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2013.01.19

白隠展へ行く

Hakuiin01

先日、ようやく白隠展に出掛けた。
白隠の事を知ったのは、お馴染み辻惟雄の「奇想の図譜」によってだが、
彼が紹介してたその他の画家、例えば若冲とか芦雪・蕭白等に比べると、
圧倒的に紹介される機会が少なったし、実物にお目に掛かる機会も少なかった。
そんな白隠の作品が一同に介すると云う事で、まさしく待望の展覧会であった。

「駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に 原の白隠 」
と云う唄が白隠の地元に残されいるらしいが、
白隠と他の奇想の画家たちが決定的に違う所は、
白隠には禅僧として圧倒的な評価と存在が有り、徳の高い僧侶として請われ、
そして本人も平明に禅の教えを説く為に積極的に筆を取ったと云う事だろう。
本格的に画の勉強をしていない、所謂素人画家と云うべき存在である。
それ故か白隠の残した画には何処かアウトサイダー・アートに共通する、
プリミティヴな故の迫力と可笑し味、そして狂的な感触も感じられる。

展覧会は「出山釈迦」「観音」「達磨」「大燈国師」「布袋(その他)」
「戯画」「墨跡」と云った七つのコーナーに分けられているが、
厳選されたと云うその百点近くの画を観ただけでも、
その途方もなくエネルギッシュで圧倒的に自由で膨大な熱量に圧倒される。
画題の多彩さもあるがとにかく「闊達」としか言えない筆捌きが素晴らしい。
しかし圧倒されながら観続けて行くと、その画や賛の中に秘められた、
白隠の正しく禅問答の如き奥深い問い掛けに唸らされる事に成る。
そんな展示方法が中々上手い効果を上げている様に思わされた。

Hakuiin04

前半は大画面による圧倒的な画の迫力に驚かされるコーナーだ。
何処か高峰三枝子を髣髴とさせる妙に艶っぽい観音像も面白いが、
やはり最晩年の八十歳に描かれたと云う「半神達磨」の威圧的なまでの迫力と、
デザイン的な処理の極致と云うべき「横向き達磨」の素晴らしさに唸る。
何処の美術展でも感じる事だが、実物と印刷物で見る印象は絶対的に違う訳で、
実物の「半身達磨」は印刷物の十倍以上の迫力でこちらに迫って来る。
こんな物を八十代で描き上げた白隠のパワーに唸る事必至の一枚だ。
個人的には寺での節談・説教に使う為に請われて描かれたのであろう、
「地獄極楽変相図」のユーモラスながら何処か怖い見世物的感覚も好きだ。

禅の教えを極める為に狂的な境地へと突入した、白隠の尊敬する先達、
「大燈国師」の姿を正に狂気漲る迫力で描いたコーナーを通過すると、
今度は変幻自在なトリックスターと云うべき「布袋」の活躍が見れる。
この辺の瓢げた可笑し味も半身達磨とはまた違う白隠の魅力であり、
請われた人に合わせて描かれたであろう白隠の度量の広さが伺える。
「布袋吹於福」や「すたすた坊主」等何とも良い湯加減具合で和むが、
中にはメビウスの輪の様に巻物を拡げた「布袋」や、
「布袋解開」の様な技巧的・内容的にも深い画が有ったりして侮れない。
また池大雅の画に白隠が賛を付けた画も出品されている様に、
大雅に代表される京都画壇の奇想画家との関係も興味深い所で有る。

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やがてコーナーは「戯画」「墨跡」へと進んで行く訳だが、
ここに至って白隠の禅的な奥の深過ぎる問い掛けに唸らされる事に成る。
福禄寿が百種類もの書体で「壽」の文字を書く「百寿福禄寿」では、
その斬新な画面処理とメタフィクショナルな構成に驚かされるし、
禅の公案を図象化した「隻手」のシンプルにして見事な構成、
そして文字ながらグラフィカルで墨太な「墨跡」の迫力に圧倒される。
そしてラストに配された「観字」「無字」「円相」の正しく禅的な問い掛けは、
傑出した禅僧であった白隠の本来の姿を見せ付ける物だ。
ここに至ってもう一度最初の展示に戻ってその画を見直してみると、
何やら最初に抱いていた好奇的な視線は何処かへ消え失せ、
圧倒されるだけだった半神達磨の画が何処か神々しく見えて来るから不思議だ。
こっそりと半神達磨画像に手を合わせたくなるそんな奇妙な気分に成る。

それにしてもこれでも全貌はまだまだ見えて来ない、畏るべし白隠と云う巨像。

Hakuiin02


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2013.01.12

昨年聴いたロック系CD拾遺集

Band01


その昔は年末に成ると勝手に今年のベストアルバムとか選出する等、
調子こくほどそこそこアルバムを聴いていたりした訳だが、
最近はめっきり新しいバンドなどを掘り起こす気力も無く、
古いアルバムの再発ばかりに手を出している様な腑抜けた現状である。
しかも病気してからは所謂ロック系の作品を聴く機会も減って、
昨年積み上ったCDを見返してもロック系の作品が実に少ない。
まあそうは言っても少ない中にも面白いアルバムも有ったりする訳で、
そんな中からブログのネタとして書く程ではないが、
昨年の記憶に残った作品として拾遺集の様な感じで列挙して行こうと思う。

Myrath『Tales of the Sands』
昨今は地理的にも宗教・政情的にもロックの不毛の地と言える場所、
例えば南米・中近東・印度・アフリカ等の地にネットの普及の影響で、
潜在的に熱狂的なファン層が多数存在する事が確認されているが。
それが所謂世界的にメジャーなスタジアム・バンドのファンだけでなく、
存在からすればマイナーなヘヴィ系の音楽のファンが多いのも特徴である。
勿論ファン層が存在すればヘヴィ系の現地バンドも存在する訳で、
海外の雑誌「Metal Hammer」付属のFreeCD「Global Metal」には、
インドから多数のバンドが収録され果てボツナワのバンドまで収録されていた。
何やら二十年以上前に中国大陸で起ったバンドブームを彷彿とさせ、
そのプリミティブな熱の胎動に妙な興奮を覚える訳だが、
レベル的にはまだまだ世界基準に到達していないのは致し方ない。
ただ勿論世界レベルに上げて来ているバンドは数少ないが居る訳で、
北アフリカはチュニジア出身のこのバンド「ミラス」もその一つだろう。
一般に辺境地のバンドが勝負する場合、
地域性を感じさせない世界レベル的に遜色無い音を出して勝負するか、
台湾の閃靈の様に強烈に己の地域性を打ち出すかに別れるが、
彼らの場合は複雑に交差した文化を持つ地域性を打ち出した後者だ。
ヘヴィ系とは云えKeyを擁するシンフォニックなサウンドが特徴で、
エキゾティックな中近東フレーズが恰もモスクのアラベスク模様の如く、
ヘヴィなサウンドに絡み付きハードだが幻想的な音像を描き出している。
プロデュースを有名なフレドリック・ノルドストロームが担当しているだけに、
三枚目と成る今作でそのサウンドの独自性は格別に向上している。

Band02

Baroness 『Yellow & Green』
赤・青と続いてきた彼らの三作目はいきなりの黄と緑の二枚組みで登場。
一般にはドゥーム/ストーナー系のバンドとして語られる彼らだが、
今作で完全に化けたと言っていい実に素晴らしい作品である。
何が良いってとにかく「曲」が良いと云うのが一番でかいと思う。
ラジオで黄色盤2曲目の「Take My Bones Away」を聴いた時には唸った。
既にクラッシック・ロックかの如き雄大にして哀愁の有るメロディを、
現代的な重く激しい音像で処理したサウンドが素晴らしく、
一瞬、自分の知らない70年代のバンドのカバーなのかと疑った位だ。
それ以外にも印象的なメロディを持った良い曲が多いが、
勿論、出身ジャンル由来のヘヴィにドローンにうねる様な曲や、
ドープでサイケに展開する曲も収録され多彩で飽きさせない構成は見事だ。
ツアー中に起ったバス事故によるバンドへの影響も心配だが、
これだけの作品を創り上げただけに今後の展開が気に成るバンドである。

Band03

Thank You Scientist『Maps Of Non - Existent Places』
最初に音源を聴いた伊藤政則のラジオで彼が解説していた通り、
解り易く云えば所謂マース・ヴォルタの影響がかなり強いバンドである。
活動が進むに連れ、初期の頃の破綻寸前の過剰な攻撃性が薄れて行き、
次第に内省的でカオティックな要素が強くなったマース・ヴォルタだが、
その初期の過剰性を受け継いだのが米国出身7人組の彼らだ。
初期のマース・ヴォルタに驚かされた人なら聴けば1発で気に入るが、
とにかく過剰なまでの情報量の音を異常なまでの緻密さで構成した、
テクニカルなデスメタル辺りにも通じる現代的なプログレ・サウンドだ。
バンド内にヴァイオリン等の弦楽奏者と二人のホーン奏者を擁しているが、
三味線まで操るギタリストの担当楽器の多さにも驚くというか呆れる。
過去にミニアルバムを発表しているが、これが1stアルバムと云う事だけに、
今後どれだけ過剰さが増すのか、又は変容するのか楽しみなバンドだ。

Band04

Vintage Trouble『The Bomb Shelter Sessions』
輸入盤が出たばかりの頃に大型CDショップの店頭で大々的プッシュされており、
視聴台で音を聴いて早速買い込んだが、後に日本盤も出て話題に成り、
サマソニで早くも来日したりと、洋楽ファンには今更な新人バンド。
Voに黒人を擁し、白人をバックにソウルフルでハードなR&Rを聴かせると云う、
或る種の洋楽ファンなら最強にツボな要素を持ったバンドではあるが、
それ故にオールドファンに成ればなるほど目新しい要素は少ない訳で、
殆ど似た様な要素を持った新人のアラバマ・シェイクス辺りと比べると、
プロダクションが完璧過ぎるのか評論化筋の受けが余り良くない所が面白い。
個人的には1曲目の様なキャッチーでインパクトの有る曲が少ない事と、
ソウル・レヴューの様にじわじわと盛り上げて来る様な曲が欲しかった所だ。
まあステージではかなり熱くグルーヴィーなライブを聴かせてくれる様で、
その辺の熱量を如何に盤に閉じ込められるのかが今後の勝負だろう。

Band05

Foxy Shazam 『The Church Of Rock and Roll』
パンク/ポスト・ハードコア界隈から出発して、次第にポップさを増して行き、
バンド名を掲げた三枚目で急速に七十年代的ロックの旨味を発露させ、
キャッチーさとそのキャンプさがクイーンを彷彿とさせる存在へと化けた訳だが、
クイーン繋がりか何とザ・ダークネスのジャスティーンをプロデューサーに迎え、
これが世界に打って出る勝負作と成るのが今作のアルバムである。
冒頭からツェッペリン等七十年代HRを髣髴とさせるが如き、
ダイナミックなリフが轟く怒涛のHRナンバーで幕を開け驚かせるが、
以降も分厚いコーラスワークが印象的な正にクイーン的なナンバー、
お馴染みと成ったピアノが主導する小気味の良い軽快なポップさも有れば、
じっくりと聴かせる構築度の高い曲も有ったりと実に多彩である。
個人的には前作でのグラム/モダーンポップ度が減ったのは残念だが、
プロダクションの高さとクオリティは流石の物だと唸らされる一枚。
前作で初のチャート入りが実現し、英国での人気にも火が付き始めた今、
日本のメーカーも辺に密室的なハイプ臭のするバンドばかり出していないで、
日本人が最も好むであろうサウンドを出しているこう云う良いバンドを、
今年はもっとリリースして欲しいもんですな。


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2013.01.01

酔狂道・巳歳初勝負

Hinode06

「酔狂道」とは、己との闘いである。
新年早々異常に大上段な論理展開であるが、まあつまりそう云う事な訳である。

昨年は入院までした挙句、未だ療養中だと云う元旦早朝、
何故に随伴者も居ないまま寒風吹き荒ぶ薄暗い街に飛び出さねばいけないのか?
それもこれも総ては「己との闘いに勝つ為」に他ならない。
新年の朝に御来光を拝むと云う習慣をその身に刻んで三十一回目。
かつて小学校の恩師に「継続は力なり」と云う言葉を贈られたが、
一体これがどう云う力に成っているのか全く解らないまま今年もやって来た。

決して大袈裟な前振りを振らなければ本題に移れない訳では無い。
「絶対に押さないでくだいさいよ」と念押しした稲川淳二が、
その舌の根も乾かぬ内に井出らっきょに熱湯風呂に突き落とされた後に、
「喜んでいただけましたか?」と客に確認を求める様な物である。

と、一年振りに昨年の文章のコピペから始めた訳なのだが、
かの美輪大先生も何と白組で紅白に出る御時世である、
儲けとか損得とかそんな事はどうでも良い、続ける事に意義が有るのだ。

や~それにしても寒かった、凍り付くかと思った。
今年は病気して体重が減って以降、寒さが格段に応える様に成った。
防寒対策も何のその、末端の切れるかと思う様な寒さには泣きそうに成った。
昨年の初日の出は今考えれば病気が進行していたんであろう体調の悪さに加え、
どんより曇った煮え切らない天気で今年の自分を暗示していたかの様だったが、
今年は低い所に雲が集まってはいたが、何とか日の出らしい初日の出は見れた。
そして同時に白く冠雪した霊峰の姿も正月早々拝めた訳である。

有り難い、やはり普通に過ごせるのが一番である。
と云う訳で、今年も例年通りの正月を送れた事を慶びつつ、
皆様、今年もよろしくお願いします。

Hinode07


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