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2010.04.24

寅年の台湾 其の一 

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例によって今年も台湾へ出掛けてきた。
例年出掛けるのは何時も春節明けから元宵辺りと決っていたのだが、
今年はその辺で何故か全然飛行機の席が取れず、この辺まで時期をずらした。
春節時期に出掛けるのは単に映画の大作が上映していると云う理由だったのだが、
そこが駄目なら以前から何となく狙っていたのがこの時期だった。
まあその辺の個人的な事情はいずれ次回にでも書くとして、今年の台北である。

Taipei09

古い物も残っている台北とは云え、大都会故に消えて行く物もまた多い。
今回一番ビックリしたのが台北の常宿にしていた萬華地区に有った古いホテル、
麒麟大飯店が廃業してしまった事だ。
宿を予約する時に知ったのだが、あそこにはかれこれ十年以上通っていたろうか?
SARS騒ぎの時も患者を出しながら何とか営業を続けて来たのに残念な話しだ。
で、その後がどうなっているのか気に成って行ってみたら・・・・・
それが冒頭の更地に成った写真で有る、さ~っぱり跡形も無かった。
で、笑ったのがホテルの横に有ってホテルの客で喰ってた感じだった、
コンビニのセブンイレブンまで無くなっていた事で有る。
上の写真の手前の所にセブンが入っていたのだが、実に鮮やかな去り方だ!

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で、同様にビックリしたのがホテルの前の康定街と広州街が交差する辺りで、
丁度、老松国小の有る一画にフェンスで囲われた古い廃墟が並んでいたのだが、
その「剥皮寮」が何と建物を修復した上で歴史的な景観保護地区に成っていた事だ。
迂闊にも気付かなかったなぁ・・・結構前から出来ていたんだろうか?

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05年頃の廃墟状態だった「剥皮寮」

丁度月曜の定休日だったらしくて内部には入れなかったのだが、
一区画分の街路が丸々保存され、中身も修復再現されている様で、
いずれは内部に実際の商店とか食い物屋でも入るのでは無かろうか?
煉瓦の壁には多分わざわざ描き加えたらしいレトロな落書きも描かれている。
台湾のこう云う歴史的な建造物を修復して残そうと云う意識は実に素晴らしい。
西門のロータリー近くにも廃墟に成っていた日本統治時代の歴史的な建物が、
修復されて公園に成って残されているが、ああ云う事業の一環なのだろう。
現在フェンスで囲われて外観が見えなくなった旧鉄道省の建物と、
昔、牛肉麺街が有った日本人街の辺りもそう成るのかも知れない。

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さて春節時期を外してしまったので今年は名の有る大作は観れなかったが、
(そう云えば去年行った時は甄子丹の「葉問」の大々的な宣伝していたが、
今年も映画館街で「葉問2」の大々的な宣伝が有ったなぁ・・・悔しひ・・)
台湾映画の小品を二本ほど観て来たので紹介したいと思う。

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一本目は今年のベルリン国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞した「一頁台北」。外語のタイトルが「AU REVOIR TAIPEI」とフランス語な通りに、フランス映画の如き小粋で洒落た小品に成っている。この作品、公開から4日間の興行収入が全台湾で1000万元突破と云う、かの「海角七号」を上回るペースで好発進してるらしい期待の一本である。

両親の経営する店を手伝う小凱は店が終ると終夜営業の書店に出掛け、その一画に座り込んでフランス語の参考書を眺める毎日を送っている。巴里に行ってしまったガールフレンドの事を思い出しての虚しい毎日だ。
そんな小凱に眼を留めた書店員のSusieは何時しか小凱と仲良くなる。やがて巴里行きを決意した小凱は、渡航前日に世話に成った元黒社会の顔役・豹哥に頼まれ、コンビニに勤める友人と供に或る物を運んでくる事に成る。
その物を巡って、恋人に逃げられた刑事とその部下凸凹のコンビ、豹哥を出し抜こうとする豹哥の甥とその手下達が小凱達に接近する。何も知らない小凱と友人はその帰りに夜市で偶然Susieに出会い合流する。そこから始まる一夜のスラップスティックな逃走劇の物語である。

監督の陳駿霖は米国出身の華僑で楊德昌監督の弟子筋にあたるそうだ。
(おぉ・・・「九降風」の林書宇と並びまた楊德昌の遺志を継ぐ者が・・・)
異邦人ならでは、と云うか米国出身の監督が感じた印象的な台北の風景、
それは座り読みが基本な終夜営業の巨大な誠品書店の店内とか、
師大夜市の賑わいとか、地下鉄の構内とか、夜の大安森林公園のダンスとか、
住んでいる者は結構忘れがちな、有触れた光景を美しく描写する。
そして風景と供に台北の生活を彩る様々なアイテム、
小凱の友人が勤めるコンビニ、ファミリーマートの青と緑の制服だとか、
豹哥の甥が経営する賃貸業者の派手なオレンジ色の制服だとか、
テレビが出る時は必ず流れている古めいた郷土劇「浪子情」の一場面等々・・・
そう云う細かなディテールにこだわった事が良く解るのが、
現地で買ってきた下の「一頁台北」の映画美術本。

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部屋のセットの細かい指示とか登場人物のファッションの組み合わせ、
勿論映画内のスチールやコンテ、貸切で撮った地下鉄構内の進行表等々、
監督の思い描く「台北」と云う街を表現する為のこだわりが垣間見れる内容だ。

役者に関しては殆んど知らない存在ばかりだったのだが、
唯一「色・戒」「九降風」にも出ていたクー・ユールンだけは一発で解った。
個人的にはコンビニに勤める友人「高高」役の彼の存在感が素晴らしかった。
広告でも目立つSusie役の郭采潔はアイドル歌手としても人気の存在である。
ちなみに下の画像は舞台にも成った誠品書店で買い物をした時に貰ったCDで、
5月に公開される監督・侯孝賢、主演グイ・ルンメイと云う布陣による、
「第36個故事-Taipei Exchanges」の曲と「一頁台北」の楽曲が収録されている。
「一頁台北」の音楽はこれもフランス映画を意識した様な小粋なジャズで、
モダン・ジャズと云うよりヴァイオリン主体のスウィンギーなジャズであり、
ステファン・グラッペリの「Hot Club Of France」辺りを髣髴とさせてくれる。
その辺のこだわり具合も嬉しい中々に素敵な劇伴に成っていた。

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で、もう1本がちょっと日本語のフォントで表記出来ない漢字なんで外語題で、
「ZOOM HUNTING」と云う女性監督による中々に難解なアート作品である。

Taipei02

女性カメラマンが自宅の屋上から何気なくシャッターを切った風景の中に、
訳有りそうな男女の情事が写り込んだカットが有った。
供に家庭を持っているらしいその男女に興味を引かれた彼女は好奇心に駆られ、
カメラを片手にその女性の後を追いシャッターを切り続ける。
そんな彼女を「悪趣味だ」と叱るカメラマンの姉だったが、
何故か彼女が追い続ける女性の後ろに、その姉の姿を発見する・・・・

一見サイコスリラー的なストーリーで有るが、主題は猟奇的な謎解きではなく、
様々な欲望や思惑に突き動かされる人間性の描写に有る。
勿論解き明かされる謎を巡るスリリングな展開も興味深い所なのだが、
その背景に潜む深い人間考察がまた別の「台北」と云う大都市を象徴している様だ。
ただ例によって乏しい語学力故に細部まで理解出来ていないきらいは有る。
そんな訳で現地でこの映画のノヴェライズ本が売っていたので買って来たが、
これまた中々難しそうな内容でパラパラ捲るのみに留まっている体たらくだ。
面白いのが本書の巻末に所謂「袋とじ」の様な物が有って、
別に変な写真が載っている訳でなく、主役キャスト二人による写真や日記なのだが、
何気に「袋とじ」と云う発想が日本的で面白かった。
こちらも殆んどキャストの名前を知らなかったのだが、
謎めいた姉役の朱芷瑩と云う女優さんが中々に素敵だった。

Taipei04

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2010.04.10

「SARU」五十嵐大介/阿房列車・第二号

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さて最初は或る時期の「幻の作家」状態が嘘の様に精力的なリリースを続ける、
五十嵐大介の、なんと「書き下ろし」による最新作「SARU」の上巻。
4巻まで出ている前作の「海獣の子供」がジュブナイル的な作品だったのに対し、
今回は「魔女」を髣髴とさせるスケールの大きい伝奇物に成っている。
本書は作家の井坂幸太郎とのコラボレーションを謳っていて、
同時期に井坂が「SOSの猿」と云う似た様なモチーフの作品を発表しているが、
そちらは未読なので本書とどの位の関わりが有るのか解らない。
さてそのストーリーの方だが・・・・・

ロシアの永久凍土から温暖化によって、巨大な猿の様な化石が発掘された頃、
ペルーのリマにて、インカ帝国を滅亡させたフランシスコ・ピサロの遺体が、
そしてインドのゴアでは聖フランシスコ・ザビエルの遺体が行方不明に成る。
地下墳墓のカタコンベを歩き廻る骸骨、集団で人を襲うネズミの群れ、
日本人の奈々がフランスのアングレームにて、有る奇妙な事件で知り合った、
ブータンから来た僧侶のナムギャルは、黑魔術の力が強まっていると言う。
同じ頃バチカンから遣わされたエクソシスト(悪魔祓い師)カンディドは、
悪魔憑きと思われていた少女の口から奇妙な告白を聞く事になる。
少女に憑いた悪魔の名前を問うカンディドに対し不敵な笑み浮かべながら、
「お前たちは土地や時代により、俺を無数の名で勝手に呼び続けている」と、
それは「ハルマンタ」「トラロック」「ヘルメス」「トート」「ハヌマーン」、
そして「斉天大聖・孫悟空」と自ら名乗った。

世界中の神話に視られる「様々な姿で現れ、数多の能力に優れた 偉大な猿」。
猿なのか、もしくは猿に見える太古から存在する超常の存在はとは何者か?
カンディドはバチカン教皇省から世界の終末を招きかねない驚愕の事実を聞かされ、
その方策の為に憑かれた少女と供にアフガニスタンのバンシール渓谷に向かうが、
そこで出会ったのが過去の記憶を求めるナムギャルと同行した奈々だった。
だがその道行きを邪魔する様に現われる黑魔術に操られた悪しき存在。
彼らの行く手に待ち受けるのは・・・そして「猿」とは一体何なのか?

凄まじいスケールで展開されるストーリーにまず圧倒される訳だが、
それと同時にこんなに風呂敷を拡げといて果たして下巻で収束出来るのか?
と云う様な余計な心配がたってしまう壮大な話である。
本人は余り読んでいないと語る諸星大二郎に更に接近した様な世界観だ。
相変わらず正確なデッサンとボールペンによる擦れたペンタッチが素晴らしく、
そのデッサン力が荒唐無稽な世界観にグローバルな拡がりを与え、
描き込まれているのに淡く感じるペンタッチが作品の幻想性を高めている。
余りネタばれさせるのもアレなんでストーリーの紹介部分では書けなかったが、
「魔女」に於ける何処か海外の幻想小説を髣髴とさせる奇想な世界に比べて、
今回はかなり日本の伝奇作品の王道を行くベタな展開を見せてくれる。
伝奇物と云うのは或る種日本人が非常に好むストーリー世界であって、
菊池秀行や夢枕獏などの「新伝奇」物の隆盛以降は漫画でも多く取り上げられ、
それこそ無数の戦闘少女やら魔術使いが萌え画と供に生み出された訳だが、
基幹の話は良く出来ている物の、良く似たキャラによる良く似た戦闘に、
端から読む気を失う作品が個人的に多かったりしたのも確かである。
勿論ラストまで読んでいないので断定的な事は言えない訳だが、
多分この作品では、剣を持った美少女がパンチラしながら闘う所とか、
魔術師同士の華々しい魔術合戦などは無いと思う(有ったらスマソ)。
壮大ながら淡々と始まり、ストーリーに翻弄されるまま静謐に収束する・・・
そうあの古川日出男の「アラビア夜の種族」の様な興奮を今作には期待してしまう。
それが解るのは6月に出るらしい下巻が出てからの事・・・・

Comic06

さてもう1冊は一条裕子のコミカライズによる待望の「阿房列車」第二号。
独自の思考と無茶な論理で相変わらずの「王様」っぷりを発揮する百閒先生と、
そんな百閒先生を受け流したりムキに成ったりと自由なヒマラヤ山系君による、
観光でも無く所要でも無く、ただ単に鉄道に乗る事だけが目的の旅の第二弾。
今回は、盛岡から青森まで北の大地を目指す「東北本線阿房列車」。
青森から秋田、横黒線を往復して山形から仙台へ到る「奥羽本線阿房列車」。
降り積もる雪をただ単に観たいが為に新潟へ出掛ける「雪中新潟阿房列車」。
間髪いれずに似た様な目的で奥羽の横手に出掛ける「雪解横手阿房列車」。
山陽路を走る特別急行「かもめ」の処女運転に乗車する為に京都まで出掛け、
博多からお馴染みの八代まで行く「春光山陽特別阿房列車」の四本立ててある。

前回の「阿房列車」が中々世間に好評だったせいだろうか?
百閒先生の行く先々で記者などが談話を聞きに来たり写真を撮られたりと、
百閒先生の機嫌を損ねる(ところが面白い訳だが)場面が多々有ったりする。
他にも大きな駅では駅長などが必ず挨拶に伺いに来たりと、
当時の先生のVIP振りが垣間見えて中々面白い。
最も周りが騒ごうが持ち上げ様がそんな事は百閒先生には関係の無い事。
倣岸だったり小心だったり繊細だったり大雑把だったり実に自由である。
先生曰く「~汽車が走ったから遠くまで行き着き、又こっちへ走ったから、それに乗った私が帰って来ただけの事で、面白い話の種なんてない」と云う事だ。

確かに出掛けた先で観光する訳でも無いから紀行文的な興味は無いし、
特筆する様な事件等話の種など無いのだが、この無類の面白さは何なんだろう?
それは一条裕子によって漫画化される事で更に深まるキャラの異常な起ち方と、
意識せずとも作品から立ち昇ってくる抒情的な香りの高さに拠る物だろう。
今回も見開きで展開される場面の、鮮やかな旅情と郷愁が素晴らしい。
「東北本線」に於ける啄木の歌碑が小春の日向に浮かぶ渋民の場面、
「奥羽本線」に於ける雨に煙る山深い横黒線の紅葉のを描いた場面、
「雪解横手」に於ける立木の黒だけが目に付く白銀の世界を走る汽車の場面、
その帰郷の折、赤く大きな朝暾昇る地平線と真白き富士が輝く場面、
「山陽特別」に於ける特別急行の初運転に子供の如く手を振る国鉄職員達の場面、
他にも横手で蕎麦を立ち食いする男の丼の上に乗った黄身がキラリと光る所や、
帰郷した後シャツから煤煙の残り香を嗅ぐ部分など、
活字を追う時には気付かなかった叙情的で印象深い場面が、
コミカライズされる事によって更に際立って感じられる箇所か多々有った。
「山陽特別」の回で故郷の岡山に汽車が一時停車した折に、
幼馴染の友人が駅まで駆け付け御土産に好物の大手饅頭を差し入れる場面は、
その部分のみ幼馴染と百閒先生が少年姿で描かれていて、
故に爽やかな郷愁が余韻を残す漫画ならでは表現に成っていて素晴らしい。
文学のコミカライズとして理想的な実例の一つだと言えるだろう。

一人つっ込み一人ボケする百閒先生と受け流しつつボケ倒しもする山系君との、
スカし漫才の様な関係もますます拍車がかかっており、
酒の席に成ると途端に陽気に放歌する先生の豪快さも健在である。
作品の登場人物ではなく作者自体のキャラ化がここまで極まると云うのは、
まあ如何な物かと思わないでも無いが、ファニーな百閒も悪く無いものである。
こう成ると後一冊分で終ってしまうのが勿体無いような気がしてくる。
今度はどうだろう?「ノラや」辺りのコミカライズ等は・・・・

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2010.04.03

春に揃う鬼たち

Takesi00


番組の終了、そして最初のフィギュアが発売されてから丸4年、
とうとうS.I.C.シリーズに於いて「響鬼」の関東十一鬼が勢揃いした。
現在と同様に咲き誇る桜の下で最初の響鬼を撮影してここにアップした頃、
ここまでシリーズが続こうとは誰が予想したであろうか?
番組のOPで一瞬だけ映る本来設定上のみで存在する筈だった鬼達。
それらが想像力豊に立体化された時の驚きと喜びは相当の物だったが、
よもや、あのOPの場面がこの手で再現出来る様に成るとは・・・・
くどい様だが世の中何が有るか解らないと云う奴である。
と云う訳でSICに於ける響鬼シリーズをざっと振り返ってみよう。

Takesi08

正規の商品として世に出たのが(写って無い響鬼紅を含む)この五体。
しかし久し振りに出して来て並べてみて思ったが、可動範囲が実に狭い。
そらまあ単に動くだけと云う感じだった初期のクウガとかに比べれば段違いだが、
可動範囲が狭い上に金属製のアーマーが余りにもあっけなくポロポロと落ちる。
特に威吹鬼のアーマーの取れ方は異常。
SICは電王シリーズ以降買っていないのだが、この響鬼の頃の出来に比べると、
可動範囲と云い換装部分のスムーズさと云い隔世の感が有る。

Takesi04

次はリミテッド・エディションで発売された「裁鬼・弾鬼・鋭鬼」の三体セット。
今回同様、このゲスト鬼たちの立体化と発売には酷く驚かされた物だが、
それよりも何よりも発売当時、商品の余りの瞬殺振りには肝が冷えた。
別にあらゆる所を廻った訳では無いが、店舗に並んでいる所を見た事が無い。
後に何とか入手出来たが色んな意味で思いで深いアイテムである。
今回の四鬼の発売でオクでは再び値が上がったそうだが皆さん入手出来たろうか?

Takesi03

限定アイテムと言えば日本と香港のSIC展に於いて限定販売された、
響鬼と轟鬼のマジョーラ・カラー・バージョンがある。
響鬼の方は展覧会にて結構潤沢に商品が用意されていた様なのだが、
轟鬼の方は日本人だとホビー・ジャパンの誌上限定通販のみの入手なので大変だ。
マジョーラ・カラー・バージョンとは云え本来の鬼はマジョーラ・カラーな訳で、
限定版が本来の響鬼・轟鬼で正規販売版がSICバージョンと云う事に成る。
この透明のプラケースは中身が見えて非常にカッコいい物なのだが、
以降の限定版は経費削減の為か紙製の箱に入っているのがちょっと残念である。

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その紙製のBOXに入っているのがこれも誌上限定通販の「装甲響鬼・戦国版」だ。
ディスク・アニマルも装甲様に変わり、ごっつい装甲声刃が付属している。
この辺に成ってくると「SICのムック本で立体化された奴は皆商品化か?」
等と云う期待が否が応にも高まってくる怖ろしくマニア相手の商品である。

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で、本家のSICから派生したアイテムとして「極魂」と云う、
ダウンサイズしたSICの素体に遊び易い可動を加えた新商品が発表され、
その第1弾に「響鬼」がエントリーされた訳だが、その商品の宣伝も兼ねて、
ハイパー・ホビー・プラス誌の付録としてクリア・パープル版が付いて来た。
極魂は造形的にも可動的にも良いし、場所を取らない良い商品なのだが、
アイテムのラインナップが微妙と云うか選択がとっ散らかった感じで、
響鬼物に関しては、轟鬼・斬鬼が出てレギュラーの威吹鬼が出ずに終った。
後にイベント限定でリペイントである「響鬼紅」が出て、
そこに当初付属する筈だったディスク・アニマルも付いて来たりしたのだが、
このシリーズの響鬼物はそれで終了しそうな感じで残念である。

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で、その極魂のキャンペーンとして応募すると抽選で当るアイテムが、
この響鬼のクリア・カラー・バージョンであった。
極魂のキャンペーンなだけに小さい極魂が当るのかと思っていたら、
本家SICのクリア・バージョンの方だったと云う、面白いアイテムだ。
商品構成としては鬼爪の手が付いた位で、ディスクアニマルは付属していない。
足元にライティング等を仕込むと幻想的で中々良さげにディスプレイ出来そうだ。
それにしても極魂、「せめて極魂ででも関東十一鬼揃えてくれないかねぇ」
等と知り合いと話していたりしたのだが、何と本家での登場と成った訳である。

Takesi06

さて上がそのネット限定受注生産の「関東十一鬼~揃う精鋭」である。
SICで四体セットと云うと「ハカイダー四人衆」以来だろうか?
四体セットと云う事でとにかくデカい、ハカイダーに比べてもかなり横が長い。
箱の上にプリントされたプラ製の透明なスリーヴケースの様な物が付いていて、
パッケ裏にプリントされた十一鬼集合写真の各鬼の名前の部分が、
透明ケースを取り去ると四鬼の名前だけ残ると云う洒落た造りに成っている。

Takesi07

鬼の造型に関してはSICムック本で登場した造型をほぼ踏襲している。
蛮鬼にはそれぞれが分離する四弦と六弦のダブルネック音撃弦「刀弦響」が、
勝鬼には巨大な音撃管「台風」と差し替えでカギ爪の「風牙」が、
剛鬼には二揃えの棍棒状のごっつい音撃棒「金剛」が、
そして闘鬼にはマタギを意識したライフル銃型の音撃管「嵐」だけではなく、
立体化の時に造型師が付け加えた、鉈と酒筒にそのフォルダーまで付いている。
付属のディスク・アニマルもそれぞれ違った編成に成っていて芸が細かい。
反面、勝鬼の立体化時に付けられていたディスク手裏剣だとか、
剛鬼の右腕に巻き付いていた鎖などは省略されている。
闘鬼の肩の突起が付いたアーマーは再現されているが膝や腿の方は未再現で、
蛮鬼の肩と膝にモールドされたスカル柄はどちらも未再現に成っていた。
まあ細かい差異は有るが商品としては良くぞここまでの再現度で文句は無い。
気に成るのは一部ペイントの荒さである、特に顔の隈取りの着色が酷く荒い。
かつて中国の下請け着色工場はかなり高い技術力を誇っていたが、
特にバンダイ製品の着色は(前から結構言われていたが)かなり落ちている様だ。

さてここまで徹底して商品化されると期待してしまうのが残るアイテム、
女性素体の「朱鬼」、名前のみが登場しただけの「吹雪鬼」、
そして「ディケイド」登場時は威吹鬼と見分けが付かなかったが「あきら変身体」、
そしてこちらは実現度が高そうな「京介変身体」の四体だろうか・・・
「毒喰わば皿まで」?と云う例えも何だが、この際最後までやって欲しい物だ。
こうなればこっちも最後まで付き合うのみだし・・・・

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