとかネクロノミコンとかがが出る訳でも無いのに、
どうしようも無くラヴクラフトの匂いを感じさせる所は秀逸である。
青心社の本を置いている書店は少ないが、興味を持った方は是非一読を!

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