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2009.03.28

「ヤンキー文化論 序説」

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書店で本書を手に取ってパラパラ中身を見た時に、
即座に「コレは上手い所に眼を付けたもんだ!」と非常に感心してしまった。

日本独自のサブカルチャーに於いて、確かに「オタク」は研究し尽くされている。
多方面からの切り口で語られ、既に世界言語として通用する言葉に成った。
しかし、その人口から言えばオタクをしのぐ物が有り、日本固有の物であり、
様々な方面に影響を及ぼしている割に殆ど語られていないサブカルチャー。
確かに「ツッパリ~ヤンキー文化」は未だ手付かずの領域として残っている。
社会学や文化学的な分析による学術的な研究書は幾つか存在しているが、
それは社会に対するある種の断面を捉えた研究にならざるを得ない訳で、
例えば、ある個人・ある作品を語っただけではオタク文化を評せない様に、
「ヤンキー文化」としての総括や定義は未だに成されていない訳である。
勿論、本書の中でその総括や定義が成された、と云う訳ではない、
それ故の「序論」なのである。
しかしここで出されたヤンキー文化を巡る評論の可能性は非常に深い。
確かに意識する・しないに係らず「ヤンキー的」な物の存在は非常に大きいから。

さて本書の内容だが、①「ヤンキー文化とは何か」②「ヤンキー系表現の世界」
③「地域社会の中のヤンキー」④「ヤンキー文化論の射程」の4章に別れている。
①では著作「夜露死苦現代詩」に於いて特攻服の刺繍に現代詩を見、
そして改造単車の写真集も出している都築響一氏の対談が面白い。
最近はスナックの写真を撮っているそうで、相変わらず眼の付け所が素晴らしい。
他に「ティーンズロード」の編集に係っていた永江朗氏が、ケータイ小説の内容が、
取材中に聞いた「友達の友達から聴いた」的な話に酷似していると云う件が面白い。
②ではファッション、音楽、漫画、美術等に表れるヤンキーセンスを追っている。
中でも一番面白いのが、成実弘至氏によるヤンキー・ファッションの件だ。
確かに世界中のサブカルチャーを見回してもその感覚は飛び抜けて凄い。
サングラス・リーゼント・アロハシャツなどのアメリカ文化由来の物、
学ラン・ボンタンなどの反学校文化、特攻服、鉢巻、日章旗などの右翼スタイル、
パンチパーマ、甚兵衛、ドカジャンなどの極道・労働者スタイルが混在し、
更にそこに女物の網サンダルを合わせると云う「外し」の妙味。
威嚇的な物とファンシーな物が共存するそのセンスは完全に独自の物だ。
こうして列挙されただけでもその異常さに唸らされるし、考察し甲斐が有るだろう。
森田真功氏による「ヤンキー・マンガ・ダイジェスト」は正にダイジェストだが、
これだけで1冊書けそうなヤンキー・マンガの時代による変遷が綴られる。
近田春夫センセーによる「ヤンキー音楽の系譜」は、私的な見解による、
キャロル、横浜銀蝿、BOφWY、氣志團へと連なるヤンキー音楽変遷史だが、
見解の違いや紙幅の都合も有るのだろうが、若干の喰い足らなさが残る。
個人的には、外道、アナーキー、そして尾崎豊辺りも加えて語って欲しかった所だ。
③は社会学的なフィールドワークで成された或る地域の暴走族の論考だが、
或る一時期、社会から逸脱して暴走行為を行うも、やがて地域社会に戻ると云う、
ある種の通過儀礼的な性格も有った地方の暴走族の存在が、
地域社会の崩壊と供に消滅し不良達の受け皿が無くなって行っている、
と云う報告には色々と考えさせられる物がある。
④では時代の変遷と供に、「暴走族」が「走り屋」に変わって行く事と、
その暴走族の落書がヒップホップ的なグラフィティに変わって行く様を、
ポスト・ヤンキー文化として都市/郊外の変転に合せて語っていく件が面白い。
面白いといえば「ヤンキー先生」でお馴染みの義家弘介氏の、
言動の変遷と立場による変わり身を早さを書いた章には笑わせられた。
そして最後は「日本人の5割は銀蝿的な物を必要としている」と喝破する、
今は亡きナンシー関氏のヤンキー絡みのエッセイで本書を〆ている。

個人的に言えば、自分はヤンキー文化の後期に青春時代を過ごした訳だが、
当時も、そして今もヤンキー文化に魅力を感じた事は無い。
只それでも当時周囲に充満していたヤンキー文化の影響は少なからず有る。
大体つるんでいる連中にツッパリ(当時は殆どこう呼んでいた)が結構居た訳で、
そんな中で学ランのズボンが細いと云うのは有り得ない話だった。
その頃には既に洋楽のロックを聴いていた訳だが、当時は横浜銀蝿の全盛期で、
ツッパリと縁も無さそうな真面目な女の子が、修学旅行のバスの中で、
今やネタの一つである嶋大輔の「男の勲章」を楽しそうに歌っていたりしたし、
今でもカラオケなどに行くと、銀蝿の曲を歌えば非常に盛り上ったりする訳だ。
当時は道交法のせいで殆ど大掛りな集会や走りは影を潜めていたが、
時々凄い台数の走りが有る事が有って、ツッパリの奴に誘われて観に行った。
正く地鳴りの様な音と供に2ケツ3ケツした竹槍付きの単車が乱舞し、
その後をハコ乗りした旗持を乗せた改造車がパトカー引き連れて走行する様は、
余りにも常軌を逸していて流石に物凄く高揚して観ていたのを思い出す。
数台程度の走りは単に迷惑だが、あそこまで行くと流石に強烈に印象に残っている。

殊ほど左様にある種の時代の思い出に結び付くヤンキー文化だが、
では何故今まで「ヤンキー文化」は語られて来なかったのか?
それは本書でも各所で語られ、幾つかの考察が成されているが、
オタクに比べると、元ヤンキーが発言する立場に居なかった事も大きいだろう。
本書の執筆者の中にも殆ど元ヤンキーが居ない様に、
内部から自らの文化や生態を発言する人間が少なかったと云うのも有るだろうし、
そもそもそう云う発想自体がオタク的でヤンキー的では無いのかも知れない。
実際ヤンキーは人生が早いから、早くから社会に出て所帯を持つ連中も多いし、
そう云う中で昔の悪行を振り返る閑など無い、と云う部分も有ったであろう。
では翻って、何故元ヤン以外に研究する人間が現れて来なかったのかと言えば、
ヤンキー以外にとって、連中は嫌悪と迷惑の対象でしか無かったからだろう。
実際にパシリにされてたり、カツアゲされていた様な餌食の連中が、
何を好き好んで悪夢の象徴の様なヤンキーの事を研究しなければいけないのか?
やはりこう云う物は有る程度距離を置いた者でないと研究は難しいだろう。
そう云う点では若い世代のニュートラルな研究者の登場を待ちたい所ではある。

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2009.03.21

「サブラベルズ」待望の初CD化

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先日、高校の先輩の墓参りの折に、何人かと高校の跡地まで出掛けた。
卒業後に母校が無くなっているので殆どこの辺りにまで来る事は無い。
二十うん年前の昔だけに殆ど痕跡は残っていないが、
面影を残している所も有ったりして、皆して妙にテンションが上がったりした。
実は最近個人的にもそう云う回顧モードを掻き立てられる物に出会っている。
83年リリースと云うから既に26年も前の作品だとは驚きである。
日本のメタル・インディーズ黎明期の傑作「サブラベルズ」の1stの初CD化である。

いやしかし83年とは早い!ラウドネスのデビューが81年で、
44マグナムやアースシェイーカーのデビューが同じく83年だから、
正しくシーンが一番上り調子の頃に出された作品な訳だ。
話によればこのアルバムは1000枚しかプレスされなかったらしいが、
まだインディーズをメインに扱う様な店も殆ど無かった時代背景も考慮して、
時代の追い風も有ったにしろ、かなり良いペースで売れたアルバムな訳である。
極端にプレス枚数が少ないパンクバンドのソノシートなんかに比べれば、
まだ何度か店頭で商品を見た事が有るので「幻の」と言われると違和感が有るが、
少し前の中古盤市場では10万円前後で取引されていたそうで驚かされた。
そう云う意味ではようやく普通にその音に触れられる絶好の再発と言えるだろう。

アナログ盤に針を落す機会が自体が少なく成っている昨今、久し振りに聞いたが、
「思い出による美化」を差し引いても、これは中々の傑作だと思いを新たにした。
当時の機材等を考えても音のショボさは致し方無い所な訳だが、
各曲の粒の起ち方やアルバム構成なども見事でアルバム1枚飽きさせず聴かせる。
今回のCDの為に新たに書き下ろされたキイチさんのライナーにも有るが、
悪魔主義的なイメージで売っていたが作品世界にさほどサタニックな要素は無いし、
サタニックと同義に語られるサバス的なイメージも余り無い。
言ってみれば同時代のNWOBHMバンドのエンジェル・ウィッチやディーモン同様、
ギミックとしてのサタニズムで有って歌詞のオカルト度も薄い。
まあその割には「呪われたバンド」等と云うおどろおどろしいタイトルの元、
かの月刊「ムー」でバンドの怪奇体験を語ったりしてたのも良い思い出である。
血の気の多かった若い頃はミッド・テンポの曲が多くて不満だったりしたが、
今の耳で聴けば、これだけはサバス的と云うかドゥーム的なグルーヴの有る、
「破壊」のヘヴィさや、軽快な「HellsRider」なんかも悪くない。
しかし楽曲で言えば何と言ってもキャッチャーなリフで始まるバンドの代表曲、
「Devil's Rondo」や複雑な展開を聴かせる「鏡張りの部屋」にとどめを刺す。
ちなみに「Devil's Rondo」はメジャーデビュー後の1stでも再演されているが、
個人的にはインディーズ盤でのバージョンには及んでいないと思う。
(と云うかメジャー盤は、なんだってあんなに音がショボかったんだろう?
CDで買い直していないのだが少しはマシな音に成ったんだろうか?)

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サブラベルズの係ったインディーズ作品の数々

サブラベルズと云うバンドは良くも悪くもVoのキイチさんの個性が鍵に成っている。
独特のアクが有り唯一無二なキイチさんの歌唱は好みが別れる所だろうが、
楽曲と云うドラマの語り手としては問答無用に優れた存在だった。
余談だがこれも今聴いてみて始めて、キイチさんの演歌的な素養に驚かされた。
例えばロニー師匠の様に独特なコブシの廻し方的な解り易い要素では無く、
歌に於ける極端な強弱の付け方やブレスの入れ方、節廻しにそれを感じる。
演歌と言えば講談や~節など物語を語る芸から端を発した芸能である。
語り部的な要素の強いキイチさんの歌唱にそれが表れるのもむべなるかな、だ。
キイチさんのその語り部たる要素が最強に発揮されているのが、
86年にインディーズから出た12inchシングル「Dog Fight」にとどめを刺す。
メタリックなリフに乗せて怒涛のスピードで突っ走る冒頭の「Metal Saber」から、
一小節毎に表情を変えるデフォルメし過ぎな歌唱に度肝を抜かれる訳だが、
ライブのMCで「雨が降って来たぜ・・・」と語られ楽曲が始まると、
正に湿った空気感さえ漂うと某Burrn誌で絶賛された珠玉の「Water Night」。
そして第二次大戦に於ける連合軍と独軍の空中戦を描いた「Dog Fight」では、
生死を目前にした緊迫感と大空を駆け抜ける開放感を裏腹に併せ持つ楽曲に、
急降下の音と供に切り込んで来るメロディアスなソロに昇天する最強の名曲だ!
ここでのキイチさんは時にパイロットであり、時に神の視点に立ち、
聴く者を空の高みまで連れて行って、縦横無尽に物語世界を駆け抜ける。
バンドの一つの到達点として輝くこの作品も是非早くCD化して欲しい物である。
こちらには同じ「S.V.LABO」制作と云う事で、ボーナストラックには、
「All Night Metal Party`84-85」のサブラの音源も加えると云う事で・・・
ちなみにこの「Dog Fight」もメジャー時代にシングルで発売されているのだが、
こちらも往年の輝きが失せた様な気の抜けたバージョンで非常にがっかりした物だ。

キイチさんは当時、元ムルバスの・・・と云うか今は元イエモンの方が良いのか?
ヒーセさんも働いていた上野はアメ横のアクセサリー屋でバイトしていて、
ライブでは独特の威圧感でカリスマ的な存在の人では有ったが、
遊びに行くと、よくガキ相手に色々話をしてくれる気さくな素顔の人だった。
とにかく小柄で、当時ガリガリに痩せていて余りの細さに心配に成る位だったが、
上野以外でも原宿駅前に有ったテント村やライブハウスなどで頻繁に見掛けて、
会えば声を掛けてくれるし、アクセサリー買わなくても気軽に接してくれた。
メジャーデビュー後は給料安い上にバイトが出来なくて更に痩せていたが、
バンドの解散を聞いた時には独特の存在感だっただけに惜しむ気持が大きかった。
今回のCD再発に解散後の2期目のバンドの音源が収録されてるが、
この頃の事は全然知らなくて、消息を知ったのは再始動したGISMでだった。
昔ベーシストだった事や遊びのセッションでベース弾いていたから、
別にベースに戻った事に驚きは無かったが、まさかあのGISMに参加とは絶句した。
しかし方向性は真逆な感じだが、存在感としては正しく唯一無二であろう、
横山SAKEVIのバックに廻ると云うのは、それはそれで有りの様な気もしたもんだ。
更には15年振りのGISMのアルバム「SoniCRIME TheRapy」が非常に良い出来で、
新局面とも言えるジャジーなインスト曲などでも非常にベースが活躍していて、
今後の展開に期待していたのだが、内田氏の死去によりGISMも永久凍結された。
今後の活動はまだ見えないが、絶対に音楽を続けて行く事は間違いないだろう。
このサブラのCD再発で何らかのアクションが有ると期待したい。
そしてもう一度あのキイチさんが描き出す物語世界に遊んでみたい物である。

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2009.03.14

内田百閒・生誕120年記念?

ありふれた質問に「貴方の尊敬する人は?」と云うのが有るが、あれは困る。
例えば歴史上の偉人の名前を挙げる人なども多いと思うが、
赤の他人の一面的な業績を尊敬すると云うのは無理が有る気がする。
他にも自分の両親の事を挙げる人なんかも多いと思うが、
個人的な感覚からすれば「尊敬」よりも「感謝」と云う方がしっくり来る。
ただ尊敬とは違うが、憧れる、と云うかこう云う人に成りたいと云う人は居て、
その様に生きてみたいと云うのではなく、そんな爺さんに成りたいと云う人、
それが「百鬼園先生」こと、内田百閒なのである。

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このふてぶてしい佇まい、最高です

内田百閒を一言で言うなら「困ったオッサン」もしくは「クソ爺い」。
独自の論理と屁理屈で世間を煙に巻く偏屈ジジイである。
百閒の随筆などを読んでいると頻繁に「ったくしょうがねえなぁ・・・・」
等と云う苦笑いが漏れる事が良く有る。
元々、岡山の造り酒屋のボンボンにして、周囲から「王様」と称されていた位の、
己の快感原則に忠実で、厭な事は断固としてしたくないと云う道楽者、
困窮して借金を求めに行くのも、わざわざ人力車を雇って出掛け、
人に金を借りる時にも尊大な態度は崩さないと云う徹底振り。
明らかに周囲に迷惑掛けっぱなしだし、人間としてもどうかと思う性格だが、
何故か周囲からは殆ど苦笑いと供に許される様な不思議な親爺である。
例えば同じ様に快感原則に忠実に生き、都会の隠者の様な道を選び、
孤独に生き孤独に死んでいった永井荷風の生き方は、
孤高のダンディズムと供に憧れはするが、余りにも淋し過ぎて真似出来ない。
しかし偏屈を貫き通したのに周囲からは慕われ、教授時代の教え子達からは、
黒澤明監督の遺作にも成った、「摩阿陀会」等と云う誕生会を毎年催され、
偏屈なまま愛され死んでいった百閒の生涯は実に羨ましい。
百閒の本を読む度に「コノ様ナ人二私ハナリタヒ」と思う訳なのだ。

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さてそんな不滅の百閒先生だが、今年は生誕120周年と云う、
まあ何と云うか微妙な時期と云う事で、微妙に盛り上がっている。
まず面白いのが百閒の代表作「阿房列車」がコミック化された。
どう云う経緯でコミック化されたのかは知らないが、
(「列車に乗る」ことを第一とした点では最初にして最高の作品)と云う事で、
鉄道ヲタク、所謂「テツ」の漫画に力を入れている漫画雑誌「IKKI」にて、
「テツの大先輩」と云う風に位置付けされ、連載されているらしい。
上の写真の様なボール紙を使ったレトロなブックケースに収められ、
中の本も下の写真の様に、非常に素晴らしい装丁に飾られていて和む。
昨今、文芸書も味気ない装丁の本ばかりだが、こう云う遊び心の有る装丁は、
硫酸紙にでも包んで長く置いておきたい気分に成る素晴らしさだ。

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「阿房列車」と云うのは、何の用事も無く只出掛ける事のみが目的と云う、
阿房と云うより「大名遊び」的な感覚が無くも無い百閒らしい行為である。
若い頃これを読んで影響され、テツの友人と何度か阿房旅行に出掛けた物だ。
日帰りだったが、緩く目的地を決めて何も無い所を狙ってダラダラ出掛けた。
完全に時期外れの海水浴場に出掛け、本当に何もする事が無く呆けていたり、
柿田川湧水まで出掛けて、わざわざ湧水を沸かしてカップ麺を喰ったりとか、
もう少し歳を取ったら少しグレードを上げてまた出掛けてみたいもんである。

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先生とヒマラヤ山系氏、博多駅にて

この「阿房列車」の作画を担当しているのは「わさび」でお馴染みの一条裕子。
「わさび」の主役の帯刀隆太郎の愛すべき偏屈さは百閒と共通する物が有って、
中々上手い組み合わせであり、実にに味の有る世界を創り出している。
主役の百閒先生も偏屈で神経質な所が非常に雰囲気出ているが、
事に旅の相方、平山三郎こと「ヒマラヤ山系」君が物凄く雰囲気が出ていて巧い。
「泥棒のような顔」とか「いぎたない」とか散々な言われ様の山系君だが、
作中通りの、茫洋とした佇まいが実に見事に描かれていて感心する。
内容は殆ど原作通りで、旅情とか観光とかそう云う事は殆どスルーして、
車中にて一人突っ込み一人ボケで偏屈振りを発揮する百閒先生の姿なのだが、
時折、見開きで展開される味の有る風景描写には( ゚Д゚)ハッ!とさせられる。
そして当時「狐が出る」と噂されていた笹塚の辺りを回想した場面で、
狐の面をかぶった乗客が車中を埋める見開きの場面の幻想性などは、
百閒文学のもう一つの性質をも取り込んでいる様で感心させられた。
とにかくコマ割の緩急の付け方が抜群で、語りの単調さにリズムを与えていて、
トーンを使わずに丸ペンの細かい描線で描かれた繊細さと相まって素晴らしい。
是非とも「第三阿房列車」までこの作品を続けて行って欲しい物だ。

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さてお次は「別冊太陽」から出た「内田百閒-イヤダカラ、イヤダの流儀」。
中身の方はもう実に太陽らしい編集で(って知らない人には甚だ解り難い例えか?)
文章の断片と美麗な写真を組み合わせた、太陽らしいグラフページと、
(冥途で使った土手の写真や南山寿に小林清親の版画を合わせた所など見事だ。)
その合間に作家や評論家によるエッセーなどを挟みこみ、
「百鬼園鉄道紀行」と題された「阿房列車」を含む百閒と鉄道に関する章、
上京以来一度も帰らなかった故に思いは巡る故郷岡山を記す章「たらちおの記」、
漱石門下に連なり作家として名を成すも波乱にとんだ後半生の章「東京沙書帖」、
百閒と云う人間が拘るキーワードを取り上げた章「百鬼園我儘帖」、
そして巻末に年譜や著作集などを付した初心者にもマニアにも嬉しい1冊だ。
「百鬼園鉄道紀行」の章にはコミック「阿房列車」に登場する、
ヒマラヤ山系こと平山三郎、夢袋さんこと中村武志、状阡君こと城山二郎、
そして八代の旅館「松濱軒」の仲居・御当地さんの写真も載っているので、
コミックを読んで興味を持たれた向には是非一読をお薦めしたい。

百閒の著作は現在ちくま文庫から文庫全集の様な形で殆ど入手出来るが、
自分が百閒を知った頃は、一時期代表作が手軽に読めない時期だった。
それまで百閒の著作は旺文社文庫で殆どの作品が手に取れたのだが、
百閒の作品どころか旺文社文庫その物が無くなってしまうと云う事態に陥る。
その後、こちらも現在は無くなってしまったが新興の福武文庫が、
百閒の著作を次々復刊して行ったのだが、これが少々問題が有って、
この時点から百閒の著作が旧仮名から新仮名へ移行してしまったのだ。
現在の読者からすれば別にさしたる違いは無かろう?と思うかもしれないが、
著者の姿を彷彿とさせるあの揺ぎ無く構築された頑固にして精緻な文章は、
やはり旧仮名だからこその物だし、何にしろ「イヤダカラ、イヤダ」な訳だ。
その後、福武版を読みつつ古本屋で旺文社版をポツポツと蒐集して行ったが、
時代の趨勢を変える事は出来ず、現在文庫に成っている物は全部新仮名である。

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現在は随筆や日記なども含めて百閒の著作は殆ど愛読しているが、
個人的に百閒と言えば奇怪で幻想的な一部の創作集にとどめを刺す。
始めて読んで衝撃を受けた百閒の作品と言えば「東京日記」と云う連作だし、
偏愛する鈴木清順の映画「ツィゴイネルワイゼン」の原作が、
百閒の「サラサーテの盤」だと知った時には膝を叩かんばかりに腑に落ちた物だ。
夢の様に不条理で、怪談の様に薄暗く、思い出の様に儚く、映像の様に鮮明。
別冊太陽で恩田陸が言う所の「如何にちゃんと終らないかに労力を払っている」、
と云う、ブツ切りされた様な悪夢は、読後身辺を漂って消えずに残る。
ルーツは師匠である漱石の「夢十夜」だと言うのは明白なのだが、
アレより遥に様々な滋味が溶け合った、幽明彷徨う幻覚性がたまらない。
軽妙ながら厳格で洒脱にして老獪な百閒の随筆を愛好する人が多い反面、
著作としてはほんの僅かだが幻覚的なそちらの作品の愛好者も多い訳で、
百閒のそっち方面を描いた久世光彦の「百閒先生月を踏む」が最近文庫に成った。

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この作品、久世の著作である、乱歩を描いた「一九三四年冬――乱歩」や、
芥川を描いた「蕭々館日録」、太宰を描いた「謎の母」なんかと同様の、
久世が敬愛する作家をモチーフに創作した系譜に連なる作品である。
例えて言うなら「百閒を主役に添え、百閒の創作した世界をベースに、
久世の演出で作品化した」とでも言ったら良いだろうか?
事実では無いのだが、その世界観を元にしたトリッキーさが光る作品である。
詳しくは書かないが、巻末の坪内祐三の解説を読むとこの話の構造の深さに唸る。
この作品は2006年に急逝した久世の遺作であり未完の作品なのだが、
故無く未完に終わった所が「如何にちゃんと終らないか」を目指した百閒の諸作に、
妙に符合する様な所が有って何とも言えぬ不思議な気分に成ったりする。

とりあえず興味を持った向には新潮文庫の「第一阿房列車」、
随筆を読んでみたくなったら同じく新潮文庫の「百鬼園随筆」の2冊、
そして幻想怪奇などなら岩波文庫の「冥途・旅順入城式」「東京日記」など、
そこからはちくま文庫から様々な作品が出ているのでそちらもどうぞ。
や~しかし生誕120年という微妙なこの時期、他にも何か出るんだろうか?
個人的にはページ数が全く記されていない「冥途」の初版復刻とか欲しいなぁ・・・

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2009.03.07

丑年の現地電影特別篇「海角七号」

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低迷していた台湾映画界からしてみれば、正に百年に一度と云う様な奇蹟であり、
昨年の8月後半に公開されるや週毎に観客動員数を倍々ゲームで増やして行き、
(つまり、如何に観た人間が口コミで更に観客を増やしていったかと云う事)
最終的に戦後台湾で公開されたあらゆる中国語映画の興行収入を凌駕し、
「タイタニック」が作った歴代一位の記録に迫った脅威の作品。
一体どんな有名監督がどんな有名スターと創った作品、なのかと思いきや、
無名の新人監督が、これまた殆ど無名の役者と組んだ低予算作品だったのだ。
そんな映画の神が悪戯に微笑んだが如き作品が、この「海角七号」なのである。

とにかくこの作品に関しては日本の一般新聞に於いても事件として報道され、
記録を塗り替えたと云う記事を見る度に早く観たいと熱望していた映画だった。
現地では異例のロングランを続けていたが昨年12月に公開が終了し、
その直後にDVDが発売されたと云うのを聞いて、現地での鑑賞は諦めていた。
現地の新聞で見ると台北市内では勿論上映が終っていた訳だが、
三重とか板橋など郊外の映画館では日本の名画座的に公開している所も有ったが、
流石にそこまで行く気には成れなかったし、どうせDVDも買うつもりでいたので、
異常に凝ったパッケージに包まれたディレクターズカット豪華盤を買って来た。

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上の写真の様な紐が掛けられ、郵便小包を模した特殊紙の包装を開くと、
中には映画同様の(多分漆塗りの文入れなのか?)厚紙製の箱が出て来て、
中には恆春郡・海角7の金属製のプレート、35㎜フィルム入りのカード、
釜山映画祭の時のポスター、映画の場面を使ったレプリカ切手シート、
そして、日本語で書かれた7枚の手紙と封筒、一枚の白紙便箋と封筒が入っている。
手描きの日本語で綴られた、この7枚の手紙は映画で重要な役割を果たす物で、
中々出来が良いし、こう云う凝った付録の数々には思わずニヤリとさせられる。
ちなみに一緒に写っている書籍は現地で出ていた映画の関連書籍で、
これとノヴェライズ本がセットに成って売られていた。
布製の袋は書展で本を出版社のブースで買った時に一緒に付けてくれたおまけだ。

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さて映画の内容の方だが・・・・
台北でバンドマンとしての夢に破れた阿嘉が地元の恆春に帰って来る所から始まる。
配達中に怪我をしてしまった茂伯の代りに郵便配達の仕事を嫌々引き受けるが、
仕事は適当で、配るべく郵便物を自宅に持ち帰ってしまっている様な毎日だ。
そんな折、恆春で日本のミュージシャン・中孝介がコンサートを開催する事になり、
そこに地元のバンドを前座に付けて街興しを図ろうと云う企画が持ち上がった。
別の仕事で恆春に来ていた日本人女性・友子は、半ば強引な展開で嫌々ながら、
そのコンサート及び前座バンドのコーディネーターとして恆春に居残る事に成る。
オーディションを兼ねて楽器経験者などが色々と集められるが、
大らかな南国人体質の住民達の、余りにお先真っ暗なバンド・メンバーに、
友子のイライラは収まらなず、中でも反抗的なのが一番有能な筈の阿嘉だった。
反発しあう阿嘉と友子だが、やがて有る事がきっかけに成って・・・・
と云う現代の話に、第二次大戦終了後に台湾から離れる事に成った日本人教師が、
密かに想う台湾人の教え子宛てて、離別する船の上で綴り、
出されなかった7通の手紙が60年の時を隔てて小包で送られて来る。
阿嘉の部屋の配達しなかった郵便物の中にその手紙を見付けた友子は、
切ない思いを込めたその小包を自分と同じ名前の「友子」に届ける様阿嘉に言うが、
「海角七号」と記されたその住所は現在何処にも無かった・・・・
60年の想いは届けられるのか?そして即席の素人バンドはどうなる?

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個人的に嗜好で言えば、台湾の地方都市のノスタルジックな風景に、
ポンコツ・バンドの成長物と云う、これまた好きな要素が加わっていてたまらない。
実際観るまでは、これほど音楽が濃厚に使われている映画だと知らなくて、
こんな事なら同様な小包パッケージのサントラCDも買っておけば良かったと後悔。
バラバラだったバンドが一つにまとまってステージで炸裂する「無樂不作」は、
バンド映画としても胸のすく様な、強烈に盛り上るシーンだし、
冒頭近くで郵便配達中の茂伯が調子外れだがしっかりとした日本語で口ずさみ、
アンコールのステージでアンプラグド形態で歌われる童謡の「野ばら」は、
(シューベルト作曲の「童は見たり 野中のバ~ラ」と云うアレです)
60年前の彼方と行き来するが如きで、これまた非常に胸に迫って来る場面だった
また60年前の実らなかった恋を綴った7通の手紙が各場面に日本語で朗読され、
それが現在の台湾人と日本人の男女、そして普段は陽気でマイペースだが、
個々に悩みを抱えた登場人物たちの姿に重なって行く所は実に唸らされる。

そして映画として面白いのは勿論なのだが、やはり大らかな南国人的な描写、
別けても脇を固める役者たちの非常に味の有る佇まいが魅力的で有る。
月琴の名手である茂伯を演じた林宗仁に関しては今やメディアで引っ張りダコで、
広告やCMなどに多数出演し、62歳にしてお茶の間の人気者である。
バンドのベーシストにして南投県の米酒のセールスマンと云う役の馬拉桑は、
役名の方が有名に成って、劇中で売っていた酒の方も現在入手困難な人気だそうだ
ギタリストであり血の気の多い警官・勞馬やドラムの水蛙もそれぞれ最高だが、
個人的には醒めた天才少女、キーボードの大大が可愛らしくて良かった。
そして豊かな色彩の自然に溢れた風景や恆春の素朴な人たちも外せない。
実際に現地では恆春半島の映画ロケ地を巡るバスツアーが大人気らしく、
本当に思わぬ形で街興しと云うか地域発展に映画が尽くしている様で微笑ましい。

Capeno706
茂伯の活躍を伝える現地雑誌の記事

何故この映画がこんなにも台湾人に受けたのか?
映画の中には観終わった後、直後から興奮が押し寄せる様な作品の他に、
直後の感動は左程では無い物の、折にふれて映画の場面が頭の中を過ったり、
劇中歌をふと口ずさんでいたり、時と供に印象が強烈に成って来る作品が有る。
明らかにこの作品は後者で有り、それが何人ものリピーターを生んで行って、
それがやがて一つの「現象」になったと云うのが近い様な気がする。
現地では他にも色々評論されている事だろうが、外国人の自分には伺い知れない。
しかし、この映画を観て思うのは台湾と日本の何とも不思議な関係に付いてだ。
勿論日本に対する台湾人の感情が一様では無い事は解っているが、
それでも自身の成り立ちに欠く事の出来ない日本への微妙な思いが有って、
それは60年前の恋人達の想いが、現代の若者達の中で成就する所にも表れていて、
そう云う風に描かれた日本と台湾の関係を日本人として、とても嬉しく思う。

今作を語る上で重要な要素の一つが、劇中の主人公達にしろ役者達にしろ、
逼塞していた者達のリベンジと云う様な部分が有って、
それは阿嘉を演じた范逸臣や、友子を演じた日本人俳優・田中千絵にも有る。
日本では端役ばかりで殆ど知名度の無い女優だった田中千絵は、
「頭文字D」などの出演を期に中華圏映画に可能性を求めて台湾に語学留学し、
今作で見事ヒロインの座を射止め、今や台湾で知らぬ人の居ない存在に成った。
実際劇中で中国語で散々言い合いした後に、不意に日本語で毒付くシーンなど、
良く有る不自然な日本人では無く、等身大の日本人として見事に起っている。
既に2作目の台湾映画出演作も公開されており、現地での足場も築いている様で、
彼女の様な俳優が、また一つ台湾と日本を結ぶ存在に成って行って欲しい物である。
そしてデビューして7年、余りヒットに恵まれなかった歌手・范逸臣は、
今作の大ヒットでとうとう台北アリーナでコンサートが開けるまでに成った。
正に劇中の阿嘉同様に、回り道の末にようやく「Get The Glory」した訳だ。
そして今や本名の馬念先よりも劇中の馬拉桑の方で有名な馬念先だが、
彼は当時台湾では珍しかった、ファンキーでディスコティークなオルタナ・バンド、
糯米團(Sticky Rice)の中心人物として活躍していたミュージシャンなのだ。
糯米團は香港の鬼才・林海峰などにも認められて共演している存在なだけに、
劇中、馬拉桑が茂伯にベースを教えているシーンで弾いているベースラインが、
Sly&The Family Stoneの「Family Affair」だったりする所が最高な訳だが、
彼もこの映画の大ヒットのお陰で再びシーンに浮上している最中だ。

Capeno708
田中千絵と大大役の麥子のツーショット

一応この作品、昨年9月に開催された幕張・アジア海洋映画祭で公開され、
グランプリを取ってはいるのだが、日本でのロードショー公開は未定の様である。
まあ、よもやこの作品が日本で公開されない等と云う事は無いと思うが、
ディレクタース・カット版のDVDを観て、若干尺の長さを感じたりしたので、
多分もっとサクサク展開するであろう公開版を早くスクリーンで観てみたい所だ。
ちなみに監督の次回作は「賽德克巴莢」英語タイトルなら「Seediq Bale」。
8年前から温めていた企画で、断片的なショットを幾つか撮影した物の、
題材の特異さと、予算規模の大きさで頓挫してしまった積年の作品である。
・・・・しかしこのタイトル何処かで見覚えが無いだろうか?
そう、台湾が誇る孤高のブラック・メタル・バンド「閃靈(ChthniC)」の、
日本デビュー作と同じ、つまりあの「霧社事件」を扱った作品なのである。
更に言えば閃靈のプロモビデオに挿入された映像こそが、その映画の断片なのだ。
元々「霧社事件」に関心を持っていたリーダーのFreddyが作品の事を知り、
感銘を受け、応援の為も含めてあの作品を創ったと云う経緯が有るらしい。
しかし「海角7号」が不意に閃靈へと繋がってくるその事実が中々面白い。

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