「昭和30年代 モダン観光旅行」
本書は、著者が蒐集した昭和30年代頃の絵葉書を基にして、
その時代の観光風景と、それにまつわる文化を紹介した本である。
何となくレトロな絵葉書のカタログ的な物を想像していたりしたのだが、
良く有るその手の本の様に、中身を地方や観光地などで分類する事無く、
「橋」「街と交通」「行楽」「奇観」「夜景」など良く見られる図柄で分類し、
「ロープウェイ」「ケーブルカー」「バス」などスピードの時代を象徴する、
新たな観光要素を加味し、最後に「鳥瞰図」を加えた構成に成っている。
絶妙にグラフィック処理された誌面には独特の迫力が溢れ、
どぎつい色彩と相まって眺めて居ると時間を忘れる様な美しい本だ。
意外な所で、各章に加えられた「風景文化論」的な文章が中々興味深く読ませる。
「あとがき」にある著者の言葉によれば、
「昭和30年代に関する書物の多くが、ただ事象の羅列だったり懐古だったりで、
文化史として批評性をもって語られていないことから、テキストを加える事にした」
と云う事で、パリが発祥の「オムニバス」所謂「乗り合いバス」の起源から、
女車掌の過酷な労働環境、昭和30年代でも古かった「マドロス」に対する幻想、
ネオン管の普及による、日本人独自の感覚による夜景表現の確立、
そして江戸時代の「物見遊山」から近代の「観光・レジャー」への変遷を、
即ち速度の変化の歴史でも有った、と観光開発の歴史を検証する等、異常に深い。
その最たる物が最後に配された「鳥瞰図」と「絵はがき風景論」の章だろう。
近年「別冊太陽」でも特集が組まれた近代鳥瞰図の創始者にして、
忘れ去られた奇才・吉田初三郎。(もしや太陽の方もこの著者の手に拠る物か?)
現在の眼で観てこそ、そのオリジナリティ溢れる特異な表現世界に唸らされるが、
工房を作り大量生産したり、卓越した広告の手腕も揮っている面白い男である。
その初三郎鳥瞰図成立以前の奇想溢れるプレ・鳥瞰図の世界も興味深いが、
日本の絵はがきが持つ構図を、江戸時代の「秋田蘭画」にその起源を求め、
モダンな昭和30年代でも、西洋ルネサンスの古典的シンメトリー構図ではなく、
日本古来の農耕民的視点と江戸後期の西洋遠近構図に拘泥した、
アシンメトリーな構図が殆どだと論ずる「絵はがき風景論」が非常に面白かった。
まあ勿論そこまで中身に拘らなくとも、あの時代の写真に特徴的な、
人工着色による半ばキッチュとも言える極彩色の写真の数々と、
今と成っては斬新な構図に独特のレタリングが光る絵葉書のパッケージ写真、
そして写真に写る人々のイカした佇まいに、ただただしびれると云うのも有りだ。
更にはクレイジー・ケン・バンドの楽曲に於いて横山剣が描く所の、
「葉山ツイスト」「箱根パノラマ・ゴーゴー」辺りをを思い描くのも有りだろう。
それから面白かったのが、今や「廃墟」ブームの中核を為す象徴の一つとして、
もしかしたら当時より知れて居るかもしれない「麻耶観光ホテル」。
その往時の観光案内の絵はがき等が出て来る所も面白い。
それも含めて、何故か明るく美しい観光地の絵はがきに、
静謐な廃墟の姿を透けて見てしまう様な所があって、それが妙に興味深い。
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