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2010.10.30

暗黒の畸型王AUTO-MOD再び

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随分前に成るが、同世代の音楽ファンの知り合いと話している時に、
「所で最近出て来たゴスロリってどうよ?」と聞いた事がある。
その時の彼の返答が「あぁ・・・なんかポジパンみたいな奴?」で、
こちらも似た様な感想だったのでお互い笑い合った事を思い出す。

「ポジパン」=「ポジティヴ・パンク」。
今では殆ど使われる事も無くなった時代の徒花的なジャンルの一つである。
ポジパンは大体82年から83年頃に英国で起ったムーブメントの総称で、
得てして勝手にメディアが括ったジャンル全般に言える事だが、
音楽的傾向やスタイルに明確な定義の様な物は無い。
敢えて言えばニューウェーブ/ネオ・サイケ通過後のサウンドで、
暗黒的な世界観をビジュアル重視で表現していると云う所か。
代表的な所では、「Alien Sex Fiend」「Sex Gang Children」「Virgin Prunes」
「New Model Army」「The Southern Death Cult」等々で、
同じ様に括られがちだが既にデビューし、華々しく活躍していた「Bauhaus」や、
後に名声を獲得する「The Cure」等は当時そう呼ばれていなかった気がする。
後に与えた影響を考えると少なからぬ物も有った気がするポジパンだが、
情報量の少なさ故に当時でも一部のマニア支持する様な状況だった。

所がここ日本で、当時その動きに触発されたシーンが花開いているのだ。
その中心に居たのが今回の主役である、ジュネさん率いる「AUTO-MOD」であり、
その手のバンドを集めて主催されたイベントの名前が「時の葬列」である。
今回のCDのブックレットに載っているジュネさんのインタビューを読めば解るが、
Auto-Modと云うバンド自体はポジパン以前に存在しているし、
中心人物のジュネさんに至っては更にそれ以前から活躍している人だ。
つまりポジパン的な要素を含んだAuto-Modの主催するイベントに、
英国のシーンに呼応したバンドが集まりシーンが形成されたと云う感じだろうか。

ハードコア界隈の「GreatPunkHits」や「ハードコア不法集会」に相当する物が、
Auto-Mod主催のギグの名を冠した、SMSから出た「時の葬列」と云うLPで、
他に「Madame Edwarda」「Sadie Sads」「G-Schmitt」の計4組が参加している。
多分この中で一番ポジパンを意識したバンドは「マダム・エドワルダ」で、
VoのZinの耽美的なルックスの人気も有って当時かなり人気が有った。
バンド主催のギグ「ダンス・マカブル」やクラブ「ワルプルギス」でのDJ活動等に、
白塗りのゴス・ファッションのファンが集って一部で話題に成ったものだ。
その他に「パイディア」と云うバンドがポジパン要素を打ち出して人気だったが、
余り活発でない活動の後に解散してしまったのが惜しまれる。
サディ・サッズはメンバーにスライドとエフェクト担当者が居るので解る様に、
ステージの総合的なパフォーマンスで魅せて行く様なバンドで、
メタル・パーカッションがノイジーに響く実に先鋭的な音のバンドだった。
ノーブルな美女Syokoをフロントに擁したG-シュミッツは、
特に奇異なメイクも無くオーソドックスなニューウェーブ・サウンドを聴かせた。
Syokoは後にソロで、かの久石譲と組んだ作品なんかも発表していたっけな。
(余談だがこの「時の葬列」、i-TuneStoreで全曲配信されていたりして驚く。
興味を持った方はi-TuneStoreでDLしてみては如何だろうか?)

Auto03

さて本題のAuto-Modの方に戻ろう。
日本のインディーズ・シーンの初期に活躍したテレグラフ・レコードの諸作が、
9月からまとめて再発されていて、その中にAuto-Modの音源も含まれていた。
で、今回取り上げるのが「Telegraph Singles」と「Requiem」の二枚。
名盤の誉れ高き「Requiem」は過去に何度かCD済みなのは当然なのだが、
「Telegraph Singles」収録のシングル曲に関しては多分初CD化だと思うし、
個人的にもジャケは見た事有る物の、音自体を聴いたのは初めてだった。
「Telegraph Singles」にはテレグラフ・レコードから出た三枚のシングル、
1st「LOVE GENERATION」(81年4月)、2nd「LAST PUNK HERO」(81年10月)、
3rd「遠い声」(83年1月)の収録曲全7曲がコンパイルされている。
ジャケがシャーロット・ランプリングの「愛の嵐」を意識したっぽい、
1stシングルのジャケの別バージョンを使っている所がシブい。
さてその収録曲だが、変な話どんな音が鳴っていても結局の所、
ジュネさんのあの独特な芝居掛かった声が乗るとAuto-Mod以外の何物でも無い。
妙に昭和のやさぐれ歌謡テイストが濃厚な1stシングル収録曲。
鍵盤の音や打ち込みのリズムが懐かし過ぎるダンサブルNWな2ndシングル収録曲。
出だしが一瞬JoyDivisionを彷彿とさせる後のAuto-Mod的イメージに近づいて来た、
3rdシングルには何とあのMoonDancerの厚見玲衣が参加というから驚く。

Auto04

そしてAuto-Modの記念すべき1stアルバムが「滅びゆく時代へのレクイエム」だ。
GとDsにBOΦWYの布袋寅泰と高橋まこと、そしてBが後のPersonzへ行く渡辺貢、
Saxに長嶋弁蔵と言うラインナップの凄さからもその内容は伺える。
余談だが個人的に布袋寅泰の存在を最初に知ったのはAuto-Modからで、
Auto-Modの布袋がやっているバンドとしてBOΦWYを聴いてみたりしたし、
当時は明らかにAuto-Modの一員としての方が知られていた感じだった。
このアルバムを聴いたのはメジャーからの1st「デストピア」が出た後の事で、
何せ聴こうにもその頃には既にアルバム自体入手困難な状況だった訳である。
曲の合間に劇団員の雰囲気たっぷりな台詞が挿入される「デストピア」は、
テンションの高さよりも無機的な整合感が優先された様なクールな音に成っていて、
一時代前のアングラ演劇と暗黒ニューウェーブの融合が面白かったのだが、
ようやくダビングして貰った「Requiem」を聴いてその違いに驚いた。
ライブ録音と云う事も有るが、打って変わって肉感的な熱い演奏が聴けるのだ。
特に驚いたのが時代を超えてリメイクされ続ける名曲「レクイエム」である。
躍動的なリズム、ソリッドなギターのカッティング・リフ、火を吹くブロウ、
特にノイジーにメロディアスに歌い上げる布袋の冴え渡るギター・ワークと、
フックの有る鋭いブロウを効かせる長嶋のSaxの渡り合いは凄まじい。
そして寺山修司の如く現実と虚構の逆転に祝福を与えるジュネさんのアジテートは、
オーバーダブされたSEやエフェクトに重ねられて更に扇情的に響く。
Auto-Mod解散後に組まれた「ジュネティック・ヴードゥー」に於いて演奏された、
メタル・テイストな「レクイエム」も良かったがやはり原点はここだろう!
自らを葬る為に開催された「時の葬列最終夜」にて歴史を閉じたAuto-Modだが、
97年に復活し今やゴスの帝王として再び闇の世界に君臨している。
そして来月の24日にはニューアルバムの「Celebration」が発売される。
そこには何と「Requiem 2010」なる曲も収録されている様だ。
二十一世紀の「レクイエム」・・・凄ぇなぁ・・・ジュネさん・・・

ちなみにこのテレグラフの再発CDにはジュネさんの最新インタビューが載っていて、
ジュネさん自身がAuto-Mod以前からの事を語っているのだが、
これがもう非常に面白い、ジュネさんの人間力と云うか生き様が面白いのだ。
ジュネさんと言えば当時から異常にやんちゃな行動で有名な人で、
かのグールのマサミさんまでもその尻を拭っていたらしい人なのだが、
それに魅かれて集まってくる有名無名の人間たちの姿もまた面白い。
ファミリーツリーを作ればかなり幅広い所まで枝葉を広げるのではなかろうか?
布袋と決裂した原因ってのも嘘か本当か、スゲエくだらない話しだしなぁ。
今度是非、吉田豪辺りにインタビューさせて半生記でも出さんかなぁ・・・

Auto02
         昔懐かしい当時のフライヤー

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2010.10.23

CDの価格破壊を実感する品々

「CDが売れない」と云う話は実に良く聞く話だが、
未だに閑に成るとCD屋に出掛け、あまつさえ中古品等も漁っている様な、
消費社会の末端に居る人間にはさほど実感の無い話だったりする。
確かに昔通ったメガショップが閉店してしまったり、
なじみの中古屋等が無くなったりと寂しい思いをする事も多いが、
そもそも馬鹿売れする類の音楽を主に聴いていた訳ではないので、
パッケージとメディアを変えて何度も売り出される往年の名盤の数々に、
逆に「また出すんかい!!」と慄く事の方が多かったりもする。

Cd01

しかし売れなくなったからCDの価格破壊が進んでいるんだろうな、
と実感する様な場面は非常に多くなって来た。
最初にショップで度肝を抜かれたのが、ジャズをその生涯で体現する巨人、
マイルス・デイヴィスのCD10枚組みBOX「Just Squeeze Me」である。
そもそも昔から版権の危ういBOXセットと言うのは良く有った物だが、
大概、収録されたマテリアルを見て「あ~これ要らね」的な物が多かったのだが、
これは何と50年の「クールの誕生」(これは3曲のみだが)から、
Prestigeに残した有名なマラソン・セッションから発生した諸作、
そしてジャンキー生活からの脱却時にBluenoteに残した2枚の作品、
更にはメジャーのColumbiaから出された名盤「‘Round About Midnight」まで、
「Kind Of Blue」でモード化する以前のHardBopperなマイルスの名演が、
ぎゅっと10枚に凝縮された素晴らしい内容だったりするのだ。
これが何と1500円って云う価格破壊振りには唖然とさせられた。
箱の裏のクレジットを見ると出しているのはハンブルグの会社で、
これを契機にここが出した古いジャズやブルース等の箱物が大量に出回った。
ここの箱の難は収録曲が全部クレジットされていない所で、
そこが買う時に悩まされる部分なのだが、中身の音源は結構確かそうである。
個人的にここの箱で買ったのはマイルスとジョン・リー・フッカーの二つ。

Cd02

で、その次に驚かされたのが米国の有名な再発レーベルであるRhinoが手掛けた、
AtlanticやWarnerBrosの音源を5枚組みでコンパイルした箱物である。
これは七十年代のかなりメジャーなアーティストの名盤を集めていると言う事で、
衝撃が大きかったシリーズで、後に日本でも正規に発売された。
スリップケースにCDが紙ジャケに納められた体裁の箱なのだが、
紙ジャケと言っても日本製の様な精巧なミニチュアと言う訳ではなく、
単なるボール紙での再現でしかないのは残念だが出来はそんなに悪くは無い。
ここで最初に食い付いたのがAtlanticのソウル物の箱である。
特にダニー・ハサウェイの箱などはこれ1個で彼の作品を揃えられるお得な物で、
アレサ・フランクリンも彼女が一番レディ・ソウルだった時期の作品が揃う。
ただこのシリーズ全部が全部お得な内容と言う訳でもなく、
例えばキャロル・キングだと名盤の「つづれおり」が入って無かったりとか、
リトル・フィートなら1stはいいから「Time Loves A Hero」入れるべきだろ?
等など、まあ大人の理由で不満が残る内容も多かったりするのだが、
フォリナーなどは、この箱が有れば変なベスト盤など要らんだろう充実度である。
この内容で2500円と云うのは相当な価格破壊としか言えない。

Cd03

で、そのしばらく後に出たのがSony/BMGがColumbiaやAristaの音源を、
同じ様な紙ジャケ箱物5枚組みでまとめたシリーズだ。
こちらも中々素晴らしいセレクションに成っていて、
前者のシリーズにもコンパイルされているジェフ・ベックの箱に関しては、
ジェフ・ベック・グループの2枚に、不朽の名盤「Blow By Blow」「Wired」、
そして「With The Jan Hammer Group」まで入っている問答無用の内容だ。
個人的に嬉しかったのが孤高のテクニシャン、ジョン・マクラフリン率いる
鬼気迫るジャズ・ロック・コンボ、マハビシュヌ・オーケストラの箱だ。
ダビングした音源は持っているけど・・・と云うような方はこの機会に是非!
価格も同様に2500円である。

Cd04

このシリーズ正直どれだけの物が出ているのか正確に把握してないし、
体裁はほぼ同じなんだけど3枚組みで発売しているシリーズとか、
別の会社からモータウン・レーベルの奴が同じ様な体裁で出てたりとか、
ちょっと昨今流行のスタイルの様で全体的に解らない部分も多い。
基本輸入盤なだけに価格の方も店によってまちまちなので注意が必要だ。

そんな箱物以外でもかなり美味しい商品が価格破壊の対象に成っている。
タワレコで「千円生活」と云う名の元、輸入盤が千円で売られていて、
少し前の話題作から名盤等が千円ぽっきりで売られている。
基本知られた盤やメジャーな作品が多いのだが、中には驚くブツも有って、
知られざるサイケ/ガレージ・バンドの基本アイテムとでも云うべき、
レニー・ケイ編集の名コンピレーション・アルバム「Nuggets」が、
何とRhino謹製の紙ジャケで売られていたりとか、
サイケを語る時に外しては通れない、生きる伝説ロッキー・エリクソン率いる、
The 13th Floor Elevatorsの「The Psychedelic Sounds Of・・・」の、
ボートラが豊富に収録されたデジパック物が有ったりするから怖い。
ちなみに最近はAverage White Bandの2枚組みベストが千円だったりして、
余りの安さについつい買い込んでしまった。
こう云う阿呆がもっと多ければCDもまだまだ安泰だったろうになぁ・・・・

Cd05

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2010.10.16

「東京ポッド許可局」を読む

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非常に遅ればせながら、最近ポッドキャストを良く聴いている。
タクシーに乗った時とか、個人医院での待合室とかで耳にする位で、
普段の生活でラジオを聴く機会など殆ど無かったりしたのだが、
好きな時に繰り返し聴いて楽しめると云う利便性もあって、
試してみたら結構ハマってしまった感じだ。

聴く方にも便利であるが、配信する方にも便利なのがポッドキャストで、
簡単な機材とネット環境さえ有れば原則的に誰でも情報が配信出来る。
そう云う訳でメジャーからスポイルされてしまう様なインディな情報も、
試み次第では広く伝えて行ける面白さの有るポッドキャストな訳だが、
そう云う試みの一つの成果と言える様な面白い本が出版された。

「東京ポッド許可局」は、オフィス北野所属のマキタ・スポーツ、
サンキュー・タツオ、そしてプチ鹿島の三人が送るプログラムの書籍化である。
正直、個人的にこの三人の名前は誰一人知らなかったりしたのだが、
事務所の先輩格である水道橋博士が紹介していて興味を持ったと云う次第。
この本、平たく言えば「独特の視点で切り取られたメディア批評」と云う感じで、
特にお笑いの現場サイドから分析した芸人・芸能研究が絶妙に面白い。
博士の紹介で聴いた時は、芸能の現場では本来タブーとされていた、
「下っ端の芸人が売れている先輩芸人を批評する」と云う禁忌に、
恐れ知らずに挑戦した・・・と云う部分が強調されていたのだが、
そこまでスキャンダルな話は少なく芸能批評として上手くまとめている感じだ。
過去に配信したプログラムのリスト等を見るとヤバそうな奴も多く面白そうだが、
過去の配信は有料で聴けるらしく(通常の配信は勿論無料である)、
そちらで是非!と云う感じだろうか。

個人的に本書の中で一番面白いと云うか絶妙に腑に落ちたのが、
「矢沢永吉=ビートたけし:長渕剛=片岡鶴太郎」論である。
長渕剛の、どう考えても迷走しているとしか思えない空転振りに対し、
「かぶれやすい」と云う彼の性質を「物まね的」と解釈した部分も凄いが、
それを「矢沢永吉=ビートたけし」と云う存在と対比させて、
「片岡鶴太郎」と並べて語る部分は超絶的に巧みで膝を叩きまくりだった。
そう云う「芸風」だと言われれば、確かにそれはそれで「有り」だよな。

更に目から鱗なのが大学等で講義も行っていると言うサンキュー・タツオによる、
ネタの構成要素を分析し東西文化の違いから話芸の分岐に至る「すべらない話」論、
昨今の漫才ネタを数値化して分析すると云う労力に唖然とさせられる「手数」論、
ピン芸人の立場と「R-1グランプリ」の意味を論ずる「ピン芸人=素数」論。
この三本は実に読ませるしもっと突っ込んだ話が聞きたくなる素晴らしさだ。
特に「手数」論に於けるテクニカルな部分での分析が凄まじく、
意識的であれ無意識的であれ、芸人はここまで緻密にネタを構成しているのか!
と、素人的には驚かされる事必至の技術論が堪能できる。

対して、完璧すぎる=面白い「ドラリオン」編や「悪性エンターテイメント」論、
等は論旨に肯かされる部分は多い物の、特に独自の視点と言う感じでは無かったし、
「赤いスポーツカー」論に関しては終盤ちょっと焦点がぼやけた感じも有った。
まあ話があちこちへ飛ぶ様な三人で語るライブ感的な物も有る訳で、
焦点が絞り切れない部分もポッドキャスト的な面白さも有るんだろうとは思う。
ただ昨今の「泣ける映画」隆盛の風潮を「泣ける=ヌける」プレイに例えて、
風俗的に「涙腺プレイ」「排泄映画」と断ずる部分は実に上手いし、
個人的にも最近とみに涙腺が崩壊気味なので何かと肯く所の多い話だった。
その「涙腺プレイ」最高のテクニシャンとして紹介される武田鉄也の件も最高だ。

ちなみに本書には録り下ろしCDが付随していて三本の新ネタが収録されている。
これを聴くとやはり活字で発言を追う本書の形よりも本来の形であるべき、
三人のグダグダな語りが醸し出すグルーヴィさがキモだと言うのが良く解る。
「ハゲ」論などは多分活字にすると実にしまりの無い内容に成ると思うが、
間や合いの手、笑い声の醸し出す雰囲気が絶妙で実に面白く聴ける。
それから個人的に嬉しかったのが「とんねるず」論が聴けた事だ。
一般にメディアが芸人を語る時にその技術論的な部分に偏る傾向が有って、
それ故に技術論的に低く見られがちな「とんねるず」は、
或る意味、芸人論方向で言えば「語られざる大物」的な存在だったりするのだが、
その特異な存在をムーブメント性で語る内容にファンとして実に溜飲が下がった。
関西系のお笑いが全盛の昨今、最近の若いお笑いファンには、
凄まじい破壊力を持つとんねるずの存在の凄さが伝わっていない気がするが、
是非ともこの語りの一端からその伝説を感じ取って欲しい物だ。

と、云う訳で中々楽しませてくれるこの本だが、
関心を持った向きにはとりあえず大元のポットキャストから試してみるのも手だ。
「東京ポッド許可局」 http://www.voiceblog.jp/tokyo-pod/上のサイトから最新のポッドキャストが配信されている。

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        「東京ポッド許可局」局長と局員のみなさま。

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2010.10.09

畸人たちの宴~「諸国畸人伝」展

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先日、板橋美術館に「諸国畸人伝」展を観に行ってきた。

「諸国畸人伝」展と言っても内容が解り辛いタイトルでは有るが、
展覧会のリードコピーを丸写しさせてもらえば、
『 寛政2年(1790)、伴蒿蹊により著された「近世畸人伝」は、あらゆる階層の有名無名の人々の奇異な行状を伝える人物伝です。本展はそれに倣い、陸奥、常陸、信濃、江戸、駿河、京、大坂、土佐の諸国より、18世紀後半から19世紀前半にかけて活動した10人の絵師を選りすぐり、48件の作品を紹介することで、江戸時代絵画の多様性と面白さをお見せします。地元で大切にされたために中央で紹介される機会が少なく、一般にあまり知られていない絵師もいます。しかし、彼ら10人による強烈な表現力は、会場に驚愕の不協和音を響かせてくれることでしょう。』と言う事である。

平たく言えば辻惟雄の「奇想の系譜」に連なる絵画観とでも言うべき、
正統的な絵画史からは無視されて来た「無意識過剰」な江戸絵画の内でも、
更に地方に密着したマイナーリーグのエース級を集めて来た展覧会と云う感じか?
中には曾我蕭白の様な一枚看板の作品も出展されてはいるが、
一般的には蕭白以外はその名に殆ど馴染みの無い画家ばかりだと思う。
個人的にも蕭白以外だと絵金、白隠、中村芳中位しか馴染みの無い名前だったが、
結構唖然とさせられる隠し球が用意されていたりして新しい発見も有り、
「俺節」を高らかに歌い上げる江戸絵画の底知れぬ奥深さに慄然を禁じえなかった。
展覧会の入り口に入ると元ネタの「近世畸人伝」を意識したかの様に、
「畸人かわら版」と云うコーナーがあり、各画家に関する直接・間接的な、
畸人的エピソードが紹介され、それが上手いイントロダクションに成っている。
他にも絵に付けられた解説の後に、一言ぼやきの様な文が加えられており、
出展数は余り多く無いが一味違う展示の仕方が中々に好感持てる展覧会だった。

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           曾我蕭白の「群童遊戯図屏風」部分     

それでは出展作から印象に残った作品を幾つか取り上げよう。
まずは畸人軍の4番打者とでも云うべき曾我蕭白の「群童遊戯図屏風」から。
蕭白のこの手の屏風絵の傑作と言えば悪夢的な「群仙頭屏風」がお馴染みだが、
仙人と云うよりは妖怪の如きインパクトを与えるあの作品に比べると、
むちむちとした子供たちが群れ遊ぶ様は躍動感が有って微笑ましいし、
現在ではかなり剥離が進んでいる銀地の背景がやや地味な印象を与るだろう。
しかし細部に眼を凝らせば絶妙な違和感が忍び込んで来る所は如何にもで、
珠のような子供たちの中に虚けた表情の精薄っぽい存在がちらほら・・・
夕涼みがてら子供の手を引き歩く婦人の、妙に間延びした表情も何気に怖い。
何気に怖いと言えば祇園井特の描いた「美人図」も妙な違和感が有る。
多分これ、実際のモデルに対してかなりリアルで写実的なんだろうと思うのだが、
お陰で美人画の様式からかなり乖離してしまった所に妙な違和感が残るのだ。
違和感と言えば林十江の描く妙にギスギスした水墨画にも顕著である。
筆使いのラインがそのまま優美な身体の曲線と成る「鰻図」も独特な画題だが、
画面一杯に描かれた「蜻蛉図」の独特さと不安定感が凄まじい。
対して「十二支図」の漫画の如き兎は、打って変わって余りにもファニーだ。
狩野一信は「江戸に五百羅漢百幅が揃う寺院が無い事から五百羅漢図の制作を志し、
九十六幅まで描き上げて命尽き、残りは弟子が手がけて完了させた」
と言う様な逸話が紹介されていて、まあ簡素な仏画的な物を想像していたのだが、
蕭白ばりの濃厚で極彩色な或る意味サイケデリックな凄まじい物で、
こんなもん百枚近く描き続ければ寿命も縮まるわ!と云う極端な作品だった。
そして或る意味余りにもエクストリームな画世界なのが加藤信清の作品だ。
パッと観、普通の仏画に見えるが良く見ればそれらは総て文字で成り立っている。
つまりこの男の描く物、輪郭線のみならず着色部分も含めて総て経文の集積なのだ!
普通の画家の様に鳥獣草木を描くより、仏画を描く方が功徳に成るだろうし、
更に経文で仏画を描けば写経の徳も重ねられると言う事らしい。
そら・・・まあそうだろうが・・・だからって・・・なぁ・・・
ジョルジュ・スーラやポール・シニャック等の西洋の点描主義の作品に比べても、
ドッド一つ一つに意味が有る時点で加藤信清の勝ちだろう。(勝敗に意味は無い)

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       加藤信清「阿弥陀三尊図」部分拡大

しかし何と言っても個人的に一番観たかったのは「絵金」の作品である。
その出会いは既に忘れてしまったが、第一印象の凄まじさは今も記憶に残っている。
深く感銘を受けていた月岡芳年の残酷絵に近い感じが有る物の、
芳年よりプリミティブで、それ故に非常な暗黒度でもって迫って来る、
浮世絵云々と云うより見世物の看板絵に近い衝撃が有って夢中に成ったものだ。
今から二十年近く前、ちょっとしたきっかけで四国に出掛ける事に成り、
絵金が生まれ主に活動していた高知に寄って実物を見てみたいと思い立った。
当時はネット等も無く絵金に関しての情報は限られたわずかな物しか無く、
殆どの作品が個人蔵で盆の祭りの時にしか公開しない、と云う事も知らなかった。
結局その旅行では、高知で絵金の絵に巡り合えずに終わってしまったが、
現在は赤岡町に絵金の絵を収めた「絵金蔵」も出来たそうで、
機会が有れば是非、と願いつつも未だ果たせずにいた絵金との邂逅である。

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         絵金「伊達競阿国戯場 累」図

実際に目の当たりにする絵金の屏風絵、月並みな言い方だが迫力が桁違いだ。
ほぼ等身大と言っていい人物が繰り広げる芝居の一場面は迫り来る如き圧力で、
原色の毒々しい色使いは薄暗い照明の下に見事なまでに映えている。
平面で観ると一見パースが狂って見える奥行きも屏風絵で観ると違って感じられ、
中心で演じられる物語の他に一画面で複数の場を表している事が良く解る。
しかしこの画面に漲る濃厚な鉄錆臭い酸鼻極まる血の匂いはどうだ!
血飛沫の中を首が飛び、腕が転がり、鬼火が灯り、幽霊が笑うこの血みどろな世界。
これが揺れ動く蝋燭の明かりの元、野外で観覧されると云うんだから凄い。
蒸し暑い盆の夜に心胆寒からしめる何と素晴らしい見世物であろう!
これを間近で見れた事だけでも板橋まで出掛けた甲斐の有る絵金の屏風絵だった。

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2010.10.02

Girls Go Maniac! ~「けいおん!!」の侮れない音楽

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「祝!映画化」・・・と云う事で本放送は終わってしまった物の、
まだしばらくは愉しませてくれそうな「けいおん!」の話が続きます。

「社会現象」と云う言葉がどの位の規模の物を指すのか良く解らないが、
「けいおん!」も多分いち深夜アニメと云うレベルには収まらないほどに、
様々なメディアに取り上げられて来ている。
雑誌等に限って云えば所謂アニメ誌やヲタ雑誌などの主戦場メディアを除いても、
トレンディ関連の雑誌は言うに及ばず、「an an」等の女性誌でも取り上げられ、
何故か「ローリング・ストーン日本版」なんかのロック系の雑誌にも載り、
中でも表紙を含めて2号連続で掲載の「Cut」の力の入れ方は凄かった。
その「Cut」誌の特集でも顕著だったのが音楽方面からのアプローチである。
高校の軽音楽部が舞台というだけに番組に音楽的な要素は欠かせない部分で、
しかもそのクオリティが非常に高く、かつ商業的に成功した所が特徴であった。

Onk09

例えば「けいおん!」の二期のブルーレイ・ディスクの売り上げは、
ヲタ層に人気の有る他の作品と比べて特別突出している訳ではない。
しかしそれがCDと云う事に成ると、並みのJ-popアーティスト等及びもしない、
恐るべきチャート・リアクションを軒並み続けていたりするのだ。
つまりそれは次世代メディアを買い込む一定のディープな層以外に、
普通にJ-Pop等を聞いてる感覚のライト・ユーザー層が膨大に居ると云う事である。
番組内容と関係ないJ-Popアーティストのタイアップ主題歌は感心しない話だが、
それで育ってきた世代はアニメの主題歌に対する特別視が殆ど無いのだろう。
そう云う新しい層が躍進するアニソンの一つの原動力なのかも知れない。

「けいおん!」の楽曲には大きく分けて三つのパターンが有る。
一つ目は番組のオープニングとエンディングのテーマ曲。
二つ目は番組中で結成された「桜高軽音部」及び「放課後ティータイム」が、
作中で演奏する自作曲、と云う体裁で作られたナンバーの数々。
そして最後は各キャラの声優が歌うイメージソング集である。

では最初は正しく番組の顔とでも云うべきOP&ED曲なのであるが、
OPは番組の雰囲気を表したキャッチーでポップ極まりない賑やかな楽曲を、
唯役の豊崎愛生がテンション高く歌い上げると云うパターンで、
EDは一転プロモ的な映像に乗せソリッドでワイルドな「プロ」っぽい楽曲を、
澪役の日笠陽子が熱くクールに歌い上げると云うパターンに成っている。
きゃぴきゃぴしたOPとクールなEDが歌い手の性質と相まって好対照な訳だが、
スタッカート気味に語尾をしゃくり上げて歌う日笠の歌は非常にロック的で、
ソリッドな楽曲と供に完成度的には軒並み群を抜いた仕上がりに成っている。

Onk03

パーティ・ドレス姿で歌う映像も印象的な一期EDの「Don't Say "Lazy"」は、
サイバーなKeyが鳴り響くアップテンポなHR曲でソロも珍しくKeyが取っている。
そしてこの路線で続けるかと思いきや二期の1クール目のED曲「Listen!」は、
何とハモンド・オルガンが主導するスカ・リズムのモッド・ナンバー。
映像の方でもちゃんとハモンドB-3らしき楽器をを紬が弾いている所が見物だ。
まあ実際にスカと言ってもAメロだけでBメロからHR的な展開に移行するが、
とにかくハモンドが鳴っていると云うだけでオッサン方の心を鷲掴みだろう。
Aメロで絡み合う2本のギターのカッティングやドラムのオカズが中々カッコいい。
そして落涙必至のカッチョ良さに唸るのが2クール目の「NO, Thank You!」だ。
シン・リジィかアイアン・メイデンか!と言わんばかりな、
ツイン・ギターで奏でられるイントロの下降リフがスリリング極まりない訳だが、
Aメロでの色気の有る絡み方、Bメロの雄大に広がって行くメロディライン、
そして中間部はスローパートからソロへ向けノイジーにヘヴィに盛り上げ、
流麗なユニゾンで〆るツイン・ギターの構築度が半端無い素晴らしさである。
ワイルドながら情感を滲ませた日笠陽子の歌唱も実に素晴らしい一曲と成っている。

Onk02

だがこの番組が生み出した真に驚愕すべき前代未聞な一曲と言えば、
二期のOP曲「Go!Go!Maniac」に決まっているのである。
多少音楽に敏感な人間ならジャンルに関わらずこの音の凄さに気付く筈だし、
「Cut」誌でも散々この曲の凄まじさを記していた位で今更感はありありなのだが、
日本でしか生まれ様の無いこの奇形な音楽を語らずにはおれない。
とにかく総ての楽器が全部一緒に入ってくる出音のラウドさからして異常なのだが、
どしゃどしゃし過ぎて拍が取り難いDsに、グルーヴィに動きまくるベースライン、
主張激しいKeyに、キンキーなギターが絡み合って恐るべきノイジーさである。
なのにその上に天然でオートチューンな声質の豊崎愛生の歌が
凄まじいハイキーでもって弾丸の様な早口で言葉を撃ち込んで来るのである。
BPM的にはそうでない物の体感的には殆どグラインド・コア並みの疾走感で、
しかも曲中殆どテンポ・チェンジも無しに一気にハイテンションで駆け抜けて行く。
エクストリームにしてラウド、なのにファニーでポップってなんじゃこりゃ?
しかも映像見れば制服姿の可愛らしい小さな女子高生五人組が、
フェンダーだギブソンだののごっつい楽器持ってぐるぐる回ってたりする訳で、
こんなエクストリーム極まる楽曲、日本以外の何処からも出て来る筈無い。
しかもその曲がオリコンのチャートで1・2位を独占する訳である。
アニソンのオリコン・チャート首位奪取は勿論初の事だし、
女性歌手の1、2位独占は松田聖子以来26年振りと言う事だそうだ。
狂ってる、しかし素晴らしい!そして最高だ!!

Onk04

で、2クール目のOP曲である「Utauyo!Miracle」は先の「ゴーマニ」と
一期の「Cagayake!Girls」の特性を併せたような集大成的曲で、
スコーン!とエクストリームに狂っていながら何気に卒業の哀愁も漂っている様な、
ラウドな疾走感とファニーな温かさが分離しつつ共存するこれまた超絶な曲である。
ちなみに「けいおん!」の歌詞は、OP&ED供に曲に乗る言葉の流れ的な物より、
リズムとノリを重視したHipHop以降のリリック・マナーが使われていて、
それがRapでは無く歌として割とオーセンティックなロックに乗る所が面白い。
特に「ゴーマニ」や「Utauyo~」等では完全に詞の文節が無視されていて、
「お行儀悪かったらソーリ でもなりふりも構わずに」が
「お行儀悪かったらソーリでも なりふりも構わずに」と云う風に歌われ、
「放課後の おしゃべり 練習」が「放課後のおしゃべりれー んしゅう」と、
詞の意味の伝わりよりリズム感を重視して譜割されている所が興味深い。
この辺はかつて「はっぴいえんど」が登場して来た時に、
それまで日本の歌に無かった大瀧詠一の歌唱による譜割の違和感が、
その存在の新しさに繋がっていたと云う大瀧氏のインタビューを思い起こさせる。

Onk05

さて2つ目の劇中で演奏される「放課後ティータイム」の曲だが、
これはリアルに女子高生が演奏していると云う体裁で作られた曲だけに、
特にギミックにこだわった訳でもないシンプルで可愛い曲が多い。
大概原作にタイトルや歌詞だけ出て来た曲にメロディ等を付けているのだが、
作中で作詞してるのはクールで美人な外見の割りに乙女チックな詞を書く澪なので、
殆どネタの如きタイトルを上手く楽曲にしてあって感心する事頻りである。
特に素晴らしいのが最初に劇中曲としてシングル化された「ふわふわ時間」だろう。
律にかゆい思いをさせる為に作られた様なしょうもないタイトルと詞なのだが、
もう今や放課後ティータイムのアンセムとしか言えない名曲と化している。
特にハンドクラップから始まるギターのリフのキャッチャーさは素晴らしく、
ちょっとドゥービー・ブラザースの「チャイナ・グローブ」辺りを髣髴とさせて、
この曲にこのリフのカッコ良さは反則だろう!と云う出来の良さだ。
個人的にはシングルの澪Vo版がロックっぽいエッジが有って好きなのだが、
ギターソロはミニアルバムの「StudioMix」のバージョンがメロディアスで良い。
余談だが実質最終回だった番外編「訪問!」でのラストで、
梓が純や憂と一緒に演奏するドラム抜きの「ふわふわ時間」に乗せて、
校内を駆け巡り前庭でジャンプする4人の姿にはじわ~っと来ましたなぁ・・・

Onk06

そしてラストのイメージソングなのだが、
申し訳無いがこちらは殆ど聞いていなかったりするので何とも言えない。
ただ、イメージソングと云うか劇中歌と云う位置付けも有る、
桜高軽音部OGのさわ子先生が当時組んでた「DeathDevil」の楽曲の事を少々。
「DeathDevil」の「LOVE」は二期の十話「先生!」に出て来る楽曲で、
昔バリバリのメタルだった過去を封印したいさわ子先生が、
高校時代の友人の結婚式で再結成する「DeathDevil」への参加を拒むのだが、
ヘルプで入った唯たちの不甲斐ない演奏にキレてバンドに乱入し、
往年の姿そのままに当時のナンバーを演奏する場面で使われた曲である。
そこの場面がもう、かつてライブハウスとかに通っていた頃を思い出させる演出で、
カウントからツーバスの連打、逆光に浮かび上がるヘドバンするフロントの三人、
「IcedEarth」に似たバックドロップの感じと、もう懐かしいのなんのって。
一期の時に出た「DeathDevil」の「MaddyCandy」が割りとネタ的な曲だったのに、
今回の「LOVE」は正しく踏みっ放しのツーバスに、ザクザクしたギターリフと、
リズムの廻し方からして完全にスラッシュな楽曲でこれまた泣ける仕上がりなのだ。
もうこんな正統的なスラッシュがアニメ番組で聞けるだけでも最高である。
ちなみにギターは前作同様、元ガーゴイル~アニメタルの屍忌蛇だ!
ヴォルケイノの方はどうしたのか解らんが相変わらず良い仕事してる。

さて番組も終了してしまったが、10月の末には劇中歌のフルアルバムが出る。
勢いを持続したままアルバムがチャートで何処まで行けるのか楽しみである。
しかもこのアルバムには最終回で使われたと同様なカセットテープが付属する。
殆どの若いファンはこれで初めてカセットを買うってな事に成るんだろうな。
最後まで面白い事を考えるわ「けいおん!」は・・・・

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