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2008.09.27

「グローバル・メタル」と日本のシーン

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人類学者サム・ダン教授の「世界メタル・フィールド・ワーク」第二弾。

今回は欧米で生まれた『ヘヴィ・メタル』と言う一つのカルチャーが、
如何に世界に伝播し、受容され、そして変容して行ったかを探る旅である。
政治も国土も風土も宗教も違うそれぞれの国で、如何にしてメタルは在るのか?
お馴染み監督のサム・ダンと相棒のスコット・マクフェイデンの二人は、
ブラジル・日本・インド・中国・インドネシア・イスラエル・アラブ首長国連邦と、
五つの大陸を股にかけて各国のメタルシーンを探って行く。

セパルトゥラやアングラなどの世界的なバンドを排出したブラジルは別にして、
個人的に改革解放後のバンドブームを追っていた中国も興味深かったし、
それだけに色々と言いたい事も有るが、やはり注目すべきは中東だろう。
イスラム社会にメタルと云うのはどう考えても困難だと思うが、
それでも現地には熱いメタル・ヘッズが多く居て非常に驚かされる。
「ロックは死んだ」と言われて久しいし、そう云う共同幻想も抱けなくなったが、
アラブ首長国連邦のドバイで行われた「DESERT ROCK」フェスや、
インドのバンガロールで行われたアイアン・メイデンの野外コンサートを見てると、
まだ音楽にそう云う幻想を抱ける余地が有るのかも、と考えてしまう。
メイデンの「フィア・オブ・ザ・ダーク」を歌い上げるインドの客を見て、
ちょっとウルっと来そうに成ったりした・・・・

一般に名を知られる事の少ない各国のバンドが多く出演する今回は、
歴史に名を残す業界の重鎮からシーン期待の若手までが多数顔を揃え、
ライブシーンも多かった前回の「ヘッドバンガーズ・ジャーニー」に比べれば、
多少観客への引きが弱い様な気もするが、事・当事国である日本人で有るならば、
日本のシーンがどう描かれているかを知る意味でも必見の作品だろう。

この作品の中で描かれる国の中で、日本はかなり異質な立場に有る国である。
他国のファンと違い、日本では『メタル』と云う音楽を聴くと云う事と、
政治や社会・体制に対して「反逆的」と云う事は殆どイコールでは無い。
飽くまでも好きな音楽の一つで有り、表明すべき態度などでは更々無い。
数多く存在する音楽ジャンルの一つで有り、それ以上でも以下でも無い。
欧米の音楽の受容はリアルタイムとは言わないがほぼ同時に行われていたし、
多くのバンドが日本を訪れており、メタルもまたその歴史の上に有る。
作品中でスレイヤーのトム・アラヤが「日本のライブで観客が暴れだしたのは、
俺たちが最初だ」と云うような旨の発言をしていたが、
73年のディープ・パープルの武道館公演で暴動が起こって警官隊が出動してるし、
78年のレインボーの札幌公演では1人が圧死8人が負傷する事件が起こっている。
つまりシーンの実情や感覚としても殆ど欧米と変らない訳で、
この作品に出て来るメタルに自由や反逆を求めている他国の現状とは明らかに違う。
何処かの映画評で、気合の入った他国のファンに比べると、
「へらへら笑ってインタビューに答える日本のファンは不甲斐無い」
みたいな事が書かれていたが、全く持って上辺だけしか見てない意見に他ならない。

例えばインドやアラブ圏ではメタルは全く異質で理解不能なカルチャーであろう。
だからこそそこに「反社会」的なアイデンティティーを込められる訳だが、
日本に於いてメタルは既に了解された一つの風俗にまで堕されている。
つまり理解不能なカルチャーでは無く「ああ、ヘビメタね?」と云う奴である。
民俗学的なタームを使えば、畏怖すべき荒ぶる異形の神だった物が、
共同体に認知され形を与えられ、滑稽な妖怪に零落した状態だと言えるだろう。
主にテレビや雑誌に取り上げられて「ヘビメタ」は珍奇な存在として認められた。
そう云う認識を社会に与える為に活躍した一人が、
某バラエティ番組の「早朝ヘビメタ」等でもお馴染みな元祖ビジュアル系、
今作でも英語でインタビューに答えてらしたあの御方だったりする訳だ。
残念ながら日本ではメタルはとてもでは無いが「クール」な存在とは言えない。
そこに自分の信条や思想を語れるほど独自の存在では無いのだ。
メタルの世界の中でも特別異形だったデスメタルやブラックメタルでさえ、
今やお笑いのアイテムとして漫画や映画に成って愉しまれている。
ミュージシャンや音楽メディアもその尻馬に乗って楽しそうにはしゃいでいる。
決まって言うのは「これをきっかけにもっと知ってもらえれば」と云う事らしいが、
その陰で「へらへら笑うしかない」連中がどれだけ居るか解ってるんだろうか?

体制や宗教的に厳しい中で信念としてメタルを聴き続ける、
インドネシアやアラブの連中は本当に凄いと思うし感心もするが、
それは何も彼らが望んだ事では無い訳だし、彼らも自由に音楽を聴きたい筈である。
日本には日本独自のメタルの捉え方が有っても何の問題も無い筈。
例え世界中から奇異な眼で見られたとしても、
日本はグローバル・スタンダードに合わせる必要など無いのだ。

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2008.09.20

台湾シネマ・コレクション2008

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夏の終りくらいから六本木で「台湾シネマ・コレクション」が始まっていた。
今回、上映作品の殆どが2007年公開作品と云う事で、
正しく一番新しい台湾映画の姿が日本で見れる良い機会である。
全作品に眼を通したいくらいなのだが、如何せん六本木に出掛ける用など殆ど無い。
07年度の台湾映画興収一位に輝く「練習曲」は是非とも観たかったのだが、
レイティングの関係か上映時間が殆ど浅い時間でどうにもならなくて、
色々と時間を遣り繰りして何とか観に行けた1本が「遠い道のり」だった。

「遠い道のり」は台湾映画でも不屈の傑作「藍色夏恋」でデビューし、
公開中の「言えない秘密」に出演するグイ・ルンメイ主演の作品だ。
勿論、台湾のみならず中華圏を代表する女優に成りそうな彼女を観に行った訳だが、
今までの作品とは違う新しい一面を見せてくれる作品に成っていた。

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失恋の傷を癒す為に台湾中を廻り各地の音を録音して彼女に送り続ける録音技師、
離婚の反動で荒れた生活を送る変態的な精神科医、
引っ越した先がたまたま録音技師の別れた彼女の家だった関係で、
録音技師の録った音を聞き癒される不倫関係に疲れたOL。
録音技師と精神科医はひょんな事から一緒に旅を続け、
息の詰まりそうな生活を変える為にOLは録音技師の旅を再体験して行く・・・・

OLと云う役柄は今のルンメイにとって年齢的にもぴったりと来る役柄だろうが、
爛れた不倫関係に虚脱した様な演技は新たな挑戦でもあったろう。
台北の街では終始疲れた表情だった彼女が旅先で安らぎを見い出して行き、
豊かな表情に変わって行く所が自然に描かれる。
それが失恋の傷を癒す為に島を巡る録音技師の旅の追体験な訳で有り、
見ず知らずの録音技師の心模様と微妙にシンクロしている所が面白い。
それは録音技師と旅を共にする事に成る精神科医も同様で、
彼との出会いと別れが生活に倦んでいた彼の心に小さくない波を立てるのだ。
そう云う意味では各々の心の旅を同時に描いた文字通りのロード・ムービーである。
先の「練習曲」も台湾と云う島を自転車で廻るロード・ムービーだそうだが、
高度経済社会に疲れた台湾の人間が、自らの足場を見直す意味で、
己の住む島をもう一度見直そうと云う動きがこの時期確かに有った様である。

個人的に精神科医を演じたジア・シャオグオの特異な存在感が印象に残った。
彼は基本的に舞台を中心に活躍する役者の様だが、
渡辺いっけいのルックスに竹中直人の異常さを合わせた様な存在感がたまらない。
正直他の二人に比べて存在感の異質さが際立ち過ぎてバランスが悪い気もするが、
こう云う異能な人を新たに見い出せた面白さがまたたまらない。

さてもう一本はこの「台湾シネマ・コレクション」で観た訳ではないのだが、
公開当時に現地で観て、今年DVDも買ってきたりした「Tatoo-刺青」だ。
当時強力にブレイク中だったアイドルのレイニー・ヤンと、
初出演作で話題をさらった香港のイザベラ・リョンの同性愛映画と云う事で、
現地では結構大々的に宣伝していたし、関連書籍も発売されていた記憶が有る。
ポスターにしても宣伝にしても、そう云う淫靡なイメージを売りにしていたが、
内容は実に真摯で映画的にも非常に良く出来た作品に成っている。

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日本に比べてまだまだ同性愛に対する偏見が根強い中華社会であるが、
それ故に公開された同性愛映画には独特の意識が貫かれていて面白い。
台湾の葬式の時に駈り出される車上の舞台で踊るストリップ等の踊り子たち、
その踊り子たちが全員ニューハーフと云う集団を舞台に描いたロード・ムービー、
「艶光四射歌舞團」は設定の凄さも有って現地で観て印象に残っていたのだが、
何とその作品は「刺青」のゼロ・チョウ監督のデビュー作だったりするのだ。
「艶光四射歌舞團」の時も主役のニューハーフが新聞で大々的に語っていたりと、
今作のレイニーとイザベラの淫靡なイメージで一般に印象付けるのと同様に、
興行的に難しそうな作品を上手く売る術に長けている所もこの監督の上手さである。

そう云う監督の手腕は、単なるガール・ミーツ・ガール的な話に終らず、
「刺青」と云う象徴的なモチーフを中心に添える所にも表れている。
更にその刺青のモチーフが「死」の匂いが濃厚な「彼岸花」であり、
それは99年の台湾大地震の時に死んだ彫り師だった父親のモチーフであり、
地震により心を閉ざした弟に対する自らの贖罪と後悔の象徴でも有り、
そのモチーフに魅かれた少女との再会を意味する「刺青」として描かれていて、
そう云う重層的な描き方が見事にイザベラ演じる竹子の深みに成っている。
片や奔放なネット上のアイドルとして気ままに振舞うレイニー演ずる小緑は、
如何にもネット的な解り易い記号で男を手玉に取っているが、
それ故に彼女の孕む空虚感が強調され、竹子を求める切実さが無理無く描かれる。
そこに監督が言う所の「男は強さを誇示する為に刺青を入れるが、
女は自分の愛情を表現する為に刺青を入れる」と云うフレーズに繋がって行く訳だ。

勿論この作品の成否は難しい役を演じた二人の主演女優に係っている訳で、
これから更に売って行こうと云う時期にこう云う作品に出た事からして、
レイニーは単に偶像としてでは無い姿を印象付けられたのではないだろうか?
まあそれでもある種本人をモチーフにした様な感じでも有る小緑役に比べると、
イザベラが演じた竹子の、名前通りすっくとした佇まいは実に素晴らしい。
高校時代の黒眼鏡な、朴訥としつつもシャープなその姿から、
クールな彫り師としての姿に、ストレートな小緑の愛に揺れ動く儚げな姿と、
丹精な美貌の表情も豊かで怖ろしく魅力的である。
知らなかったが、李連杰や楊紫瓊も出ている今回の「ハムナプトラ3」で、
ハリウッド・デビューも済ませているそうだ、う~む凄いわイザベラ・・・・
竹子の障害を持った弟を演じた沈健宏は今回が映画初出演の14歳だそうだが、
この子の演技も中々見事な物で感心した。これから伸びて行きそうな新人である。

今回の2本、どちらも実に「台湾映画」らしい作家性の強い作品だった。
一口に台湾映画と言っても、巨匠である侯孝賢や蔡明亮でも作品により違う訳で、
人により「台湾映画」と云うジャンルの感じ方も違うだろうが、
やはり八十年代のニューウェーブ世代から台湾映画を親しんで来た関係上、
「作家性の強い静謐な作品」と云う様なイメージが有る。
近年そう云う作品ばかりに成って台湾産の映画の興収ががた落ちしたが、
現在公開されているジェイ・チョウ主演の作品の様に、
娯楽性を強調した作品が盛り返しつつあると云うのも良いニュースだ。
娯楽性と芸術性の両軸を持って台湾映画がまた盛り返して行って欲しい物だ。

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現地で買って来た「刺青」の「電影書」

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2008.09.13

80’s 日本インディーズ・シーンの重要作

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The Comes「No Side」

何と驚く事に、あのカムズの「No Side」が復刻された!
レコ屋のHPの発売予告の所に、あの懐かしいジャケを見た時には心躍った。
かれこれ25年以上前に成るんだろうか?血の気の多かったガキの頃を思い出す。

良く覚えていないが、ハードコアを聞いたのはこれが最初ではなかった。
確かその前にディスチャージとかG・B・H・辺りは聞いていた気がするのだが、
何にしろこの作品に色々と衝撃を受けた事は良く覚えている。
ハードコア・バンドのVoが女性だと云う、当時としても驚くべきチトセさんの存在、
意味不明な汚い言葉の羅列、性急なビートにストレートな曲調、
何よりもジャケから音からその総てが醸し出すアングラな雰囲気がたまらなかった。
今聞き返してみればハードさよりも妙なポップさがやけに印象的で、
所謂ハードコアと云うよりガレージ的な暴走R&R的味わいを感じる。
多分楽曲の骨子を作っていたのは弦楽隊のナオキとミノルだと思うのだが、
この感じはやさぐれ暴走R&Rだった初期のリップクリームに通じていて面白い。
簡素ながら所々にフックを噛ませた曲構成が今聞いても中々の物で、
ちょっとニュー・ウェーブ風なイントロが入る「Wa-Ka-Me」とかも上手いし、
リップでも印象的だった簡素だが唄心の有るナオキのソロも最高だ。

当時は相当衝撃だったチトセさんのVoだが流石に今聴くとかなり無理が目立つ。
それでもここまでメタリックでノイジーな声で歌えるのは大した物である。
チトセさんの唄は再結成カムズの「Power Never Die」の頃が一番良かったが、
改名後のヴァージン・ロックスでは余り楽曲が冴えなかったのが残念だった。
今回の再発CDのライナーをその再結成カムズにも付き合っていた、
元ガスタンクのマッちゃんが書いているが、元気そうで何よりである。

カムズのこの作品を出していたのが雑誌「DOLL」が主催していた、
自主制作レーベル、「シティ・ロッカー」付属のドグマ・レコーズ。
ここの作品はレーベルの方針なんだか基本再発はしない方向で、
なのに当時のインディ・シーンの重要作が多く長らくプレミア状態だった。
だもんで、権利関係は良く解らないがアーティストが勝手に再発する事も有り、
最近でもKENJIの名盤「ブラボー・ジョニー~」が限定再発されたりした。
そしてカムズと並ぶ超重要なバンド、ギズムの「DETESTATION 」もここの作品だ。
「DETESTATION 」は1992年にジャケを変えボートラ入りでCD化されたが、
こちらも現在入手困難な状況なので是非再発をして欲しい作品である。
ギズムの様に世界的に見ても重要なバンドの作品なら尚更だろう。

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GISM「Detestation」

余談だが、昔メタル界隈で「メロディック・デスメタル」と云う名称が出て来た頃、
どんなもんなんだろうと雑誌に掲載されていたバンドの音源を聴いた際に、
真っ先に出て来た言葉が「あ?これってギズムやん!」と云う奴だった。
メロ・デスなんぞと云う言葉は元よりデス・メタルでさえ現れる以前に、
メタリックなハードコアと云う前人未到の荒野をギズムは突き進んでいたし、
デス声などと云う唱法が当たり前の様に使われる以前に、
その名の通り横山SAKEVIは憎悪に満ちた獣の様な咆哮を轟かせていたのだ。
永久のマスターピースであるアルバム頭の「Endless Blockads For Pussyfooter」、
珠玉のリフが炸裂する「Death Agonies And Screams」と名曲の釣べ打ちである。
現代のメタルを聴いている向には音質やテクニック的に厳しい物が有るだろうが、
ジャンル化した「デス声」等とは出自からして違う、横山の地獄の叫びと、
メロディアスながらハードコアの毒を忘れない内田のギターを聴けば、
日本が世界に誇るこのバンドの重要性に気付いてくれるだろう。

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GISM「M・A・N・」

 そうそうギズムと言えば自身のレーベル「Beast Arts」からリリースした、
セカンドの「M.A.N. (Military Affairs Neurotic) 」が未CD化であった。
アルバムは上の画像の様に、プリントされた透明なビニールに入れられた、
シール状のライナーにポスターと紫色のクリアーレコードと云う凝った体裁で、
透明ビニールとレントゲン写真と云う事でドイツのファウストの1stを思い出す。
音的には1枚目に比べて横山が吼えるよりメロディをなぞっている部分が多く、
メタルコアと云うよりよりメタルの方に近付いた音に成っているが、
横山主導のインダストリアル的、と云うかサウンド・コラージュ風の楽曲が、
収録されていて、混沌とした雰囲気の作品に成っている。
こちらも是非、紙ジャケ・テイストで仕様もろとも再現復刻して欲しい物だ。

さて個人的にシティ・ロッカーの作品で再発して欲しいのが、元祖J・ゴス、
マダム・エドワルダの「ヒステリックな公爵夫人」だ。
今の世の中こそ、ゴスの元祖として一番需要が有る時なのではなかろうか?
12インチの「ローレライ」や「アウトサイダー」とか「時の葬列」等の、
オムニバス収録曲も網羅して是非とも何処かで再発してくれんかなぁ・・・・

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奇形児「1982-1994」

近頃「奇形児」とか「あぶらだこ」の再発CDに更なる音源が加えられ、
紙ジャケ仕様で再発され、再び買い込むと云う困った事態が続いている。
ガスやシステマティック・デスのアーカイヴ音源も発売され、
世界最強最長不倒ハードコア・バンドの記録を更新し続ける、
日本が世界に誇るガーゼの十年振りの新作が発売されたりと、
八十年代インディーズ・シーンとその出身者周辺が賑やかな事に成っているが、
物凄く肝心なバンドの音源が全くCD化されていない事実が有る。
ギズム・カムズ・ガーゼと並ぶ重要バンド「エクスキュート」の諸作がそれだ。
ガスタンクのバキちゃんやベイビーの出身バンドとしてお馴染みだが、
Mrエクスキュート・レミー先生のメタリックなギターが唸る素晴らしいバンドだ。
ソリッドなリフとバキちゃんの歌唱が見事な「Answer」は絶品の名曲である。
基本エクスキュートはEPしかリリースしていないのだが、
後に初期3枚のEPに未発表曲を9曲も収録したコンピLP「Save Your Money」が出た。
タイトルは彼らのEPにプレミアが付いて馬鹿高い値段で取引される事を憂い、
レミー先生がこう云った笑えるタイトルを付けたLPをリリースしたそうなのだが、
現在はこちらも馬鹿高いプレミア金額でやり取りされているのが皮肉ではある。
マニアのお金を救済する意味でもエクスキュートのCD化は急務だろう。

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The Execute「Save Your Money」

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2008.09.06

「言えない秘密」

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かつて映画界と音楽界は不即不離な物であり互いが影響を及ぼしあっていた。
映画産業が盛んな時には特にその状態が顕著であって、
日本でも香港や台湾でも歌手が主演する多くの作品が作られては消えて行った。
所が最近の映画産業の不況により作品数が減った事も有り、
歌手として人気が有るから即映画の主役と云う状況は減って来つつある。
香港芸能界の四天王も、歌手としての劉德華、黎明、張學友、郭富城を知る前に、
映画に主演した姿でその存在を知った身としては淋しい限りだ。
しかしそうは言っても新い才能を知るきっかけは、まだまだ映画の中にも有る。
名前は認識していても聴くまで行かなかった存在を意識するのは映画の中だ。
華人ポップス界の若き覇主ジェイ・チョウもそんな存在だった。

初主演作「頭文字D」から、巨匠・張藝謀と組んだ大作「王妃の紋章」、
そして台湾映画界起死回生のヒット作「カンフー・ダンク」と、
常に話題作に名を連ねているジェイだが、3作目にして遂に監督に挑戦である。
それこそが奇しくも「カンフー・ダンク」同時期公開に成った「言えない秘密」だ。
実は今年の春節時期に台湾に行った時に既にDVDが現地で発売していて、
結構悩んだ末、日本での公開を期してサントラだけを買って帰った作品だった。
そう云う訳で勿論期待して観に行った訳だが、正直期待以上の出来だった。

処女監督作と言えば大体個人的な経験が反映された作家性が色濃く出る物で、
勿論この作品も自身の学生生活なんかが背景として反映されている訳だが、
感心するのはそれで終らず、良く出来た娯楽作品として完成している所だ。
そう、この映画買って来たサントラのブックレットなんかを眺めている限り、
「あ~淡く切ない青春映画なんだろうなぁ」と云う感想しか浮かんで来ない。
勿論それで間違いは無い、間違いは無いのだがそれだけでは終らないのが凄い。
そこに横たわるのがタイトル「言えない秘密」の『秘密』なのだ。

話は音楽学校に転校して来た小倫(ジェイ)が古びた教室でピアノを弾く、
謎めいた少女・小雨(グイ・ルンメイ)に出逢う所から始まる。
ルンメイと言えば、エヴァー・グリーンな青春映画として個人的に忘れられない、
台湾映画の傑作「藍色大門(藍色夏恋)」のイノセントなヒロインである。
イノセントな危うさを持った凛とした少女も、今や謎めいた美女へと成長した。
彼女の美しさと云うのは現代的でない古式ゆかしいタイプの美しさで、
実はその古びた美しさと云うのが話の根幹に関って来る所がまた上手い訳だが・・

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そのグイ・ルンメイと供にジェイを支えるのが渋さに磨きの掛る黄秋生。
ジェイとは「頭文字D」での親子役以来の共演で勝手知ったる仲であろう。
「カンフー・ダンク」では同じ様に曾志偉が燻し銀の演技で支えていたが、
黄秋生も負けじとコミカルに、そして不器用にジェイを見守る父を演じている。
息子に対してやや口煩い父親だが、その理由も実は『秘密』の内に有るのだ。
落ち着いた部屋で息子と二人で食卓を囲むシーンが実に印象的である。

朴訥な小倫を翻弄する様に現れる小雨は男なら心惹かれずには居れない存在である。
しのつく雨の中を避けて二人で隠れる繁み、自転車に二人乗りしての帰り道、
道の起伏に無邪気にはしゃぐ淡水河の湿地の上に掛ったボードウォーク、
台北に住む恋人同士なら一度は行って見たい筈な淡水に沈む美しい夕陽。
実際に淡水の音楽学校に通っていたらしいジェイの学生時代の願望が凝縮した様な、(学生時代のジェイがこう云う事をしていたかどうかは定かでは無いが、出来なかったからこそ、自作の映画で美少女相手に再現しているのではなかろうか?そう云う、ややボンクラっぽい所がまたジェイのイイ味わいに成っている訳だが)場面だ。

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そしてもう一人のヒロイン「晴依」は今作が映画デビューのアリス・ツォイ。
これがまたビックリするほどの美少女でルンメイと甲乙付け難い美しさである。
こう云うヒロイン二人に想われると云う設定がまた、たまらんボンクラ加減だ。
で、またその可愛らしさを際立たせるのが独自にデザインされた制服で、
野郎のネクタイに対して女の子の胸元がリボンと云う所もたまらない仕様である。
劇中のコメディーパートとして登場するラグビー部の二人の不良学生も、
いい感じで制服を着崩していて面白い。

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授業風景、深夜のダンスパーティー、ラグビー部の試合など学園生活も描かれるが、
やはり凄いのはピアノ王子(笑)との白熱の即興・早弾合戦シーンである。
流石にこちらは本職、凄まじい鍵盤捌きと指使いを堪能させてくれるばかりか、
鍵盤を追うカメラが鍵盤をすり抜けピアノの内部に突入、絃やハンマーを通り抜け、
反響音の如く共鳴板を通過して、相手の鍵盤に急接近すると云う、
デビュー作の「頭文字D」のバトルシーンをピアノで再現した様な場面に爆笑だ。
ポップス歌手としてジェイの作る曲は、ヒップホップ経由のR&B系が中心だが、
メロディの際立つリリカルなバラードなども非常に評価が高い。
その源泉と成るのがこう云うクラッシック的な素養なのだろう。

しかしそんな長閑で優しい時間は長く続かない、話は後半急展開を告げる。
些細な行き違いによって心が離れてしまった二人、そして迎える卒業式。
束の間出逢う小倫と小雨だがまたも行き違いになり姿を消す小雨、
小雨の家まで追い掛けた小倫は小雨の母親から信じられない様な話を聞き、
それを裏付ける様な話を学校の先生でも有る父親から聞く事になる。
それこそが小雨が話せなかった『言えない秘密』であった・・・・

ここからの畳み掛ける様な展開が素晴らし過ぎる。
正直、最初に小雨が出て来た時から「これは・・・・という存在じゃ?」、
と云うのは敏感な者でなくとも感じられる雰囲気は有る。
「実は旧校舎に憑いてる幽霊」とか、そう云う安い想像は幾らでもついた。
所がこの『秘密』と云うのが実に気が効いてると云うか上手い設定なんである。
事ここに到って「がぁ~大林の映画かよぉ!!」と云う叫びが出そうに成るし、
個人的には小中和哉の初期作品「星空の向うの国」とかを髣髴とさせるし、
更には伝説のNHK少年ドラマシリーズさえ思いす様なツボの入り方だった。
そして秘密が解った後に、数々のシーンを振り返ればそこに有る仕掛の数々を知り、
良く練り込まれた脚本と映像に溜め息を付かされる、と云う仕組である。
机に浮かび上がる小雨の文字に必死に応えようとするが、修正液の液体が出なくて、
叩き付けるように文字の後ろにハートマークを付け足す場面。
そして解体寸前の、瓦礫が落ち灰塵舞う旧校舎で『あの曲』を奏でる場面。
前半のテンポとは打って変わった切迫するシーンで畳み掛ける終盤の見事さよ。

そして観終わって感心するのはこの作品の『秘密』が依然閉じてはいない事だ。
観返して見れば新たな視点での発見が有る作品であるが、
所謂、行間を読む様に明示されていない秘密が幾つも散らばっている。
小雨の事を知っている用務員の存在、小倫が家を尋ねた先に居る小雨らしき存在、
そして何より解釈が如何様にも出来るラストの卒業写真等など・・・・
見る者にそう云ったフックを幾つも仕掛けられる手腕は実に只者ではない。
いや全く、ジェイ・チョウ・・・凄い存在である。

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あちらのサントラの限定盤、サントラも最高ですわ。

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