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2011.03.26

拡散・深化する日本のメタルシーン

Cd01


日本が世界に誇るアバンギャルド・ブラック・メタル・バンド、
SIGHの3年振りの新作「Scenes From Hell」が面白い。
前作「Hangman's Hymn」はサウンド・ホリックから日本盤のリリースが有ったが、
今の所本作の日本盤リリースは無い様で輸入盤に頼るしか無い状況である。
はっきりしないが、昨年の初夏辺りにリリースされていた様で、
自分は昨年末に店頭で見付けて「出てたの?」って感じで購入した。
世界に誇る日本のバンドなのにこう云う状況はちょっと哀しい。

十年以上に渡る活動歴を誇るSIGHだが、個人的に最初に聴いたのは、
2001年にリリースされた5thアルバム「Imaginary Sonicscape」からで、
一筋縄で行かない複雑な展開と文字通りのプログレッシブな音像に、
ブラック・メタルと認識していた観念を揺さぶられ衝撃を受けた。
ちなみに例のドキュメント映画「METAL-Headbangar's Journey」DVD付属の、
特典ディスクに於ける日本人バンドマン・インタビューの中でも、
リーダーの川嶋未来の知的な語り口とメタルファン気質には特に好感が持てた。
元々SIGHは当初から世界規模のマーケットで活動する事を目指していて、
(と云うかあの頃はシーン自体がそもそも地下世界にしか無かった訳だが)
ファーストを、あのユーロニモス率いるDeathlinkSilenceから出している。
初期の頃こそノルウェーのシーンと共通したブラックな音を出していた様だが、
直にエンペラー辺りと通じるシンフォニック/プログレッシブな音を指向し、
「和」的な暗黒要素も加え独自の進化を遂げて行ったバンドである。
近年は重厚長大な路線から重厚ながらコンパクトで疾走感の有る音に変化し、
或る意味キャッチーで普通のメタル耳にも聴き易い音に成って来ているのだが、
練り込まれた音の断片は荘厳かつ実験的で聴く度に新たな発見がある。
そんな要素が更に磨き込まれた感じの新作なのである。

前作のヴェノムのカバー作から加入したMikannibal嬢とのVoの掛け合いに、
実にキャッチャーなGソロが繰り出される疾走感溢れる一曲目で掴みはOKだが、
ワーグナーの如き重厚な管楽器のアンサンブルが押し寄せる二曲目、
そして日本の軍歌を彷彿とさせる哀愁溢れる三曲目へと展開しまくる。
とにかく重厚な管楽隊と流麗な弦楽隊(勿論どちらも生楽器)が、
ブラストの上で踊りまくる様は狂躁的なまでに美しく狂騒的である。
その極みが五曲目で、葬送曲の如きイントロからやがて弦楽隊が加わり、
壮大でシンフォニックな曲調に哀愁の有るメロディが絡む印象的な一曲だ。
フリーキーなSaxソロが世紀末的な様相を見せるインパクト大な六曲目を挟み、
正統的なメタルの血筋を感じさせるGソロを含んだ疾走感が気持ち良い七曲目、
そして最もオーセンティックな曲調のナンバーで一幕の饗宴を締め括る。

Cd04

いやーそれにしても面白い。実に独特の進化を遂げた物である。
「プログレッシブ」と名乗っている連中以上にプログレッシブな音だし、
メロディアスな部分がエクストリームな部分と乖離していない所も素晴らしい。
元Psychic TV、現Current93のDavid Tibetの朗読も殺伐とした世界観に彩を添える。
そして元ProvidenceのMikannibal嬢(Vo/Sax)のセクシーでビザールな存在感も、
音・視覚両面に於いてかなりのインパクトを持って世界中で受け入れられるだろう。
と云うか既にバンドのビジュアルの重要な部分を彼女が担っている状態で、
以前に比べ宣材写真が格段に垢抜けた印象に成っていて笑う。
そんなSIGHの今後の更なる進化と展開に期待したい所だ。

さてSIGHも従来のメタル・メディアとは違う場所に位置するバンドだが、
それ以外にもメディアがフォローし切れていないメタル的なシーンが有る。
最近では海外での評価と供に逆輸入的にその存在を認識されて来た、
Dir En Grey等も含めた日本独自進化のビジュアル系(元も含む)バンド群。
そして更に内実が複雑な所謂「同人系」メタル群などである。
バンドの形態をしており、独特な装飾やメイクを取り払い音だけ聴けば、
充分にメタルの要素を含んでいるビジュアル系はまだ解り易いのだが、
独特のマーケットと宅録プロジェクト的要素が強い同人系に成ると、
その全体像を把握するのはメディアでなくとも非常に困難な存在である。
門外漢ならまず手に取る事さえ躊躇しそうな所謂「萌え」系なジャケと、
既存の音楽を無邪気にパスティーシュして行くが如き姿勢に、
原理主義的なメタルファンなら取りあえず無視したく成る姿勢も良く解る。
同人系の創作物と言えばメジャーなメタル誌にも取り上げられて話題に成った、
RPG的世界観の個人プロジェクトDragon Guardian辺りが有名だが、
活発なのは「上海アリス幻樂団」による「東方Project」の二次創作物であり、
「東方アレンジ」と呼ばれる楽曲のメタル・アレンジ物が盛んである。
(「東方Project」に関しては個人的に殆ど詳しくないし、
解説すると非常に長く成ってしまうので検索して貰えると有り難いです。)
元テラ・ローザのKey、岡垣なども東方の二次創作作品を出していたりするし、
Lightningや坂本英三のバックでも活躍するIron-Chino率いるIronAttack等、
プロ・アマ問わずメタルだけでも様々なジャンルのプロジェクトが存在するが、
中でもメタル耳的に外せないのがUnlucky Morpheusと云うプロジェクトである。
で、そのUnlucky MorpheusとDragon Guardianに共通する要素と云うのが、
一人の実にインパクトの有るファニーな女性ボーカリストを擁していると云う事。

Cd03

とにかくそのボーカリスト、Fuki嬢の歌声の存在感は素晴らしく絶大だ。
声質は所謂アニメ声と云う奴なんだろうが、J-Pop的なウィスパーさでは無く、
中心に細いながらも鋼の芯が入ったが如きロック的な強度の歌声で有り、
技巧的にはまだ発展途上の段階だが、曲調により使い分ける歌唱は多彩である。
まあとにかくメロ・スピ系の爆走するパッセージの上で自在に舞い踊る、
Fuki嬢の伸びの有るキャッチー極まりないハイトーンのインパクトは凄まじく、
声のキャラクターと言う事では圧倒的なまでの存在感を示していて、
多分この日本でしか現われ得ない歌声として世界に誇れる物が有り、
メロ・スピ系のクリエイターなら一度は使いたいのも解るボーカリストである。
ちょっと記憶の方が薄いのだが、Fuki嬢が何かの雑誌のインタビューにて、
影響受けたのが陰陽座のVoの黒猫だったと言う話を目にした事が有るのだが、
確かに黒猫の歌唱を最初に聴いた時のインパクトに近い物が有った。
(しかし陰陽座と言えば個人的にはまだまだ最近のバンドの様な気もするが、
既に陰陽座に影響受けた世代が出て来る様に成るとは・・・隔世の感がある)

その彼女が本業(でいいのか?)で動かしているのが、
Light Bringerと云うバンドでその最新シングルが「BurndO7」である。
Light Bringerは2本のギターとキーボードを含んだ6人組のバンドで、
同人系のプロジェクトがある種のマニア向け志向なのに対し、
こちらはよりメインストリームなJ-Popに近い感触のメロディアスなバンドである。
ちなみにこの意味不明なタイトルは、シングル曲の歌詞のモチーフと成った、
江戸時代の有名な事件「八百屋お七」から来ているそうな。
だからと言ってサウンドに「和」的な要素が混入していると言う訳ではなく、
疾走するメロディアスな2本のGにKeyのクラシカルな響きが重なるサウンドに、
切々と訴え掛ける表情豊かなFuki嬢のハイトーンが熱く絡む好曲に成っている。
今作にはメンバーが選んだ3曲のカバー曲が収録されていて、
GのKazuがメインVoを取るMrBIGのバラード「Just Take My Heart」、
ジュディマリの「motto」、そしてアルカトラスの「God Blessed Video」だ。
個人的には「God Blessed~」はサビ部分を原曲通り歌って欲しかった所だが、
何気にファニーで爽やかな楽曲に成っている所が面白かった。
ジュディマリは今後のバンドの可能性も垣間見えそうで中々に興味深い。
メタル的であると云う事にバンドがどれだけ拘りが有るのかは解らないが、
若いのに中々優れたアレンジ力の有るバンドなだけに、
Fuki嬢の声質を最大限利用してこう云う方向へ行くのも有りな所だろう。

Cd02

と云う訳で未だメインストリームでは無い物の、メタル的な音を持ったバンドは、
一見接触の無いそれぞれのフィールドに於いて活発に活動している。
遂に某専門誌のポスターをも飾った人気爆発なアゲ嬢メタルのAldiosを中心に、
内実は様々な音楽性のバンドがひしめく注目度の高い「嬢メタル」界隈、
海外のスラッシュ復興シーンと連動する地下世界の新興スラッシュ・バンド群、
世界と繋がるエクストリーム・バンド界隈、奇妙な進化を遂げる同人系界隈と、
どう考えてもそれぞれのファン層やバンド同士は隔絶していながら、
奏でる音楽の源泉は同じ所に有ると云う不思議な状況が続いている。
狭い音楽が部外者には理解出来ない形でセグメント化して行くと言うのは、
メタル界隈に限らず良く見られる現象では有るが、
そう云う拡散して行く状況がまた面白かったりするのも確かな訳で、
今後もこの混沌としたシーンを見守って行きたい所である。

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2011.03.19

雑記

Rakan01


まず最初に、今回の地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。


多分殆どの人間が体験した事無いであろう凄まじい横揺れに翻弄されながら、
「あ、これは終わったかもしれん・・・」と云う考えが頭を過った。
あれから一週間・・・・取りあえずは終わらずに生きている。

と云うか身の周りにも人的な被害は殆ど無くて良かったのだが、
多分「断捨離」等と言う言葉とは無縁の蒐集癖の有る皆様は同様だろうが、
地震による崩落で部屋が物で埋まってしまった。
まあ積み上げた山の自然崩壊と云うのは今までも何度か有り、
その度に崩壊に強い山の積み方を学習し、懲りずに山を積み上げて来たのだが、
流石にあの地震に対してそう云う小手先の工夫等は全く意味も為さず、
その上更に本来崩れないであろう所まで崩壊してくれて、
部屋がミルフィーユ状態に積み重なった物の層で満遍なく埋まった。
その後、苦労して崩落した部屋に僅かな獣道を開削して行き、
物に埋まった財布だのi-podなど身の周りの物を発掘していったが、
とにかく寝床も埋まっている状態で、未だに自分の寝床で寝れない状況である。

長年掛けて積み重なって来た部屋の地層を元に戻すのは不可能に近いが、
まあ無造作に物を積んで行くだけならそれほど苦労は無い。
しかし未だに続く余震の事を考えると恐ろしくてとても無造作には積めない。
とは言え何時までも寝床を物の仮置き場にしておける訳でもなく、
粛々と選別作業と積み直しを続けている様な状態である。
しかしまあ改めて、良くこれだけの物が部屋に積んであった物だと呆れる。
阿呆である、阿呆以外の何物でも無い。

そう云えば、周囲でも良く聞くし自分も今回強く思ったのは、
センセーショナルで大局的な事ばかり流しているテレビ番組よりも、
ラジオ、特にAM放送がやっぱり面白くそしてかなり役にたったと言う事だ。
元々ここ最近Podcastでラジオ番組を聴く事が愉しみに成っていたのだが、
地震後に、良く聴いている「小島慶子のキラキラ」の放送が気に成って、
古いラジオを出して来てリアルタイムで聴いていたりしたのだが、
大局的ではなく個人的に知りたい情報が聴けて実に役に立った。
何時も以上にキリッとした小島慶子の語り口は鋭くも優しく、
各週のパーソナリティの何時もとは違う真摯な姿勢にも元気付けられた。
そうそう、Podcastと言えば「東京ポッド許可局」の、
地震のすぐ後に配信された「緊急放送」には実に感心した。
ああ云う姿勢は素晴らしいし、その意見には全面的に賛同する所である。

と云う訳で、ブログに書こうと思っていたマテリアルも現在発掘中である。
来週位には通常営業出来そうな感じだろうか?
そんな感じで今回は個人的なつまらない話で失礼をば。

Rakan02


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2011.03.05

功夫映画とヲタ本から伺う日中関係

Blo02


と云う訳で待望の「葉問/イップ・マン序章」を観に行ってきた。
上映2週目にして1日3回と云うタイム・テーブルが少々アレだが、
まあ何にしろ日本のスクリーンで観れると云うのは非常に嬉しい。

結論から言えば「技」「気迫」そして「品位」のバランスが取れた、
現在の所、甄子丹・功夫映画の頂点に位置する作品なのは疑う所無しだ。
「葉問2」の時にも散々書いた様に「2」は「葉問」有ればこその作品であり、
こちらを観なければ完全に画竜点睛を欠く状態だと断言出来る。
そしてこれを観ると「葉問2」が前作と同様の構造を持った作品だったのが解る。
前半に功夫同士の対決をメインとした中国武林世界を持って来て、
後半に異民族相手の民族的誇りを賭けた異種格闘技戦をメインに持って来る所、
インテリ的な葉問の支持者、最後は誇りに目覚め異民族を裏切る協力者、
その合間に描かれる葉問の妻や子との絆など踏襲している部分が多い。
だが一つ違うのは「葉問」の、作品全体を貫く悲劇的なトーンだろう。
戦争と云う、例え優れた武術家であろうと抗えない現実を目前にして、
それでも尚、高潔に佇もうとする葉問の姿は悲劇的なまでに訴える物が有るし、
故にその怒りが爆ぜる時のカタルシスは震えるほど素晴らしい。
甄子丹の演技は風格すら感じさせる程に繊細で猛々しいほど見事である。

前半の佛山の武術家達を相手にしている時の詠春拳は流れるが如く美しく、
刃物を持った樊少皇を相手にしてもそれは変わらず優雅できれいだが、
一転後半の日本人空手家を相手にした時に見せる拳の気迫が凄まじい。
こう云うのを「何かが憑依したかの如く」と言うのであろう、
周囲を囲む十人の空手家を少ない動作で確実に一人一人潰して行くその技のキレ、
鬼の様な形相で拳を叩き込み、関節を折り、再起不能に落とし込むその凄み、
「トム・ヤン・クン」でトニー・ジャーが見せた大人数潰しにも唖然としたが、
甄子丹の魂が篭った鬼人の如き気迫にはゾクゾクするほど圧倒させられた。
やはり演技や見せ方と言う事では甄子丹の凄さにはまだ及ばない感じである。

Blo01

さて問題と成っていたであろう日本軍の映画の中での描写だが、
他の映画に較べてもそこまで酷い描かれ方はしていなかった様に思う。
だが、劇中で葉問自身がそう云う扱いに戸惑っていたいた様な
「民族の英雄」的な扱いをするラストの字幕には少々鼻白む感じは有った。
勿論、大陸で大ヒットした要因にはそう云う部分が有るのは解るし、
マーケットを考えた場合、甄子丹自身にもそれはプラスに働くだろうが、
この作品以降、甄子丹自身にもそう云う役割が与えられている様な感じがして、
不遇だった時代からその実力を認め、上記の様な本さえ出版されていた、
古くから応援する日本人的にはやや寂しい物が有る。

さてそんな俳優の活動にも関係してくる大陸の対日本人感情に関する、
一見関係無さそうだが、中々に面白い本が出たので紹介したい。

Blo03

ネットの普及により世界中で再発見され、日本人の与り知らぬ所で浸透し、
今や外務省までもがその価値を認める、日本のサブカル及びヲタク文化だが、
当然それは日本と言う国に特殊な感情を抱く中国大陸にも拡がっている。
本書はそんな独特のスタンスを持ったヲタ中国人たちが発した、
掲示板やフォーラムの発言を切り取り紹介したブログの書籍化であり、
ネットに於ける日本文化に対する諸外国人の書き込みを紹介した
「ザ・ニッポン・レビュー/えいち・著」と同様の所謂ブログ本である。
本の元に成った著者のブログ「『日中文化交流』と書いてオタ活動と読む」は、
ふとした切っ掛けで前から愛読していたのだがまさかの書籍化で驚いた。

等身大ガンダムをパクった四川省の偽ガンダムにどんよりしたりとか、
日本同様「ハルヒ」の「エンドレス・エイト」に発狂しそうになったり、
「けいおん!」の律への愛が暴走気味だったりと色々笑えるネタも多いが、
日本と中国に於ける「三国志」に対する感覚の違いとか、
カレーや風呂あがりの牛乳等、良く見かける日本の食文化への素朴な疑問、
企業広告や参考書、果ては自衛隊までも侵食するヲタク文化への驚きなど、
ヲタ文化から発生した日本の生活に対する疑問なども楽しく読める。
中でも日本の漫画やアニメで描かれる学校の「部活動」と云う物に対し、
学校内での課外活動的クラブという物が殆ど無い中国人たちが、
アレは総て妄想やフィクションだと断じ、寂しい気分に成っている所は笑う。
著者は中学から日本人学校ではなく現地の学校に大学まで通っていたと云う人で、
外部からはうかがい知れないディープな現地ネタの数々は実に貴重な物で、
大陸に於けるヲタ文化の伝播史の断片として見ても興味深い所も多い。
本書には載っていないが、日本製AVやAV女優の人気の話なども実に面白かった。

さて本書の中で一番興味深いのが最後に出て来る「日本鬼子」の章である。
本来「日本鬼子」とは結構昔から使われている日本人に対する蔑称であった。
中華圏の映画を観ていると昔から実に良く使われている表現なのだが、
昨今の大陸での反日暴動などでテレビや報道で観かける機会も増えた。
で・・・その始まりはネットでのこの様な呼び掛けだったらしい。
『「日本鬼子」と云うキャラを創って、その言葉に全く別の意味や概念を作ったらどうだろう?TVなどで報道を見た人間がその意味をネットで検索してみたら、出て来るのが可愛い萌えキャラだったらどうする?反日暴動の画像が恰も萌えヲタの暴動の様に見えて爆笑できるんじゃないだろうか?』
やがてその呼び掛けに応じたネットの絵師達が様々な萌えイラストをアップし、
それに連れて「日本鬼子」と云うキャラクターの設定が固まって行き、
「日本鬼子」が「ひのもと おにこ」と云う萌えキャラに変貌して行く。
凄まじくクオリティの高い絵師達の投稿に触発され、
ついには有志によるヴォーカロイドを使った偉くカッコいい主題歌が作られ、
ニコ動では「歌ってみた」連中がそのトラックを元に主題歌「HAKUMEI」を歌い、
CGを使った実に出来のいい番組予告編の様な物までアップされいるのだ。

Blo04

さてそこまでされて当のヲタ中国人たちは一体どんな反応を見せたのか?
混乱、脱力、当惑・・・そんな阿鼻叫喚な様が本書に掲載されている。
そらそうだろう、もう完全に振り上げた拳のやり所に困る以外に無い訳だ。
更に追い討ちをかける様に「日本鬼子」と並ぶ蔑称である「小日本」が、
「こひのもと」(愛称こにぽん)として幼女萌えキャラ化されるのである。
常々日本では萌え化出来ない物は無いと思い知らされている中国人も、
よもやこんなスカされ方をされるとは思ってもみなかったろう。

しかし昨今質の低下が取り沙汰される事の多いヲタ界隈で、
これは久し振りにヲタクの高いリテラシーを感じさせる現象だった。
罵倒されたから罵倒で返す事の多いネット世界に於いて、
それを巧妙な笑いで返す技術と云うのは実に高度な技術だと言える。
もしも「日本鬼子」が尖閣諸島を守護する様な設定だったらつまらないが、
政治的な意図を全く含まない様に設定されている所が実に感心する所だ。
その精神は、黒岩涙香や宮武外骨、初期の頃の赤瀬川原平に通じる物だし、
包囲戦で壊滅状態のサラエボを既存の観光ガイドの様に記した名著、
FAMAの「サラエボ旅行案内」にも共通する観念だと言える筈だ。
「サラエボ旅行案内」の帯で作家の池澤夏樹がこう記している、
『事態が悪くなればなるほどユーモアの生産量は増す。 
これが人間の叡智であり、想像力であり、文化の本当の底力というものだ。』と。
例えば「日本鬼子」が複雑な日中関係に貢献する事は無いかも知れない。
しかし硬直した関係にヒビを入れる何かのきっかけには成るかも知れない。

そんな訳で、百元籠羊・著「ヲタ中国人の憂鬱」、是非お勧めです。

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