怪談専門誌「幽」第十一号発売
さてさて毎度お馴染み怪談専門誌「幽」の新刊が出た。
怪談の季節本番に向けて11号目を数える今回は創刊5周年記念と云う事で、
書店の棚に増殖する「幽」関係の怪談本共々不気味なまでの勢いで有る。
ただ関連書が増えているのは確かだし、特集する雑誌なども増えてはいるのだが、
実際問題、世間的に怪談が流行って来ているのかどうかは良く解らない。
個人的には同傾向の怪談実話本が書店に並び過ぎて、若干食傷気味ではある。
あの珠玉の「新耳袋」でさえ、一冊の中で面白いと思える話は少数な訳で、
連発されると流石に飽きが来るのも早いのではないかと懸念する所では有る。
さて5周年記念だからなのか、それとも他に理由が在るのかは知らないが、
今回連載作品に若干のマイナーチェンジが有った。
どちらも結構好きな連載だった、「新耳袋」の両人による2本、
様々な職種の人達にその職種故の怪談を語って貰う木原浩勝の「怪談ハンター」、
そして北野誠との掛け合いも面白かった中山市朗の「やじきた怪談旅日記」だ。
「やじきた~」の方に関しては、もうその他の理由以外に見当たらないのは明確で、
北野誠氏も怪談現場を悠長に廻っている閑など無いのは良く解るのだが、
まだまだ他に曰く有りそうな話が出て来る職種も有ったであろうに、
それに連動してなのか木原氏の方も連載が終ってしまったのが残念である。
木原氏の方は「隣之怪」と云う、単行本と同タイトルの連載が新しく始まったが、
中山氏の方は特集のみの登場で、是非北野氏の件が片付き次第連載の再開を乞う。
その中山氏が特集で対談したのが有栖川有栖氏との「大阪と怪談を語る」で、
前号まで「テツ(鉄道)の怪談」を連載していた氏の新連載である「大阪怪談」。
それに連動した大阪と云う土地に於ける怪談を語った対談であった。
有栖川氏の「大阪怪談」は文庫本「怪談列島ニッポン」に掲載された、
「清水坂」をプロトタイプとした様な、大阪と言われて連想するイメージを覆す、
古い都市のいわくを背景に、しっとりとした幽霊譚をに成っている。
さて今回の巻頭特集は、出ました大ネタな感じの「怪談遠野物語」。
作者としてお馴染みの柳田國男のみならず、語り部である佐々木喜善、
そして両者を結び付けた水野葉舟も含めて最も著名な「怪談本」の成立を探る。
巻頭の京極夏彦の「冥談-遠野物語より」が、正しくその三人を登場人物に、
遠野物語中の話を織り込んで綴られるオマージュ的な作品に成っている。
佐々木喜善が「佐々木鏡石」名義で書いた、筆名の由来と成った泉鏡花風の、
座敷童譚が採録されているが、そう云えば喜善の創作は始めて読んだ気がする。
そして毎度お馴染みなメンバーが遠野を行脚する「怪談巡礼印象記」。
何と言っても曰く有りそうな、美味しいスポットが豊富な遠野の事、
今回も加門七海先生を中心に奇妙な現象が続発する巡礼記と成っている。
余談だが、自分も一時期遠野物語に誘われて遠野を訪れた事が幾度か有って、
確か初めての一人旅でかれこれ二十数年以上前の話である。
当地でレンタサイクルを借りて長閑な秋の日に遠野中を走り回ったのだが、
足の早い秋の日が暮れかかる頃、巡礼記にも出て来る五百羅漢に到着した。
一日中走り回った後で疲れた足を引き摺りつつ薄暗くなった入り口を入ったのだが、
ごつごつとした岩が突き出たなだらかな斜面が有るだけで羅漢像が見当たらない。
「え~何処に羅漢像なんて有るんだ?」と思いつつ、
ヤケクソな気分で斜面の岩を足懸かりにしてポンポンと斜面を登っていった。
しかし登れどもその先に何も無く、周囲は段々と宵闇に染まって行き、
途方に暮れてガイドブックなどを取り出して確認してみた。
当地の五百羅漢とは「飢饉の餓死者を悼んで自然石の表面に線彫りした物である」
その途端一抹の不安が身内を駆け抜けて、足元の苔むした岩の表面を確認してみた。
「ヒッ!ヒイィィィィィィィィィッ~」
ここまで登るのに足懸かりにして来た岩が、殆どその線彫りの羅漢像だった訳だ。
詫びた、その場で詫びて、降りながら詫びて、下に降りて深く詫びた。
あれは怖かった。下に降りた頃には既に暗くなっていて更に恐かった。
まあとりあえず罰が当る事も無く無事に旅行を終える事が出来て良かったが・・・
さてそんな巡礼団の今回の山場は五百羅漢ではなく、
座敷童が出ると云う民宿でもなく、現地人が太鼓判を押す化物屋敷であった。
こちらはもっぱら加門先生が体感した奇妙な現象が話の中心なのだが、
本誌での記事だけでは間に合わず、「怪談実話系」と云う文庫本にまで及んでいる。
所謂感覚だけの話だし、しかも事前にヤバそうだと中に足を踏み入れていないので、
特別に戦慄する様な怪異が語られると云う訳ではない。
しかし霊感らしき物が無い人間にも感じる廃墟の厭な感じは実によく解るし、
実はそれに関して共通する様な変な体験が有ったりする。
その二十年以上前に出掛けた遠野への旅行のついでに、宮沢賢治記念館に寄り、
そこから新花巻駅まで歩いて行って新幹線で帰るつもりだった。
荷物を抱えて山を下っている時に、林の奥の方に廃屋らしき物が見えた。
本来なら廃墟好きな血が騒いで、入らないまでも近くに行ったで有ろう筈が、
何故かその廃屋には霊感の無い人間でも躊躇させる様な妙な雰囲気が有った。
勿論その二十年以上前に見た廃屋がここで語られる屋敷と同じだとは思わないが、
似た様な感覚を呼び起こされたのは確かだった。
閑話休題。
今回中々面白かった企画が「怪談取材の極意」と云う特集である。
本誌でも連載している実話系の怪談を書いている作家御三方に、
怪異体験の豊富な作家の立原透耶氏から全く同じ話を直接取材して貰って、
それを各々実話怪談として仕上げて貰うと云う中々に凝った企画だ。
同じ話であっても取材の仕方、興味の有るポイント、話のテイストなど、
三者三様に違っていて興味深いし面白い。個々に成された対談等も面白く読めた。
木原浩勝氏の「ありがとう」は正しく「新耳袋」でお馴染みなスタイルだし、
加門七海氏の「絆」は連想する実話会談に最も近い仕上がりと云う感じで、
個人的に一番好感持ったのが安曇潤平氏の「眩い光の中に」だった。
肝心の話の前に付け加えられた語り手の立原氏の何気ない雑談的な話が、
語り手の姿を浮き彫りにしている様でその後の話の導入に上手く作用していて、
話し手の言葉で語られた言葉が自然な感じでこちらに入ってくる。
無駄を省くか、無駄を加えるかでもテイストが変わってくる感じも中々面白い。
特集の三つ目「厠の怪談」は便所をモチーフとした怪談の競作である。
「枯骨の恋」で怪談文学賞を受賞した岡部えつ氏の短編が、
実にその作者のテイストに忠実な「エロ怖い」粘着質な作品なのが流石だった。
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