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2008.07.26

蒼井優の写真集

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のっけからナニだが、実はそれほど蒼井優に興味が有る訳では無い。
CMなんかでも頻繁に使われているのを見て「売れてるなぁ」とか思う位で、
フィルモグラフィーとか見てみるとドラマで見たのは「タイガー&ドラゴン」位で、
映画にしても「花とアリス」に「蟲師」「フラガール」位のていたらくである。

殆ど関係無い話だが個人的に「あおいゆう」と言えば「船富家の惨劇」な訳で有る。
だもんで出始めの頃にその名前を見た時は違う意味で非常に驚いた。
「何故こんな所に蒼井雄?しかも故人なのに・・・」
一部の探偵小説ファンにはお馴染みだが、蒼井雄は戦前の探偵小説作家である。
探偵小説とは名ばかりの幻想怪奇な変格物が多かった当時に、
現在の推理小説に通じる本格的なトリック物の書き手として蒼井雄は登場した。
その華々しいデビュー作が「船富家の惨劇」と云う作品であり、
作者の名前と供に長くマニアに記憶されている存在なのである。
そんな訳で多分彼女の名前に関しては相当早くから記憶されてはいた訳だ。

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蒼井「雄」の著作「瀬戸内海の惨劇」


で、さして興味が有る訳でも無い蒼井優の写真集を何故買ったのかと言えば、
それはもう写真家とその内容以外のナニモノでも無いのである。
話は溯るが彼女が出演した岩井俊二監督の映画「花とアリス」公開に際して、
「花とアリス寫眞館」と云う関連書籍が発売された。
映画の中のスチールも収められているが三分の二は撮り下しの写真であり、
中でも半分以上のページを占めるのが「花語愛莉絲」と題された、
アイビー・チェンの撮影による「台北の花とアリス」と云う章だ。
これがまあとにかく非常に素晴らく個人的にツボな企画で、
映画の「花」と「アリス」がもし台湾人だったら、と云う設定で創られていて、
それぞれ「談花語」(鈴木杏)と「愛莉絲」(蒼井優)と名前まで設定され、
得意科目や趣味だの家族設定なんかも記されて非常に凝っている。
「花語の母は今は太っているが昔は食堂のマドンナだった」と云う部分など、
「酷似林青霞的老板娘」とか中国語表記されていて、
マドンナが林青霞(ブリジット・リン)とは流石台湾!と一部の人間を唸らせる。
「北星女」と校章と番号が入った黄色いシャツと学生鞄を持った二人が、
決して観光スポットでは無い台北の街中を戯れる様が非常に良くて、
雨上がりの濡れた路面の質感や何気なく挿入された街中のカットの隅々に、
地元の人間ならではの生活感が感じられて楽しい。
個人的には台北駅裏の補習班(予備校)が有る辺りを学生服で歩いてるカットや、
有名な夜市とかで無い、夜の屋台で買い食いしているカットなどがツボだった。
それぞれ「頭文字D」と「フラガール」で台湾でも名を知られる前だけに、
周囲とも自然な感じで溶け込んでいる奇跡的なカットが多い。

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撮影とディレクションのアイビー・チェンは台湾出身の写真家で、
昔、故・エドワード・ヤン監督の「カップルズ」女優として出演していたが、
その後は写す方に廻り、日本や台湾で活躍を続ける人だ。
で、話し戻って蒼井優の写真集「回転テーブルはむつかしい」だが、
これが3年振りにアイビー・チェンの撮影で台湾で撮られた作品な訳で有る。
アイドルさんの写真集なだけに中身が確認出来ないのが不安では有ったが、
通常の水着の写真集等に比べると安いし、そう云う変な理由で購入した訳だ。

巻末に「台湾的少女」と云う台湾人に扮したページが少し有るけれど、
基本的にこの本は「蒼井優」が台湾で撮影した写真集と云う内容に成っていた。
まあ本の性質上、全編マニアックな冒険が出来ないのは致し方無かろう。
人物を含めた街のカットより、表情を捉えたアップのカットが殆どだ。
中でも蒼井優本人も非常に好きで、日本でも認知度が高まりつつある
「包リ冰」(カキ氷)を食べてるところ等スイーツを食してる所がえらく多く、
撮影場所に昨今台北に多く出来ている個性的なカフェを使っていたりして、
ガーリーでスイーツ好きな女子にも対応した編集に成っているのは上手い。
(ちなみにアイビーは台北のカフェ本も日本で出している)
撮影場所は台北市内以外にも、最近よく使われる「九イ分」や、
珍しい所では「鹿港」なんかでも撮影されている様だ。
個人的には鹿港で撮影されたカットが中々面白く、特に老人会が開かれている、
古い公民館の佇まいが素晴らしく老人たちと和む彼女の表情も良い。

まあしかしやはり巻末の「台湾的少女」が個人的には文句無しに最高だ。
彼女の場合、こう云う風に役を振って撮った方が良い表情が出せるのではないか?
エキゾチックさとも違う、すぐ隣の別の日常と云う感じがたまらない。

台湾や香港は近場だけ有ってそれこそ撮影場所に使った写真集は非常に多いが、
どれも画になる場所を押さえた良く見るカットが多いだけに、
こう云う現地のフォトグラファーを使った生活感の出た写真も面白いと思う。
こう云う酔狂な人間も買う事だし・・・まあものの数では無いだろうが・・・

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敦化南路一段に有る鳥かごのオブジェの前の花語と莉絲

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2008.07.19

山上たつひこ単行本未収録傑作選

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ガキの頃、立ち読みに寛容な書店であらから「がきデカ」を読み終えた後、
残った山上たつひこのコーナーから何気なく手に取ったのが「鬼面帝國」だった。
現在持っているコミックがその時に買った物だがどうかは覚えていないが、
最初に読んだ時の無類の面白さに溜め息ついた瞬間は何となく覚えている。
例えて言えば諸星大二郎の「妖怪ハンター」を読んだ時に感じた、
見知らぬ世界を垣間見せられた知的な興奮と、
永井豪の原作版「デビルマン」を読み通した時に感じた、
それまで思っていた善悪などの観念が引っくり返されるが如き感覚だった。
初期の山上たつひこ畢生の傑作「光る風」をまだ知らなかった頃、
あの破壊的なギャグマンガ家が過去にこんな作品を書いていたのだと知り、
この時代の作品をもっと色々と読んでみたいと思ったものだ。

そんなガキの頃の願いを適えてくれるかの様な素晴らしい復刻本が出た。
シブい名作漫画を復刻している小学館クリエイティブからの刊行で、
「山上たつひこ単行本未収録傑作選」と題された三巻だ。
同時期に江口寿史の監修によるギャグマンガ期の選集も全五巻で刊行されており、
こちらも最近は入手困難に成っていた山上たつひこの作品集として貴重だが、
やはり初期の貸本時代の作品も含むレアな作品ばかりを揃えた、
「~未収録傑作選」の刊行は文句無しに必読の三冊なのは間違いない。
流石に殆どの作品は元の原稿が失われている様で、
掲載誌から直接に版を起こした物も多く、綺麗な印刷だとは言えないが、
それもまた作品に「時代」と「迫力」と云う味を加えているかの様で面白い。

この頃の山上たつひこの画は出自と時代を反映した劇画的な物で、
あの時代を通過している人間には、流石に古さを感じる画では有るが、
昨今の繊細な細いペンタッチとトーン多用の画面を見慣れた眼からは、
その力強いペンタッチと墨太な黒々とした画面はむしろ新鮮に映るかも知れない。
手描きされたタイトルや斬新な画面構成なども然りだ。
絵柄に付いては巻末の解説で同時代の劇画作家の影響が挙げられているが、
作品により微妙に描写を変えている所に後の作者の多彩さを表している様に思う。

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それでは各巻で気に成った作品を少し挙げて行きたいと思う。
まず一巻の「一軒屋」は二、三の作品以外、殆どがSFミステリーに成っている。
と云うか設定や結末をSF的な物にしているが基本は捻りの有る奇妙な話だ。
大仕掛けではないが話の展開の妙で唸らされる所が作者の語りの上手さだろう。
宇宙船内と云う二重の極限状態を舞台にした「漂流」「遭難者」「SOS」などは、
閉鎖空間を生かした話の造りで結末の奇妙さが際立つ作品である。
白土三平が書く様な時代劇で始まってSF的な結末に至る「浪人群」も好いが、
同じく白土三平風な人物を使って描かれる表題作の「一軒屋」がやはり出来が良い。
雨宿りの為に訪れた老人が一人で住まう一軒屋、一人また一人と雨宿り客が増え、
暇つぶしに語り始めた老人の話がやがて奇妙な方向に捻じれて行き・・・・
一軒家の粗末な窓から覗く宇宙空間のラストシーンが印象的な佳品である。

打って変わって二巻の「神代の国にて」はSF的な話は2本のみで、
「ツチノコ探索」と云う時代的設定に叙情的な雰囲気が絡んだ「野槌神」、
大好きな「鬼面帝国」収録作と雰囲気の似た「夜が明けたら」等が面白いが、
余りにもストレートに226事件のサイドストーリーを描いて、
ラストシーンの「ずん!」も鮮やかな「神代の国にて」には圧倒させられるし、
「悪魔の飽食」でお馴染みな「731石井部隊」をモチーフにした、
「十二因縁暴徒犯罪ニ関スル書類編冊」の孕んだ闇の深さに唖然とする。

そんな山上たつひこのポリティカルな資質が全開なのが三巻の「人間共の神話」だ。
時空の歪みの中に吸い込まれたガダルカナルで玉砕寸前だった加々尾少尉ら三人、
そして東京大空襲時に原爆を積んで飛行していたもう一機のエノラゲイ、
更に大空襲の最中に産まれ時空の歪みに取り込まれたせいで、
奇妙な力とミュータントの様な容貌を持った加々尾の息子・勝友。
勝友の力で終戦直後の東京に戻って来た加々尾が見たのは、
荒廃した人心と国家神道に取って代ろうとする新興宗教の跋扈。
そこに消えた原爆を探す米軍が絡んで・・・・絡んで・・・終る。
と云うのもこの作品、全六回で終了してしまった未完の作品なのである。
完成していればまた凄い事に成っていたであろうスケール感の作品だ。
さてこの巻の中で一番衝撃を受けたのは何と言っても「晦夜」だろう。
一言で言って山上たつひこ版「ねじ式」と云うか「ゲンセンカン主人」である。
勿論これは、つげ義春有ってのパロディと云うかオマージュな訳だが、
その悪夢的なビジョンやエロティックな話の展開等かなり独特の味が出ている。
元ネタの中心に成る寂れた田舎の風景や和的な物を取り込みつつ、
ダリやマグリットはてまたボッス辺りまで取り込んだ画面が斬新である。

これを機に是非とも増補版の「鬼面帝国」とか初期作品の単行本の復刊など、
山上たつひこの知られざる世界を復刻して行って欲しい所である。

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2008.07.12

怪談専門誌「幽」第九号発売

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「幽」連載の「山の霊異記」をまとめた安曇潤平の「赤いヤッケの男」が評判良い。

周囲に山登りをする人間が幾人か居て、連載中から是非読ませたかったのだが、
ようやく一冊にまとまって貸し出せる機会が出来、薦めたと云う訳である。
「登山する人間なら特に怖い本が有る」と云う触れ込みで貸し出したのだが、
背筋も凍る様な話以外にも、所謂ジェントル・ゴースト・ストーリー風の、
泣ける話や不思議な話も含まれた編集の妙による本としての面白さも良かった様だ。
ただ駐車場の車中で夜を明かしながら「道の駅」を巡っている知り合いなどは、
「あれ読んでから駐車場で寝れなくなりそうだ」などとぼやいてはいたが。

そんな一般でも話題の「赤いヤッケの男」の好評を受けてか、
今回で9巻目に成る怪談専門誌「幽」の巻頭特集は「山の怪談」だ。
表紙の、闇がぽっかりと口を開けた笹薮の風景は伊豆の日金山の山中で、
今回の怪談巡礼隊が特集のロケ地に選定した色々と曰く有る山だそうだ。
毎度毎度、巡礼先で怪異な出来事に遭遇する怪談巡礼隊の皆様だが、
「山の怪談」を書いているが自身、余り山での恐怖体験が無いと云う安曇氏が、
何やら巡礼中に不可思議な体験をしてしまう所が凄いと云うか見事と云うか・・・
やはりこれは不可思議な物を呼ぶ体質の方が居るからなのだろうか?

他に巻頭特集では山岳小説も多く手掛ける夢枕獏氏と安曇氏の対談が載っていて、
怪談では無いがヒマラヤ登山でのスケールの大きい話が中々興味深い。
「山の霊異記」の先達として復刻紹介された下平廣恵氏の「霊に呼ばれた男」は、
山に執り付かれた男の怖ろしくも儚い幻想譚でかなり好きなタイプの話だった。
そして今回の「山の霊異記」だが、三篇ある内の「真夜中の訪問者」が特に怖い。
誰も居ない筈の山中の深夜に、テントの中で一人聞く不可解な音と云うのは、
氏の作品の中でも良く有るパターンだが、今回のその正体が相当に怖い。
おまけに「それ」に付いた「紅葉の様な小さな手垢」がまたたまらない・・・

連載作品の中では、やはり山白朝子氏の連作小説の第二作目である、
「ラピスラズリ幻想」が前回の出来を裏切らない面白さだった。
今回も珍奇な場所を捜して迷いながら旅する男「和泉蝋庵」を狂言廻しにして、
和泉蝋庵の旅に付き合い、迷った先の村の老婆に不思議な青い瑠璃石を手渡され、
その石のお陰で幾度も産まれ還り、同じ時を何度も過ごす女の話である。
設定的にはケン・グリムウッドの「リプレイ」を髣髴とさせる話だが、
不思議な時代設定と、因果を感じさせる話の結末が何とも言えぬ読後感で迫る。
それから有栖川有栖氏の「鉄道怪談」シリーズ、「赤い月、廃駅の上に」も良い。
氏の作品は殆ど怪談と云うより「ホラー」と呼んだ方が良い内容で今回もそうだが、
所謂「実話怪談」の中に混じると中々新鮮に読める所が面白い。
「異界の物」の出現経緯はかなり荒唐無稽な感じがするが、
丁寧な心理描写と「鉄道忌避伝説」が相まって微妙な所で上手くまとまっている。
「鉄道忌避伝説」と云うのが中々に興味深いが、著者の創作なのか?
と思ってネットで調べてみたら、ちゃんとそう云う書籍が有るのには驚いた。
実に面白そうな本である、友人のテツの奴は知っているだろうか?

実話怪談系の連載陣の中では小野不由美氏の「鬼談草紙」が充実している。
中でも合宿先での怪談話中に怪異を見る「覗き見」がかなり怖い。
三階に有る部屋の出窓の障子を、内側から覗き見する様に破る1本の指、
障子にぽっかりと開いた覗き穴から何かが覗いているような気配、
似た様な状況を思い浮かべられるだけに、そくそくと恐怖が忍び寄って来る。

実際の幽霊事件現地レポートでもある小池壮彦氏の「日本の幽霊事件」、
今回の現場は何と荒川放水路と岩淵水門辺りである。
旧・岩淵水門の辺りは以前ここのブログでも取り上げた事が有るが、
秋の陽射しの下で家族連れの行楽客の声が響く、あの時の風景からは、
容易に想像出来ない薄気味悪い話が満載で中々興味深い物が有る。
確かに今は河川敷も整備され遊戯施設も造られ雰囲気も明るくなったが、
その昔、少年野球の練習に通っていた頃はかなり薄暗い場所が多々有った。
赤ん坊の遺棄死体が流れて来たのを野球少年が発見した、なんて事件も有ったし、
実際自分たちも大雨の翌日に、増水する荒川を漂流して来た、
上流で飼育されていたらしい豚の死体を発見して大騒ぎに成した事も有った。
流石にあの川で泳いでいた時代の「魔の放水路」の話は解らないが、
江北橋の幽霊騒動の事は覚えてるし、友人とチャリで現場に行った記憶も有る。
どう考えても運転を誤りそうに無い直線の橋の上で黙り込んでしまったものだ。
家族連れがバーベキューに興じるすぐ横が「日本版ローレライ」の現場とはな・・・

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かつて「魔の放水路」と呼ばれた、旧・岩淵水門辺り

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2008.07.05

「ビー・バップ・デラックス」祝!再発

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以前「モダーン・ポップな紙ジャケ」の時に是非とお願いしていたのだが、
この度ようやく、愛しの「ビー・バップ・デラックス」の紙ジャケが出た!
91年に日本で初CD化した時は4、5作目しかCD化されなかったのだが、
今回はライブ盤を含めて総ての作品がCD化されたのが嬉しい。

このバンドは1作目を除いて一応固定メンバーで固められているのだが、
基本的にリーダーのビル・ネルソンのワンマン・バンドと言って間違い無い。
ビル・ネルソンと言えば一部の音楽ファンにとって後々、
YMOやデヴット・シルビアンなどのツアー・ギタリストとしても知られているし、
現代音楽家のハロルド・バットなどとの共演で何度か来日もしている人である。
現在ではそう云ったギターを使った現代音楽的なアプローチの作品と、
ビー・バップ・デラックスに通じるポップな作風の作品を交互にリリースしている。
そんなネルソンが世に出るきっかけと成ったのがこのバンドなのだが、
後に通じる音楽性の多彩さが見事に各作品に共通していて面白い。
音楽性に節操が無いと言ってしまえばそれまでなのだが、
音は変われど小技の効いた捻くれた感覚は実に英国人気質を感じさせる物だし、
そんな所も含めて実にかのクイーン辺りと共通する物が有って大好きだ。

さて「ギミックが有ってこその紙ジャケ」的な人間に言わせて貰うと、
今回のビー・バップ・デラックスの六種類の紙ジャケは余り面白味は無い。
インナースリーブや付属EPの袋が附くなど細かい仕様は有るのだが、
1作目を抜かせば殆どがシングル・ジャケで余り有難味は無かったりする。
まあビー・バップ・デラックスが日本盤で全種入手可能と云うのが良い事な訳で、
今回はひたすら楽曲の方の紹介に徹しようと思う。

1枚目の「美しき生贄」はワイルドなジャケの割にとにかく音がおとなしい。
イメージ的にはジャケ裏のソフトフォーカスで撮られたお化粧姿に近い感じだ。
グラム・ロック的なサウンドと云う事で語られる事が多い作品だが、
バブルガム的なグラムではなく、初期のボウイの如き耽美さが際立つ作品だ。
耽美なのに煌びやかさより、フォーキーな長閑さを感じさせるのはナニだが、
シングル曲の「ジェット・シルヴァー」はメロディの良さが際立つ良曲だし、
後にライブでも演奏され続ける「ヨークシャーの風景」は小技の効いたインストだ。

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2枚目の「フュチラマ」は個人的に彼らの最高傑作で捨て曲無しの名盤だ。
前作の長閑なスカスカさは何処にも無く、過剰にハードでメロディアスである。
今作のプロデュースはクイーンでお馴染みのロイ・トーマス・ベイカーで、
正にあの粒の起った装飾過多でエッジの効いたサウンドを響かせてくれる。
故に結構プロデューサー色が強過ぎるきらいも有りそこは判断が別れる所だろう。
イントロでギターをこれでもかと弾き倒す「ステージ・ウィスパーズ」から始まり、
名曲中の名曲であるポップでコンパクトなシングル曲「魅惑の淑女」へ続き、
ヘヴィなリフが唸る「シスター・シーガル」、夢見心地な「夢世界の調べ」、
ネルソンの青臭い文学趣味炸裂の「わが憧れのジャン・コクトー」と流れ、
止めのハードでポップな「ジゴロの唄」と息をも付かせぬ本編である。
特に「魅惑の淑女」と「ジゴロの唄」のシングル2曲は本当に最高の名曲で、
メロの良さも然る事ながら、サビの後に入るギターの小刻みなカッティングや、
唸り音などの小技が見事であり、曲展開の捻くれ加減も最高なのだが、
ボートラで入っているシングル・バージョンではその辺がアレンジされていて、
故に楽曲の魅力が半減されている様に感じてしょうがない。
どうしてシングルはアルバムと同じアレンジにしなかったのか解らないが、
もしかしたらこちらがネルソンの当初描いた姿だったのかも知れない。

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3作目の「炎の世界」はプロデュースをこれ以降も続くジョン・レッキーに変え、
ハードさとポップ加減が丁度良い具合に混ざり合った作品と成った。
前作の作風に通じるハード・ポップな「熱く疼く夜」なども有るが、
今作から加入したキーボードの音感を生かしたカラフルな楽曲が目立つ。
冒頭の「公正な取引」からしてそうだが、浮遊感のある「空間での生活」、
鍵盤とギターの絡みがこれこそモダーンポップな「闇夜の航海」など最高だ。
それまで顔を出していたネルソンの文学趣味がこの頃からSF方向へ行き始める。

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そんなネルソンのSF趣味が炸裂したのが4作目の「モダン・ミュージック」。
一般的にはこれこそが彼らの最高傑作であり、その評価を裏切らない内容である。
前作で米国デビューを果たしたついでに初の米国ツアーに出たバンドだが、
巨大な音楽ビジネスと供に、アメリカと云う異国での印象が強烈だった様で、
恋人と離れたメランコリックな気持ち等もSF趣味と供に作風に取り入れられている。
ギターバンドとしてのビー・バップ・デラックスを前作で全うしたネルソンは、
今作でトータルなバンドサウンドの確立を目指したと語っている。
その言葉通り派手に弾ける様な曲は少なくなったが、コンパクトだがフックの多い、
正しく、これぞ「モダーン・ポップ」と言いたく成る楽曲に溢れている。
冒頭のロマンテックな「バビロンの幽閉者」、ポップな「妖しき月の女神」、
疾走感の有る「情念の残り火」と印象に残る曲が続くが、
メインはアナログB面の頭から始まっている「モダン・ミュージック」組曲。
ラジオのチューニング音と供にビー・バップ・デラックスの曲の断片が混ざり、
そこにデビュー前からネルソンを助けていた、かのジョン・ピールのDJが重なり、
ようやく合ったチューニングと供に溢れ出す曲のイントロが素晴らしい。
離れて過ごす恋人との甘い夢想を、フラッシュ・ゴードン等の、
レトロ・フューチャーなSF世界を背景に、メロデックに織り成し、描き出して行き、
インストを挟んで冒頭のメロディをリプライズする組曲の構成は、
ラジオから流れて来た一幕の夢物語の如く絶品である。

そんな「モダン・ミュージック」ツアーの様子を捉えたのが、
とうとうジャケが「メトロポリス」か!と云う感じの「ライブの美学」である。
実際にライブ中に「カリガリ博士」等と並んで映像を流していたらしい。
アルバムではギターバンドとしての姿を封印した言っているネルソンだが、
何だかんだ言ってライブでは弾きまくりで、流石に一人で目立っている。
そしてバンドの方も緻密さよりライブでのダイナミズムを表現している感じだ。
アナログには未収録の楽曲が三曲入っているのも珍しい。
是非、絶頂期なこの頃のステージ映像が有ったら見てみたいもんだなぁ・・・

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そしてこのバンドのラストを飾るのが、ネルソンのSF志向の高まりと供に、
サウンド的にニュー・ウェーブ/テクノ路線に接近した「プラステック幻想」だ。
勿論ビー・バップ・デラックスならではのポップなメロディは健在だが、
英国の空の如く、薄く靄が掛った様や音や跳ね切らない展開はちょっと異質で、
解散後にネルソンが組む「レッド・ノイズ」の前段階的な音と云う感じで有る。
ちなみにこの作品は当初2枚組みで発売される予定で21曲が録音されたそうだが、
諸般の事情で幾つかの楽曲が削られ現在の形に落ち着いたらしい。
その中にはアルバムに先がけて発売されたシングル「ジャパン」も有るのだが、
この曲が日本を題材にしているのに中華風メロディが聴けると云う、
典型的な勘違いオリエンタル曲で、その辺が実に英国風と云うか、
(バンドの)ジャパンとか、YMO辺りを髣髴とさせる所は後の活躍を予見させる。
ジョン・レッキーはこの辺での経験を糧にXTC辺りに生かしたのかもしれない。

先ほども書いた様に、ネルソンはビー・バップ・デラックスからKeyだけを残し、
実弟のイアンと、メカニカルなテクノバンド「レッド・ノイズ」を結成するが、
そちらも隠れた名B級バンドなので、是非とも再発して欲しいもんです。
いやビー・バップ・デラックスが出たなら次はコックニー・レベルに決まりだろう?
と云うかコックニー・レベルも早く出してください・・・・

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