« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012.06.30

「世界を売った男 」 陳浩基

Book03


中文圏に於ける中国語による本格ミステリーの隆盛を目指して、
台湾の出版社が主催し、中国語で書かれた本格ミステリー長編を募集する、
「島田荘司推理小説賞」の二回目と成る受賞作が発表された。
今回の受賞作は香港出身の陳浩基(サイモン・チェン)による、
「世界を売った男」と云う作品に決まった。
短いスパンで再び未知の香港の作家の小説が読める驚きと供に、
「おいおい、いきなりデヴィット・ボウイかい」等と思いつつ手に取った。
ストーリーはこんな感じの話である。

妻の不倫相手の家に忍び込み、その相手と供に妊娠中の妻も惨殺すると云う、
「東成ビル殺人事件」を担当していた香港西区警察署の巡査部長・許友一は、
酷い二日酔いと頭痛で車中目覚めた時から奇妙な違和感を感じていた。
見知っている筈の風景が何処か何時もと違う様に感じられる・・・
署に到着すれば、それは昨日まで自分が勤務していた建物ではなく、
時は昨日まで自分が過ごしていた2003年ではなく2009年に成っていた。
六年年間の記憶が全く失われたまま混乱する許友一だったが、
そこへ彼と面会のアポを取っていた女性雑誌記者が現れる。
このたび件の「東成ビル殺人事件」を映画化する事に成り、
連動した雑誌の企画で当時の担当者の話を聴く事に成っていたと云うのだ。
彼が2003年に捜査中だった事件は容疑者である妻に不倫された夫が、
警察に追われた末に車で通行人を跳ね飛ばし、多数の死者や重傷者を出し、
容疑者も車中で死ぬと云う陰惨な結果に終わっていた。
しかし既に亡くなっている容疑者は本当は犯人では無いのではないか?
そんな疑問を抱いていた許友一は、既に解決済みの過去と成った事件を、
雑誌記者の女性と供に辿り直す事でその疑問の真相に迫ろうと試みる。
それは失われた彼の六年間の記憶を取り戻す為の行為でもあった。
やがて浮かび上がってくる容疑者の弟分だったスタントマンの男、
そしてその男と自分を巡る意外な関係が明らかに成って行く・・・

特に話の内容を確認せずに「ボウイか・・・」等と思って読み始めた所、
語り手の記憶が飛んでいる部分で「またそれか!」と唸ってしまった。
サイコスリラーの隆盛以降この手の「失われた記憶」展開は非常に多いが、
それ故に書く方のハードルが非常に高く成るのも確かな訳で、
本作は本筋の合間に「断片」と云うカウンセリング風景を点描したり、
精神科医による学術的な解説を組み込んでいて考証はしっかりしている。
その上で主人公の失われた記憶が明かす事の真相は中々に驚きの内容で、
サスペンスフルな展開と供に著者の力技に圧倒される部分だ。
ただその後にやって来るもう一回のどんでん返しに付いては、
若干無理が有るのではないか?と思わざるを得ない。
香港マスコミの凄まじいプライバシー意識の希薄さからしても、
事件以前から準備されていたとは云え流石に気付く人間は居ると思うし、
隣人との関係に冷淡な移民社会の大都市・香港の住人とは云え、
華人社会はもう少し家族関係だなんだと煩雑な付き合いが有ると思うのだが、
まあ昨今の香港もそう云う感じでは無くなって来ているんだろうか?

Book04
                  深夜の油麻地・廟街あたり

さてミステリー的な興味と別にこの作品の非常に魅力的な所は、
恰も香港映画の如くメリハリが有ってサクサクと進んで行く展開に有る。
実際に本作の中にも映画関係者を取材する雑誌記者と云う部分や、
伝説的な東洋のハリウッド、かのショウ・ブラザース・スタジオをモデルにした、
映画撮影所場面やスタントマンなどが出て来たりと映画に係る部分が多い。
と云うかそのものズバリ、これ香港映画の原作に持って来いの内容である。
詠春拳が繰り出される部分も有ればアクションシーンも豊富に有るし、
舞台と成る場所も元朗だの旺角や油麻地の廟街とか身近な所である。
余談だが旺角の砵蘭街の辺りに於ける、巨大ショッピングセンターである、
ランガム・プレイスが出来る以前の退廃した風景の追想が実に懐かしい。
昔あの辺には「南華」と「旺角」と云う古い映画館が有って良く出掛けたが、
深夜近くの回が終わって外に出ると黄色い看板(風俗系を表す)の下に佇む、
有り得ない様な格好をした年齢不詳の女達の煤けた背中を思い出した。
まあそれはさて置き香港で本書が出版されれば直に権利が買われそうである。
昔なら李Sirこと李修賢辺りが真っ先にしかも雑に映画化しそうな感じだが、
出来れば原作を丁寧に翻案して面白い娯楽作品に仕上げて欲しいもんである。

さて肝心のデビット・ボウイに付いてだが、話の根幹に関わる物では無いが、
主人公の置かれる立場を考えると成るほどと肯ける物があり、
読後に冒頭に掲げられた「世界を売った男」の歌詞を読んでみると、
中々に味わい深い物があった。
本作は応募時のタイトルが「遺忘・刑警」と割りと普通なタイトルで、
このボウイの楽曲を使ったタイトルに成ったのは出版時の事らしく、
営業的にもこのキャッチーなタイトルは中々に効果的だと思う。
さてマニアックな内容でアレなのだが、少し気になるのが雑誌記者の彼女が、
LPも持ってると言った「世界を売った男」のカバーが果たしてどれの事なのか?
お馴染みなドレスカバーか、回収後に出された左足を蹴り上げたモノクロの奴か、
もしくは激レアな初回のカートゥーンカバーなのか・・・・
それによって彼女のマニア度も伺えるのだが・・・まあどうでも良い事か。

Book06
            レアなUS版初回のカートゥーンカバー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.06.16

紙ジャケ・リマスター再発物二題

Kami13


半ば「伝説の屍」と云うか「生ける伝説」と化しかけていた、
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下MBV)の諸作のリマスター盤、
及びEP・レアトラック集が発売されて俄かにその周辺が騒がしい。
色々な所で書かれているが、かなり以前から発売の噂だけは流れていて、
相当満を持してのリリースであり、正直感慨はかなり薄かったりするが、
まあそれでも待望のEP・レアトラック集なだけに早速買いに出掛けた。
日本盤は高音質CD盤を使用していて紙ジャケでのリリースと言う事で、
輸入盤に比べると異常に割高で、まあ悩んだ末日本盤を購入した訳だが、
その「EP's」はジャケの仕様が海外盤と同じと言う事で結構がっかりきた。
リマスター盤の二枚にしても時代的には完全にCD時代の盤だけに、
高音質を求めないのなら正直余り日本盤の紙ジャケには意味が無い気もする。

今更ここでMBVと云うバンドの来歴を綴ってもしょうがない事なので、
ほぼリアルタイムで出会った歴史的名作「Loveless」の話をしよう。
その頃はまだそれなりに洋楽シーンの動向を追い掛けていた頃で、
雑誌とレコード会社が繰り出してくる様々なハイプに辟易しつつも、
話題の作品はそれなりに聴いていた頃に出会ったのが「Loveless」だった。
最初期のスプラッタ映画ファンなら大概は知っている、
カナダ産のB級作品から取られたバンド名に胡散臭い物を抱きつつ聴いた訳だが、
驚いた、もう一聴して完全にこれは別物だと解る作品だった。
例えば純ノイズと云うのなら既にスワンズだのノイバウテンなどは聴いていたし、
ポップさとノイズの融合ならジザ・メリ辺りで体験済みの筈だったが、
そのどれとも違う、アルバム一枚が恰も白日夢の如き凶暴な幻想性に満ちていて、
とにかく笑えるくらい徹底した音であり、凄まじい酩酊感に打ちのめされた。
そこで前作に当る「Isn't Anything」を聴いたが、これがまた違うのである。
勿論、賞賛すべき素晴らしい内容の作品なのは間違い無いのだが、
変な言い方に成るが結構許容範囲内のロックバンドの音とでも言おうか?
「Loveless」で感じた明らかに「違う」感じでは無かったのだ。
後に雑誌等で、何時果てるとも知れ無いケヴィン・シールズのスタジオ作業や、
スタジオ作業の余りの長期化でレーベルの経営が傾きかけた話など、
「Loveless」制作時の異常な状況を知りおぼろげながら理解する様に成る。
「Loveless」とは言ってみればケヴィン・シールズと云う天才/狂人の、
脳内風景を具現化した作品であり、飽く迄もバンドの音は素材でしかない事を。
それは正しく牛心隊長と彼の魔術楽団の「トラウトマスク・レプリカ」や、
狂ったダイヤモンドが束の間現実に帰還して創った「帽子が笑う…不気味に」、
等と同様の常識から隔絶し切ってしまった作品と同列に有る事を。

Kami05

と云う訳で一度あの音に心奪われてしまった人間は、
その断片を探しに寡作なバンドの残された音源に次々と手を出してしまう訳で、
そう成ってしまった人間に有り難いのが今回発売の「EP's」なのである。
「You Made Me Realise」「Feed Me With Your Kiss」「Glider」「Tremolo」
と云う四枚のシングル収録曲に12インチのB面曲やプロモ盤に収録の曲、
そして三曲の未発表曲も収めた正にアルバム未収録曲棚浚えな内容だ。
勿論MBV未体験の人間はまずはさて置き「Loveless」をお薦めするが、
あの異形過ぎる世界以外の真っ当なバンドとしてのMBVの多彩な音も、
この「EP's」で体験して欲しいものである。

Kami07

さてそんなMBVの「Loveless」と何となく似た様な経緯と背景を持った、
異形なアルバムが同時期にリマスター/紙ジャケ化再発されている。
それが今は亡きスリープが創り上げた伝説の一枚「ドープスモーカー」だ。
スリープは米国で結成されたドゥーム/ストーナー系のバンドである。
知らない人間にドゥーム/ストーナー系の音を説明するのは難しいが、
所謂、始祖サバスのヘヴィさとドラッギーさを抽出した様な音であり、
早さよりスローな重さを、明快さより澱んだ酩酊感を強調していて、
いずれにしろドラッグやトリップと切っても切れない関係に有る。
ドゥーム/ストーナーはメタルの一ジャンルに括られる事が多いが、
ブラック・フラッグ辺りから派生したパンク系の流れも汲んでいる。

そんな「ドープスモーカー」は彼らの二枚目の作品として録音される訳だが、
レーベル移籍のゴタゴタのせいで一年以上レコーディングが延び切り、
その間に貰った前金をマリファナに費やし酩酊状態のまま作品は肥大して行き、
とうとう全一曲、63分の狂った一大マリファナ叙事詩が完成した。
別にプログレ全盛期の頃もアルバム一枚一曲と云う作品が多く有ったりしたが、
それとて所謂組曲的な起承転結の有る作品だったりする訳なのだが、
全編引き摺る様なスローで重いリズムの上に、2~3つのリフがのたうち廻り、
マリファナ騎士団が聖地エルサレムを目指す念仏の様な歌詞が重なる、
正しくジャンキーの妄想が垂れ流されたが如きコマーシャリズム・ゼロの音に、
レーベルは発売を拒否、前金を使い果たしたバンドは解散と相成ってしまう。

Kami10

お蔵入りに成った作品はその後、63分を52分にまで編集されたバージョンで、
タイトルも「エルサレム」と変えられブートレッグとして世に出る。
その後、生い茂る麻を背景に拝火教徒が火を拝むアートワークに変えられ、
「エルサレム」は正規のルートで発売されその筋に衝撃をもたらす。
自分が初めて聴いたのもこの時期で、その極端過ぎる世界に衝撃を受けた。
そしてその後、バンドと「エルサレム」への再評価は高まって行き、
ついにその原点である完全版「ドープスモーカー」の発売へと至るのである。
今回は四度目のアートワークの変更と供に日本盤は紙ジャケ仕様と成り、
本編とボートラを別けての二枚組みリマスターでの発売と成った。

Kami11

MBVの「Loveless」も相当にコマーシャリズムの欠落した作品だが、
「ドープスモーカー」はそれ以上に激しく聴き手を選ぶ作品では有る。
しかし両作品供にドラッグの助けを元に狂った脳内風景を描写した作品であり、
間違って世に出た或る種過剰なアウトサイダー・アートだとも言える。
(まあクスリの力などを借りずにアレだけ狂った音を創造してしまった、
シャッグスに比べればどちらもそれなりに「まとも」ではあるけれど・・・)
このリマスター再発の機会に、一度その異形な世界を覗いてみては如何だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.06.09

初夏の京都・近代建築巡り

2012kyo01


細かい事は置いといて、例によって京都に出掛けてきた。
この時期はまあ修学旅行のシーズンなんで覚悟はしていたが、
それはもう小波の様に押し寄せる学生の群れに早々に有名寺院は諦め、
市内に点在して残る近代建築などを訪ねる事にした。

戦災に遭わなかった街・京都は、古い町屋が残っているのと同じ理由で、
明治から戦前に掛けてのモダンな近代建築が結構残されている。
有名な所では京都市役所や京都国立博物館、京都府庁の旧本館等の官公庁舎、
そして京大や同志社大等の歴史有る大學に残る建物などがそうだが、
それらの重厚な建築以外にも街中にモダンな建物が今も結構現存する。
と云う訳で今回はそう云う街中に残る近代建築を中心に巡ってみた。

まず明治末に四条通の拡張工事が行われるまで京都のメインストリートだった、
モダン近代建築ストリートとでも言うべき三条通周辺から。
ここには中京郵便局や京都文化博物館・別館等の大物が控えているが、
やはり三条通と言えばお馴染み、元・毎日新聞京都支局ビルであり、
現在はギャラリー、カフェ、劇場等が入っているアートな1928ビル。

2012kyo02

そしてかつては高く聳える時計塔が有名だったと云う旧・家邊徳時計店ビル、
三連アーチが今でも人目を引く三条ダマシンの威容。

2012kyo03

旧・不動銀行三条支店をテナントビルとして活用しているSACRAビル。

2012kyo04

三条通のメインストリートから外れるが中京郵便局の裏辺りに有り、
現在も営業している仏教系の書籍を扱う歴史有る書店・平楽寺書店。

2012kyo05

平楽寺書店の様な個人商店の洋館の建築の立派さに驚かされるが、
同様なのが京都市役所の脇、寺町通りに有る瀟洒な洋館・加納洋服店。

2012kyo07

そして個人的にその威容に最も驚かされるのが喧騒から離れた住宅地に有る、
蔦の絡まる外壁、前庭に咲き乱れる薔薇の花、風見鶏が起つ円形の塔と云う、
正しく「ザ・洋館」と云う面持ちの、革島外科医院。

2012kyo06

同様に圧倒されたのが、旧・明倫小学校の校舎を利用した京都芸術センター。
アーティストの制作・発表の場として利用されていて中を見学出来るのだが、
その余りにもモダンなデザインの内装建築に唸らされる事しきりである。
東京でもこう云う古い校舎のリノベーションは行われる様になったが、
この様な地域の遺産とも言うべき建物の再利用は是非行われるべきだろう。

2012kyo08

2012kyo09

さて三条通程ではない物の洋館がまとめて観れる通りが七条通界隈だ。

2012kyo10

来歴の良く解らないイイ建築に交じって、重厚な列柱を擁した洋館は、
旧・村井銀行七条支店で、現在はセカンドハウス七条西洞院店である。

2012kyo11

個人的に七条通だと、この洋館に入った肉屋がお気に入りだ。

2012kyo12

と云う訳で他にも四条の歴史有る「喫茶ソワレ」や「喫茶フランソワ」、
古い銭湯を改築した「さらさ西陣」などのレトロカフェなどなどや、
市中に点在する「聖アグネス教会」や「京都ハリストス正教会」等の、
見所多い教会建築など他にも色々と有るのだが・・・
それはまた別の機会にでも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »