酔狂道・阿修羅展へ行く
連休明けに仕事先に行って、まず聞かれる事は「どっか行った?」って奴だ。
当然自分も同様の質問を相手にする訳だが、双方決まって云う言葉は、
「いや~何かダラダラと過ごしてたねぇ・・・」と云う絞まりの無い言葉である。
大体にしてこの時期何処へ出掛けても物凄い人だし、
その上休日料金などに設定されていて金も掛るしで、家に居るに限るのだが、
世間の浮ついた空気に、ついつい乗りたく成ってしまうのもまた然りで、
年中行事に逆らわないのもまた、「酔狂道」の求める道・・・・
等とどうでも良い理由を論って、連休中に人込みの中へと出掛けた訳である。
午後5時過ぎの上野駅公園口は帰宅する連中で物凄くごった返していた。
駅前は屋台とか大道芸人などが、人の足を止めさせ人が渦巻いていたが、
流石に西洋美術館から先は人波もさほどではなく楽に歩ける。
今回の目的は国立博物館で催っている「国宝・阿修羅展」なのだが、
連休中は開館時間が夜の8時までと云うので余裕である。
余裕ついでに「今なら並ばずに、すぐご覧に成れま~す」と、
「待ち時間0分」のボードを持った国立科学博物館の係員の口上に乗せられて、
科博で開催していた「大恐竜展」につい寄り道してしまった。
子供の頃は大好きだったが、敢て今「恐竜展」等には出掛けないなぁ・・・
等と思いつつ会場に入ったら、いきなり会場に居るガキやカップルが、
展示品をデジカメとか写メでバシバシ撮っていたので驚いた。
普通展覧会の会場は撮影禁止だろう?と思ったが、最近は問題無いらしい。
係員もフラッシュ等を焚いているガキは注意していたが、後はスルーだった。
隔世の感が有る・・・と云うかそんな状況に違和感を覚えつつ、
連れも携帯でバシバシ写メを撮っていたのでその写メを今回拝借した次第で。
今回の目玉は世界初公開と云う史上最大級の肉食恐竜「マプサウルス」なのだが、
公開されているのは13mと6mと云う大きさの親子恐竜の化石だ。
しかし結局幾つに成ってもこう云う巨大な物を観て洩らす言葉は一緒である。
「でけ~!」「こんなのに襲われたら人間ひとたまりも無いわな」みたいな・・・
たまにはこう云う物を観て人間の矮小さに思いを馳せるのも必要かも知れない。
その後、翼竜のコーナーが続くのだが、やはり洩らす言葉は一緒だった。
しかし翼竜と云うとプテラノドンとかギャオスとか(後の奴は違うか・・・)
空を飛ぶ関係で優美なシルエットだと云う様な印象が有ったのだが、
展示されていた「アンハングエラ」とか「タラソドロメウス」なんかは、
頭部が恰も深海魚の如く畸形な感じで、これが空を飛んでいたと思うと怖い。
さて科博の閉館時間も迫って来たので早々に切り上げて阿修羅展の方に向かった。
国立博物館の入り口では「待ち時間20分」と云う看板が出ている。
昔、モナリザが始めて日本で公開された時には、国立博物館の周囲を2周と云う、
物凄い行列が出来たと何かの本で読んだ事が有るが、
それに比べれば20分などあっちゅう間な話しである。
夕暮れの空に綺麗なうろこ雲が伸びる空の下、さして待つ間も無く入館出来た。
しかし一般に日本人は宗教に対し他国の人間より不信仰だと言われる訳だが、
こう云う展覧会に於ける日本人の熱狂的な感じと云うのは何なんだろう?
いや、勿論宗教的な物ではなく、美術品としての鑑賞が前提な訳だが、
飽くまでこれは宗教的な教義に則った仏像と云う位置付けは変わらない。
何故金を払って、しかもわざわざ並んで待たされてまでまで観たいのか?
勿論信仰心の無い人間をも感服させるのが仏教美術に望まれる力の一つだろうが、
嬉々としてそれを享受する信仰心の無いと言われる日本人の姿は興味深い。
お馴染みな話しだが、今回の展覧会に際して海洋堂が阿修羅のフィギュアを作った。
それが開催1週間ほどで売り切れに成り、更に発注済み商品の予約販売も瞬殺し、
僅か2週間ほどで1万5千個を売り切ったと云うから恐ろしい話である。
当然海洋堂フィギュアのファンも多いし転売目的の輩も居るだろうが、
この異常なまでの阿修羅人気は何なの?と思わせる出来事である。
そんな事を最も感じたのが本展のメインの阿修羅像の展示会場に於いてだ。
八部衆・十大弟子の並ぶ会場を抜けて細いスロープを登って行くと、
一段高いコーナーが有り、その下に全方位から見れる阿修羅像が立っている。
結構広いスペースが設けられているのだが、像の周りは人の波である。
阿修羅像を囲む様に二重三重四重位の人垣が出来ていて、
係員が「ゆっくりと時計回りで廻って下さい」と指示する物の
近くの輪は遅々として動かず周辺に向かうほど輪の速度が上がっていたりする。
一段高いコーナーからその輪を見ていると、華奢な阿修羅像を中心に、
只一箇所に熱い視線を送る人の輪がゆっくりと円運動を行っているのだ。
何やら宗教的な静かなる熱狂を感じさせる、怖ろしくも不思議な光景で有った。
阿修羅像がこの世に生み出されて千三百年、
かつてこんなにも熱く大勢の衆目を浴びた事が有っただろうか?
名も伝えらていない天平時代の仏師は、現代のこの熱狂をどう思うだろう?
失われた現代の信仰心の在りかが何処か窺える様な阿修羅展で有った・・・・
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