辻惟雄の奇想な仕事集
伊藤若冲と言えば今では展覧会に多くの人を集める誰もが知る日本画の大家だが、
かつては知る人ぞ知る亜流の画家の一人であった。
そんな若冲を、曾我蕭白や長沢蘆雪と供に名著「奇想の系譜」にて取り上げ、
今に続くムーブメントに到らせるきっかけを作ったのは辻惟雄である。
日本的な「侘び寂び」とは真逆の、謂わば無意識過剰と云うか悪趣味と云うか、
奇想が迸るままに任せたバロック的な悪夢の如き世界は、
恰も中華圏の道教寺院や中南米の過剰な宗教装飾、極彩色な印度の仏画、
果ては見世物の看板絵にも通じる様な不思議な世界垣間見せてくれる。
そんな辻惟雄が少し前に2冊の新書本を同時に発売した。
1冊は文春新書の「岩佐又兵衛 浮世絵をつくった男の謎」であり、
もう1冊は集英社新書の「奇想の江戸挿絵」の2冊である。
岩佐又兵衛と言えば先の「奇想の系譜」でも最初に取り上げられていた画家で、
最近は代表作である絵巻物「山中常盤」が映画化されたりしている。
岩佐又兵衛に関しては以前展覧会にて絵巻物を実見して驚いた話を書いてるので、
今回は「奇想の江戸挿絵」の方を取り上げようと思う。
そもそもこの企画の発端は辻惟雄の「月刊百科」の連載をまとめた、
「奇想の図譜」の冒頭章から始まっている様である。
北斎が当時入手出来た西洋の博物学図譜や絵画手法から受けた影響を、
いかに挿絵や絵手本などに生かして来たかを検証した話だったが、
その北斎の描いた版本挿絵の素晴らしくダイナミックな内容を軸に、
知られざる江戸期の読本挿絵の世界を紹介しようと云う主旨の本である。
辻惟雄の本は基本的に学術書なので中々素人には敷居の高い部分も有るが、
本書は新書だけに記述も平坦で注釈も多く非常に読み易い一冊に成っている。
現在の漫画との対比と云う事で大友克洋や水木しげるの図も載っていて面白いが、
まずは驚異的なその挿絵をご覧あれ。
その手法の斬新さに驚かされるのが薄墨を使った技法である。
主人公が僧(地蔵菩薩の化身)に地獄の様相を垣間見さされる場面なのだが、
主人公と僧を普通の墨で摺り、地獄風景を薄墨で摺って合わせる事により、
著者も指摘している様に漫画で言う所のホワイト・トーンの様な効果が出ている。
これは凄い、絵師のアイデアも大した物だがそれに応える摺り師の技量も凄い。
他にもビアズレーの「サロメ」を髣髴とさせる首実検のシーンで、
姫の首代の換わりに自分の娘の首を差し出すと、狐の妖術で姫の首に見える場面、
娘の首が薄墨で重ねられた姫の首に見える様な効果が施されて実に見事である。
上の画像は右のページをめくった先が左のページに成っている仕組だ。
血腥い殺戮の場面で点々と続く血痕の後を追いかけて行くと、
次のページで血塗れの生首を銜えた犬の姿が現れると云うショッキングなシーン。
辻惟雄はこれを黒澤明の「用心棒」の有名な冒頭シーンと重ねて語っているが、
現代の漫画にも通じるビジュアライズな斬新さには溜め息が出る。
現代の漫画に通じると言えば所謂ビジュアル・エフェクトの斬新さが有る。
本書の表紙にも使われている爆発と発光の処理の仕方は正に今に通じる技術だが、
それをこの時代に確立させた絵師の技量は底知れない。
日本の漫画のルーツを探る時に「鳥獣戯画」辺りから初めて、
浮世絵を経由する日本古来からの進化として語られる事が有ったが、
今では戦後の外国産アニメ映画からの影響・発展が定番として語られている。
だがこう云う凄い読本挿絵を見るとあながち前者の意見も無視出来ない気には成る。
しかしこう云うズバ抜けた才気を感じるのは、実は殆どが北斎の手に寄る物で、
一人の天才がシーンを牽引していたと云う意味では、
現代マンガに於ける手塚治虫と同様な感じがする所が何かと興味深い。
さて辻惟雄の本でもう1冊、こちらは既刊の文庫化と云う体裁だが、
ちくま学芸文庫から「幽霊名画集 全生庵蔵・三遊亭円朝コレクション」が出た。
全生庵の幽霊画に関しては随分昔にここのブログにも書いているのだが、
昔は夏に成ると良く涼みがてら出掛けて行った。
前に書いた時でさえ「随分出掛けてない」と書いているがその後も行ってないので、
最近はどのように展示されているがちょっと解らないのだが、
昔は全五十点が堂内の到る所に掛けて有って中々壮観な眺めに成っていた。
本書にはその全五十点が総てカラーで収められているのが嬉しいが、
中々そのコレクションにも複雑な来歴や経過が有るようで、
鏑木清方が描いた幽霊画など失われてしまった名品も幾つか有るようだ。
モノクロで残る画像で観る限り、清方と狩野素川の幽霊画が実に素晴らしく、
これは是非実物を見たかったと思わせる逸品だ。
本書の辻惟雄は監修と云う立場で冒頭に「幽霊画と妖怪画」と云う一文を寄せ、
コレクション全図を挟み斯界の専門家が幽霊画に関する文を寄せている。
こちらは新書と違って学術書なので各人非常に硬い話で終始するが、
幽霊と云う存在の元イメージである「足が無い」「白衣と三角布」「水辺」、
そして「樹木や灯火」などから幽霊と妖怪の区別を考察して行く、
諏訪春雄氏の「日本人の幽霊観と全生庵幽霊画」は興味深いし、
その世界ではお馴染みな高田衛氏の「幽霊<像>の変遷」も面白い。
実際に全生庵に出掛けて幽霊画を見た事有る様な人ならば、
円朝と幽霊画コレクションの中身を考察した安村敏信氏の、
「全生庵の幽霊絵コレクション」は非常に興味深く読めると思う。
現存する五十点の中ではインパクトの強い伊藤晴雨や中村芳中とか、
月岡芳年、歌川国蔵辺りの作品がストレートに怖くて良いが、
実物に相対すると、正しく幽かな雰囲気の渡辺省亭や鰭崎英朋もたまらなく良い。
掛け軸や巻物、浮世絵など画にはそれぞれ見方と云う物が有るが、
掛け軸はやはり畳に座って見上げる様な感じで観るのが正しい見方であろう。
その頃は訪れる人も少なかった全生庵の堂内の畳の間に座って、
開け放たれた窓から吹き込む風にゆらゆらとそよぐ掛け軸の幽霊と相対す。
すると控えめな描写故に立ち昇ってくる幽気が何とも居えず妖しい。
多分暗がりの中、揺れる行灯の明りで観たら更に怖ろしいだろう。
これぞ正に幽霊絵の醍醐味・・・・
中村芳中「枕元の幽霊」
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