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2012.05.26

『地図集』 / 董啓章

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九十年代半ばの返還前から二千年代の半ばまで、毎年香港に出掛けていた。
目的は映画とVCDとパチ物漁り、そしてだらだらとした街歩きだった。

今考えれば、戦艦の甲板の様に波打った異常に巨大な映画館の、
早場(朝の十時半位から旧作を安い値段で公開する香港独自のプログラム)を、
完全に人生をリタイアした爺さん達と煙草をふかしながら観たと云うのも、
今となってはかなり良い思い出だったと懐かしむ。
それからまあ怪しい商品を扱う店が開店する午後の遅い時間まで街歩きだ。
そもそも余り広くない香港は交通機関を使えば観るべき所は大体回れる訳だが、
毎度毎度観光客的に殆ど用の無い所ばかりを歩き廻っていた。
無機的な倉庫とひなびた港しかないトラムの終点の堅尼街まで出掛けて、
昼日中から釣り糸を垂れてるオッサン達と海を見ながら呆けていたり、
MTRの駅名だけは豪華なダイアモンド・ヒルの貧民街に出掛けて、
それでもトタン屋根の上にエアコンの室外機が必ず付いている事に感心したり、
工場が建ち並ぶ牛頭角の巨大な団地の下に出来た屋台街に鍋を喰いに行ったり、
そのくせ未だビクトリア・ピークに行った事が無いと云う体たらくである。
その行動に全く持って意味は無い、ただ単純に好きだったと云うだけだ、
香港と云う、特異な歴史を背景に歪に発展していった都市の様々が。
あの都市ほど西洋と東洋と言った雑多な要素が交じり合わずに同居し、
危うい均衡の上、しかも高密度に圧縮された様に存在する都市は無い。
残念ながら今や伝説の九龍城砦には足を踏み入れずに終わってしまったが、
あの様な胸踊る魔窟感は街中に有る商業ビルの中に今も存在しているのだ。

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さてそんな一筋縄では行かない香港の街をモチーフに、
香港出身の作家が相当変わったアプローチで描いた作品が日本で出版された。
それが今回紹介する董啓章の作品集『地図集』である。
この『地図集』と云う作品は「理論篇」「都市篇」「街路篇」「記号篇」
と云う四つの章でもって香港と云う都市の奇妙な成り立ちと歴史を、
古地図や記録、伝承等の豊富な歴史的資料を駆使して焙り出す作品だ。
但し、引用される資料や伝承は全くの嘘、完全な創作パロディである。
つまり巧妙なホラ話を積み上げて虚構の香港を創出した一作であり、
同時にそれが香港と云うキメラ的な都市を合わせ鏡の様に映し出す話でもある。
しかしこの一篇、浅学な人間には余りにももっともらしく出来過ぎていて、
「理論篇」「都市篇」の中に出て来る創作歴史資料噺等を読んでいると、
「へぇ~そんな歴史的な背景が有ったのか・・・」等と感心した後に、
「あ、いかんいかん、これ創作だったんだ」と気付く事がしばし有った。
本作中最も面白いのが或る種ファンタジックな「街路篇」で、
植民地支配者の英国人が香港の温湿な気候に於いて故郷の厳冬を追憶する為に、
氷室を創ったと云う笑える噺を当てはめた『雪廠街』の話とか、
何処か映画「五人少女天国行」の原作「五人の少女と一本の縄」を彷彿とさせる、
民話的エピソードが中々に味わい深い『七姉妹道』の話、
台湾で神に成った日本の警察官「義愛公」の逸話を思い出す『愛秩序街』、
実際に良く通った『通菜街と西洋菜街』の話等もニヤリとする面白さだった。

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本書には『地図集』以外にも作者の多彩な味わいの短編が収められていて、
「地図集」の発想を小説的な手法で描いたノスタルジックな『永盛街興亡史』、
日本でも知られた古代薬学の神様「神農」の人間くさい半生を、
現代の香港にそのまま持って来たような滑稽だが哀しい『少年神農』、
そして舞台が日本だからか何処か村上春樹の作風を彷彿とさせる『与作』、
と云う三本の発表年代も作風も異なる作品が愉しめる。
個人的には「永盛街興亡史」辺りを巧く脚色した映画などが観てみたい所で、
陳可辛のUFOが全盛の頃なら面白い作品にしてくれそうな内容なんだが・・・

さて余り関係無いが本書を読んでいて思い出したのが「二樓書店」の事だ。
詳しい事は以前ここで書いた記事を参考にしていただくとして、
あの「二樓書店」に集っていた人達の独特の雰囲気が本書から感じられた。
もしかしたら作者とは何処かの「二樓書店」で擦違っていたかも知れない。
そんな妄想も本書を読んだ後なら許されるのではないだろうか・・・・

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          今は無き「二樓書店」洪葉書店への階段

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2012.05.19

王朝の陰謀 /判事ディーと人体発火怪奇事件

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いやー、何気に予想よりも全然面白かった。
何と言うか一番香港映画を夢中で観ていた頃の古装片を観ている感じと云うか。
まあそれもその筈、かの古装片ブームを始め上り調子の香港映画界で、
数々のムーブメントを仕掛けた天下の徐克監督の作品である。
かなり永きに渡って作品の不調が続いていた徐克だったが、
ここに来ての「完全復活」と云う言葉が実に肯ける作品に成っていた。

まあしかしこの映画の存在が気に成っていた理由と云うのが、
その「完全復活」と云う部分も有るが、映画の題材に拠る物が大きかった。
それこそがこの映画の主人公たる狄判事こと狄仁傑の存在である。
狄仁傑に関して知ったのはオランダ出身の外交官との兼業作家である、
ロバート・ファン・ヒューリックの諸作「ディー判事」シリーズによってだ。
欧米出身の作家による唐代中国の推理小説と云う事で、
何処か奇異に感じる向きも有るだろうがその内容は非常に素晴らしく、
深遠な東洋への知識とミステリーとしての完成度に唸らされる作品である。
狄仁傑の素性に関しては以前ここで書いた記事から引用すれば、
『中国の唐代に実在した優れた判事であり、長じて大唐帝国の政治にも関わる
狄仁傑(ディー・レンチエ)を主人公に添えたミステリーである。
歴史に名高い彼の活躍と名推理は十八世紀頃に「武則天四大奇案」、
またの名を「狄公案」と云う名裁判物小説としてまとめられる様になる。』
と云う訳で実在の人であり中国では名の知れた人物で有るからして、
必ずしも映画がヒューリックの小説をネタにしている必然は無い訳だが、
今、狄仁傑が素材として取り上げられる意味なども含め期待していた。
(実際はTVシリーズで放映された狄判事物の人気と云う要因も有ったらしいが)

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で、まあ実際の所やはりこちらの期待していた狄判事物とは大きく違った。
理知と人の機微を描いたヒューリックの「ディー判事」物に比べると、
理知を馬鹿とアクションに置き換えて強引にこちらに引き寄せた感じである。
だがこの映画に関してそれは決して否定的な要素には成らない。
有り物の題材をチャイルディシュなイマジネーションでもって膨らませ、
映像の力で暴走させるのは、かつての徐克お得意の伝統芸なのである。
例えば「聊斎志異」を題材にした「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」然り、
伝説の武術家・黄飛鴻を現代に甦らせた「ワン・チャイ~シリーズ」然り、
金庸の小説をドーピングした様にド派手に描いた「東方不敗」然りである。
(徐克の監督作ではなくプロデュースでクレジットされた作品も含む)
近頃は成熟した所を見せようとしたのか不発作品の多かった徐克も、
その原点に戻った事でようやく本領を発揮したと云う所だろか。

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話を要約すると、則天武后の即位目前に奇怪な怪死事件が続発し、
窮余の解決策として清廉過ぎる余り獄に繋がれていた名判事・狄仁傑を招聘、
巨大仏建造に関する秘密と人体発火死事件の謎を追わせると云う話だ。
勿論、狄判事物として「神探」と呼ばれた狄仁傑の推理が披露される訳だが、
映画の性質からして理知的な推理精度は完全に度外視な訳だし、
黒幕に関してはキャスティング的に「~だろうな」と云う空想が的中する。
だからしてやはりこの映画は洪金寶が手掛けたアクション部分の比重が大きい。
ヒューリックの小説の狄仁傑も文武両道で武術にも優れた男だったが、
この映画の狄仁傑は推理力よりも超絶的な武術家と云う描かれ方をしている。
特に手合わせするとその武器の弱点を感知する「降龍杖」が印象的で、
何者にも左右されない「正義」の象徴として描かれている所もカッコいい。
更に唐代と言えば様々な国との交易が盛んな国際色豊かな時代だった訳で、
それを背景にしたエキゾチックな文物、様々な肌の色をした人々の姿、
地下世界の「亡者の市」の奇怪なデザイン等も作品の彩りに貢献している。

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さてこの作品、妙な嬉し懐かしさを感じさせる要因が映画の出演者にも有る。
勿論、狄仁傑の監視を兼ねて付けられたいわく有り気な二人の役人、
チンアルとペイ・ドンライを演じた大陸出身の両人も非常に良かったが、
昔からの香港映画ファンなら元宮廷侍医ワン・ポーに悶絶必至だろう。
化身術で顔を変えているのだが、前半を演じるのが驚きの呉耀漢!
八十年代を代表する「五福星」「七福星」等の「福星」シリーズでお馴染みな、
あのギョロ眼としゃくれアゴでお馴染みなイイ顔のオヤジである。
そして化身術を解いた素顔のワン・ポーは、なんとあの泰迪羅賓!!
香港ニューウェーブの始祖であるシネマシティの主要メンバーの一人であり、
プロデューサー・作曲家として忘れられない名作の幾つかを生み出すのみならず、
俳優として「美女美女スパイに御用心」なんつう主演作まで有る男であり、
「何であんなミゼットなオッサンに需要が?」と思わせる八十年代の有名人だ。
この映画のヒット要因として実はこの両人の存在は小さくないのでなかろうか?
徐克の作品で呉耀漢と泰迪羅賓とくればオールドファンなら黙ってないだろう。
そして同様に黄金時代を牽引し今や円熟の位置に存在する梁家輝と劉嘉玲。
「孫文の義士団」や「葉問」でも魅せた脇で光る存在感の梁家輝も良いが、
本作で香港電影金像奨にて主演女優賞を獲得した劉嘉玲の女優っ振りが凄い。
純朴な少女から婀娜な女性、そして今回の女傑への目覚しい変貌と、
女優生命の短い香港映画界に於いてこのステップアップは賞賛に値するだろう。

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そして主役の劉德華、今回も安定した劉德華でした。勿論良い意味で。
劉德華の存在に関してはここの記事でも色々と書いてはいるが、
流石にここまで来ると、もう劉德華は劉德華で良いのではないかと思えてきた。
だってなぁ・・・もう五十過ぎだと言うのに実に不変な劉德華振りである。
世界の映画史的に見てもこんな不変な存在って相当に稀有なんじゃなかろうか?
役柄として冒険した事も色々有った訳だが常に不変な所に戻ってくる。
役者としての探究心と大衆の求める像に忠実でいる事の両立は大変だろうが、
もうこうなれば「生涯劉德華」を貫き通して欲しい物だと思う。
徐克は今作のヒットを機に今作の前日譚と成る作品を企画中らしい。
きっとそこでも劉德華は我々の期待を裏切らない劉德華を見せてくれる事だろう。

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2012.05.12

音楽家J・A・シーザー復活の宴

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驚愕だった前回の箱からはや四年、再び恐怖の箱が届けられた。
前回同様に「富士レーベル」から届けられた待望のその箱の名前は、
「J・A・シーザー 伝奇音楽集 鬼火 天井桟敷音楽作品集Vol.2」である。

前回の箱の時にここに書いた記事の〆で『次に望むべきシーザー師の発掘音源と言えば、渋谷「ジァン・ジァン」にて定期公演されていた、「月蝕歌」「萱草歌」と題されたコンサートの音源化である。』等と勝手に書いてはいたが、
正にそんな勝手な願いが届いたが如き内容に感慨も深かったりする訳だが、
その内容は更にバラエティに富んだ発掘音源だったりするからたまらない。
年代順に辿ると七十五年の「「J・A・シーザー リサイタル」、
七十七年の「伝奇音楽会 鬼火」、七十八年の「月蝕歌」、
七十九年の「Black Christmas 闇乃降誕祭」、八十年の「萱草歌」、
そして番外編的に八十一年の蘭妖子さんのコンサートが収録されている。

録音状況やマスターテープの具合、そしてシーザー師本人の希望等、
様々な要因が有るだろうが、細切れになった公演が多いのが残念な所で、
公演の全容を納めていると言えるのは「鬼火」と「闇乃降誕祭」、
(多分、蘭妖子さんのコンサートも全編収録だとは思う)
「月蝕歌」では第一部にあたる「名画組曲 フー・マンチュー」のパート、
「萱草歌」は四曲(但し特典のCDには別の月の音源七曲を収録)、
そして「パノラマ島奇譚」「黒航海歌集」「サーカス伝奇」「黒髪憧曳」、
等と云う異常にそそられるタイトルの四部構成から成る「リサイタル」は、
寺山修司本人の朗読も含む六曲のみが抜粋して収録されている。
「壷坂霊験記」など是非とも聴いてみたいタイトルの作品等が有ったりして、
劣化しているマスターテープを何とか最新技術でリマスターして貰って、
初期の混沌としたエネルギー渦巻くリサイタルの全貌を聞いてみたい物だ。

内容の方だが、Disc1やDisc4では正しく劇団・天井桟敷の劇伴だけではない、
「国境巡礼歌」や「J・A・シーザーの世界」付属CD音源で再発見した、
日本のミュージシャンとして唯一無二の隔絶した存在と言えるシーザー師の、
他に類を見ない凄まじいオリジナリティのロックが味わえる内容で、
Disc2の「名画組曲 フー・マンチュー」やDisc3の「十字架の蜃気楼」は、
今まで世に残されていた劇団・天井桟敷の音源以外にも、
シーザー師の、物語を彩る異形の劇伴が存在した事に驚かされる。
しかしこんなテンション/クオリティ供に非常に高い作品が、
今まで当時の観客と一部の人間にしか知られていないかった事実に驚く。

さて流石に今後もうこれ以上この規模の箱が現れる事は無さそうだが、
劣化で見送った音源が復刻される様な事も有るやも知れない。
また録音された音源自体が残っているのか解らないが、
秋田で行われた「ジェフー毛」名義の「戯音フォークコンサート外伝」、
そしてこれは多分録音が残ってそうな七十六年の六月に三日間行われた、
「伝奇集 J・A・シーザーの呪術音楽会」の発掘も期待したい所だ。
「萱草歌」もまだその全貌が明かされていない様な状況だし、
数年後にまたこんな恐ろしい箱が届けられる事を願って止まない。

そしてそしてこの箱のリリース情報と供に恐ろしい知らせが、
寺山修司の死去以来長らく封印されていたシーザー師のライブ活動が、
何とこの箱の発売に合わせて再開されると云う驚くべきニュースだ。
どんな内容に成るのかは解らない物の、何とあの森岳史も参加すると言う事で、
「萱草歌」辺りの往年の内容を期待しつつ早速前売りを購入した。

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当日は雨だったが電車の中でも子供連れが多く、今がGW中である事を思い知る。
ハコは新宿の歌舞伎町に有る「FACE」と云う例によって行った事の無い所で、
オール・スタンディングなら三百位は入りそうな割と大き目のハコだったが、
GWとは関係無さそうな観客がひしめいていて、かなりの盛況振りである。
特に仰々しいイントロも無くバンドのメンバーと万有引力の役者陣が登場し、
万有引力の公演、及びアニメ「少女革命ウテナ」に使われた楽曲を披露。
ジャズ色の薄れたMAGMAと言った趣の怪しくも勇壮な演奏が最高だ。
ちなみに当日は、「輪るピングドラム」にてARBを超絶的な使い方で聴かせた、
ウテナの監督・幾原邦彦氏も会場に姿を見せていたそうである。

さてそこから中央に椅子が運び込まれそこにシーザー師がどっかと座り、
氏のソウルメイトととでも言うべき「From悪魔の家」の森岳史を呼び込み、
正しく数十年来と云うべき伝説の封印が解かれた訳である。
今回バッキングを務めたのは「AsianCrackBAND」と銘された若い面々で、
客席からだと中々ステージの後方まで確認できなかったのだが、
フライヤー等で確認すると総勢十人の大所帯であり、
そこにコーラス隊まで加わってステージにひしめき合っている様に驚くが、
このバンドの演奏と楽曲のアレンジが最高に素晴らしく唸らされた。
基本は飽く迄も躍動感の有るオールド・スクールなハードロックなのだが、
リフの絡め方やリズム決め所など中々にモダンなアレンジが成されており、
今世紀のヘヴィネスをも内包した現代的なプログレ・ハードの音に成っていて、
そこにシーザー師のコブシの効いた和的な歌唱が重なる独自性は凄まじい。
例えるなら七十年代初頭のイタリアン・ロック黄金期の泥臭さを継承しつつ、
現代的なヘヴィネスを加えた最近のイタリアの若手の様な感じか・・・

その後シーザー師の喉を休ませる意味でも一度バンドははけて、
テープをバックに歌姫たちがそれぞれ独唱を聴かせるコーナーが続く。
多分ここで最近万有引力の芝居にも出ている声優の小見川千明も、
ゲストとして歌ったのだろうと思うが正直良く確認できなかった。
そして再びバンドと供にシーザー師がステージに戻ってきて、
今回発売された「伝奇音楽集 鬼火」収録の楽曲等も交えて後半が始まる。
相変わらずバンドの演奏はタイトで熱が有り、つい身体がリズムをとってしまう。
そして本編の最後は今回のライブのタイトルにも成った「山に上りて告げよ」。
新高恵子のアジテーションで始まる「国境巡礼歌・完全版」でのバージョンは、
正しくドラッギーで混沌とした雰囲気の中終わって行ったが、
今回は混沌よりも荒涼とした風景に光が射す様な黙示録的な雰囲気で始まり、
加速して行く演奏と供にバンドメンバーのソロ廻しと云う熱い展開を迎え、
予想だにしなかったロックバンド的なエンディングで〆る事に成る。
但し天井桟敷から万有引力続く伝統通りに無駄なカーテンコールは一切無く、
予想外に熱かったライブの余韻を残しあっという間に終了した。

いや素晴らしい!別に当時のままの演奏を聴けても充分満足だったが、
ここまで現在でも遜色無い音に近付けて来るとは思わなかっただけに、
驚かされると供に是非ともこれ以降もライブ活動を続けて欲しい物だ。
と云うかこのバッキングでアルバムとか創って欲しいと是非に願う。
勿論妙にロック的に振り切ったサウンドに眉をひそめる向きも有ろうが、
これはこれでシーザー師を未体験の若い衆に強力にアピール出来そうだ。

さてその日会場先行で今月の23日に発売される天井桟敷の芝居、
シーザー師の劇伴によるCD「奴婢訓」が売っていたので購入してきた。
音源は七十七年に録音され七十八年に再編集された音源だそうで、
八十三年に自主制作で出されたカセット同じ音源なのかは不明だ。
劇中で歌われる新高恵子と蘭妖子の独唱曲と供に、
シーザー師本人が歌う珍しい「南十字星の背理」も収録されている。
最高傑作の「身毒丸」等の様に、時として劇伴と云う括りを超えて、
楽曲単体として強い個性を放つシーザー師の劇伴集に比べると、
「奴婢訓」の音楽は劇自体の性質も相まって真っ当に劇伴的であり、
反復的ミニマルなフレーズが繰り返される静的な楽曲が多い。
05年の寺山修司生誕70周年記念公演と題された「奴婢訓」を観に行った時も、
「身毒丸」的な音を期待して行って拍子抜けした覚えが有る。
シーザー師ならではのアクの強さを期待して聴くと肩透かしをくうが、
プログレを経由したインダストリアルなニューウェーブ風の音は中々妙で、
時代背景を考えればそれはそれで聴き所の多い作品だと言えるだろう。

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2012.05.05

「ファイナル・オペラ/山田正紀」

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平成の世から戦乱渦巻く満州の地へ、「宿命城」と云う漆黒の大伽藍を打ち建て、
「検閲図書館」黙忌一郎と云う名探偵を世に送り出した、
衝撃の「ミステリ・オペラ」から十一年余り・・・
軍靴の足音が近付くと供に退廃的な世相も爛熟する二・二六事件前夜、
謀略と悲劇と謎が渦巻く帝都の雪闇を疾走する黙忌一郎。
活劇と謎が複雑に入り交じる「マヂック・オペラ」から七年余り・・・
昭和史を探偵小説で描く〈オペラ三部作〉と云う命題の元、
山田正紀畢生の「ミステリ・オペラ」三部作がいよいよ完結する!
十一年前に「ミステリ・オペラ」の話で盛り上がった友人も今は亡く、
書店の店頭に並んだ本書を手に取って深い感慨を覚えたと云う次第である。
さてその最終作と成る「ファイナル・オペラ」の内容とは?

敗戦の色濃い昭和二十年、東京は八王子の長良神社では時局にも係らず、
代々神主を務める明比家に伝わる秘伝能「長柄橋」の上演準備を迎えている。
しかし時局とは別に明比家一同には別種の緊張感が蔓延していた。
と云うのも十四年前に同所で「長柄橋」が上演された時に、
上演中に殺人事件が起り、その事件は未だに解決を見ていなかったからだ。
謎多きその秘伝能の内容、長良神社に関わって来る怪しげな存在、
一癖も二癖も有る明比家の人間達、繰り返される衒学的な問答、
そして空襲警報が鳴り響く中で繰り拡げられる秘伝能「長柄橋」の内容とは?
十四年前の事件の真相とは?

と云う訳で、あれ黙忌一郎は?と云う声が出て来そうだが、
勿論、何時もの様に検閲図書館・黙忌一郎は謎の存在として現われ、
意味深に事件の真相を語ってくれるが、その存在感は相当に薄い。
前作で八面六臂の活躍を見せてくれた黙忌一郎に比べるとその差は歴然だ。
と云うのも、元々メタ・ミステリー的な小説内容からして、
事件の推理小説的精度に関して追求する様なシリーズではない訳だが、
今回はそれに比しても殺人事件の解決に関しての関心が薄くなっている。
言ってしまえば作品世界自体が謎解きに関して無関心と云う感じだろうか。
それは戦時下の空襲で万単位の人間が死んでいる日常に於いて、
推理小説的な謎解きが如何に無力で意味の無い事であるかの実証であり、
しかし反面そう云う非常時に於いてもミステリー小説的な思考が、
尚も拠って起つべき一つの抵抗として存在する証であるとも言える。
本書の帯に「3・11を越えて著者が贈る破壊と再生を紡ぐ」と記されている様に、
著者がかの震災を念頭に置いて本書を著したのは確かな訳で、
その思考的な解釈がこの様な形として結実したのは良く解る。
しかし良く解るのだが、それが面白かったかと言われると答に窮する。
全く個人的な感慨だが、本書に期待していたのはシリーズの掉尾を飾る内容だ。
言ってみれば検閲図書館・黙忌一郎の活躍及び正体に関する事、
そして検閲図書館の宿敵とも言える怪人・占部影道との決着等々、
前二作から引き続いて来た魅力的なキャラクター達の総決算である。
それらが実現しなかった事に関する失望感は非常に大きい所だ。

それにしても本書が孕む解釈の幅広さと無常観は凄まじい物がある。
アオムラサキと云う蝶に象徴される輪廻転生の観念、
明比家とその秘伝能「長柄橋」が持たされた重く深い意味合い、
余りにも救いの無いラストとそれに反する様に美しい幻覚部分、
安易な解釈と共感を拒む硬度の高い展開には息苦しささえ覚える程だ。
それにしても、全く居ないとは限らないであろう、
今作から読み始めた様な読者は、本書の内容に衝撃を受けるだろう。
確かに推理小説的な外観を持って話は進んで行く訳だが、
妄想なのか並行世界なのか判別が付き難いパラレルな世界観、
語り部である明比花科が綴ったとされる幻覚的な幾つかの挿話、
そして難解な名前をした明比家の面々が繰り広げる「能」に付いての解釈、
事に明比家に伝わる「長柄橋」を中心とした能の話は本書の大部分を占める。
能に関しては一般的な解釈程度の知識しか無いこちらにとって、
ここで繰り拡げられる能と云う芸能の深遠さと解釈に振り回され、
そのメタ・ミステリー的な衒学的世界に翻弄されるばかりである。
そして唐突に現われる総てが謎に包まれた超絶的な存在といえる、
何もかもを見通したが如き名探偵、検閲図書館・黙忌一郎。
正に「奇書」、現代が生んだカルトな感触の一冊である。

既に読んでしまったらしょうがないが、
未読の方は是非とも文庫にも成っている「ミステリ・オペラ」からどうぞ。

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