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2007.10.28

秋の岩槻街道漫遊(下)

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さて前回の最後に訪れた謎の古墳の裏はもう直に大通りに成っていて、
そこを渡って水路の橋を通り過ぎれば、そこはもう荒川の巨大な河川敷である。

地方から出て来た連中は護岸処理された都心の川に奇異な思いを抱くらしいが、
荒川の河川敷に来てみれば思い描いた通りの川の姿が見れるのではなかろうか?
とにかく街中を走って来ると、頭上に開けた空の大きさに一気に気分が開放される。
天気が良いので子供連れや年寄り、カップルなどがのんびりと歩いていた。
荒川の河川敷と云うともう少し下流の方によく出没したりしているが、
何気にこちらの方がゆったりとした感じがするのは周りの風景のせいだろうか?
河川敷の拓けた所にテトラポット置き場が有ったりするのも楽しい。

そのまま下流の方へ向かい京浜東北線の高架線を潜り、新荒川大橋を抜けると、
その先の河川敷にキャンプ場施設の様な広場が出来ていた。
昔は文字通りな草野球の野球場しか無かった荒川の河川敷は、
昨今公園だの遊戯施設だの色々な物が造られているが、これもその一つなのだろう。
天気最高の休日と云う事も有って、日曜キャンパーの皆さんで凄い賑わいだった。
方々でバーベキューの煙が上がり、水汲み場は人でごった返していて、
まさか宿泊する事は無いだろうが、巨大なテントを広げている連中も居た。

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そんな狂騒を尻目に進んで行くと、その先に旧岩淵水門の赤いゲートが見えてくる。
この近辺もキャンプ場と合わせたのか水門近くまでボードウォークが続いていた。
水門の手前に有る水中からそそり立った標識の様な物は、
大惨事を起したかつての洪水の時の水位が一目で解る標識に成っている。
一番上は昭和22年のカスリーン台風の時に8.6m水位が上がった時の物で、
その高さの所まで水が来ているのなら下流は相当酷い水害だと実感出来る訳だ。
基本的な話だがこの水門を抜けて行く先が皆様お馴染みの隅田川である。
元々隅田川は荒川の流れが地域によって名前を変えたに過ぎなかったのだが、
度重なる流域の氾濫を治水する為に岩淵水門の所で分岐させ、
放水路とした方を「荒川」岩淵以降の旧荒川を「隅田川」と名付けた訳だ。
それから旧岩淵水門の5つ有るゲートの内、向かって右側の大きいゲートは、
やや小振りな気もするが、船が行き来い出来る様に別構造で造られた物である。

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その赤水門のすぐ後ろに新岩淵水門が有る。
ここに来た事は何度か有るのだが、その際は下流から上って来るコースで来た。
えっちらおっちら走って来ると水門の上の監視塔が徐々に見えて来て、
「あ~ここまで来たか」と云う気分にさせてくれたものだった。
確か少年野球をしていた時に、河川敷で練習の帰りに寄った事も有る気がする。
新しい水門が出来たのが昭和57年だと云うから、
その頃見たのはまだ赤水門の方だった筈だが、どうにも記憶に無い。
今日もあの頃の様に少年野球の練習帰りの子供たちが通り過ぎて行った。
そろそろ釣る瓶落としの秋の日が、彼方を赤く染めて落ちて行く。

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新水門から夕日に染まる赤水門を望む。


帰り際もう一度赤水門に寄り、水門を渡って旧水門公園へ行ってみた。
別にお堂が有る訳では無いのだが、ここは水神さまの鎮守の森の様な雰囲気だ。
お堂は無いが「草刈り競争の碑」と云う面白い碑が建っている。
戦前に行われた全国規模の草刈り競技の開催を記念して建てられたのだそうな。
裏の方に降りてみると釣り人がのんびりと荒川に糸を垂れていたりして、
対岸の賑わいに比べると、どこかひっそりと穏やかな空気が流れている。
橋の袂の所に、暗く成っているの一心に本を読んでいる女の子が居た。
天高い秋空の下、川風を受けながらのんびり本を読むのも結構良い物だろう、
ただし対岸で無遠慮に流されるクラブ音楽だけは勘弁してもらい所だ。

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もう少し日が長ければ、もう一度岩槻街道の続きを廻る意味でも、
23区内で唯一の造り酒屋である「小山酒造」に行って、
通りに面して設けられた水飲み口で、自慢の井戸水をいただくとか、
八雲神社近くの古びた拝巡塔や庚申塔を眺めたりとかするのだが、
秋の日暮れは本当に早く、既に辺りはすっかり夜の様相と化していた。

まあそんな訳だから、かつての都電の終点を通り過ぎて赤羽の駅前まで戻って、
賑う駅前の紅燈の巷に身をゆだねて半日の漫遊を締めくくるとするか・・・・

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2007.10.27

秋の岩槻街道漫遊(上)

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先週末、余りにも天気が良かったので赤羽の方まで出掛けた。

しかし京浜東北線界隈、まあ王子辺りはそうでも無いが、
東十条とか赤羽とかは色々とスルーされる事が多い可哀相な場所だ。
書店とかで色々と売られている東京のタウンガイドでも殆ど見掛けないし、
所謂「街歩き雑誌」なんかで特集される事も余り無い。
大体山の手では無いし、下町か?と言われるとそれもいまいちピンと来ない訳で、
歴史の薄い新興住宅地では無いし、かと云って売りに成るほどの名勝も無い、
地元の人間でも無いと結構捉えどころの無い印象なのが残念な所だ。
しかし史跡巡りとかでは無く、純粋に街歩きを楽しむならば、
適度に寂れた感じが非常にいい味わいのコクの有る街だったりする。

地元からチャリで赤羽の方に行く場合、昔は中山道を下って行って、
途中から赤羽台の方へ下りるコースを使っていた。
で、その後はもっぱら王子から京浜東北線の線路に沿った道を、
真っ直ぐに赤羽まで出ると云う非常に解り易いコースを多用していたのだが、
その道と同じラインを台地の上で辿るコースを、最近多用する様に成った。
二車線が何とかすれ違う非常に狭い道ながら、やたらと交通量も多いこのコース、
正直「のんびり街歩き」等と云うには余りそぐわない道なのだが、
沿道には寺や苔むした墓所、神社や古びた石碑など足を止めたくなる所が多い。
それもその筈、この道こそ岩槻街道(もとの日光御成道)なのである。

康平年間(1058~65)開山の地福寺を始め、この近所は寺や墓が異常に多い。
面白いのが奥の方へ入って行くと、普通の壁をめぐらした住居二軒程度の土地に、
異常に古びた墓石の建ち並ぶ墓所が普通の住宅地と並んで有ったりするのだ。
そんな中、不意に注意を引かれたのが、道沿いの普通のアパートの横に、
わざわざスペースを取って鎮座している古ぼけた石碑だった。
道祖神か道標の類かと思って見てみたら「奉納 卒六部供養佛」と標されている。
街道沿いなだけに、かつてここで行き倒れにでも成った六部(巡礼)を、
この辺りの人間が供養するつもりで建立したのだろうと想像するが、
想像ついでに、何故わざわざこの六部だけを供養したのか気に成る所だ。
六部ではなく六部たちだったのか、それとも何か特別な理由が有ったのか・・・
不謹慎だが民俗説話で良く有る「六部殺し」の話をを思い浮かべたりもした。

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この道を更に行くと左手にこんもりとした小さな丘が見えて来る。
江戸期に流行した富士講信者の手による人造富士塚を擁した富士神社である。
今と成っては二階屋の上の物干し程度の高さでしかないが、
江戸の頃は高台に建つ関係上、多分周囲の眺めは素晴らしかったであろう。
しかしこの富士神社、頂上にも下にも社殿らしき物が全く見当たらない。

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その先、環七通りと交差する所に、猫の額ほどの八雲神社が有り、
境内のそのまた横の狭い所に天明年間に造られた庚申塚が置かれている。
そこから真っ直ぐ緩やかな傾斜と供に赤羽方面に下って行く道が続くのだが、
この辺、貝塚跡や縄文時代の遺跡が多く発見されている場所だ。
昨今道の拡張の為か幾つかの古い建物が壊されてしまったが、
この辺りには昔の街道の賑わいを思い起こさせる古い家が多く残っている。

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それにしても昨今の赤羽の再開発の勢いは凄い。
西口には巨大な商業施設ビル、パルロードが建ち並びイトーヨーカドーも出来た。
西口と東口を分断していた「開かずの踏み切り」も線路の高架化により消え、
高架下にはこれまた様々な商業施設が入るショッピング・モールに成った。
東口のごちゃっとした商店街には雰囲気の有る立ち飲み屋が出来たりして、
新しい店と供々猥雑さを売りに、その他の店も結構活気に満ちている。
昔ながらの赤羽しか知らない方には多分隔世の感が有るだろう。
とは云えその辺は今回関係ないのでまたいずれかの機会に・・・・

さて赤羽の繁華街を過ぎ、本来の岩槻街道を左の方向へ離れて、
京浜東北線と併走していた上越新幹線が分岐する辺り、
この辺は赤羽台遺跡後として縄文期以前の遺跡が発掘された場所である。
北側一帯の丘陵地に拡がる赤羽台団地も中々味わい深い所なのだが、
荒川と台地に挟まれたこの一帯も中々面白い場所が有ったりする、
その一つが星美学園の崖下の辺りにポツンと一つ残る謎めいた古墳である。

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最初にここを通った時は神社か何かの鎮守の森かではないか?と想像したのだが、
完全に日が暮れてしまっていて暗がりの中の「それ」が判断出来ず、
頂上に有る取り壊された建物の跡も社殿なのかどうかハッキリしなかった。
で、日を改めて出掛けてみた所、建物跡はどうやら水屋の跡らしく、
単純に古墳自体が古くからの墓所として今の今まで残っている様なのだ。

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この規模の古墳なら余程重要な物が出土した場所でもない限り、世知辛い昨今、
取り壊される運命だったろうが、これらの墓のお陰で残っているのだろうか?
とは云え頂上付近にある墓石は、どれもかなり歳を経た古い墓石ばかりで、
参拝する人も無く、横倒しに成り朽ち果て掛った墓石も多かった。
この調子ではいずれここも取り壊され宅地へと変わって行くのかも知れない。
水屋の隣で横倒しに倒れている錆付いた手押しポンプが淋しげである。
(次回に続きます)

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2007.10.20

バンコ来日公演記念企画

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「うふ、オジさんも元気だよぉ~」


祝!来日記念企画。
とか言って別に自分はコンサートに足を運ぶ訳では無いのだが・・・

本当だったら今年の5月26,27日に東京で行われる筈だった、
イタリアの至宝「バンコ」の十年ぶりの来日コンサートだったが、
ボーカルのジャコモおじさんの足の治療が原因で延期に成ってしまい、
その振り替え公演が今週末に行われると云う訳だ。
今回は無事に公演が行われているんでしょうかね?

現在、オリジナル・メンバーはジャコモとヴットリオ兄の二人、
そして三枚目から加入したロドリフォ・マルテーゼ加えて、
後は比較的若いメンツを揃えて最近のライブは行われている様だが、
昔から親父だったジャコモは良いとして他の皆さんも結構老けた。
同世代のPFMやニュー・トロルスなども老いてもお盛んにがんばっているが、
年齢的な事も考えるとそろそろ見納めの時期も近いだろう。
やはり観に行っておけば良かったか?等と思ったり思わなかったり・・・

さてそんなバンコの来日を記念して数多くの商品が春先から発売されている。
最初は5月の来日に合わせて80年代以降の作品が紙ジャケ化された。
この時期の作品は今まで日本ではリリースされた事が無く嬉しい再発である。
バンコの全盛期と言えば殆どがマンティコアから世界デビューした時期を挙げるし、
リコルディからの初期3作が日本では一番お馴染みなのは間違い無い。
バンコも時代の趨勢に合わせて「最後の晩餐」以降、重厚なプログレ路線を封印し、
軽めのポップ路線へと移行していったのが80年代でなので、
バンドの本質を考えればその時期の作品が冷遇されるのは致し方ない所だろう。
ただその中でも押えておくべき作品は有って、
それがヒット曲「モビー・デック」を収録したセルフタイトルの「バンコ」だ。

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左「ノー・パルコ」右「バンコ」上「ドンナ・プラウティッラ」

初期の作品しか知らない人間がいきなりこの辺を聴いたら相当驚くだろうが、
既にこの辺の歌物ポップス路線は「春の歌」の頃から始まっているし、
同時期の英米の大御所バンドも生き残りを掛けて音を変えている訳で、
時代や作品の流れからすればさほど不自然な変化には聞えない筈だ。
アルバムは弾む様に躍動感の有る「子守唄」から幕を開けるが、
個人的にこう云う「如何にも」なポップソングは嫌いではない。
と云うかHRやプログレ・バンド等が作る、比重がややそのジャンルに傾いた様な、
何処か引っ掛かりの有るポップ曲は独特のカドが有って面白い。
そして三曲目が現在でもレパートリーに加えられている「モビー・ディック」。
某誌で「スティーリー・ダンと地中海音楽の出会い」の様な曲と書かれていたが、
それは中々上手い表現だと思うし、実際にその様な音に成っている。
個人的には淡々とし過ぎで、曲中にもう一盛り上がり欲しかった感じもするが、
大洋を漂う様に朗々と歌われるジャコモの歌が温かで気持ちいい。
そしてラストには1stや「自由への扉」にも収録されているバンドのテーマ曲、
「軌跡」の八十年代版「軌跡Ⅲ」が収められている。
愛聴者なら「軌跡」と云う曲が収められている事の重要さを理解して貰えるだろう。
ジャケはシンプルなシングル・ジャケで、鯨?をモチーフにした内袋付き、
更に昔よく輸入盤に貼られて居た様な黄色いファクトリー・ステッカーも付いてる。
そんな八十年代の作品と一緒に発売されたのが、03年に本国で発売されいた、
30周年記念コンサートの模様を収録したライブ盤「ノー・パルコ」だ。
バンコのライブ盤としては三枚目にあたる作品で今の所最も新しい音源である。
この作品だけは紙ジャケでは無く、普通のプラケースでの仕様に成っている。
今回の来日公演も同様のメンツで最近の定番プログラムと云う事から、
ライブの事前予習にはもって来いの作品ではないだろうか?
ただこの作品のスペシャルな所は何と言っても30周年記念の豪華なゲストに有る。
地元ローマでの公演だけに本国で有名なミュージシャン達の他に、
再結成後には参加していなかった元メンバーのピエルイージ・カルデローニが、
「蜘蛛」と「軌跡Ⅱ」に参加して怒涛のドラミングを聞かせているし、
イタリアン・ロックの生ける伝説・元PFMのマウロ・パガーニが、
「春の歌」と「私を裏切るな」であの独特のトーンのヴァイオリンを操り、
「私を裏切るな」で観客の歌声を自然発生させる様は感動的だ。
そして初期のファンなら「これこそがバンコだ!」と叫びたくなる筈の、
かつてのバンドの看板、ツイン・キーボードの片割れであるヴィットリオの実弟、
ジャンニ・ノチェンチが何とライブ後半にゲスト出演しているのだ。
「75万年前の愛」「軌跡Ⅰ・Ⅱ」で繰り広げられるツイン・キーボードの宴に、
30周年を祝う為に集まった観客たちは酔いしれ随喜の涙を流した事だろう。

さてお次は「BMGイタリアン・ロック復刻紙ジャケコレクション」の第二期発売で、
エキペ84やヌオーヴァ・イデアなどの非常にマニアックな所に混ざって出された、
バンコがリコルディからデビューする前に録音されていた幻の音源であり、
89年にいきなりリリースされた「ドンナ・プラウティッラ」だ。
実はこの時期の音源はもう一枚、これと重複しない4曲が12inで出ていて、
そちらの音源も収録しての完全版を期待したかった所なのだが、
まあ権利関係とか色々有るし、紙ジャケで出てくれただけでも良しと云う所か。
ゲートフォール仕様でダイカット加工も施されている凝ったジャケなのだが、
そもそもこのジャケと云うのがこれを出す時に新たにデザインしたのか、
当時ジャケまで作られていた物なのか、その辺が良く解らないのだが、
ビザールでシュールなインナーの画も含めて中々良く出来たデザインである。
当時のバンコの編成はノチェンチ兄弟以外、デビュー時とは別のメンツで、
肝心のジャコモの参加がまだだと云う所が残念な所なのだが、
歌の方はヴィットリオ兄が若々しい声で結構達者な歌を聞かせてくれる。
音の方はまだプログレ前夜と云う感じの鍵盤が鳴り響くサイケな歌物なのだが、
フレーズの端々に後の濃厚な世界が垣間見えてファンには嬉しい発見も多い。
特に「私を裏切るな」のフレーズが所々出て来るなどニヤリとさせられたりする。
この音を同時代のイタリアのバンドで例えると、
EL&P化する前のオルメやデビュー時のニュー・トロルス辺りも近い感じがするが、
英国のヴァーティゴ・レーベルの余り黒っぽくない鍵盤バンドに近い音、
と云うのが的確か?・・・・いやむしろ解り辛いか?(^^;)

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さて来日記念盤の最後に控えしはかなり究極なアイテムである。
何とあの伝説の1stアルバムである「壷」のアナログ復刻盤の登場だ!
3年前にこの壷が紙ジャケ仕様で甦った時も相当に驚いたもんだが、
実際に手にするアナログ盤のインパクトは只者ではない存在感である。
例えば散々テレビで観ていて何となく想像が付く様な気に成っていても、
実際動いているジャイアント馬場を観た時のインパクトが相当凄いのと同様だ。
とにかくデカイ!
写真はミニチュアである紙ジャケと煙草の箱を比較に置いて有るが、
エサ箱に入っていても頭一つ飛び出ているほどデカイ、完全に規格外だ。
当時にしろ良くこんな物を作ったしこんな物を流通させる気に成ったもんだ。
日本だったらショップから苦情殺到で速攻で仕様変更の憂き目に会うだろうに。
ちなみにアナログ盤は紙ジャケでは流石に再現出来ていなかった、
壷の口から覗く矢印型の紙片が輪ゴムで留められていて出し入れ自由だ。
(紙ジャケの方は紙片が差し込まれているのみでゴムで留められてはいなかった)
こればかりはどう考えても今後プレスし直すと云う事は無いだろうから、
少しでも関心が有る方は速攻で購入をお薦めする次第だ。
レコード・プレーヤーが無くとも部屋のインテリアに最適だし、
この壷一つでかなり話が拡がりそうな気もするし・・・・

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2007.10.13

和むフィギュア

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「よぉ!ダンナ元気にしてるか?」

ガキの頃は少ない小遣いでやり繰りする関係上、
玩具屋の店先で「金が無くて玩具が買えない」と云うのが悩みだった訳だが、
では使える金額が格段に飛躍した現在、
(と言っても昨今の何万もするような商品はおいそれとは買えんが)
ガキの頃の恨みを晴らすかの様に玩具を買ってるかと言えばそれは否だ。
フィギュアの巨大な箱を手に取って考えるのは、
「こんな大きい物、とてもじゃないが家には置けんな・・・」と云う奴だ。

砂場に持って行って野外でハードに遊ぶ小さなお友達とは違って、
大きいお友達は、好みのポーズで部屋に飾る事がメインだと思う。
そんな大きいお友達用に、ディスプレイや付着する埃から守る為の、
フィギュアを飾る透明なケースも多数売っていたりする訳だが、
それもこれもディスプレイする場所が有ってこそ成立する話である。
所謂典型的な「物に蝕まれた部屋」に住む自分にそんなスペースは全く無い。
食玩サイズの小さなフィギュアなら棚の隙間や物の上に置く事は出来るが、
美少女フィギュアに良く有る彩色済み完成品の大きなブツ等は完全に無理。
アクション・フィギュアを買っても箱が捨てられず、
箱やブリスターに入れたまま空いている壁面に釣り下げて置く、と云う感じだ。

と云う訳で余り大きくない可動フィギュアは結構有り難い。
コンパクトなポーズを取らせて机の上とかに飾って置いても邪魔に成らないからだ。
そう云う条件に海洋堂のリボルテックス・シリーズはピッタり当て嵌まっている。
値段も手頃で、可動範囲も広く、しかも邪魔に成らない大きさが良い。
良い事尽くしなのだが、問題は商品のラインナップが正直世代的にヒットしない。
食指をそそられたのは「パトレイバー」と「ジャイアント・ロボ」位で、
「エヴァ」とか元ネタが解る物は良いが、解らない物の方が多い状態だった。
そんなラインナップの中でいきなり発売された新作が驚く事に、
なんと漫画「よつばと!」のよつばのフィギュアなのだ。

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「よつばと!」は「あずまきよひこ」が描いた知る人ぞ知る漫画だ。
5歳の女の子「よつば」とその周囲の皆さんを描いたマッタリした作品である。
どの位マッタリしているかと言うと、
初夏に始まった漫画が最新の7巻でようやく秋に成ったってな位のマッタリさだ。
その分、本当に有り触れた日常が丁寧に描き込まれていて、
元気一杯のよつばと惚けた周囲の皆さんもきれいにキャラが起っている作品なのだ。
知る人ぞ知るとか書いたが実はかなり売れている本だったりするのだが、
メジャーかマイナーかと言われればまだマイナーな存在の作品だと思う。
リボルテックスは以前にゲーム・キャラの「トロ」を出した前科が有るが、
「トロ」に比べれば、よくぞこんな物を!と感嘆するアイテムなのは間違い無い。

そもそもリボルテックスと言うのは、
フィギュアの関節に着けられた独自のジョイントを指して言うのだが、
よつばの場合プロポーションを重視している為か、膝や肘の関節が別機構で、
そこら辺が遊んでいるとヘタって来そうな感じもするのだが、
その分非常にスマートな3次元化に成功していると思う。
Tシャツの部分が柔軟な素材に成っているのも可動の邪魔に成らなくて良い。
差し替えで「怒り顔」が付いていて水鉄砲やアイスが付属して来るのも嬉しい。
ポーズを付けて机の上に飾って置くと非常に和む可愛らしさだ。
なんとこの「よつばと!」シリーズ、今後更なるラインナップが予定されている。
よつばのお隣さんの女子高生「風香」が、可動しない完成品で出る他に、
みうらちゃんの夏休みの宿題「ダンボー」がリボルテックスで出るらしい。
「風香」は中々出来が良いし、よつばと並べてみたい気がする商品なのだが、
コレ完全にさっき書いた彩色済みの美少女フィギュアその物なんで、
正直これは部屋に置く所ないなぁ・・・と云う感じだ。
原作通り眼が光る「ダンボー」は現物の大きさを見てからと云う感じだろうか?

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さてもう一つは本当にようやく出たモモちゃんの可動フィギュアである。
「電王」の人気の大部分な所は愉快なイマジン連中に有る筈なのだが、
そのイマジンを立体化した玩具は今の所殆ど無い(今後色々出そうだが)。
普通、アレだけ狂った様にイマジンのソフビが売れてれば、
もっとその他の展開も考えるだろうがな・・・・
そんな中、売れ過ぎた電王各フォームの再発でやや遅れ気味ながら、
ようやく前々から周囲の期待も高かった装着変身シリーズでモモタロスが出た。
昨今、電王の装着変身はSIC並に発売・即完売と云う異常事態に成っているが、
今回もゼロノスの時同様、あっと言う間に店頭から見えなく成っている様だ。
まあ装着変身は再発して必ず買える様に成るから良いけれど・・・・

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「あ~もうすぐ俺様の番組も終わるんだなぁ・・・」


装着変身は玩具にしては出来の良い造型と可動範囲の広さ、
何よりも手頃な価格とサイズで「響鬼」の頃から何体か買ったりして来たが、
電王に成ってから素体が新しく変り、目まぐるしく可動範囲が増えてきて、
フィギュア誌の記事にも様々なポージングのモモちゃんが掲載されていた。
で、本体を手に思ったのが「コレって装着と云うより小さいSICだな」ってな事。
装着変身は金属パーツとPVC等のパーツの組み合わせで出来ているのだが、
モモちゃんの場合、殆どがPVCで関節の組み込まれ方が何気にSICっぽい。
動かしていると肩や腿とかのアーマーがポロっと外れてくる所も結構SICっぽい。
顔が違うと言う意見は良く聞くが、このサイズだとトリミングでこんな物だろう。
まあせめて付属品にコーヒーカップとかプリンとか知恵の輪でも付けて欲しかった。
しかし何にしろ一番困るのが一緒に入っているプラット・フォ-ムだと云う所か?

その後ライナー・フォ-ムのリリース情報しか聞かないが、
・・・・まさかイマジンは、モモちゃんだけで終わりじゃ無いよな?

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普段はライター持って貰ってます・・・・

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2007.10.06

諸星大二郎「海神記」新装復刊

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諸星大二郎の未完の傑作「海神記」が光文社から豪華本にまとめられた。
書き下ろしのカバーや口絵に増補・改訂が加えられカラーページも再現されている。
「海神記」を最初に読んだのは第二部がコミック・トムで始まる寸前の、
1990年に潮出版から出た雑誌サイズの第一部の総集編が最初だったが、
そう云えば確かに長い間本屋の棚で見掛けなかった様な気がするので、
ここに来て豪華な体裁による嬉しい復刊である。

この光文社の「SIGNAL叢書」は他にも中々興味深いラインナップを揃えていて、
星野之宣の超名作「ヤマトの火~ヤマタイカ」シリーズもまとめられている。
近頃お手軽に読み捨てされる様なコンビニのコミックに対抗する様に、
結構なお値段だが、入手困難だった過去の傑作が多く叢書化されているが、
湊谷夢吉やとり・みきのシリアス作などのシブイ所を収めたチクマ秀版社の、
「Legend Archives」などもこの叢書と同様の傾向にあるシリーズだろう。
いちげんの客がおいそれと手に取れる本ではないが、
マニアには嬉しいこう云う商品を是非とも出し続けて行って欲しいものだ。

「海神記」の舞台は西暦四世紀後半の、まだ混沌とした古代の日本が舞台だ。
邪馬台国は既に無く、地方には幾つかの小国が林立し、
大和朝廷が畿内に輪郭を見せ初めていた頃、人々にはまだ国と言う意識は無く、
戦乱に明け暮れる半島からの移民や、南方からやって来る隼人族、
そして各地の海人たちは自由に海を行き来していた。
そんな緩やかに文化が混交し、呪術的な原始がまだ残っていた時代、
南九州一帯で津波、不漁などの天災が相次ぎ、海人の暮らしは困窮を極める。
そうした状況の中、奇跡を起す不思議な子供「海童(わたつみ)」が現れた。
巫女オオタラシに迎えられた海童は生活苦に喘ぐ海人たちに祭り上げられ、
苦しみの無い「常世」を目指しての、海人族の大移動へと膨れ上がった。
行く先々で増え続ける集団、そのお陰で起こる沿海の国々との軋轢、
半島との貿易で力を付けた息長氏、それに加わる流浪の百済の将軍、
呪術が政治に、闘いが戦略に姿を変えながら各人の思惑を孕んで膨らんで行く・・
そんな世界を圧倒的なスケールと想像力で描き切った怒涛のストーリーである。

「海神記」には特定の主役は居ない。
まあ強いて云えば、好いた女を津波で亡くし海神の子「海童」を怨んでいたが、
己が運命を受け入れて、海童の舵取りを継承する「磯良」がそうだろう。
一部の冒頭ではまだ運命に翻弄され、揺れ動く若者の様だった磯良が、
海童の舵取りとしてその傍に寄り添い、超人的にその危機を救って行く様は
使命に目覚めた男の成長譚として、話の軸を成す部分なのは間違い無い。
成長と言えば同じく海童に寄り添う巫女・オオタラシの成長も描かれる。
膨張する海人集団と沿海の国々との争いに常に悩まされるオオタラシ、
そして各地の巫女との軋轢の中で己の巫女的才能の欠如にも悩まされる。
二部の最後、一触即発の只中で誓約(うけい)を行うオオタラシの姿は、
磯良同様、己の運命と使命を同時に受け入れた姿として印象的だ。
そして磯良の幼馴染ながら違う運命を生きる「浜子」、
部族としての使命に奔走する隼人族の若者たちなど、
それぞれに使命と思惑を持った幾つもの視点でこの作品は描かれている。

この作品、一部と二部の間にはほぼ十年近いブランクが有るのだが、
作画的にはそれほど違和感無く読める。
プロの漫画家でも十年も有れば劇的に作風が変ったりする物だが、
諸星大二郎の場合、暗黒的な作風は相変わらずで安心だ。
まあ勿論細かく比較して行けば一部の方が更に黒々した作風で、
二部になると若干ペンタッチがシャープに成っていたりはするが・・・
それよりも変ったと言えるのはストーリーの感触的な部分だろうか。
一部の方が超常現象があからさまで、よりオカルト的なムードが有る。
そもそも磯良の前任者である「アドベのイソラ」からして怪人的だし、
竜巻の中で海神が現出する部分や、海童が七枝刀を手にする部分など、
より諸星漫画的なダイナミズムと幻想性に溢れている。
それに対して二部は突っ込みやすいオカルトな部分が殆ど無く、
より歴史的と云うか、より史劇的な側面を持った話に成っていて、
二部のハイライトの一つである穴門のサイモチ神の部分にしても、
架空の生物では無く、実際の生物を使っている事にも現れている。
「妖怪ハンター」的な異形を求める向きには物足りないかも知れないが、
歴史活劇と云う部分では申し分の無い面白さで引き込まれる事請け合いだ。

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(潮出版・版「海神記」第一部の総集編)

さてそれと同時期に発売されたのが「キョウコのキョウは恐怖の恐」に続く、
待望の小説集の第二弾が「蜘蛛の糸は必ず切れる」だ。
前回が割とストレートな諸星大二郎的世界を小説化した様な作品集だったが、
今作はかなり文学的な要素が強まって来ている作品が多い。

ストレートな怪奇小説と言えば「同窓会の夜」等はそれに当るだろう。
偶然駅で出会った中学時代の同級生の話で、近所で行われる同窓会の事を知り、
待ち合わせをしていた同窓生たちと会場に向かうが、そこで知れされたのが、
先ほど駅で出合った同級生が、既に死んでいるらしいと云う事実だった。
同窓会の会場でその事に付いて聞いて廻っている内に、
同窓生の間から様々な事実が浮かび上がってくる・・・・
終始霞の掛った様な舞台の中、学生時代の細かなディテールが浮き上がって行き、
謎解きの様に不可解な事実が解かれ、その度に奇怪な様相を示してくる。
正直中盤くらいで大筋が読めるのだが、やはりその結末にはヒヤリとさせられる。
特に冒頭の部分に戻る結末には何とも言えぬ余韻が漂って見事だ。
対して「いないはずの彼女」は怪奇的と云うか都市伝説的な話ながら、
どちらかと言うと比重が恐怖よりスラップスティックな方へ向いている話だ。
初出一覧を見るとこの作品だけが書き下ろしの作品で、
多分一冊の中でも息抜きの様な感じでバランスを取ったのではないかと思う。

さて最初に書いた様に非常に文学的で異質な感じがするのが、
冒頭の「船を待つ」と表題作の「蜘蛛の糸は必ず切れる」である。
「船を待つ」は、時代も場所も行き先も何も明記されず、
ただいつ来るかも解らない船を、死んだ様に待ち続ける幾人かの男女の話である。
それぞれに年齢や素性はマチマチながら、貧しく暗い倉庫を改造した待合所で、
互いに干渉せずに船が来るまで一つ屋根の下で待ち続ける訳有りそうな人々。
誰もが漠然とした不安を抱えながら死んだ様に陰鬱な海を眺めて暮す中、
主人公は近所の食堂の娘に僅かな癒しを求めようとする。
しかしそんな中、一つの事件が起き、人々は己に向き合わなくてはならなくなる。
「船に乗って何処へ行くのか?」それ以前に「本当に船に乗りたいのか?」。
「来るのかどうかも解らない船」と云うのは幾つものメタファーとして解釈出来る。
そしてそれに与える答えも幾つもの解釈が出来る。
文学的な主題としてはかなりストレートな物で、古典的とも言えるかも知れない。
逆に今こう云う主題は新鮮なのかも知れないが、
諸星大二郎の持つ硬質な文学的資質にちょっと驚かされる様な作品だ。
表題作の「蜘蛛の糸は必ず切れる」は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」変奏曲だ。
これも中々直球と言えばかなり直球な文学的素材だったりするが、
お釈迦様の下ろした蜘蛛の糸がプツリと切れた後も、
不屈の意思で蜘蛛の糸に望みを掛け、挑み続けるカンダタの話である。
お釈迦様の高慢な気まぐれや地獄の以外に官僚的なシステムを描写しつつも、
それらのどうにもならない条理に翻弄されながら逞しく這い上がり続ける、
カンダタの姿に無辜の庶民の姿を重ねていると云う所だろうか?
面白いのはカンダタが巡り回る地獄の諸層の数々である。
昨今、拷問系のスラッシャー映画や犯罪映画、及び小説などに、
人間の想像力もここまで残忍に成って来たのか?と云う様な意見もあるが、
それらを遙かに凌駕する様な残酷絵巻は既に昔々に描写されていたと言う事だ。
古くは中川信夫が、ちょいと前では石井輝男が映画化していたが、
地獄風景を現代的に描写した映画なら残酷描写の極北が描けるのでは無かろうか?
まあ単に地獄風景を描いただけではしょうもないが、
宗教的な命題に基づいて精緻に組み上げられた古の地獄のシステムは実に凄い。
(閑話休題)
前作は小説にするなら是非漫画化して欲しいといった旨の事を書いたが、
今回はかなり小説ならではの主題の話が多かった気がする。
ただ「船を待つ」は漫画化すれば相当の傑作と評される作品に成りそうである・・・

Kaijinki001_3

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