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2011.04.30

「孫文の義士団」

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ネットで劇場を調べていた時に、上映時間がやけに長い事に気付いた。
二時間超えって・・・あの内容でそこまで長い時間必要なんだろうか、と。
革命蜂起に関する会談の為の1時間、清朝政府の暗殺団から孫文を守る為に、
命を掛けて闘う無名の戦士達の物語・・・・そんな風に聞いていたので、
クライマックス場面に忠実に1時間使わなくとも90分位な物だろうと考えていた。
しかし観終えた後、そのクライマックス以外の部分の重要性を痛感する事に成る。
「孫文の義士団」・・・想像以上に重厚な歴史大作に成っていた。

本作の主演は一応輝ける一枚看板である甄子丹と云う事に成っているが、
話の主軸は香港の大商人リー・ユータンを演じる王学圻が担っている。
商人らしく政治に口出しせずに家と商売の安泰を求めて生きているが、
そんな彼にも時代の荒波は容赦無く押し寄せ巻き込まれて行く。
野心的な男ではなく、図らずも腹を括らなければ成らなくなる揺れる心情を、
メリハリの有る奥深い演技で見せる王学圻の存在感は主役と呼んで差し支えない。
リー・ユータンを抜き差しならない革命の本流に誘い込むのが、
中国同盟会の香港支部長にして中国日報社社のチェン・シャオバイで、
演じるは屈指の演技派として更に円熟を増している梁家輝。
救国の為の革命を信じる信念と、それ故の急進的な傲慢さが入り交じる人物を、
エキセントリックに演じていて、王学圻と好対照である。
革命を唱える人間を無自覚に英雄として描くのではなく、
そこに必ず付いて廻る無慈悲さを描いた事でもこの作品の深さが伺える所だろう。
この二人が中心に成って所謂「義士団」を組織して行く訳だが、
期せずして「義士団」と成った連中の背景の描き方も実に深い。

Sonbun03

中でも一番強烈な印象を与えるのがリー・ユータンの車夫である、
朴訥な青年アスーを演じた謝霆鋒だろう。
リー・ユータンの息子であるチョングワンとの友情、主への敬慕、
ようやく夫婦に成れる恋人への想い、仲間達への義侠心、
崇高な目的とは関係無い所で発揮される庶民としての真心、
武術の使い手では無く単なる車夫として一生懸命に使命を全うする、
謝霆鋒の渾身の演技と笑顔には全く持って泣かされる。
最初画面に現われた時には、あの貴公子然としたルックスから想像出来なかったが、
乞食にまで落ちぶれた落魄の武術師・リウ・ユーバイを演じた黎明には、
正しく武侠小説直系の香港映画に於ける正しいヒロイズムを垣間見る思いだ。
そして本来は清朝側の人間である賭博で身を持ち崩した警官ション・チョンヤン。
本編半ばまで進展が無く、どう云う経緯で義士団に加わるのかと思いきや、
人力車を追い掛ける際の細やかな描写で彼の心の動きを演出してみせ、
甄子丹が「葉問」で見せた繊細な表情で心模様を綴っていて中々唸らされる。

他にも、もうズルイとしか言えない曾志偉のシブく泣かせるシー警部、
結構あっけなく退場してしまうが存在感はさすがな任達華、
何処かで観た事有る顔だなぁ・・・と思っていたら「赤壁」の趙雲だった、
孫文を屠る為に義士団と闘う暗殺団の首領・イエン・シャオグン役の胡軍。
冷酷で強力な彼にさえ深い人物背景を用意している所にも圧倒される。
そして冒頭で暗殺される革命指導者役に、なんとかの張學友が!
更に黎明演じるリウ・イーバイが最後に見る今は亡き永遠の思い人は、
想像通り・・・と云うか、やっぱり李嘉欣だったのには微笑した。

Sonbun02

さてこれら過不足無く背景を描かれたそれぞれの人物たちが、
8年掛りで上海に創られたと云う20世紀初頭の香港の巨大セットで闘う訳だが、
このセットのスケール感とシズル感がもう半端無い出来で、
細部まで創り込まれた背景と凄まじい数のエキストラの情報量に圧倒される。
見せ場は多々有るが、まずは実は少林僧だった臭豆腐売りワン・フーミン、
演じるは元バスケ選手のモンゴル出身の巨人、メンケ・バータルの場面である。
一度倒されたと思っていた臭豆腐が、敵に囲まれ立往生している一行の前に、
煙の中から現われ鬼人の如き力で看板をなぎ倒し一行を送り出し、
群がる暗殺団に全身を刺され息絶える場面の壮絶さたるや・・・
そして無名の戦士達に与えられる墓碑銘の如き字幕文字に泣かされる。
甄子丹の本領が発揮された暗殺団No2のとの死闘では、
巨大なセットを使ったアイデア溢れるパルクール的アクションや、
派手な組み手を排除した泥臭く1発1発が重いアクションが印象的だ。
甄子丹の最後はやや唐突な感じもするが、超人的な武術の使い手では無く、
負け犬たちの集団戦の一角だとする映画の趣旨的には間違い無く沿っている。
そんな中伝統的な香港功夫映画的の醍醐味を味あわせてくれるのが、
香港島らしい石段の途中で敵を一人で引き受ける黎明の佇まいと闘いだ。
ドレッドヘアからワンレンの長髪に黒い中華服を着込み家伝の鉄扇を片手に、
群がる敵をさばいて行き、無数の傷を負いながら一歩も退かず、
滅びの美学を口元に漂わせながら闘う、その佇まいの何と美しい事か。
今際の際で垣間見る李嘉欣の姿を含めて、これぞ正に功夫映画の美学だ!
そして最後に成る梁家輝と胡軍のせめぎ合い、
どちらも革命と国に殉じた妄執と狂気が絡み合う緊迫した場面で、
その後に訪れる王学圻と息子を演じた王柏傑の別れが、
同じく革命と国に翻弄された庶民の姿として対照的に悲哀を持って描かれる。
船上で俯く孫文の姿に革命を成し遂げ様とする高揚感は殆ど無く、
革命によって払われる名も無き庶民の代償の高さを愁う様でも有る。
この映画は建国の父と革命の義士たちの姿を描いた様でいて、
映画の制作を手掛けた陳可辛の本心は、未だ国家に弾圧され続ける庶民の、
為されざる、そしてこれからも続く革命と闘いを描いている様にも見える。

と云う訳で本作は作品としての思想、娯楽映画としての質、
役者の演技、そして卓越したアクション映画としても頭抜けた作品である。
第29回香港電影金像奨に於いて作品賞、監督賞を含めて7部門を制覇、
他にも各地の亜細亜映画賞を獲得しているのも納得の一本だと言えるだろう。

Sonbun04

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2011.04.23

レインボー「デラックス・エディション」の素晴らしい内容

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「やっと出たのか!」と云う感じである。
確か最初のリリース・アナウンスが有ったのは昨年の晩夏頃だった気がするが、
その後秋頃にずれ込み、ショップによっては既に予約を受け付けていた筈が、
突然の「発売中止」の報にはえらく驚かされた覚えが有る。
その後仕切り直して期じめの内にと云う事か、3月にリリースが決まったのだが、
例の震災で再び延期になり、何度目かの正直でようやく今月リリースされたのが、
レインボーの2nd「虹を翔る覇者」と4th「ダウン・トゥ・アース」の、
日本独自のshm-cd紙ジャケ仕様・二枚組みのデラックス・エディションである。
いや~長かった・・・本当に長かった・・・

レインボーに関してはアナログで殆ど揃えている関係で、
紙ジャケはおろか個々のアルバムもCDで揃えていなかったりする訳だが、
ボートラの量が本編を凌駕している如きこの内容なら間違い無く買いだろうし、
それなら輸入盤のデジパックよりは紙ジャケと云う事で待っていた訳だが、
それにしてもこのアルバムに関してはアナログを聴き倒したなぁ・・・・
この2枚に「オン・ステージ」と「闇からの一撃」は特に聴き倒した。
「虹を翔る覇者」に関して言えばアナログ云う所のB面の2曲、
この2曲のスリリングな展開に、ステレオの前で身動ぎもせずに聞き惚れた物だ。
かつて酒井康がこのアルバムを「心技体揃ったHRの最高峰」と評したが、
全く異論の挟み様が無い問答無用な一枚なのは間違いない。
正に魔術師の如くメロディアスでテクニカルなフレーズを紡ぎ出して行く、
マエストロ・リッチー・ブラックモアの完璧な「技」と、
タフで華やかなドラミングでボトムを支えるコージー・パウエルの「体」に、
唯一無二と言える歌唱が確立された無敵なロニー・ジェームス・ディオの、
ダークでマジカルな世界観を描き切った「心」が一つに結集された瞬間である。
ちなみに以前メキシコへ行った時に、マヤ遺跡のウシュマルのピラミッドを観た。
魔法使いが一晩で創ったと伝えられるその壮麗な遺跡を見た時に、
「おぉ!これぞ正にスターゲイザー!」と感嘆してしまった物だ。

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さて「虹を翔る覇者」の仕様だが紙ジャケの出来は勿論文句無く良い出来で、
ゲートフォールなので二枚の盤はジャケの両方に収められている。
他に英国盤CDに収められていたカラーのブックレットが付属していて、
解説はブックレットの記事の翻訳のみなのがちょっと残念な所である。
昔のアナログの解説なんかも再現してくれると歴史的な意味でも面白いと思う。
ちなみに今作のアナログの解説では、いまいずみひろしと渋谷陽一が、
当時のポリドールのディレクターの司会で対談なんかをしているのだが、
当時のHRがプログレ化して行く傾向と云う事でNazarethやRushなんかを挙げつつ、
元Fleetwood Macのボブ・ウェルチが結成したParisを挙げていたりして面白い。
今やどれだけの人間がParisの名前を覚えているか?と云う感じだが、
当たっている所、外れている所も含めてこう云う読み物は中々に貴重である。
さて本編以外に収められているお蔵出し音源の数々だが、
一枚目は正規の「NyMix」の他に「LaMix」と云うのが同曲分収められている。
多分同じマスターテイクによるミックス違いだと思うので、
一部の楽器等よほど注意深く聴かなければ違いは解らないと思うが、
全体的にボトムが強調されている様な感じのミックスだろうか?
二枚目の「RaughMix」は更に初期の段階でのミックス違いの音源で、
本編では使われなかった珍しいテイク等が聴けて面白い。
「TarotWoman」では冒頭のKeyソロの後に入ってくるギターのカッティングが、
フェードインでは無くいきなりデカい音でかき鳴らされるし、
「DoYouCloseYourEyes」では頭にスタジオでの会話が入っていたりする。
一番面白いのが「Stargazer」で、本編頭でのコージーのドラムイントロの前に、
「TarotWoman」の様な長めのキーボードイントロが挿入されていて、
ちょっとパープルの「SpeedKing」のテイク違いを彷彿とさせる物に成っている。
最後に収録されている「Stargazer」の「Pirate Sound Tour Rehearsal」は、
読んで字の如く「海賊盤並みの音質のツアー・リハーサル音源」な訳だが、
リハだけにロニーのVoが非常にラフで、Bメロ部分のキーを下げて歌っていて、
それが中々レアで面白いと云う感じである。

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さて様式美やらネオクラ系など後進への影響も甚大な「虹を翔る覇者」に比べ、
米国受けを狙ったとされるポップ化した「ダウン・トゥ・アース」の評価は、
以前ほどでは無いにしろ余り芳しくは無い物が有る訳だが、
バラつきは有る物の個々の楽曲のポテンシャルは非常に高い物が有るし、
ハードなエッジを保ちながら大衆受けする様なポップな楽曲と云う、
後に一時代を築くスタジアム・ロックの一つの雛形を創ったとも言える作品だ。
余談だが一時期昔親しんだHR/HM系の音楽を殆ど聴かない時期が有ったのだが、
或る時思い出した様にレインボーが聴きたくなってベスト盤CDを聴いた時、
「AllNightLong」のイントロのリフが流れてきた瞬間に、
「おぉ!これがロックだよなぁ・・・」とテンションがだだ上がりした事が有る。
世界が認めるリフのマエストロ、リッチーの最高にキャッチーなリフに、
コージーの重いドラム、そして力技で捩じ伏せて来るグラハム・ボネットの声、
楽曲がポップだろうが何だろうがこれは問答無用なまでのロックである。
ラス・バラードのポップ極まりない「SinceYouBeenGone」にしても、
ラスの原曲に較べればロック的な躍動感が遥かに増したアレンジなのは明白だし、
曲の終盤で聴けるリッチーのソロ流麗な美しさ等絶対に原曲を凌駕している筈だ。

さて今作には一枚目にシングルのB面曲が2曲収録されており、
二枚目には「Work In Progress」と題されたアウトテイクが収録されている。
基本グラハムのVo抜きのアルバムの為の素材集と云う感じなのだが、
本編では「NoTimeToLose」のタイトルで収録されている曲が、
歌詞も違う「SparkDon'tMeanAFire」と云う原曲で収録されており、
他にも「Ain'tALotOfLoveInTheHeartOfMe」と云う未発表曲もグラハムのVo入りで、
この一曲の為にでもファンなら買う価値が有りそうな物である。
「AllNightLong」は頭にコージーの?カウント入りで、
本編と違って曲がフェードアウトせずに終わって行く所が面白いし、
「SinceYouBeenGone」も冒頭にカウント入りでKeyが入っていないテイク。
ギターのメロディの入れ方も異なっていてぐだぐだな終わり方が如何にもリハだ。
「LostInHollywood」はイントロのリフがオルガンで奏でられているテイクで、
ギターのMixが小さくソロも入っておらず曲もその直前でカットアウトする。
逆に「EyesOfTheWorld」のTake2はイントロがギターで奏でられKeyは抜き、
ほぼ完成形に近い2曲目と聞き比べると曲の成り立ちが良く解るテイクである。
最後の「AllNightLong」の「Cozy Powell Mix」は中々の珍品で、
自分の演奏用にドラムの音量だけやたらと大きいミックスに成っているのだが、
グラハムの歌メロが違っていたり変なエコーが掛かっていたりと侮れない。
この内の8曲は有名な「DOWN TO EARTH ROUGH MIX」と云うブートに収録済みで、
マニアの方なら聞いた事有る音源だろうが、やはりオフィシャル物は音も違う。
最後に二枚目のディスクはオリジナルのインナースリーブを元にした、
紙ジャケに収められているのでインナースリーブ自体は付属していない。

さて無事発売されたデラックス・エディション・シリーズな訳だが、
今後他の作品のリリースも有るのだろうか?期待を込めつつ待っていたい。

Rainbow03


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2011.04.16

町山智浩の「トラウマ映画館」

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町山智浩の著作は映画関係以外でも米国バカリポート物など良く読んでいるが、
それらのどの著作よりも今作の初版の売れ行きが凄い様だ。
町山智浩が出演している「小島慶子のキラキラ」の放送で今作が出るのを知り、
「おぉそうなのか!」とばかりにその週末に本屋に出掛けてみたのだが、無い。
そもそも町山の本が売切れている、と云う状況を想像出来なかったので、
「あ~これから出るって事なのか?」と勝手に解釈して居たのだが、
その後も本屋に出掛ける度に映画本のコーナーを覗くが全然無い。
「まさか」と云う不穏な予感を抱きつつ真剣に神保町辺りに出掛け、
真剣にサーチして行った末にようやく発見出来た訳なのだが、
その後直に増刷が掛かったと云う話を聞いて何やら妙に納得させられた。

失礼な話だが、何時から町山の本がこんなに売れる様に成ったんだろう?
今作も特に目立って売れる様な話が載っている訳ではない所からすると、
今作だから売れていると云うより、町山の本だから売れていると云う事なのか?
所謂、一定の濃いサブカル層以外にも浸透して来ていると云う事なのだろうか。
町山智浩と言えば、宝島社と云うかJICC出版の編集者時代にみうらじゅんから、
「町山のバカ」と二つ名で呼ばれていた程の浮かれた存在だった訳だが、
(まあ先週来日していた折には相変わらず相当浮かれていたらしいが・・・)
何か現在一定のステータスを得ている様で非常に感慨深い物が有る。

と云う失礼な話はこの辺にして今作「トラウマ映画館」なのだが、
ピンからキリまで、A級からZ級まで、娯楽大作から自主制作映画まで、
膨大な映画を観ている町山が、主に少年時代にテレビの映画劇場で観た、
妙に心に小さな傷を残していった知られざる映画を紹介すると云う、
「テレビで放映された映画は興味の無いジャンルであっても観る」と云う執念と、
サヴァン症候群並みの記憶力が炸裂した凄まじい一冊である。
確かに自分達がガキの頃は午後から深夜まで夥しく映画が放映されていて、
学校が早く終わった時に、東京12チャンネル(現在のテレ東)で放映されていた、
物凄く記憶に残らない映画をぼんやりと観た記憶は多くの人が持っているだろうし、
たまさか強烈な1シーンを記憶している事も有るとは思うが、
それだけで一冊書ける記憶力と量には、ひたすら唖然とする他無い訳である。
大体この本で紹介されている作品をどれほど観た、または知っているだろう?
個人的に観た事有ったのはケン・ラッセルが好きだったので「肉体の悪魔」と、
フランスの暗黒チェンバー・ロック・バンド、ART ZOYDがタイトルに使い、
監督したのが有名なソウル・バスと云う事で観た「戦慄!昆虫パニック」くらいだ。
存在を知っていた作品と云う事でも、ゾンビ絡みで知った「恐怖の足跡」とか、
「裸のジャングル」や「追想」等は当の町山の著作で名前を知った位であり、
殆どは聞いた事もない作品ばかりで圧倒させられる。
しかしその無名の作品を語る町山の語り口が実に巧く深く面白い。
ラジオで未公開作品を語る時の如何にもヲタな語り口も最高なのだが、
一聴もしくは一読、観たい気にさせられる語り口は昨今実に貴重な存在だ。

また個々の作品に散りばめられたトリビアネタも興味深くて面白い。
町山の凄い所は映画以外のサブカル方面、特にロック等にも強い所で、
ジャックスの「マリアンヌ」が「わが青春のマリアンヌ」の影響下に有るとか、
Matthew Sweetの「Girlfriend」のジャケを飾っているキュートな少女が、
ポップ・アイコンと化した「かわいい毒草」のチューズデイ・ウェルドだとか、
Juliana Hatfieldは「ロリ・マドンナ戦争」の元ネタに成った実際の事件の、
殺し合いをしていた一方の家族の末裔だった等、感心させられる話が実に多い。
また「わが青春のマリアンヌ」が、かの松本零士に絶大な影響を及ぼしていて、
「わが青春のアルカディア」やメーテルの造型等にも及んでいると云う事、
そして一部では伝説的な?79年発行の元祖ロリ萌え同人誌「シベール」が、
「シベールの日曜日」に因んでいると云う指摘には悶絶させられる。
本書の元に成った「小説すばる」の連載時、何人がこのネタに反応するだろう?
素晴らしく多岐に網羅的な無駄知識!全く持って最高である。

さて最後に自分にとっての「トラウマ映画」と云う物を考えてみたい。
以前ここにも書いたダリオ・アルジェントの「サスペリア2」の冒頭とか、
「犬神家の一族」での高峰三枝子の顔面に飛び散る血飛沫などが有るが、
その他では、毎年夏に成ると嫌だ嫌だと思いながらも浴びる様に観ていた、
有名・無名を問わないトラディショナルな日本の怪談映画なんかが挙げられる。
とにかく映画会社が新東宝なのか大蔵なのかはてまた大映なのか解らないが、
夏休みに成ると真昼間から深夜までしつこい位テレビで怪談映画が流れていた。
しかも70年代に成ると従来の怪談映画もやたらにショック描写がドぎつくなり、
大量の血ノリだの腐乱死体だの夢に見そうなメイクの作品が増えてくる。
後年、更に精巧で凄惨な特殊メイクのスプラッタ映画を見る事に成る訳だが、
怪談映画の妙にドス黒いとろろの様な血の、生理的な不快感に較べると、
ケチャップが飛び散った様なスプラッタ描写には余り不快感を感じなかった物だ。
さて最後に個人的に最強にトラウマな一本は中学生の時に見た、
五月みどりのロマンポルノ「マダムスキャンダル・10秒死なせて」であろう。
勿論、ロマンポルノ自体を中学生の分際で観たと云う訳ではない。
今では考えられない話だが、たまさか早く学校から帰ってきて偶然に観た、
3時台のワイドショー番組でポルノ映画製作中のニュースが流れていたのだ。
まあ芸能ニュースの一環で流れていた訳だが、一応ロマンポルノだし・・・
内容は覚えていないが、かなり際どい中身だったのはハッキリと覚えている。
当の映画本編を見たのはそれから何年も後の事に成る訳だが、
その時点で確実に熟女嗜好が植え付けられたのは間違い無い思い出深い一本である。

Machi02
           個人的な町山氏のイメージはこんな感じ。「映画秘宝」より

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2011.04.09

栗山千明の1stアルバム「CIRCUS」

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栗山千明が好きだ・・・・・特に理由はないのだが、
強いて言えば「その存在感の非現実さ故に」と言う所だろうか。
栗山千秋の魅力に関しては以前TV版の「女王蜂」の時にブログに書いていて、
断片的にその時の記事を引用すれば、

『栗山千明はかつて「妖怪大戦争」の時にも書いたが、
「人外」とか非現実的な役を演じた時こそ一番輝くと常々思っていた訳だが、
そう云う意味では今回の大道寺智子・琴絵の二役は素晴らしく非現実的だった。
中盤、歌舞伎座に演目を観に行く件で升席の真ん中を歩く智子に、
居並ぶ客が感嘆の声を上げて注視するシーンが出て来るのだが、
もう正に「人外」の美貌が歩いている様で恐ろしく非現実的な画面だった。
またその場面の紅いドレスや舞踏会用の白のドレス、
琴絵の回想シーンに於ける艶やかな着物姿等、目を見張るほどの非現実さだ。
あのパッツンとした前髪と漆黒の長髪、恐ろしいまでの首の長さ、
感情が余り表れない表情等、人間と云うより人形の様な美しさである。
美しいとか可愛いとか演技が上手い言うのなら他にも沢山の女優が居るが、
やはり存在感だけで異界へ連れて行かれる様な非現実感の持ち主はそうは居ない。』

と云う訳で最近はTVドラマなどで普通の役柄を演じる事も多くなったが、
彼女に求めたいのは前述した様に「非現実的」な存在である。
なので現実の彼女と云うか栗山千明本人にさほど興味が有る訳ではない。
ただ本人がアニメや漫画などのヲタク系の趣味を持っているのは知っていて、
何処かでエヴァに付いて語っているのを観たか読んだかした事が有った。
昨今ヲタ趣味を前面に出して売っているタレントも本当に多くなったが、
むしろ過剰にガチヲタに成ると逆にヲタから反発を喰う状況が有って、
その点では栗山千明のヲタ趣味は知識的な物より興味的な部分が多く、
所謂突っ込み所が多い所がさほど反発されない部分に成っている様に思う。
意図的なんだか天然なんだかその辺のさじ加減が中々絶妙な訳だが、
その辺の絶妙さ加減は昨年から始まった歌手活動にも言える。

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基本アニメの主題歌と言う良く有るタイアップパターンで始まった訳だが、
そこからネット的に先鋭・ヲタ向けなアニソン路線に進まず、
サブカル受けしそうなロック系の作曲家を起用してして来た所がミソである。
昨年暮れに発売された「可能性ガール」は布袋寅泰のプロデュースで、
年明けてから発売の「コールドフィンガーガール」は浅井健一プロデュース。
そして椎名林檎と東京事変による先行シングルを挟んで出されたのが、
今回のネタである1stアルバム「CIRCUS」である。
現代的ヘヴィロックの先鋭、9mm Parabellum Bullet、椎名林檎と東京事変、
DOESの氏原ワタル、Theater Brookの佐藤タイジ、元ビークルのヒダカトオル、
BUCK-TICKの星野英彦と櫻井敦司に、浅井健一、布袋寅泰、
そして海外からはオージー産の人気バンドJETのChris CesterとMark Wilson、
オルタナ・バンドとして一時代を築いたThird Eye BlindのStephan Jenkinsと、
各曲毎に実に多彩な制作陣を迎えた豪華な創りに成っている。
実にサブカル受けと一般向けの境界線を上手く渡った感じのセレクトだ。
布袋や椎名林檎、浅井健一辺りだけでも充分に豪華な布陣で驚かされるが、
ここに9mm Parabellum Bulletが入って来る事で引きが一段と増す訳である。

今作での彼女の基本的なアプローチは栗山千明としての個性を出すと云うより、
作曲家と云う監督の元、マテリアルとして歌手を演じている様な感じで、
多分それが彼女にとって、役者として一番やり易い方法論だったのであろう。
例えば椎名林檎の曲ならば歌い方やブレスの入れ方まで椎名林檎な感じだし、
浅井健一の曲ならば多分デモテープに入っている浅井の歌い回しそのままな感じだ。
イントロのソリッドなギターのカッティングやソロに被さる乾いた口笛など、
如何にも浅井健一&Pontiacsなドライな世界をトレースしている感じは面白い。
布袋の曲は流石としか言い様のない、実にファニーでグラマラスなロックで、
印象的なAメロやVoのエフェクトの掛け方など、らしいバブルガムさに溢れている。
ダンサブルでエキゾなムードが濃厚な佐藤タイジの曲も面白い。
ジャングリーなリズムも良いアクセントに成っていてサビ部分が妙に頭に残る。
グラム・ロックっぽい所を狙ったと言うヒダカトオルの曲は、
如何にもなズンドコ感とそれっぽいコーラスに歌メロと中々良い感じなのだが、
もうちょっと安っぽいギラギラしたグリッター感が足りない様に思うので、
是非、永井ルイ辺りに編曲して貰いたい所である。
そして期待通りの出来栄えなのが冒頭を飾る9mm Parabellum Bulletとの一曲。
高速なバックビートとカッティングから始まるスリリングなエセ・ウエスタンで、
徒っぽく歌い上げる栗山千明との相性も抜群である。

初回盤には豪華な箱状のアウターケースの中にCD・DVDとフォトブック、
そして何故かアイドルっぽいトレカなんぞが特典として付いてくる。
DVDはPV4曲と割りに長めなショートフィルムにメイキング映像入りと云う、
特典DVDとしては中々にお得な内容に成っていて嬉しい。
バンドを従えた立ち姿が凛々しくSexyなキャミソール姿も拝める「おいしい季節」、
シルバーウィッグ姿で拡声器持って歌う、サイバーな感じの「決定的三分間」、
「コールドフィンガーガール」は番場秀一の手に拠るショートフィルムで、
モノローグ入りの近未来的雰囲気漂うノワール臭濃厚な実に素晴らしい一本。
ここで見せる「人外」的な栗山千明の立ち姿はゾクゾクするほど素晴らしい。
「可能性ガール」はブラス隊を指揮する彼女のキュートな姿が印象的だが、
若干、作曲者である布袋大先生が目立ち過ぎのきらいがある作品だ。
ボートラとして収録されている、CDの方には未収録の「流星のナミダ」は、
余りにもナチュラルにアイドル風なPVなのが逆に面白い感じで、
何気に中華圏のアイドルのPVを思い出してしまうオーソドックスさである。
メイキング映像はアーティステックに演じ切っているPVに対し、
バラエティで観る様な素の天然な感じが垣間見える所がミソだろうか?
「決定的三分間」で拡声器を片手で持ててない所が何気に可愛い所だ。
フォトブックはアルバムタイトルの「サーカス」をモチーフにした物だが、
妙にチープな感じの感じのサーカス・イメージが逆に残念な感じで、
もう少しダークでビザールな感じにしても良かったのではないかと思う。
「天上桟敷」風に寺山修司が撮った感じにしたら最高だったろうなぁ・・・
まあそうするとサーカスと言うよりは青森の見世物小屋的な雰囲気に成るが、
それはそれで個人的にはたまらない物が有るけれど・・・・

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2011.04.02

「狄判事」シリーズ十年目の完結

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書店に出掛けると、ハヤカワのポケミスの新刊のコーナーを覗く。
かれこれ十年間続けてきたこの習慣が、これで終わると思うと感無量である。

2001年の2月から刊行が始まったロバート・ファン・ヒューリックの名著、
「ディー判事」シリーズが10年目の今年2月に全巻の翻訳刊行を終了した。
全16冊、これで長編・短編含めて総ての作品が読める様に成った。
たかが10年、されど10年、長い様で短い月日だった。

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このブログに「ディー判事」の書籍の事を書いたのは相当昔で、
3冊目の刊行と成る「観月の宴」で2003年の12月の事と正に隔世の感がある。
本邦未訳作品の刊行が終了し、既訳の有る作品に移って行き、
ポケミスの象徴と言える書籍の装丁を手掛けていた勝呂忠が亡くなり、
長編が終わり、中編集に移る度に一抹の寂しさを覚えながら読んでいた物だ。

さて、翻訳書数の少なさや長らくの絶版、題材の特異さに於いて、
ミステリーファンでも意外に読んでいる人間は多く無かったであろう本書は、
中国の唐代に実在した優れた判事であり、長じて大唐帝国の政治にも関わる
狄仁傑(ディー・レンチエ)を主人公に添えたミステリーである。
歴史に名高い彼の活躍と名推理は十八世紀頃に「武則天四大奇案」、
またの名を「狄公案」と云う名裁判物小説としてまとめられる様になる。
中国には後に大岡越前の「大岡政談」の元ネタに成った「棠陰比事」等の、
裁判実話小説の流れがあり、それが清代に武侠小説と並ぶ人気ジャンルに成って、
香港映画などでも御馴染みの「包青天」が活躍する「包公案」もその一つである。
作者は当初その「狄公案」の翻訳本を英語で出版するのだが、それが好評で、
今度は狄仁傑を主人公にした西欧風の推理小説の執筆を思い立つ次第である。
馴染みの薄い「中国物」と言う事で尻込みする向きも有ろうかと思うが、
飽くまで「西欧風」の推理小説の体裁を採っているので、
普通に推理小説や捕物帖などを読んでいる感覚で読める作品である。
日本で例えるならば推理小説的なニュアンスを加えた捕物帖と云う感じで、
岡本綺堂が創作した「半七捕物帖」に近い感覚だろうか?

ちなみに唐代の中国では判事は知事も兼ねており、
赴任地域の行政機構と警察機構と裁判機構の長も兼ねていると云う事である。
非常な激務であり、更に赴任地域を頻繁に転々としなければいけない。
なので有能で気心の知れた副官を何人か私費で雇っているのだが、
その個性豊かな副官たちの活躍や判事との信頼関係もシリーズの読み所である。
判事が産まれる前から生家に仕える実直で有能な老僕の洪(ホン)警部、
元々追いはぎをしていたが判事に諌められ改心し部下に納まった、
腕っ節が強く豪快で頼りになる馬栄(マーロン)と喬泰(チャオタイ)のコンビ。
元詐欺師で同じく判事に諌められ仲間に成った陶侃(タオガン)の四人。
それぞれの裏社会のルールに通じた副官達は街の顔役との接触や潜入捜査等で、
判事の捜査の手伝いをし、複雑に絡み合った事件のピースを捜して来る。
この副官たちの痛快な活躍も判事の推理と供に愉しみな読み所なのである。

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            著者自らによるこの挿絵も魅力の一つ

狄判事シリーズは時系列に発表された作品ではないので、
何処から読み始めても構わないし、勿論時系列順に読んでも面白い作品だが、
最初は講談社文庫やちくま文庫から「中国迷路殺人事件」として出ていた、
発表順から言ってのシリーズ第一作目「沙蘭の迷宮」がお薦めだろう。
シリーズ最長の長編だが、シリーズの主要なキャラは全員揃って出てくるし、
ポケミス版は松本清張の序文に江戸川乱歩の解説が付いて来ると言う豪華さだ。
話の方も絡み合った複数の謎と夷狄の侵略と云う脅威が重なって、
息をも付かせぬ展開であっという間に読了してしまう面白さである。
推理小説的に言うと「~Murders」と付けられた初期の五作品が、
西欧的推理小説の旨味が一番詰まっている作品群だと言えるが、
赴任先各地の風俗を散りばめた中期以降の作品もそれぞれ味わい深くて良い。

さて最終巻に成った「寅申の刻」の解説にも書かれているのだが、
かの徐克が劉德華を主役に「狄仁傑之通天帝国」と云う作品を撮ったらしい。
最初にサイトでその文字を見た時は「おぉ!狄判事か」と色めき立ったが、
まあ多分ヒューリックの、と云うより普通に「狄公案」物なんだろう。
劉德華と言えば以前「老鼠愛上猫」と云う「包公案」物作品で、
包青天ではなく(なんと黄秋生が包青天だ!)部下の剣客・展昭を演じていたが、
今回は狄仁傑・本人を演じるとは中々・・・早く本編が観たい物だ。
それにしても何処かでヒューリックの原作を忠実に映像化した、
狄判事映画でも作ってくれないだろうか?貫禄の付いた周潤發辺りを主役に。

所で「螺鈿の四季」に訳者あとがきに「まだ「狄公案」が残っている」、
と云う風に書かれていたのだが訳者の手に拠る「狄公案」は出るのだろうか?
「寅申の刻」のあとがきでは「これで最後」的なニュアンスが匂っているのだが。
簡約版と云う形で「狄仁傑の不思議な事件簿」と言う書籍が以前出ていたが、
いずれ和爾桃子の役で完全版が出ると思ってスルーしていた。
せっかくなんだしポケミス版でなくとも「狄公案」は是非出して欲しい物である。

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         最終巻の「通臂猿の朝」の献辞に出てる愛猿と作者     

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