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2008.04.26

クライマックスが止まらない電王の世界

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「あれ?電王ってもう放送終ったんじゃなかったっけ?」はい、その通り。
「番組終ったのにまだ何かあんの?」・・・・あるんですよ、これが。
番組終ってかれこれ3ヶ月近く経つのに未だにクライマックスなんですよ、これが。
色んな意味で前代未聞な始まり方をした「仮面ライダー電王」なのだが、
その前代未聞な状態が番組終了後も途切れる事無く続いている。
その際たる物が番組終了直後のVシネ制作→Vシネの劇場公開と云う事態だ。
有名俳優を起用した連ドラの映画化なら昨今珍しい事は無いが、
夏休みの定番枠以外で、終了した子供番組の新作上映は明らかに有り得ない話だ。
しかも中規模上映とは云え一応130スクリーン前後の全国公開レベルで有る。
幾ら夏の劇場版でヒットを飛ばした作品だからとてそんなに美味い話が・・・・
有ったのである・・・何と初公開週の興行成績のトップを持って行ったのである。
強敵「クローバーフィールド」を相手に12、13の2日間で興収1億9000万円弱。
ハリウッド・メジャー相手に仮面ライダーが競り勝つとは何と痛快な話よ。
公開2週目に劇場に出掛けたが、既に夜の時間だと云うのに結構な客足で、
そう云う点も踏まえているのか、スクリーンもかなり大きなハコを使っていた。

さて平成ライダーの夏の劇場版はテレビシリーズとの兼ね合いも有って、
従来「パラレル・ワールド」的な話が採用される事が多かったが、
電王の劇場版はテレビ版とリンクした離れ業を見せて驚かせてくれた。
その点で言えば、今回の「クライマックス刑事」は後日談として語られる物の、
従来通りの「パラレル・ワールド」物として観れる作品なのが面白い。
但し「悪ふざけ」と「悪ノリ」が極端に過剰に成っている所が電王らしいが・・・
とにかく「好きな奴しか観に来ないだろう」的な、
コアなファンのみに向けたお約束の釣べ打ちの如き展開は清々しくさえある。
とは云え冒頭のカーチェイスから銃火器の派手な応戦、生身やスーツにコハナ、
果てはCGでの激しいバトルと気の抜けないアクション作品に仕上がっている。
ついでに話のテンポも軽快だし、密度の濃いくすぐりが多数用意されているので、
正直一度観た位では細部にまで眼が廻らないのが難と言えば難か?
まあその代りDVD化した時には舐める様に楽しめる作品では有る。
そんな中で印象に残ったシーンを幾つか挙げると、
「究極の悪の組織」結成を目論む今回の悪の親玉ネガタロスなのだが、
壮大な目標の割りには意図も行動も何処か妙にふわふわしていて、
「基本的にイマジンは馬鹿」と云う図式をちゃんと踏襲していて笑えた。
笑えたと言えばイマジン連中よりノリノリなオーナー(・・・いやデカ長か)が、
誤認逮捕して来た連中で収拾が付かなくなっている署内を鎮圧する為に、
デンガッシャーを駆使してチャーハンの旗で始末を付ける所なんざ最高だった。
そう云うドタバタと馬鹿騒ぎの結末に、ちゃんとゲストキャラの為に用意された、
時間を巡る泣かせのエピソードが盛り込まれている所が脚本のニクい所である。
そしてTVシリーズを観て来た人間なら誰もがほのぼのとしてしまうのが、
実体化したリュウタが始めておねえちゃん(愛理)と遭遇するシーンだろう。
いざと成ると恥ずかしくなって逃げ回るリュウタに弁当を手渡す愛理、
その後楽しそうに弁当の中身を品定めするリュウタが実に可愛い。
このシーンの為だけでも劇場に観に行って損は無い。

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さてそんな映画の特集本として出されたのが「DEN-O CLIMAX!!(+KIVA)」。
重版に次ぐ重版で売れまくった「DEN-O PERSPECTIVE」の編集者が制作した本だ。
劇場版の豊富な写真も満載だが、やはりインタビュー記事の充実が嬉しい。
主要キャストは当然として、ゲスト出演者に声優、中でも面白かったのが、
「DEN-O PERSPECTIVE」で談話が載らなかった金田監督のインタビュー。
監督自身がコハナのアクションを強く希望していたのか・・・とか、
この仕事の長い監督でも電王の場合は上がって来る画が想像出来なかったとか、
中々読み応えの有るインタビューに成っている。
それから「電王」に「モモちゃん」、更には「キバ」も演じている、
スーツアクターの高岩さんのインタビューも中々に興味深い。
「キバのスーツを着ていても中々モモちゃんのしぐさが抜けなかった」と云う、
長いライダー生活の中でも中々無い体験をした話には唸らされる。
まあそうだろう、それだけモモちゃん自身が高岩さんだったと云う事だろう。
劇場版のパンフも良いけどパンフよりもお得なこれも是非。

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で、この劇場版の主題歌扱いで発売されたのが、便乗商売もここまで!と唸る、
イマジン声優の皆さんが歌う「Double-Action CLIMAX form」。
今回もエイベックスの鬼商売が炸裂したデネブ入れてのジャケ5種類発売で、
DVD付きなので単価は更に倍、コンプする人間は地獄を見る1枚である。
しかし実際に売れるものは売れるだけ搾り取ろうとするのは商売の基本な訳で、
この作品もオリコンのデイリーで3位、週間で4位、の衰えぬ売り上げだ。
更にその前に出たジークと良太郎の「Double-Action Wing form 」に関しては、
週間では5位だったがデイリーでは確かキバの主題歌を抜いていた筈。
と云うか終了した番組のしかもゲストキャラの挿入歌でこの売り上げって・・・・

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さて映画関係以外に前回紹介した以降も電王の本は続々と発売されている。
まずはかなり究極のマニア・アイテムと言えるB4サイズの巨大な写真集、
「仮面ライダー電王メモリアル また会おうぜ!」(小学館刊)。
児童誌「てれびくん」編集の、所謂スチール写真を集めた写真集な訳だが、
とにかくそのサイズの大きさと贅沢な写真の使い方に唸らされる1冊だ。
B4サイズ見開きで展開される写真の迫力は正にクライマックスな感じだし、
放送順に構成されたページ展開とカメラマンのコメントも一つ一つが泣かせる。
キャラが増えた時やイベントの時に撮られる食堂車での集合写真、
「てれびくん」全プレDVD撮影時のレアなカットの数々、
食堂車最後の撮影時にスーアクさんに頼まれて撮ったと云うイマジン達のカット、
中でも構成に唸らされたのが41、42話の撮影スチール。
侑斗と翔子のデートシーンのカットの中にポツンと混ざる膝を抱えたデネブの写真、
そして次のページで夕陽を背にゼロノスと座り込む翔子のカットバック、
あの回の切なさを見事に表現した構成に作品への愛をひしひしと感じる。
そして奥付の所にミルクディッパーに飾られたリュウタの書いたおねえちゃんの画、
表紙の折り返しには最終回に尺の関係でカットに成ってしまった、
未来の娘に時計を渡す侑斗と、デンライナーを見送った後に店に戻る良太郎と云う、
実にレアなカットがさり気なく配置されている。
更にはカバーを外した本体の表紙にはコラージュされた敵イマジンとの戦闘カット、
等々細かい所まで丁寧に創られた本で是非一度手に取って欲しい1冊だ。

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そして表紙の主役二人がアイドル写真風で少々ひける所が有る、
「仮面ライダー電王 キャラクターブック」の第二弾(朝日新聞社刊)。
知り合いは表紙と前半のカラーグラビアで買う気を喪失したらしいが、
後半のモノクロページに実は中々読ませるレアなインタビューなどが多い。
特にオーナーの石丸謙二郎のインタビューなどはかなりレアな1本だと思う。
他に脚本の小林靖子の声優との対談や単独インタビューも読ませるし、
スーツ・アクターの皆さんの対談は電王チーム、ゼロノスチーム供に面白かった。
キンとウラの別れのシーンにはそれぞれ演じていた次郎さんと永徳氏が、
各々アックスとロッドのスーツに入ったと云う話なんぞは非常にイイ話だ。

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さて最後はDVDの話、先日ようやく待望の、
「 仮面ライダー電王 ファイナルステージ&番組キャストトークショー」が出た。
イベント直後から伝説化しているファイナルステージのDVD化である。
まあとにかく、このステージの出来が半端では無い、ファンなら絶対に泣く。
基本的にお子様も楽しめるキャラクターショーのお約束は不足無く絡めながら、
キャラクターとして起ち過ぎるほど起っている連中が如何なくキャラ性を発揮した、
文句無しの内容で、それもその筈脚本は本編の小林靖子が担当しているのだ。
話としては、劇場版で良太郎が記憶を失いモモと心が離れた事を受けて、
今回はイマジンたちが記憶を失う事で良太郎との絆を確認させる話に成っている。
前半のいい加減な仕事っぷりと、記憶を無くしてからの真面目な仕事っぷりが、
イマジン連中らしい緩急の付いた動きで楽しませてくれる。
トリッキーなステージ上での電王全フォーム+ゼロノス揃い踏みは燃えるし、
一呼吸置いてからの怒涛のラストへの雪崩込みは最強のクライマックスだろう。
正直「クライマックス刑事」よりテレビ版本編に近い感動が味わえるステージだ。
これは生で見たらタマらんだろうなぁ・・・・
勿論2日間に渡って行われたキャスト&声優のトークショーも面白い。
普通に喋っていると、間違いなく年齢相応の女の子なのだが、
シーン再現コーナーで台詞を口にすると途端にコハナに成る松元環季に驚くし、
妙なテンションで脱線しまくる中村優一とカイ役の石黒英雄に対して、
妙に落ち着いて軌道修正して行く佐藤健の達者な進行振りが面白い。
声優組の方は流石に皆さん達者なトークでチームワークも良く楽しめる。
個人的には鈴村健一が、一視聴者の段階で電王の話を聞いた時に想像した、
吊革でゆられる電王の姿と、関俊彦の声で「俺参上」聞いた時の衝撃話にウケた。
前回のトークショーのDVDもバカ売れしただけに今回も相当売れそうな感じである。
と云うかステージの詳細聞いちゃったらファンなら当然買うだろう商品だよなぁ。

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DVDに関しては来月に夏の劇場版のファイナルカット版が出るし、
何とこれまた前代未聞ながら長石監督が手掛けた最終回に掛けての三話が、
未放送マテリアルを含めた特別編で発売される。
最終回は先に書いた侑斗とコハナやミルクディッパーのラスト以外にも、
リュウタのスーアクのおぐらさんが渾身の演技したと云う、
食堂車に於けるナオミとリュウタのシーンなど美味しいシーンが沢山切られている。
その辺のマテリアルが復活すると云うのは物凄く嬉しい話だ。
そしてハイターゲット向けに発売されるフィギュア関係もクライマックスである。
唯一出ていなかった装着変身のテンコ盛りフォームがネット限定で発売されるし、
細かなイマジン・フィギュアも相変わらず出続ける様である。
そして出来が凄まじいメディコムの「ProjectBM」の電王とモモタロス。
色々と問題の多いメディコム製品だが試作品は流石に凄い、値段も凄いが。
モモちゃんは電王購入者が添付の葉書で申し込むシステムの物だが、
う~む流石にこれは右から左へ購入決定と云う訳にはいきまへんわな。
更に先日の「魂ネイション展」で発表されたSICシリーズでの電王の発売だ。
試作品を見た時は正直微妙な感じだったが着色されるとこれが中々悪くない。
今回はソード・フォームにモモちゃんが付く形式で発売されるのだが、
そのモモちゃんも装着並に可動する様だし、顔も3種付くと云う事で期待大である。
しかし各フォームにイマジン1体で出る場合、一体何個出すつもりなんだろう。
当然5個は確実に出るとして、ウィングとジークはリミテッド扱いなのか?
テンコ盛りとライナーはどうなるんだ?とか先々の事を考えて戦々恐々である。
番組終ったッつうのに今年もまだまだ電王に金を投下しなければいかんのか・・・

最後にこの前出た「Double-Action CLIMAX form」にこんな歌詞が出て来る。
「同じ時を重ねた日々 最高の夢を見てた 
終らないぜ Double-Action この出逢い忘れない」

勿論イマジン連中が良太郎との日々を回想した歌詞に成っている訳だが、
同時にそれは番組を追い掛けていった視聴者の想いにも通じる歌詞だ。

最高の夢だった・・・出来ればまだまだクライマックスが続く様に・・・・

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2008.04.19

「クローバーフィールド」~闇に蠢く何か

Clover05


この映画を所謂「怪獣映画」として観た場合、
特に「怪獣映画」が好きな日本人としては、色々と不満が残るのは解る。
しかし純粋に映画としての面白さを考えた場合、この迫力は只者では無い。
本編が終了した後に、しばらく客のしわぶき一つ聞えなかった所に現れている。
とにかくこれは85分を全く飽きさせずに突き進むジェットコースター映画だ。
そして映画と云うメディアが、秀逸なアイデアと練られた構成と表現力で、
未だここまで行けると云う可能性を見事に示した作品だとも言える。

この映画は「ポストダイレクトシネマ(カメラを操る人間の主観視点映画)」とか、
「モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)」等と呼ばれる性質の作品だが、
こうしてジャンル名が付いている時点で特に珍しくも無い手法である。
当然の様に引き合いに出されるのが「ブレアウィッチ・プロジェクト」であり、
主に低予算映画や実験映画などに良く使われる手法でも有る。
この映画の上手い所は、それをスケールの大きな娯楽映画に持って来た所だろう。
映画を観ながら「これは巨額の金を使って低予算風の映画を創ると云う、
発想の転換が斬新だったのか?」等と考えていたのだが、
雑誌などを読むと実は平均的な映画の半額程度で創られた作品だそうだ。
それにしてはちゃちい所が微塵も感じられない内容だったのだが、
それは本来掛かるべき金額(例えば有名スターの馬鹿高いギャラとか)を、
無名の俳優で抑え、VFXに半分以上を掛けると云う配分に拠る物らしい。
「手持ちカメラの」と云う荒い映像も予算による粗を抑える要因の1つだろう。
そんな才気溢れる仕事を見せたのが「M:I:Ⅲ」を撮ったJ・J・エイブラムス。
最近では日本でも知られたTVシリーズ「The Lost」でもお馴染みだ。
ちなみに本編に頻繁に出て来る飲料水が「The Lost」とリンクしているらしい。
そう云う点をとってもこの映画は色々と変ったリンクのされ方が成されている。

その際たる物が「YouTube」等に於けるネットとのリンクだろう。
制作側は意図的に従来の宣伝媒体であるTVや雑誌等への露出を控えて、
動画投稿サイトやネットに断片的な情報を流してファンの期待を高めた。
それらは本編を鑑賞する為に直接的な影響は無い物の、
実際の事件の如き演出で映画の中の世界観を広める為に貢献している。
例えば謎の日系企業「ダグアルト社」やその社長の「吉田ガヌ」氏。
ダグアルト社所有の海底資源採集プラントの謎の事故映像や、
謎の巨大生物の死骸らしき写真など、無数のネタがサイトに残されている。
日本では一部のマニア以外、それらを逐一チェックした人間は少ないだろうが、
本国ではそれらの情報に期待感を高められた故の興行的な成功だと言える訳で、
その辺の温度差は本国と日本ではかなり開きが有る様に思える。
まあその辺のネタはDVD化した時に特典映像としてフォローされるだろうし、
日本人にはその時にこの映画全貌が見えて来るのではないかと思う。

だったらDVD化まで待つのが吉か?と云うとそうでもない。
アトラクション・ムービーとしてやはり劇場で観なければ面白さは半減だ。
この映画「車酔い」と同じ様な症状を起す可能性が有ると注意書きが出ているが、
手持ちカメラによる不安定な映像で全編を通している訳で、
視点の定まらなさが当然の様に眩暈のような状態を引き起こす。
自分が観に行った時には途中でリタイアする様な客は見掛けなかったが、
ネットでの書き込みを観ていると実際に気持ち悪く成った客も居た様である。
出来るだけ座る席を後ろの方にするのが良いのではないかと思う。
とにかく所謂「神の視点」と言われる高みから全体を見下ろす様な映像は一切無く。
殆どが人間の目線の高さからの映像なだけに非常に新鮮な感覚である。
巨大な生物が闊歩する部分も、ビルの谷間から一部が見えるだけだし、
逃げ込んだ地下鉄構内での暗視スコープでの映像も効果的だ。
上書きする前にテープに残っていた平和な時の映像もアクセントとして上手い。
ちなみに本編の最後にコニーアイランドの観覧車でのデート映像が現れるが、
そこに空中から飛来した物が海に落下する所が映り込んでいる。
正直事前に情報を知っていなければ完全に見落としてしまう様な小ささだが、
映画のタイトルで検索すれば「Youtube」にその映像が残されている。
結局の所、それが何なのかは何処にも明らかにされていないが、
(例の怪獣が宇宙から飛来して来た、と云う仮説も有るらしい)
破壊の後の平和な日常の回想と思っていた部分にもネタが隠されていたりして、
荒い映像に対して緻密に組み立てられている構成に唸らされる。

さて肝心の怪獣の造型であるが造型自体は正直かなり微妙なモノである。
事前にネタバレ画像が幾つか流れていたが、それに比べても微妙さは変らない。
これのフィギュアも発売されるそうだが、これ欲しいか?と問われると微妙である。
だからやはり怪獣映画と云うよりは新手のディザスター映画と捉えたい感じだ。
まあとは言っても本編にはっきりと怪獣が姿を現すシーンは殆ど無く、
一瞬部分が覗いたり、全体が見えても夜の闇の中で蠢いてる姿ばかりなので、
事前にその姿を知っていたとしても最後まで怪獣の造型への感心は続く。
その辺の見せ方は実に上手いので心配御無用だ。

しかしNYのビルの谷間に蠢く姿とか、人間大の群生生物の登場とか、
微妙な概視感が、あの悪夢の「USAゴジラ」を思い出させる。
それから群生生物に関してはアレ「平成ガメラ」のレギオンだよなぁ・・・

Clover01
こんな奴だけど本編は凄いので安心しよう。

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2008.04.12

レスリー・チャンの香港/松岡環

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今年もまた彼の命日が過ぎて行った。
彼が美しいままその時間を止めて、既に五年の月日が流れた。
あの悪夢的な年を乗り切り香港は今も動き続けている。
同様に香港映画は活発に・・・・とまでは行かないが、
幾つかの傑作を生み出し、今日も生み出そうと動き続けている。
けれどあの時から「何か」が抜け落ちている様な気分は拭えない。
確かにあの時に一つの時代は終ったのだ・・・・「張國榮」彼と供に。

張國榮(レスリー・チャン)の悲劇的な死から五年、
その五周忌に合わせるかの様に一冊の本が出た。
それが平凡社刊・松岡環著「レスリー・チャンの香港」である。
張國榮の本はその死後、日本でも幾つかの書籍が発売された。
ファン気質全開の情緒的な本も多く、総てを手に取っている訳では無いのだが、
これは書店で手に取った時に結構引き込まれるものが有った。
それは張國榮の生涯を香港の現代史・及び芸能史と重ねる試みの面白さに有る。
本書の前書きにこの様な記述がある、少々長いが引用させて貰うと、
「レスリーと云うスターは、自らが好んでそうしたわけではないものの、香港の現代史と供に歩んできた人だった。その芸能活動は、香港の中国返還が具体化した1982年から97年までの15年を挟み、返還のプロローグとなる5年とエピローグとなる5年を加えた25年間にぴったりと重なる。香港独自の文化が生まれて、最も華々しい輝きを放っていた時期であった。」
やや牽強付会な部分も無きにしも非ずだが、実に面白い論点である。
実際に読むと、如何に彼が戦後の香港の繁栄と供に芸能人生を歩んだかが解るし、
その死があの最悪なSARS騒動と重なり合うのが正に運命の如きに見えてくる。
香港の現代史に関する本を読んだ事の有る人には常識だろうが、
宗主国である英国と母国である中国大陸に挟まれた揺れ動く香港の歴史を、
その時々の事件と張國榮の歩みと供に描き出してく記述は簡素だが中々に深い。
「芸能」と云うサブカルチャーで有っても時代を抜きには語れないのである。
その媒介に張國榮と云うスターは実に相応しい存在だった訳だ。
まあ勿論、張國榮の存在が先に有っての企画なのは間違い無いが。

したがって純粋に彼の評伝本とは言えない所が有り、
そう云う部分を期待すると若干肩透かしをくらう内容では有るものの、
評伝部分に抜かりが有る訳ではなく資料を紐解いた細かい挿話も充実している。
(寡聞にしてここで始めて知ったが、彼の愛称でお馴染みの「哥哥」は、
かの「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」で共演した王祖賢が言い始めで、
それが後に広まったと云う話には驚いた。)
そして何よりも著者が蒐集したであろう資料の異常な充実さ加減が凄い。
当時のLPやカセット、出版物などは当然として演唱会のパンフやポスター、
そして映画館のチケの半券まで出て来る所は実に大したもんである。
今は無き台北の中華商場の店で嬉々としてブロマイドを漁る話などは、
アレが有った頃からそんな事をしていたのか!と全く頭が下がる。
そう云う訳で著者もかなり重度な星迷で有るからして、
張國榮への思い入れ部分のみに特化した情緒的な記述も出来ただろうが、
そう云う姿勢を収めて丁寧に記録を綴って行く記述には好感が持てる。

丁寧と言えば本書の中にアナログレコードに関する詳細な解説部分がある。
張國榮のデビュー当時と言えば未だアナログ全盛時で、
それに関してLP・EP・SP・などの規格を色々と説明した記述なのだが、
確かに産まれた時からCDしかなかった世代が増えている昨今、
一々そう云う解説を入れなければ解らない時代に成って来たと云う事なんだろう。
う~む・・・・歳は取る訳だ・・・・

最終章にあたる彼の自死を巡る部分は、正直読んでいてかなり辛い物がある。
それはあの時を覚えている人間なら誰しもそう思うだろう。
著者はあのSARS騒動の最中、張國榮の葬儀に香港へ出掛けている訳だから、
悲嘆にくれる街や人々を描写し、幾らでも感傷的な文が書けたであろうが、
個人的な感傷を配し、事実のみを書き連ねる著者の筆致が更に哀悼を募らす。
ただ彼の葬儀の晩に横殴りの雨が吹き荒れた事を、香港返還の夜の豪雨とあわせて、
「香港が、そして天が号泣している」と表すのに留めたのみだ。
死後、伝聞を含めて散々取り沙汰された彼を巡る醜聞に思い煩わされたであろう、
著者も含む星迷たちの心を図る様に、その動機に関しても簡素にまとめられている。
原因は一つでは無く、様々な要因が絡み合い彼を死に向かわせた、と云う事だ。
彼の葬儀で、今にも倒れ落ちそうな所を両脇から支えられて歩いていた、
彼の長きに渡る親友でも有った梅艷芳も後を追う様に亡くなった。
彼がその遺書に於いて「多謝肥姐」と感謝の言葉を綴っていた、
「肥姐」こと沈殿霞も闘病の末、今年の春節明けに亡くなった。
張國榮と供にあの時代を彩って来た数々がその姿を隠しつつある。

ここ2年ほど香港には出掛けてないが、張國榮の墓はどうなったろう?
本書にもその記述が無い所を見ると未だに墓は定まっていないのだろう。

脚の無い鳥が降り立った地点は、未だ香港には無い・・・・

Leslie02
「東邪西毒」制作発表当時のレアな哥哥と林青霞

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2008.04.05

桜の花の満開な妄言

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午前中天気が良く風も無かったので部屋の窓を開けておいた。
しばらくして戻ってみると吹き込んだ桜の花びらで部屋が満開に成っている。
なんと典雅な・・・・・等と思う筈も無く、桜の花びらの回収に翻弄された。
「桜の花びら」と云った所で基本は吹き込んで来た塵である。
しばらく靴下の裏に花びらの残骸が附いてたり、
布団をどけたはずみに萎びた花びらが転がり出て来たりで往生した。

花の鑑賞法は色々有るだろうが、桜の如き数で勝負の花は遠方よりの観賞に限る。
枝を重なり合わせ、たわわに咲き乱れる桜は下から眺めるのが基本だし、
春霞に白く盛り上がった遠景の桜は何処か幻想的な眺めで美しい。
そう云う点で色と云い有り様と云い鑑賞法と云い、桜は雪と良く似ている。

先日の花曇の夜に玄関を出た時、不意に空からはらはらと白い物が舞ってくる。
一瞬天然にも「すわ!この季節に雪か?」と真剣に錯覚したりした。
事ほど左様に桜の花びらの「はらはら感」と雪の「はらはら感」と似ている。
ビルの谷間に孤独に咲く桜の樹を、高山の冠雪に例えるのは穿ち過ぎだとしても、
散り始めのこの時期に街角に吹き溜まる花びらは残雪の如く見える筈だ。

東京の街を歩いていると桜の樹は実に多い。
と云うか、桜の樹は非常に自己主張が強いのでよく目に附く。
見慣れ過ぎているせいかもしれないが、桜の樹は都心の風景に合っていると思う。
殺風景なモノトーンの中に現れる薄桃色の塊りは1本だけでも画になる。
が、まあしかし桜の真髄が有るとすればやはり圧倒的な質量攻撃だろう。
桜の名所と呼ばれる所に行けば解るが、とにかく見事なまでに桜だらけだ。
紅葉などは樹によって色付きの変化が有ってそこが侘び寂びなのだが、
桜に関しては頭からケツまで圧倒的にあの狂騒的な色合いの洪水である。

Sakura03


異国の方々には普段は大人しい日本人が何故桜の下で狂乱するのか不思議だろうが、
まあ取りあえず満開の桜の下に座ってアルコール分などを吸収してみて欲しい。
頭上には空も見えない位、十重二十重に重なり合う生命力溢れる花々、
肩先には舞い散る花びら、足元には薄っすら積った花の残骸、
この状況の中で何やら平均的な感覚を保っていられるだろうか?
アルコール分に酔わなくても花酔いと云うナチュラル・トリップは必至である。
桜の名所などに行くと桜の下に屋台などが幾つも並んでいるが、
夜に成ると屋台が灯す裸電球の灯りが薄桃色の桜を色とりどりに染める。
その自然と人工が入り混じった色彩は非常にサイケデリックな雰囲気だ。
日本人が花見と称して桜の下で集うのはその感覚を味わいたい為なのかも知れない。

初日の出ほど例年ではないが、今年も桜の下で酒を呑んだ。
今年も沢山の人達が花の下で羽目を外し狂乱していた。
こう云うアニミズム的な祝祭が残っている限り、日本はまだ大丈夫だろう。

Sakura02
本当に大丈夫なのか?

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