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2013.03.09

さだまさし「はかぼんさん~空蝉風土記」

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さだまさし氏と言えば、自分は所謂「ザ・ベストテン」世代ゆえに、
「関白宣言」のヒット辺りでその歌声を聴いたクチである。
当時の友人に彼のファンが居て、ライブ盤等を借りて結構聴いたもんで、
「関白宣言」の印象を裏切る様なやたらと暗い曲が多いと感じた反面、
異常に長く収録されたMCの話術の巧みさに感心したものである。
その後は自分の音楽趣味の先鋭化に従い聴く機会も少なくなり、
さだまさし氏本人の存在とか音楽の良し悪しに係らず、
積極的に聴く機会が殆ど無いままここまで来たと云う感じだ。
そんな訳で多分書店で見掛けても手には取らないだろう一冊だし、
実際に刊行後しばらくして書評を読んで気に成ったと云う経緯の本だ。

さだまさし氏が幾冊かの小説を上梓している事は知っていたが、
まさか民俗学的素養を含んだ幻想小説を書く等とは思わなかった。
完全に自分の大好物のジャンルゆえ食指がそそられまくった訳だが、
全く持ってその期待を裏切らない実に素晴らしい作品集だった。

最初に感じたのは失礼ながら「小説巧いなぁ」と云う事で、
とても歌手の余技とは思えない実に巧みで確立された文体に唸らされる。
やはりこれはライブその他に於ける手練な語り口にも共通するのだろうか?
実に飄々とした話の「まくら」からすんなりとその世界に引き込まれ、
やがてその世界が少しずつ変異して行く経緯が実に見事に描かれる。
そしてその世界で起る奇異な現象も決して派手な物では無い。
日本の風土に根差した土着的で慎ましやかな奇異さである。
その奇異さを下支えするのが氏の民俗学的な知識を生かした部分で、
この辺の知識の織り込み方とかも嫌味が無く非常にスムーズな訳だが、
それもこれも話に登場する「人間」がきちんと描かれていると云う事で、
主人公に係る人間のどれもが血が通っており魅力的に描かれる。
繰り返すが全く持って大した技量と感服するしかない。
小説の味わいの良さに久し振りに続きを読むのが惜しくなる内容だった。

Sada03

小説の舞台は京都・能登半島・信州・津軽・松山・そして長崎。
盛夏の京都は高瀬川散策の折に偶然見掛けた奇妙な儀式、
古都の旧家に伝わると云うその儀式が秘めた悲哀を描く「はかぼんさん」。
能登の寒村に伝わる「漂流神-寄り神」信仰の一種である「神寄せ神事」、
そこで行われる失った物の再生を描いた「夜神、または阿神吽神」。
節分の夜に鬼が泊まると言われる旧家での神秘的な一夜を描く「鬼宿」。
八百比丘尼伝説を主人公の初恋譚と供に津軽の地に描く「人魚の恋」。
四国八十八ヶ所の霊峰で出会った仙人とも呼ばれる不思議な行者、
謎めいた彼の存在を追う内に、人と神の不思議な均衡を知る「同行三人」。
始皇帝も係った大陸伝来の奇岩がもたらす小さな奇跡を描いた「崎陽神龍石」。
どの作品にも共通するのは日本と云う風土の持つ豊かな背景と、
そこに生きる普通の人々の奇異さえも呑み込む地に脚の付いた暮らしだ。

個人的な趣味で言えば「はかぼんさん」と「鬼宿」が面白かった。
宿に勤める仲居さんの造型や散歩の折に差す番傘など舞台装置が絶妙で、
ミステリー的な要素も含みつつ一気に引き込まれる構成が見事で、
笑いにも恐怖にも取れる恰も落語の様なオチも気が効いている。
比較的短く地味な話だが著者の技量が如何なく発揮された作品だと思う。
「鬼宿」は正しく落語な柳橋での舟遊びの場面からの導入が粋で、
信州に赴いてからの蕎麦や囲炉裏端での食事場面は実に美味そうである。
そして鬼の宿で経験する奇怪にして神秘的な現象の鮮やかさよ!
民俗学的な洞察も中々に冴えた実に気持ちの良い一作だ。
「人魚の恋」は八百比丘尼伝説を知っていれば最初からネタは割れているが、
津軽弁詩人との朴訥としたエピソードが上手い効果をあげている。
以前ここでも取り上げた一連のニホンオオカミのエピソードと共通する、
山岳信仰の神秘的な奥深さを伺わせる「同行三人」の話も興味深い。

本書のあとがきには、ここで取り上げたのは僅かなエピソードに過ぎず、
何時かは出雲の、北海道原野の、沖縄の小島の、そして大都会の片隅で、
主人公が邂逅した不思議なエピソードを紹介したいとある。
続編が有るなら是非とも愉しみに待ちたい、そんな一冊である。

Sada02


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