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2007.12.29

「ハナシをノベル!」

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以前から興味を持っていた、小説家が高座で噺される事を前提に書き下ろす、
新作落語の試み「ハナシをノベル」がようやくまとまって刊行された。
「花見の巻」とサブタイトルが付けられている所を見ると、
継続して行く意志も満々な様で、今後の展開も楽しみな企画だ。

最初にこの企画の事を知ったのは確か田中啓文の紹介記事だった様な気がするが、
実作を読んだのは「幽」7号に掲載された牧野修の「百物語」だった。
勿論、この中にも収録済みで話の性質的に結構好きなタイプの噺である。
ちなみに前回の感想は
「小説として読んだ場合、夢野久作の「キチガイ地獄」に似た話の展開が難だが、
小説としての出来とこれが噺家から語られた時の出来とは全く異なる訳で、
なるほど、これは高座で聴いてみたいなぁ、と思わせる噺の出来であった。」
と有るが、実演者である月亭八天師匠の解説によれば高座に掛ける際、
「キチガイ地獄」的な話のオチの後に、更にもう1回落としているそうである。
くどいとは思うがそれによって「アホ臭い」笑いが醸されるのも確かだ。
ところが初演時には更に客席から演者に声を掛けて三段オチに成っていたらしい。
こうして元話が自在に変容して行くフレキシブルさも噺の面白い所だろう。

本書には8人の作者による9篇の様々な話が収録されている。
古典をモチーフとした改変噺やSF・都市伝説などがモチーフの新作、
シュール極まりない不条理譚やグッと泣かせる話など多士済々である。
個人的な好みから言えば北野勇作の「寄席の怪談」、田中哲弥の「病の果て」、
浅暮三文の「動物記」辺りが読んでいて面白かった。
「寄席の怪談」は単純に話が良く出来ているし、くすぐりの数々も面白い。
「病の果て」はドタバタで始まってホロリとさせる終盤が上手い。
「動物記」はシュールな設定のSFで、典型的ながら出て来る二人のキャラが良い。
「ブラッキー」「マルチェロ」「マーチャン」と拾ってくる動物に付ける名も最高。
特に最後の「マーチャン」がちゃんとオチへのネタ振りに成っていて上手い。

まあ他の話も高座に掛けられるとどうなるかは解らないが、
やはり落語らしくしようと少々手探りしている感は否めない。
余りに破状し過ぎていると流石に噺家の方からNGが出るかもしれないが、
演者である噺家自身が思いも付かない様な話が出て来てこその企みな訳で、
純粋に落語と違う地平から出て来た話が落語に成ってるが如き話が読みたいし、
敢えてそれに挑戦する噺家の斬新な高座を聴いてみたい思う所だ。

読めば八天師匠の実演が聴きたくなるのが人情と云う物だが、
その辺は「真説・七度狐」と「寄席の怪談」の実演CD付きで抜かりが無い。
どちらの話も練り込まれた話芸で活字との違いを実感させてくれる。
中でも上方落語特有のハメモノ(話に連動して演奏されるBGM)が効果的な、
「真説・七度狐」が噺ならではの鮮やかな色が出ていて楽しい。
ちなみに上方落語は見台を前に張り扇を叩いての高座が基本スタイル。
ハメモノが入るにしろ、こんなに賑々しい噺は今まで聴いた事が無く中々新鮮だ。
江戸前ばかり聴いて来たが、こう云う上方トラディショナルも実に面白い、
そう云う意味でも是非是非高座が観たい気分に成って来る1冊である。

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2007.12.22

戦慄!「恐怖奇形人間」DVD化!

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米国はSynapse Films発売のDVD「HORRORS OF MALFORMED MEN 」、
かの石井輝男の名作「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」の初DVD化である。

ポール・シュレイダーが監督した「MISIMA-A Life in Four Chapters」とか、
舛田利雄監督の「ノストラダムスの大予言」(不完全版だが)とか、
海外盤でしか入手出来ない色んな意味でアレな日本映画は数有るが、
今回目出度くこの作品も仲間入りしたと云う訳である。
お手軽に家庭で楽しめる様に成ったのは、良いんだか悪いんだか・・・・

「恐怖奇形人間」を昨今よく言われる「封印作品」として括っている事が有るが、
特別視聴が困難だった、と云う作品ではない。
レンタルやネットでしか映画を観ない人間は別として、
場末の映画館では人気のプログラムの一つとして結構途切れずに上映されている。
15年近く前に東映でビデオ化される事が決定していて、業界紙に広告が載り、
パッケージも創られた段階で発売中止に成った事が有って、
その話が「封印作品」と云う印象を強くしている要因に成っている様だ。
内実は単純にビデ倫がタイトルの「奇形」に反応しただけ、と云う話らしいが、
本編を見れば解るが、作品の中に本物の「奇形人間」は一人も居ないし、
石井輝男の作品にしては残酷描写も性的描写も結構抑え目に成っていて、
まあ精神疾患の描き方は今の眼で観れば差別的には見えるだろうが、
それとても時代背景を考えれば特別文句を言われる筋合いの描写では無い筈だ。
謂わば祭りに掛る見世物小屋の扇情的な看板や垂れ幕・口上に、
一々文句を付けているが如く非常に無粋なビデ倫の行為な訳だが、
それもまたこの作品の精神を伝えるイイ話の一つと笑って済ませるのがオツだろう。
この映画の基本的な構造としては乱歩の「パノラマ島奇譚」が元に成っているが、
そこに「孤島の鬼」や「人間椅子」「屋根裏の散歩者」等の要素が加わっていて、
正に「江戸川乱歩全集 」と云うタイトルに相応しい内容に成っている。
何処かの本で乱歩マニアの大槻ケンヂが、小難しく描かれる事の多い乱歩作品だが、
「乱歩作品の(間抜け美)をここまで完璧に描き切った作品は無い」、
と云う様な発言をこの作品にしていて中々感心させられたが、
確かに、間抜けなトリックと云い、行き過ぎたエログロ加減と云い、
場当たり的な人物の行動と云い、或る時期の乱歩作品の本質を見事に突いている。

石井輝男の描く異常な世界の中で常に生真面目な傍観者として佇む、
主役の吉田輝男の物凄く古いタイプの困惑する二枚目っぷりも最高だが、
やはり石井輝男映画常連の異常に濃い脇役の皆さんの活躍が光っている。
最初から怪しい訳だが、後半異常性欲者の極みを見せ付ける小池朝雄の怪演、
冒頭に出て来るチョイ役の看守なのだが、どうみてもゴケミドロな高英男、
毎回堅実な仕事っぷりで下衆な笑いを提供する職人中の職人、
落語「らくだ」を髣髴とさせる場面が見物の由利徹師匠と大泉滉の二人、
そして石井輝男自身「土方君が居たからこの企画が出来上がった」と言わしめた、
世界に誇る暗黒舞踏の早世の巨人・土方巽と暗黒舞踏の皆さん。
その圧倒的な存在感の割に映像が殆ど残されていない土方巽なだけに、
大自然をバックに思う様のたうつその姿が記録されているだけでも、
この映画の価値は計り知れないと言えるだろう。
土方は「怪談・昇り龍」や「忘八武士道」「元禄女系図」「猟奇女犯罪史」など、
石井輝男の幾つかの作品にも出ているが、演出されてるとは思えない自由奔放さだ。
石井は役者のノリに合わせて演出や内容を変更して行くタイプらしいから、
そう云う自由なノリに土方も伸び伸びと映画に出演出来たのだろう。

それにしても素晴らしいのがHDテレシネでリマスターされた映像の美しさだ。
秘蔵の裏ビデオと画質を比べてみたが比較に成らない鮮明さだった。
映画館で掛るフィルムも余り状態の良くない物が多かったし、
元々見世物絵のように毒々しい色彩と暗く沈んだトーンの画面だった訳だが、
その毒々しい色彩も階調が鮮明で輪郭が鮮やかに観える。
特に嬉しいのが人間椅子に入った小池朝雄が恍惚の表情を浮かべるシーンだが、
ビデオではスタンダード・サイズなので肝心な顔の部分が見切れてて観えなかった。
それがビスタ・サイズのDVDに成ってたっぷりと堪能出来ると云う訳である。

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小池朝雄の素晴らしい怪演。


さて本編以外の内容は、石井輝男本人へのインタビュー他、
石井輝男や乱歩に付いて語った、塚本晋也監督、河崎実監督のインタビューも収録。
03年にイタリアで開催された映画祭での石井輝夫の上映会の様子を撮影した、
「石井監督イタリアへ行く」などのドキュメント映像も収録。
石井輝男監督、江戸川乱歩のバイオグラフィや石井作品のポスター・ギャラリー 、
劇場予告編(英字字幕つき)/ 映画評論家Mark Schillingによる日本映画の解説他、
資料の少ない作品ながら中々充実した特典映像が含まれている。
ちなみに波飛沫踊る岸壁で舞い狂う土方巽をバックにした、
DVDのメニュー画面が最高にクールで素晴らしい。

最後に「恐怖奇形人間」と言えば思い出すのは今は無き大井武蔵野館の事である。
最近は復活した池袋の文芸座がこの辺のフィルムを上映しているが、
それ以前、日本のカルト映画の牙城と言えば大井武蔵野館であった。
「恐怖奇形人間」は謂わば定番プログラムであり客が呼べるフィルムだった訳で、
一人で、時には同好の友人と、この映画だけで確か5回位は観た様な気がする。
今ではこの映画に「ラストに大爆笑のカルト作品」みたいな評価が付くが、
一番最初に映画館で見た時は爆笑と云うよりただただ混乱のまま終った感じで、
場内も忍び笑い程度は有ったが爆笑と云う様な雰囲気では無かった。
多分この映画はそれまで観ていた映画とは違う感覚を要求するのだ。
公開当時に石井輝男の映画を見続けていた人ならその感覚が理解出来ただろうが、
唐突にここから石井輝男に入ると明らかに映画的価値観が揺らぐ。
そして何度か観ている内にその感覚が解って来て素直に楽しめる様に成ってくる。
「あの映画のラストって笑って良い部分なの?」と云う質問を、
「恐怖奇形人間」を観た知り合いからされた事が何度かある。
勿論感覚は人それぞれだから泣いても良いし爆笑しても良い、
しかしそう云う未整理な混乱した、それでいて強烈な感覚と云うのは得難い物だ。
だから出来れば「爆笑必至のカルト映画」みたいな感覚だけで観ない方が良い。
観終わった後の違和感その物がカルトのカルトたる所以なのだから・・・・

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土方巽と暗黒舞踏の皆さん。

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2007.12.15

怪談専門誌「幽」第八号発売

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既にお馴染み、日本唯一の怪談雑誌「幽」は今回で8号目を数える。
前回少々辛口な事を書いたが、店頭に並べばいそいそと手に取ってしまう訳で、
何だかんだ言っても「好きモノ」には応えられない本なのは間違いない。
「幽」怪談文学賞の2回目やら連載の単行本化やら周辺も賑やかなもんである。

連載の単行本化と言えば何かと話題の山白朝子の「死者のための音楽」が出た。
本誌「幽」に掲載された短編6作に書き下ろしが1作入った短篇集だそうだ。
「そうだ」と云うのはまだこの短篇集を読んでいない事に他ならない。
一度読んだ本を余り再読しないと云う個人的な習慣と、
書き下ろしの新作が現代モノと云うのが購入のネックに成っている。
やはり山白朝子は時代モノだなぁ・・・と云うのは今号の新作で、
何と今回から「旅物語」がテーマのシリーズ連作に成るらしい第1回目の、
「エムブリヲ奇譚」を読んで思いを強くした次第だ。
昔の旅行ガイドである「名所記」や「道中記」の類である「道中旅鏡」を書く為に、
他の読み本には載っていない珍奇な場所を捜して旅する男「和泉蝋庵」。
その蝋庵の荷物持ちとして同行する男が拾った不思議な生き物の話である。
時代は江戸の頃らしいが、その生き物の名前は「エムブリヲ」、
このパラレルワールド的な世界観と民話風な味わいが実に良い雰囲気なのだ。
多分「和泉蝋庵」を狂言回しに話が展開するのだろうが今後が楽しみな連載である。

もう一つの連載の単行本化と云うのが綾辻行人の奇妙な味わいの連作小説、
こちらは「深泥丘奇譚」と云うタイトルでまとめられる事に成ったらしい。
個人的には「怪談」と云うよりブラックユーモア的な雰囲気が気に入っているが、
作者の分身らしい主人公が絶えず病んでいて、非常に神経症的な雰囲気も濃厚で、
何処か佐藤春夫の「田園の憂鬱」を髣髴とさせる所も何気に良い。
ハンプティ・ダンプティの様な石倉医師とチェシャ猫の様な看護婦の咲谷は、
今回もインフルエンザに掛った主人公に「タマミフル」を処方する怪しさだ。
単行本の際には深泥丘の架空地図なんかも怪しげなイラスト供に掲載して欲しい。

で、今回の巻頭特集はその深泥丘のモデルも含まれる千年の魔都・京都だ。
冒頭に昨今の京都モノの代表作家である森見登美彦と綾辻氏の対談が載っている。
余談だが、ベストセラー好きで読書傾向の似た友人に、
「最近話題の京都モノの幻想的な本読んだ?」と森見の本を借り様としたら、
「鴨川ホルモー」を渡された、と云う位珍しく京都モノがひしめいている昨今、
中々に時勢を読んだ特集ではないか!とか感心した訳だが、
流石に手垢の附きまくった場所なだけに左程魅かれる話は少なかった。
毎回期待通りに怪異に遭遇する加門先生を含んだ取材班には頭が下がるが・・・

わざわざ巻頭特集に合せたと云う「やじきた怪談旅日記」は、
新耳袋でお馴染み北野誠が遭遇した京都の幽霊マンション再訪記だ。
幽霊マンションと言えば映画雑誌「映画秘宝」の連載をまとめた、
秘宝ライター・ギンディ小林の「新耳袋殴り込み」を読んだ後だったので、
「中山さん、あんだけ人に行くな言っといて・・・」と思わないでも無かった。
秘宝の殴り込み隊が表面をかすった様なレポートだとしたら、
流石は北野&中山のコンビ、マンションの住人の御家に御邪魔して話を聞いたり、
秘宝では進入出来なかった屋上への進入を成功させている所は見事だ。
しかし問題の8階の部屋の様相は相当に不気味で恐ろしい。
灯りも付いていない無人らしい部屋なのに窓は開けっ放しで、
なのに電気メーターは廻っていて、後に換気扇まで廻っていると云う不可解さ。
あな恐ろしや、それにも増して恐ろしいのは普通に生活している住民の皆様・・・

新耳袋の同僚・木原浩勝の「怪談ハンター」は今回、自衛隊にまつわる怪談を探る。
やはり旧・日本軍が絡んでくる話は怖い、特に硫黄島の話は恐ろしくも悲しい。

毎度お馴染みな連載陣の怪談実話は相変わらず安定した出来で楽しめる。
福澤・平山の両巨頭は今回も面白いが、今回は高原英理の連載が印象に残った。
今回は所謂奇形と云うか異貌の人たちの記録をあれこれ記しているのだが、
ほんの少しパーツの位置が狂っただけで与える印象が著しく変る顔面なだけに、
異貌のインパクトは相当計り知れない物がある。
冒頭の富農の亭主の姿などビジュアルを思い浮かべただけで生理的にたまらない。
後半の「ろくろ首の世界分布」は、ろくろ首の元ネタ・中国の「飛頭蛮」から、
東南アジアの「ナンナーク」イギリスの「モズマ」へと到る地域的考察が面白い。
毎回楽しみにしている安曇潤平の「山の霊異記」は、
今回2本ともジェントル・ゴースト・ストーリーで中々泣かせる話だ。
「牧美温泉」に於ける女将と娘そして「鯉こく」の印象が鮮やかで哀しい。

さて今回2回目と成る「幽・怪談文学賞」は短編受賞2作品が掲載されているが、
個人的な好みから言えば勝山海百合の「竜岩石」が実に面白かった。
しかしこれは完全に中国の志怪モノ風なので曰く「怪談」とは言い難い作品だ。
なので怪談文学賞的には間違い無く雀野日名子の「あちん」で決まりだろう。
作品的にも良くまとまっているし作品背景の哀しさも良く出ている、
しかし選考会でもネタに成っていたウォシュレットの部分が気に成って仕方無い。
いや別にそれがネックに成る訳では無いが妙に気に成った部分では有る。
それと「竜岩石」の作者には是非こう云う話を書き続けて行って欲しいものだ。

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2007.12.09

紅葉を観に鎌倉へ(下)

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浄智寺を出てから道沿いに建長寺方面に歩いて行く。
天気が良いので車は上下供に渋滞で狭い道を歩行者がはみ出しながら歩いている。
昔に比べるとやはり沿道のファンシーな土産物屋の数が圧倒的に増えていた。
どう考えても鎌倉と関係の無い味のソフトクリームをカップルの女がねだっている。
数日前までの寒さに比べて、今日はアイスが喰えるほど温かい。

何時もの様に観光バスが並んで停まっている建長寺をスルーして、
雪ノ下への坂道をだらだら下り、カーブの先の裏階段から鶴岡八幡宮に上る。
若宮大路から参道を辿って階段を上り上宮にお参りすると云うのが本筋なのだが、
いきなり裏から上宮に出て、眼下に開ける鎌倉の街並みを一望するのもまた良い。
今回上宮に居る時から妙に妙なる雅な調べが流れていると思っていたら、
何と歴史有る舞殿で古式ゆかしい結婚式が行われているではないか!
雅楽の生演奏に巫女による神楽舞とこれ以上無い位なエキゾチックな眺めに、
観光で来ている外人の皆さんはここぞとばかりにカメラを向けていた。
(勿論外人ならずとも日本人も盛んにカメラを向けている訳だが・・・・)

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舞殿から左に折れて白旗神社の方に出ると、ここら辺もまた紅葉が素晴らしい。
白旗神社から流鏑馬馬場までの間は俄か撮影スポットと化していた。
その先の源平池は相変わらず弛緩した感じの濃い脱力スポットである。
一心不乱に鳥に餌をやっているカップルやうたた寝する親父など良い味わいである。
そんな脱力な気分と供に足の早い秋の陽は既に翳り始めて来た。

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酷く疲れて重くなった足を引き摺りながら小町通りを駅に向かう。
昔だったら昼飯前の距離だが、流石に年齢的な衰えは隠せない。
腰を落ち着けて休みたい所だが、休むと足に根が生えそうで歩き続ける。
寺院の拝観時間はかなり早く終るし、何にしろ既に周囲は相当暗い。
家路に着きたい誘惑は色々有れど、せっかく来たのでもう少し足を延ばしてみる。

「鎌倉大仏」と云うのもスポットとして余りにもベタな所なだけに、
鎌倉に出掛けている回数の割に2~3回しか行った事の無い場所だったりする。
なので「長谷」の駅で降りてから「こっちの方だっけなぁ~」と云う曖昧な記憶と、
相変わらずな人の流れに一緒に流されて夜道を進んでいた。
そんな他力本願な態度で流されて行った先で、何やら大規模な行列が出来ている。
人の流れに流されるままその行列に加わると周囲で交される話が耳に入って来た。
それらの話を総合するとこう云う事らしい、曰くこの時期「拝観料無料」で、
「紅葉のライトアップ」を「5時から6時まで1時間だけ」見せているらしい、
「結構な事をやるもんだよ長谷寺」、え?長谷寺だったんすか?ここ。

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程なく行列が動き出し境内に足を踏み入れたが、いやこれは実に見事だった。
照らし出される紅葉の数も凄かったが、起伏にとんだ配置も実に美しい。
暗闇に浮かぶ紅葉の連なりは正に群れる様で妖しい魅力が有る。

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街と海が一望出来る「見晴台」まで登ると眼下の淡く照らされ重なり合う紅葉と、
その先に拡がる街の鮮やかな光が相まって幻想的な雰囲気が有ったりする、
・・・有ったりするが、左程味わっている余裕は無い。
馬鹿でかい三脚にビックマグナムを装着した完全武装の親父達がポジションを争い、
その隙間を縫う様に携帯カメラの安いシャッター音が響き渡る。
山の上の長谷観音はそんな人間の狂態をどう思って見ている事やら・・・・

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その後、江の電を乗り継いで江ノ島まで行き、海岸までの道を歩いた。
如何にも江ノ島な感じの店に並んで、昔ながらの旅館や商店、
射的やスマートボールの店が残っていて結構繁盛してたりすのが笑える。
鎌倉の市内でもそうだったが、意外に古い店が多く残っている印象が強い。
そこら辺はやはり新興観光地との歴史の違い、と云う所なんだろうか?
海岸に出たが、寒いは人は居ないはで煙草一本吸って早々に引き上げた。

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帰りは江ノ島から大船までモノレールを使った。
このモノレールの乗り場が入ったビルも非常にイイ感じで、
テナントの煤け具合と云い、妙に郷愁そそられる雰囲気でぐっと来た。

そう云えば鎌倉駅の近くで鳴き声がするので空を見上げてみると、
鳶が幾羽も円を描いていたり、住宅地で電線の上を走るリスの姿を見掛けたりした。
確かにここは東京からも近いし、街もかなり賑やかなところだが、
それでもここはやはり鎌倉と云う「古都」なんだと云う事に思い到る。
結局、昔この街によく足を運んだのは、単にこの街が好きだったのだろう。
こうして再び鎌倉を巡ってみて、やっぱり良い所だとしみじみ思う。
今度は人が少ない時にまた来ようかな・・・・などと考えた。

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2007.12.08

紅葉を観に鎌倉へ(上)

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毎年この季節に成ると「何処ぞに紅葉でも見に行きたいなぁ」とか考えるが、
結局近所の紅葉を見てお茶を濁す様な事が何年も続いていたりする。
と云う訳で今年はほんの少しやる気を出して鎌倉に出掛けてみた。

何故だったかよく思い出せないが十代の前半頃、妙に鎌倉に狂っていた事が有る。
特別に何かイベントとか用事が有った訳では無かったのだが、
折々友人と出掛けては似た様なコースを廻っては日帰りしていた。
わざわざ時刻表で時間を調べて無駄にスケジュールを立てたりしていたから、
自分の中では些細な小旅行とでも云う様なつもりだったのではないかと思う。
ボックスシートに成った横須賀線の雰囲気もそう云う感じをかもしていたが、
当時の体感時間的にはやはり「遠い所」と云う意識が有ったものだ。

何の用意もせずにぶらりと横須賀線に乗ってゆられてみると、
鎌倉ってこんなに近かったんだなぁ・・・と云うのをしみじみ感じる。
昨今鎌倉に行ったと言っても、目的地が鎌倉だと云う事は無くて、
車で何処かへ行ったついでに寄ってみるとか、事のついでと云う状況が多かった。
そう云う訳で昔ながらの行程を再び辿ってみると思い改める事も度々だ。

いつもの様に北鎌倉で下車すると予想通り結構な人出である。
その人出は駅のすぐ横に開いた円覚寺の門前の辺りで更に膨れ上がる。
それもその筈、山門の辺りからしてもう既に見事な紅葉が始まっていた。
やはり都心の紅葉は銀杏が中心の黄色い景色が殆どなだけに、
秋の陽を受けて正しく燃える様な赤い景色に妙にテンションが上がる。

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寺の甍をバックにした紅葉は何処を見ても非常に画に成るもので、
三脚に望遠を構えた本格派から携帯のカメラを構えるカップルまで、
何処もかしこもにわかカメラマンで溢れかえっていた(勿論俺もその一人)。

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円覚寺を出ると線路沿いにしばらく歩いて踏み切りの手前で左折する。
小川が流れる小道の先の明月院へと向かう道である。
観光客目当ての店も増えたが、普通の民家の軒先の紅葉も中々に見事だ。

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それこそ昔同様のコースを辿って鎌倉を歩くのは二十年振り位なのだが、
流石に「古都」なだけに寺やその周辺に殆ど変化が無いのは嬉しい。
しかし明らかに変わってしまった所も当然の如く有る訳で、
明月院の先の先の道の谷間に有った広場が無くなっていたのには驚いた。
しかも驚くのがその広場に新しく住宅が建った、とか云うのではなく、
広場だった場所が完全に野生の藪に戻っていた、と云うのに吃驚した。
昔は菜園や手作りの遊具なども置かれ、一時期卓球台まで有ったりしたのだが、
今は脇を流れる用水路に昔の面影を感じる程度に成ってしまった。

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諸々の思いに駆られつつ元の道に戻り横須賀線の踏切を渡る。
如何にも古刹と云う感じの参道を登り浄智寺の山門に辿り着く。


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頻繁に鎌倉に来ていた頃に浄智寺に来た事は数えるほどしか無く、
記憶も曖昧なのだが、いつかは是非とも再訪したいと思っていた所である。
その理由と云うのは浄智寺にはかの澁澤龍彦の墓所が有るからだ。
花も線香も持たない身ながらせめて墓前で手でも合わせたいと探し始めたが、
何処に有るのか皆目見当が付かない。
墓所は2箇所ほど有るのだが一つ一つ確かめて廻る気力が無い。
早々に諦めて受付に戻り場所を聞けば、丁寧に場所を教えてくれた。
始めてお出掛けの皆様は無理せずに最初から場所を聞いて出掛けませう。
墓を探し当て名前も確認したが、散々迷ったせいでどうも確信が持てない。
所が普通の墓には無い物をそこに発見して一気に疑念は確信に変わった。

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それにしても誰がこんな物を置いたんだか・・・・シュール過ぎる光景だ。

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2007.12.01

便乗企画「思い出に残る紙ジャケたち」

音楽雑誌「ストレンジ・デイズ」が今月で通算100号を刻んだらしい。
ストレンジ・デイズと言えば雑誌として以外にも、各メーカーの紙ジャケの監修、
そして自らのレーベルを通しての紙ジャケによる再発等も手掛けていて、
謂わば昨今の紙ジャケの隆盛に貢献した雑誌、と云う事が出来る。

個人的に紙ジャケと云う事で意識して買ったのが、ストレンジ・デイズ監修で、
ユニバーサルから出たブリティッシュロック・レジェンド・シリーズが最初だった。
本などで何度か見掛けた事が有った「チューダー・ロッジ」の変形ジャケ、
アレが精巧にミニチュア化されてしかも2141円と云う値段に心動かされた。
その頃に発売されていた紙ジャケはそれなりに割高な商品だったし、
アナログで所有しているメジャーなバンドの作品が多かった物だから、
何も持っている物を高額な紙ジャケに買い換える必要を感じなかったのである。
だがその値段ならば未聴のバンドでも気軽に手が出せる価格だったし、
特殊紙等の細かい再現も見事で、一気に紙ジャケに対する興味が湧いた訳なのだ。

余談だが現在ユニバーサルから出ている件のシリーズは総じて2700円代である。
特殊ジャケだったりライセンス販売メーカーの物ならしょうがないとして、
原油高騰の折とは云え大手メーカーの商品でこの値上げ率は余りにキビシい。
しかも単なるシングルジャケでその値段と云う事に成ると、
まだプラケで安い方が購買意欲が湧くと云う物なのだが・・・
最近どこかで、ルーティーン化した紙ジャケのリリース状況に苦言を呈し、
かつてレア盤復刻の要だった「洋楽秘宝館」を再開せよ、と云う記事を読んだが、
ジャケとしての面白味が無い物を3千円近い金額で紙ジャケとして出すなら、
その半分位の価格でプラケで出した方が確かに購買意欲は湧く気がする。
ある程度のブツが出尽くした今、紙ジャケも曲がり角に来ているのかも知れない。

で、そのストレンジ・デイズ誌100号の巻頭記念特集と云うのが、
ロックがビックバンを迎えた67年から71年までにリリースされたアルバムから、
紙ジャケによって復刻された作品を100枚選出するというものだった。
単純に「紙ジャケ」と云うカテゴリーで集めてベストな物を選出すると、
ジャンルが多岐過ぎて収拾が付かない訳で、中々に上手いまとめ方である。
この分類の方法は編者である岩本晃市郎氏が以前出版していた、
「ミュージック・ストリーム」でも取り上げられていた方法で、
所謂ビートルズの「サージェント・ペパーズ~」を契機に原始的だったロックが、
技術や意識革新の元に百花繚乱して行く時代を取りまとめた物で、
今回は71年までだが次号の第二弾は多分黄金の70年代全般と成るのだろう。
で、今回はその企画に便乗し個人的な思い出に残る紙ジャケを取り上げ様と思う。
大した枚数も持って居ないし偏った趣味で噴飯な企画では有るが、
雑誌の特集でも、ここのブログでも取り扱わなかった作品を中心に集めてみた。
まあ例によっていつもの「繰言」として笑って済ませてちょ~だいね。

Kami01


最初の1枚はファンカデリックの名盤「One Nation Under A Groove」。
多分これは自分が始めて買った紙ジャケではないかと思う1枚だ。
その前からかなりP-Funkに入れ込んでいてプラケでは当然かなり揃えていたのだが、
これには何とそれまで収録されていなかった超名曲なタイトル曲の、
12inchバージョンがボートラで入ってると云う事で購入を決めた商品だ。
この時代のファンカのアルバムと言えば味なイラストのジャケ画と、
細かい字でびっしりと書き込まれた笑えるもクールな手書き文字だったりするが、
この紙ジャケにはそれらが紙ジャケで縮小されても困らない様に、
LPサイズよりやや小さめの両面カラージャケットが折込み封入されているのだ。
こう云う配慮にバンドに対する愛を感じて実に微笑ましい。

Kami02


お次はトッド・ラングレンの「魔法使いは真実のスター」。
これはアナログ時代も「変な絵だなぁ」とか思いながら見ていたのだが、
それがどうもオリジナル本来の特殊なシェイプを省略していた物だった様で、
紙ジャケで見て始めてこんな凝ったジャケだったのか?と認識した次第だ。
見開きジャケの上、ジャケの四隅が個々にカットされた実にマジカルな品で、
中身のインナースリーブも日本語解説も同様のカットが施され実に芸が細かい。
しかも添付品としてパティ・スミスの詩が書かれた「絆創膏」形のカード、
そして実物は多分ハガキ大の、トッド自身に宛てた絵葉書が附いている。
ポップでマジカルな万華鏡さながらの音を聴きつつジャケや付属品を眺める、
そう云う楽しみを提供してくれる素晴らしい1枚だ。

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で、次がゴドレイ&クレームの「ギズモ・ファンタジア(Consequences)」。
10ccの4分の2として脱退後もユニットを組んで活躍する二人の初ソロ作。
ちなみに「ギズモ」と云うのは両人が制作したギターのアタッチメントの事で、
10ccの名曲「アイム・ノット・イン・ラブ」のバックで霧の様に拡がる、
淡いシンセの如き不思議なサウンドが一番有名なギズモの使用例だろうか?
で、そのギズモの可能性を極限まで発揮しようと創られたのがこの作品だ。
LP3枚分(CDで2枚)に渡って繰り広げられる音の曼陀羅は、
コンセプチュアルな故に難解では有るが、それでいてポップと云う不思議な感触で、
「ギズモ」「ミュージカル」「コンチェルト」と云う3つのパートに分けられ、
役者による台詞パートなども挟んだプログレッシヴな組曲と云う解釈も出来る。
元のアナログ盤は3枚のレコードが黄・赤・紫のインナースリーブに入れられ、
20ページのブックレットと供に、カートンケースに入れられて発売されたのだが、
紙ジャケ化にあたり(紙箱化か?)それらも完全にミニチュア化された。
CDは2枚組みなのだがちゃんとスリーヴが3種入っている所が細かい仕上がりだ!

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4枚目は特殊ジャケも多いジェスロ・タルの編集盤「Living In The Past」。
タルと言えば先の特集でも取り上げられてた飛び出す絵本形式の「Stand Up」、
総て架空の記事により埋め尽くされた新聞をジャケに使った「Thick As A Brick」、
これまた架空の劇場の芝居のパンフレットを折り込んだ「A Passion Play」など、
特殊ジャケ特集の常連の様な素晴らしいギミックの作品を多く残しているが、
あえてベスト盤とライブ盤の機能を合せ持った当時としては珍しいこの作品を選ぶ。
SPボックス全集を模したらしい革装風のジャケに金箔押しの豪華さもたまらない、
このアンティークな手触りばかりはプラケでは到底味わえない妙味である。
表紙を開くとムサいオッサンたちの写真が12ページに渡って満載で、
それが豪華な装丁と相まって何処か英国的なブラックさを感じさせたりもする。
発売時期的に結構後期の物なので、初期の名盤辺りで力尽きた人たちは、
結構買い逃がしているのではないか?と云うアイテムである。

さて最後に控えしは少々イレギュラーなアイテムながら・・・・
外タレの「黒船」と言えば、アグネス・ラムでもリア・ディゾンでも無い、
「サンドラ・ジュリアンに決まってる!」と云う人も多いであろう、
かのサンドラ・ジュリアンが残した奇跡の作品「セクシー・ポエム」の紙ジャケだ!
サンドラは「生けるフランス人形」等と称されたフランス産のポルノ女優なのだが、
東映のお色気映画に客演した事で永遠に記憶に留められる事に成った。
わずか2本の作品なのだが、池玲子・杉本美樹と云う東映が誇る看板女優との共艶、
そして「生涯ヒーロー」な宮内洋大先生とも絡んでいると云うから奇跡の存在だ。
そんなサンドラが映画のプロモーションで来日していた折に、
歌入れ2日、オケ1日と云うお手軽なスケジュールで録られたのが本作。
しかしプロデュースは荒木一郎、構成は何と鈴木則文監督が手掛ける豪華さで、
見開きジャケの中にモノクロ5Pの写真集附きと云う嬉しさである。
中身はフランス語によるモノローグや「経験」などムード歌謡のカバーを収録。
この辺の曲は平坦ながらちゃんと日本語で唄っていて、中々器用なもんである。
圧巻は後半の鈴木則文監督による2本の映画からの「濡れ場」シーンで構成された、
「セックス・オン・ステージ」と「ライブ・セックス」の2トラック。
もう池玲子の濃厚なお声と相まって、何か大変な事に成ってますわ。
ちなみにこれはお馴染み「幻の名盤開放同盟」がコンパイルしたCDの紙ジャケ化で、
この前「幻の名盤お色気BOX」の一枚として再発されたが、直に売り切れたらしい。
こう云うジャケ買いしたくなるアイテムも紙ジャケの一つの条件であろう。

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