鋼鉄の航路~FLIGHT666
「ペルセポリス」と言うアニメーション映画が有る。
全世界で翻訳されベストセラーとなったフランス在住のイラン人、
マルジャン・サトラピによる自伝的グラフィック・ノベルを原作とした作品で、
本人とアニメ作家のヴォンサン・パロノーの2人によって映画化された。
話は1970~90年代にかけて、激動する政治体制の元、混迷するイランに於いて、
変転する世界状況を背景に、旧弊なイスラム世界の中で独自の価値観を育み、
逞しく生きる少女・マルジの半生を描いた物語と成っているのだが、
印象的なのが様々な音楽が彼女の背景に生活と供に描かれいる所だ。
その中でハッとさせられる部分が、イスラム社会では明らかにイリーガルであろう、
アイアン・メイデンのカセットを闇市にて怪しい男から入手する場面である。
結局中身は本物のアイアン・メイデンの音源では無いのだが、
それでも彼女はこっそりそれを聞き、一心不乱にヘドバンに高じる訳である。
何故彼女はポピュラーな存在であるマイケル・ジャクソンのカセットを素通りして、
躊躇無くアイアン・メイデンを選び取り、その音楽に陶酔するのか?
その答えの一端は、今回紹介するDVDにも隠されている。
このDVDはアイアン・メイデンの2008年2月から始まった世界規模のツアー、
「Somewhere Back In Time World Tour」の模様を記録した作品である。
インドはムンバイから始まってオーストラリア全域、そして日本、
更にアメリカに移動して中南米を廻り再びアメリカ、そしてカナダへと到る記録だ。
勿論その後休暇を取ってから、今度は欧州全域からロシアへと至り、
更にその後、中東・インド・オセアニア・南米と巡りフロリダで終了した、
文字通りの世界ツアーだが、今回はその1stレグをバンドの裏側も含めて記録した、
ツアー・ドキュメンタリー的な旅行記と成っている。
このツアー移動する距離からして普通では無いが、更に前代未聞なのが、
バンドのメンバー・クルー・そして機材などを総て「Ed Force One」と命名された、
一台のジャン・ボジェット機に乗せて移動すると云うアイデアに有り、
更にはその操縦をVoのブルース・ディッキンソンがすると云う物凄さに有るのだ。
しかしボーイング747を操縦するバンドのヴォーカリストってナニ?って感じだが、
バンドで食い詰めているならいざ知らず、ブルースは単に趣味も兼ねて、
バンドが閑な時は「AstraeusAirline」で機長として働いているそうなのだ。
そう云う経緯が有ってこその企画な訳だが、正しく前代未聞なツアーには違いない。
しかしそのお陰で諸々の移動代が抑えられ、余り行けない地域にも移動出来る訳で、
この辺境地帯を巡るツアーの成功もその企画の賜物な訳である。
今回この飛行機に45日間同乗し、地球を5万マイル駆け巡り記録したクルーは、
カナダ人のサム・ダンと相棒のスコット・マクフェイデン及びそのクルーたち。
勿論あの傑作「METAL-Headbangers Journey」や「GlobalMetal」を手掛けた連中だ。
23都市の全公演やバックステージ、オフショット等も含めて、
450時間ものマテリアルを2時間弱に編集した、その苦労が偲ばれる出来である。
尚このDVDは2枚組に成っていて、DVD本編では完奏されないライブシーンが、
16都市に於ける公演ごとに17曲の完奏シーンが収められたディスクが付いている。
日本でアイアン・メイデンと言えば若干懐かし的な要素で語られる部分が有るから、
実は今がバンドの黄金期だと言ったら信じてくれない連中も多いと思う。
確かに殆どのメンバーは50代だし、デイヴ・マーレイは禿げかけて来てるし、
全員長髪で暴れ回っていた頃のフレッシュさは当然無い。
しかし空回り寸前の如き勢いを、円熟味でカバーしている昨今のステージングは、
安心して観ていられるし、既に完成した職人技的な美しさに溢れている。
昔から左程ステージで動かないマーレイやエイドリアン・スミスはそのままだが、
お馴染みのマシンガン・スタイルで睨みを利かせるスティーヴ・ハリスは健在だし、
跳ね回るブルースと供にステージを左右へと動き回って実にアグレッシヴだ。
そして意外にポイントに成っているのがヤニック・ガースの存在感。
過去の曲を再演するツアーなのでソロの出番が少ないのは残念だが、
実にロック・ギタリストらしいフラッシーな動きでかなりの存在感を見せている。
そして何と言っても「機長」ブルースのフロントマンとしての存在の確かさだ。
昔から「猿の様に落ち着かない動き」とギャグのネタにされていた彼だが、
オープニングから弾け出す様に飛び出して、左右に動き回る運動量はハンパ無い。
小道具や衣装を変えての、ミステリアスな曲の演出にも実に貢献しているし、
常に万単位の客を手の平の上で転がすかの様なステージングも天晴れな物だ。
そして一番凄いのは、全く持って歌唱力が落ちていない事、これに尽きる。
この業界でこの域に達しているのはロニー師匠とブルース位では無いだろうか?
古くからのファンだと昔以上に凄く成っている、と云う意見さえ有るほどだ。
とにかくバンド自体のポテンシャルと云い、世界でのその受け入れられ方と云い、
頂点を更新し続けいる段階なのは、このDVDを観れば納得出来ると思う。
さてこの作品が単純にツアーを記録した凡百の音楽DVDと隔絶している部分は、
「GlobalMetal」を手掛けた監督の、ドキュメンタリー作品としての出来に有る。
勿論ファンで有るならば今まで公開した事の無かったバンドの裏側、
ゴルフするニコ・マクブレインとか、スティーヴ・ハリスの沢山の子供たちとか、
爆睡してた事を否定するロッド・スモールウッドとか見所は多いだろう。
しかしそう云う部分を抜きにしても、このツアーに駆け付けた世界中のファンたち、
中でも余りバンドがツアーをしないインドや中南米のファンの姿が興味深い。
「GlobalMetal」でもインドのバンガロールでのライブのシーンが出て来たが、
今回はチャーチルのスピーチから始まる怒涛の「AcesHigh」が収録されている。
見渡す限りの揺れる人波が、サビに合わせてコーラスを決める感動的なシーンは、
何処の国で有っても変わらないメイデン・ファンの熱さに唸らされる場面だ。
ロッド・スモールウッドが「ブラジルとスカンディナビアではメイデンは宗教だ」
と云う場面が有るが、正しく中南米の熱さは宗教的な熱狂に近い。
「世界一のファン」を自称する、サンパウロ郊外の神父の話が正にそれで、
彼はメイデンの歌詞を引用して教会で説教するのみならず、
全身に172個ものメイデンのタトゥーを入れ、息子の名前はスティーヴ・ハリス!
余りにハードコアなファン気質にたじろぐが、そこまで熱狂的なファンを生むのも、
アイアン・メイデンと云うバンドの凄さな訳である。
そして本編中最も感動的なのが、政情不安な南米はコロンビアでの話。
一週間前から場所取りの為に野宿を続けるファンを厳しく管理する軍隊の連中、
その中でライブに駆け付けた一人のファンがこんな事を言う。
「コロンビアは深刻な社会問題を抱えている。でもメタルは生きている。
これは(ライブ)はこの国のロッカーの大きな夢だ。・・・・俺は泣くと思う。
感情的かもしれないけど、泣きそうだ。アイアン・メイデンを聴いて育ったんだ!」
そしてコロンビアでの「RunToTheHills」でファンの大合唱で映され、
ライブ終了後に、ニコのドラムスティックを片手に握った一人のファンが、
ライブの余韻に浸りながら溢れ出る涙を何度も拭い、天に向かって十字を切る。
彼にとって、いや彼らにとってこのライブが如何に重要な物だったのかが解る。
自由に好きな音楽が聴けない、好きな格好が出来ない、抑圧された社会の中で、
アイアン・メイデンの音楽が、如何に自由と反逆の為の礎なのかを思い知らされる。
そして冒頭へと戻る、何故イランの少女・マルジはメイデンを選択したのか?
それはメタルが、アイアン・メイデンが自由と反逆の象徴だったからに他ならない。
勿論現在ではメタルの世界だけでも更にエクストリームで反逆的なバンドは有る。
しかし解り易いビジュアルに、参加し易い楽曲と、奥の深い世界観を持ち、
決してチャートの常連だったり、メディアに取り上げられる事も少ないに係らず、
エンターテインメント溢れるライブで、世界中にその影響力が及んでいる、
アイアン・メイデンこそが、メタルの象徴として受け入れられたのだろうと思う。
南米でも欧州でもそして日本でも、メイデンのファンの姿は何処も同じだ。
コロンビアのファンが「RunToTheHills」で合唱する時、
日本のファンもそれを我が事のように感じる事が出来る筈だ。
遙か異国のファンと繋がっている事が出来る、これぞ「GlobalMetal」と云う物だ。
いみじくもサム・ダン監督の前作と繋がる様なテーマの現われに、
妙に感慨深く思ってしまった、音楽ファンなら必見の作品である。
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