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2012.08.11

津原泰水「猿渡シリーズ」一気読み

Tuhara03

己の不明を恥じるばかりだが、続編が出ている事も知らなければ、
「猿渡シリーズ」等と名付けられて人気を博している事も知らなかった。
と云う訳でその人気の「猿渡シリーズ」の最新刊「猫ノ眼時計」と供に、
旧作のシリーズも文庫化されたと言う事でシリーズを一気読みした。

津原泰水の作品を頻繁に読んでいたのは結構以前の事に成る。
その存在を知ったのは、散発的に出ていた怪奇小説短篇集や、
それこそ「伯爵」こと井上雅彦が手掛けた一連の「異形コレクション」等で、
独特の硬質な世界観と巧みな文章に感心した覚えがある。
その後「妖都」や「少年トレチア」等の既刊を手に取り、
「奇譚集」に至ってその中々に稀な「幻想文学」的な資質に引き込まれた。
器用な人だけに短編などでは様々なテイストの作品を手掛けているが、
根底に有るのは澁澤や中井英夫、山尾悠子辺りにも通底する、
独自の美意識の元に精緻に構築された伝統の幻想美を孕んでいるのを感じる。
それが有る故に軽味の有る作品を書かせても卑俗に落ちない優美さが有り、
それが短篇集「蘆屋家の崩壊」を個人的に偏愛させる要素でも有った。
(偏愛とか言って続編の事も知らなかった訳だからイイ面の皮ではあるが)

「蘆屋家の崩壊」は以前に集英社文庫に収められた時にも買っていて、
別に今回の文庫化ではスルーしても良かった訳だが、
集英社版に収められていた「超鼠記」が「ピカルディの薔薇」の方に廻され、
書き下ろしの「奈々村女史の犯罪」が載っていると言う事で購入した。
久方振りに読み返した訳だが、やはりこれがもう無類に面白かった。
望月峯太郎の傑作「座敷女」を髣髴とさせるストーカー・サイコホラー、
「猫背の女」のキマりまくった迫り来る怖ろしさにも戦慄するが、
「ケルベロス」の哀切極まりない、しかしグロテスクなラストも最高だ。
最新刊に後日談が載っている「埋葬蟲」もグロいのに妙な美しさが印象的。
そして「水牛群」は或る程度の齢を重ねた現在だからこそ妙に沁みる。
それでもやはりタイトル作の奇妙な味わいは何度読んでも面白い。
歴史や民俗学的な要素を絡めたハードな展開と妙に間の抜けた空気感、
そしてシュールレアリズム的な背景がもたらす作品の概視感は、
明らかに諸星大二郎的、と云うか稗田礼二郎シリーズを思い起こさせる。
よもやこの話が最新刊の長篇作に繋がって行こうとは・・・・

Tuhara02

「蘆屋家の崩壊」の続編と成るのが今回初文庫化の「ピカルディの薔薇」。
後書に作者が似た様な作品を書き続けるのは疲弊すると書かれている様に、
猿渡と伯爵による瓢げた雰囲気の作品が少ないのは残念な所だが、
その分硬質な「幻想美」の人と云う著者の特筆が良く表れた作品集に成っている。
その硬質な幻想美が横溢しているのが中井英夫オマージュのタイトル作。
久生十蘭からその名を戴いたと云う「奈々緋紗緒」が出て来た時点で気付いたが、
読み返してみれば不動尊だの青函連絡船だの五色の薔薇だの、
「虚無への供物」のネタが方々に散りばめられていてニヤリとさせられるが、
それが無かったとしても、このひき攣れた如き優美な残酷趣味には唸らされる。
同様のオマージュ物として「稲生物怪録」を元ネタにした「夢三十夜」も有るが、
津原泰水には「音の連続と無窮変奏(槐多カプリチオ)」と云う、
村山槐多を題材にした中編も有ったりして、こちらも必読な内容だ。
ユリイカ掲載時に読んでいたがまさかこれがあの「蘆屋家~」に繋がる、
シリーズの一環だとは気付きもしなかった「新京異聞」は愛好する一篇だ。
新京と云う人工的な満州の都に現れる雅やかな志怪の怪異、
しかもその名が「嫦娥」と云う辺りにはあざといがどうにもたまらぬ物が有る。
これと同時に本書の中で最も心惹かれるのが「甘い風」。
骨董奇譚的な冒頭から民話的な夢幻譚へ、そして生々しく現実を抉りながら、
作者らしいどうにも惚けた後日談まで、甘美的な完成度の高さに痺れる。
「猿渡が主役の、ウクレレのホラーで、テーマが執着」と云う、
円朝も泣きそうになる三話題を良くぞここまで仕上げた物である、天晴れだ。

Tuhara01

さて最後が最新刊の「猫ノ眼時計」である。
本書の帯に「さらば猿渡」等と書かれシリーズの完結である事を強調しているが、
特に目立った大々円を迎えると云う訳では無く、
まあ作者がこれにて仕舞いにしたい、と云う様な意向の表れなのだろう。
本書の中心と成るのは正・続に別れた「城と山羊」と云う中編作で、
これは確かに「蘆屋家の崩壊」から続くシリーズの掉尾を飾るに相応しい、
懐かしいキャラも再登場して来る集大成的な作品と言えるし、
前作で猿渡と伯爵コンビの成分が足らないと嘆いていた向きには、
ほぼ全編でこの名コンビによる活躍が見れると云うサービス振りである。
さてその「城と山羊」だが、「日高川」に登場のアイダベルの依頼により、
猿渡と伯爵が瀬戸内海の孤島に行方不明の少女を探しに行く話しである。
移植され自然繁殖した野生の山羊とオリーブ栽培が名物な長閑な島には、
その表の顔とは別に人知れず奇怪なカルトが侵食していた。
深夜に姿を現す幾何学的な石造りの城、そして人語を話すかの如き山羊の群れ、
猿渡が忍び込んだその城の内部で見た物は恰もサバトの如き饗宴、
そしてそのその座の中央で踊っていたのは誰あろう蘆屋家の末裔・秦遊離子!
おぉ!ここで「蘆屋家の崩壊」に繋がるとは何と云う驚きの展開。
緊迫した描写の合間に挟まれる伯爵と猿渡の軽妙な掛け合いも冴えており、
巻き込まれる男・猿渡と、探偵としての伯爵の活躍も今回は存分に味わえる。
「蘆屋家の崩壊」は何処か諸星大二郎の稗田礼二郎シリーズを彷彿とさせたが、
今回は孤島の邪教を探る感じが何処となくラブクラフト的雰囲気を感じさせる。
「城と山羊」が或る種、猿渡シリーズ「劇場版」的な作品だとすると、
「埋葬蟲」の伊予田が再登場する「玉響」は何時もの味わいの作品である。
結末の猿渡の伊予田への想いに、今ちょっと泣かされる物が有った。
タイトル作の「猫ノ眼時計」は作者の資質が良く出た叙情的な夢幻譚で、
川底の家の描写とか大家の家系とか隣人が深夜に聴くコルトレーンだとか、
そう云う細かいディテールが不思議な幻想味を上手く際立たせる。
そしてこの空き家に成った隣室にあの猫背の女が・・・
と重層的に想像出来るのがシリーズを読んで来た者の愉しみでもある。
そんな愉しみを味わう意味でも是非ともシリーズの一気読みがお薦めだ。

Tuhara04

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