「チョコレート・ファイター」恐るべし!
その存在を最初に知ったのはYoutubeにアップされた予告編だったと思う。
正しく最初に「マッハ」を観た時同様の興奮が甦って来たのを覚えている。
「マッハ」以降タイ映画には何度も驚かされて来た訳だが、
ネット上で、信じられない動きと無茶苦茶なアクションをこなす少女を見て、
一体こんな逸材を何処から発掘して来たんだ!とその底知れなさに唸らされた。
その後現地で公開され、ヒットを飛ばしている等と云う話は聞く物の、
日本人の阿部寛が出演しているに係らず、中々日本公開の話が出て来ない状態で、
海外のDVDを入手した筋から「アクションは凄いが話が駄目」等の話も出たりで、
期待が膨らんだり萎んだりする中、ようやく公開のラインナップに名を連ね、
その間1年以上待たされての待望の日本公開な「チョコレート・ファイター」だ。
まあ何はともあれ、総ては主役のジージャーことヤーニン・ウィサミタナンだ。
「美少女」と云うと好みが別れるが、可愛らしい普通の女の子なのは間違い無い。
それが何故にあそこまで超絶的なアクションをこなして行けるのか?
元々はテコンドーをやっていたそうで、身体的な素養は当然有った訳だが、
驚くべきはアクション監督であるパンナー・リットグライに認められてから、
4年間にも渡る厳しい指導と修行を経てからの満を持したデビュー戦だったのだ。
既成の俳優を「アクションが出来る様に見せる」スキルに長けた香港映画でも、
事前に俳優がアクションの練習に掛ける時間は長くて3ヶ月程度だろうし、
日本映画に於いてはそう云う時間さえ割けない事が殆どな訳で、
そう考えてみれば実に羨ましい境遇で、大切に育てられた秘密兵器だった訳である。
・・・にしても彼女の登場は間違い無く映画史に残る事件だろう。
「マッハ」以降、映画の後進国などで、金は無くともその身体を資本にして、
自殺行為すれすれの極まったアクションを見せる連中が方々で現れたり、
かの香港でさえタイのアクションを意識せざるをえなくなった訳なのだが、
その流れにまた新しい一つの基準を、今回タイ映画は刻み込んだと云う訳である。
アクション映画の場合大なり小なり、「何故主人公はそこまで強いのか?」
と云う意味付けや闘う理由の様な物が、話しの展開上求められる訳だが、
女性が主人公の場合「厳しい修行の末」以外の理由が中々難しいし、
厳しい修行を経た後でも、屈強の男を相手の戦闘が説得力を持たない場合も有る。
では今作ではそれをどう処理しているのかと言えば、
日常生活に支障を来す様な、重度の自閉症的症状を持っていながらも、
特定の分野に於いて驚異的な能力を示す「サヴァン症候群」を持って来た。
つまりジージャー演じる主人公は、ビデオやゲームなどでアクションを観ると、
それが脳内に記憶され、忠実に再現できる特殊な能力を持っていると云う設定だ。
何やら「マトリックス」の脳内ロード機能を思わせるお手軽な設定だが、
お陰で、余り類型的ではないストーリーに成っているのは確かである。
さて、そのアクション同様取り沙汰される事の多い今作のストーリーだが、
仏教国タイ的に言えば「親の因果が子に報い」風な話だと言えるだろうか。
「マフィア組織の首領No.8の情婦として非情な人生を送るジンだったが、
観えない何かに惹かれる様に、敵対する日本のヤクザ幹部マサシと愛し合う事に。
当然それはNo.8にも知れる事と成り抗争は激化、その状況を納める為にジンは、
どちらの元からも離れ、田舎に隠遁しマサシの子供を産み育てる事に。
父親の国に因んでゼン(禅)と名付けられたその娘は、自閉症を患っており、
脳の発育が遅れていたが、渾身的な母の愛に包まれて健やかに大きくなる。
しかしそんなジンも白血病で病床に臥す様に成ってしまい、
高価な治療薬代もままならない日々に、ゼンの幼馴染ムンが一計を案じる。
偶然見付けたジンの借金貸付表を元に、借金を回収して廻る事を思い付いたのだ。
しかしそれはジンが組織に居る時に、訳有りの連中に貸し出した金で有り、
当然ゼンやムンの様な子供にホイホイと金を返す様な連中などではなく、
手下を使って暴力的に追い返される様な体たらくであった。
しかしそこで母を思う余り、ゼンの特殊能力が全開に成り手下達を粉砕し、
次々と債務を回収して行くのだが、当然それはNo.8にも知れる事に成る。
ムンから話を聞いたジンは危険を感じてマサシに連絡を取り、
ゼンの事を聞かされたマサシは組にケジメを付けて単身十数年振りのタイに戻り、
No.8に拉致されたジンとムンの元へ向かう、そして同様にゼンもそこへ。
一人の女を巡る男達の闘いが、その娘を中心にして、今決着が付けられる・・・」
と云う訳で個人的には「話が駄目」と云うほど酷いストーリーだとは思わないし、
アクションを主軸とした映画の場合、話はシンプルな方がアクションは際立つので、
シンプルなりに中々練られた飽きさせない展開は悪くないと思った。
本国で公開されたバージョンはどうなっているのか観て無いので解らないが、
日本公開版は阿部寛のナレーションで展開する別バージョンに成っているらしく、
それも含めて前半はスタイリッシュで暴力的なノワール調で進んで行き、
ゼンが活躍する如何にもタイ映画っぽいド派手なアクション部分と段差が有って、
そこが新鮮で面白かったが、そこに違和感を感じる向きも有るだろうと思う。
前半はとにかくジンの”ソム”アマラー・シリポンが実に婀娜で妖艶な存在感で、
後半の賢母振りと比べるとキャラの振幅が見事な演技力で魅せてくれる。
No.8役のボンバット・ワチラバンジョンも実に嫌らしい悪役振りで、
タイ映画ではお馴染みなオカマの片腕や殺し屋軍団も実にキャラ起っていて最高だ。
阿部ちゃんも海外の映画に出ても見劣りしない長身と存在感が素晴らしく、
ラスト近くの日本刀を使った戦闘シーンも随分がんばっている。
しかしやはりジージャーの存在感とアクションは格別だ!
アクションばかりが取り沙汰されるが、自閉症と云う難役をこなす演技力も注目で、
駄々っ子の様な部分から、スイッチが入って臨戦態勢に成る時の眼力まで、
その切り替えの妙がアクションの鮮烈さに強烈な色を添えている。
そして戦闘の度に相手の闘い方を学習し、スキルアップして行く部分がまた見事で、
見せ場の戦闘シーンが重ねられる度に闘いが流麗になる描写は実にうまい。
その最たる物が、敵側に居るやはり自閉症っぽい坊主頭のジャージ男との戦闘だ。
今まで見た事の無いくねくねとした相手の動きに翻弄されるゼンだが、
(トリックZと云うマーシャルアーツ+ブレイクダンスの様なテクニックらしい)
瞬時に相手の動きを学習して同様の動きを始めるシーンなどゾクゾクする部分だ。
そして唖然としまくるのが、4階建て位の看板が突き出たビルと、
鉄道の高架に挟まれた狭い場所での最後のアクション・シーン。
ジージャーの技や体捌きの凄さも然る事ながら、相手を務める連中の壮絶さたるや、
何故わざわざ痛そうな落ち方するんだ?ってな姿勢で落ちまくる。
飛ぶは登るは落ちるわで、そのアイデアの豊富さにも溜め息出まくりである。
アクション映画の伝統に則って本編終了後にNGシーンが入っているのだが、
もうこのシーンは怪我人続出だわ痛そうだわで苦労の程が知れると云う物だ。
恐るべしタイ映画!既にジージャーは新作の撮影に入っているそうである。
革命的な男トニー・ジャーの更にエクストリームな「マッハ2」の公開も決まった。
アクションの限界を超える試みは今も世界中で続いている。
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