「写真屋・寺山修司」
寺山修司と云う存在を知ったのは、タモリの素晴らしい物真似からだが、
その存在を意識したのは「田園に死す・草迷宮」のシナリオ本からだった。
横溝正史をあらかた読み終わり、その周辺の探偵小説に食手を伸ばしながら、
これからバブルが最高に盛り上ろうと云う浮かれ切った時代に、
昭和初期の因習渦巻く寒村や、猟奇者がうろつく帝都の闇に耽溺していた頃に、
手に取ったその映画のスチール満載のシナリオ本は最高に衝撃的だった。
俗悪な見世物をフィルムに具現化した様な悪夢的なカットの数々、
そしてイメージを断片化したが如き意味不明ながら鮮烈なシナリオの内容・・・
結局立ち読みしているだけに飽き足らず、購入して耽読したものだ。
ここで今ならばその映画のDVDを探した・・・と云う事に成るんだろうし、
少し前なら、その映画が置いてあるビデオ屋を探した・・・に成るんだろうが、
それ以前に出来る事と言えば、名画座でその映画が掛かるのを待った、に成る。
それは奇しくも寺山修司が亡くなった年に、追悼記念特集上映として、
確か池袋の文芸座地下だったか飯田橋の佳作座だかで目にする事が出来た。
先の2作品と供に「疱瘡譚」「消しゴム」「トマトケチャップ皇帝」等の、
寺山修司の実験映画も一緒に放映されたのが、これまた印象深かった。
多面的な活動を行っていた寺山修司に関する印象は人それぞれ有るだろうが、
もっとも表面に出て来るのは、短歌や詩、エッセイストと言った文筆方面だろうが、
自分にとって寺山修司は邪悪なビジュアリストであり奇怪な映像作家なのである。
そんな認識を持つ御同慶にもたまらない寺山の本がこの度出版された。
それが没後25周年記念と冠された「写真屋・寺山修司」である。
寺山の写真集と言えば「幻想写真館・犬神家の人々」が有名だが、
10年前以上でも古書価が一万五千円を越える様なプレミア本に成っていて、
気安く入手出来ずに涙を呑んでいたが、ここに来て嬉しい復刊な訳なのだが、
スチールに文章や色彩加工を施したカットの多い「犬神家の人々」に対し、
今作はその元に成ったカットを「写真」として掲載した写真集と云う事なので、
「犬神家の人々」とは完全に別物の写真集と云う具合に成っている。
異国の古城にて現地のキャストを配し、バタイユのタイトルを冠した「眼球譚」。
桟敷のメンバーが英国の邸宅で「奴婢訓」を演じた様な「悪魔の囁き」。
ペルシャの大地を奇怪な祝宴に染めたが如き「千夜一夜・アラビアンナイト」。
暗鬱な欧州のトーンが何処か退廃的な「ヨーロッパ版・犬神家の人々」。
そしてお馴染みな桟敷のキャストが舞台そのままで映る「摩訶不思議な客人」。
と云う五章に寺山のエッセイや寄稿文が加わった構成に成っている。
四方田犬彦による重厚な論考、師匠である荒木経惟の愉しげな思い出話も良いが、
興味深いのが(「アサヒグラフ」連載の為の二、三の私案)と付けられた、
「実現しなかった写真」と云う連載企画のアイデアの箇条書きである。
見世物趣味が横溢した「フリークス・カーニバル」等と云う、
実現していればダイアン・アーバスの偉業に匹敵するかも知れない企画も有るが、
今作の「悪魔の囁き」でも試作されている「実在しない映画のスチール」などは、
もし連載としてまとまったらかなり面白い、独特な物に成ったであろう企画だ。
「変身」や「愛する」等の企画は現在でも可能な面白い企画だし、
実際にその様な企画写真も見た事有る様な気もするが、
やはり寺山の手による特異な加工やギミックが加わった物が観てみたかった。
寺山曰く「写真は”真を写す”のではなく、”偽を造る”のだ」と云う事だから。
舞台そのままな衣装やメイクの桟敷のメンバーを配した写真は、
やはり隅々まで寺山の意が透徹していてインパクトも強く面白いのだが、
現地の無名なモデルを使い舞台装置も廃し、写真の力のみで勝負した「眼球譚」が、
光りと陰の具合と云い色彩設定と云い「写真」として非常に完成されていて、
「写真屋」としての寺山修司の習熟度の高さを見事に表わしている様に思う。
「写真家」として純粋に寺山を評価する、今回の様な試みは中々に興味深い。
しかし寺山と言えばやはり悪くどいまでのギミックがその本領であろう。
今作の冒頭に掲げられた寺山の「幻想写真館からのご挨拶」を引用すれば、
「~私はスナップなどは撮りません。素顔も一切、扱いません。
仮面・化粧・変身・幻想といったものにしか興味が無いので、
撮影に当りましても、ブラック・サバスやユーライア・ヒープなどの
(あるいは古きよき時代の、ポーラ・ネグリのタンゴなどの)
摩訶不思議のレコードをかけ、一夜のパーティとして、
シャッターを切らしていただきます。
つまり写真機を口実のパーティを開宴し、「撮る」たのしみと
「撮られる」快楽とを等分したいという訳でございます。」
何という妖しい誘惑に満ちた蠱惑的な悪魔の囁きだろう。
BGMがサバスやヒープ(勿論我が愛しのコウマス等も)と云うのも最高だ。
この邪悪な「幻想写真館」的夢想を、他者の創作物を模倣するコスプレイヤー達や、
市場として確立してしまった規格品を着るゴスロリ少女達にも知って欲しい物だ。
そう云う意味でも長らくプレミアが付いたままの「犬神家の人々」の復刊、
そして「幻想舞台写真帖・天井桟敷の人々」の増補復刊なんかも望みたい所である

何故か所有している寺山初の商業写真にして最後の写真撮影に成った、
81年の「平凡パンチ」に於ける女優・高橋ひとみのグラビア。
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