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2011.09.24

戦前探偵小説四人集

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余りに素晴らしいセレクションでマニアを唸らせる論創ミステリ叢書だが、
50冊目と成る今回の内容には流石に唖然とした方も多いのではないだろうか?
「狩久」だの「大倉燁子」だの一般には名前の知れていない作家であっても、
これまでは、それでも著作の数が一冊にまとまる作家の本を出していた訳なのだが、
その活動期間に一冊にまとめられる程の作品を残していない作家にも、
アンソロジー等で現在も語り継がれる伝説的な作家が幾人か存在する。
今作は作品数が少ない故に有名作品以外に顧みられる事が少ない彼らの著作を、
始めてコンプリートしようと云う実にマニア泣かせな企画の一冊なのである。
そのラインナップは「羽志主水」「水上呂理」「星田三平」「米田三星」!
この名前にピンと来たら即買いの一冊なのは間違い無い。

戦前に活躍した彼ら生涯は、鮎川哲也の歴史的労作とも言うべき、
「幻の探偵作家を求めて」や「こんな探偵小説が読みたい」等で明らかにされ、
新たにその名前が新規の探偵小説ファンの心に刻まれた訳だが、
共通しているのは何れも他に職業を持った兼業作家であり、
(星田三平は若干事情が違う様だが)本業の忙しさ等で数作で筆を断った事だ。
個人的に作品も含めてこう云う作家達の数奇な生涯が非常に興味深い所で、
マイナーな探偵小説作家に魅かれる要素の一つと言える所だ。

日本橋の開業医としてその生涯を全うした「羽志主水」は、
葉山嘉樹のプロレタリア小説辺りと通底する「監獄部屋」でお馴染みの作家だ。
とは言え社会主義的なバックボーンが有って書かれた物、と云うよりは、
舞台設定の特異さと話の仕掛けを狙って、題材として書かれた作品の様であり、
悪い方へ転ぶどんでん返しと救いの無い結末のニヒルさが印象に残る一本だ。
しかし芝居好きで落語家との交流も盛んだったと云う作者の本筋は、
単純なアリバイ証明的な作品では有るが「越後獅子」が一番近い様である。
如何にも芝居のト書きの如き作品中の台詞が題材に上手く乗っている様に思う。
この作品の肝である長唄部分の作者のミスを指摘した「新青年」への投稿記事が、
何処と無く現代のネットでの批判に通じる様な部分が有って何気に興味深い。

後に化学繊維業界の小説も書く様に化学工業関連に勤務していた「水上呂理」は、
打って変わって精神分析を絡めた探偵小説を多く執筆した作家である。
彼の知られた著作と言えばその名もズバリな「精神分析」と云う作品なのだが、
その結末の、分析結果の為に様々な事態が用意されているかの様な、
現代的に見れば余りにも牽強付会な話の進行が、それはそれで味わい深い作品だ。
猟奇的な話の展開と言い二重に仕掛けられたどんでん返しの妙味と言い、
作品的には今回初めて単行本に収録された「蹠の衝動」が面白かった。
それから本書の解説でも指摘されている様に、狂人の犯罪の無罪性を扱った、
円谷プロのTV番組「怪奇大作戦」の中でも有名な「狂気人間」を髣髴とさせる、
「麻痺性痴呆患者の犯罪工作」もそのカルトな内容が見逃せない作品である。

個人的に今回一番興味を引かれた存在は「星田三平」の著作である。
彼の作品を知ったのは青樹社から出ていた「新青年ミステリ倶楽部」収録の、
デビュー作で代表作である「せんとらる地球市建設記録」でだった。
遭難による数日間の洋上での漂流を経て、主人公達がようやく上陸した地上は、
人々が総て死に絶えた無人のデストピアと化していた。
首都を目指して進む彼らの目の前に広がる荒涼とした町並み、
果たして人類は何故死滅したのか?そして彼ら以外の生存者は?
まさかこんな所で現在も続く終末SFのかなり早い時期の作品に巡り会えるとは!
その余りの先駆性が強烈な印象と供に星田三平の名前を記憶させた。
この作品、後半に成るにつれ尻すぼみ的に話が収縮して行って、
タイトルの「せんとらる地球市」の意味も殆ど説明だけで終わるのだが、
そう言った未完の部分も含めて個人的に実に愛すべき作品と成っている。

星田三平は兼業作家と云うより専業作家を目指していた人らしいのだが、
様々な理由で夢途絶えて故郷に帰り新聞社等に勤めていた様だ。
或る意味先駆的な作者の悲劇的な物も有るのだろうか・・・
残念ながら「せんとらる地球市~」以降こう云うSF的な作品は残しておらず、
収録された他の作品も所謂探偵小説的な作品が殆どだが、それはそれで愉しめる。
一度は解決した筈の謎が結末で再び覆される「エル・ベチヨオ」「偽視界」、
フィロ・ヴァンスがカポネと対決するナンセンスな小品「米国の戦慄」、
当時のモダンな風俗描写も興味深い「落下傘嬢殺害事件」等々、
多彩な作風を書き分けており、作者の早かった断筆が実に惜しまれる。 

羽志主水同様に故郷にて医師としてその生涯を全うした「米田三星」は、
本書収録の4人の中では一番アンソロジー等の再録に恵まれた作家であろう。
乱歩や初期の谷崎の如きグロテスクな怪奇趣味に溢れた「生きている皮膚」、
独房の男のモノローグと云う久作的な躁狂的雰囲気も有るダークな「蜘蛛」、
トリッキーな叙述スタイルと医学知識が小酒井不木風でもある「告げ口心臓」等、
何処か概読感のある安心の定番的探偵小説スタイルが再録人気の要因だろうか?
本書にはもう一本医学的トピックを扱ったコント的小品の「血劇」、
読物的なエッセイと「幻の探偵作家を求めて」に掲載の随筆も収録されている。

さて余談になるが、現在は推理小説や怪奇小説の分野で活躍する倉坂鬼一郎が、
幻想文学出版局から出した二作目の著作集「怪奇十三夜」に、
「猟奇者ふたたび」と云う非常にマニアックなアングラ臭漂う作品がある。
「怪奇小説」と云う同人誌の如きマイナーな雑誌に、
「まぼろしの幻想作家を訪ねて」と云う探訪記を連載するライターの所に、
「猟奇生」を名乗る男から奇怪な草稿が送られて来る所から始まる。
その猟奇生を訪ねて行った谷中の片隅の家で奇怪な現象に遭遇する話なのだが、
その切っ掛けと云うのが猟奇生が書いた草稿に見られる錯誤の指摘であり、
その錯誤と云うのが似た名前である星田三平と米田三星の取り違えと言う物だった。
本作は幻想・探偵小説のオマージュに溢れた如何にも若書きな作品なのだが、
星田三平と米田三星の取り違えと言う部分が一読忘れられない作品に成っている。
まあ・・・ある種マニアに取って彼らはそう云う存在なのだと云う事である。

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         星田三平を始めて読んだ青樹社刊「新青年ミステリ倶楽部」

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2011.09.17

剣雨/レイン・オブ・アサシン

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『華人男子に生まれて監督に成ったからには、一度は撮りたい武侠小説映画。』
等と云うお馴染みのフレーズ通りに、ジョン・ウーが武侠小説映画に帰って来た。
本来彼は制作・プロデューサーとしてこの作品に係っていた様なのだが、
結局、辛抱堪らん様に成ったのか共同監督としても名を連ねている。
とは言え作品の色を染めるほどにはジョン・ウーのカラーは出ておらず、
本作は脚本も手掛けた台湾出身のスー・チャオピンの作品と言って良いだろう。

現地公開時にこの作品の概要と「剣雨」と云う原題を見て、
はて今度は誰の原作を映画化したのか?等と考えていたのだが、
後にスー・チャオピンによるオリジナル作品だったと知って驚いた。
いやこれがまた実に新派武侠小説マナーに則ったストーリーなのである。
正派的な武林世界を扱った話ではなく、所謂江湖のアウトサイダーとも言うべき、
暗殺集団に属する人間たちのドライでニヒルな世界を描いているだけに、
何処か「古龍」の小説の如き歯切れのいいハードボイルド感が漂う感じで、
同じく暗殺者集団が主役となる「流星・胡蝶・剣」辺りを彷彿とさせる。
(そう云えばマイケル・マッカ監督による93年制作の香港映画、
「新流星胡蝶剣」は主役が本作と同様にミシェール・ヨーだったな)
顔を変えて他人に成り済ますと云う設定はジョン・ウーが係っているだけに、
ハリウッド作品の「フェイス/オフ」を容易に連想させる訳だが、
整形と云うより造顔術に近い設定のトンデモさ加減も実に「古龍」的である。
まあとにかく整合性を求める向きには粗でしか無い様な描写も、
実に武侠小説な感じで個人的には非常に好ましい脚本だった。

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さてストーリーの方はと云うと・・・・
死しても尚残る功徳のせいなのか、その遺骸を手にした者は武林を制する、
と云う伝説が残る二分された達磨大師のミイラ化した遺体。
その片割れを狙って暗殺集団「黒石」が所有者である宰相の家を襲撃するが、
その最中、黒石最強の使い手である細雨が組織を裏切り遺骸を奪って姿を消す。
彼女の心変わりを即したのは僧侶にして武術の達人である陸竹と云う男で、
尚も剣に拠って生き様とする彼女に対し、その剣技の穴を己の命を以って知らしめ、真っ当な道を行く事を細雨に約束させ、彼女の腕の中で静かに息を引き取る。
敬愛した男を自らの剣で死へと追いやり絶望して彷徨う彼女に、
かつての仲間や遺骸を狙う刺客たちが次々と殺到する。
細雨は己の過去の禍根を絶つ為に超絶的な技巧を持つ裏の名医の元で、
完全にその顔を造り変え曽静と名乗り、都の巷にその身を沈める。

そんな平穏な暮らしを送る彼女に、朴訥な郵便配達人・阿生が恋をする。
忌まわしい過去と波風の立たない暮らしの為に阿生を頑なに拒絶する曽静だが、
愚直なまでの阿生の優しさに何時しか心惹かれて二人は夫婦と成る。
つつましくも平穏な暮らしを続けていた曽静だったが、
阿生と二人で訪れた質屋で武装した強盗に出会った事で運命が狂いだす。
実はその集団が狙っていたのは達磨大師のもう一方の遺骸であり、
この都の金融関係も兼ねた質屋にその遺骸が有ると聞いての襲撃だった。
己らの素性がバレない様に店の人間と供にその場の客達も殺して行く強盗に、
夫と自分の身を守る為、止むを得ず絶技を繰り出してその場を逃れる曽静。
しかし達磨大師絡みの事件と聞いて乗り出して来た黒石の首領・輪転王は、
質屋に残る太刀筋から強盗を退けたのが失踪した細雨だと知る事に成り、
黒石の凄腕たちを都に招集し、突き止めた細雨に遺骸の返還を迫る・・・

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と、語り過ぎるとネタバレしそうだが、まあ何と言っても本作で圧巻なのは、
歳とって尚も凄い、と云うか凄さが増しているミシェール・ヨーの動きだろう。
剛直ではなくバネの利いた実に柔らかな体躯の動きが見事で、
彼女の使う「辟水剣」と云うのが、しなりの有る婉曲する軟らかい剣で、
その剣のしなりと身体の柔らかな動きが実にマッチしていて実に見事な剣舞だ。
また歳相応の落ち着きと或る種の気品さが顔に表れていて実に得難い存在である。
最初、細雨時代はミシェール・ヨーの特殊メイクなのかと思っていたのだが、
わざわざケリー・リンとかキャスティングしていて何気に豪華で驚かされる。
その旦那役のチョン・ウソンは韓国の俳優だがこれまた実に良い味を出していて、
前半の朴訥とした鷹揚な感じの人の良さに完全にだまされるが、
実は彼も「フェイス/オフ」的存在で、その豹変振りが結構圧巻である。
圧巻といえばやはり無敵な黒石の首領・輪転王を演じたワン・シュエチーだろう。
「孫文の義士団」に於ける、実質主役な存在感溢れる演技も素晴らしかったが、
実は或る意味、輪転王も「フェイス/オフ」な存在だったりする二面性や、
年齢の割りに相当がんばっているアクション部分等も見事過ぎる出来だ。

個人的にたまらなかったのが輪転王が召集する黒石の使い手達の存在感だ。
ショーン・ユー演じる、暗器を駆使する妻子持ちの麺屋・雷彬。
そしてレオン・ダイ演じる、炎剣を操るトリッキーな奇術使い・彩戯師。
この二人の裏稼業に倦み疲れた様なやさぐれた佇まいが最高で、
再会したかつての仲間・細雨に対する裏に剣呑さを滲ませた長閑なやり取りや、
如何にもルーティーンと云う感じで仕事に挑むハードボイルド感がたまらない。
この二人に対して未だ殺しの稼業が面白くて仕方ない感じなのが、
輪転王が新たに一から仕込んだバービ・スー演じる殺戮花嫁・綻青。
大Sもアイドルながら随分と過激でセクシーな役を・・・・等と思った物の、
未だ可愛い童顔ながら彼女もいい加減三十路を越えてる訳で、
そろそろこう云う様な役柄もこなして行かなければいけない感じだろうか?
しかし頑張っているが役柄的には余り良い扱いで無い所がちょっと哀しい。

かつてこの様な映画が「古装片」と呼ばれて多数制作されて時期があり、
アクションを見せる事が主体で話が隷属している様な作品も多数有ったが、
本数が限られ「武侠映画」と呼ばれる様に成ってからはかなり質も向上した。
勿論「武侠映画」のお約束を受け入れられない向きには、
仕掛けの部分なども含めて馬鹿映画と映る部分も有るかも知れないが、
今作はストーリーの意外性も含め脚本が中々素晴らしい出来であり、
ワダ・エミの衣装も有って画面を彩る美術性も中々に高い。
公開規模が小さいのは残念だが、好事家以外にも是非ともお薦めの作品である。
とは言え、東京での公開は終了してしまった様だが・・・・

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2011.09.10

「諸怪志異/燕見鬼編」

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光文社から出ている「SIGNALコミック叢書」で刊行が始まった、
諸星大二郎の「諸怪志異」集成が今回の「燕見鬼」編で一応完結した。
大好きな志怪物なだけに嬉しい様な残念な様な・・・
今回の「諸怪志異」集成は、関連しない志怪物の短編を集めた「伝奇編」、
道士の五行先生とその弟子の阿鬼を狂言廻しにした「阿鬼編」、
成長した阿鬼が燕見鬼と名乗ってからの活躍を描く「燕見鬼編」の三冊と成る。

「阿鬼編」はカバーと口絵が新作な以外、ほぼ連載時期順に編成して、
阿鬼の登場する話を集成したと云う他、特に目新しい要素は無かったが、
今回の「燕見鬼編」は旧版を持っている人にも見逃せない内容に成っている。
とにかく手に取って貰えば解る圧倒的なボリュームの一冊なのだが、
それと言うのも今回は新たに「燕見鬼編」の書下ろしが50頁も加わっているのだ。
巻末の作者による「あとがき」にも詳しく記されているが、
雑誌連載時は「破山剣」と云う非常に中途半端な回で終了しており、
旧版のコミック出版時に新たに続きの「霊山」を書き下ろして加えた訳だが、
それでもすっきりとした終わり方に成らず消化不良気味な終結に成っていた。
そもそも一話完結の「志怪物」ならばブツ切りに終わっても問題無いのだが、
「燕見鬼編」は途中から未来を予言する禁断の讖書「推背図」を巡る、剣と秘術が拮抗する抜きつ抜かれつの争奪戦を描いた武侠小説的な展開を見せる。
燕見鬼が携えた「推背図」を狙うのは邪悪な術を弄する仇道人と山賊の集団、
そして凄まじい破壊力を持つ「破山剣」の使い手・十四娘。
激しい闘いの末い「推背図」は敵の手に渡って旧版は終了していたのだが、
今回書き下ろしの「再び万年楼へ」で「推背図」を巡る闘いに決着が付く。
最終決戦には序盤で姿を消していた五行先生も仰々しく登場し、
更には史実的な要素も織り交ぜつつ中々見事な着地を見せてくれる。
旧版の方の終わり方も、製作中に資金が切れて尻切れで終わってしまった、
元は大作だったであろう香港映画の古装片みたいで良い味わいだったのだが、
こうしてすっきり終わるのと云うのも作者の誠意が感じられて素晴らしい。

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あとがきに「燕見鬼はともかく阿鬼の話だったらまた描いてもいい」と云う、
作者の言葉が載っているので何処かでまた連載してくれないだろうか・・・
「阿鬼編」の中に入っている「篭中児」の回の様に、阿鬼の話ながらも、
最後に燕見鬼らしき人物が出て来ると云う様な構造の話も有る訳で、
阿鬼編を描きつつ途中に燕見鬼編を挟むと云うのも面白いと思う。
中華物と言えばこれまた武侠小説的要素の強い「碁娘伝」なんかも有るし、
描く人の少ない世界なだけに是非とも諸星大二郎に描き続けて欲しい物である。
さて「SIGNALコミック叢書」次は大ネタの「暗黒神話」と「孔子暗黒伝」の、
リニューアル完全版とか期待したい所だが如何な物か・・・・

さてついでと言っては何だが諸星大二郎に関係した所で、
彼の代表作である「妖怪ハンター」稗田礼二郎の一作品である、
「闇の客人」が井上淳哉の手によってリメイクされて出版された。
これは月間コミック@バンチに3回に渡って掲載されていた作品だそうだが、
何も知らずに書店で見掛けて、タイトルに「え?」と二度見してしまった。
井上淳哉と云う作者は全然読んだ事が無い未知の作家なのだが、
画力のしっかりした密度の濃い、非常に最近の絵柄と云う描き手である。
客人が表れて街を破壊して行く描写などは背景の書き込みも凄く、
パニック描写も実にスリリングに構成されていて上手い。
話のアウトラインは殆ど原作通りだが、稗田が怪しい美青年だったり、
原作には出て来ない話の根幹に係る色々と訳有りの女子高生が出て来たり、
稗田が非常に「妖怪ハンター」らしい活躍を見せてくれたりと、
現代的な「伝奇マンガ」風なリニューアルが施されていて面白い。
面白いのだが、なんと云うかその分「コレじゃない」感は非常に強い。
「単なる」と言っては失礼だが、普通に上手い伝奇マンガと云う感じである。
結果これを読むと、諸星大二郎の作品を諸星大二郎たらしめている物、
諸星大二郎のファンが彼の作品に何を求めているのかが浮き彫りに成る。
諸星のリメイクと云うアイデアに反対するつもりは更々無いが、
それによって尚も際立つ諸星大二郎の孤高性と云う感じだろうか?

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2011.09.03

大東京ポット許可局観覧記

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照り付ける様な眩しい日差しが戻った夏休み最後の週末、
車両進入禁止でホコ天状態に成った内堀通りをチャリで駆け抜ける。
気力も体力も有った頃は良くチャリでここを利用して晴海の方まで出掛けた物だ。
皇居前の広場の芝生には、木陰で寝そべる人なども多く長閑な風景が続く。
今日、野音では2回目と成る「プログレッシブ・ロック・フェス」が開催される。
照りつける様な日差しの下でそろそろトップバッターを務める筈の、
ウィッシュボーン・アッシュのセッティングも済んだ頃だろうか?
しかしチャリはフェスの人手を避ける様に日比谷野音を通り過ぎる。
向かうのは日比谷野外音楽堂ではなく日比谷公会堂の方だ。
そう、今日の目当てはPFMでもカンサスでもなく「東京ポット許可局」の方だから。

「東京ポット許可局」とはナニ?と云う向きにはこちらを参考にして貰うとして、
現在まで小規模な小屋でのコアな層に向けてのイベントは幾つか有ったが、
今回の「大東京ポット許可局」がマスに向けて初の大規模なイベントである。
個人的に熱心なリスナーだとは思うがイベントに行く程コアでは無い人間として、
このイベントも気には成っていたが今一つ踏み込む物では無かった訳だが、
その一つを踏み込んでしまった理由が当日の対戦カードと値段に拠る物が大きい。
(ちなみにプログレ・フェスは対戦カードと値段の関係で早々に断念している)
この大イベントの対戦相手にライムスターの宇多丸を持って来るというのは、
東京ポット許可局を聴いている層には多分応えられないマッチメイクである。
それがA席千円で見れると云うのならば、一線を踏み越える事も吝かでない。
公会堂に着いたのは開場が始まる幾分か前の事だったが、
既に入場の為の長い行列が出来ていて、客が妙に静かに粛々と行列を作っていた。
「許可局のイベントに来るのは一人の客が多く開演前が妙に静まり返っている」
と云う話を配信で聴いていたが、正しくそのまんまでちょっと笑った。
開演後にマキタスポーツが、入場前の行列を覗いて見たらかなりの客が一人で、
俯いてスマホをいじっていた、と話していたが全くその通りの光景だった。
まあ、かく言う自分も一人客なのでその点に関して多くは語らない。

と云う様な感じで、左程客の熱気も無く始まったイベントな訳だが、
気に成ったのは話のテーマが余りにも広範なお題で曖昧な感じの内容だった事だ。
「評し、論じる事」と云うのが今回のテーマに成っていた訳だが、
もう少し「何を」「評し、論ずる」のかの縛り的な物は欲しかった気がする。
宇多丸が参加しての第一部は前半の巣鴨プリズン話こそ盛り上がったが、
後半に成ってくると途端に話の熱量が下がって来て滞って来た様に感じる。
せっかく宇多丸をセッティング出来たなら、もっと得意な事を語って貰って、
(それこそここで大ネタの「アイドル論」とか、「ウルな映画論」とか)
それに乗ったり外したりしつつ進めて行く方が盛り上がったろうし、
宇多丸本人も熱量を持って話し易かったのではないかと思ってしまう。
基本、許可局はテーマを討論したり趣旨をまとめたりとか言うよりも、
個人個人の興味有る話を主観的に無責任に熱く放談して、
それに共感したり反対したりと云うのがスタイルの面白さに成っている訳で、
今回の様な「総論」的な物とは余り親和性が高くない様な気がする。
第二部の三人でのトークではサンキュータツオが随分とがんばって、
話をまとめたり突っ込んだりしていたがどうにも熱量は上がらずに、
早々に飽きて来ていたプチ鹿島同様にこちらも結構眠く成ったりした。

冒頭の客いじりで島田伸介話をちょろっと差し込んで盛り上げたが、
こう云う時こそ配信で出来無い様な時事性の強い危ない話を聴きたかった所だが、
いずれこのイベントを映像作品化、もしくは配信するつもりなのか、
ダーティーな話の片鱗も聴けず残念に思っているのは自分だけでは無いだろう。
「大勢の客を目の前にしながら普段通りの仕込みの無い許可局を見せる」
と云うコンセプトは良いけれど、「これはガチですよ」と言いつつ、
ちゃんと仕込んでいると云うのが「興行」の基本と云う物だろうし、
そもそも普段通りと云うなら、例の許可局のラップはどうなんだろう?
アレを仕込むなら本道のトーク部分をもう少し仕込んで欲しかったと思う。
ラストのラップの再演もアレだが、その前の「上を向いて歩こう」も、
そう云うスタイルとは真逆の人達だと思っていたので結構びっくりした。
つうかアレはもしやTV局の長時間イベント番組へのアイロニーなのか?

等と些か辛い事を書き連ねてきたが総じてイベントとしては面白かった。
あの値段で局員証まで付いてこの内容なら文句を言ったら失礼だろう。
確かにレベルの高かった回に比べれば盛り上がりには欠けたが、
水準をキープしていた三人の局員の話はやはり面白かったし、
近頃最高に面白く為に成る中村シュフパート局員のエプロン姿も見れたし、
実演されると余り響く所がなかったセクシー川田あぶない局員や、
インパクト大なチャンス大城清掃局員など派遣局員の登場も中々愉しかった。
それから最高だったのが舞台のセッティング時に映写された、
「許可局くん」(だっけ?)の物販を激しくプッシュする映像だ。
特に2回目の壇上で物販を連呼する所で山口 二矢に刺される奴には爆笑した。
この場所であの映像はヤバいだろう、最高にウケた。
まあそのお陰か物販はかなり売れていた様で、USBメモリは早々に売り切れて、
閉演後はパンフレットもかなり残り少なくなっていた。
それにしてもパンフに載っているプチ鹿島の写真はどれも実にイイ顔している。
福々しいと云うか昨今中々お目にかかれない実に味わい深い笑顔で最高だ。

と云う訳でこの値段と内容なら今後も年に一回ほど開催しても良いのではないか?
その時は是非また日比谷公会堂に出掛けたいもんだなぁ・・・・と、
野音からもれて来るカンサスの「ダスト・イン・ザ・ウィンド」を聴きながら、
家路に向かう為にペダルを踏み込んだ、終わり行く夏の宵だった。

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                大東京ポッド許可局のパンフレット

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