「Loads Of Chaos~ブラックメタルの血塗られた歴史」
待望の・・・と言えば正に待望の邦訳出版な訳だが、
この本の初版が出たのが1998年だと云う事を考えると既に十年以上が経つ訳で、
その間に取り巻くシーンも激変していて、遅きに失した感も無きにしも非ずだが、
まあ何はともあれ、本国ノルウェーを恐慌と非難の坩堝に叩き込み、
欧州全域を蹂躙し、世界中にその悪の種子を根付かせたサタニズムの申し子達、
ノルウェーのブラック・メタルの狂乱を描いた「Lord Of Chaos」の初邦訳本、
名著の誉れ高い「ブラックメタルの血塗られた歴史」の出版を祝いたい。
さてその前に、知らない人間にとっては「ブラック・メタル」とは何者?
「従来のメタルとは何が違うのか?」と云う様な話に成ると思うが。
以前、映画「METAL-A Headbanger's Journey」公開時に、
複雑なメタル世界を理解するべく簡単な系統図が創られたりしていたが、
一口に『メタル』と言っても中々初心者には理解し辛い進化の過程が有る。
物凄く簡単に言えばメタルが先鋭化の方向を辿った系統樹の一つであり、
メタル→スラッシュ・メタル→デス・メタル→ブラック・メタルと、
過激さと暴虐さを先鋭的に推し進めていった先の一つのスタイルと言って良い。
更に現代ではブラック・メタルと言っても、それこそ様々なスタイルが有り、
明確に定義出来ないし、定義すれば有る程度の反論も出て来るだろうが、
この本に取り上げられている、謂わば原初のブラック・メタルのスタイルは、
デス・メタルにサタニズムと云う要素を注入し、先鋭化を図った物だった。
現在、ジャンルとして定着したブラック・メタルはイデオロギーも多様化し、
サタニズム以外に異教信仰・土着神信仰・神話や魔術など多岐に渡っており、
シンフォニックやフォーク・メロディの挿入と洗練された物に成っているが、
初期の姿は禍々しくサタニックで異形のデス・メタルだったのは確認出来る。
話はそんな原初的なカオス渦巻く八十年代後半の暗鬱なノルウェーから始まる。
話の中心と成る重要なバンドの名前は「メイヘム」(無差別暴力)であり、
ユーロニモスことオイスタイン・アーセス率いるオスロで結成されたバンドだ。
過激なバンドとして地下界隈で知られていたメイヘムがその名を浮上させるのは、
88年に加入したヴォーカリスト、デッドの死によってからだ。
コープスペイントを施し、白目を剥いて写真に写るデッドは抜群の存在感で、
恰もサム・ライミの「死霊のはらわた」のゾンビの如き禍々しさだったが、
重度の鬱病を患っており、バンドが共同で住む家で自ら頭を撃ち抜いて死んだ。
しかしユーロニモスはそのデッドの死を利用し、自ら不穏な噂を流し、
メイヘムと云うバンドの禍々しさを最大限にまで押し上げる事に成功する。
カリスマ性の有ったユーロニモスの元には有象無象の不穏分子が集まる様になり、
その中にはユーロニモスのレーベルからデビューする事になる、
「バーズム」を創ったカウント・グリシュナックなども含まれていて、
ユーロニモスが経営するレコード店「ヘルヴェタ」を舞台に、
サタニズムの教義を中心にして緩いサークルを形成して行く事に成る。
何処の世界の若い反社会的集団と同様に、メンバーは自らの度胸を試すかの如く、
サタニズムの名を借りて競う様に過剰で悪逆な行為に手を染める様になって行く。
リレハンメル五輪で湧く街で、声を掛けて来た酔っ払いのゲイに付いて行き、
森の奥深くにて、その男をナイフでメッタ刺しにして殺害した、
ノルウェーのバンド・エンペラーのドラマー、ボード・ファウスト。
木造の伝統的な建築様式を持つ教会に火を放ったカウント・グリシュナックは、
焼け落ちた教会の写真をバンドのフライヤーに使う悪びれなさだった。
警察に検挙されたカウントだが、その後証拠不十分で釈放され、
その行為に刺激されたかの如く、各地で教会への放火事件が起こった。
メディアは若きサタニストの犯罪として好奇的に報道を繰り返し、
遂には英国のメタル専門誌「Kerrang」も表紙にカウントを取り上げ、
センセーショナリズムを煽る様な記事でノルウェー・シーンをレポートした。
雑誌に取り上げられた事で一躍名を売ったカウントに対して、
シーンを牛耳っていたいユーロニモスは反感を抱く様に成り関係は決裂、
お互いがお互いを付け狙う緊張感の中、手を下したのはカウントの方だった。
仲間を伴って、深夜ユーロニモスの自宅を訪れたカウントは、
面会を拒むユーロニモスを「契約の事で話が有る」と説き伏せドアを開けさすと、
有無を言わさずそのままナイフで襲い掛かり、逃げ回るユーロニモスを刺殺。
カウントはアリバイ工作などをしていたにも拘らず幾つものヘマを犯し、
数日後にはカウント・グリシュナック及び共犯者共々逮捕され、
サークル周辺も徹底的に調査され、迷宮入りしていたゲイ殺人事件も判明し、
仲間達が係った幾つかの犯罪も露呈し、サタニスト達の狂乱の日々は幕を下ろした。
この奇怪な事件が日本に伝えられたのは何時の事かは良く解らないが、
自分がこの事件の大まかなアウトラインを知ったのは二千年に入ってからだった。
その頃には既に件のエンペラーの作品などは聞いていたりした訳だが、
点として知る事件が実はシーンに蔓延する犯罪と云う線だった事をその時に知った。
そもそもその頃メイヘムやバーズムの作品などは日本で発売されてはおらず、
(メイヘムの作品は輸入盤に解説を付ける形で「狂魔密儀」が後に発売された。)
隔靴掻痒な気分を味った物だが、ようやくその詳細が読める事に成った。
ただ驚いたのは、この本が単にスキャンダラスな事件を取り上げた物などではなく、
非常に学術的と云うか、事実を踏まえた検証的手法に終始した「堅い」本であり、
ブラック・メタルの発生から現在までの経過やその思想を知る事の出来る内容だが、
猟奇的な動機から読み始めると結構途中で挫けそうに成るほど重厚な1冊である。
世界中で翻訳出版され、各種のメディアに取り上げられ、幾つかの賞も受賞し、
かの「コロンバイン高校銃乱射事件」ではコメンテーターや解説者として、
各メディアに呼ばれただけの事はある、実に特異な労作である事は間違いない。
本書はまず、ポピュラー音楽の中でのブラック・メタル前史から始まる。
この手の音楽の直接的な始祖と云うべき偉大なるブラック・サバス、
ブラック・メタルと云う名の開発者であり、スタイルを完成させたヴェノム、
コープスペイントの元祖、キング・ダイアモンドや北欧の雷神・バソリー、
そしてスレイヤーからディーサイド等への過剰化の過程が解説される。
特に注目させるのはクォーソンのワンマン・バンドだったスウェーデンのバソリー。
その作品テーマの歩みが後のブラック・メタルの思想を先取りしている様で、
今更ながら注目したくなる存在である。
そしてそれらの影響を踏まえたノルウェーの狂乱の時代のレポートが始まる訳だ。
既に亡くなっているメイヘムのデッドやユーロニモスは無理としても、
(とは言っても生前、雑誌やファンジンに語った記事の採録が含まれる)
刑務所に収監中のカウント・グリシュナックことヴァーグ・ヴァイカーネスや、
ボード・エイトゥーン、など当事者に対する詳細なインタビューのみならず、
放火された教会関係者や信徒、識者や学者の論文も援用し、
一連の事件を多元的に検証するこの部分は非常に読み応えがある。
そしてその後、獄中でサタニズム的な思想から北欧神話にアーリア人的優位性見る、
白人至上主義的極右志向、有色人種差別主義、ナチズムへと偏向して行く、
長いスパンに渡るヴァーグ・ヴァイカーネスへのインタビューが続き、
ヴァーグがその思想の拠り所とした北欧神話的な民族主義の背景を考察する。
この辺の思想的な部分を扱った章は興味の無い人間には難解で退屈な物だろうが、
その後に各国で起こる同様の犯罪事件の背景を伺う意味で外せない部分である。
本書の後半はノルウェーの事件が各国に蒔いた悪の種子が萌芽させた事件を辿る。
ドイツで起きた「アブサード」と云うバンドのメンバーによる殺人事件、
隣国スウェーデンで起こった幾つもの教会放火事件や人種差別的な暴力事件、
フィンランド、フランス、イギリス、東欧諸国、その火は欧州全土を覆うかの様だ。
本書から引用すると「ヴェノムら~はジョークのつもりでサタニズムのイメージを取り入れていた。だが彼らの作った音楽がノルウェーに輸入された時、ティーンエイジャーたちは、ショービジネスとしてのサタニズムをまともに受け止めてしまった。そしてノルウェーのバンドはヴェノムの奇妙なファンタジーの世界を現実のものへと引き上げる―その現実が「論を説く」人だけでなく「その道を行く」人をも崇める若者文化においては、世界中で敬意と供に受け止められた。これにより今度はノルウェーが輸出する側に廻ったわけだが、ここから発生した物は更に過激さを増していた。~本人らが意識していたかどうかはともかく、彼らは手本としたノルウェーをまた1歩先へ―いい方へか、悪い方へか―進ませようとしていたかに見える。」
先に「狂乱の日々は幕を下ろした」と書いたが、それは始まりでしかなかった。
サタニズムやブラック・メタルはある種のきっかけでしかない。
「解決していない問題が積み重なり、遂に何処かで爆発する。サタニズムのせいにするのはスケープゴートに仕立てているだけ。悪魔だけ見ていたら本当の理由は見えて来ません」と本書の中で評論家が述べている。
ブラック・メタルを契機に始まった事件を追って行った本書は、
こうしてティーンを取り巻く危うい環境を「神々の黄昏」と憂いて終る。
気軽な気分で読み始めると、読了後に何とも言えぬ重い気分に浸れる1冊である。
本稿掲載の写真は総てPeterBeste「Norwegian Black Metal」より
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