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2011.02.26

諸星大二郎/「諸怪志異」集成刊行始まる!

Morobosi01


通好みなセレクションと行き届いたリ・イシュー加減で評判の・・・
ってまあライノとか音楽の再版専門レーベルの形容詞の如しだが、
お馴染み光文社から出ている「SIGNALコミック叢書」シリーズから、
個人的に非常に嬉しい諸星大二郎の「諸怪志異」集成の刊行が始まった。
「SIGNALコミック叢書」では以前ここでも取り上げた「海神記」上下巻、
巨人の神話や伝説を背景に一本の短剣が様々な人と時と場所を巡る「巨人譚」、
そして様々な形で出版された伝説の「マッドメン」の最終形態と銘された、
「MUDMEN-最終版」とコレクタブルな形での諸星の諸作の再版が続いているが、
今回も著者の監修による再構成による編集が愉しみである。

今回出版されたのは関連しない志怪物の短編を集めた「伝奇編」で、
3月に道士の五行先生とその弟子の阿鬼を主軸にした「阿鬼編」が、
そして成人した阿鬼が燕見鬼と名乗ってからの活躍を描く「燕見鬼編」と続く。
個人的に好きな、可愛い阿鬼と五行先生のコンビがまとめて読めるのは嬉しい。
他の諸作と同様、表紙・口絵・作者による解題は総て書き下ろしで、
雑誌掲載時の表紙等をを収めたコンプリート・イラストギャラリーに、
カラーページ部分を再現した「鮫人」、画やネームを一部改訂した「封神」と、
再版の鑑の様な手厚い仕事と仕様が実にニクい。
ちなみに「鮫人」は「私家版魚類図譜」に掲載されたシリーズ違いの作品だが、
それなら「巨人譚」に掲載された「阿嫦」と「星山記」の中国物二篇も、
コンプリートにこちらに収録して欲しかった所である。
「阿嫦」などは間違い無く志怪物に属する話だったりするし・・・・

収録作の中で思い出深いのはかなり初期の作品と成る「狗屠王」で、
割と美少女系の作品が多く載っていた雑誌にポツンと載っていた短編なのだが、
雑誌掲載時に読んだ時の、血の染みの如き異様な読後感が思い出される。
七十年代の香港ショウ・ブラザース映画の傑作「五毒」を彷彿とさせる「巫蠱」も、
実に陰惨でビザールな結末が何と言えぬ味わいの作品だ。
「五毒」は爬虫類を司る毒拳を習得した五人の若者の殺し合いを描く映画だが、
「巫蠱」は蠱毒を極めようとする4人が、師匠からその奥儀の伝授を巡り、
毒虫を使った呪術で競い合い殺し合うと云う実に毒々しい話で、
結末の意外さと更に陰惨な状況に嫌な気分に成る事うけ合いの傑作である。
「異界録」の人体がめくれて裏返る凄惨な死に様も素晴らしい描写で話も面白い。
まあ別にそんな陰鬱な話ばかりでなく、落語の如き味わいの「三呆誤計」や、
実際どこかに原典が有りそうな「小人怪」や「三山図」「毛家の怪」、
「山海経」のエピソードに有りそうな「山都」等、多彩な作品が揃っている。
収録作の中で個人的に一番面白いと思うのは最も初期の作品の「桃源記」だ。
「桃花源記」の著者である陶淵明・本人が桃源郷を行くと云う内容で、
楽園の如く描かれていた桃源郷が実は陰陽のバランスの悪い反世界であり、
陶淵明と供に旅をする従者の「潜」そして元軍人の「元亮」の正体と供に、
隠逸の境地を求める陶淵明の心の奥深くに踏み込んだ実に深い傑作である。
八十年の時点でここまで奥深く文学的な作品を描き上げる著者も異常だが、
こんな格調高い作品が「ヤングジャンプ」に掲載されていたと言うのも凄い。

しかし只でさえ読者を選ぶであろう中国物の、しかも地味な志怪物を、
ここまで書き続けて来ていると云うのは、実に天晴れな話である。
かく言う自分も「諸怪志異」シリーズを手に取ったのは割りと遅い方だ。
ガキの頃に読んだ「暗黒神話」も相当に難解な作品だったが、
その後の「孔子暗黒伝」には全く太刀打ちすら出来ずに挫折した思い出が有る。
勿論、諸星大二郎の諸作はどれを取っても難解な作品が多い訳だが、
時代設定や世界観に馴染みの薄い中国物は特に敷居が高く感じた物だ。
しかし後に幻想・怪奇小説の流れで「聊斎志異」や「捜神記」「剪燈新話」等の、
所謂中国の原典の翻訳物等を読んだ時に結構素直にその世界に没入出来たのは、
コミックにぽつぽつと収録された志怪物を読んでいた恩恵だろうと思う。
以降刊行が続くであろう「諸怪志怪」シリーズを楽しみに待ちたい。

Morobosi02


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2011.02.19

ドニー・イェン復活の狼煙を!

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             現地公開時のフライヤー

長い雌伏の時を得て、現在中華圏功夫映画の影帝として君臨する甄子丹、
その黄金期を飾る最近の傑作の数々が日本で公開されなく成ってから久しい。
日本ではその雌伏期の「新・ドラゴン危機一発」や「COOL」等が公開され、
日本でこそ甄子丹を応援して行こうと云う機運が有っただけに、
「マッハ」を意識した功夫が炸裂する殺伐とした「SPL/狼よ静かに死ね」、
香港の人気漫画の映画化作「かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート」以降、
主役を張り興行的にも成功している近来の作品が観れないのは寂しかった。
(まあ主役の一角と言う感じの「江山美人」は公開されたが)
が、ここに来てようやく日本での不遇な立場も改められそうである。
まずは甄子丹の名前を一躍高めた傑作「葉問」続編から始まり、
群像劇アクションの「十月圍城」(邦題は「孫文の義士団」)が4月に、
そして秘刀を背に組織に復讐を誓う「錦衣衛」(邦題は「処刑剣」)が5月と、
久し振りに甄子丹の正調・香港功夫映画が立て続けに観れそうである。

と云う訳で早速「葉問2」を観に行ってきた。
「葉問2」は邦題を「イップ・マン」と言い何故か続編が正編に成っていて、
「葉問」の方は「イップ・マン-序章」と云う位置付けに成るらしい。
どうしてこんな面倒な事に成っているのかと言えば、まあ政治的な配慮であろう。
「葉問」は日本占領下の中国が舞台であり、倒すべき敵は日本軍及び日本人だ。
長く亜細亜圏の映画を観て来た人間なら別段珍しい設定では無い訳だが、
件の反日デモ等の問題に絡めて映画会社がナーバスに成っている様である。
日本人として当然良い気分がしないのは当たり前なのだが、それはそれとして、
日本軍が過去にどう云う事をしてどう思われているのか知る事は必要な事だ。
勿論映画の中で描かれている事に誇張や大陸市場を意識しての改変は有る訳だが、
まずは映画作品としての評価が第一に有って、
作品を観れる状態に成った上でその背景への意見が有って然るべしだと思う。

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              「葉問2」台湾公開時の街頭広告

さてその「イップ・マン」だが映画を観ていて感じたのが、
李連杰が実在の武道家を演じた「霍元甲/SPIRIT」との共通点だ。
と云うか、近代・諸外国との軋轢に苦しむ動乱期中国の武術家を、
娯楽的要素を含めて作品化する場合の共通した要素と言えるのかも知れない。
「霍元甲」では白人の巨漢レスラーとの異種格闘技戦が描かれているが、
「イップ・マン」では白人ボクサーとの試合がクライマックスになっている。
脚技の無いボクシングと脚が使える功夫ではリーチの差が有りそうな物なのだが、
不公平な審判団の配慮で脚技が使えなくなると云う設定は中々上手い。
民族と中国武術の誇りを胸に、血塗れで闘うシーンには胸が熱くなるが、
展開的には「霍元甲」の方が見せ方が上手かった様な気がする。
本編には他にも拉致された弟子を助ける為に単身市場に出向いて、
ちょっとタイ映画っぽくもある乱雑でアクロバティックな乱闘シーンも有り、
それも中々だが、やはり白眉は中盤の洪金寶演じる洪師匠との一騎打ちだろう。
逆さに置かれた剣山の如き椅子の山に囲まれた不安定な円卓の上で、
線香が燃え尽きるまで闘って立ってれば合格と云う最高の舞台設定の元、
香港功夫映画の芳醇な歴史の上に積み上げられたアイデア満載の殺陣が光る。
重量感の割りに身軽な洪金寶の拳を、流麗な手技・脚技で捌いて行く甄子丹、
交わされる拳の重さ、息を呑む速さの脚捌き、ワイヤーによる軽快な飛翔、
完成された技術の美しさにうっとりと見惚れてしまう珠玉の戦闘シーンである。

貧困生活の中、身重の妻と息子に掛ける葉問の細やかな愛情、
負けない為の力に固着する若い弟子に身を持って武術の意味を説く師の思い、
前作での恩人だが現在では惨めに落魄した周清泉への慙愧の感情、
調子の良い金山找や如何にもトリックスターな鄭則士演じる警官等々、
アクション・シーン以外にも見所は多い、多いが・・・しかし、

やはり前作観てないと評価出来ない部分が余りにも多過ぎる!!
どう考えても前作有っての「葉問2」なのである。
頼むから早く前作を公開してくれ!と云う感じな訳だが、
「イップ・マン」公開時に入場者が5千人を突破すれば序章公開と云う約束が、
2月12日にめでたく果たされ「イップ・マン-序章」の公開が決まったらしい。
2月19日(土)より新宿武蔵野館にて早々と上映されるらしく嬉しい限りだ。

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              「葉問」公開時の気合の入った劇場広告

現地では4月後半に三国志の関羽を演じた「關雲長」が、
そして当初「片腕ドラゴン」のリメイクで、その主役だった王羽も出ると云う、
陳可辛監督、金城武や湯唯などと競演する「武侠」が夏休み時期の公開、
そして詳しい公開時期はまだ未定の超大作「西遊記之大閙天宮」にて、
孫悟空を演じると云うから今から楽しみでしょうがない。
甄子丹、ひいては愛すべき香港アクション映画の日本での復活を今こそ!

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2011.02.12

ニッポンの知られざる「秘境」と「穴」

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長崎の沖合いに浮かぶ無人島・端島、別名・軍艦島。
廃墟マニアならずともその異形な佇まいに心奪われる事間違い無しの場所だ。
2009年1月に「世界遺産暫定リスト」に加えられ4月には上陸ツアーも始まり、
現在では大人気の観光スポットとして定着しているらしい。
しかし廃墟ブームで再び脚光を浴びるまでその存在は知られざる物で、
その後も渡航手段の困難さも含めて正しく幻の聖地と言った時期が長かった。
最近奇しくもその幻の聖地時期に軍艦島への密航を綴った2冊の書籍が出た。
鹿取茂雄の「封印された日本の秘境」と西牟田靖の「ニッポンの穴紀行」だ。

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「封印された日本の秘境」は所謂、廃墟・秘境本の棚に置かれるが如き1冊で、
如何にもなタイトルとコンビニ臭がする装丁が非常に安っすい感じだが、
ネタに走り過ぎない内容は中々に真摯で好感の持てる1冊に成っている。
著者は他にも余りにも秘境な道路を走破する「酷道を走る」と云う本も出しており、
本職の休暇時にボロボロに成りつつ秘境を訪ね、わざわざ危険な方へと踏み出す、
そんなマニアとしての業や凄みも堪能出来るコクのある書籍である。
著者が軍艦島に密航したのは2003年の事でやはり渡航手段には苦労した様だ。
上陸時間は6時間、ツアーと違うのは崩壊寸前の建物の中に潜入出来る事で、
廃墟の外周を安全に観て廻るだけでもその凄さは味わえるだろうが、
やはり生活者の痕跡が垣間見える廃墟内部の探索はえも言われぬ物が有るだろう。
短い上陸時間の中、著者は買って来たおにぎりを廃墟を眺めつつ頬張る、
食事と言う普遍的な行為を通じ当時住んでいた人達に思いを馳せたかったそうだ、
そう云う好奇のみだけでは済まさない、著者の感覚が中々に真摯で好ましい。

そんな著者や秘境マニアたちの真摯な態度が伺えるのは「深沢峡」の章だ。
深沢峡は木曽川にある渓谷でかつては人気の有った観光スポットだったそうだが、
現在は道路も封鎖され一部が上流に出来たダムの為に水没、
ダムの嵩上げ計画が有る為に、いずれは完全に水没してしまうかもしれない所だ。
この深沢峡に残された観光旅館・伊佐松、廃屋としての佇まいも素晴らしいが、
深沢峡に取り付かれた仲間の秘境マニアが関係者にあたり丹念に来歴を調査、
それにより往時の観光地としての深沢峡と賑わっていた伊佐松が判明する件は、
中々にしみじみとした感慨を抱かせとても好感が持てる。
廃屋と言うと如何にも事件的な物、靈現象的な物を捏造するライターも多いが、
廃屋から土地や建物の記憶を綴り直して行く行為は実に素晴らしい。

他にも緑の山中にぽっかりと浮かぶ電車のホームがシュールな旧東青山駅、
場所柄絶対に楽しい気分で踏み込めない首都圏に近い穴場・青木ヶ原樹海、
何故そこまでやるんだ?と終いには笑える危険極まりない耶馬渓の断崖、
温泉の滝は迫力有る物の、有毒ガスがそこら辺で噴出する川原毛地獄等々、
日本は広いな!と感嘆させるお薦め出来ないスポット満載で愉しませてくれる。

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対して「ニッポンの穴紀行」は、亜細亜圏に拡がる日本の元・占領地を訪ね歩き、
痕跡とその後を綴った「僕の見た『大日本帝国』」を著した作者に拠る1冊で、
戦争や高度成長等に利用され尽くし、その後忘れ去られてしまった遺物を、
その残された「穴」から探って行こうとするルポルタージュ本である。
国立国会図書館の「穴」と云う、若干趣旨から反れる様な章も有ったりするが、
やや緩めだった企画が連載と供に筋が通って行く所が見れたりするのも興味深い。

さて本書に於ける軍艦島の記述は「はじめに」から始まる冒頭の一章目からで、
友人が撮って来た軍艦島の写真に魅せられ、企画の端緒が開かれた事が綴られる。
積年の思い叶って著者が軍艦島に密航したのは2008年の事で、
この時の上陸時間は何と1時間半!どんどん厳しくなって行く感じだが、
その半年後位に上陸ツアーが始まっている事を考えれば、さもありなんか?
島内探索に関しては時間的に「封印された~」より駆け足なのは致し方無いが、
書名の通り港に続く人道トンネルに侵入しているのは珍しい部分だろう。
その後島から戻った後に、かつて軍艦島で働いていたと云う老漁師を見付け、
島の話を聞こうとするが「仕事が有ったから行っただけ」と漁師の口は重い。
その沈黙は様々な捉え方が出来る訳だが、著者はその沈黙に対し、
国の政策により開発され、同様にあっさり打ち捨てられた軍艦島の来歴を重ねる。
その重い沈黙を歴史的遺構に語らせる事が続く本書のスタンスと成る訳だ。

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「新内隧道と狩勝隧道」「人形峠夜次南第2号抗」「黒部ダム」の三本は、
正に上記の様なスタンスに貫かれた骨太な記事に成っていて、
多くの人の命を費やし出来た場所だけに読後のやりきれなさもひとしおである。
特に「人形峠~」に於ける「ウラン平和利用ブーム」の不気味さは格別で、
「ウラン音頭」だの「ウラン野菜」だのはブラック・ジョークにも成らない。
まあ現在もマスコミに踊らされた良く解らない健康ブームは続いているが、
そうして日本人はまた幾つもの廃墟と底知れぬ穴を穿って行くのだろうか?
そして「諏訪之瀬島」「友ヶ島第3砲台跡」「糸数壕と山城本部壕」の三本は、
「僕の見た『大日本帝国』」とも共通する著者自身の批評が冴える章で、
戦争末期の無残としか言えない塹壕と云う「穴」を訪ねる沖縄と、
大阪湾に残る使われなかった砲台跡から戦争の意義を問う2本も力作だが、
ヒッピーが移り住んだトカラ列島の孤島が迎えた大資本によるリゾート開発と、
その後の姿を2009年の皆既日食に絡めて送る「諏訪之瀬島」の章が面白い。
1970年代のヤマハによるリゾート開発・ホテル経営とその失敗、
2000年代の近畿日本ツーリストの独占による皆既日食ツアーの不首尾、
その負の遺産をも利用してたくましく生きようとするかつてのヒッピー達の姿、
辿られる歴史は一様でなく、そこにほのかな希望を滲ませている所が興味深い。

この2冊アプローチは違う物の、どちらも忘れ去られる場所への思いに溢れている。
消え行く何かに思いを馳せるのは、何も遠方の秘境や穴に行かなくても良いのだ。
貴方のすぐ近くにも、見知らぬ秘境や忘れ去られた穴はきっと有るだろうから。

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2011.02.05

ボ・ハンソン、追悼の紙ジャケ化

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一般に「北欧」と言われてどう云うイメージを抱くかは様々だろうが、
音楽ファンにとっては一つの確立したシーンとしての印象がある。
北欧として挙げられる国は、ノルウェー・デンマーク・フィンランド等有るが、
古くからそのシーンの中核を担っているのはスウェーデンと言う事で間違いない。
そのスウェーデンが生んだ最大の世界的成功者は「ABBA」だろうし、
他にもポップシーンでは「A-Ha」や「Roxette」等も知られている。
メタルシーンでは「The Final Countdown」で世界中に知られる「EUROPE」を始め、
「北欧メタル」として日本でも人気の有るジャンルの一つに成っているし、
プログレシーンではロイネ・ストルス絡みの「Kaipa」「Flower Kings」、
クリムゾン直系の「Anglagard」や「Anekdoten」等の人気バンドも輩出している。
今回紹介するのはそんなスウェーデンの音楽シーンの先達と言える、
世界的な成功を最初に掴んだ不遇の天才「ボ・ハンソン」に付いてだ。

ボ・ハンソンに関しては昔からその名前と業績は聞いていた物の、
中々盤を目にする事が出来ず、生前に聴く機会が無くここまで来てしまった。
生前と云うのは、闘病中だったボ・ハンソン氏は昨年の4月24日に死去、
死因は不明だが、67歳と言う若さだったからその死が惜しまれる所である。
世界的な成功を手にするも、自身の隠者的な性格から表に出ようとせず、
徐々に低迷していった彼は八十年代半ばにシーンから姿を消してしまう。
が、近年は彼が最初に世に出たデュオ、ハンソン&カールソンの再編や、
業績の再評価もあり活動を再開させていただけに早い死が悔やまれる。
そして日本でも評価の高い初期の4作品が昨年末に紙ジャケCD化され、
ようやくスウェーデン・シーンの礎を築いた異才の業績に触れられる様に成った。

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ボ・ハンソンの名前を一躍世界に知らしめたのが、このソロ一作目に当たる、
J.R.R.トールキンの「指輪物語」をモチーフにした「Sagan Om Ringen」だ。
あらゆるシーンに広範な影響を与えた「指輪物語」をモチーフとした作品なら、
以前紹介したマンダラバンドの「魔石ウェンダーの伝説」とか、
(まああれは以前にも書いたがモチーフと言うよりインスパイアな訳だが)
「ロスロリアン」なんて曲も収録のアージェントの「Ring Of Hands」とか、
メタルではブラインド・ガーディアンの「Nightfall In Middle-Earth」等、
今に至るまで様々なアーティストが挑戦して来ている訳だが、
その最も初期の成果がボ・ハンソンのこの伝説的な作品であろう。
スウェーデン最初の独立系レコード会社サイレンスから出されたこの作品は、
本国で大ヒットを飛ばし、それを聞き付けた英国カリスマ・レーベルが接触、
ジャケを変更し「Music Inspired By Lord Of Ring」としてリリース、
英国のみならず米国のビルボードチャートにも載るヒットを記録する事になる。

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             本国盤「Sagan Om Ringen」のジャケット

例えば多くのミュージシャンによって織り成されるマンダラバンドの作品や、
映画音楽の如く激しく劇的なブラインド・ガーディアンの作品に較べれば、
ボ・ハンソンの「指輪物語」は淡々と牧歌的で起伏に乏しい様に感じるだろう。
しかし時代背景を考えれば、この作品がリリースされたのは未だ1970年である。
この時代に、ある種辺境の地と言えるスウェーデンに於いて数人のゲストを除き、
ほぼ1人で作り上げられた事を考えれば正しく驚異的と言える内容だ、
なにせあの「チュブラー・ベルズ」よりも尚3年も早い作品な訳である。
時代を感じさせるアシッド感溢れるサイケなオルガンに主導された音世界は、
時に疾走感を加えながらも終始夢見るような淡い色彩のまま進んで行く。
現代的なハリウッド・エンタメ要素を加味されたピーター・ジャクソンの、
「ロード・オブ・ザ・リング」3部作を想像すると確実に肩透かしを喰らうが、
この感じは瀬田貞二の訳による原作の「指輪物語」が持っていた、
あの懐かしいフォークロア風で夢幻的な淡い世界観と共通した物が有る。
そしてこのアシッド感覚と「指輪物語」の親和性の高さと云う所が、
何故世界中のヒッピーにこの話が受け入れられたかの答えに成っている如しだ。
ちなみにこれを聴いて思い出したのが、かのマーク・ボランのT-Rexの前身、
「Tyrannosaurus Rex」のドリーミーでアシッド感溢れるデビュー作。
何せボランの相方がスティーブ「ペリグリン」トゥックなだけに・・・
ジャケットはカリスマ盤のジェーン・ファーストによるシングル・ジャケで、
森でくつろぐトールキンの写真を使ったインサートも封入されている。

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そしてその成功の余波を受けて制作されたのが2作目の「Ur Trolkarlens Hatt」、
勿論カリスマでも「魔法使いの帽子-Magicians Hat」としてリリースされた。
ほぼ1人で創り上げた前作に較べると今作は多数のゲストが参加しており、
中でも同国を代表するプログレ・バンド、ケブネカイゼの参加が大きい。
初期はテクニカルなHRバンドだったが後にアフロ・パーカッションを加え、
リズミックなエスニック/トラッド色を増して行ったバンドなだけに、
彼らの色も加わって、今作は事にリズミカルでジャジーな色合いが光る。
元々あのファンキーな”Brother”Jack Macdufを聴いてオルガンに目覚め、
ジャジーなオルガン・デュオでデビューしているボ・ハンソンなだけに、
ジャズ的なアンサンブルはむしろルーツ的な物なのだろうが、
ジャケ画に沿った様なファンタジックな内容かと云うと少々首をひねる所だ。
今の耳で言えばアシッドと云うよりラウンジ的なモンドさも有ったりする。
とは言え、だから駄作だと言う事では更々無く、
妙な躍動感のある演奏に、例の淡く幻覚的な鍵盤のフレーズは独特で、
北欧ならではと云う感じの妙に哀愁のある土着的なメロディと相まって、
結局は「幻想的」としか表現出来ない世界観には不思議な感触が残る。
そんなリズミックなバッキングと奇妙な世界に魅かれる物が有ったのか、
HipHop系のアーティスト・FAT JOEが本作をサンプリング・ネタにしたそうだ。
それにしてもレアなネタを掘って来る事がDJの技量の一つとも言われるが、
流石にこれを掘って来るセンスには実に頭が下がる。
ちなみにカリスマ盤ではエディットされていた冒頭の「大きな街」が、
今CDではスウェーデン盤同様にオリジナルのロングサイズで収録されている。
更にそのエディット版もボートラと供に収録されているのも嬉しい。

この2作と供に発売されたのは更にシンセも導入した「屋根裏部屋の夢想」、
そして再びリチャード・アダムスの有名な児童小説をモチーフとした、
ニューエイジ色も漂う「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」である。
こちらは未だ未購入なので今回は取り上げてはいない。
まあ何にしろ忘れられていた異才の創り上げた幻覚的な世界を、
是非この機会に堪能していただきたい物だ。

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