
昨年の話だが、家電量販店のDVD売場で新作のDVDを見ていた時の事、
周星馳の新作「ミラクル七号」のDVDを手に取って特典等を見ていたのだが、
近い棚に周星馳の旧作のDVDが並んでいたのでそちらもチェックしてみた。
新たに何本かの旧作が再発されたらしいのだが、見掛けない邦題の作品が有る。
「チャウ・シンチーの熱血弁護士」って・・・「算死草」の事か?
などとそれらしき旧作の原題を思い浮かべながら取り出してみて驚いた。
「え?審死官!!!いつ公開されたん?マジで?」
パッケージに「08年香港レジェンド・シネマ・フェスにて公開」とある。
知らなかった・・・あの、あの伝説の「審死官」が公開されてたなんて・・・
「審死官」、それは周星馳が最初に迎えた絶頂期を代表する傑作である。

一般に香港映画の黄金期は、ニューウェーブと呼ばれる監督たちが頭角を表し、
そして「亜州影帝」周潤發が君臨した80年代後半からと言われる事が多いが、
その最後の輝きを締め括るのが、返還前の90年代前半であり、
周潤發と入れ替わる様に影帝の王座に君臨するのが周星馳なのである。
そして「審死官」が公開された1992年こそ周星馳が最も活躍した年なのだ。
この年、周星馳が主演公開された映画は実に7本と驚異的な数を誇り、
しかも興行収入の上位四本が総て彼の出演した作品であり、
ベストテンで見るなら半数を占める勢いで、どの作品も確実にヒットしたのである。
この時期、香港は徐克の仕掛けによる空前の古装片(時代劇)ブームの只中で、
周星馳もそのブームに乗り、上位作品は総て古装片であり、、
正く時代の要求を総て受け入れ、その頂点に君臨したのが「審死官」なのである。
まあこの作品に関しては当然早い時期にVCDなどで鑑賞済みな訳なのだが、
作品の性質上、言葉のニュアンスがかなり大事に成って来る作品な訳で、
ちゃんとした字幕付きで見てみたいと兼がね思っていた作品なのだった。
この作品での周星馳の役柄は清代の弁舌巧みな状師(訴訟代理人)で、
正義感は有る物の、金の誘惑にはコロリと屈する所謂小市民的な男だ。
金持ちの馬鹿息子の裁判を有利に導くなどダーティーな事ばかりしていて、
その報いなのか愛妻との間に出来た子供が、皆1歳に成らずに亡くなって行く。
嘆く妻の薦めも有り引退を決意するが、夫殺しの嫌疑を掛けられた未亡人に出会い、
彼女の嫌疑を晴らす為に再び法廷に立つが、その事件には大きな裏が有って・・・
この作品を輝かしい物にしているのは、愛妻を演じる故・梅艷芳の存在が大きい。
弁舌は立つが腕の方はからっきしの亭主に対し、功夫の腕は天下一品、
甘ったれな亭主を叱咤し、気風が良く徒で包容力の有るキャラは実に起っている。
この強い女房に甘える亭主と云う役柄を、周星馳が最高に生き生きと演じていて、
夫唱婦随の(逆か?)の息の有った所が、作品をほのぼのと愛らしさで彩る。
長きを誇る梅姐の女優人生の中でも特筆すべき役柄なのは間違い無い訳で、
生き生きと画面で輝く梅姐の姿をみるだに、ちょっと感傷的な気分に成る。
周星馳映画には欠かせない最強の相方、呉孟達は今回裁判での敵側に座し、
法廷で放屁を繰り返すなど、相変わらず無意味な存在感で爆笑を誘う。
「少林サッカー」でブレイクした黄一飛も下男役で最高の怪演を見せ、
普段は徒な姐御役が多い呉家麗も今回は大袈裟に嘆き悲しむ役で華を添えている。
金を掛けた衣装や舞台背景、そして「白髪魔女伝」「グリーン・デスティニー」の、
撮影でお馴染みな鮑徳熹が担当した美しい色彩設計も見事だし、
今見ると懐かしくも有る、程小東が担当したアクロバティックな殺陣も楽しい。
監督は、香港居残り組の中でも男臭いアクションで一人気を吐く若き杜琪峰。
その杜琪峰のおふざけに偏り過ぎない情感溢れる演出が作品をギュッと締めている。
さて関連してその「審死官」が公開された年に同じく公開された2本、
「審死官」に次いでこの年の興収の3位と4位を叩き出した周星馳作品、
「鹿鼎記」「鹿鼎記Ⅱ神龍教」邦題は「ロイヤル・トランプ&Ⅱ」を紹介しよう。
この作品は何故かDVDのケースが普通のジュエル・ケースの頃から発売されていて、
その頃は馬鹿高くて手を出さなかったが、何と今や一本1800円と云う、
バリュー値段に成ったと云う事で、一緒に買いこんで来た。

この作品は近年大陸とかで続々TVドラマ化されている、
武侠小説の大家「金庸」の最終作にして最も長い大作の映画化である。
清の康煕年間を歴史的背景に広大な大陸から台湾、そして露西亜までを舞台に、
膨大な人物が入り乱れる、邦訳本にして全八巻を数える大作で有るからして、
どう考えても2本の映画でその全編を収める事など不可能であり、
しかも監督が香港娯楽王の王晶なだけに、超訳としか言えない内容に成っていて、
現地で買ったVCDで観た時は、そ~云う話なのか・・・と云う感じで観ていたが、
後に原典の邦訳を読み終わってみると、その強引な展開に唖然とした物だった。
まあしかしDVDで観返して見ると、それなりに登場人物を上手く当て嵌めており、
原典の方の内容の記憶も若干薄れて来ている今に成ってみると、
薄覚えの空耳バージョンってな感じで、映画としてかなり面白く観れたりした。
しかし周星馳の偉小宝は最高だ!
いい加減で口汚くて調子者で日和見で怠け者で金に汚く女にだらしなく下品、
強い者に巻かれて弱い者を罵る、およそ主人公と言えない鬼畜さが見事である。
こう云う奴が何の努力もせずに舌先三寸で出世して行く訳だから、
どう考えても不快な気分に成る筈なのだが、何故か爆笑出来るから面白い。
特に周星馳の真骨頂と言える香港人が大好きな物凄く低俗で鬼畜な罵倒シーン。
武力では到底及ばないが、皇帝の後ろ盾を得て水を得た魚の様に相手を罵る、
特に手出し出来ない相手を前に、生まれる前の両親への罵りから始まって、
延々と今に至るまで長時間に渡って罵倒しまくるシーンはその頂点だ。
世界進出に向け自ら封印してしまった香港時代のこう云うアクの強さが、
原作のキャラと相まって遺憾なく発揮されているのがこの作品だと言える。
そう云うアクの強さと言えば今回も武術指導参加の、程小東の殺陣にも言える。
程小東と言えばようやく日本でも公開の決まった「投名状」等に於いて、
ワイヤーワークを廃して骨が砕ける様なリアルな殺陣を演出していたが、
やはり彼の名を上げた「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の如き、
重力を無視した空駆ける様な奇想のワイヤーワークがその身上な訳である。
「鹿鼎記」の1と2に於いても、その馬鹿馬鹿しいまでに派手でミラクルな、
やり過ぎのワイヤーワークが堪能出来るのがたまらない。

そして程小東の殺陣に輪を掛けて過剰に暴走する王晶の馬鹿演出が最高だ。
今回は使い手の宦官と云う役割の呉孟達だが、結局最後には発狂?し、
逆立った髪に突き出たベロに幼児言葉と云う、偏差値の低い演出で大暴れ。
周星馳は「乳首掴み」等と云う幼稚な技で闘うが、わざわざその為に、
びよ~んと乳首が伸びる特殊メイクを施す、ドリフな演出がたまらない。
しかもラストが宦官ネタのチンチンで決着が付く所が最高に馬鹿馬鹿しい。
Ⅱの方に成ると話よりパロディと馬鹿演出の方が話しを凌駕して行き、
林青霞本人が出ていると云うのにしつこく繰り返す「東方不敗」ネタが炸裂、
最後の決戦で衣装まで成り切った周星馳のおカマ東方不敗振りが清々しい。
シモネタの方も前作以上にアップしていて、香港映画に良く有る催淫剤ネタで、
関係無い奴に作用して大混乱と云う、お約束中のお約束ネタが見れるし、
その際、高々とそそり起った林青霞の髪型に反応すると云う下らなさも見事だ。
偉小宝の部下役の陳百祥は前作以上にその主人同様日和見な活躍だが、
女装した男を見付ける為に、漫画の様に汚い女装姿で宿屋に現れ、
「男なら俺の女装姿で必ず吐く」と低脳な判断基準の元、男を吐かせまくるが、
これまた香港映画でお馴染みの微妙にリアルな嘔吐が続出する辺りもたまらん。
ややもすれば安っぽく成りがちな王晶作品だが「審死官」同様金が掛けられていて、
華美な衣装や舞台、そして美しい女優陣お陰で非常に華やかな作品に成っている。
この年公開の周星馳作品7本の内5本で共演している相性ピッタりの張敏、
出番は多くないが双子役の袁潔瑩と陳徳容、そして新人の頃の李嘉欣、
偉小宝の姉役として馬鹿笑いして出て来るだけの存在感抜群な呉君如、
香港古装片の象徴的存在にして中華圏永遠の美女・林青霞、
そしてⅠ、Ⅱ供に出演している、最高に小悪魔で可愛らしい邱淑貞と抜かり無し。

同年公開の「武状元蘇乞兒」での周星馳と張敏
まあ流石に十五年以上前の作品なだけに「少林サッカー」から入ったファンには、
あの頃の香港映画独特の泥臭さや過剰さが気に成るかもしれないが、
この頃に確定された周星馳の芸風が後の作品にも色濃く出ている所からして、
周星馳映画の原点として絶対に見逃せない作品なのは間違い無いのだ。
◎参考文献:「周星馳 呀 周星馳!」楠紀子、他多数。