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2013.02.16

「東京本」の新しい潮流

Tokyo01


後ほど紹介する「日和下駄とスニーカー」の序文にこんな一文が有る。
『東京は坂と丘と谷の街である、と聞いてピンとくるのはよく歩く人である。
電車やバスやマイカーで移動している人はこれを知らない。頭ではわかっていてもからだが納得していない。自転車の人はもう少し実感しているはずだと思うのは、少しでも標高が上がるとペダルが重くなるからで、彼らはいつも坂を避けるルートを探している』そしてそれを一番理解しているのは歩く人だと続く訳だが、
全く持ってその通り、東京という街はとんでもなく起伏にとんだ地形をしている。
気力と体力が有って何処へでもチャリで出掛けていた頃は、
行きも帰りも必ず遭遇する坂道に無駄な体力を消費させられていた訳で、
自転車乗りが坂を避けるルートを探しているのは確かなんだが、
住んでいる所の関係上坂道の洗礼は避けられず、東京の起伏を味あわされていた。
勿論東京も広い訳でそう云う目に遭わない人達も多く居るとは思うが、
その起伏が東京と云う街を決定付ける要素の一つであるのは間違いない。

今まで何度か東京を論じる本のブームと云うのが有って、
バブルによる何回目かの東京の都市破壊が続いていた頃に、
「東京論」的な本が多く出され、自分も影響され街歩きを始めたものだが、
最近再び東京の街をテーマとした書籍が書店に多く並ぶ様に成った。
今回の特徴は東京の地勢・地形に焦点を当てた内容の本が多い。
特定の専門書などではそれほど目新しいテーマだとは言えないが、
こう云うテーマが一般に認知され始めたのはやはりタモリがきっかけだろうか。
彼の出した東京の坂道本、及びNHKの「ブラタモリ」等の彼の番組で、
東京の起伏に関するマニアックな内容を嬉々として語るタモリの姿に、
そんな愉しみ方が有ったのか、と目を見開かされた人達も多いと思う。
そんな東京の地勢・地形に焦点を当てた本で昨年話題に成ったのが、
皆川典久著の「凸凹を楽しむ・東京「スリバチ」地形散歩」だ。

Tokyo02

この本、税抜き2200円とかなりお高い本なのだが何しろ売れている。
昨年2月に出た本なのだが夏の時点で既に四刷と云う状態だ。
オールカラーで写真もふんだんに使われている書籍だが、
やはり目を引くのはCGで描かれた起伏の解り易い地形図だろう。
等高線等で描き込まれた東京の地形図等は特に珍しくも無いが、
本書の標高で色分されたCG地形図の解り易い雄弁さは見事な物で、
お馴染みな土地の地形図を眺めているだけでも愉しめると思う。
所がこれが内容はと云うと、東京スリバチ学会を名乗っている様に、
結構学術的と云うか本格的な内容で、地勢形成の歴史的な背景から、
SL(スリバチレベル)の測定だの、結構な本気度にびっくりする。
勿論本格的な学術書の様に読むのが難解だと云う訳では無く、
断面模式図に付されたアイコンに「猫多し」と云う表示が有ったりと、
散歩者視点も忘れてはいないが、結構「硬い」内容なのは確かだ。
個人的に驚かされたのが、起伏が有るであろうと思っていた街以外にも、
例えば「碑文谷」とか「幡ヶ谷・笹塚」「田園調布」と言った、
馴染みの無い街にも中々に興味深いスリバチが存在していたと云う事実だ。
解り易い坂や尾根だけでなく、こう云う微妙な起伏を探って行く所が、
「学会」の面目躍如たる所で、実際に自分も歩いてみたくなる所だ。

Tokyo06

付随して紹介したいのが、前書でも「東京のスリバチと階段」と云う、
興味深いコラムを書いている松本泰生の「東京の階段」である。
「階段って・・・そんな面白味の有るネタかね?」と云う感じだが、
ページを開いてみるとこれが中々に、いや相当面白味の有るネタなのに驚く。
当たり前の事なのだが集められた階段はそれぞれに表情が違い、
それぞれに個性的で起伏の有る東京の風景を彩っている。
著者の場合、階段を学術的な分類の仕方で見せるのではなく、
「美しい階段」「歩いて楽しい階段」「歴史を感じさせる階段」等、
割と叙情的な感性に訴え掛けるが如き分類の仕方をしていて、
中でも階段を彩る風景を収めた「階段四季折々」など実に階段愛に満ちている。
本書の中の階段には、上った事が有る物や前を通り過ぎただけの物も有るが、
高輪の保安寺参道や矢来町の3段階段、北品川の草むら階段等々、
「これは是非上ってみたい」と思わせる未知の階段の発見も有る。
そして上ってみたいと思わせる階段の幾つかは既に存在しておらず、
それらを集めた「なくなった階段・変貌した階段」の章も色々と興味深い。

Tokyo04

さて最後は冒頭に序文を引用した大竹昭子の「日和下駄とスニーカー」。
こちらもサブタイトルに「東京今昔凸凹散歩」と付けられているが、
これはどうも「スリバチ」がヒットした事を受けての営業的戦略で、
連載時には付いてなかった様だし、殊更東京の起伏にこだわった内容では無い。
都市散策随筆の永久のマスターピースである永井荷風の「日和下駄」、
それを元ネタにした都市散策エッセイは特に珍しくもない訳で、
以前なら手に取る事も無かったろうが、出版社の営業的戦略に引っ掛かったのと、
青空文庫で落とした「日和下駄」を久し振りに読み返していた事が要因だった。
一度読んだ本は余り読み返さない性質なのだが何度目かの再読である。
本書は「日和下駄」で荷風が歩き綴った東京の街を、
日和下駄ならぬスニーカーで再訪し再び東京の地勢を探って行く本だ。
全編に渡って自らの脚で刻む「散歩者」としての視点が貫かれており、
時に賛同し、時に突っ込みを入れながら先達者・荷風の東京を重ねて行く。
この全面的に荷風を崇拝していない適度な距離感が中々に良い感じで、
最終章の「日和下駄」当時の荷風の実生活を記した「荷風と結婚」等は、
それでも孤独に街を散策するしかない荷風の矜持が伺えて興味深い。
基本、土地土地の地勢を探りながらの東京の散歩記が中心な訳だが、
時折入り交じる作者の妙に感傷的で詩的な表現が興味深い。
例えば旧・市谷監獄跡地に生えたドクダミに薄ら寒い思いをする箇所や、
漂白された様な白を基調とした面白味のない現在の東京が、
夕陽に染められ、その表情を変える所を賛美した箇所などは面白く、
成る程立派に荷風の後継者として在る、作者の姿が伺えて見事だ。

さてこの三冊、共通するのは出版社が洋泉社だと云う事で、
スリバチの姉妹本として「地形を楽しむ東京「暗渠」散歩 」等も出ている。
最近ここの出版社は中々に意欲的な企画が多くて今後が愉しみである。
更にスリバチ学会の皆川典久に「ブラタモリ」のプロデューサー尾関憲一、
そして番組にも出演していた陣内秀信教授の座談会を納めた、
全頁これ東京の地形特集と云う、雑誌「東京人」2012年8月号も必見だ。
「日和下駄とスニーカー」の著者・大竹昭子の七つの丘踏破記も載っている。

Tokyo05


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2013.02.02

ジョニ・ミッチェルの箱

Joni01

昨年の暮れ位から大手CD屋の店頭に積まれていたので見掛けた人も多かろう、
リプリーズ~アサイラム時代に残した10枚のスタジオ作をまとめた、
ジョニ・ミッチェルの「The Studio Albums 1968 - 1979」の箱である。
昨年の暮れから正月に掛けてゆっくりと聴き込んでいた。

最近は過去のバンドのアーカイヴ箱が多く出される様に成ったが、
流石に10枚組みと云うのは中でも相当のボリュームな訳で、
しかもそれが3千円以下と云う低価格な商品なんで驚かされる。
大概こう云う廉価な箱にはペラペラの紙ジャケと相場が決まっているので、
パッケージに「Replicated Gatefold Wallets 」と記されているのを見て、
「こんな安いのに見開きジャケなの?」と驚いたが、まあ何の事は無い、
両面に印刷された厚紙の内側をポケット状に折り込んだ様な物だった。
彼女のこの10枚のアナログが総て見開きジャケなのかは知らないのだが、
廉価盤にしては随分とアートワークに拘っているのは好感持てるし、
総てに於いて内側にリリックが綴られているのが彼女の作品らしくて良い。
更には「バラにおくる」と「ミンガス」の2枚に関しては、
リリックが内側のアートワークを邪魔しない様インナーまで付いている。
お陰で後ろ向きの全裸で岸壁に佇む彼女の姿も良く見える訳だ(笑)
ちなみにニール・ヤングのデビュー作と何処か共通する雰囲気でお馴染み、
彼女の郷里の風景を描いたらしい二枚目は見開きで観ると最高に美しい、
そんなジョニの自画像が印象的な「青春の光と影」を含めて、
実に7枚ものアルバムに彼女自身が描いたドローイングが使われている。
シンプルだが寓意的な七枚目、児童文学の挿絵を彷彿とさせる一枚目も良いが、
特に素晴らしいのは「ミンガス」のミンガス本人を描いたペイントだろう。
裏ジャケの車椅子に座った背中の哀愁具合など実に心撃たれる物がある。

Joni02

さてジョニ・ミッチェルと名の知れた云うアーティストに対して、
あなたはどう云う印象を持っているだろう?
リアルタイムで追い掛けて時代と供に聴き込んでいた人達はさて置き、
『ロックの教科書に必ずと言って良いほど名前と名盤が綴られている人だが、取りあえずその名盤を聴いた程度の人』と云うのが個人的な印象で、
実際この箱を買うまで聴いた事の有る作品は2枚だけと云う体たらくだ。
勿論彼女の周囲を取り囲むレジェンド達、デヴィッド・クロスビー、
グレアム・ナッシュ、ジェイムス・テイラー、ジャコ・パストリアス等々、
彼らとの逸話から逆に彼女の存在感を思い知らされた事は多いし、
数多くのアーティストにカバーされた楽曲群から、
彼女のソングライターとしての才能の確かさを思い知る事も多いが、
事、本人の作品に関しては触れる機会が少なかったと云う感じだ。
と云う訳でそんな人間にぴったりなのが今回の箱だったと云う事である。

収納された10枚の作品は録音順に辿ると、
「ジョニ・ミッチェル」「青春の光と影」「レディズ・オブ・キャニオン」
「ブルー」「バラにおくる」「コート・アンド・スパークス」「夏草の誘い」
「逃避行」「ドンファンのじゃじゃ馬娘」「ミンガス」と成っている。
まあ物凄く大まかに区切れば1stから「バラにおくる」までが、
フォークから出発して音創りを磨ぎ澄ますさせて行く時代。
そして以降がフュージョン系のテクニシャンなメンバーを配し、
アーティスト性と音楽性を更なる高みへと昇華させた時代、と云う感じか。
何処となく立ち位置が似ているローラ・ニーロと共通する所が面白い。

Joni04

驚かされたのがほぼアコギの伴奏のみで歌われる最初の2枚。
これが米国の(出身はカナダだが)フォーク歌手の作品と云うよりも、
明らかに英国・アイリッシュのフォークに近い感触の音なのだ。
元々彼女の血筋にはアイリッシュの血が交じっているらしいのだが、
ジュディ・コリンズやフェアポート・コンヴェンション等の英国勢が、
「チェルシーの朝」や「青春の光と影」を取り上げたのも肯ける話だ。
続く3枚目は「ウッドストック」「サークル・ゲーム」等の有名曲が多く、
特に「サークル・ゲーム」はバフィー・セント・メアリーがカバーした、
映画「いちご白書」の主題歌でご存知の方も多かろう。
所謂「ロックの教科書に必ず載っている名盤」が次作の「ブルー」。
ヒット曲は無いが、より深く心象風景を掘り下げた味わい深い名盤だ。
そんな「ブルー」の内省さを払拭する様な開放感に満ちたのが5枚目。
腕利きのミュージシャンをバックに配し「恋するラジオ」のヒットも出た。
全米二位のヒットを飛ばした6枚目は、バラエティに富んだ作風が印象的。
そして以降9作目までがジャズ/フュージョン期とも言える三部作。
ジャコ・パストリアス、ウェイン・ショーター、ラリー・カールトン等、
他にも豪華な面子が勢揃いし、新しい彼女の音世界に華を添える。
特にアナログ時代は2枚組みだった9作目はLPの片面を占める様な長尺曲や、
リズムが跳ねるパーカッシブな曲、フリーキーな曲も収めた意欲作だ。
まあジャズ/フュージョンと言っても中心と成るのは彼女の歌と世界観であり、
洗練感や実験感は強いが初期から続く歌心は健在である。
しかしそんな歌心を実験性の方が凌駕したかの様な作品が、
巨匠チャールズ・ミンガスとコラボした最後の10枚目「ミンガス」である。
流石にこれは聴いた瞬間にギョっとする程、衝撃的な内容の作品だ。
曲の合間に会話や効果音が挟まれ、歌もバックの演奏も驚く程フリーキーで、
ほぼ十年近くをかけここまでアーティスト性を深化させたのかと驚かされる。

まとめて聴く事でこんな風に一人のアーティストの進化を愉しめるのも、
こう云った箱の醍醐味だと言えるだろう。
「ジョニ・ミッチェル・・・聴いた事は有るんだけど・・・」
と云う自分と同じ様な貴方もこの機会に如何でしょう?

Joni03


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