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2012.07.28

怪談専門誌「幽」第十七号発売

Yuu171

毎度お馴染み、日本初怪談専門誌「幽」の最新刊17号である。

今回もずっしりと持ち重りのする分厚い一冊と成っている。
以前と比べて今号は特集コーナーが複数重厚だったのか?
等と表紙を見返してみたが特にそんな事も無い様で、
ある程度レギュラー企画でここまでの厚さをキープ出来るのは大した物だ。
しかし、逆に本の厚さに対して内容の薄さは皮肉にも反比例していて、
正直「怪談文芸」と云う物が過渡期に来ている様な気もした最新刊である。

巻頭のメイン特集は「ふるさと怪談」と言う事で、
地方在住の作家や怪談蒐集家の皆さんが座談会形式で地元の怪談を語ったり、
地方色の有る怪談実話の実作や各地方の怪談事情等を語る様な内容なのだが、
これが正直面白くない、と云うか非常に薄い。
冒頭の座談会でも話されているが、情報伝達が発達している昨今郷土色は薄れ、
テレビやネットで語られた著名な怪談が地方色をまとう事は有るにしろ、
「現代の」怪談に地方色を求めるのは結構困難な状況だと思うし、
それこそフォークロアの延長の様な話しか出て来ない様な気がする。
(勿論、今回の東北の震災や阪神大震災の時の様な、特殊な状況により生み出される「現代の」地方怪談は有るだろうが・・・・)
故に「ふるさと怪談」と云う「お題」を振られた作家の皆さんも、
何と言うか歯切れの悪い回答や民俗学的考証に終始している様な感じで、
これはやはり企画自体の詰めの甘さが内容の薄さを招いた結果の如きである。
東編集長による特集に付随した怪談紀行は今話題のスカイツリー周辺だが、
記事に出て来る南北の「東海道四谷怪談」の舞台が雑司が谷の四谷ではなく、
本所に有った四ッ谷と云う場所だったと云う新説の紹介には驚かされた。

同様に企画的に無理が有った様に感じるのは特集の「怪獣怪談」。
怪獣で怪談?と云う不安が見事に的中した様な内容で、
掲載された二つの作品はどちらも悪くない内容なのだが、
「メタファーとしての怪獣」とは云えこれで「怪獣怪談」とは如何な物か?
流石にいい加減「怪談」と云う観念が無造作に肥大し過ぎている様にも感じる。
特集の二つ目は今度「幽」の怪談実話コンテストの審査員に加わると云う、
稲川淳二と一柳廣考の怪談に関する対談なのだが、
人気の高い稲川の演題「生き人形」が封印された理由などが語られていて、
「生き人形」ネタ好きな方には必読な内容だろう。

知らずにページを繰っていて「え?」と驚かされたのが、
放送後各方面で話題に成り、三ヶ月で三度の再放送が繰り返されたと云う、
NHKのドキュメント番組「見狼記」スタッフへのインタビュー記事である。
何と番組に出て来る八木氏がニホンオオカミを目撃した以前に、
番組スタッフもニホンオオカミらしき獣を目撃していたと云う驚きの話や、
番組放送後に釜山神社に再度お参りした時に神社の宮司から、
お供えのお櫃に付いた歯型が噛み砕かれるほど深く付いていた事から、
「何かおかしな事はなかったか?」と問われる等、興味深い後日談が満載だ。
某「東京ポット許可局」でも二度に渡ってネタにされていた「見狼記」だが、
やはりその筋での注目の高さが伺えるだけに、これも必読の内容と言える。

連載陣の作品は相変わらず安定した内容で面白い。
時間が澱の様にたまった古都の町屋街に、雨の日に限って現れる喪服の女幽霊、
しのつく雨と鈴の音と供に彼女が辿り着いた先の家では必ず誰かが死ぬ事に成る。
墨絵の幽霊画の如き淡く幽かな小野不由美の「営繕かるかや怪異譚」は、
怪異の不条理さと祓うでもなく只在るがまま受け流す尾花の細工が今回も見事だ。
京極先生の「眩談」は今回も実に「漠然とした厭さ」加減が最高で、
鄙びた温泉ホテルの絶妙に厭なディテール感が実に素晴らしい。
山白朝子の和泉蝋庵道中記は今回も奇怪な民話の如き残酷な内容で愉しめる。
芭蕉の臨終を芥川の「歯車」の様に描いた有栖川有栖の「枯野」も中々オツだ。
怪談実話の連載では安曇潤平の「異臭」が意味不明の不気味さが面白かった。
そうそう今回で怪談実話の旗手の一人、平山夢明氏の連載が終了するらしい。
そんな所も「怪談文芸」が過渡期に有ると云う気にさせる要素なのかも知れない。

Yuu172


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2012.07.21

京都を舞台にしたマンガ

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さて今回は京都を舞台にしたマンガを二作品紹介。
まずは既に各方面でも話題に成っている作品で「今更」感は有るが、
音楽マンガの傑作「神童」「マエストロ」等の作品でもお馴染みな、
さそうあきらが描く「ミュジコフィリア」。

それにしてもさそうあきらも随分と息の長い作家である。
自分が学生だった頃に偶然手に取った早稲田大学漫研の同人誌、
「わせだまん」でその存在を知ってから結構な月日が経つ訳だが、
その衰えぬ創作力と相変わらずの需要には感心するばかりだ。
あの頃、商業誌のみならず同人誌界隈にも煌く様な才能がひしめいていたが、
今では多くの作家が筆を折ったり発表の場が無く消えて行ったりしている。
そう云う意味でもさそうあきらにはまだまだ頑張って欲しい存在だ。

さて話の方だが、主人公の「朔」は著名な音楽家の血を引く若者ながら、
妾腹と云う出自や、才能を嘱望されている異母兄との確執から、
自らの音楽的な才能を忌避し、芸術大学の美術学部にこの春から入学するが、
そこで学内の変わり者ばかりが揃う「現代音楽研究会」の連中と出会い、
半ば強引にその珍妙な活動に参加させられてしまう。
学術的のみではなく直感的に遊びの様に音楽と戯れる現音研の連中と過ごす内、
朔の中の根源的な音楽への要求が高まって行く・・・

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さそうあきらが何処かの雑誌のインタビューで語っていた事によると、
彼は現在、京都精華大学マンガ学部の専任教員を務めており、
この作品はそこで見た学生達の姿と京都の街にインスパイアされたそうである。
確かにこの作品に於ける京都と云う街の存在感は圧倒的な物がある。
川を渡る風が、歴史有る祭りの賑わいが、完成された庭園の静寂が、
朔の頭の中で無上の音に還元され、計り知れない感情を呼び起こす。
一見自然の豊かな場所なら何処でも良いのではないか、と思ってしまうが、
別名「学生の街」とも呼ばれる京都の「蒼さ」感も重要なファクターだ。
花見の会にて賀茂川を巨大な楽器に見立てると云う酔狂な試みとか、
祇園祭宵山の浴衣の散策、呑み会での即興的なセッションなど、
学生に寛容な街ならではの似合い過ぎる舞台設定にはほのぼのとさせられる。
余談だが、有名寺院や名所等ではない一部で知られた京都のアートなスポット、
ちょっと前に紹介した1928ビルやパララックスレコードが出て来るのも面白い。
いずれVOXビルのMEDIASHOPやARTZONE辺りも作中に登場するやも知れない。

正直最初に読んだ時に「また天才の話か」とやや鼻白んだのも確かなのだが、
朔が周囲の影響を受けて才能を開花させて行く場面などは、
独特のカタルシスと感動が有ってやはり「巧いなぁ」と唸らされる。
また昨今当たり前の様に成ったスキャナーによる背景処理ではなく、
昔ながらのペンとトーンで微細に描き込まれた風景の美しさが素晴らしく、
そして何と言っても個性的なそれぞれのキャラ表現が最高だ。
本当にきたない・・・否、特徴的な顔の連中が満載で実に愉しめる。
昨今中々お目に掛かれないこう云うイイ顔の連中が沢山出て来るのも、
さそうあきらのマンガの醍醐味と言えるかもしれない。
更には他の音楽作品でも実践済みだが、マンガと云う表現手段に於いて、
音楽と云う聴こえない物を表現する手法は相変わらず圧倒的だ。
今回の作品は「現代音楽」と云う事で更に表現手段が難しく成っているが、
これはかなりその「音」の方も聴いてみたくなる作品である。
どうでしょうね?「ノイタミナ」辺りで丁寧にアニメ化と云うのは・・・

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さてもう一冊は全く未知の作家の作品ながら、中々にそそる話に惹かれた、
やまあき道屯の「明治骨董奇譚 ゆめじい」の一巻だ。
今度は明治時代に遡った京都を舞台にした作品なのだが、
その頃の京都は保守的と思われがちながら、モダンな建築も多く建てられ、
積み重なった歴史の澱と新しい物が入り交じる不思議な空間を創り出していて、
そんな京都の街で骨董屋を営む「ゆめじい」の元に持ち込まれて来る、
曰く付きの骨董品にまつわる数々の不思議な話を綴る短篇集と成っている。

実際の骨董秘話と云うより(とは云え歴史的な史実は踏まえているが)、
念の篭もった曰く付きの骨董に潜む奇怪な現象を「ゆめじい」が祓って行く、
所謂ゴーストハント的な伝奇マンガと云う側面が強い。
ただ主役の「ゆめじい」はそう云う力を会得した存在だが単なる爺さんだし、
昨今の伝奇マンガの如き派手な戦闘シーンなどは全く無い。
しかし老獪な手腕と人生経験の深さによる解決方法は中々見事で、
更に飽く迄も最終的にちゃんと稼ぐと云う京都人らしさが見物である。
こちらも京都と云う古都を最大限に使った舞台設定が面白く、
一条戻橋にて死せる魂を呼び戻したり、西院の高山寺で賽の河原を再現したり、
「魔」と隣り合わせに有った京都の深い部分を描いていて興味深い。
そして同様に話が進むと供に憑り付いた「魔」の真実が、
人間の「業」や「罪」、歴史背景など深い部分へと踏み込んで行く。
派手さは無いが味わい深い作品ゆえ、以降の続刊も期待したい所である。

さて両作に共通する要素として京都と云う街の特異な魅力と、
それを掘り下げて行く様な面白さが有る訳だが、
京都を舞台にしたマンガに付いて検索していたらこんな物を見付けた。
京都を舞台にした作品を紹介する京都市が制作したフリーペーパー、
「京都漫彩」と云う冊子が出されていたそうで、以下のウェブで読める。
http://kyoto-mansai.com/index.html
著名な作品も多いが個人的にほうさいともこの「酒場ミモザ」が嬉しい。
地味な作品だったが味わい深い良い作品だったなぁ・・・
後は以前ここでも紹介した、最近復刊のタナカカツキの「逆光の頃」。
それから冬に京都の路地めぐりをした時にちょこっと取り上げた、
麻生みことの「路地恋花」なんかも京都が舞台の作品としては必読だろう。
後は舞台が京都だったかちょっと定かではないが、
「丸太街先生」とか登場人物の名前が京都の地名に成っていた、
伝説の速星七生未完の作品「聖者の行進」も読み返してみたいなぁ・・・・

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                     お馴染み1928ビル

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2012.07.14

「非公認戦隊アキバレンジャー」のメタフィクショナルな挑戦

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                 昭和な感じがたまらん主題歌ジャケ

『メタフィクション』
「虚構(フィクション)によって虚構を批評する超虚構的構造」とでも言おうか。
こう書くと一見難解な定義に聞こえるがその歴史は意外に古く、
現在では様々なメディアに於いてかなり当たり前の様に使われる構造だ。
最も有名なメタフィクション的構造は、舞台上で演じられる虚構に対して、
観客が発する「志村、後ろ後ろ!」と云うツッコミに対し、
志村が「は、あんだって?後ろ?」と応える例の一連の流れだろう。
始まりはセルバンテスの小説「ドン・キホーテ」辺りにまで遡れるらしいが、
現在では映画・マンガ・演劇・アニメ・ドラマその他様々な分野で見られる。
ただそれらの多くは楽屋落ち的なパロディに準ずる物が多く、
話の構造自体がメタフィクショナルな意識に貫かれた作品は左程多くは無い。

己の存在意義と世界との距離を意識し、自意識が肥大し始めし頃、
まあ現代的な言い方をすれば「中二病」が発症し始める頃とでも言おうか、
メタフィクション的な作品の発見は或る種心の拠り所と成る物だった。
夢野久作の「ドグラ・マグラ」に代表されるメタミステリーに耽溺し、
画面から観客に語り掛けてくる脱構築的な寺山修司の映画に興奮し、
押井守の「ビューティフル・ドリーマー」を熱く語っていたあの頃から、
己も齢を重ね、どうしようもなくズル剥けた現実との付き合い方も学び、
メタフィクション的な観念さえも手垢の付いた表現に陥った昨今、
久し振りにメタフィクション的構造が貫かれた熱い作品を観る事に成ろうとは。

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「非公認戦隊アキバレンジャー」と云う番組を始めて認識したのは、
確か何誌ものホビー誌が取り上げて特集していた記事だったと思う。
戦隊物の本家・東映が戦隊物のパロディ番組を作ると云う部分には惹かれたが、
バンダイ主導の玩具展開が先行する、所謂「ステマ」的な記事の胡散臭さや、
ネーミングの安易さから来るヲタク文化のつまみ食い的な如何わしさから、
放映前の段階では特に何の期待もしてい様な状態だった。
それが、総ては大掛かりな脳内ごっこ遊びだったと云う一話に意表を突かれ、
落胆した赤を立ち直らす為の本家ならではな「公認様」の無駄使いに爆笑し、
酒の力でイタい妄想と腐った妄想が暴走する三話を観る内に確信した。
この番組は「ヲタク風味を取り入れた戦隊物」等と云うヌルい物ではなく、
制作側が本当に本気でイタい番組を作ろうとしていると云う気概が。

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                  火力強すぎ(笑)

現在日本のアニメ等は合法・非合法問わず放送の翌日位には世界中に流れる。
「こんなドメスティックなネタやパロディなど異国人に解るのか?」
と思う事が多々有るが細かいネタの検証サイト等もアップされているらしい。
しかし事この番組に関しては日本人でさえそのネタの出所に悩む位の、
重篤な戦隊ネタやら番組スタッフ関連のネタ、アニメ関連やらBL関連、
それぞれのジャンルに特化されたネット用語、秋葉原の地域ネタに至るまで、
凄まじい量の無駄知識が網羅されている関係上、検証は困難を極めるだろう。
回が進むにつれ「スゲエ、そこまでやるんか!」と唸らされる事頻りだった。
しかし、黄色の母が上京してくるまさかの泣かせ回だったトリッキーな五話、
そして妄想が現実を侵食し始めるが如き不穏な兆しを見せる六話辺りから、
番組の異常さは加速度的に転がって行くのだ。

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            左から黄、赤、青の非公認な皆さん

さてこの番組の奇跡的な所は主役を演じた役者にも表れている。
特に主役を張ったアキバレット/赤木信夫を演じた和田正人、
本当に良くこんな逸材を見付けて来たもんだと感心する事頻りな男だ。
物凄くどうでもいい無駄な戦隊知識を嬉々として披露する演技や、
戦隊ヒーローに成り切った見るからに痛々しい演技などは秀逸過ぎる。
所謂、一般世間が考えるデフォルトなぬめ~っとしたヲタクではなく、
無駄に熱苦しく、押し付けがましく、ポジティブシンキングな、
或る意味、戦隊レッドらしいヲタク像の造型が素晴らしい訳で、
この辺の「イタいのに嫌悪感を持たれない」微妙な匙加減具合は本当に見事。
それもこれも和田正人の暑く過剰な演技力の賜物だろう。
演技力の秀逸さで言えばアキバイエロー/萌黄ゆめりあ(CN)を演じた、
荻野可鈴の17歳とは思えない変幻自在な存在感が素晴らしい。
役名に(CN)が付くふざけた設定通りのコスプレイヤーな訳だが、
毎回のコスプレの似合い具合と一々変わるコス設定のこなし具合は絶品だ。
リアクションは所謂マンガ風な極端な物だがそれを違和感無くこなしており、
作品の「飛び道具」としてのポジションを理解した演技は実に見事。
実は24歳のOLで「腐った」部分を隠していると云う設定も爆笑だ。
日南響子演じるアキバブルー・青柳美月は公認でも申し分無いヒロイン役で、
ツンデレでしかも隠れヲタ成分入りと云う設定がマニアにはツボだろう。
本人が相当動ける所から見て、アクションの素養もかなり有りそうだし、
このルックスなら公認様での活躍も充分期待できそうである。
他にも司令官ポジションと劇中内アニメの声優でもあった内田真礼や、
公認様以来の伝統の分野から参戦したマルシーナ役の穂花のハマり具合等、
配役の妙は数多く有るのだが、長く成るのでこの辺にしといて、
最後にこの番組は所謂戦闘スーツ姿でのシーンが結構多かった番組なのだが、
例によってスーツアクターさん達の演技が非常に素晴らしかった事を挙げたい。

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さて前半がアニメやマンガ等に顕著な小ネタとしてのメタだとすれば、
後半からは番組の内容自体がメタフィクショナルな領域へと突入する。
本人達の妄想の中だけで行われている筈だった戦闘が現実に拡張し始め、
遂には妄想中のスーツ姿のまま敵と供に現実の秋葉原に出現する。
妄想が現実になったと喜ぶ信夫達を尻目に、敵の幹部であるマルシーナは、
現実への侵攻の為にアキバレンジャー達の妄想力を最大限活用する。
ついに壊れた現実と妄想世界の壁、そして現れる敵の首領ドクターZ、
いきなり現れるインターポールから派遣されたイケメン、
いきなり現れるカッコいい敵の幹部ロボット、そして敵組織の拡大。
そして何故かペンタゴンにスカウトされた信夫、そしてレッドの交代。
急に日曜早朝の番組っぽくなる内容に戦闘シーン・・・おかしい、何かが。
そこで無駄な戦隊知識のお陰で敵の敗北フラグを一早く発見し、
勝利を重ねて来た信夫が気付く「これは番組のテコ入れ」パターンだと。
そして自分達や敵の行動も総て或る存在に操られている事に気付く。
自分達は「非公認戦隊アキバレンジャー」と云う番組の登場人物であり、
総てを操る陰の存在とは「番組外製作者」だと云う事を。

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ここに来て気楽な戦隊パロディが尋常で無い異常な展開を迎えるに連れ、
再び「そこまでやるんか!」と叫びたく成る様な徹底振りである。
メタな小ネタの組み合わせがやがて壮大なメタ構造に収斂すると云う図式。
まあそれにしても良くこんな思い切った設定が許された物である。
深夜枠とは云え昨今アニメでもここまで冒険的な設定は難しい所だ。
番組内現実に気付いた信夫が青と黄にその事実を知らせる方法と云うのが、
画面の下に流れてくる番組のお知らせテロップを自力で止めると云う、
実写の番組では今後もお目に掛かれそうに無い力技だったのには爆笑した。
そして迎えた最終回いや最痛回、番組を終わらせない為に彼らが取った行動は、
簡単に終わりそうも無い伏線を貼りまくる事と云う凄さだったが、
それさえも製作者側に簡単に回収され、無理くりな最終決戦へ。
如何にも最終回での敵側らしい、解り易い敗北フラグを起てまくる相手に、
聞こえない振りで逃げを打つアキバレンジャーだったが、
どう考えても今までの設定では有り得ない巨大ロボの出現でピンチに、
しかしそれさえも投げた空き缶で相手が自爆し見事お約束のフィナーレへ。
それでも諦めないアキバレンジャーは志を同じくする(笑)マルシーナと、
六ヶ月ほどぬるく闘う事を宣言して再び戦闘を開始する物の、
原作者「八手三郎」らしき手によって画面が遮られて番組は暗転するのだ。

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               テロップを人力で止める歴史的瞬間

いや~凄まじく徹底したしょうもない疾走感溢れる展開!
何と言うかメタフィクション的な作品の定番的な展開と言えば、
作中人物のレゾンデートルの揺らぎと作品世界の揺らぎを共振させた様な、
非常に内省的でダークなトーンの終わりに成る事が多い訳だが、
ここまで作品内現実に逆らった明るいトーンの作品は非常に稀だろう。
勿論、ゆるくごっこ遊びをしている様な前半のカラーが好きな層には、
後半の錯綜したシリアス(風)な展開が駄目だと云う意見も有るだろう。
しかし後半ここまで徹底したからこそ、番組が突き抜け物に成ったと思う。
本家の戦隊にしろライダーにしろ毎年意表を突かれる設定で驚かされる様に、
冒険を怖れないからこそ現代も進化して行く東映の底力を思い知らされた。

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              だから火力が強すぎだって・・・・

さて当初から有った玩具展開も何やら非常に好調な様だし、
公認様でも中々無いであろう、公式関連本が次々と出版され、
お約束の番組終了後のイベントも異常に盛況で、円盤の発売も決定と、
カルト的な人気が爆発しているアキバレンジャーな訳だが、
誰しも気に成るのは続編は、二期はどう成るのか?と云う所だろう。
正直この人気からして商品展開的に見ても続けるのが正解だろうし、
今度は内容・地域的にもスポンサーも数多く付きそうなのは間違い無い。
(なんならタイ・バニ的にスポンサーのロゴ入れるのも面白そうだ)
但しそのネックと成るのがまた、そのメタ展開した内容でも有る訳で、
ここまで素晴らしくメタ展開した作品に続編は有り得るのか?
このまま綺麗に終わらせたままの方が良いのではないか?
と云う葛藤は製作者側・視聴者側の両方にも根強く有ると思う。
果たして製作者側はこの難題をクリアする手段を生み出せるのか?
それとも記憶に深く残るカルト作品としてこのまま埋葬するのか?
どうするんだ、八手三郎!・・・とメタな人物に呼び掛けてみる。

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            番組を強制終了させるメタな人物の手

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2012.07.07

今期終了アニメの感想など

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2012年春期は非常に深夜アニメが充実していたなぁと云う感じだった。
大概毎期2~3本の作品を漫然と見ている様な事が多い訳なのだが、
今期に関しては結構な本数を、しかも次回を期待しながら視聴していた。

今期始まりだが2クール物なので来期も続く京アニ制作の「氷菓」は、
予想通りの高クオリティな作品で来期も実に楽しみな作品だが、
2クール物と言えば前期から続いていた「モーレツ!宇宙海賊」が、
予想を遥かに覆す面白さで素晴らしいラストを飾ってくれたのが嬉しい。
この番組最初の三話くらいで一度視聴を打ち切っていた作品だったのだが、
土曜深夜にTVを付けたままうたた寝していて、ふと目覚めた時にやっていて、
「え、コレこんなに面白かったっけ?」と視聴を再開した番組だったりする。
実際かなりの視聴者が一度打ち切った物の、作品の評判を聞き付け、
前クールの中盤辺りから俄かに注目が集まりだした様な経過が有るらしく、
円盤の売れ行きも結構良く、劇場版の制作も決まったと云う様な作品だ。
とにかく色々な部分が丁寧に創られた、と云う印象の作品で、
キャラの起ち方、特に個性的な海賊船クルーの職人的な佇まいが素晴らしく、
派手なドンパチではなく、頭を使った老獪な戦闘シーンの組み立てが白眉で、
それでいて「海賊」の名に恥じない派手で爽快なシークエンスも多く、
如何にも受けそうな、きゃぴきゃぴした(古っ!)女子高生風味も交えつつ、
久し振りにスペースオペラと云う娯楽の王道を味わわせてくれる作品だった。

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それとは逆に激シブでオッサン受けしそうなオールドスタイルに回帰したのが、
緑ジャケを着た伝説の第一期大隅ルパンのスタイルを現代に甦らせた、
前評判も高かった「LUPIN the Third - 峰不二子という女」である。
ルパンと次元以外の定番声優をチェンジした事でも話題に成った作品だが、
峰不二子役の沢城みゆきが素晴らしいハマり具合で感心した。
まあ声優を換えるならまずルパンを換えるべきだろうと思ったりする訳だが、
これがまあ栗田貫一が、かなり巧くなっているのには驚かされた。
正直、栗貫に成ってからの作品は殆ど観ていないのでアレなのだが、
何だかんだで長くやっているお陰なのか作品のカラーが合っていたからなのか、
シリアスな場面の多い今回の作品には殆ど違和感らしき物を感じなかった。
今回の話はルパンと銭形以外は全員がそれぞれ出会う前と云う、
(厳密では無いが)第一期に連結するが如きプリクエル的な話に成っていて、
峰不二子の過去譚を狂言廻しとして主要キャラが邂逅する話に成っている。
とにかく「やはりこう云うルパン三世が観たかったんだよ!」と云う、
オッサンの心を鷲掴みするが如きStylish&Cool&Sexな描写が素晴らしく、
第一話が始まった時のワクワク感は相当な物だった。
中盤、五ェ門登場回に顕著な中だるみは相当有った物の、
70年代辺りの東映映画の如きナンセンス無国籍温泉映画を彷彿とさせる、
独特のセンスが素晴らしい「湯けむり慕情」辺りからもち直し、
冷たく乾いたアシッド描写が前衛的な東欧映画を思い出させる「死んだ街」から、
ラストの「峰不二子という女」前後編へのたたみ掛けは中々に素晴らしかった。
ただ視聴者同様、製作側も大隅ルパンへの呪縛が相当感じられる部分が有り、
もう少しその辺から自由に成っても良かったのでは無いかと思わないでもない。
まあそうは言ってもいずれ次回制作が有る様なら何事も無かった様に、
例の明快な赤ジャケ姿の「ルパン三世」に戻るんだろうが・・・
ちなみにこの作品のテーマ曲をかの菊地成孔が担当すると言う事で、
山下毅雄ばりのファンキーなジャズ・チューンを想像していたのだが、
彼の楽団、ペペ・トルメント・アスカラールの既発曲「嵐が丘」に、
何とかの橋本一子がモノローグを乗せると云うデカダンな楽曲を披露し、
その橋本一子は最終回に声優としても出演していたりして驚かされた。

さて何だかんだ言っても今期アニメを一番盛り上げてくれたのは、
「ノイタミナ」枠の「坂道のアポロン」と「つり球」の二本なのは間違い無い。
そもそもノイタミナ枠で二本とも当りの作品が並ぶ事自体稀な事な訳で、
久々にノイタミナ枠の存在意義を知ら示したが如き出来事だった気もする。

Ani09

「つり球」は「モノノ怪」や「空中ブランコ」の中村健治監督作品と言う事で、
今度はどんな世界が飛び出すのやら、と期待しながら見始めた所、
まずは「わたせせいぞう」や「江口寿士」辺りを彷彿とさせる、
八十年代的昔懐かしいカラートーン風の背景処理に驚かされた訳だが、
先の読めないオリジナルのストーリー展開にも驚かされた。
主要な登場人物は四人で、ユキは対人関係に難の有るこじらせた少年、
ハルはそのユキの家に無理やり同居してくる不思議な「宇宙人」少年、
夏樹は釣りの達人ながら無愛想で家庭に問題を抱えている少年、
そしてそこに対宇宙人組織に所属する青年アキラが絡んでくる。
前半はハルに無理やり釣りを始めさせられたユキが、
釣りを通じて夏樹やアキラと絡む内に人間的な成長を見せる話に成っていて、
コミュニケーションの下手だった頑なな少年達が熱い友情を育んで行くと云う、
何と言うか結構不変的な少年の成長物語として普通にイイ話であったのだが、
これが中盤から徐々に非常に不穏で不思議な展開を見せて行くのだ。
江ノ島の周辺で起る不可解な事件と供にハルが地球に来た目的が明かされ、
やがてハルの同属が引き起こしていると云う事件が規模を拡大し始め、
江ノ島は出動して来た対宇宙人組織により封鎖され少年達もバラバラになる。
しかし最新装備を誇る対宇宙人組織も策が尽き打つ手が無くなり、
折りしも江ノ島に大型の台風が近付き、その被害も拡大しそうな状況の中、
残る手立てはハルの来訪の目的であったかの同属を釣り上げる事だけだ。
この被害を食い止める為にはハルの同属を釣り上げるしか方法は無かった。
ハルの願いを叶え、そしてみんなを守る為、封鎖された江ノ島に集結する少年達、
そして四人は荒れ狂う海へ決死の釣りの為に船出する・・・

正直、江ノ島が舞台ののんびりとした青春フィッシング・ストーリー(SF)が、
奇妙なパニックSFへと変貌するとは誰が想像したであろうか?
そして深刻な状況と言いながら、ハルの同属の巻き起こすパニックとは、
水に触れた人間が我を忘れて「江ノ島踊り」を踊る事だったり、
(まあそのお陰でイージス艦が操船不能に陥りミサイルを誤射する訳だが)
対宇宙人組織のお揃いの防護服が妙にファニーなデザインだったり、
独特の脱力感テイストが妙な味わいを醸し出している作品に成っている。
最終的に登場人物には誰一人悪人は居らず(ハルの同属にしてもそう)、
最後まで爽やかで気持良い余韻を残す作品に成っていたのが印象的だった。
別に、女の子が一杯出て来る似た様な内容のラノベを原作にせずとも、
オリジナルな話でここまで面白い作品がまだまだ出来る訳である。
勿論深夜アニメの大きな収入源である所の円盤の売り上げは厳しいだろうが、
せめて「ノイタミナ」枠ではこんな作品を創り続けて行って欲しいと願う。

Ani10

価値観と世相の揺れ動く60年代後半の基地の街・佐世保を舞台に、
高校生たちのジャズを通した青春模様を描く「坂道のアポロン」は、
珍しいジャズ絡みの作品と云う事で、話題に成った原作を先に読んでおり、
そのアニメ化を愉しみに待っていた作品だった。
原作を読んでいる人間だと、9巻分の内容を12話にまとめた関係上、
余りにも諸々のエピソードが削られ圧縮されてしまった感が強く、
登場人物たちの繊細な心模様や行動の必然性が失われた気がしてしまうし、
況してや最終話に於ける時間の飛躍や改変には賛否分かれる所だとは思う。
しかし詰め込み過ぎた事で逆に話のスピード感と密度が高まったのは確かで、
或る種のジェットコースター的展開が話の推進力と求心力を高めていて、
「あっという間の三十分」「次回が待ちきれない」と云う感想等を生んでいた。
しかしアニメ化した凄味を最も感じさせるのはやはり「音楽」だと思う。
この作品の演奏シーンの作画や演出のエモーショナルさは格別だった。
実際にミュージシャンによって演奏されるシーンをトレースした動画は、
動き的に完璧なのは当然として、有り勝ちな取って付けた感が殆ど無い。
それは細かいカット割りと演出、作画の丁寧さによって表現された物だと思う。
かつて「けいおん!!」の演奏シーンの巧みな作画に感動した物だが、
「坂道のアポロン」ではそれが更に進化・咀嚼されている様に感じる。

Ani11

千太郎の叩き出す激しいジャズのビートに始めて打ちのめされる場面、
ジャムセッションに加わって覚える未知の興奮と驚き、
クリスマス・ライブの緊張感など、回を増す毎に演奏シーンの純度が増す。
そしてその頂点が学園祭でのデュオ・セッションなのは異論無かろう。
この場面の作画と演出と音楽の素晴らしさは歴史に残る素晴らしさだった。
徐々に熱を持つ演奏、鍵盤を走る繊細な指、ドラムの鮮やかな右手のストローク、
合間に挿入されるぬるぬるとよく動くモブシーン、演奏で語り合う二人、
演奏が終わっても唖然とし続ける観客同様、こちらも画面の前で唖然とし続ける。
気付けばちょっと泣いていたりする、何に?、音楽と作画のエモーショナルさに。
そしてその学園祭の回と呼応し合う構成なのが最終回の演奏シーンである。
「こんな日が何時か来る気がした」と云うより「来て欲しいと望んでいた」
教会から聞こえて来るハモンドオルガンによる「モーニン」を耳にした時、
千太郎はそんな風に感じていた筈だ、だからこそのドラムセットだった筈だ。
幾つもの空々しい言葉より音楽は雄弁に語る、隔てた時間など無かったかの様に。
二人を繋いでいるのは音楽、最初から、今でも、そしてこれからも。
余りに急展開な最終回に面食らったが、この鮮やかなラストには心奪われた。
原作に比べれば様々な展開が放置されっぱなしな状態な訳だが、
音楽と供に有る主人公達の関係性に集約した展開は良かったと思う。
今更ながら出来れば二期に別けてじっくりと描いて行って欲しかったとは思うが、
番組開始以前にここまでの出来を予想出来た奴は居なかった筈だし、
何にしろ何時までも心に残る素晴らしい作品に成ったのは確かだ。

所で主人公達の関係性に対して「ホモホモ」言う意見が多かったが、
この程度の描写でホモ認定されると個人的には何とも言えない物が有るが、
それはアレか?腐的な視点がそこまで一般化(ヲタ的に)された証なのか?
それとも単にストレートな表現に対しての「照れ隠し」の様な物なのか?
まあどうでも良いが・・・・

Ani12


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