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2009.04.25

FLEET FOXESとは何者?

Fleet01


最近は店頭で大プッシュしている商品でも、全く聴いた事の無い新人バンド、
況してや未だ輸入盤のみで流通しているバンドに手を出す事は余り無い。
なので輸入盤で売れていた、と言われても余りピンと来なくて、
その存在を始めて知ったのは下のフライヤーの記事にも有る通りに、
雑誌「CDジャーナル」で輸入盤のコレが大賞に選ばれているのを読んだ時だ。
それぞれの音楽誌が上位に選ぶバンドはそれなりに予想が付いたりする物だが、
この変化球振りには驚かされた。っつうか誰なのそれ?って感じである。
しかも海外では「Billboard」だの「Mojo」だので年間チャートの一位である。
しかもそのボッスだかブリューゲルだかの古画を使ったジャケも気に成る。
これは是非とも店頭でチェックせねばと心に留めて置くも、
出掛けた先で名前を思い出さない事度々で、何時しか日は過ぎ春に成り、
ようやく日本盤発売のインフォが流れて手に取った訳である。

Fleet02

そのバンドは「FLEET FOXES/フリート・フォクシーズ」
アメリカはシアトル出身の5人組のバンドである。
ロックと云うよりは、民族楽的な意味でのフォーク的な要素が強くて、
近頃はすっかりセレブなディヴェンドラ・バンハート辺りと比較されているが、
その辺のアシッド・フォーク・リバイバルな連中に比べてみると、
サイケデリックな酩酊感は希薄で、煙いと云うよりは透明感が強いサウンドだ。
何処で名付けられたのかは知らないが「バロック・ポップ」と云う名称は上手い。
ジャケの古画が象徴する様に、何処と無く端正な古楽的雰囲気が有るのだ。
彼らのサウンドの特徴の一つに数えられる厚く重ねられたコーラス・ワークが、
チャーチ・クワイアなんかを髣髴させる所も、そう感じる所以だろう。

元々アメリカには潜在的に煙ったいサイケ・フォーク・バンドが多く存在するし、
イギリスや北欧などにはニック・ドレイクを始祖とした様な、
幻想的で今で言えば少々ゴスが入ったドリーミーなフォーク・バンドも多い。
方やマーク・ソードフィッシュの様にテクノにフォークを導入した連中、
個人的に偏愛する「コウマス」を現代に招聘しようとするかの如き、
邪悪で幻覚的なフォークを奏でる英国のCIRCULUSなど様々なバンドが居るが、
突然変異と云う訳でも無い、このバンドがこれだけ受け入れられたと云う理由は、
多分今の世に、特にひねりも無く真っ当にドリーミーでポップだからだろうか?
とにかく最初に想像した音に比べると拍子抜けするほどストレートな音である。
「半分あっちの世界で暮らしてます」的なサイケな隠遁感も薄いし、
爆音ギターやミニマルな電子音がフォーキーなサウンドに切り込んで来る事も無い。
何処か懐かしい荘厳なハーモニーとメロディが逆に新鮮に響くのだろう。
只面白いのが米国のバンドで有るに係らず、乾いた埃っぽさは殆ど感じられず、
英国的な湿り気や欧州的な深みの有る冷たさを余計に感じる事だ。
実際古楽的な深い味わいは英国の「Amazing Blondel」辺りを思い出すし、
牧歌的な雰囲気は「木漏れ日フォーク」でお馴染みの「Heron」を髣髴とさせる。
そしてサウンド的には異なる部分は有る物の、立ち位置的に近い物を感じるのが、
英国在住の米国人三人で結成された経緯を持つ「America」などなど。

Fleet03
若干怪しげなメンバー近影

そして何とフリート・フォクシーズの日本盤は見開きのの紙ジャケ仕様である。
まあ復刻物のちゃんとしたE式等に比べると「なんちゃって」紙ジャケで、
おまけにポケットが内側に付いている仕様なので盤が取り出し辛かったりするが、
独自に創った物なのか、ちゃんとオリジナル・スリーヴに盤が入っているし、
バンドの印象を強く植えつけるブリューゲルのジャケは紙ジャケに非常に映える。
更に凄いのは1stの前に出たEP盤「Sun Giant」も収録されていて、
その上ボートラまで入っていると云う日本盤待った甲斐の有る仕様に成っている。
紙ジャケは初回限定盤と云う事で興味の有る方はお早めに!

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2009.04.18

周星馳、香港黄金期のDVD3本

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昨年の話だが、家電量販店のDVD売場で新作のDVDを見ていた時の事、
周星馳の新作「ミラクル七号」のDVDを手に取って特典等を見ていたのだが、
近い棚に周星馳の旧作のDVDが並んでいたのでそちらもチェックしてみた。
新たに何本かの旧作が再発されたらしいのだが、見掛けない邦題の作品が有る。
「チャウ・シンチーの熱血弁護士」って・・・「算死草」の事か?
などとそれらしき旧作の原題を思い浮かべながら取り出してみて驚いた。
「え?審死官!!!いつ公開されたん?マジで?」
パッケージに「08年香港レジェンド・シネマ・フェスにて公開」とある。
知らなかった・・・あの、あの伝説の「審死官」が公開されてたなんて・・・
「審死官」、それは周星馳が最初に迎えた絶頂期を代表する傑作である。

Shinchi02

一般に香港映画の黄金期は、ニューウェーブと呼ばれる監督たちが頭角を表し、
そして「亜州影帝」周潤發が君臨した80年代後半からと言われる事が多いが、
その最後の輝きを締め括るのが、返還前の90年代前半であり、
周潤發と入れ替わる様に影帝の王座に君臨するのが周星馳なのである。
そして「審死官」が公開された1992年こそ周星馳が最も活躍した年なのだ。
この年、周星馳が主演公開された映画は実に7本と驚異的な数を誇り、
しかも興行収入の上位四本が総て彼の出演した作品であり、
ベストテンで見るなら半数を占める勢いで、どの作品も確実にヒットしたのである。
この時期、香港は徐克の仕掛けによる空前の古装片(時代劇)ブームの只中で、
周星馳もそのブームに乗り、上位作品は総て古装片であり、、
正く時代の要求を総て受け入れ、その頂点に君臨したのが「審死官」なのである。
まあこの作品に関しては当然早い時期にVCDなどで鑑賞済みな訳なのだが、
作品の性質上、言葉のニュアンスがかなり大事に成って来る作品な訳で、
ちゃんとした字幕付きで見てみたいと兼がね思っていた作品なのだった。

この作品での周星馳の役柄は清代の弁舌巧みな状師(訴訟代理人)で、
正義感は有る物の、金の誘惑にはコロリと屈する所謂小市民的な男だ。
金持ちの馬鹿息子の裁判を有利に導くなどダーティーな事ばかりしていて、
その報いなのか愛妻との間に出来た子供が、皆1歳に成らずに亡くなって行く。
嘆く妻の薦めも有り引退を決意するが、夫殺しの嫌疑を掛けられた未亡人に出会い、
彼女の嫌疑を晴らす為に再び法廷に立つが、その事件には大きな裏が有って・・・

この作品を輝かしい物にしているのは、愛妻を演じる故・梅艷芳の存在が大きい。
弁舌は立つが腕の方はからっきしの亭主に対し、功夫の腕は天下一品、
甘ったれな亭主を叱咤し、気風が良く徒で包容力の有るキャラは実に起っている。
この強い女房に甘える亭主と云う役柄を、周星馳が最高に生き生きと演じていて、
夫唱婦随の(逆か?)の息の有った所が、作品をほのぼのと愛らしさで彩る。
長きを誇る梅姐の女優人生の中でも特筆すべき役柄なのは間違い無い訳で、
生き生きと画面で輝く梅姐の姿をみるだに、ちょっと感傷的な気分に成る。
周星馳映画には欠かせない最強の相方、呉孟達は今回裁判での敵側に座し、
法廷で放屁を繰り返すなど、相変わらず無意味な存在感で爆笑を誘う。
「少林サッカー」でブレイクした黄一飛も下男役で最高の怪演を見せ、
普段は徒な姐御役が多い呉家麗も今回は大袈裟に嘆き悲しむ役で華を添えている。
金を掛けた衣装や舞台背景、そして「白髪魔女伝」「グリーン・デスティニー」の、
撮影でお馴染みな鮑徳熹が担当した美しい色彩設計も見事だし、
今見ると懐かしくも有る、程小東が担当したアクロバティックな殺陣も楽しい。
監督は、香港居残り組の中でも男臭いアクションで一人気を吐く若き杜琪峰。
その杜琪峰のおふざけに偏り過ぎない情感溢れる演出が作品をギュッと締めている。

さて関連してその「審死官」が公開された年に同じく公開された2本、
「審死官」に次いでこの年の興収の3位と4位を叩き出した周星馳作品、
「鹿鼎記」「鹿鼎記Ⅱ神龍教」邦題は「ロイヤル・トランプ&Ⅱ」を紹介しよう。
この作品は何故かDVDのケースが普通のジュエル・ケースの頃から発売されていて、
その頃は馬鹿高くて手を出さなかったが、何と今や一本1800円と云う、
バリュー値段に成ったと云う事で、一緒に買いこんで来た。

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この作品は近年大陸とかで続々TVドラマ化されている、
武侠小説の大家「金庸」の最終作にして最も長い大作の映画化である。
清の康煕年間を歴史的背景に広大な大陸から台湾、そして露西亜までを舞台に、
膨大な人物が入り乱れる、邦訳本にして全八巻を数える大作で有るからして、
どう考えても2本の映画でその全編を収める事など不可能であり、
しかも監督が香港娯楽王の王晶なだけに、超訳としか言えない内容に成っていて、
現地で買ったVCDで観た時は、そ~云う話なのか・・・と云う感じで観ていたが、
後に原典の邦訳を読み終わってみると、その強引な展開に唖然とした物だった。
まあしかしDVDで観返して見ると、それなりに登場人物を上手く当て嵌めており、
原典の方の内容の記憶も若干薄れて来ている今に成ってみると、
薄覚えの空耳バージョンってな感じで、映画としてかなり面白く観れたりした。

しかし周星馳の偉小宝は最高だ!
いい加減で口汚くて調子者で日和見で怠け者で金に汚く女にだらしなく下品、
強い者に巻かれて弱い者を罵る、およそ主人公と言えない鬼畜さが見事である。
こう云う奴が何の努力もせずに舌先三寸で出世して行く訳だから、
どう考えても不快な気分に成る筈なのだが、何故か爆笑出来るから面白い。
特に周星馳の真骨頂と言える香港人が大好きな物凄く低俗で鬼畜な罵倒シーン。
武力では到底及ばないが、皇帝の後ろ盾を得て水を得た魚の様に相手を罵る、
特に手出し出来ない相手を前に、生まれる前の両親への罵りから始まって、
延々と今に至るまで長時間に渡って罵倒しまくるシーンはその頂点だ。
世界進出に向け自ら封印してしまった香港時代のこう云うアクの強さが、
原作のキャラと相まって遺憾なく発揮されているのがこの作品だと言える。

そう云うアクの強さと言えば今回も武術指導参加の、程小東の殺陣にも言える。
程小東と言えばようやく日本でも公開の決まった「投名状」等に於いて、
ワイヤーワークを廃して骨が砕ける様なリアルな殺陣を演出していたが、
やはり彼の名を上げた「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の如き、
重力を無視した空駆ける様な奇想のワイヤーワークがその身上な訳である。
「鹿鼎記」の1と2に於いても、その馬鹿馬鹿しいまでに派手でミラクルな、
やり過ぎのワイヤーワークが堪能出来るのがたまらない。

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そして程小東の殺陣に輪を掛けて過剰に暴走する王晶の馬鹿演出が最高だ。
今回は使い手の宦官と云う役割の呉孟達だが、結局最後には発狂?し、
逆立った髪に突き出たベロに幼児言葉と云う、偏差値の低い演出で大暴れ。
周星馳は「乳首掴み」等と云う幼稚な技で闘うが、わざわざその為に、
びよ~んと乳首が伸びる特殊メイクを施す、ドリフな演出がたまらない。
しかもラストが宦官ネタのチンチンで決着が付く所が最高に馬鹿馬鹿しい。
Ⅱの方に成ると話よりパロディと馬鹿演出の方が話しを凌駕して行き、
林青霞本人が出ていると云うのにしつこく繰り返す「東方不敗」ネタが炸裂、
最後の決戦で衣装まで成り切った周星馳のおカマ東方不敗振りが清々しい。
シモネタの方も前作以上にアップしていて、香港映画に良く有る催淫剤ネタで、
関係無い奴に作用して大混乱と云う、お約束中のお約束ネタが見れるし、
その際、高々とそそり起った林青霞の髪型に反応すると云う下らなさも見事だ。
偉小宝の部下役の陳百祥は前作以上にその主人同様日和見な活躍だが、
女装した男を見付ける為に、漫画の様に汚い女装姿で宿屋に現れ、
「男なら俺の女装姿で必ず吐く」と低脳な判断基準の元、男を吐かせまくるが、
これまた香港映画でお馴染みの微妙にリアルな嘔吐が続出する辺りもたまらん。

ややもすれば安っぽく成りがちな王晶作品だが「審死官」同様金が掛けられていて、
華美な衣装や舞台、そして美しい女優陣お陰で非常に華やかな作品に成っている。
この年公開の周星馳作品7本の内5本で共演している相性ピッタりの張敏、
出番は多くないが双子役の袁潔瑩と陳徳容、そして新人の頃の李嘉欣、
偉小宝の姉役として馬鹿笑いして出て来るだけの存在感抜群な呉君如、
香港古装片の象徴的存在にして中華圏永遠の美女・林青霞、
そしてⅠ、Ⅱ供に出演している、最高に小悪魔で可愛らしい邱淑貞と抜かり無し。

Shinchi05
同年公開の「武状元蘇乞兒」での周星馳と張敏


まあ流石に十五年以上前の作品なだけに「少林サッカー」から入ったファンには、
あの頃の香港映画独特の泥臭さや過剰さが気に成るかもしれないが、
この頃に確定された周星馳の芸風が後の作品にも色濃く出ている所からして、
周星馳映画の原点として絶対に見逃せない作品なのは間違い無いのだ。

◎参考文献:「周星馳 呀 周星馳!」楠紀子、他多数。

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2009.04.11

酔狂道・枝垂桜巡り

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多分ここ2~3週間位、日本人のブログやらHPやらSNなどに於いて、
無数の桜の写真がアップされている事に、いい加減辟易している方も多かろう。
しかし「酔狂道」に花鳥風月は欠かせない要素な訳だからして、
辟易ついでにもう一つ位桜の写真が加わっても大した問題は無かろうて・・・・
(しかし振り返ってみると毎年この時期同じ様な書き出しだわ・・・)
と云う訳で桜の写真な訳なのだが、ちょいと今年は趣向を変えてみた。
今年はお馴染みの染井吉野では無く、枝垂桜に絞ってお送りしようと思う。

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某全国紙の夕刊に「読者が選ぶ枝垂桜の銘木」等と云う企画が乗るくらい、
「枝垂桜」と云うのは独立したブランドに成って来ているらしく、
その中で一位に成っていたのが上の京都は円山公園の「祇園しだれ桜」だ。
京都の桜を代表する様な銘木らしいのだが現在はこの有様である。
時期が悪かったと云うのも有ろうが、枝振りが何とも哀れな感じで、
コレで全国一位と言われると腰砕けそうな御姿で、有難味が薄い雰囲気である。

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それに比べると同じ京都の醍醐寺の桜は今が盛りで、どれも枝振りが良く、
殊に春と秋のみ公開の霊宝院の枝垂桜は溜飲の下がる咲きっぷりである。

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と、まあ出掛けてもいない京都の枝垂桜の事はこの辺にして都内に戻る。
上の一本は都内で最も桜の時期に酔客が群れる、上野公園に有る枝垂桜。
青いビニールシートが桜に映える並木から外れた所に有るので、
場所取りに血眼に成っていると1本ぽつんと有る枝垂桜に気が付かないだろうが、
それだけに独占した様な気分に成れる綺麗な1本だ。

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大体にして東京の枝垂桜は寺社の敷地にぽつんと有る事が多い訳だが、
以下の3箇所も寺の境内に咲く枝垂桜でまずは谷中の寺に有った一本。

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特に用事も無く普通の寺の境内に入る事などは殆ど無いが、
外から塀沿いに咲く枝垂桜を見つけて境内に足を踏み入れてみると、
綺麗に掃かれた庭に他にも季節の花が植わっていて感心する事が多い。
薄桃色の桜以外にも真紅のボケの花も非常に美しい庭だった。

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上は谷中は経王寺の門前に咲く枝垂桜。
やはり桜は古寂びた寺社をバックに撮ると非常に趣が有るもんだ。
(まあビルもしっかりと写り込んではいるが・・・)

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で、こちらは場所変わって千石に有る寺の境内に有る枝垂桜。
昔はそんなに気に成らなかったのだが、最近枝振りが実に見事に成った。
本堂の前に2本並んだ枝垂桜がここぞとばかりに枝葉を拡げていて華麗だ。

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最後は珍しく普通のアパートの軒先で咲き乱れる見事な枝垂桜。
実はここは小石川の急峻な崖に有る庚申坂の中ほどに有る。
この辺と言えば以前、雑誌「幽」2号の岡本綺堂特集時に取り上げた事も有る、
江戸・明治の頃から続く中々に曰くつきの場所だったりする。
そう云う事を踏まえて、かわたれ刻の枝垂桜の下に佇んでいると、
何やら柄も云われぬ妖しい気配を感じる所は、桜の魔力であろうか・・・・

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2009.04.04

ロッド・スチュアート 珠玉の紙ジャケ

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かつてはそれこそ毎月の様に紙ジャケのネタを書いていたが最近はめっきりだ。
アルモニウムの1stとかトレッティオアリガ・クリゲットの「30年戦争」とか、
ディメトリア・ストラトスがルーチョ・ファッブリと共演した「朗唱」とか、
マウロ・パガーニ他と組んだ「ロックンロール・エキシビジョン」とか、
勿論今でもそれなりに買ってはいる訳なのだが、所謂「単品」の買い物で、
それだけのネタで書こうと云う気に成らなかったりする訳である。
(カーブド・エアのエア・カットの紙ジャケを買った時はその気には成ったが)
昨今の紙ジャケを巡る状況も、未発掘品を紙ジャケで再発するよりは、
定番商品をSHM-CDとかで再・再発する方向に成っている。
買い逃がした商品が手に入るのは結構なのだが、正直余り面白味は無い。
しかも新規格のCDはそれなりに値がはるしな・・・・・

さてそんな覇気の無い状況の中、久し振りにレコ屋で心躍るブツに出会った。
先月の来日公演に合わせて再発されたロッド・スチュアートの紙ジャケである。
雑誌広告でワーナー時代の作品が再発されると云うのは知っていたのだが、
合わせてヴァーティゴ・マーキュリー時代の作品も再発されるとは知らなかった。
ヴァーティゴ・マーキュリー時代の作品は07年に紙ジャケ化しているのだが、
その時はボックス・セットのみの発売で、特に食指を動かされなかったが、
今回の再発はボックスを買った人間なら地団駄踏みそうな必殺のアイテムで、
店頭で久々に紙ジャケ・マニアの血に火が付く、素晴らしい物に成っている。

「スーパースター」ロッド・スチュアートに関しては、
今更自分の様な素人が語るべき事も無い、問答無用の存在である。
現在もバリバリの現役であり、多少洋楽を知っている人間なら曲の一つも歌える。
なので今回は音楽的な事は抜きにして、紙ジャケ的な旨味のみを語ろうと思う。

Rod02

ロッドのソロ1作目は何とあのマニア人気の高いヴァーティゴから出ている。
紙ジャケ再発時には権利関係でヴァーティゴのマークが入らない事も有るのだが、
今回はジャケ、そしてスリーブ供に渦巻きマークが再現されている。
今回の再発の最高にそそられる部分は、この1枚目と2枚目に、
ジャケ違いの英国盤、米国盤と二種類のジャケが入っている事だ。
つまり中身の入っていないジャケットがもう1枚加わっている訳で、
感心の無い人間なら、何故そんな無駄な事を?と思う様な仕様なのである。
しかしこう云う「デフ・ジャケ」と云う物はマニアにはたまらないアイテムだ。
米国盤は「Rod Stewart Album」と題された素っ気無い黄色いカバーで、
内袋式の見開きジャケの内側にロッドと参加ミュージシャンの写真が入る。
初回盤に付いていたシリアル・ナンバー入りのマーキュリーのレーベルカード付き。
日本の初回盤に付いていた帯を再現した物もマーキュリーの物だ。
英国盤はキーフの写真に飾られた「An Old Raincoat Won't Ever Let You Down」。
こちらにも初回盤のヴァーティゴのレーベル・カードが付属する。
これだけ入って一枚物と値段が同じったら買うでしょ?そりゃあ。

Rod03

2枚目は密かに愛着する人間も多いと云う人気作「Gasolin Alley」。
ボートラも1曲入って、ジャケの仕様も更に凝った物に成ってるのが嬉しい。
まず米国盤の方だが、ちゃんと分厚いA式に成っている所がまず素晴らしい。
しかもこちらは表のタイトル文字やアーティスト名、マンホール、そして石畳、
裏がロッドの輪郭部分と、微細なエンボス加工が施されている。
見開きジャケの内側のイラストやレコーディング風景の写真も中々に味わい深い。
勿論今作にもシリアル入りマーキュリーのレーベルカード付いている。
そしてキーフが手掛けた作品でも上位に位置する雰囲気最高の英国盤は、
若干縮小して黒味がつぶれ気味だが特殊紙を使ったE式の見開きジャケである。
勿論こちらにもヴァーティゴのレーベルカードとスリーブが付いてくる。
2枚分の紙ジャケを合わせると背表紙に非常な厚みが有って笑えるが、
この厚みが目に付いて棚からCDを取り出したと云う、そんな目印に成っている。

Rod04

さて3枚目は英米でトップを取った出世作「Every Picture Tells A Story」。
ここからは英米供に共通のジャケで流通が始まった作品で、
シングルでも大ヒットした「Maggie May」を含む名盤中の名盤だろう。
これは普通にシングルジャケの作品だと思っていたのだが、
実は三面見開きで、切り込み線が入ったポスター・ジャケに成っているのだ。
幾らなんでもわざわざ切り離してポスターにはせんだろう?と思うのだが、
切り離してもそれなりに見れるデザインに成っている所は中々良く出来ている。
こちらにも例によって初回盤のマーキュリーのレーベルカードが付属する。

Rod05

そしてまだ購入していない4枚目の「Never A Dull Moment」を飛ばして、
(これも特殊紙の6面見開きと云う食指そそられまくる仕様である)
初のマーキュリー時代のベスト盤と成った「Sing It Again Rod」だ。
これはもうある種特殊ジャケの中でもかなり上位に入る変形的な作品で、
正に紙ジャケにする意味が有る、と云うか紙ジャケでなければ意味の無い作品だ。
ジャケット自体がウイスキー入りのショットグラスを模した物に成っていて、
盤を入れるインナーも同様に角がシェイプされたグラス状の物に成っている。
しかもインナーでは中身が呑まれ氷も溶けていると云う細かい出来で、
インナーの裏側はステージ写真のページが開ける様に成った芸の細かさである。
酔いどれロッカーらしいイメージを具現化したかの如き仕掛けが最高で、
ジャケを手にしながらその世界にハマれる最高のアイテムだと言えるだろう。
異常に仰々しいオーケストラをバックにした「ピンボールの魔術師」も最高だが、
ボーナストラックが5曲も加わっている所は嬉しい。
勿論こちらにもシリアル入り初回盤のマーキュリーのレーベルカードが付属する。
この後マーキュリーからもう一枚「Smiler」を出してからロッドは大西洋を渡る。
そう「Atlantic Crossing」して世界のトップへと登りつめる訳である。

思い出してみるに自分が洋楽を聴き始めた頃からロッドは大スターだった。
ただその頃、ロッドの事をてっきりアメリカのアーティストだと思っていた。
「スーパースターはブロンドがお好き」的なその如何にも大味なスター的雰囲気や、
時代を取り入れ洗練されたその音で、勝手にそう感じていた様な気がする。
所がもう少し深く聴く様に成って、フェイセズ辺りを聴く様に成ると、
実は物凄く英国的なセンスに溢れた英国出身者としか思えない存在に変わって来る。
例えば最初のヴァーティゴから出た2枚など普通では無い英国臭がする。
1枚目の野原を老人と子供たちが駆ける何処か幻想的な雰囲気のカヴァーは、
内ジャケの蓄音機を傍らに子供たちに何かを語っている老人の写真と、
愁いを帯びた表情で写るロッドの写真が相まってトータリティが素晴らしい。
2枚目は沈んだ様なロンドンの街並みに街灯の下でうずくまる男の姿と、
内ジャケの無精ひげを生やしタータンチェックのマフラー姿で座るロッドの姿が、
作品の枯れた味わいに見事にマッチしていて最高だ。
カバーを手掛けたキーフはヒプノシス、ロジャー・ディーン並び称される、
70年代英国ロックの総合美術に貢献したアーティストな訳だが、
ヒプノシスに於けるピンク・フロイドやロジャー・ディーンに於けるイエスなど、
コレならコレ、と云う組み合わせが無いだけに知名度は余り高くない。
キーフは写真加工によって幻想的な雰囲気を演出するアーティストなのだが、
ロッドの2作品に関しては加工に頼る事無く、写真の持つ力のみで、
夢幻的な雰囲気や枯れた味わいを演出した傑作カバーだと言えよう。
対して3枚目はデザインや文字がアール・ヌーヴォー調を意識していて、
参加ミュージシャンの写真、曲目を彩るレトロなポスターの意匠など、
欧州的な雰囲気が濃厚でこれまた作品のトータリティとして実に美しい。
この頃の作品に比べると大西洋横断後のワーナー時代の作品のカバーは、
やはり米国市場を意識した大味な物、と云う感じがしてならない。
「セイリング」以降しか知らない方には是非、この非常に英国的な、
美しく枯れた味わいの深いロッドの世界を知って貰いたい物である。
あ~それから、そろそろフェイセズの紙ジャケの方もお願いしますわ・・・・

Rod06
味わい深い「ガソリン・アレイ」のジャケット

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